オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第67話:俺たちの戦いはこれからだ!

勝敗が決した後は簡単だった。もはや亜人たちに戦意はなく、残党狩りをするようなものだった。聖王国側の死者は殆ど出ず、亜人の死体のみが大地に散乱した。

敵の総大将であるヤルダバオトが倒れた以上、聖王国解放軍の行く手を遮る者はいなかった。

 

大都市プラート、そして首都ホバンスの奪還まであっという間だった。

 

更に西にある大都市リムンの解放はまだまだこれからだし、また村を改造した捕虜収容所で今なお苦しんでいる人々がいるだろう。しかしながら大きな節目になった。

 

解放された首都は歓喜に沸き、それは1日経った今でも冷めていない。それどころかますます熱狂的に盛り上がっている様子さえあった。

 

問題は山積みだが、食料や資材は魔導国からリ・エスティーゼ王国を経由して次々と運び込まれてきている。途中の荒れた街道も輸送隊に帯同するドワーフたちが修繕してくれた。

しかし、亜人たちに奪われた二つの季節を取り戻すには、それに倍する労働を必要とするだろう。

 

ジョンはホバンスの城壁から街を見下ろしていた。

旗が翻り、人々が歌い、涙を流しながら兵士に抱きつく姿があちこちで見える。

二季を越えて取り戻した日常は、あまりに眩しかった。

 

だが彼の胸には、静かな重みが残っていた。

 

「……ここからだな」

 

ヤルダバオトを討ち果たした。それは確かに大きな勝利だ。

だがリムンの解放、捕虜収容所の奪還、そして荒廃した国土の復興――戦いの終わりが新たな戦いの始まりでもある。

 

背後で、ゴ・ギンやネイアたちが笑い合っている声が聞こえた。

あの地獄を共に乗り越えた仲間たち。

その笑顔を守るために、自分はまだ剣を置けない。

 

「魔導国からの補給は順調か?」

「はい、閣下。ドワーフたちも街道を修繕しながら前進しています」

 

報告を聞きながら、ジョンは小さく頷いた。

希望は確かに芽吹いている。

あとは、それを育てるだけだ。

 

そして心の奥底で――再び立ち上がるであろう悪意への備えを誓う。

人々が笑っている限り、自分は必ず戦場に立つと内心で決め顔をして。

 

/*/

 

ホバンスの王宮――解放軍の臨時司令部。

かつては荒れ果てていた玉座の間に、今は各国の使者が集まっていた。

 

聖王国側からはカスポンド殿下をはじめとする王族と貴族たち。

魔導国からは補給路を監督するアンデッドの将官。

そしてリ・エスティーゼ王国からは代理の大使が派遣されている。

 

「――我が魔導国は、引き続き補給と資材を惜しみなく提供しよう。だが対価は必要だ」

無機質な声で告げられた条件に、貴族たちがざわめく。

 

「対価……というのは?」

「後に、聖王国西部の鉱山の権益を一部譲渡してもらう」

 

ざわめきは一層強くなった。

誰もが「また魔導国の横暴か」と口に出しかけたが、ジョンは静かに手を上げて制した。

 

「魔導国の支援がなければ、ホバンス奪還は成し得なかった。それは皆も理解しているはずだ」

ジョンの言葉に、場の空気が少し和らぐ。

 

リ・エスティーゼの大使が続ける。

「我が王国も輸送路の維持に協力している。聖王国が復興を遂げれば、北の均衡は保たれる。魔導国の影響力を抑えるためにも、我らと連携して欲しい」

 

こちらはこちらで思惑が透けて見える。

ジョンは苦笑を浮かべながらも、心中で整理する。

 

――魔導国の支援なしには立ち行かない。

――だが依存しすぎれば、聖王国は属国同然になる。

――リ・エスティーゼはその牽制役と言う風を装う。

 

「いずれにせよ、我らは復興を急がねばならぬ。まずは食料と医薬品、それに捕虜収容所解放のための支援が最優先だ」

 

カスポンド殿下がまとめに入ると、魔導国の使者も、リ・エスティーゼの大使も頷いた。

結局のところ、誰もが聖王国の安定を望んでいる――ただしそれぞれの思惑に従って、だ。

 

会議の後、ジョンは一人、宮殿のバルコニーに出た。

夕焼けに染まるホバンスの街並みを眺めながら呟く。

 

「……そろそろ帰るかな」

 

背後から歩み寄る足音。ルプスレギナだった。

「ジョン様、そろそろ帰るっすか?」

 

