オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
第73話:へるぷ!
長大な卓の上に、竜王国からの書状が置かれていた。
竜王国の国璽が押された羊皮紙は、かつての誇りを滲ませつつも、行間からは切迫した声が聞こえるようだった。
「……ふふ。ついに竜王国までもが我らの力を頼ってきましたわ」
アルベドが恍惚と微笑む。
「これはすなわち、真にして偽りの竜王の力で国を保てぬと白状したようなもの。魔導国の威光が大陸を覆いつつある証ですわ」
デミウルゴスは顎に手をやり、書状を睨む。
「確かに、支援要請は大きな意味を持ちます。しかし……即座に軍を派遣するのは得策ではありますまい。
帝国や王国に与えた印象を考えると、“魔導国は弱者の後見人”という構図が固まってしまいます」
「むぅ……」
アインズが唸る。骸骨の顔は無表情だが、内心は頭を抱えていた。
(ちょ、ちょっと待て。竜王国って、確かドラゴンの血を引く女王が治めている国だよな!? そんな国から助けを求められるなんて想定外だぞ! しかも、俺たちが助けに行ったら……“竜を従える魔導国”って誤解されるのでは? いや、それはそれで権威付けにはなるけど……バランスが難しい!)
アインズの逡巡を見透かしたように、デミウルゴスが続けた。
「ここは一つ、“限定的な援助”という形を取るべきでしょう。
例えば――アンデッド部隊の小規模派遣、治癒用の薬品供与。そして、その対価として“竜族の系譜や記録”を提出させるのです」
アルベドの瞳が妖しく輝いた。
「すばらしいわ、デミウルゴス。竜王国は伝統と血統を誇る国家。その根幹に食い込めば……いずれ国ごと我らの掌中に収まるでしょう」
「……え、ええ。まあ、確かに……そうかもしれんな」
アインズは威厳ある声を装いながらも、内心では焦っていた。
(やばい……また流れで“征服計画”が動き始めているぞ!? 俺はただ、頼まれたからちょっと助ける程度で……いや、でもここで弱腰に出ると威信が落ちるし……!)
「……よろしい。では竜王国の要請には応じる。ただし、支援は段階的に行う。
まずは象徴として、アンデッドの小隊と顧問役を送り……その見返りに“竜族の秘録”を差し出させよ」
アインズの宣告に、アルベドは恍惚と微笑み、デミウルゴスは深々と頭を下げた。
こうして、竜王国の最後の矜持すらも、魔導国の影に覆われていくこととなる――。
デミウルゴスがさらに一礼し、声を潜める。
「……もし許しを賜るなら、支援と引き換えに“王族の一人”を魔導国に留学させるのも一手。
竜の血を宿す者が我らの庇護下にあると知れれば、それだけで竜王国は二度と逆らえますまい」
「っ……!」
アルベドは蕩けるような微笑を浮かべ、金の瞳に狂気じみた光を宿した。
「それこそが真の隷属……ああ、すばらしいですわ!」
(ま、待て待て待て! 王族をこっちに呼ぶ!? ゲーム時代でもドラゴンの血を引くとか特殊設定はボス級だったぞ!? そんな連中がナザリックに来たら……いや、むしろいいのか? いやいやいや、やっぱ怖いって!)
アインズは必死に平静を装いつつ、喉にないはずの唾を飲み込んだ。
「……ふむ。小隊の派遣は象徴として十分でしょう」
デミウルゴスが眼鏡を押し上げ、冷静に言葉を重ねる。
「ですがアインズ様、竜王国は“竜”の血統を支えにしてきた国家。そこにただのアンデッドを送るよりも……“竜を従える兵団”を見せつけた方が、効果は絶大かと存じます」
「竜を……従える、ですか」
アルベドが艶やかに微笑み、金の瞳を細めた。
「すばらしいご提案ですわ。竜王国の矜持を打ち砕くには、同じ竜に乗る者を送り込むのが最適。竜王国の民は絶望と共に、魔導国への畏敬を深めるでしょう」
「……むぅ」
アインズは無表情な頭蓋を動かさず、内心で頭を抱えた。
(ちょっと待て! 竜に竜をぶつけるって、どう考えてもやばい展開だろ!?
下手したらドラゴン同士の喧嘩になって大惨事だぞ!
いやでも……確かに“竜をも支配する魔導国”って見せ方は格好いいけど……格好いいけど……!)
