オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

79 / 206
第70話:ジェットスクランダー

木柵の外れに身を潜め、騎士たちと学生班は息を殺していた。

昼の森は騒がしく、鳥の声や虫の羽音が紛れを作ってくれる。だが柵の内側から聞こえてくるのは、それを覆い隠すほどの雑然とした喧噪だった。

 

「……数は?」

ランゴバルトの問いに、クアイアが短く答える。

「ざっと五十以上。見張りは常に四人。巡回もいる。下手に近づけばすぐに気づかれるでしょう」

 

アイクが唇を噛む。

「これだけ整っているなら、間違いなくゴブリンロードの支配下だ。単なる野営地じゃない……」

 

セルデーナは目を閉じ、小さな祈りを捧げると低く告げた。

「拠点の中心に、濃い瘴気を感じます。力のある存在が……恐らく“王”が居ます」

 

緊張が走る中、クアイアが決断するように顔を上げた。

「正面から挑むのは無謀です。まずは潜入して、中の構造と王の所在を探るしかありません」

 

「潜入?」

ランゴバルトが思わず声を上げると、彼女は小さく笑った。

「私とアイク、それにセルデーナなら可能です。森の影を伝って、夜の闇に紛れれば」

 

アイクは頷きながら、小声で付け加える。

「私は〈静音〉や〈薄影〉の魔法が使えます。セルデーナの神聖術で気配を抑えれば、かなり奥まで入り込めるはず」

 

「……だが、危険すぎる」

ランゴバルトは思わず言い返した。

「見つかれば命はない。君たちは学生だぞ!」

 

セルデーナが穏やかな眼差しで彼を見返す。

「だからこそ、私たちがやります。騎士の皆さんが正面で目を引くよりも、私たちが影で動いた方が確実です」

 

その言葉に、騎士隊長はしばし沈黙した。

やがて静かに頷く。

「……わかった。だが必ず無茶はするな。掴んだ情報だけ持ち帰ればいい」

 

夜が訪れるのを待ち、三人のエルフは森の影へと消えていった。

柵の向こうから漏れる火の明かりと喧噪を背に、闇の奥へ。

彼女たちの耳に届くのは、ゴブリンたちの笑い声と、鉄を打つような乾いた音――まるで小さな国が、確かに形を取り始めている証だった。

 

夜の帳が森を覆うと同時に、アイク・クアイア・セルデーナの三人は音もなく木柵を越えた。

森の影と魔法の加護が、彼女たちの身を闇に溶け込ませていく。

 

柵の中は思った以上に整然としていた。

地面は踏み固められ、粗末ながら通路が作られている。木材を組んで立てられた簡素な小屋が並び、その周囲では武装したゴブリンたちが鬨の声を上げていた。

 

「……まるで、兵の訓練場ですね」

クアイアの囁きに、アイクが頷く。

「剣も槍も扱えている。野盗の群れとは訳が違う……完全に組織軍だ」

 

セルデーナは静かに胸元で印を切る。

「数も多い。ざっと百は超えています」

 

その視線の先、小高い台の上には異様な姿があった。

一際大きな体躯、身の丈は人間の戦士に匹敵する。

鉄製の仮面ではなく、禍々しい骨の兜を頭に戴き、粗野ながらも威厳を漂わせる存在――ゴブリンロード。

 

「……いた」

アイクが思わず息を呑む。

 

その王の足元には、鎖に繋がれた人間の捕虜が並んでいた。怯えた眼差しで震える者たちに、ゴブリンロードが言葉を投げかける。

 

「お前たちは新しき国の礎となるのだ。従え。従えば生き延びられる。拒めば……ここで死ぬ」

 

威圧と歓声が拠点に響き渡る。周囲のゴブリンたちは鬨の声を合わせ、まるで王の演説に酔いしれる兵士たちのように武器を打ち鳴らしていた。

 

