オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第65話:番組の途中ですがカリンシャ奪還作戦です

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ヤルダバオトは滅んだ。その筈だ。

 

ジョンとアガネイアの協力の前では80Lvを誇る憤怒の魔将と言えども太刀打ちできるものではなかった。

戦闘しながらの観察ではアガネイアの攻撃、防御は無拍子だった。

だが、それは近接戦闘を極めての無拍子ではなく人型を人型でないものが操っているからのようであった。

 

「……君は、これからどうするのだ?」

 

アガネイアの言葉にジョンはしばし考え込んだ。

 

「聖王国を解放する……が、聖王国を守り切れなかった聖王女には責任を取る形でリ・エスティーゼ王国のザナック王に嫁いで貰いたいと考えてる。聖王国の北部と南部のパワーバランスの変化で無事ではいられないだろうからな。代わりにリ・エスティーゼ王国からは復興資材と食料を送るように手配するつもりだ」

「人間の事を考えているのだな」

「俺は人間が好きだよ……なんだよ、意外そうだな」

 

「……人間が好き、か」

アガネイアの声は淡々としていたが、そこにはかすかな揺らぎがあった。

 

「私にはその感情はない。ただ、秩序を守るために人間も守る。それが私に課せられた責務だからだ。

 ――だが、君は“好きだから”守るという。それは強さであると同時に、弱さでもある」

 

ジョンは肩をすくめ、苦笑を漏らした。

「弱さで結構さ。俺はプレイヤーである前に、“人間を助けることを選んだ怪物”だ」

 

二人の間に沈黙が落ちた。

神殿の崩れかけた柱から光が差し込み、瓦礫の上で風が巻く。

 

やがてアガネイアが小さく頷いた。

「……今はまだ、君を敵と断じる理由はない。だが覚えておけ、怪物よ。

 ――強すぎる力は、いつか必ず世界を傷つける。その時、私は君を屠る」

 

その言葉にジョンは口の端を吊り上げ、牙を見せるように笑った。

「そんときは――俺の牙が届くかどうか、試してみろよ」

 

二人の視線が交錯する。

そこには友誼ではなく、共に戦った一時の理解と、いずれ訪れるであろう決戦の予感だけがあった。

 

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崩れ落ちた神殿の奥から、ルクルットが慎重に姿を現した。

その背後にはルプスレギナと、息を呑む漆黒の剣の面々が続いている。

彼らの表情は安堵と困惑の入り混じったものだった。

 

「ボス……終わったんですね」

ペテルの声はかすかに震えていた。

 

「ああ。だが、戦いはまだこれからだ」

ジョンは頷き、血に濡れた手を軽く振って見せた。

 

視線を戻したとき、アガネイアの姿はすでになかった。

ただ光の欠片のような残滓だけが、神殿の崩れた柱の間に漂っていた。

 

「……行ったか」

ジョンは小さく呟き、仲間たちを振り返った。

 

「聖王国を解放する準備を始めるぞ。王女には責任を果たしてもらう。だが同時に、人々を生かす道を作らなきゃならん。……そのために、俺たちはここまで来たんだ」

 

仲間たちはそれぞれに頷いた。

風が瓦礫を越えて吹き抜け、空には新しい光が差し込む。

 

ジョンの戦いは終わったばかり。

だが、その牙はまだ未来に向けて研ぎ澄まされ続けていた。

 

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ここでカリンシャ奪還作戦に目を向けよう。

 

ゼルンの協力を得て、カリンシャに潜入したシズ、ネイア、レメディオスの3人は順調に進みゼルンの王子を解放し、ヤルダバオトの側近悪魔の討伐に向かっていた。

 

広い執務室は天井が5メートルはあり、そして非常に広かった。上等な調度品が多数置かれており典型的な豪華な部屋といった風だ。

黒く重々しい机の向こうにいる異形の化物へ王子が魔法を叩き込むが、それは異形の化物の魔法で風でも吹いたように掻き消えた。

やはり双方の魔法は無効化されるようだ。

 

「…人間の背中に張り付いているのはゼルンの王子だな? 人間たちを捕らえて連行した様子ではない。――クハハハ、裏切りか。面白い」

 

