オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ ナザリック地下大墳墓 第9階層 /*/
重厚な扉が開く音。
病弱な姫のために整えられた客間に、白きドレスを纏うアルベドが姿を現した。
「アウレリア姫。ご機嫌いかがかしら?」
椅子に腰かけていたアウレリアは、立ち上がって小さく礼をする。
「アルベド様……はい。おかげさまで、とても快適に過ごしております」
部屋は絹と香で満ち、王宮にも勝る待遇だった。だが、アルベドの瞳にはただの“賓客”を見る色ではない。どこか母性にも似た柔らかさが混じっていた。
「無理はしないでちょうだい。あなたの体は……いえ、あなたという存在そのものが、とても貴重なのだから」
「……貴重、ですか?」
「ええ。竜の血を宿しながらも人の姿を持つ。あなたは、未来を繋ぐ鍵になり得る」
アウレリアは不思議そうに瞬きをした。
(……未来を繋ぐ……?)
アルベドはふと微笑み、少し身を屈めてアウレリアの黒髪に手を伸ばす。
その仕草はまるで子供を撫でる母のようで――しかし底に潜む意図を知れば恐ろしくもある。
「あなたの幸せを願う者が、ここにはたくさんいるわ。……だから安心して」
アウレリアは少し頬を赤らめ、困惑気味に俯く。
「……ありがとうございます。けれど、私は……竜王国から差し出された身。幸せを願うなど、贅沢かと……」
アルベドは瞳を細め、低く囁いた。
「いいえ。むしろ――“幸せになること”が、我らにとっても価値があるのよ」
その言葉の意味を、アウレリアはまだ理解していなかった。
/*/ ナザリック地下大墳墓・研究区画 /*/
魔導国の研究区画。
アウレリアが静かに書き物をしていると、背後から軽やかな声がした。
「ふむ……姫君はすっかり、アルベドの庇護下にあるようだな」
金の瞳を光らせて現れたのはジョンだった。
アウレリアは驚き、慌てて立ち上がる。
「ジョン様……! アルベド様が、よく私を気にかけて下さるのです」
ジョンは肩をすくめ、どこか呆れたように笑う。
「気にかける、ね。……彼女の“気にかける”は、ただの保護欲ではないよ」
アウレリアが不思議そうに首を傾げる。
そこへ、まるで見計らったようにアルベドが現れた。
「まあ、ジョン様。……何を言っているのかしら?」
「とぼけるな、アルベド。お前の“優しさ”が妙に母親めいているのは見ていて分かる」
アルベドは微笑んだまま涼しい顔。
「姫が愛らしいから当然でしょう? ……それとも、ジョン様は嫉妬しているのかしら」
「はっ。ばぶばぶしたいなら、ルプーに甘えるよ」
ジョンは顎に手を当て、金の瞳でじっとアルベドを見た。
「――竜は多情だ。ましてや若き姫の側に、雄竜が二頭もいる。
過保護が“繁殖計画”に変わらぬように気をつけろよ」
一瞬、アルベドの微笑が固まる。
しかしすぐに優雅な仕草で髪を払い、笑顔を取り戻す。
「……流石は至高の御方。愚かな私たちの事などお見通しでしたか」
ジョンは「やれやれ」と言わんばかりに肩をすくめる。
「俺に隠し事をするな。……強制は許さん。だが、自然に結ばれるなら――止めはしない」
その言葉に、アルベドの金の瞳が愉悦と野心の色を帯びる。
「ええ。もちろん……“自然に”」
傍らで会話を聞いていたアウレリアは意味を測りかね、ただ不安げに俯くのだった。
/*/ 魔導国 /*/
巨大な竜の気配が渦巻く竜舎。
アウレリアは研究者の立会いの下、再び“竜血共鳴”のために呼ばれていた。
白銀の巨体――霜の白竜ヘジンマールが彼女の前に姿を現す。
その眼差しは、奇妙な庇護の色を帯びている。
「……また来たか、小さき同族よ。
貴方の血の鼓動は、不思議と僕を落ち着かせる」
アウレリアはかすかに微笑んだ。
「ありがとうございます、ヘジンマール様。私も……貴方と並び立つことを、光栄に思います」
そこへ、鋭い翼音が響く。
群青の鱗を纏った知恵ある竜――リンドウが着地した。
その威容は騎竜であるにもかかわらず、主ジョンすら驚かせる忠誠を誓った存在。