「……陛下」
アルベドが恍惚とした声で囁く。
「竜騎兵団を率いる者として、ジョン様こそ相応しいのではありませんか?」
その名を聞き、デミウルゴスも満足げに頷いた。
「うむ。彼の指揮とカリスマであれば、竜王国の人心を一気に掌握できましょう」
(な、なんでそうなるんだ!? いや確かにジョンさんなら頼りになるけど……いやいや、これもう“救援”じゃなくて“支配宣言”じゃないか!)
アインズは大きく息を吸い込み、威厳を保つ声を出した。
「……よろしい。竜王国への支援は、ジョンさんとウルフ竜騎兵団に任せる。
彼らの存在こそ、我ら魔導国の力を示す象徴となろう」
「御意!」
アルベドとデミウルゴスが同時に深々と頭を垂れる。
こうして――“竜を誇る王国”に、“竜を従える魔導国”が乗り込む図式が定まり、竜王国の運命は大きく傾いていくこととなった。
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そしれほど広くはないが豪華な部屋に唯一置かれた椅子――玉座に座った幼い少女は、誰が聞いても天真爛漫と感じられる年齢相応の声を上げた。
「よし!任せたぞ!」
「はっ!陛下、お任せ下さい!」
平伏し、少女に頭を下げていた騎士風の男が立ち上がり、颯爽と部屋を出ていく。
扉が閉まり、数秒してから少女は隣に立つ宰相に問いかけた。
「そろそろ良いか?」
「はい。彼で最後でしたので問題ございません」
冷淡な男の声に、少女の無邪気で可愛らしかった表情が崩れる。
やさぐれたとしか言いようがない。
疲労の為か目は濁ったような半眼にとなり、唇はへの字を描き、肩は落ちる。
「だーるいな」
少女というよりは疲労した40代の女のような態度だった。しかしながら声などの張りには若さがある。外見の若さのみを残して中身が変わったようだった。
「お疲れ様です」
「本当に疲れた。いい加減、この姿を止めたいんだがな」少女は自らの服の裾を持ち上げる。「こういった足丸出しの服は何か心に来るものがある」
「何度も言っていますがダメです。陛下」
少女こそ竜王国の女王たる
真か偽りかの境界は始原の魔法が使えるかどうかにかかっている為だ。
「陛下が保護欲を刺激される形態だからこそ、皆は頑張ってくれるのですから」
「世の中の人間どもはみなロリコンか。デカい方が色々と気持ち良いと思うんだがな」
ドラウディロンは自分の平坦な胸の前で両手で何かを持って揺さぶる手つきをした。
「確かにあっちの形態の方が――」
「――形態言うな。あれが私の本当の姿なんだから」
「これは失礼しました、陛下」
「おい、謝罪の意思がこれっぽちも感じられん」
「そんな事はないですよ」
宰相の冷ややかな笑顔をじっと眺め、その下にある感情を見破れずドラウディロンは不満げに眼を逸らした。
「……さて」
ドラウディロンはだらしなく玉座に背を預け、片足を組む。
「もう誤魔化せん。国庫も軍備も限界だ。ビーストマンどもの侵攻は今までのものとは違う」
「ええ。こちらが息切れしていることは、既に察せられているでしょう」
宰相は冷淡に頷く。
「ですので――予定通り、魔導国に“支援要請”を出すべきかと」
「……正直、気に入らん」
少女の姿で腕を組み、不機嫌そうに唸る。
「魔導国といえば、あの骸骨王だろう? 人間ならまだしも、死んだ骨相手に頭を下げるのは竜王の名折れだ」
「陛下」
宰相は眼鏡を直すような仕草で言葉を区切った。
「名折れよりも、国そのものが折れては意味がありません」
「ぐ……。言い返せんのが腹立つな」
ドラウディロンは頬を膨らませ、机に突っ伏す。
「分かったよ。どうせ近いうちに崩れるなら、早めに手を打つしかあるまい」
ややあって、彼女は片手を挙げた。
「よし、宰相。魔導国に支援要請の書状を用意しろ。ただし――」
「ただし?」
「徹底的にプライドは残せ。こっちが“哀れな子供国家”と見られるのは癪だ。
支援を乞うというより、“竜王国と魔導国が対等に協力する”という体裁を取れ。……それができる文にしろ」
「承知しました」
