オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第72話:特訓はもうこりごり(ヘジンマール

帝都訓練場。

並び立つ六体の〈鋼鉄騎士〉が、夕陽に金属光沢を放っていた。

それを前に、学園の生徒班が呼び出されている。

 

「相手は模擬戦用に調整されているとはいえ、油断するなよ」

騎士団の教官が声を張り上げた。

 

ヘジンマールが一歩前に出ようとした瞬間、アイクが手を上げて制した。

「……ここは私たち三人で挑ませてください」

 

「え?」

ランゴバルトが目を丸くする。

 

セルデーナが柔らかく笑う。

「ヘジンマール様は“最後の切り札”です。まずは、私たちがどこまで通じるかを見せるべきでしょう」

 

クアイアがすでに弓を構え、素早く矢筒を確かめていた。

「それに、相手は人ではなく兵器。なら、冒険者の戦い方を試すいい機会だ」

 

ヘジンマールは小さく息をつき、肩をすくめる。

「……分かった。無茶はするなよ」

 

合図が鳴り響いた。

 

〈鋼鉄騎士〉が一斉に前進する。

大地を揺らす重金属の歩調。盾が構えられ、槍が突き出される。

 

その直前、アイクが高らかに詠唱を開始。

「〈炎槍〉!」

空気を裂いて紅蓮の槍が走り、先頭の騎士の足を焼いた。

 

だが、鋼鉄の甲冑はびくともしない。

それでも動きが一瞬止まった隙に、クアイアが木陰から走り出て、矢を二本同時に放つ。

矢は関節部に突き刺さり、カシャンと音を立てた。

 

「今です!」

セルデーナが聖印を掲げ、青白い光を仲間に降り注がせる。

その瞬間、アイクの魔力は強化され、クアイアの脚は羽のように軽くなる。

 

「なるほど……聖女の加護か!」

観覧席の帝国貴族たちがざわめいた。

 

鋼鉄騎士が槍を振りかざし、突撃してくる。

だがクアイアは寸前で身をひねり、踵で槍を蹴り流す。

そのまま至近距離から矢を撃ち込み、アイクの炎が爆ぜる。

 

〈鋼鉄騎士〉が一体、膝をついた。

 

「……落とした!」

ランゴバルトが歓声を上げる。

 

セルデーナはすぐさま前へ出て、聖印を突きつけた。

「次は私が抑えます。――〈神罰の光〉!」

白光が奔り、二体目の鋼鉄騎士の動きが鈍る。

 

三人の連携は冒険者パーティそのものだった。

観覧する者たちは思わず息を呑み、帝国騎士団長でさえ腕を組んで唸った。

 

アイクの額に汗が浮かび、詠唱の声が震え始めていた。

「……〈火矢連弾〉!」

矢継ぎ早に放たれる火矢は確かに鋼鉄騎士の装甲を焦がす。だが分厚い金属は、ただ黒く煤けるばかりで完全には貫けない。

 

「はぁっ……はぁっ……」

クアイアも矢を撃ち尽くし、短剣を抜いて飛び込むが、盾に弾かれた衝撃で膝をつく。

 

セルデーナはすぐに回復の祈りを唱える。

「〈治癒〉……っ、でももう、これ以上は――」

彼女の魔力も底をつきかけていた。光は弱々しく、クアイアの傷を完全には癒せない。

 

残り四体の鋼鉄騎士が、揃って槍を構える。

無表情の金属仮面が、冷徹に迫る。

 

「――しまっ……!」

アイクがよろめき、クアイアが庇おうと身を投げ出した瞬間。

 

大地を震わす足音が響いた。

その前に、ひとりの影が立ちはだかる。

 

「……もう十分だ」

 

ヘジンマールだった。

炎に照らされた横顔は、どこか楽しげですらある。

 

「三人とも、よくやった。冒険者として、最高の連携だったよ」

 

言葉を残すと同時に、彼は前へ一歩踏み出す。

足元に冷気が走り、大気がざわめいた。

 

「次は――僕の番だ」

 