「国……?」

クアイアが顔をしかめる。

「奴ら、本気で“王国”を作ろうとしている……?」

 

セルデーナが小声で続ける。

「……捕虜の中に、村人だけじゃない。商人、兵士……何人もの人間が集められてる。これは単なる略奪ではありません」

 

アイクは奥歯を噛み、焚火に照らされる王の姿を目に焼き付けた。

「ゴブリンが……王を戴き、国を築こうとしている。これは――脅威だ」

 

三人の胸に、言いようのない寒気が走る。

小さな野営地に過ぎないはずの場所は、確かに“王国の胎動”を孕んでいた。

 

闇に紛れての潜入は、息を詰めるような緊張の連続だった。

しかし三人娘は互いの合図を頼りに、気配を殺して柵を抜け、森の影へと身を潜める。

 

「……ふぅ」

最初に息を吐いたのはセルデーナだった。胸に下げた聖印をぎゅっと握りしめる。

「神の加護があったのかもしれません」

 

「いや、セルデーナの冷静な視線のおかげだろ」

アイクが小さく笑い、火打ち石の欠片を弄ぶように回した。

「危うく巡回のゴブリンに気づかれるところだった」

 

クアイアが前方を警戒しながら、軽やかに言う。

「とにかく、森の外まで戻ってからにしましょう。まだ油断はできません」

 

/*/

 

やがて、丘に設営された野営地が見えた。

焚火の赤い光に安堵を覚えながら、三人娘は駆け足で陣地に戻る。

 

見張りの騎士が声を潜めて迎え入れ、ほどなくして小隊長とヘジンマール、そしてランゴバルトの前へと案内された。

 

「……戻ったか。どうだったい?」

ヘジンマールは本から視線を上げ、興味なさそうに問いかける。

 

アイクが一歩進み出る。

「敵の拠点を確認しました。想定以上に大規模です。……奴らは明確に統制され、訓練を積んでいました」

 

「統制?」ランゴバルトが驚きを隠せない。

「ゴブリン風情が?」

 

「はい。そして……」クアイアが続ける。

「彼らを率いる“王”が存在しました。あの者こそが黒幕――ゴブリンロードです」

 

セルデーナは捕虜の存在についても報告した。

「人間の捕虜を利用し、彼らに従属を迫っていました。……どうやら“国”を築こうとしています」

 

その言葉に陣地の空気が一変する。

騎士たちは顔を見合わせ、誰もが重苦しい沈黙に飲まれた。

 

ランゴバルトは唇を噛みしめる。

「ゴブリンが……王国を? 馬鹿げている……だが、奴らの統制ぶりを聞けば、笑い話では済まされない」

 

「脅威と見なすべきだな」

小隊長の言葉が重く響く。

「今の段階で芽を摘まねば、必ず大きな災いになる」

 

焚火の火がぱちぱちと爆ぜる中、三人娘の報告は確かな危機の鐘を鳴らしていた。

 

/*/

 

「別の班にも連絡を取って〈鋼鉄騎士〉を集めよう」

ヘジンマールの言葉に騎士の班長が反対する。

「集めても〈鋼鉄騎士〉が集落に辿り着く前に発見されて、ロードに逃げられるかもしれない」

「いや〈鋼鉄騎士〉を6体集めてくれ、1体と僕で空からロードに奇襲を掛ける」

「空から?どうやって――魔法か!?」

その言葉にヘジンマールは朗らかに笑った。

「留学生は竜に乗って帝国に来た……って噂。あれ間違いなんだ。

 ……留学生が竜なんだ」

 

一瞬、場の空気が凍りついた。

騎士たちの視線が一斉にヘジンマールに注がれる。炎に照らされるその微笑は冗談めいているのに、眼差しは氷のように澄んでいた。

 

「……留学生が、竜……だと?」

班長が呟くと、誰もが言葉を失った。

 

ランゴバルトは顔を青ざめさせ、思わず後ずさる。

エルフ三人娘は知っていたのか平然とした表情だ。

 

