オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
円卓の間の黒い扉が開く。
黒檀で作られた扉は片側だけでも幅2mはある。黒檀は成長が極めて遅く、環境が破壊されたリアルでは手に入らない素材だ。
居住区のこういった拘りと薀蓄は社会人ギルドであり平均年齢が高い故に、現実では手に入らないもの見られないものを持てる技術と憧れと愛情で再現し続けたアインズ・ウール・ゴウンの真骨頂である。
開いてゆく扉に先んじてセバスは一礼し、至高の御方々をお迎えする。
開きかけた扉の向こうから、ジョンの飯を食おうと言う声、モモンガの自分は食べないので自室に戻るといった声が聞こえてくる。
メッセージでメイド長のペストーニャとやりとりし、モモンガの部屋の用意、ジョンの食事の用意の確認を取る。
至高の御方がナザリックで食事を取るのも久方ぶりであり、料理長達は何時声がかかっても良いよう準備万端との事だ。
モモンガの自室についてもいつも通り、いつでも使えるように用意は万全であり、セバスもメイド達も至高の御方に奉仕できる喜びをかみ締めていた。
「モモンガ様、カルバイン様。お部屋とお食事の用意整ってございます」
「ご苦労、セバス」「ありがとう、セバス」
「勿体無きお言葉です」
喜びをかみ締めるセバスを前に、中身は小市民であるところのモモンガとジョンはキャラクターをロールしながらも礼を言わずにはいられない。
これだけ尽くされると何か悪い事をしている気にもなるのだが、そうあるべしと設定したのは自分たち――多分、タブラさんかウルベルトさんだと思うが――なのだし。
円卓を出たジョンの威圧感は装備がレベルに相応しいものになった事で、NPCたちから見ると至高の41人に相応しいものになっていた。
それだけにその姿を見るだけでメイド達やセバスは感動し、忠誠を新たにしているのだが、モモンガとジョンにとってそれがどれだけ斜め上の評価なのか。当人たちが知らないのは、きっと、間違いなく幸いな事だろう。
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円卓から現れ出たモモンガとジョン。
普段は上半身裸のジョンが、己の信念を曲げ、フル装備で出てきた事にセバスは息を呑んだ。
何故なら、その姿は1500からなる軍団に攻め込まれ、守護者たちが全滅し、集結した至高の御方41人が第八階層で軍団を迎え撃った時以来のものだったのだ。
幾度も滅ぼされ、幾度も打ちのめされ、それでもその身に相応しい装備を身につけず、己の信念――ジョンの言うところのロマン――を貫いたジョンがそれだけの装備を纏って出てきた。それはつまり、現状がそれだけ切迫したものだと至高の御方が受け止めている何よりの現れだ。
セバスの胸の内でデミウルゴスの言葉が繰り返される。
『カルバイン様はこんな不甲斐ない私達の為に死んでも良いなどと言って下さる。
これではまったく逆ではないかね。
至高の御方を守護すべき我々が、至高の御方に守られている』
力無き者達へ手を差し伸べ、生きる術を伝え、共に村を開拓していたジョン・カルバインが己の信念を曲げてまで装備の封印を解いた。
それはつまり、至高の御方々より遥かに脆弱な自分たちにこそ危険がある。守らなければならないとジョンが判断しているのではないだろうか。
そうであるならば、自分もナザリックの者達の為に出来る事を全て行うべきではないだろうか。
今の自分に出来る事、それは……。
セバスはそっとメッセージを起動するとデミウルゴスとアルベドへ、ジョンが装備の封印を解いた事を報告した。
今までは人間への姿勢、趣味嗜好の違いから、特にデミウルゴスとは距離をとっていた。
だが、ナザリックの為、シモベ達の為、ここまでして下さる至高の御方の御心を思えばこの程度、そう、己の感情など些細な問題でしかない。
ランドスチュワードである自分はカルバイン様が危険を感じている事に気づく事しか出来ないが、ナザリック1、2の知恵者であるデミウルゴスとアルベドならば、間違いなく至高の御方の助けになれるだろう。
かつて至高の御方も言っていたではないか。自分たちの真の強みは個の力ではない。組織力だと。
カルバイン様は仰ったではないか。コキュートスの中に武人建御雷様がいらっしゃると。
ならば、自分の中にもたっち・みー様はいらっしゃる筈。デミウルゴスの中にはウルベルト・アレイン・オードル様が、アルベドの中にはタブラ・スマラグディナ様がそれぞれいらっしゃるに違いない。
至高の御方は普段は主義主張を違えども、事あれば力を合せ、心を合せ、困難に立ち向い全てを粉砕していった。
これはきっと、神々の世界で戦う至高の御方々が我々に下された試練なのだろう。
我々もまた、至高の御方々のように心を合せて困難に立ち向い。
そして、全てを粉砕しなければ、至高の御方々の下に馳せ参じる事など出来るわけが無い。
これまでは行っていなかった――否、行えなかった――自分の行動。それ故にメッセージ越しにもデミウルゴスの驚きの気配が感じられる。
そのデミウルゴスへ自分の感じたものを伝えれば、言葉少なくも肯定の言葉が返ってきた。