ジョンは笑みを浮かべ、空を仰いだ。

燃え尽きた悪魔の炎の残り香が、まだ胸の奥に残っている。

それでも――今度は国を立て直すための戦いが始まるのだ。

 

 

多くの問題が山積みだが、それでも聖王国の民草に絶望は無い。

明日がくるとの希望があった。しかしながら、今日は駄目だ。今日だけは喜びの感情に浸る事は出来ない。

なぜなら今日は別れの日。

大いなる悲しみの日なのだ。

 

王都の東――正門都市側前にウルフ竜騎兵団の様々な牽引式車が止まっていた。

それは復興で活躍した複数の牽引式野外炊事車、牽引式野外食料運搬車、牽引式野外入浴車。兵員輸送車などだった。

他には平凡な見た目の馬車――しかし、ネイアは知っている。この馬車の内装は上品で洗練され、機能面でも優れ、特に長時間座ってもお尻が痛くならない柔らかなクッションが感動ものだと言う事まで。

そう。

これはネイアが聖王国に戻る時に同乗させて貰ったジョン・カルバインの馬車なのだ。

つまり今日は、大使閣下ジョン・カルバインが自国に帰る日と言う事だ。

 

周囲にはウルフ竜騎兵団のゴブリン、リザードマン、オーガ、ウォートロール、ナーガにドワーフ、人間に、人狼と言った雑多な種族たちが集っている。

 

自分もこの軍勢に加わりたいと願った者たちも多かった。

その中で故郷もこれまでの怨みも何もかも捨てる覚悟のある者だけが入団を許された。

 

/*/

 

民は集った。

兵も、冒険者も、かつて救われた難民も。

あらゆる種族が肩を並べ、正門前に立ち尽くしている。

 

人間だけではない。

かつては忌避され、恐れられていたゴブリンやオーガたちが、今では胸を張って民衆の輪に加わっている。彼らの姿は、この国が変わり始めている証であり、同時にカルバインが残した最も大きな功績でもあった。

 

「……やっぱり、行ってしまうんですね」

ネイアは小さく呟き、視線を馬車に注ぐ。

重厚でありながら柔らかさを感じさせる意匠――自らもかつて乗り込んだあの馬車。今度は彼を故郷へと運ぶのだ。

 

胸の奥に痛みが走る。

別れの痛み。

だがそれは悲嘆ではなく、誇らしさと寂しさが入り混じった痛みだった。

 

(あなたがいてくれたから、私たちは戦えた。……けれど、もうこれからは自分たちの力で歩まなくてはならない)

 

周囲から嗚咽やすすり泣きが漏れた。

だがその涙は絶望のものではない。

明日を信じているからこそ、今日の別れが苦しいのだ。

 

ジョン・カルバインが馬車へと向かうと、歓声と涙が同時にあがった。

「ありがとう!」

「聖王国を……救ってくれてありがとう!」

 

ネイアは拳を握りしめ、必死に涙をこらえた。

ジョンの歩む背中は、ただ一つでありながら英雄のそれだった。

 

――聖王国は変わった。

彼が蒔いた種が芽吹いたのだ。

 

「カルバイン閣下!」

動き出した馬車の後ろ姿にネイアは涙を隠さずに大声を上げる。

「ジョン・カルバイン閣下にぃぃぃぃ!ばんざあぁぁぃぃぃ!!」

彼女の叫びとも言える大声に続くのは一人の声ではない。門に集った民たち、門の外で待ち構えていた民たちが大声でジョン・カルバインの栄華を祈り、願う。

 

「万歳!!」

「万歳!!」

「万歳!!」

 

それと同時に必死になって集めてきた花びらを撒いた。

その中を馬車は進んでいく。

聖王国を救ってくれた人物を送るのにこれでは足りない。それでもこれがネイアやその気持ちを理解してくれる者たちに出来る精一杯の事だった。

 

馬車の扉が開き、ジョンが姿を現した。

 

身を乗り出し、拳を天に向けて突きあげる。

 

「苦しい時は拳を握って空を見ろ!これがお前たちを守る力強い拳だ!」

 

ジョンの拳が高く掲げられた瞬間、民衆の嗚咽は歓声へと変わった。

涙に濡れた顔で、それでも笑顔を浮かべながら、人々はその姿を焼き付けようと必死に目を見開く。

 

「閣下ーーーっ!!」

「忘れません! 私たちは……絶対に忘れません!!」

 

撒かれた花びらが風に舞い、陽光を受けて煌めいた。

その光景はまるで、この場に集った民すべてが祝福されているかのようにさえ思えた。

 