「ふふ、そんなに驚かなくてもいい。僕は君たちの敵じゃない。帝国の人間として来ているし、こうして共に旅をしているだろう?」

ヘジンマールは肩をすくめ、こともなげに言った。

 

班長が慎重に問いかける。

「……もしそれが真実ならば、確かに空からの奇襲は大きな利点となる。だが、竜に変じた姿を見られれば、評議国にとっても大事件になるぞ」

 

「だからこそ、短期決戦だ」

ヘジンマールの声が焚火を越えて広がる。

「〈鋼鉄騎士〉六体を集めて集落の正面に配置、陽動を行わせる。ゴブリンの戦力が正面に引きつけられたその瞬間、僕と一体の〈鋼鉄騎士〉が空から奇襲を仕掛け、ロードを仕留める」

 

アイクが思案げに眉を寄せる。

「ロードさえ討ち取れば、組織だった統制は崩れる……確かに理にかなっています」

 

「問題は……ロードが逃走した場合だ」

クアイアが冷静に指摘する。

「飛竜を持っているならまだしも、奴が森に潜れば追跡は容易ではありません」

 

「そこは任せてくれ」

ヘジンマールが静かに告げた。

「森に潜む者を狩るのは、竜の眼と翼の得意とするところだ」

 

セルデーナは小さく頷き、仲間を見回した。

「神の御名に誓って言います。ロードを放置すれば必ず災厄を招きます。……この場で芽を摘むべきです」

 

班長は深く息を吐き、ついに頷いた。

「分かった。〈鋼鉄騎士〉を呼び寄せる。作戦はヘジンマール殿の策でいこう」

 

その場の空気が一変し、全員の表情が引き締まる。

焚火の炎が大きく揺れ、まるで決戦への狼煙のように夜空へと舞い上がった。

 

 

/*/

 

 

幾夜かを経て、丘の麓に六体の〈鋼鉄騎士〉が集結した。

漆黒の甲冑に身を固めた巨躯が並ぶ姿は、夜の闇を裂く要塞のようであった。

森を震わせる重低音が地を響かせるたびに、学生たちの胸は無意識に高鳴る。

 

「これで条件は整ったな」

班長が低く告げると、兵たちがざわめきを抑え、静かに頷いた。

 

ヘジンマールは焚火の影から立ち上がり、月明かりを背にした。

その目には迷いがなく、ただ決意だけが宿っている。

 

「正面から六体が集落に突入し、可能な限り敵の注意を引きつける。その間に僕と――」

そう言って彼は鋼鉄の巨人の一体に手を置いた。

「この一騎で上空から奇襲を仕掛け、ロードを討つ」

 

アイクが不安げに口を開く。

「もしロードが予想以上に強かったら……」

 

ヘジンマールは朗らかに笑った。

「心配するな。僕は逃げない」

 

その言葉に一瞬沈黙が走るが、セルデーナが前に出て祈りの言葉を唱える。

白銀の光が皆の肩を包み、緊張を和らげた。

「神は正しき者を見捨てません。必ず勝利は我らに」

 

クアイアは矢筒を確かめ、弓弦を鳴らした。

「じゃあ、派手にやりましょうか。森ごと燃やす勢いで」

 

ランゴバルトは剣を握りしめ、唇を噛む。

彼の瞳に浮かぶのは恐怖だけではなかった。

「……必ず役に立ってみせる」

その小さな呟きを誰も聞かなかったが、炎に映る横顔には確かな決意が刻まれていた。

 

やがて、夜の帳が深まる。

月が森を照らし、木々の影が怪物のように蠢く。

 

そして――

ヘジンマールは静かに言った。

 

「時は来た。……行こう、ゴブリンロードを狩るために」

 

六体の〈鋼鉄騎士〉が低く唸りを上げ、地を震わせながら立ち上がった。

決戦の夜が、幕を開ける。

 

