オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
丘陵の岩肌を削り取ったかのように、巨大な白い石造建築が谷底に鎮座していた。
風雨に晒され苔むしてはいるが、なお荘厳さを失っていない。柱は太く、屋根は半ば崩れ落ちているものの、古代の権威を感じさせた。
神殿の周囲は自然に覆い隠されているはずだった。
しかし奇妙なことに、そこだけ木々がまるで避けるように生えておらず、石畳の道が谷の中心にまっすぐ延びている。
石畳を避けて慎重に進む一行だったが、ルプスレギナだけは鼻歌を歌うように気楽に歩を進めていく。
荘厳さを失っていない神殿は崩れた天井から日が差し込み、誰もいない無人の中で静謐な沈黙を保っていた。
太く逞しい石柱には篝火が据え付けられ、影を追い払っている。
石柱が列する広い通路の奥に巨大な魔神像が置かれ、そこに人狼形態のジョン・カルバインが禍々しく篝火の光に照らされる鎖で縛り付けられ封印されていた。
ぐったりとしたジョンの姿に思わず声を漏らしそうになる。
その姿を見た瞬間、場の空気が一変した。
緊張が張り詰め、誰一人として軽口を叩けない。
石柱の陰に佇む影――
憤怒を象った様な険しく邪悪な顔つき。鋭い爪と牙、蛇の尻尾、巨大な翼と拳に灯る炎など見る者を恐怖させる。
「……ヤルダバオト……!」
クレマンティーヌが、押し殺した声で名を吐き捨てる。
篝火に照らされたその貌。眼球から漏れる赤光が、見た者の心を焼くような威圧を放つ。
彼の足元には魔法陣が広がり、幾重にも重なる封印がジョンを拘束している。
鎖はまるで生き物のように脈動し、呻くような音を立てていた。
「ようやく来たか……小虫ども」
低く響く声が、神殿全体に反響する。
一行は即座に戦闘陣形を取ろうとするが――ルプスレギナだけは薄ら笑いを浮かべたまま動かない。
その瞳には怒りも恐怖もなく、ただ“御方”の命に従ってここにいるだけの、冷たい光が宿っていた。
「……っ、どうする?」
ルクルットが汗を滲ませて囁く。
だが次の瞬間、封印されたジョンの目がわずかに開き、かすれた声で呟いた。
「……来るな……罠だ……」
/ * /
「罠は飛び込んで喰い千切れ……至高の御方々のお言葉っす」
くーちゃん、全開で行くっすよ。
その言葉にクレマンティーヌの口から聖句が零れる。
聖詠が唱えられ、彼女は白と黄色を基調として、身体にぴったりと密着する〈
同じくルプスレギナも朱の雫から回収した〈
「これで攻撃と防御は互角っすね。こっちは私達に任せて漆黒の剣は為すべき事をやりなさい」
背後の漆黒の剣4名に背中越しに声を掛けると、ルプスレギナは右手に巨大なヘビーマシンガン、左手に巨大な聖杖を構えた。
唸るような音と共に、ヘビーマシンガンから大量の銃弾が吐き出される。
どんぐりより若干大きめな銃弾はその運動エネルギーで凶悪な威力を秘める。魔力は籠っていない為、飛び道具対策をしたランカーには通じないが、80Lvとは言え召喚されたままの憤怒の魔将には通用する。
面で制圧する銃弾を完全に避けるのは困難だ。
防御姿勢を取ったヤルダバオトの腕や足、胴体に銃弾が食い込む。
人間ならばかすっただけで粉砕される運動エネルギーをお見舞いされても、ヤルダバオトは平然と皮膚で受け止める。
銃弾の後に続いて突撃したクレマンティーヌのスティレットが、腕を降ろしたヤルダバオトの顔面。瞳を狙って突き出された。
これまで人間の攻撃など避けるに値しないと一切の回避行動を取らなかったヤルダバオトだが、危険を感じたのか頭を逸らしながら炎を纏った拳でクレマンティーヌを迎撃する。
苦痛を飲み込みクレマンティーヌは身を捻って衝撃を受け流しながら吹き飛ばされる。炎が白と黄色の〈
苦痛の声を上げて、敵にダメージを知らせる必要はない。
ルプスレギナの
まともに喰らったら1発で死ねる。上手く受け流しても2発で死ぬだろう。
ヤルダバオトから、獰猛な嘲笑が漏れた。
「……なるほど。罠と知りながら喰らいつくか。犬畜生らしい愚直さよ」
「ちっ……犬じゃなくて狼っすよ」
ルプスレギナが舌を出して笑う。
