オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ ナザリック・観測実験場 /*/
竜紋が収まり、実験場を覆っていた魔力の奔流が静まった。
アウレリアはふらつきながらも意識を保ち、ヘジンマールの巨体に支えられていた。
「……終わった、の?」
掠れた声に、ヘジンマールは静かに頷いた。
だが、その巨竜の身体から、異様な気配が立ち昇る。
銀白の鱗が光を帯び、冷気がより濃く研ぎ澄まされていく。
研究者の一人が慌てて水晶板を確認し、息を呑んだ。
「……信じられん……ヘジンマールの魔力量が跳ね上がっている……!
これは……まるで“成長”だ!」
「竜が――レベルアップした……?」
別の学者が震える声で呟いた。
竜も通常の経験値でレベルアップはする。
だが今、ヘジンマールは新たな段階と共鳴しただけで昇っていたのだ。
ヘジンマール自身も己の力の変化を感じ取り、低く唸った。
「……僕の血が……震えている。
まるで、古の記憶を呼び覚ますかのように……」
ジョンは金の瞳を細め、観測結果を記録する。
「……面白いな。アウレリア。お前の竜血は、ただの証ではない。
“竜を成長させる触媒”か」
アルベドが思わず前のめりになり、艶やかな声を漏らした。
「……つまり、彼女の存在はナザリックにおける“竜の進化資源”というわけですか……!」
「資源、ですって……」
アウレリアは青ざめながらも唇を噛み、だが目を逸らさなかった。
「……でも、それで……皆の力になるなら……」
ヘジンマールが首を垂れ、巨大な瞳で彼女を見つめる。
「……貴方の血は呪いではない。
僕にとっては、力を与えてくれた恩寵だ」
ジョンはそのやり取りを見届け、静かに結論を下した。
「――決定だ。アウレリア。お前は竜血研究の最重要対象として、今後も実験を続けてもらう」
研究者たちは歓喜し、アルベドは厳しい視線を送り。
そしてアウレリア自身は――奇妙な宿命を受け入れるように目を閉じた。
/*/ ナザリック地下大図書館・研究者会合 /*/
水晶板に映し出された記録映像――アウレリアとヘジンマールの「竜血共鳴」の結果が、静かな空間に再生されていた。
エルダーリッチの研究者が骨ばった指で水晶を叩き、声を響かせる。
「……見ろ、この数値。竜種の魔力が跳ね上がるなど、通常の理ではあり得ぬ。
これは“竜血触媒現象”と呼ぶべきだ」
隣で記録をまとめるカジットが、不気味な笑みを浮かべる。
「ならば……次の段階として、別の竜種にも試す価値があるのでは?」
「具体的には?」
ジョンの金の瞳が冷たく光る。
研究者たちは一斉に身を乗り出した。
「シャルティア様の眷属たる下級竜との共鳴」
「幻獣系のドラゴン・キンやワイバーンとの比較」
「場合によっては、ナザリックに囚われた竜骨兵への影響も……」
アルベドが扇を口元に当てて、ふっと笑う。
「……つまり、彼女は“竜種すべてに対する鍵”たり得る、というのね」
「まるで……竜の女王の再来のように」
研究者のひとりが呟き、場に不気味な熱が広がる。
アウレリアは隅で静かに話を聞いていた。
――“竜の女王”。
それは、自分が生涯関わることのないと思っていた称号。
彼女は病弱な姫として育ち、姉の影に隠れて生きてきた。
だが今――ナザリックの冷酷な光の下で、“竜の血”そのものとしての価値を見出されている。
ヘジンマールは黙して彼女を庇うように立ち、低く唸った。
「……好きにはさせない。けど、彼女自身が望むなら……僕はその試練に立ち会おう」
ジョンは彼を見据え、短く頷く。
「ならば決まりだ。――次は、竜種全般との共鳴実験だ」
研究者たちが歓喜に沸き、アウレリアは胸に手を当てて息を整えた。
(私は……試され続ける。
でも、それで守れるものがあるなら――逃げるわけにはいかない)
そして、新たな「竜血共鳴計画」が静かに始動した。
/*/ ナザリック地下大実験場 /*/
冷たい魔法障壁に囲まれた広間。
そこに横たわるのは、ジョンの騎竜――リンドブルグ型の竜、リンドウ。
青銀の鱗を纏い、知恵ある瞳で周囲を見渡していた。
研究者たちが配置につき、魔力計測装置を並べていく。
エルダーリッチの学者が骨の指を震わせながら呟いた。
「……リンドウ殿は既に“成長限界”とされるレベル90に到達している。
本来ならば、これ以上の上昇は――有り得ぬことだ」
ジョンの視線がアウレリアへと向けられる。
「アウレリア。……準備はいいか?」
彼女は深く息を吸い込み、胸に手を当てた。
「……はい。ヘジンマールのときと同じように……心を開きます」
リンドウの長大な首がゆっくりと彼女に近づき、黄金の瞳が真っ直ぐに見下ろす。
その瞬間――
アウレリアの金色の瞳と、リンドウの瞳が共鳴し、青白い閃光が走った。
「ッ――!?」
魔力計が狂ったように針を振り切り、障壁に亀裂が走る。
「これは……! 竜血の共鳴が、知恵竜の“魂位”に干渉している!」
研究者たちが歓喜と恐怖を入り混ぜた声を上げる。
リンドウが咆哮した。
その声は大地を震わせ、次の瞬間――彼の存在そのものが変容する。
「レベル……上昇ッ!? バカな……限界突破だ!」
「記録更新! リンドウのレベルが……91、92……信じられん!」
ジョンは静かに見つめ、わずかに頷いた。
「なるほど。竜血共鳴は……竜の進化すら促す、ということか」
アウレリアは膝をつき、荒い呼吸を整えながらも微笑んだ。
「……リンドウさん。あなたの力が……まだ、伸びるのですね」
リンドウは彼女に鼻先を寄せ、まるで感謝を告げるかのように低く鳴いた。
研究者たちは震える声で結論をまとめる。
「これは……竜種の“停滞”を打破する力……!