森を抜け、ゴブリンたちの集落が視界に入った。

粗末な木柵に囲まれたその拠点は、焚火の明かりが点々と並び、数百を超える気配が蠢いている。

普段の群れとは違う、組織立った秩序を持つ“軍勢”。それは間違いなくロードの存在を裏付けていた。

 

〈鋼鉄騎士〉六体が前進する。

地鳴りのような足音が夜の静寂を破り、森を震わせる。

直後、木柵の上から角笛が鳴り響き、無数の影が殺到してきた。

短剣を握りしめた群れ。粗末な槍を構えた群れ。だが、恐怖はない。

彼らは組織されていた。まるで一つの軍のように。

 

「かかってこい、小鬼ども!」

班長の叫びと同時に、鋼鉄の巨人が剣を振り下ろす。

鉄と肉がぶつかり、甲高い悲鳴と血飛沫が闇に散った。

 

その瞬間、ヘジンマールは仲間たちに目配せし、丘の陰へと走る。

振り返れば、セルデーナの祈りが光となり、前線の仲間たちを守護していた。

アイクの魔弾が矢の雨を弾き、クアイアの矢が指揮を執るゴブリン隊長の眉間を射抜く。

彼らの奮闘が、突破口を生み出していく。

 

――そして、闇の中でヘジンマールの姿が揺らめいた。

 

白銀の鱗が光を弾き、四肢が伸び、背に巨大な翼が展開する。

竜の咆哮が森を震わせ、敵も味方も動きを止めた。

その声は空気を裂き、夜空に雷鳴のごとく轟いた。

 

「な、なに……!?」

ランゴバルトは目を見開き、ただ呆然と立ち尽くした。

 

〈鋼鉄騎士〉の一体の肩を竜の足が掴み、空へと跳躍する。

翼が羽ばたき、黒雲を切り裂きながら上昇。

ヘジンマールと鋼鉄の巨人は、まるで隕石のように集落へ向けて落下した。

 

「――ロード!」

銀光が迸る。

炎に包まれる柵の向こう、玉座にも似た粗末な高台に、黒い肌の巨体――ゴブリンロードが姿を現した。

その目は獣ではない。知恵と支配欲に満ちた王の目だった。

 

竜と王。

空から襲い掛かる銀白の影に、ロードは初めて、牙を剥いた。

 

竜の咆哮が轟き、銀白の影が炎をまとった柵を突き破った。

〈鋼鉄騎士〉が大地に激突し、衝撃波が広場を薙ぎ払う。ゴブリンの群れがまとめて吹き飛び、土煙と血飛沫が舞い上がった。

 

その中心に、王の如き巨影が立っていた。

ゴブリンロード。

背丈は三メートルを超え、筋骨隆々の体躯に、粗野な鎧をまとっている。手にした黒鉄の大剣は、鋼鉄をも両断できそうな重厚さを放っていた。

 

「グルルァァァァ――!」

知恵を宿すその咆哮は、もはや単なる獣のものではなかった。

指揮を執る者の声。威を示す王の声。

瞬時に混乱した兵たちは立ち直り、矢と槍が整然と飛び交い始める。

 

「……なるほど。ただのゴブリンではないな」

竜へと変じたヘジンマールが唸り声を返す。

空からの奇襲で一気に討ち取れると踏んでいたが、ロードは驚くほど冷静に身を捌いていた。

鋼鉄騎士の大剣を受け止め、逆に押し返すその腕力は、竜種すら侮れない。

 

「さすがロード。だが――」

翼を広げ、白銀の竜が空へ舞い上がる。

その喉奥から冷気が渦巻き、次の瞬間、凍てつく吐息が吐き出された。

広場を覆う氷の奔流が、数十のゴブリンを瞬時に凍り付かせる。

 

だが、その氷壁を砕き割る影があった。

ゴブリンロードの一撃。

大剣が振り下ろされるたびに氷が裂け、大地が震えた。

「グルル……小僧……竜ごときに、我が王座を奪わせはせぬ!」

 