やがて馬車は城門をくぐり、遠ざかっていく。

人々はそれでも声を枯らし続けた。

「万歳!」の合唱はいつまでもやまず、声が枯れてもなお叫ぶ者がいた。

 

ネイアは拳を握りしめたまま、遠ざかる背中を見送った。

頬を伝う涙を隠すことなく、ただその背を、英雄の姿を、最後まで見送った。

 

――今日、この日を境に。

聖王国の民草は、もはや昨日までの弱き群れではない。

希望を抱く強き民へと生まれ変わったのだ。

 

 

 

/*/

 

 

カスポンドは王城の最も奥まったところに位置する――聖王に与えられる部屋から外を眺める。

戴冠式を数日後に控え、心を落ち着けたいという理由で部屋には――隣室の控室を含め誰も入れていない。

 

妹である聖王女カルカも、最高司祭であるケラルトも、聖騎士団長であるレメディオスも、既に国内にはいない。

 

リ・エスティーゼ王国に旅立った。

聖王女を送り出すのだ。聖王国としては出来る限り贅を尽くしたものを用意したが、リ・エスティーゼ王国に見劣りしないだろうかとも思う。

 

戴冠式を終えていない内から聖王女を送り出し、聖王の部屋に居を移すというのは、カスポンドに敵対する者たちからすれば良い攻撃理由となる。それを知りつつも強行するのは、すでに権力闘争が始まっているからだ。

 

カスポンドに否定的な一部の貴族たちに嘴を突っ込まれる前に、既成事実を作るのが目的だ。貴族社会に関してはそれほど詳しくない今のカスポンドにすれば、敵は敵、味方は味方と明確に色分け出来た方がやりやすい。そういう思いもあってのことだ。

 

「……他の貴族たちへの根回しもせずに私が王位につけば、一部の貴族たちは不快に思うだろう。特に南の――あの方の被害を受けていない貴族たちは。そうなれば彼の声を聞き、共に戦った北の民たちはどのように思うか……」

 

「明確な不満が生じ、決裂の大きな要因となり――二分された聖王国が出来上がるということです」

 

カスポンドの独り言に答える声があった。

人の心に入ってくるような柔らかな声。それはカスポンドの上司に当たる存在だ。

カスポンドは即座に振り返り。声の足元に膝をつき、首を一度垂れ、上げる。

「よくぞお越しくださいました、デミウルゴス様」

仮面も着けず、姿も変えず、その姿を現していると言う事は、まず間違いなくこの周囲の安全は確認が取れていると言う事なのだろう。

「ナザリックに運ぶものを回収するついでに来ました。現在のところ、何か問題は?」

「一切ございません。全てデミウルゴス様の御計画通りです」

カスポンドが笑い掛けると、微笑が返った。

「一部想定外だったところもありますが、カルバイン様が動いてくださったお陰で何一つ問題なく計画の第一段階は終了しました。今後はあなたの働きに期待します」

頭を下げつつも、それが嘘であることをカスポンドは知っている。

デミウルゴスは自分に何も期待などしていない。ただ、彼の敷いたレールから外れれば、即座に軌道を修正し、計画を遂行していくつもりだろう。

カスポンドの正体がバレた時の計画も幾通りか用意している筈だ。指示の中には何故このような事をするのだろうか、疑問を覚えるものだって幾つかあった。それらがきっとそのための準備なのだろう。

 

「……その為の道具である私の死体は、こちらで預かっておきましょうか?」

「その必要はありません。ナザリックに運搬済みです。必要なところまで計画が進んだら運んできます」

 

本物のカスポンドの死体は安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)と言うアイテムによって包まれ、ナザリックに運ばれている。

死体の劣化を防ぐこのアイテムによって、本物のカスポンドを捕らえた段階で即死魔法で綺麗に殺し、死後硬直さえ始まっていない死体として保存されている。触れればまだほのかな体温さえ残っている。この死体を用いれば、突然死としか思われないだろう。

 

「一応、確認しておきます。次の聖王としてするべき事は、理解していますか?」

「はい。将来、至高の御方々に捧げるに相応しい国となるよう、富ませたいと思っております」

「ええ、そうです。ですが、不満は決して減らさないように。不満は新たな王を迎えるのに最高のスパイスなのですから」

 

はい、と答えたカスポンド・ドッペルゲンガーはデミウルゴスから指示された計画になかったある問題について問いかける。

 