宰相は淡々と頭を下げたが、その口元には冷え冷えとした笑みが浮かぶ。
その時、玉座の間の脇に控えていた女が、静かに進み出て跪いた。
黒銀の髪を高く結い上げた気品ある姿。まだ若いが、背筋の通った佇まいだが、病弱そうな儚げな雰囲気がある。
「陛下、アウレリア・オーリウクルス、謹んでお言葉を賜ります」
「……おお、アウレリアか」
ドラウディロンは机に突っ伏した姿勢のまま片目だけを向ける。
「聞いていたな? 我ら竜王国は魔導国に支援を要請する」
「はい。承知いたしました」
アウレリアは恭しく頭を垂れる。その声音は澄んでおり、決意の強さを隠さない。
「陛下が冒険者に純潔を捧げずとも、私が……」
「お前ではアイツの守備範囲外だ。私でなくてはならない」
ドラウディロンは半眼のまま、しかし口の端を僅かに持ち上げる。
「お前のような若い娘が、そう言えるのは頼もしいやら、哀しいやらだな」
「ですが、お姉さま!始原の魔法を使えず何もできない私が国に役立てるなら!」
アウレリアの澄んだ声が玉座の間に響いた。
彼女は深々と頭を垂れたまま、拳を握りしめる。
黒銀の髪がさらりと床に落ちるほど、必死に頭を下げていた。
「……っ」
ドラウディロンは小さく息を呑む。
すぐには返せない。
やがて玉座に突っ伏したまま顔を上げ、妹を見下ろすように目を細めた。
その表情は、幼い外見に似つかわしくない、王の厳しさを宿していた。
「アウレリア……お前の覚悟は分かった。だがな――」
「お姉さまこそ、命を削る覚悟ではないのですか!」
被せるように、アウレリアが顔を上げた。涙を浮かべ、唇を震わせながら叫ぶ。
「竜王国を守るために純潔を捧げると仰る。それがどれほどの恥辱であろうと……お姉さまが汚れる必要はない! 私ならば――」
「黙れ!」
ドラウディロンの声が弾けた。
高い天井にまで届くほどの怒気が、幼い体から溢れる。
「お前を犠牲にして私が清浄を保つ? そんなものが王の在り方か! ……違う!」
玉座の少女は小さな拳を握りしめ、震える声で続ける。
「国を背負うのは、王であるこの私だ。お前に押しつけてどうする!」
アウレリアは涙を堪えきれず、ぽろぽろと頬を濡らした。
「……なら、私は……どうすれば……。お姉さまの影に隠れ、見守るだけの役目ですか……?」
その問いに、ドラウディロンの胸が痛む。
だが王として譲れぬ答えを返す。
「お前は……私が倒れた時、竜王国を支える柱となれ。始原の魔法が使えずとも、竜の血を引く者として、その名がある。……決して無駄ではない」
「お姉さま……」
嗚咽混じりに呟くアウレリアを、ドラウディロンはまっすぐに見据えた。
「私は王だ。だから――純潔すらも、国の為に差し出す。
お前は妹として、私を見届けろ。……それでいい」
長い沈黙ののち、アウレリアは震える声で「はい」と答え、深く頭を垂れた。
玉座の間の空気は重苦しく、そして痛ましいほどに静まり返っていた。
/*/ 竜王国・城下町 /*/
陽はまだ高いはずなのに、街並みには活気がなかった。
市場に並ぶ品は少なく、干からびた肉やしなびた野菜に高値がついている。人々は声を潜めて取引し、時折「次の侵攻はいつか」という言葉が交わされる。
「また物価が上がった……」
布を抱えた女商人が呟く。隣で兵士風の若者がため息を吐いた。
「前線への補給で全部持っていかれるからな。俺たちの給金も半分は食料に消える」
通りを歩く兵士たちは、鎧の手入れもままならず、刃毀れした剣を腰に吊っていた。
「補給の槍が間に合わない? じゃあ古いのを繋ぎ合わせろってさ」
「はは、もう槍じゃなくて“鉄の棒”だな」
冗談めかした声も、笑いにはならない。
子供たちは兵士の後ろ姿を見送りながら囁く。
「あの人たち……帰ってこられるのかな」
「この前のおじさんは帰ってこなかったよ」
/*/ 王城・兵舎 /*/
兵士の詰め所では、士官たちが小声で話し合っていた。
「補充兵は予定の半分……。それも農民あがりばかりだ」
「装備も追いつかん。革鎧でビーストマンに立ち向かえと?」