一方、正面から突撃した〈鋼鉄騎士〉の部隊と学生たちは、圧倒的な数のゴブリン兵に囲まれていた。

矢の雨が降り注ぎ、地面からは土魔法の罠が爆ぜる。

「くっ、組織されすぎだ……!」騎士の一人が叫ぶ。

 

「下がれ! 私が支える!」

セルデーナの祈りが光となり、矢を弾き、倒れかけた仲間の身体を立ち直らせる。

その隣で、アイクが爆裂の魔弾を放ち、クアイアが指揮官格のゴブリンを正確に射抜いていく。

 

「ランゴバルト!」

班長の怒号に、彼は剣を構え直した。

恐怖で震える膝を叱咤しながら、炎に照らされる仲間たちを見回す。

――自分だけが怯えているわけにはいかない。

「……うおおおおっ!」

突撃の声をあげ、彼もまた戦線に加わった。

 

その上空で、白竜と黒き王の激突が続く。

氷と鉄、牙と剣。

空を切り裂く咆哮が、戦場全体を揺さぶった。

 

戦場の地響きは止むことを知らなかった。

ゴブリンたちは無尽蔵に湧いて出るかのように、波のように押し寄せてくる。しかも、ただ突撃してくるだけではない。弓兵、槍兵、盾持ち――秩序を持った布陣だった。

 

「この数……まるで軍隊だ!」

騎士のひとりが呻く。

 

その前に立ちはだかる〈鋼鉄騎士〉は巨躯の剣を振るい、一薙ぎごとに十匹近いゴブリンを叩き伏せる。しかし、切り倒した死骸の上を踏み越えて、次々と新手が現れる。

 

「くっ……押し込まれるな! 盾を前へ!」

班長の怒号が飛ぶ。

 

セルデーナは両手を高く掲げ、祈りの言葉を紡いだ。

「光よ、我らを護れ!」

柔らかな光が陣を包み、矢の雨が火花を散らして弾かれる。倒れかけた騎士の傷口は瞬く間に塞がり、再び剣を振るう力を取り戻していく。

 

その横では、アイクの詠唱が爆ぜた。

「〈火球〉――散弾!」

放たれた炎弾が空中で弾け、広範囲に火の雨を降らせる。燃え上がるゴブリンの列が悲鳴と共に崩れ、しばし戦線が揺らぐ。

 

「今だ、狙撃!」

クアイアが矢をつがえ、冷静に指揮官格のゴブリンを見極める。

放たれた矢は、雑兵を統率する大きなゴブリンの眉間を貫いた。

「よし……指揮が乱れた!」

ほんの一瞬だが、敵の陣形が崩れる。

 

その隙を突いてランゴバルトが突撃した。

「うおおおおっ!」

剣が振り下ろされ、敵の盾を弾き飛ばす。震える腕だったが、勢いは本物だった。

「やればできるじゃないか!」アイクが笑う。

「まだだ……まだ倒れんぞ!」ランゴバルトは歯を食いしばり、必死に踏みとどまる。

 

しかし、ゴブリンの群れは尽きない。

焼かれ、斬られ、倒れても、背後から新たな影が押し寄せてくる。

「くそっ……数が多すぎる!」

「このままでは持たない!」

 

そのときだった。

地鳴りと共に、〈鋼鉄騎士〉が雄叫びを上げた。

巨剣が地面を叩き割り、前列のゴブリンごと土塊を吹き飛ばす。

その迫力に、学生たちの士気は一気に立ち直った。

 

「負けてたまるか!」

「押し返せ!」

 

炎と光が交錯し、丘の上の小隊は必死の防戦を続ける。

だが誰もが理解していた。

――ゴブリンロードを討たぬ限り、この数の奔流は止まらない。

 