ヘビーマシンガンの銃身が赤熱しながらもなお弾丸を吐き続け、神殿の内部を金属音と火花で埋め尽くす。
その隙を縫って、クレマンティーヌが再び踏み込む。
先ほどの失敗から学んだ彼女は、真っ向勝負ではなくフェイントを重ね、左右から翻弄するように攻撃を仕掛けた。
ヤルダバオトの拳が唸りを上げるが、パワードスーツの強化反射神経がそれを紙一重で逸らしていく。
「……悪くない」
仮面の奥からの声は低く、だが明確に“楽しんで”いた。
「だが忘れるな。ここは我が舞台。封印も、鎖も――すべて我が意志の延長に過ぎぬ」
その言葉と同時に、縛られていたはずの鎖がジョンの身体を締め上げる。
呻き声が神殿に響き、ニニャたちの顔が引き攣った。
「やめろッ!」
ルクルットが思わず矢をつがえるが、ルプスレギナが再び制止の声をかける。
「動揺しないっす! これは心理戦っすよ。……ジョン様を盾に取ったつもりだろうけど、その程度じゃ“御方様”の眷属は止まらないっすから」
挑発に挑発を重ねるルプスレギナの言葉。
彼女の軽口が戦場の空気をわずかに押し戻し、漆黒の剣たちの動揺を抑える。
一方で――。
鎖に締め付けられながらも、ジョンの視線がわずかに動いた。
その先は、神殿奥の石柱に刻まれた古い文字。
ニニャだけがそれに気づき、目を見開く。
「……あれは……解除の詠文……!」
敵の心理戦の裏で、ジョンは自ら命を賭して“突破口”を示していたのだ。
銃弾と炎、聖句と嘲笑が交錯する神殿の奥で――。
漆黒の剣の一人、ニニャは石柱に刻まれた古い文様に目を凝らしていた。
「……これは……古代文字……いや、符号化されてる……!」
指でなぞりながら呟く。
ルクルットが矢を番えたまま背後を守り、ダインが肩越しに覗き込む。
「解読できるか?」
「できる……けど時間がいる!」
ニニャの額に汗が滲む。
その声を、ヤルダバオトが聞き逃すはずがなかった。
「ほう……愚かにも封印に触れるか。貴様らごと鎖に食わせてやろう」
低く響いた声と共に、ジョンを縛る鎖が突然うねりを上げ、蛇のように柱から飛び出す。
「させるかッ!」
ルプスレギナが即座にヘビーマシンガンを旋回させ、鎖を弾丸で薙ぎ払う。
鉄と魔力が炸裂音を立て、石片が飛び散った。
「ニニャ! 早く読むっす!」
「言われなくても!」
ニニャの指先が急ぎ文様を追う。
「……“漆黒の闇に輝く……死者の球を供えよ”……?」
「詩的すぎて意味がわからんぞ!」とダインが苛立ちを隠さず吐き捨てる。
だがイミナが弓を引きながら呟いた。
「……死者の球……まさか、あの宝玉?」
戦闘を続けるルプスレギナとクレマンティーヌ。
そのルプスレギナの左手に握られた巨大な聖杖のシンボルの中心に据えられた漆黒の宝玉。それが、鎖の光に呼応するように淡く輝いた。
ヤルダバオトがゆらりと漆黒の剣に向く。
「……なるほど。やはり“選ばれた供物”を持っていたか。だが……」
暗い嗤い声が響く。
「差し出す前に、お前たちの命を摘み取ってやろう」
篝火が爆ぜ、神殿全体に圧倒的な魔力が奔る。
赤黒い炎の壁が漆黒の剣とニニャたちを囲い込み、解読の時間を奪おうと迫ってきた。
その瞬間、ルプスレギナが前に出る。
「御方様の眷属に向かって時間稼ぎ? ……お笑いっすね」
笑いながら、聖杖を大地に突き立てる。
轟、と光の結界が炸裂し、炎の壁と正面からぶつかり合った。
「解読は任せたっす! クーちゃん、全開で行くっすよ!」
「了解だよ!」
クレマンティーヌが再び聖句を紡ぎ、二人の“盾”が全力で前線を押さえ込む。
その背後で、ニニャの指先が漆黒の宝玉……死の宝珠……に触れる。
文様と宝玉の光が共鳴し始めた――。
篝火の揺らめきが、神殿全体を赤黒く塗り潰す。
ルプスレギナとクレマンティーヌは炎を押し返しながら、互いに短く言葉を交わす。
「……クーちゃん、まだ持つっすか?」
「持たないって言ったら死ぬより酷い目にあいそう」
二人の〈全身鎧〉は灼熱に軋みながらも、その光沢を保ち続ける。
一歩でも退けば、背後の漆黒の剣ごと鎖に呑み込まれるのは明白だった。
その背で――。
ニニャの両手は震えていた。