「女王陛下は“まだ戦える”と仰るが、このままでは持たんぞ」
場を重苦しい沈黙が支配する。
それでも彼らが任務に就くのは――幼い女王が笑顔で「よし!任せたぞ!」と言うからだ。
その笑顔を守るため、皆は心の中の不安を押し隠して剣を取る。
/*/ ウルフ竜騎兵団 /*/
黒々とした〈転移門〉から次々と姿を現す異形の軍勢を目にし、竜王国の兵士たちは息を呑んだ。
最初に現れたのは規律正しく整列するゴブリンの重装歩兵たち。小柄な体に似合わぬ分厚い鎧、槍を揃えての行軍姿は、彼らがただの雑兵ではないと一瞬で理解させる。
「ゴ、ゴブリン……? いや、あれは……兵士だ」
そう呟いた竜王国兵の声には、恐怖よりも驚愕が勝っていた。
続いて現れたのは巨躯のオーガたち。二メートルを優に超す体格に金属製の甲冑を纏い、肩に担ぐ大槌は一撃で城門を砕きかねない。
兵たちの喉がごくりと鳴る。
だが列を乱さず整然と歩く姿は、蛮族ではなく練度の高い軍人そのものだった。
リザードマン、ナーガ、ワーウルフ、ドワーフ、そして人間の兵たちも混じり、規律を保ったまま進み続ける。次第に竜王国兵の顔色は青ざめから驚嘆へと変わっていった。
さらに彼らの後方から現れたのは、牽引された不思議な車両群。そこから漂うのは香ばしい肉の匂いと温かな湯気。
「……野外炊事車?」
見慣れぬ機材に竜王国の従者たちがざわつく。囁き声は瞬く間に広がった。
「軍勢が……飯を炊きながら来るだと……?」
「風呂まで備えていると……?」
その混乱を吹き飛ばすように、最後に姿を現したのは巨大な影。翼を広げたドラゴンが大地に影を落とすと、兵士たちの膝は震え、同時に女王の守護者が来たと悟った。
やがてすべての軍勢が整列を終える。槍の穂先が一斉に大地を突き、響き渡る音に竜王国兵の背筋は伸びきった。
「これが……魔導国の援軍……」
驚愕と畏怖、そしてかすかな安堵が入り混じった声が、兵士たちの間に漏れた。
/*/
竜王国城内、謁見の間。
女王ドラウディロンは「幼い少女」の姿のまま玉座に座り、側には冷淡な宰相が控えていた。
〈転移門〉から現れた軍勢を率いるジョン・カルバインが進み出ると、騎士たちがざわめいた。背後に並ぶ異形の兵たち、そして彼の圧倒的な威容が場を支配する。
「……よくぞ参られた、魔導国よりの使者よ」
女王の声は、愛らしさをまといつつも緊張を隠せないものだった。
青白の毛並みの巨躯を誇る人狼――ジョンは膝をつき、恭しく頭を垂れた。
低く、腹の底から響く声が玉座の間を震わせる。
「我らが主、アインズ・ウール・ゴウン陛下の命により、援軍を率いて参りました。ジョン・カルバイン、〈ウルフ竜騎兵団〉団長にございます」
その言葉は獣の咆哮のように重く、しかし抑制のきいた礼儀をまとっていた。
異形の将軍の声が、玉座にいた者たちの胸の奥まで突き刺さる。
その姿勢は礼儀正しくも堂々とし、玉座の間にいた竜王国の兵たちは「異形の軍勢を従える怪物」ではなく「王の命を受けた将軍」として彼を認識し直した。
宰相が一歩前に出て問いかける。
「……援軍とは申すものの、かように大軍を。我が国のために、どこまで尽力いただけるのか」
挑むような声色だったが、ジョンは眉ひとつ動かさず答える。
「我らの任務は、竜王国を守り、人質とされた民を救い出すことにございます。ただし――」
視線を宰相から外し、玉座の少女を真っ直ぐに見据える。
「戦後の政治は、貴国の判断に委ねます。我らは剣で道を拓くだけ。陛下の統治を侵すつもりはございません」
その言葉に、宰相の目が細まり、女王の肩から緊張がわずかに抜けた。
「……よし! 任せたぞ!」
天真爛漫な声が玉座から響いたかと思うと、すぐに小さく唇を歪める。
「だーるい。やっと肩の荷が下りた」
ぼそりと呟いた本音に、ジョンの片眉が僅かに上がったが、何も言わなかった。
宰相は冷ややかに付け加える。
「竜王国は、魔導国のご厚意を決して忘れません。……もっとも、代償を求められるのならば、それも覚悟しております」
次回!
第74話:誇りを取り戻せ!
( ゚д゚)ノ ヨロ