夜の森を、巨大な白銀の影が切り裂いた。

翼を広げたフロスト・ドラゴン、ヘジンマール。その冷気は雲を裂き、吐息ひとつで霧氷を撒き散らす。

 

下方では、混乱するゴブリンの軍勢。

その中央に、王冠めいた骨飾りを掲げた巨躯の影――ゴブリンロードが立ち、空を睨み返していた。

 

「……人間どもめ。竜を呼び出すとは」

低い唸り声が、まるで地の底から響くように広がる。

 

ヘジンマールは上空から鋭い眼光で睨み返した。

「呼び出したんじゃない。最初からここに居たんだよ」

 

翼をたたみ、急降下――!

竜の巨体が空を裂き、氷結のブレスを放つ。

白銀の奔流が森を覆い、ゴブリンたちを次々と氷像に変えていく。

 

だがロードは咆哮とともに地を蹴った。

足元に魔法陣が浮かび上がり、紅蓮の奔流が氷を打ち砕く。

炎と氷がぶつかり合い、轟音が夜を切り裂いた。

 

「小僧……竜でありながら、まだ未熟だな」

ロードは手にした粗野な槍を構え、信じがたい跳躍で空を突く。

その一撃はヘジンマールの翼をかすめ、氷の鱗を砕いた。

 

「ぐっ……!」

一瞬、バランスを崩すヘジンマール。

 

しかし彼は負けじと翼を広げ直し、再び舞い上がる。

「未熟でも……お前を倒すには十分だ!」

 

次の瞬間、彼の口元に再び冷気が収束していく。

――夜空で、竜と王が真っ向から激突しようとしていた。

 

夜空を裂いて竜と王がぶつかり合う。

氷の翼は裂け、炎の槍は砕け――だが両者とも退く気配はない。

 

ヘジンマールの胸の奥に、熱ではなく凍えるような圧力が渦巻いていた。

闘技場で幾度となく打ち倒され、それでも掴んだ力。

白竜の血脈に眠る禁じられた一撃――。

 

「……これ以上長引かせるわけにはいかないな」

彼は夜空で旋回し、翼を折りたたむ。

ゴブリンロードの頭上で急停止し、喉奥に冷気を極限まで圧縮していく。

 

その気配に、ロードの眼がぎらりと光る。

「……なにを企んでいる? 竜種……!」

 

ゴブリンロードは全軍に咆哮で命じた。

「撃ち落とせぇぇぇッ!!」

弓矢と魔法の閃光が空を覆う。だがその全てを、〈鋼鉄騎士〉が盾となって受け止め、仲間のエルフ三人娘も必死に迎撃する。

 

その間に、ヘジンマールは咆哮と共に力を解き放った。

 

「――〈氷星爆破(グレイシャル・ノヴァ)〉ッ!」

 

白銀の光が夜空を覆い、瞬間、極寒の彗星が地上へと叩きつけられる。

轟音とともに衝撃波が走り、森の一角が一瞬で氷の荒野に変わった。

 

ゴブリンの軍勢は吹き飛び、氷の墓標に閉じ込められていく。

中心で直撃を受けたロードが、怒号とともに氷を打ち砕き、なお立っていた。

 

だが、その肩は深く凍りつき、呼吸も荒い。

「……小僧……! 竜の……力……っ……!」

 

ヘジンマールは息を荒げながらも睨み返す。

「一か八かだったけど……効いたみたいだな」

 

夜の森に、氷と炎の余韻が漂う。

戦いはまだ終わらない――だが天秤は、わずかに竜へと傾きつつあった。

氷の荒野と化した戦場の中心で、ゴブリンロードはなお立っていた。

その体表はひび割れ、黒い血が凍りついた鎧のように固まっている。

しかし、巨躯はまだ倒れない。赤黒い瞳が、執念の炎を宿して竜を睨み返していた。

 

「……竜ごときが……我を侮るなッ!」

ロードは全身の魔力を燃やし、赤黒い光を帯びた剣を振り上げる。

その一閃は夜空を裂き、まるで星すら断ち切るかのようだった。

 