石柱に刻まれた古文と、胸元の宝玉が互いに光を放ちながら干渉しあう。
「……“死者の球よ、闇の力をここに”……!」
宝玉が強烈な光を放ち、突き立った床から聖杖ごとふっと浮かび上がる。
「リーダー!」
呼びかけられ、剣と盾を構えてメンバーを守っていたペテルが剣を投げ捨て、聖杖を掴んで封印の中央――ジョンを縛る鎖の結節点へと走る。
その動きに、ヤルダバオトの貌がかすかに傾いた。
「……やはり、そうなるか」
拳を覆う赤い炎が一気に収束し、一本の槍のような形をとる。
ペテルを貫かんと放たれるその炎――。
「させねぇッ!」
ルクルットが矢を放ち、ダインが盾を投げる。
だが炎槍はそれらを容易く焼き払い、一直線に迫る。
――その瞬間、ルプスレギナが吠えた。
「罠は飛び込んで喰い千切れっすよッ!」
朱に輝く鎧が閃光を走らせ、彼女は身を盾にして炎槍を叩き落とす。
爆風が神殿を揺らし、石柱が悲鳴を上げた。
その一瞬の隙――ペテルは宝玉を結節点に押し当てる。
「……っ!!」
眩い光が弾けた。
鎖に走る紋様が一斉に白く輝き、焼けるような悲鳴が神殿全体に響き渡る。
ヤルダバオトの貌がぎり、と歪んだ。
「……愚か者どもが……!」
鎖が軋み、次々と砕け散っていく。
石柱に絡みついていた金属片が音を立てて落ち、封じられていた魔力が奔流のように解き放たれた。
そして――。
漆黒の炎に照らされながら、ジョン・カルバインの巨躯がゆっくりと膝を折り、鎖から解き放たれる。
その瞳が開き、呼吸が再開され、清浄な青銀色を帯びた光が神殿を貫いた。
「……良くやった」
荒い声と共に、ジョンは人狼の咆哮を放つ。
解放の瞬間、神殿の空気そのものが震えた。
/*/ チョロゴン /*/
あの〈
配下のえぬぴーしーと人間が協力して封印を解いた。やはり彼は八欲王とは違うのか……友よ、どう思う……友よ……。
/*/
「さて……」
封印から解放されたジョンは首をごきごきと鳴らし、手足を回して凝り固まった身体をほぐしながら、目の前のヤルダバオトを無視しして何処か遠くに語り掛けた。
「白銀鎧……アガネイアだったか、いつまでそんなところで見てるんだ?俺なりヤルダバオトなりをやりにきたんだろ、来いよ」
ジョンの呼びかけに?を浮かべる漆黒の剣の4人。
彼らの前に白銀の鎧が転移してくる。世界移動による転移はジョンたちの知識にないが、いまこの神殿は下僕たちによって全力で監視されている。
ニグレドが何か手掛かりを掴んでくれるだろうと信じ、ジョンは白銀鎧に声を掛ける。
「力には責任が伴うとか言ってたよな。強きものは弱きを助け、弱きは強きを支える。それが俺の心情だ。こいつらが俺を支えてくれた。俺は聖王国を助けに来た。……お前は何をしに来たんだ?」
その言葉に白銀鎧…リク・アガネイアは考え込んだようだった。
「……私か……私は…――君が友となれるものか見極めに来たのだと、思う」
/*/ 友か敵か /*/
ジョンの言葉に、神殿の空気がさらに重くなる。
ヤルダバオトですら沈黙し、その応酬を観察するかのように揺らめく炎を止めた。
リク・アガネイアの周囲に槍、刀、ハンマー、大剣。
4つの武器が浮遊する。
白銀の武器に、神殿を満たす篝火が反射して輝く。
「……ジョン。君は“ぷれいやー”でありながら、えぬぴーしーや人間と手を携えた。八欲王の誰一人として、それをした者はいない」
「へぇ、俺のこと、調べてやがったか」
ジョンは人狼の牙を見せて笑う。
だがその瞳には、わずかな苛立ちが浮かんでいた。
「……俺はただ、自分の流儀を貫いてるだけだ。
八欲王と比べるな。俺は俺だ」
「だからこそ見極める必要がある」
剣先がジョンに向いた。
「君が……“世界の敵”か、“未来の友”かを」
/*/
「ククク……」
沈黙を破ったのはヤルダバオトだった。
「実に愉快だ。人類の英雄と、外来の神。
この場で相まみえるとは……ああ、実に。
どちらが“より人間的か”を競い合うのだろう?」
赤黒い炎が立ち昇り、天井に達する。
だがその中でヤルダバオトは、一歩も動こうとしない。
まるで舞台の観客のように――。
「さぁ、“選別”の続きを始めようではないか。