「ところで、あの娘にはどのように対処すれば宜しいのでしょうか?」

それだけで誰を意味しているのか悟ったデミウルゴスは心の底からの笑顔を初めて見せてくれた。

「慈悲深く、聡明なカルバイン様――素晴らしい駒を私に用意して下さった。彼女の存在は私の計画を年単位で縮めてくれるでしょう」

感に堪えないと言う風に頭を振るデミウルゴス。沈黙だけが室内を支配する。やがて興奮の余韻を振り払うように、デミウルゴスは襟を正し、ネクタイを締め直した。

 

「立ち位置としては、ネイア・バラハのやる事は全面的に支持しなさい。カルバイン様への感謝を返すと言う名目で表立ってやるのです。それもまた北と南の対立を促す働きとなるでしょう。……彼女への妨害があった場合等の詳しい計画書は近日渡します。それまでは言った通りのスタンスで行動しなさい」

「はっ!……それであの娘、どうされるのですか?まさか次代の聖王に?」

 

であるなら、そういった動きもしておく必要がある。とは言ってもデミウルゴスからそうしろという指示が出るだろうから、それに従って動くだけの事なのだが。

 

「それも悪くはありませんが、もっと別の役目に就けた方が良いでしょう。カルバイン様が神と呼ばれる事をお望みになるかは窺い知れませんが、もしその意志がおありのようであれば下準備をしておいた方が良いでしょう。至高の御方を崇拝する者たちの実験に使えるでしょうしね」

「はっ!」

「さて、今のうちに確認しておきたい事項はありますか?」

「聖騎士団の方は副団長を団長にして使う方向で宜しいでしょうか?」

「それで構いません。有意義に使いなさい」

「畏まりました!」

 

了解の意を示すとデミウルゴスは話は終わったと上位転移(グレーター・テレポーテーション)でその姿を消した。

 

静寂。

 

つい先ほどまであの圧倒的な存在感で部屋を満たしていたデミウルゴスの気配は、上位転移の一閃と共に完全に消え去った。

空気が軽くなったようでありながら、逆に重苦しい影を残していく。

 

カスポンド・ドッペルゲンガーはしばし動けずにいた。

「……ふぅ」

肺の奥に溜まっていた息を吐き出す。人間の仕草を完璧に再現しながらも、それは恐怖と安堵を織り交ぜた演技にすぎない。

 

――デミウルゴス。

己をこの場に立たせる存在でありながら、決して逆らえぬ絶対者。

ほんの一言で未来を塗り替えるあの悪魔と対峙するたび、ドッペルゲンガーは「己が駒である」という事実を骨の髄まで思い知らされる。

 

(……王冠を戴くのは私だ。だが、主役は私ではない)

 

窓辺に歩み寄り、外を眺める。

夜の街には祝祭の明かりが絶えない。人々は明日の戴冠式を待ち望み、酒と歌で夜を明かしている。

 

「――もう少し、幸せを噛み締めてくれ、我が国の民たちよ」

 

闇に紛れて笑みを浮かべる。

それは決して人間には出来ぬ、歪みきった笑み。

 

次の瞬間、再び人の表情を纏い、深々と息を吸った。

――戴冠式はすぐそこだ。

己は王として振る舞い、民を導き、やがて絶望の淵へ突き落とす。

 

その余韻は、悪魔が残した「見えぬ楔」と共に、ドッペルゲンガーの心を締め付け続けた。

 

 

/*/

 

久しぶりのモモンガの執務室。最初は慣れなかった豪奢な内装も今となっては懐かしく感じるものだとジョンは思う。

聖王国での活動の映像記録を見ているモモンガに一声かけて応接セットの大きなソファに腰掛ける。

柔らかなクッションが逞しい人狼の体躯を受け止め、ルプスレギナが淹れてくれたコーヒーを一口啜る。

 

「出張お疲れ様です。楽しめましたか?」

 

モモンガの問いに「最高だった!」と笑顔で返すジョン。

 

「それは良かった。私も見ていましたが、この……最後の花吹雪が見事でしたね」

 

モモンガの言葉にルプスレギナが不思議そうに首を傾げた。

 

「モモンガ様、でもあれはその辺りに生えてる花で綺麗でもないですよね?」

 

生まれた時から一流の物に囲まれ、ナザリックの外を知らない下僕らしい言葉にジョンとモモンガは苦笑する。

 

「ルプー。人が大切にしてるモノを、どうやって見分ける?