「アウレリア姫」
低い声が響く。
「先日の共鳴で、我が力は新たな境地へと至った。……それは、貴女のおかげだ。
ゆえに――貴女を“仲間”として認める」
その言葉とともに、リンドウは大きく翼を広げ、まるで忠誠の証のように頭を垂れた。
「……貴女に牙を剥く者あらば、我が牙と炎で滅ぼそう」
研究者たちがどよめく。
竜が“人間”に対してここまで明確に忠誠を誓うなど、前代未聞だった。
しかし、その様子を見ていたヘジンマールが、低く唸り声を漏らす。
「……貴方もか、リンドウ。
僕が庇護を誓った同族に、騎竜が牙を捧げるとはな」
リンドウの双眸が細まり、冷ややかな光を帯びる。
「同族だろうが、血を分け合うものだろうが……彼女は守るべき存在。
竜の敵は竜だ」
巨竜二頭の視線が、火花を散らすように交差する。
アウレリアは慌てて手を振った。
「お、落ち着いてください! 私は……皆さまのお力をお借りする立場で……」
だが彼女の制止も、竜たちの対抗心を和らげはしなかった。
ヘジンマールは鼻息を荒くし、リンドウは静かに身構える。
その緊張を打ち砕くように、研究区画の入り口からジョンが現れる。
金の瞳が周囲を見渡し、やれやれと肩をすくめた。
「……だから言ったろう、アウレリア。
竜は多情だ、と」
彼の皮肉めいた声に、周囲の空気がさらに張りつめていくのだった。
/*/ 魔導国 /*/
ジョンの言葉に場の空気が張りつめたその時――
「――あの、姫様ぁぁ!」
慌てたように駆け込んでくる三つの影。
ヘジンマールの供回りであるエルフ三人娘、アイク・セルナデーナ・クアイクである。
「……あれ? なんか……空気重くない?」
魔法使いのアイクが、眼鏡を押し上げながら小声でつぶやく。
セルナデーナは弓を抱え、唇を歪めて笑った。
「うわ、これは……竜同士の“牽制合戦”ってやつじゃない?」
クアイクは神官服の袖で口元を隠しながら、わざとらしくため息をついた。
「まあまあ。姫様も大変ですね。いきなり竜のお婿候補が二人も名乗り出て」
「なっ……!? ち、違います! 私はそんな――!」
アウレリアが慌てて首を振る。頬が赤く染まるのを隠せない。
三人は顔を見合わせ、くすくすと笑った。
アイクがにやりと指を立てる。
「はいはい、じゃあ僕らで判定してあげるよ。竜婿トーナメント、開幕ってね」
セルナデーナが肩をすくめ、リンドウを顎で指す。
「こっちは冷静で誠実タイプ。忠誠心ばっちり。……“旦那にするなら安定株”」
次にヘジンマールへ視線を送る。
「で、こっちはのんびりだけど実は強いがすごい。……“尻にしくならこっち系”かな」
クアイクが頬杖をつきながら、にこりと笑う。
「どっちも一長一短。姫様の好みによるんじゃないですかぁ?」
アウレリアは両手をぶんぶん振り、顔を真っ赤にした。
「や、やめてくださいっ! そんな話じゃありませんっ!」
二頭の竜が同時に鼻を鳴らす。
リンドウは低く、誇り高く。
ヘジンマールは荒々しく、しかし挑むように。
「……選ばれるのは、僕だ」
「否。我こそが」
床が震え、石壁がわずかに軋む。
三人娘も冗談めかしていた顔を引き締め、思わず一歩退いた。
その場を制したのは、冷徹な声だった。
「――やめろ」
ジョンの金の瞳が竜たちを射抜く。
圧倒的な威圧感に、二頭は鼻を鳴らしつつも口を閉じた。
「……竜どもの多情は承知している。だが今ここで競うのは“伴侶”ではない。
我らが求めているのは、竜血の共鳴現象の本質だ」
ジョンが静かに手を掲げると、後方からエルダーリッチの研究者カジットが進み出る。
その眼窩の奥で青白い光がゆらめいた。
「……殿下。竜と姫との間に生じる“感情的な同調”――これ自体が実験対象となり得ます」
「なるほどな。竜血共鳴は、単なる魔力の結合ではない。
意志や感情が絡み合うことで強化される可能性がある、というわけだ」
ジョンは短くうなずき、再びアウレリアへと視線を向けた。
「アウレリア。……お前は恐れているか?」