〈鋼鉄騎士〉たちが一斉に槍を突き出す。

だがヘジンマールは笑みを浮かべ、両手を広げた。

その背に、一瞬だけ竜の影が重なる。

 

次の瞬間、吹き荒れた冷気が鋼鉄を凍りつかせ、金属の巨人たちの動きを奪った。

 

凍りついた鋼鉄騎士の群れを前に、ヘジンマールは小さく息を吐いた。

その気になれば、竜の力を解放して一瞬で粉砕できる。だが――それを見せる必要はない。

 

「……少しだけ、手加減しておこうか」

 

彼は指先に微かな魔力を集めると、氷の鎖を編み上げ、鋼鉄騎士の足を絡め取った。

ぎぎ、と金属音を立てて動きが鈍る。

 

「今だ、アイク!」

「――っ、〈炎槍〉!」

 

炎が鎧の隙間に叩き込まれ、内部で轟音が響く。

鋼鉄騎士が揺らいだ瞬間、クアイアが矢を放ち、セルデーナが補助の祈りを重ねる。

 

ヘジンマールはあえて「補助役」に徹した。

攻撃の決定打は仲間たちに委ね、あたかも彼らが自らの力で勝ち取ったように演出していく。

 

「……ふぅ、これで終わりだ」

 

最後の鋼鉄騎士が倒れると、会場に大きな歓声が響き渡った。

観客の目には――勇敢に立ち向かい、連携して勝利した「学生たち」の姿が焼きついている。

 

ヘジンマールは内心で小さく笑う。

(竜の力を知られるのは、まだ早い。今日はこれくらいで十分だな……)

 

仲間たちは汗と傷で疲労困憊だったが、誇らしげに拳を握りしめていた。

その姿を見て、ヘジンマールは「嘘ではない達成感」を与えられたことに満足したのだった。

 

玉座の間。

戦果の報告を終えた学生たちが退出すると、場に残ったのは帝国の上層部と皇帝ジルクニフだけだった。

 

彼は深々と椅子に腰を沈め、片手で額を押さえる。

 

「……学生の域を出ぬ者たちが、あの〈鋼鉄騎士〉を倒したか」

「はっ、確かに見事な連携でございました。殊に、あの森妖精――ヘジンマール殿の采配と魔法の扱いは常軌を逸しておりました」

 

宰相の言葉に、ジルクニフは薄く笑った。

 

「……あれは采配ではない。あれは“制御”だ。己の力を隠しながら、あえて周囲に勝利を与える……」

 

言葉を切り、ゆっくりと視線を落とす。

胸の奥に蘇ったのは、かつて闘技場で暴れ回った「災厄の闘士」ジョン・カルバインの姿。

 

「……似ている。恐ろしいほどにな」

 

ジョンもまた、時に敵を弄ぶように振る舞い、時に仲間を守るためだけに暴威を振るった。

あの矛盾した“怪物の在り方”を――ジルクニフは今、ヘジンマールの中に見てしまったのだ。

 

「僕は、仲間を傷つける者を許しません。たとえそれが帝国であっても――」

 

彼の言葉が、耳の奥で重く響く。

もしあの少年の矛先が帝国に向けば、鋼鉄騎士すら歯が立たぬだろう。

 

ジルクニフは拳を握り、誰にも聞こえぬほどの声で呟いた。

 

「……あれは諸刃の剣だ。帝国の宝にもなれば、滅びを呼ぶ魔にもなる」

 

その瞳は、勝利の余韻に酔う臣下たちとは違い、ただ冷たい警戒の色だけを宿していた。

 

 

/*/

 

 

闘技場。

石造りの壁に囲まれたその場所は、昼間でも冷気を孕み、張り詰めた空気を漂わせていた。

 

ヘジンマールは訓練用の武具を構え、汗を滲ませながらも必死に立ち続けていた。

その前に立つのは、青銀の巨躯――ジョン。

 

「……(鋼鉄騎士)相手に“苦戦”だと?」

低く響く声は、石壁に反響して重くのしかかる。

 

「僕なりに全力を……」

「言い訳はいらん」

 