竜血共鳴は、新たな進化の道を切り開くッ!」
――そして、アウレリアの価値はさらに跳ね上がることになる。
/*/ ナザリック地下大実験場・実験後 /*/
リンドウの巨体が静かに身を屈め、アウレリアの前に頭を垂れる。
深い声が響き渡る。
「……アウレリア。竜の血を受け継ぐ者よ。
我が魂は、そなたを“主の仲間”と認めよう。
これよりは、騎竜としてその身を守ることを誓う」
アウレリアは驚きに目を見開き、やがて微笑んだ。
「リンドウさん……ありがとう。私も、あなたを信じます」
巨竜の瞳に宿る金光は、まるで彼女だけを映しているかのように温かかった。
その様子を眺めながら、ジョンはやれやれと肩をすくめる。
「……竜はな、誇り高いが――同時に実に“多情”でもある。
気に入った相手には、本能で迫ることもある」
アウレリアはぽかんと顔を上げ、頬を赤らめる。
「そ、そんな……! リンドウさんは……そんなこと……」
リンドウは喉を鳴らし、否定とも肯定とも取れる低い声を返した。
ジョンは半ば冗談めかして告げる。
「念のため忠告しておく。……竜に“性的な意味”で襲われぬよう、注意することだ」
「~~っ!!」
アウレリアは真っ赤になり、慌てて手を振る。
リンドウは逆に面白そうに鼻息を鳴らし、まるで「可能性は否定しない」とでも言うように彼女を見つめていた。
その光景に、研究者たちは冷や汗を垂らしながら記録を取り続けるしかなかった。
/*/ ナザリック・実験場 /*/
氷の吐息が白く揺らぎ、霜の白竜ヘジンマールがアウレリアの前で低く唸った。
かつては敵意を向けていたその瞳が、今は柔らかな光を宿している。
「……小さき竜の血よ。
貴方を我が同胞と認めよう」
その声に、アウレリアは胸を押さえ、思わず微笑んだ。
「ヘジンマールさん……ありがとう。私……ずっと、あなたのように強くなりたいと思っていました」
巨竜は喉を鳴らし、満足げに目を細める。
その後ろに控えていた三人のエルフの娘たち――彼に仕える供回りが、同時に一歩進み出て、膝を折った。
最初に口を開いたのは、短く切り揃えた髪の魔法使い風の少女。
「……僕はアイク。魔術の心得があります。以後、姫殿下のお傍にてお力となりましょう」
続いて、しなやかな体躯に弓を背負う長身の娘が、柔らかに頭を垂れる。
「セルナデーナと申します。森の道を知り、矢を放つことに長けております。
どうか、影から姫様をお守りさせて下さい」
最後に、白いローブをまとった神官の娘が、胸の前で手を組む。
「クアイクと申します。祈りと癒しをもって、姫様のお役に立ちとうございます」
アウレリアは目を瞬かせ、思わず両手を振った。
「そ、そんな……! 私なんて、まだ竜王国を守ることもできていないのに……」
だが三人は揃って微笑み、まるで巫女のように彼女へ頭を垂れる。
背後のヘジンマールが一声、低く咆哮した。
――「従え」という命令にも等しい声音。
アウレリアは小さく肩を震わせたが、やがて三人の視線と、巨竜の眼光を受け止めて頷いた。
「……分かりました。アイクさん、セルナデーナさん、クアイクさん。……よろしくお願いします」
こうして、竜とその眷属、そして三人のエルフは一様にアウレリアを“主の仲間”として認めたのである。
/*/ ナザリック地下大墳墓・執務室(密談) /*/
薄暗い室内。
アルベドが帳簿を閉じると、椅子に腰かけたデミウルゴスが微笑を浮かべていた。
「アルベド。……ここだけの話をいたしましょう」
「なにかしら、デミウルゴス」
「ヘジンマールとアウレリア。
竜と竜の血を引く姫……両者が恋仲となり、子を成す。
その子こそ、"始原の魔法"を宿す可能性が最も高いのではと……私は考えております」
アルベドの金色の瞳が揺れる。
「……つまり、御身は"繁殖実験"を?」
デミウルゴスは恭しく手を組む。
「表立っては口にできませぬが……。
もし成功すれば、至高の御方の御力をさらに高める新たな資源となるでしょう。
未来永劫、ナザリックを守護する血脈。これほどの宝が他にありましょうか?」
アルベドは沈黙する。
普段なら一蹴する提案。だが――"至高の御方のため"という言葉が彼女の心を揺らす。
「……姫をそのように扱うのは、ジョン様は望まぬことでしょう。
けれど……もし自然に、彼女自身の意志で、竜と結ばれるなら……」
デミウルゴスは満足げに頷き。
「ええ。強制は致しません。
しかし――恋慕の芽を育てる程度ならば、環境を整えるのは我らの務めかと」
アルベドは瞼を伏せ、胸の奥にざらついた思いを抱えながらも言う。
「……至高の御方のためになるのならば。
その未来が本当に叶うのなら……見過ごすわけにはいかないわね」
二人の悪魔的な守護者が、静かに同意する。
誰にも聞かれぬ密談の中で――ナザリックは新たな思惑を孕み始めていた。
次回!
アウレリアは私の母になってくれたかもしれない女性だ!
第79話:赤い三重苦
もとい
第79話:それは母性!
次回もお楽しみにね!