彼女は小さく震えながらも、真っ直ぐに答える。
「……はい。でも……竜王国を守るためなら……私はこの身を使います」
リンドウとヘジンマールが同時に目を細めた。
互いに敵意を隠しきれないが――それでも彼女を“仲間”と認めつつある気配が伝わる。
ジョンはゆっくりと宣言する。
「次の段階に移る。
竜と竜血姫の共鳴実験――その拡張を開始する」
竜舎に重々しい沈黙が落ちる。
遊びのように見えたやり取りは、すでに取り返しのつかない研究の一端となりつつあった。
/*/ ナザリック地下大墳墓 /*/
白銀の鱗に覆われたその竜――フロスト・ドラゴンの女王、キーリストラン=デンシュシュア。
ヘジンマールの母にして、ナザリックに下ったアゼルリシア山脈の支配者の1柱だった存在である。
研究台に並んだ観測器具を前に、カジットが低く言った。
「本日の対象――フロスト・ドラゴン、キーリストラン殿。
条件は単純です。竜血姫を接触させ、“雌竜としての情動”の変化を観測します」
アウレリアの指がわずかに震える。
その震えを見て、背後のヘジンマールが鋭い声を発した。
「……母さんを使うのか」
ジョンが横目をやり、淡々と応じる。
「共鳴は竜種に限らぬ。まして、母竜ほどの存在ならば――感情の波こそ最も重要な観測対象だ」
ヘジンマールは唸り声を漏らすが、母の視線に遮られた。
キーリストランの金剛の瞳が、アウレリアを射抜いていた。
その目は敵意ではなく――試すような光を孕んでいた。
「……近う寄れ、人の姫よ」
冷気に満ちた声が、研究区画全体を震わせる。
アウレリアは一歩、また一歩と歩み出た。
やがて、竜と人が正面から対峙する。
その瞬間――。
空気が凍りつき、観測器具が震え始める。
水晶に刻まれた数値が急上昇し、研究者たちが声を上げた。
「感情波……母性反応……!? まさか竜の女王が人間に――」
キーリストランの瞳が細められる。
やがて巨体を低く伏せ、冷たい鼻面をアウレリアに近づけた。
「……おまえ。竜の血を宿す異邦の姫。
なぜか……懐かしさを覚える。まるで己が子を見ているかのように……」
アウレリアの胸が熱を帯び、無意識に手を伸ばす。
指先が竜の鱗に触れた瞬間、共鳴の波動が爆ぜた。
水晶が砕け散り、魔封じの結界が軋む。
研究者たちは一斉に叫んだ。
「これは……母子共鳴!? 女竜の感情波と竜血が同調している!」
ヘジンマールが息を呑む。
「母さんが……人間を“子”と認めるなど……!」
キーリストランは長い吐息をつき、静かに言葉を落とした。
「……この娘。もしお前が傍におらねば……私が己の翼で庇っていただろう」
アウレリアはただ、竜の眼差しを受け止めるしかなかった。
母としての情愛に似たものが、確かに彼女に向けられていた。
ジョンはその光景を眺め、低く呟いた。
「――面白い。竜の女としての本能すら揺さぶるか。
……これは“異能の芽”だな」
研究者たちは震える手で残された記録を掻き集めながら、声をそろえた。
「さらなる実験を! 今度は竜の“愛情波”を――!」
だが、その言葉をジョンが手で制した。
「焦るな。姫を壊すな。
……次に測るべきは“雌としての情動”――愛か、憎悪か。
それが彼女の異能を目覚めさせる鍵となろう」
地下の空気が張り詰めた。
母竜と人の姫の共鳴。
その結果は――研究者たちが予想だにしなかった、“竜の母性”という新たな扉を開いてしまった。
/*/ 実験区画・竜血共鳴観測 /*/
キーリストランとの母子共鳴の余波。
水晶が砕けた後も、区画にはなお竜と人の鼓動が重なり合う気配が漂っていた。
「――来るぞ」
ジョンが低く告げた瞬間。
アウレリアの全身が光に包まれた。
黄金の瞳が竜の紋を帯び、黒髪が宙に広がる。
竜血が完全に顕現し、彼女の体内で眠っていた力が目を覚ました。
「……これは……!」
カジットが叫ぶ。
「魔力密度……数値が異常です! 人間どころか、竜種の限界を超えている!」
アウレリアの唇が震え、声が漏れる。
「わたしは……竜王国を……守りたかった……」