だが――。

 

「遅い」

 

冷ややかな声と共に、ヘジンマールの姿はすでに頭上へと回り込んでいた。

竜の尾が弧を描き、氷の奔流が剣を粉砕する。

続けざまに巨顎が開かれ、青白い冷気が一気に吐き出された。

 

「――砕け散れッ!」

 

氷の奔流がロードを呑み込み、その全身を瞬時に凍りつかせる。

叫びも憎悪も、すべては凍結した氷像の中へ閉じ込められた。

 

次の瞬間。

 

バキリ、と乾いた音が響く。

凍りついたゴブリンロードの肉体は、粉々に砕け散り、白い氷塵となって夜風に溶けていった。

 

戦場に静寂が訪れる。

残ったゴブリンたちは、主を失った混乱に逃げ惑い、〈鋼鉄騎士〉と騎士団が次々と掃討していった。

 

空に舞うヘジンマールの竜影を、仲間たちは言葉もなく見上げていた。

圧倒的な力。だがそれは、彼が無謀な賭けに勝った結果に過ぎない。

 

「……ふぅ。やっと終わったか」

氷の翼をたたみ、ヘジンマールは人の姿へ戻る。

その顔には満足そうな笑みと、少しの疲労が浮かんでいた。

 

こうして、ゴブリンロードは討たれ、トブの大森林を脅かした一大勢力は崩壊した。

だが、この戦いはまだ序章にすぎない――そう予感させる、重い余韻だけを残して。

 

 

/*/

 

 

「〈鉄の騎士〉は、想定以上の働きを見せました」

報告した主席魔法使いは、机上に置かれた戦闘記録の水晶を指で弾いた。映し出される光景には、鉄の巨人と人間が一体となり、オーガの軍勢を粉砕する様が映る。

 

ジルクニフは顎に手を当ててじっと見入る。

「……人が操ることで“人間の意志”が前面に出る。ゴーレムにしてゴーレムでない、か」

 

「加えて、魔導国からの留学生――竜、ヘジンマール殿の助力もあり、即席王国は短期間で潰走。被害は最小限に留まりました」

秘書官が付け加えると、場にいた貴族たちがざわついた。

 

「ドラゴン……! そんな存在をわざわざ“留学生”として寄越すなど……魔導国の力を誇示しているとしか!」

「だが、そのおかげで被害が少なかったのも事実。我が帝国だけでは、あの速度で片付けられたかどうか……」

 

ジルクニフは目を閉じ、ざわめきを聞き流す。

その内心では冷たい思考が巡っていた。

 

(……やはり“試されている”な。

 我らに力を貸すことで、魔導国は「人間の国の限界」を鮮やかに示してみせた。

 〈鉄の騎士〉は人間を強化する。だが最後に決定打を放ったのは、魔導国からの“贈り物”である竜だ。

 つまり――「人間だけではまだ届かぬ」と、帝国に突きつけたわけだ)

 

彼は静かに目を開け、出席者たちに告げた。

「……魔導国の技術と力を否定することはできぬ。だが、それに全面的に頼ることもまた危険だ。我らは〈鉄の騎士〉を我が物とし、人間の力として磨き上げねばならぬ」

 

主席魔法使いが頷き、言葉を継ぐ。

「陛下。既に幾つかの工房では、国産化に向けて試作が始まっております。魔導国に後れをとらぬよう……」

 

「それで良い」

ジルクニフの目は鋭く光る。

「ヘジンマール殿には厚く礼を尽くせ。だが同時に、帝国が彼に依存せずとも立ち得ることを示さねばならん。でなければ、未来は全て魔導国の掌に収まる」

 

場が静まり返った。

その言葉の裏にある恐怖――“甘美な依存の罠”を、皆が感じ取ったからだ。

 

 






次回!
第71話:はげそう!

みんな!読んでくれよな!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。