 モノを見ても永遠に分かりはしないんだよ。

 

 宝石を贈っても意味の無いものもいる。泥にまみれても尚美しいものもいる。

 

 大切なモノを見分けるのであれば、それを扱っている人間を見るんだよ。

 

 誰に命じられた訳でもなく、彼らは俺の為にまだ寒さの残る今の時期に必死になって花を集めてきた。

 その思いが、心が美しいと思うからこそ。俺とモモンガさんは花吹雪を見事だって言ったのさ」

 

ルプスレギナはその美しい顔を思考に歪め、しばし考え込んだ後に顔を上げて答えた。

 

「つまり、あれは私たちシモベが至高の御方々を祝福するのと同じだったと……?」

 

「その通りだ。よく理解ったな!」

 

ジョンはルプスレギナを抱き寄せるとわしゃわしゃとその頭を撫でてやる。

ルプスレギナは頭をわしゃわしゃ撫でられながらも、どこか嬉しそうに小さく笑った。

「へへ……そういうもんなんすね」

 

モモンガは静かにコーヒーを口に運び、二人を見やった。

その眼窩には表情が浮かばないはずなのに、不思議と温かい気配が漂う。

 

「なるほど……。確かに、あの民たちの姿は私の心にも響きました」

一拍置き、彼は言葉を続ける。

「――ジョンさん、貴方はあの国に“力”だけでなく、“心”を残してきたのですね」

 

その言葉に、ジョンは一瞬だけ真顔になり、そして豪快に笑った。

「ハッ! ま、俺はただ楽しんでやっただけさ! でも……あいつらが笑えるなら、それで十分だろ?」

 

応接室に笑い声が響き、重厚な空気が少し和らぐ。

その瞬間、戦場や政治の重圧から解放された「仲間としての時間」が確かに存在していた。

 

ジョンがそこまで言った辺りで扉が数度、躊躇いがちにノックされた。

 

メイドたちの視線が向けられ、それがどういう意味かを悟ったモモンガは軽く頭を縦に動かす。

許可を得て、代表して扉に向かったのはシクススだ。シクススは扉を開き、外の者を確認する。

 

「デミウルゴスです」

 

「入れろ」

 

応接室の扉が、まるで音を立てぬように静かに開かれた。

その場に居合わせた全員が自然と視線を向ける。

 

「……モモンガ様、ただいま戻りました」

スーツに身を包んだ悪魔――デミウルゴスが深く一礼する。

完璧に整えられた所作。その立ち姿は、まるで計算され尽くした威厳そのものだった。

 

「おお、デミウルゴス。ご苦労だったな」

モモンガが応じると、デミウルゴスはわずかに笑みを浮かべる。

「勿体なき御言葉。全ては至高なる御方の御心のままに……」

 

彼はちらりとジョンへと視線を送った。

いつもの知略の光を宿した目ではない。熱っぽい許しを乞うような何かを期待するような熱っぽい目。

 

「聖王国における一連の作戦――カルバイン様の働きは、我らが計画以上の成果をもたらしました。

 王都奪還、民心掌握、王位継承における下地作り……どれも想定以上に“自然な流れ”として処理されております」

 

「……そうか」

モモンガは静かに頷く。

 

「特に――」

デミウルゴスは一歩進み、指先で眼鏡を押し上げた。

「民衆による“花吹雪の饗宴”は、我らにとって極めて好都合に働きました。あれは後世に至るまで、聖王国民の心に“外なる英雄”の姿を刻み付けるでしょう。つまり、彼らは疑うことなくナザリックの庇護を喜んで受け入れる……」

 

ルプスレギナが「おぉ~」と感嘆の声を漏らす。

ジョンは苦笑しながら肩を竦めた。

 

「俺はただ送られて帰っただけだがな。大げさなもんだ」

 

「――いえ。貴方が“ただ在った”ことこそが、民にとって何よりの証明でした」

デミウルゴスは静かに告げた。

「力を誇示せず、心を示す。そのあり方が、どれほど強固な影響を生むか……存外、彼らはよく学び取っているようです」

 

モモンガは一瞬だけ無言になり、やがて口を開く。

「……ふむ。デミウルゴス、詳細な報告は後ほど文書でまとめよ。だが今は――その成果に感謝する。

 そしてジョンさん」

「ん?」

「改めて、ありがとう。貴方の存在が、確かに一つの国を動かした」

 

ジョンは鼻を鳴らし、コーヒーを一気に飲み干す。

「礼は要らんさ。だが……次はもっと面白ぇ場所に派遣してくれよな!」

 

 





第6部完!
次回第7部まってましたの帝国編再開!

第68話:楽しいお泊り試験!

みんな読んでくれよな!
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