そこには常にあった自分への壁のようなものは感じられず……今は遠い、仕えるべき御方の背中が、遥か彼方のたっち・みーの背中が、少しだけ近くなったような気がした。
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「お食事はどちらで召し上がりますか」
己の感情の高ぶりを抑え、セバスはジョンへ尋ねた。
闘技場では感動の余りに無様を晒してしまった。ナザリックのランドスチュワードの誇りにかけ、これ以上の無様は晒せない。
「一人で食堂を使うのもな。……自室で取る。運んでくれるか」
「畏まりました」
「それとセバスは護衛を兼ねてモモンガさんについてくれ。アルベドが戻ったら交代し、本来の職務に戻れ。俺の食事は……そうだな、ルプスレギナに運ばせてくれ」
それで良いかと視線でモモンガに尋ねるジョン。
「ええ、構いませんよ」
「この辺りも後で決めて皆に通達しときましょう。モモンガさんの命令が最上位で良いけど、きちんと連絡してやらないと皆、混乱するでしょうし」
ホウレンソウですか。立派な社会人ですね。そう言って笑うモモンガ。
そして続ける。でも、私とジョンさんは対等な友人ですからね。
「ありがとうございます。でも、モモンガさん。指揮命令系統をしっかりしておくのとは別ですよ。困るのは彼等ですから」
ロイヤルスイートの贅を凝らした通路を歩きながら会話を続ける。
モモンガから見て、こうして落ち着いて会話をしている分にはゲーム時代のジョンと変わりないのだが、一旦、動き出すとハイテンションになりやすいような気がする。
自分にアンデッドとしての精神作用効果無効が働いているようにワーウルフにも何かあるのだろうか。
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円卓の間に近いモモンガの部屋の前で別れ、ジョンは自分の部屋へ向かう。
モモンガの
忠誠心MAXを突き抜けてるような彼ら。そうあるべしと定められた役目を果たさなくて良いと言ったらどうなるか。
闘技場でモモンガを宥める為、自分を誤魔化す為に言った言葉で大泣きしたNPCたちである。
最悪、自害するかもしれない……そう思うと断る事も出来なかった。
溜息を飲み込み、頭をほとんど動かさずに3歩下がって後ろをついてくる一般メイドの様子を窺う。
狼の視界は360度あると図鑑などで知っていたが、ユグドラシルでは中の人の知覚能力に制限されるので実装されていなかった。実装されても認識できないが。
こうなってまだ数時間だが、落ち着いて見るといつの間にか360度ある視覚に馴染んでいる自分がいた。
後ろをついてくる金髪ショートの一般メイドを観察しつつ、前を見て歩くのに何の不都合もない。人間で在った事はなんと不便な事だったか。
(ホワイトブリムさん渾身のメイド服。服もそうだけど、41名ものデザインを良く起こしたものだよなぁ。
ん?……あれ、一般メイドが41名って。
ひょっとして誰の部屋付きメイドとか設定あったのか? グラースさん、どうしてたっけ? ああ、プレアデスは兎も角、一般メイドの設定までは良く見てなかったな。AIはヘロヘロさんだけど、他にも……んーメイドの設定は皆、熱が入ってたからなぁ。メイド萌えは男として当然だよな! モモンガさんにメイド属性ないのは意外だったけど)
一般メイドの各人の設定はどうなっていたか思い出そうとしていると、メイドが小走りにならないよう、品を失わないよう、音を立てないよう、必死になっている姿が見えた。
身長2m前後あり100Lvあるジョンと、1Lvしかない一般メイドでは歩く速度にも大きく差があるので当たり前であった。
プレアデスであればついてこれるだろうかと思いながら足を緩めると、メイドはほっと安堵したように息をついた。
(んー俺ってば、ここまで群れに気をつかう人間だったかな?
確かにギルメンは大事に思っていたけれど……ま、良いか。)
そうこうしている内に自分の部屋の前に到着する。
扉には月を背景に遠吠えする狼を図案化したマークが刻まれている。勿論これもウルベルト、るし★ふぁーと言ったメンバーが頑張ってデザインし、製作してくれたものだ。
自分は材料を集めてくる係りだった。彼らに自分のネーミングセンスがモモンガ以下と言われたのも懐かしい思い出だ。
思い出に微笑み、仲間達の作り上げた作品に惚れ惚れしながら手を伸ばしたが、扉は触れる前に勝手に開いて行く。
自動ドアかと首を捻ったが実際はメイドが開けてくれていた。機械などで済むところに敢えて人手をかけるのが、本当の贅沢だと誰かが言っていたような気がする。
誰だっただろうか。
部屋の中には既に何人かのメイドがおり、食卓の用意を行っていた。
その様子にプライバシーはなさそうだとジョンは感想を抱く。
(うーん『ぬふぅぅぅぅ』で『らめぇぇぇ』な俺の貴重なウ=ス異本は何処に隠せば良いだろう)
そう考え、何一つコレクションは持っていない今の自分に気づいた。
同時に恐るべき事実に思い至る。
(あっちの自分が死んでたら、変死とかで部屋を調べられるのか? ウ=ス異本とかPC内のコレクションが白日の下に曝さ、れる……だと?)