言葉を遮ると同時に、ジョンの拳が振るわれた。

空気を裂く轟音とともに大地が震え、ヘジンマールは紙一重で回避する。

だが次の瞬間には蹴りが迫り、体勢を崩して砂埃に叩きつけられる。

 

「ぐっ……!」

 

「敵が強いのは当たり前だ。……だがな、貴様には“竜”の力がある」

ジョンは低く呟き、なおも拳を握りしめた。

「竜の威を誇るだけでなく、その力を制御し、磨き上げねばならん。さもなくば、いずれ仲間を守れない」

 

立ち上がるヘジンマールの目が揺れる。

それは自分への叱責であると同時に――どこか、父親のような厳しさを帯びていた。

 

「……はい。もっと強くなります」

「言葉はいらん。示せ。戦え」

 

再び巨拳が振り下ろされる。

ヘジンマールは歯を食いしばり、魔法を込めた刃を構えてそれを受け止めた。

火花と衝撃が迸り、闘技場が震える。

 

その稽古は、まるで戦場そのもののような熾烈さを帯びていた――。

 

激しい稽古が終わり、闘技場に重苦しい静寂が訪れる。

砂に膝をついたヘジンマールの額からは、汗が滴り落ちていた。

 

「……はぁ、はぁ……」

剣を支えにして立ち上がろうとするも、全身が震え、思うように動かない。

 

そんな彼を見下ろしながら、ジョンは拳を下ろし、静かに言葉を落とした。

 

「ヘジンマール」

 

その声は、先ほどまでの雷鳴のような怒声ではなかった。

むしろ、岩盤の奥底から響くような、重みを帯びた低音。

 

「力を持つ者は――ただ戦えばよいわけではない」

 

ヘジンマールが息を整え、ゆっくりと顔を上げる。

その目に映るのは、戦士としてすべてを知り尽くした巨人の背中。

 

「仲間を守る覚悟を持て。己が傷つくことを恐れるな。だが、仲間を傷つけることだけは決して許すな」

 

一瞬、ジョンの言葉の裏に影が差した。

それは過去の記憶か、それとも未だ語らぬ痛みか。

 

「お前は竜だ。帝国をも揺るがす存在だろう」

ジョンはゆっくりと背を向け、歩き出す。

「だが……竜である前に、“仲間を守る戦士”であれ」

 

その言葉が胸に突き刺さり、ヘジンマールは強く唇を噛んだ。

自分の力が誇示するためでなく、誰かを守るためにあるのだと――改めて思い知らされる。

 

握った拳に力を込め、彼は静かに誓う。

「……必ず、守ってみせます。仲間を」

 

闘技場に、再び静けさが満ちる。

だがその沈黙は、決意の音に満ちていた。

 

闘技場の門をくぐった瞬間、足ががくりと崩れそうになった。

全身は痛みで軋み、呼吸も浅い。

それでも――ヘジンマールは歯を食いしばり、なんとか立っていた。

 

「ヘジンマール様!」

真っ先に駆け寄ったのはアイクだった。

彼女は杖を肩に担ぎながらも、その表情は本気で心配そうだ。

 

「……大丈夫です」

かすれ声で答えると、今度はクアイアが腕を掴み、肩を貸す。

「大丈夫じゃない顔ですよ。少し休んでください」

その声は穏やかでありながら、反論を許さぬ強さを帯びていた。

 

さらにセルデーナが両手を組み、静かに祈りの言葉を紡ぐ。

淡い光がヘジンマールを包み、裂けた皮膚や深い打撲がじわりと癒えていく。

 

「無茶しすぎです」

彼女は小さく眉を寄せたが、その手は優しく彼の背を支えていた。

 

ヘジンマールは仲間の視線を受け、胸の奥で熱いものを感じる。

痛みではない。

ジョンの言葉と、仲間の温もりが重なり、強い誓いへと変わっていく。

 

「ありがとう……皆がいるから、僕は立てます」

 

その言葉に、三人のエルフは顔を見合わせ、柔らかく笑った。

焚火の明かりにも似たその笑みは、戦場の冷たさを忘れさせる力を持っていた。

 