ゆっくりと立ち上がった大悪魔は悪夢から飛び出してきたような、人間のカリカチュアのような姿をしていた。

枯れ木のような身体に余りに細い――女の手首より細い首が伸び、その上に二つの実がなっていた。

 

「え?――あ」

 

ネイアはあまりの衝撃にそれだけしか言えなかった。

シズの言っていた頭冠の悪魔(サークレット)の特徴。二つの頭部。

その内一つは異形で大きなウジ虫のようだ。ゼルンの王子が言っていた”国母”だろう。問題はもう一つの方だ。

 

半眼の瞳は白目を見せ、虚ろで口も半開きの首だけになった人間の女性。ただ、肌は血色こそ悪いが腐敗どころか傷んでさえおらず、金の髪には艶すら残っている。首の断面には肉が赤々と覗いていて、今にも血が滴りそうな瑞々しさだ。まるでついさっき首をもがれたかのような姿であるのは不思議としか言いようがないが、だからこそそれが誰なのか直ぐに判別できた。

 

「――ケラルト……」

 

ネイアは遠目でしか見た事が無いが、同行しているレメディオスが見間違える筈がない。

聖王国の神職、その最高位にしてレメディオス団長の実の妹。

 

「ケラルトォォォッ!!」

 

打ち合わせも何もなくレメディオスの聖剣が煌めき、悪魔に襲い掛かった。

 

レメディオスの叫びと同時に、白銀の光が迸った。

聖剣が振り下ろされるが、その刃は空気に触れる寸前で止められた。

 

「ク、ククク……」

大悪魔の喉奥から、耳障りな嗤いが漏れる。

二つの首のうち、人間の女性の口がわずかに動き、かすれ声を漏らした。

 

「……ね、え……お姉さま……?」

 

「っ!!」

レメディオスの全身が硬直する。聖剣を握る手が震え、膝がわずかに揺れた。

 

「馬鹿な……ケラルト、お前……なのか……?」

 

悪魔のウジ虫のような頭部がぐにゃりと揺れ、哂う。

「クク……哀れなものだな。これは“器”に過ぎぬ。だが、確かにその声は、かつて妹と呼んだ者のものだ」

 

ネイアは冷静に、短く告げる。

「――団長、惑わされないで」

 

しかしレメディオスは一歩、二歩と前に出る。

「妹を……利用するとは……この外道がァァァッ!!!」

 

その怒りのままに剣を振るう。

だが、悪魔の細い首がひとつ傾いただけで、刃は空を切った。

 

「ク、クク……激情。まことに人間らしい」

大悪魔の長い指が宙をなぞると、炎の檻が広がり、分断するように燃え上がった。

 

ネイアは咄嗟に王子を庇いながら歯噛みする。

(……まずい。このままでは団長が冷静さを失って、悪魔の思う壺に……!)

 

炎の揺らぎの向こうで、レメディオスの叫びと悪魔の嗤いが交錯する。

それは聖王国の未来をも左右しかねない、危うい戦場の始まりであった。

 

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「さ、影の悪魔」

 

炎の檻でネイアとレメディオスと自分自身を分断した大悪魔。

その影がずるっと伸びた。

それは膨らみ、二次元が立体化する。姿を見せたのはまさに悪魔と聞いてイメージするものを黒く塗りつぶしたような存在だった。それも二体。

これが身辺警護を置いていなかった理由だろう。

 

「お前たちは王子以外のゼルンを殺せ。私は王子を捕まえるとしよう。……人間、裏切るなら両手の指の数だけ収容所にいるお前の大切な者たちを助けてやっても良いぞ」

 

潜入前にシズが想定していた通りの提案を大悪魔がしてくる。

ネイアはシズの慧眼に感心しつつ、相手の油断を誘うべく問い返す。

 

「本当に?」

 

恐る恐る顔色を窺うように問いかけると、大悪魔の声に喜びの色が浮かんだ。

 

「何を言う!裏切るのか!」

 

ネイアの背中に背負われた王子が怒鳴ると、大悪魔の注意が完全にネイアに向けられた。

 

「黙れ。黙れ。黙れ。私は彼女と話しているのだ。……私は約束は守る者だ。君の守りたい、助けたい人間の数を言ってくれ。両手の指で足りないのであれば交渉次第で――」

 