(え、ちょっ、うわああぁああああ、や、やめてくれぇぇぇ」
頭を抱えて転がりまわりたい。
いや、既に頭を抱えて蹲っていた。結果、
「「「カルバイン様!?」」」
「カ、カルバイン様!? どうしましたったったすか!? セバス様に連絡を! 治療魔法は私が試すけど、ペストーニャ様へも!!」
私室に入った瞬間、突然、頭を押さえて蹲る至高の御方を目にしたメイドたちは大混乱に陥った。
「え? っちょ……まっ」
こんな事でセバスやペスを呼ばれたら何と説明すれば良いのか?
なんだその羞恥プレイは。
慌てて駆け寄ってきたルプスレギナの腕を掴んで引き寄せながら立ち上がり、ぐるりと周囲を見回すと部屋を飛び出そうとしている一般メイドの姿がある。
(うわぁ、パニクった筈なのに指示を受けて的確に行動できるとか凄いね。社会人の鑑だね。でも、いかせないよ)
「待て!」
短く鋭い声で制止する。
至高の御方の強い声にメイド達は凍りついたように一瞬で静止した。
「大丈夫だ。なんでもない。……驚かせて、すまない」
凍りついたメイドたちを見回し、軽く頭を下げ、メイドたちが慌てる前に頭を戻す。
「久しぶりの自室で気が抜けた。……少し、嫌な事を思い出しただけだ」
そう言ってメイドたちの様子を窺うが、本当に自分を心配してくれたのか、蒼白な顔色で皆こちらを見上げている。
彼女たちが理解できる形でもう少し説明し、安心させた方が良いだろう。リアルでは自分を心配してくれる人なんてモモンガさんぐらいしかいなかったのだ。
自分の奇行一つで卒倒しそうなほど心配してくれる人がいる。人に必要とされる喜びを感じながら、ジョンは考える。
(まさかこんな美少女達へ、真っ正直にウ=ス異本とコレクションが曝されるショックで頭を抱えましたとは言えない。言いたくない。仮に知られて『うわぁ』とか、『ぷーくすくす』とかやられたら死ねる。
それを正直に言うぐらいなら、ウルベルトさんばりに自分の中の中学2年生を全開にし、世界を敵に廻して『宜しい。ならば戦争だ( ー`дー´)キリッ』とかやる方がまだマシだ。
せっかく自分達を崇拝するような眼で見てくれているのに、それの幻想をぶち壊してどうするよ。自分の設定と彼女たちが理解できる嫌な事……)
「また、村を焼かれたのが、な……一度ぐらいは、勝ちたかったなぁ」
我知らず、ルプスレギナを掴んだままの手に力が入った。
リアルでは近づいた事も無い美少女を前にカッコつける事に照れがあったのだ。
それを堪える為に力が入ってしまったのだが。
「……ッ。カルバイン様」
その言葉にルプスレギナを始めとするメイド達は、至高の御方を悲しませ、苦しめる人間達の罪の重さを想い、瞳を伏せた。
ジョン・カルバインの自らの力を封じ、勝利を遠ざける姿勢は理解できなかったが、敬愛する至高の御方の意に従わぬ人間の罪深さは理解できたのだ。
本来であれば、至高の御方に対して、人間という下等生物は頭を下げ、生命を奪われる時を感謝して待つべきなのだから。
偉大な狼――狩人であるジョン・カルバインの獲物として選ばれた以上は、喜んで狩りの獲物となり、御方を楽しませる為に、生命を奪われる時を輝かせるべきなのだ。
決して、至高の御方を悲しませ、勝利を渇望するかのような声をあげさせて良いものではない。
(カルバイン様の玩具に選ばれておいて、カルバイン様を楽しませる事も出来ないなんて本当に使えない奴らっすね。私だったら、ちょーはりきって頑張るっすよ。手足の一本二本もげても、回復魔法で治して少しでも長く楽しんで頂くっすのに……)
人間の価値観、思考からすれば狂人のそれであったが、ナザリック地下大墳墓の者達は至高の御方の為であれば、どのような苦痛も喜びに変えてしまうというこの事実に、モモンガとジョンは何時の日か気がつくのだろうか。
死んだ後、PCの全データをどう消去するか。
情報化社会に生きる男子一生の問題だと思います。