オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
2015.11.29 16:30頃 誤字修正
「誰よりも、強く、優しく、美しい! 偉大にして至高なる死の支配者、モモンガ様!!」
「くふーかっけぇッ!!」と叫びながらバンバンと黒曜石でできた巨大な円卓を叩く、狼男ジョン・カルバイン。
「前半だけ聞くとニチアサヒーロータイムの人見たい。骸骨なのに! 骸骨なのに!! 大事な事なので2回言いました!!!」
円卓を叩きながらゲラゲラ笑い、きりっと表情をつくりモモンガを見て、また大笑いする。
彼の頭の中ではオーバーロードがふりふりドレスを着て『強く、優しく、美しく』華麗に可愛くポーズを取っていた。おい……せめて30分早い時間にしてやれよ。
ただ、笑われている当の本人は、
「ああ、なんでこんな事に……あいつら一体、誰を見ているんだ」
突っ込む余裕もなく憔悴していた。
地味に静かに落ち込む分には精神作用効果無効は発動し難いようで、大切な仲間たちと作り上げた大切なギルドだが、カッコイイと思い作り上げた結晶が、意志を持ってそうあるべしとした通りに動き、二心なく自分たちをそう見てくれるのは痒かった。
心を掻き毟りたかった。
彼等を怒る気は無い。彼等はそうあるべしと自分達が作った通りに行動しているだけなのだ。彼等を責める事は出来ない。
しかし、しかしである。
どうしてこれほどに心が痒いのか。
自分が、自分達がカッコイイと思ったものが動き出し、その通りに自分達を見てくれる事が、これほどにこの胸を苦しめるのはどうしてなのか。
そして、どうしてこの駄犬はこんなにも楽しそうなのか。
「どこって俺たちが作った設定でしょ? あと、モモンガさんがナザリックを維持してたのも覚えてるようだし。パンドラにも後で会いに行きましょうよ」
「……なんでそんなに楽しそうなんです」
恨みがましく声をあげてしまった。
それに気がつかなかったのか、気にしなかったのか、ジョンは今やボディビルダーやクマのように分厚くなった胸板を張って答えた。
「リアルに友人も家族もいませんから。ぼっちですから。
逆に俺とモモンガさんで良かったですよ。間違って、たっちさんとか所帯持ちの人を巻き込んでたら悔やみきれません」
「それは、そうですが……」
天涯孤独で職場と自宅を往復し、プライベートはゲームでだけ過ごしていたような自分達ならば戻れなくても別に構わないだろう。
だが、この場に家族持ちがいれば何としてでも帰れるよう、戻れるようにと考えていただろう。
そういった意味では確かにその通りだ。だが、自分が聞いてるのは『どうしてお前の中の中学2年生は暴れていないのか』と言う事だ。
「それに玉座でモモンガさん、ユグドラシルの最後になんて言いました? 『……また、一緒に冒険しましょうね』って言ったでしょう。仲間達はいないけど、仲間達の作ったNPC達が皆いて、良く分からない異世界きた。これはもう、冒険でしょう?」
その言葉は、痒さに追い詰められ色々とぎりぎりだったモモンガの心にすとんと落ちた。
「冒険……そうですね。そう思った方が楽しいですね。でもジョンさん、元々ポジティブな人でしたけど、ここまでア…でしたっけ? 違和感あるんですけど」
「はぁ、なんか身体に引っ張られてるみたいで。本来もう少し打たれ弱い性格なんですけど」
――打たれ、弱い? こいつ何か言ってるぞ。
「……私もアンデッドの精神作用効果無効の影響を受けてるのか、激しい感情とか抑制されてるみたいなんです。そのお陰で守護者達を前にしてもなんとかなったんですけど……」
僅かに考え、モモンガは駄犬の戯言はスルーして会話を続ける事にした。
打たれ弱いとか何処を見て言っているのか。こいつもきっとシモベたちのように思考が斜め上に飛んでるに違いない。ああ、しかし、自称と言えば、
「それでやっぱり、外に出てダーシュ村を開拓するんですか」
「勿論」