無防備で、警戒と言う言葉を忘れた様な大悪魔は隙だらけだ。

それを伏せ札(シズ)は見逃さない。扉の影から飛び出し、瞬時に魔銃を構える。

 

銃口が火を噴くと大悪魔は肩口を押さえてよろめいた。

 

「ケラルト、いま解放してやるからな」

 

怒りのあまり平坦になった声が炎の向こうから響いた。

(聖撃)を込められた聖剣サファルリシアの眩い輝きが赤い炎を圧倒する。

悪魔の炎に身を焼かれながら、レメディオスが聖剣を振りかざして踏み込んできた。

 

四大聖剣の一つにして、聖王国の神宝。聖なる力を宿し、悪の存在により強烈な損傷を与える聖剣サファルリシア。

 

一文字に振るわれた聖なる一撃は頭冠の悪魔(サークレット)の頭をまとめて切断した!

 

「――ぐぉおおお!」

 

頭冠の悪魔(サークレット)の苦痛に塗れた悲鳴が響いた。

 

「よくも!よくも!御方から賜った頭冠を!」

「黙れ!ケラルトを、妹を返して貰うぞ!」

 

首を落とされた頭冠の悪魔(サークレット)には最早、魔法を使う手段はない。

身体的な強度で人間を上回っても、人界最強クラスのレメディオスの敵ではない。

王子の魔力を無効化することも出来ず、そのまま押し切られるだけだ。

 

早々に決着をつけると周囲で影の悪魔と戦うゼルンたちに加勢した。

 

勝利の瞬間の王子の歓喜の叫びは五月蠅いくらいだった。

 

「王子!ご無事で何より」

「ああ。……国母の亡骸を丁重に食べてくれ」

 

食べるのか、とネイアは心の中で突っ込みを入れる。

丁重に、と言ってるのだから、きっと彼らなりの弔い方なのだろうと納得するほかない。

 

「ネイアよ。人間の頭はどうする?おぬしらが食べるのか?」

「い、いえ。私たち人間はそういう葬り方はしません。城まで丁重に持ち帰ります」

「そうか……人の葬儀というのは謎だな。いや、おぬしらも我等に対してそう思っているところか。文化の違いという奴だな」

 

「ケラルトの亡骸は持ち帰って蘇生する。そちらも望むなら蘇生を口添えするが……」

 

レメディオスの共に戦った亜人への気遣いにネイアはこの人変わったなと思った。

口を開きかけた王子をシズが制止した。

 

「――待つ。ここでお喋りをする時間はない。移動を開始する」

 

遠く騒乱の音が聞こえてくる。ここを目指して軍を進めてきた解放軍が、ついに亜人連合に発見されたのだろう。あるいは今の戦闘音を聞きつけた兵が向かってくる音かもしれない。いずれにしてももたもたしてはいられない。

 

「そうですね、シズ先輩。……それでは約束通り、解放軍がカリンシャを攻略するのに協力してください」

「うむ。分かっておる。お前たち!」

「は!速やかに行動を開始します。王子や人間たちは樽に入って下さいますか?城外までお運びします」

 

ネイアは隣のシズが躊躇うような気配を漂わせているのに気が付いた。理由は分かる。あの樽が嫌なのだろう。ネイアも同じ気持ちだった。

 

「――少し待て」

レメディオスは安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)にケラルトと国母の首を包むと「よろしく頼む」と率先して樽に入っていった。

 

嫌な事を率先してやる姿にネイアは少し団長を見直した。

 

「奪還作戦に参加しなければ――」

 

決意を込めたネイアの呟きに背中の王子が獲れたての魚のように暴れた。これは――歓喜の震えだ。それがわかってしまう自分の順応性にネイアは少しげっそりした気持ちになる。

 

「戦友が行くのであれば、我も行くとしよう。無論、魔力を消耗しているので余り派手な魔法は連発できないが、お主らを強化する魔法を使うとしよう」

「王子!」

「騒ぐな。我に戦友を送るだけのオスになれとお前たちは言うのか!?」

 

「……それぐらいにする。行く」

 

シズが促す。一刻も早く樽から逃げようとするように。

 

「それでは我等が同胞が多く集まる場所まで樽で運びましょう。お入り下さい」

 

 

カリンシャの奪還は驚くほど簡単だった。

 