 

/*/

 

 

数日後。

闘技場での厳しい稽古の傷もすっかり癒え、ヘジンマールは再び学園の日々に戻っていた。

 

朝の中庭には、学生たちの笑い声と鳥のさえずりが混じる。

昨日まで命を懸けた戦いをしていたとは、とても思えない穏やかな時間だ。

 

「ヘジンマール様、こっち!」

アイクが手を振り、杖を片手に駆け寄ってくる。どうやら授業で使う魔法陣の準備を急がねばならないらしい。

「また僕たちの班だけ一番乗りですよ。これ、絶対先生に褒められます」

 

その隣では、クアイアが矢羽根を調整しながら、射場の方向を指さした。

「今日は射撃の模擬試合です。負けませんよ」

彼女はそう言いながら、獲物を狙うような鋭い眼差しを浮かべている。

 

セルデーナは静かに祈りを捧げた後、ヘジンマールの袖を軽く引いた。

「授業の前に、少しだけみんなでお昼を一緒に食べませんか? 練習続きで疲れてるでしょう」

 

ヘジンマールは思わず笑みをこぼす。

帝国の陰謀も、闘技場の死闘も、仲間と共に過ごすこのひとときの前では遠い夢のように感じられる。

 

「……ああ、行こう。僕たちの時間を、大事にしよう」

 

陽光の下、仲間たちと肩を並べて歩く。

束の間の平穏――それは確かに、彼にとって何よりの宝だった。

 

昼食を終えると、学園の広場では班ごとの実技訓練が始まった。

今日の課題は〈模擬戦〉。複数の班が同時に行い、互いの実力を確かめ合う恒例行事だ。

 

「おい、ヘジンマールの班だ!」

「この前、森でゴブリン退治をやったって聞いたぞ」

「鋼鉄騎士まで同行してたんだろ? 反則じゃないか!」

 

ざわめく学生たちの視線が、自然と彼らに集まる。

アイクは肩をすくめ、クアイアは挑発的な笑みを浮かべ、セルデーナは少し困ったように俯いた。

 

相手に選ばれたのは、武闘派で知られる「ルカーノ班」。

大剣を得意とするルカーノを筆頭に、盾役、弓兵、治癒術士が揃ったバランスの良いチームだ。

 

「帝国の留学生とやり合えるとは光栄だな」

ルカーノが肩に大剣を担ぎ、挑発的に笑う。

「噂だけで終わらせない。実力を見せてもらうぞ」

 

「受けて立とう」

ヘジンマールは静かに頷いた。

 

開始の合図と同時に、轟音が広場に響く。

アイクの魔法弾と相手の弓矢が交錯し、火花が散る。

クアイアは疾風のごとき動きで側面に回り込み、矢を射る。

セルデーナは前線の仲間を護るように結界を展開し、支援を怠らない。

 

ヘジンマールは敢えて一歩引き、仲間に合わせるように動いていた。

――竜の力を使う必要はない。今は「学生」として戦うべきだから。

 

「ふん、なかなかやるな!」

ルカーノが叫び、大剣を振り下ろす。

それを受け止めたのは、ヘジンマールの剣。

鉄と鉄がぶつかる衝撃に、観客の学生たちがどよめいた。

 

互いの技量をぶつけ合いながらも、どこか「楽しむ」ような空気が漂う。

模擬戦とはいえ、仲間と共に戦う感覚は心地よい。

 

やがて笛の音が響き、勝負は引き分けで終了した。

 

「強いな……だが、次は勝つ!」

汗を拭いながらルカーノが言うと、ヘジンマールは笑って手を差し出した。

「僕たちもだ。また手合わせしよう」

 

握手を交わす二人を、周囲の学生たちは羨望と驚きの入り混じった眼差しで見つめていた。

平穏な学園の日常の中に、確かな友情と競争心が芽生えていくのだった。

 

 





第7部完!

次回!第8部!竜王国!
第73話:へるぷ!

みんな!( ゚д゚)ノ ヨロ
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