「即答かよ。……そうするとあの時間にアクセスしていた他のプレイヤーとぶつかる可能性もあります。私たちは異形種狩りのターゲットにされていましたから、最悪、ここでもPKされる事を想定しなければなりません。ゲーム終盤はユグドラシル内の治安と言うか民度も大分落ちていたんですよね」
「おうともさ」
「なら、ゲーム終盤は上位プレイヤーのイン率も落ちていましたが、世界級アイテムを装備した敵対的プレイヤーに遭遇すればそれこそ最悪です。最大級の備えとして世界級アイテムは装備していて下さい」
「やれやれ、どうせなら『ネコさま大王国』とか来てりゃ良いのに」
ジョンの言う『ネコさま大王国』とは城を拠点としたギルドで、NPCをすべて猫、または猫科の動物で作った猫好きの楽園。
拠点を欲した他のギルドが攻めた際、猫好きギルド&個人による援軍3000名が駆けつけ、連携は一切取れてなかったが、余りの人数差に攻めたギルドが力尽きて包囲殲滅されたと言う逸話がある。策士ぷにっと萌えをして、『戦争は数だな』と言わしめた籠城戦だった。
このナザリックはどちらかと言うと犬派であったが、動物好きであるが故に犬(狼)であるジョンもそのギルド戦には参加しており、他には女性メンバーとその女性メンバーに引きずり込まれたペロロンチーノも参加していた。その縁もあって他のメンバーが来なくなってからも、外を出歩いていたジョンとは細々と交流があった数少ないギルドだった。
そしてジョンに子狼形態でのPC向け全種族魅了攻撃を伝授してくれた大恩あるギルドでもある。
やれやれとゲーム時代以上にオーバーアクションで肩をすくめて見せるジョンに、モモンガは宝物庫から出してきたワールドアイテムを出して見せる。
モモンガが宝物庫から出してきたワールドアイテムそれは……。
大地を揺るがすもの(フローズヴィトニル)。
グレイプニル以外での状態異常無効。サイズ拡大(100倍まで)と耐久力拡大(サイズ拡大と連動)。ヴィーサルの靴で殺されない限りデスペナ無効などの能力を持つ。北欧神話のフェンリルがヴィーサルの靴で殺されるまで生き続ける運命から設定された狼系統のキャラクターが装備できる非常にニッチなワールドアイテムだ。
「それ、プレイヤー相手だと的が小さくなって戦い難かったんですよね」
そうHP100倍でも身体も100倍になるので、ダンジョン内では使えず一般フィールドで使うと他のプレイヤーの邪魔となり、突発巨大ボスイベントとして狩られてしまう。
おまけにPCのHPが100倍になっても巨大ボスと比べると数十~数百分の1にしかならないので、張子の虎ならぬ張子の狼。やわらか狼。ビッグボスw。等々散々な結果にしかなっていない。
使わせて貰っていた時期はダーシュ村攻防戦が(主に相手側で)盛り上がった。
特に大きさ100倍になると相手が小さすぎ、通常攻撃もまともに当てられず、スキルは相手の遥か頭上を空振りし、運営も攻撃力は100倍にはしてくれなかったので相手側は先ず死なない。ジョンの活動と組み合わさり、ある意味も最もネタとして活躍したワールドアイテムではないだろうか。
一応、ワールドアイテムであるのでステータス上昇効果等々あるのだが、最終的には喪失を恐れて、PKで奪われたと誤情報を流した上で宝物庫に仕舞いこまれていた悲劇(喜劇)のアイテムである。
「それと《準備の腕輪》とか使って、いつでもフル装備できる用意をして下さい。貴方に事故や寿命で死なれても嫌なんですよ。大地を揺るがすもの(フローズヴィトニル)を装備していればラグナロクまで死なないでしょう。私を一人にしないで下さい」
「――まるでプロポーズですね。アルベドたちに聞かれたら、俺、刺されるかも。もしくは特殊な掛算のウス=異本にされそうですよ」
「ちょっ!?」
誰にも聞かれてないよな?と周囲を見回す死の支配者。
円卓の間にNPCは入れないので聞かれる筈はないのだが。
「んで、装備、装備でしたっけ」
「ちなみにコキュートスとやった時の装備は?」
こんな感じですねぇとジョンが開示した装備内容は、モモンガの想像から更に3~4段は落ちるものだった。
ブラックベルト
武道着(ズボンのみ) プレアデスの戦闘メイド服と同程度の防御力 一応聖遺物級
リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン他
そのドヤ顔にモモンガは黙って杖を向ける。
火球の絨毯爆撃が開始され、円卓の間が爆炎で埋め尽くされた。
「どうして裸族で過ごそうとするんですか!?」
「失礼な! ズボンは穿いてるわ!!」
「……武器は? 雷神拳は? つか、あんたの神拳シリーズは神器級だろ!?」
「敢えて弱い装備で戦って、苦戦してから『くッ、こいつを使うしかないのか!?』『身体よ、持ってくれ』とかやれないだろ」
再び黙って狼男へスタッフを向ける死の支配者。
「強さの世界基準がわかってからですよねー」
てへぺろをやって見せるジョンに……狼頭でやられても舌なめずりをしてるようにしか見えなかったが……モモンガは疲れたように溜息をつく仕草をし、自らの『死亡時にペナルティ無しで即座に復活』する神器級の指輪を外すと、使って下さいとジョンへ差し出した。
「ジョンさんのロマンを否定するつもりはありませんが、ジョンさんに死なれたら俺、一人になってしまうじゃないですか……」
「わ、わかった。ごめん。すみません。――終了が発表された後、取引価格が暴落した時に買い集めたのがあります。だから、魔王の姿でマジ泣きはやめて」
その声は今にも本当に泣き出しそうで、流石にジョンも堪えた。また調子に乗りすぎてしまった。
指輪をモモンガへ押し返し、慌てながらジョンはユグドラシル全盛期と凋落期に集めていた装備をアイテムボックスから取り出し、課金アイテムをも取り出す。
デスペナ無効や軽減、蘇生、復活系の課金アイテムは単独行動で死に易かった分、かなりの量を買い込んでいたのだ。
もっとも、ここで本当に効果があるのかどうか自分の身で試したくはなかったが。
「あと、この1年で引退してったギルド外の友人たちから譲り受けた装備類を宝物庫へ出しておくから、パンドラに整理させておいて下さい」
そう言いながら、雷神拳を装備し、久しぶりに服を上下ともに着たジョン。
その姿は丈夫そうな黒い厚手の服の上から、青色の貫頭衣を纏って黒い帯で留めていると言うものだった。
胸と背中には大きな○の中に背中側に『天』、胸の側に『狼』と漢字が入っている。20世紀から続く武道着デザインの伝統らしい。
状況に応じて装備は入れ替えるが、フル装備になったのは何年ぶりだろう。ひょっとすると1500人に攻められた時以来かもしれない。
「精神防壁は頭装備にしないんですか?」
「すみません。それは本当に持ってません」
「ならそれは、私の方で用意しておきます。空いた腕に《準備の腕輪》を装備して良いですよ」
「マジか!? モモンガさん、愛してる!!」
ひゃっふぅぅと変な声をあげてジョンの調子の良さに、モモンガはやれやれといった風に首を振る。
精神防壁の鉢巻にしてやろうか。それともいっそ首輪にでもしてやろうか。
ああ、自分と違って耳があるのだから、イヤリングやピアス系のアイテムも装備できる筈だ。
「良し、そうと決まったら飯食おう。腹減った」
「……私、お腹空かないんです。アンデッドになったせいでしょうね」
勢い良く立ち上がったジョンへ少し寂しげにモモンガは答えた。その答えに愕然とするジョン。
「……マジか?」
「ええ、ですから気にせず食事を取って休んで下さい。私は自室に戻って、もう少し色々とやってみますから」
「……あんまり、根詰めすぎないようにして下さいよ」
アンデッドの睡眠不要、食事不要も良し悪しですね。
何かモモンガさんも食事を取る方法はないものかな。何れはラーメンとかも作ってみたいし、その時にモモンガさんに食べて貰えないのでは面白くないですよ。
そんな事を話しながら、二人は円卓の間から出て行く。
ユグドラシル最後のあの日、あの時、もう二度と戻らないだろうと思ったここから、また新たな冒険に向けて。
通路ではセバスが待っている筈だ。
一生に一度は言いたいセリフ「身体よ、持ってくれ」と言いながら立ち上がり何かに勝つ。
でも誰も気づいてくれない。その空しさを噛み締めて少年は大人になる。
稀に「こんな頑張ってる俺かっけー」と自分に酔い出す逸材が現れます。