ゼルンの内応、側近の大悪魔の不在、都市の大きさに比べての亜人側兵力の不足などが重なった結果だ。無論、戦死者は双方ともに多数出ているが、これだけの大きな都市を奪還したにしては聖王国側の被害は驚くほど少なかった。

 

その要因の一つは、アルティメット・シューティングスター・スーパーを背負って先導したネイアの存在だ。

 

シズが陰に回ったからと言うのもあるが、見事な輝ける弓を装備したネイアには民を鼓舞する威厳があった。

ゼルンの王子を背負い、ウルフ竜騎兵団のオーガやゴブリンたち、聖王国の聖騎士たちと肩を並べて戦ったネイアはカリンシャ奪還作戦のシンボルとも言えた。

そして、ネイアは壇上に立ち、広場にいる観衆に熱く語り掛けていた。

 

善意には善意を。悪意には悪意を。強きものは弱きものを守り、弱きものは強きものを支える。ただ弱い事は罪なのだ、と。

 

 

時は少し遡る。

 

 

カスポンドたちが集結した広間にジョン、ルプスレギナ、シズ、ネイアがいた。

レメディオスがケラルトと国母の蘇生を願い出る。ジョンの出した条件は。

 

「リ・エスティーゼ王国に嫁ぐ聖王女にレメディオスとケラルトがついてくるのであれば、蘇生しよう。無論、二人が王妃付きの騎士と神職として活動できる自由と地位は約束する」

 

と言うものだった。

王兄カスポンドは復興支援と引き換えにこれを了承し、カルカ、ケラルト、国母の蘇生が行われた。

 

蘇生の際に近しいものの呼びかけが効くとの名目で、ケラルトの蘇生にレメディオス。

聖棍棒としてトラウマを持っているだろうカルカの蘇生にレメディオスとケラルトが参加。

国母の蘇生にはゼルンの王子が参加し、彼を感激させた。

 

またゼルンは別種族の国母とは言え、その蘇生に我が身を犠牲にしたレメディオスにも感謝し、これ以降ゼルンは人間と良好な関係を築いていく事となる。

 

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静まり返った神殿の一室。

蘇生の魔法陣が床に描かれ、青白い光が淡く揺れていた。

 

レメディオスはその中心に跪き、硬く両手を握り締めていた。

彼女の前にはケラルトの骸。あの忌まわしき悪魔に弄ばれ、首だけの姿でさらされていた妹。

いまは丁寧に整えられて横たえられている。

 

「……ケラルト」

声は震えていた。

普段ならば鉄のような意志を纏い、誰よりも強く在ろうとする彼女の姿からは想像できない、切実な弱さだった。

 

蘇生の術式を組み上げるジョンが冷静な声をかける。

「呼びかけろ。魂は迷っている。血縁の声が導く」

 

レメディオスはうなずき、妹の冷たい手を握り締める。

「ケラルト……! 戻って来い。私は……私はお前を守れなかった。聖王国も、聖王女も、皆を守ることができなかった……!

 でも、まだ遅くない。今度こそ一緒に、やり直すんだ!」

 

床の魔法陣が淡く輝きを増す。

ルプスレギナは静かに目を閉じ、結界を張り巡らせていた。

 

「姉さま……?」

 

掠れた声が響いた。

空気が揺れ、光の粒子がケラルトの身体に降り注ぐ。

首を核に身体を再生されていき、全身の復元が済むと閉じられていた瞼がゆっくりと震え、やがて金の髪がかすかに揺れた。

 

「……! ケラルト!」

 

レメディオスは抑えきれず妹を抱きしめた。

涙が頬を伝い落ち、甲冑の隙間に零れ落ちる。

 

「……泣いてるの? 姉さまが?」

「泣くさ……泣くに決まってるだろ……!」

 

二人の姿に、周囲の者たちは言葉を失って見守っていた。

蘇生は成功した。だが、彼女が背負う記憶の傷はこれから癒さねばならない。

 

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カリンシャを解放し、ジョンが戻り、ネイアはするべき事を全う出来たと思った。

 

だが、ネイアの元にジョンの話を聞きたがる者たちが集まってきたのだった。

ネイアの元に来てジョンの話を聞きたがったのは、ジョンやウルフ竜騎兵団に助けられた者たちだった。苦痛を味わい癒えぬ心の傷を和らげるため強大な存在に縋る者たち。

 