その祈りに応じるように、大地が鳴動した。
天井すら越えて広がる不可視の膜が形成され、研究区画を覆い尽くす。
触れた者すべてを拒絶する――完璧な絶対障壁。
デミウルゴスが眼鏡の奥で目を細める。
「……これは……《始原の魔法》。
発動条件は“世界の意思を貫く祈り”。
だが、彼女が望んだのは攻撃ではなく――防御か」
ヘジンマールが母竜と視線を交わす。
二体の竜すら障壁を破れぬことを悟ったのか、わずかに頷いた。
ジョンは静かに歩み寄り、障壁に触れる。
その指先すら弾かれた。
だが彼はやれやれと肩を竦める。
「なるほどな……。
“始原”を得ながら、その力を守るためだけに用いるか。
お前らしい」
光が収束し、アウレリアは崩れるように膝をついた。
障壁もまた消え去る。
研究者たちは熱に浮かされたように叫んだ。
「成功だ! 始原の魔法の顕現に成功した!」
「だがなぜ一系統のみ!? 攻撃も転移もなく、防御に特化しているとは……!」
ジョンが彼らを制すように手を上げた。
「勘違いするな。
これは“欠陥”ではない。――願望の形だ」
アウレリアは荒い息を整えながら、しかし確かな声で言った。
「わたしは……竜王国を……二度と滅ぼさせない。
だから……守る力だけで、いい」
その宣言に、竜たちの眼差しは静かに変わっていった。
敵意や観察の対象から――いつしか、敬意と庇護の色を帯びて。
ジョンは最後に呟いた。
「……“世界絶対障壁”。
これが、お前に与えられた始原の姿か」
地下研究区画に、重い沈黙が落ちた。
それは一つの発見であると同時に――誰も知らぬ未来の鍵を示す出来事だった。
/*/ ナザリック地下大墳墓・実験観測室 /*/
淡い光が収束し、アウレリアは膝をついて荒い息を吐いていた。
その周囲にはまだ残滓のように結界の痕跡が漂い、触れようとした研究者たちを容易く弾き返す。
「……この防御、突破不能ですね」
セバスが低く呟く。
「わたしの竜爪ですら、一切通じません」
アルベドが唇を噛む。
「アインズ様の【リアリティ・スラッシュ】をも防ぐとは……」
デミウルゴスは眼鏡を押し上げ、目を細めた。
「《始原の魔法》。しかも“防御”において純粋極まる形態……。
もはや小細工の類ではない、概念そのものを拒絶している」
その時、ジョンが口を開いた。
彼は障壁の痕跡に手を翳し、目を細める。
「……この感触。どこかで覚えがあるな」
研究者たちが息を呑む中、彼は静かに言葉を継いだ。
「――白金の鎧。リク・アガネイアが操っていた、あの不可思議な結界だ」
室内の空気が凍りついた。
「リク……アガネイア?」
カジットが声を震わせる。
「13英雄と呼ばれた男では……?」
ジョンは首を横に振った。
「違う。あれは“ただの人間”ではない。
この結界を形成できるのは、同じ系統の力を持つ存在のみ。つまり――竜王の系譜が関与していた」
アルベドの金の瞳が大きく揺れる。
「……まさか……白金鎧の背後に竜王が?」
デミウルゴスは口角を僅かに吊り上げた。
「ふふ……となれば“人間最強”の虚像も納得がいきますな。
竜王が人間を操り、切り札として使っていたとすれば……」
ジョンは視線をアウレリアに落とした。
彼女の胸の奥に眠る“始原”と、竜王が扱っていたであろう武具・鎧――その因果が頭の中でつながっていく。
「……竜王。やはり裏にいるのか。
あの鎧は、竜王の意思を人間に与えた“傀儡”の器に過ぎなかった――」
アウレリアはまだ息を整えながら、それでも首を振った。
「……けれど……わたしは……あの人たちとは違う……。
竜王国を……守るために、この力を使う……」
その決意に、室内は再び静まり返る。
だがジョンの脳裏には新たな確信が芽生えていた。
――白金鎧。あれを操っていた“リク・アガネイア”なる者の背後には、必ず竜王がいる。
そしてその竜王こそ、アウレリアの存在と“始原の魔法”を巡る次なる脅威であると――。
アブホースとアザトースって似てるよね?(名前がw
次回!
第80話:進化ぁっ!?
ほのぼのしたーい!