友か敵か……あるいは同じ穴の狢か。
その答えを見届けさせてもらおう」
/*/
ルプスレギナとクレマンティーヌは、互いに短く視線を交わした。
「……つまりこれ、どっちが勝とうが私たちの仕事増えるっすね」
「最悪、両方を相手にすることになるわけね。……面白いじゃない」
背後の漆黒の剣は声を失い、ただ剣を握り締めるしかなかった。
自分たちが巻き込まれているものの規模が、理解を超えていたからだ。
そして――。
封印が解かれた神殿の中心で、ジョンとリク、そしてヤルダバオトの三者による緊張の糸が限界まで張り詰めていく。
/*/
武器の一つであるハンマーが持ちやすい位置に浮かぶ。アガネイアが命令を下すように手を振った瞬間、巨大なハンマーがいきなりジョンに向かって飛翔した。
かなりの高レベルの戦士が投擲したような速度であり、モモンガなら回避は不可能だったろう。
100Lv勢であったモンクであるジョンならば回避は容易い。
回し受けでハンマーを逸らし、〈
この一撃には「世界を守護する覚悟」が宿っていた。しかし……
/*/
「やはり……君は“怪物”だ。
だがその牙に、守る意思があるかどうか――それを私は見極める!」
「怪物か……上等だ」
ジョンは低く唸り、牙を剥いた。
「俺の仲間に牙を剥く奴なら、たとえ英雄でも――食い千切るだけだ」
二人の間に再び火花が散る。
武器と爪、白金と青銀の力が拮抗し、神殿全体を震わせる。
/*/
その緊張を眺めながら、ヤルダバオトの炎がくつくつと揺れた。
「……ククク。どちらも“人の枠”を超えた者同士。
ならば、私はどちらにとどめを刺すのが最も楽しいか……それを考えるとしよう」
神殿に充満するのは――
戦闘音と共に、言葉では測れぬ信念のぶつかり合いだった。
/*/
「……ならば、証を見せよ!」
アガネイアの声と共に、彼の周囲に三本の武器が浮かび上がった。剣、槍、刀、そして再びハンマー。
それらは意思を持つかのように光を帯び、次の瞬間には同時にジョンへと殺到する。
四方向から迫る連撃は、一点を守れば他を喰らう――完全なる死地。
だがジョンは微塵も怯まず、不動立ちから両の腕を顔の前で交差させる。
腕を降ろすと同時にかかとを開いて足を八の字にすると、両腕を肘を中心に内受けのような形でしぼり上げると同時に、右足の親指が左足の前をかすめるようにして、足1つ分、右足を前に出す
「――(アイアン・スキン)!」
迫る武器が人狼を襲い青銀の火花が散ったようだった。
頑強な肉体と武器が火花を散らし、空気が爆ぜる。
一瞬、神殿全体に耳をつんざく轟音が響いた。
/*/
「……なぜだ。なぜ避けなかった?」
リクが問う。
ジョンの左右肩、前後の胴体には深い裂傷が刻まれ、血が滴っていた。
だがジョンは口の端を歪め、牙を剥き出しに笑った。
「お前が言ったろ……“守る覚悟”があるかってな。
俺は仲間を守る。だから退かない。……ただそれだけだ」
その声音には虚勢も偽りもなく、ただ獣の誇りがあった。
リクはしばし沈黙した。
そして静かに、武器を引いた。
「……なるほど。怪物ではあるが、君は――『守護者』でもあるのかもしれないな」
/*/
その刹那。
「――おや、茶番は終わりか?」
炎の奥から低い嗤いが響いた。
ヤルダバオトの両腕に、黒き業火が渦巻き始める。
「では……次は私の番だろう?」
神殿を焼き尽くすような業火が膨れ上がり、試し合いは強制的に中断された。
/*/
「守護者、ね……」
ヤルダバオトの声は愉悦に濡れていた。
「怪物であろうと、英雄であろうと……結局は“私の玩具”に過ぎん」
言葉と同時に、黒炎が溢れ出す。
床石が音を立てて溶け落ち、熱気が神殿の空気を震わせる。
ジョンは裂傷を抱えながらも前に出た。
その姿を見て、リクもまた剣を握り直す。
一瞬、二人の視線が交錯する。
そこに「完全な信頼」はない。
だが「共通の敵」への理解だけは、確かにあった。
「……行くぞ、アガネイア」
「私に命令するな。だが――今だけは、同じ敵を屠ろう」
次の瞬間、守護者と英雄は同時に飛び出した。
黒炎を纏った魔皇へと。
/*/