ジョンの偉大さを知ると言う意味では同胞と言える。

 

ネイアがジョンの素晴らしさを気分よく聞かせるようになったのは当然の流れだった。

それが徐々にジョンたちと面識の無い者たちも参加するようになっていった。助けられた者たちが知り合いを誘ってきたのだ。そして口コミが口コミを呼び、今では何のゆかりもない観衆が多くいる。

 

今日もネイアは悪すぎる目付きをメイクで涼やかな目元に見せ、立て板に水を流すかのように、都市奪還、ヤルダバオト戦と、ジョンの素晴らしさをとうとうと語る。

 

数週間前はここまで堂々と語る事は出来なかった。多くの人の目に緊張し、何を話せば良いのか分からず、頭が真っ白になってしまったこともある。だが、繰り返し人々の前で語る事で、何も気取った事は語らず自分がただ見てきたジョンの素晴らしさを語れば良いのだと理解した時、ネイアは雄弁に語れるようになっていた。

 

ネイアの声は張り詰めた静寂の広場に吸い込まれ、やがて波紋のように人々の胸へ広がっていった。

彼女の語る「ジョンの姿」は人々にとって現実離れしているのに、同時に手を伸ばせば届きそうな希望として胸に刻まれていく。

 

「……その時、カルバイン様は迷わず、己を盾に我らを護って下さったのです」

 

ひとりの老女が胸の前で手を組み、涙ながらに呟いた。

「……あの御方に、どうか加護を……」

 

それに釣られるように、救われた兵士や市民が次々と同じ仕草を取り始める。

まるで祈りの儀式のように。

 

ネイアは一瞬だけ戸惑い、けれどすぐに微笑んだ。

「――どうか胸に刻んでください。カルバイン様は、私たちが強くあろうとする姿を望まれています。祈りだけでなく、皆で手を取り合うことが……その御心に適う道なのです」

 

自分が何を言っているのか、ふと我に返って頬を赤らめる。

だが群衆は熱に浮かされたように耳を傾け、口々に「その通りだ」「カルバイン様の御心だ」と繰り返す。

 

――気付けばネイアは、ただの伝達者ではなく、信仰を導く声そのものとなっていた。

 

ネイアの語りは、日を追うごとに人々を引きつけ、いつしか「カルバイン様を讃える集い」と呼ばれるようになっていた。

その噂は当然、当の本人の耳にも入る。

 

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「……俺の、何だって?」

 

報告を受けたジョンは、信じられないというように片眉を吊り上げた。

「俺を……祀ってる? いやいや、冗談だろ」

 

シズは淡々とした調子で返す。

「事実。ネイアが話すと、人間たちが祈り始める。ジョン様に、です」

 

「……はぁぁぁ……」

ジョンは額を押さえて天井を仰いだ。

「俺は神でも王でもない。ただの“助けたいと思った怪物”にすぎないんだぞ……」

 

その隣でルプスレギナがくすくすと笑う。

「でもでも、いいじゃないですかぁ。みんなが“ジョン様すごーい!”ってなってるの、見てると気持ちよくないですかぁ?」

 

「……気持ちよくなんか、あるかよ。むしろ背筋が寒いくらいだ」

 

シズはジョンをじっと見て、小さく首を傾げた。

「でも、放っておけば教団になる。止めますか?」

 

ジョンはしばらく沈黙した後、深い溜息を吐いた。

「……止めることは出来ないさ。人は何かに縋らなきゃ立っていられない時がある。ならせめて……利用されるだけ利用されて、誰かが救われるなら……いいだろ」

 

ルプスレギナがからかうように囁く。

「ふふっ、“自分はただの怪物”って言ってるわりに、やっぱり人間に甘いんですねぇ、ジョンさまぁ」

 

ジョンは肩をすくめ、苦笑を浮かべた。

「……ったく、ほんと厄介な役目を押し付けやがる」

 

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その頃ネイアは、群衆に向けてまた堂々と語っていた。

彼女の胸の内には、「これは信仰なんかじゃない。ただの真実だ」という確信があった。

 

だが人々にとってそれは――祈りと変わらぬものに見えていた。

 

 

 

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