オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ ナザリック地下大墳墓・
天井は見上げるほど高く、黒曜石の柱が林立する。
壁一面に積み上げられた無数の魔導書と、宙に浮かぶ光の魔符が空間を幽玄に照らしていた。
その中央、骨の指で羊皮紙を翻しながら声を発する者がいる。
幾世紀を生きた(と言う設定の)スケルトン・メイジであり、アインズ・ウール・ゴウン直属の知識管理者だ。
「……結論から申しましょう」
乾いた声が広間に響く。
「NPCにおける“レベルアップ”は、器を作り直す行為に等しい。
即ち、定められた仕様を超えた“成長性”の獲得に他なりません」
集まっていたのは、ナザリックの上位守護者の一部。
皆が息を潜めるように耳を傾ける。
ティトゥスは骨の指で三枚の羊皮紙を並べた。
「第一に――リンドウ。
彼女はこの世界に生まれたアウレリアと魂の共鳴を果たしました。
本来、NPCは“完成された器”ですが……共鳴によって器が再構築され、一次発生・生命と同じ“成長性”を獲得したのです」
「第二に――ジョン・カルバイン様。
彼は“意思が力を持つ存在”、すなわちブラックホール・アザトースの端末との接触を経て、
『強くなりたい』という内なる渇望を鍵とし、成長性を解放しました。
その結果――至高の御方はレベル101へと至ったのです」
ざわりと空気が揺れる。守護者たちの中には目を見開く者もいた。
「第三に――ルプスレギナ。
彼女は直接ではなく、主であるカルバイン様が“外気と内気を合一させた……この世界との合一の”影響を受けました。
契約ラインを通じて魔力が共振し、従属する使い魔である彼女もまた、己の限界を突破したのです」
ティトゥスは一旦口を閉ざし、静寂の中で羊皮紙をぱさりと伏せた。
「……以上が、我らが観測し得た結論です。
これは偶発的な奇跡ではなく、明確な“理の変革”の証左。
この世界そのものが、異質な意思に触れたことで進化し始めている――と、そう結論付けられます」
その言葉に、広間は深い沈黙へと沈んだ。
「……理が変わる、ですって」
アルベドの声音には、普段の冷徹さに混じって一瞬の震えがあった。
「面白いではありませんか」デミウルゴスは口角を上げ、眼鏡の奥で炎を揺らす。
「この世界が進化する……ならば我らが至高の御方こそ、その進化の頂点に立たれる存在となりましょう」
シャルティアは血の匂いを嗅ぎ取ったかのように身をよじり、コキュートスは黙然と武器を握り直す。
――そして。
「……つまり」モモンガはゆっくりと頷いた。
(やばい……正直ほとんど理解できなかったぞ……! でもここで“わからん”なんて言えるわけない!)
「ふむ。お前の報告はしかと受け取った。世界の変革――それは我らにとっても新たな好機だろう」
骨の王の威厳に満ちた声音に、守護者たちは一斉に頭を垂れた。
ティトゥスは羊皮紙を伏せ、骨の顎をわずかに上げる。
その眼窩の奥で青白い灯火がゆらりと揺れ、言葉に冷たい重みを宿した。
「……そして、我が王よ」
「この“成長性”という現象は、単発の事象に留まらぬやもしれません。
器が書き換わることを許した世界は、すでに固定された理を手放しました。
ならば――次に器を超えるのは、我らの誰かかもしれぬ。あるいは……この世界そのものかもしれませぬ」
ぞわり、と守護者たちの背筋を冷気が走る。
「進化は連鎖し、拡がる。
芽吹いた変革はやがて、既知の理をも覆す大樹となるでしょう。
それが栄光をもたらすのか、災厄を呼ぶのか――今はまだ判じ得ませんが」
ティトゥスは深々と跪いた。
「ただひとつ確かなのは……その変革の中心に座すべきは、我らが至高の御方である、ということ」
広間に重苦しい沈黙が落ちた。
ティトゥスの声は消えてなお余韻を残し、空気を震わせる。
最初に動いたのはアルベドだった。
彼女は胸の前で手を組み、涙に濡れたような瞳でモモンガを見上げる。
「……やはり、そうなのですね。我らが至高の御方こそ、この世界の理を導く御方……!
この“進化”は、王の栄光を示すための舞台装置に過ぎない!」
隣のデミウルゴスは、指先で眼鏡を持ち上げながら微笑む。
「なるほど……進化は連鎖する。つまり、御身の存在そのものが、この世界の摂理を書き換える触媒だということ。
これは千載一遇の好機。御身の意志ひとつで、世界の理そのものを設計し直せるのです」
コキュートスは重々しく頷き、氷の如き声で呟いた。
「フッ……進化、カ。コレホド 名誉アル 戦イハ ナイ……。
至高ノ御方ト共ニ 我ラモ 鍛エラレヨウ」
その一方で、シャルティアはわなわなと震えていた。
「う、うふふ……さすがはご主人様! わたくしの血の欲望も……進化してしまうかもしれませんわぁ!」
マーレはおずおずと顔を上げる。
「で、でも……もし進化が広がって……敵も同じように強くなったら……」
その言葉に、一瞬場が凍る。
だがすぐにアルベドが微笑み、モモンガを見やる。
「――その時こそ、我らの忠誠が試される時。
御身を中心に、進化の連鎖を“支配”すればよいのです」
その瞬間、広間の全員が一斉に跪き、声を揃えた。
「「「――我らが至高の御方、アインズ・ウール・ゴウン万歳!」」」
歓喜と畏怖の熱が渦を巻き、最古図書館の石壁すら震えるかのようだった。
歓声の渦が広間を震わせる中、モモンガは静かに玉座の肘掛けに手を置いた。
骸骨の顔は当然、表情を欠いている。だが――その沈黙すら、威厳と畏怖を帯びて映った。
「……なるほど」
低く響く声が広間を満たす。
「ティトゥスの言は、我が考えと合致する。
この進化は偶然ではなく、必然。ならば我らが支配し、利用せねばなるまい」
その言葉に守護者たちは一層の熱狂を見せ、深々と頭を垂れる。
だが――。
モモンガの心中は、全く別の方向で煮え立っていた。
(な、何だよ進化の連鎖って!? 器を作り直す? 理の変革? そんな話、聞いたことないぞ!?)
(おいおいおい……NPCのレベルアップなんて、本来ありえない仕様だろ!? 運営さんも教えてくれなかったし……これ、バグ? それとも世界そのものの仕様? うわぁ、また変な方向に進んでないかこれ!?)
守護者たちの熱に当てられ、モモンガは思わず背筋を正す。
(い、いや待て……ここで慌てるわけにはいかん。こいつらは私の一言一句を“神託”だと思ってるんだ。ええい、仕方ない。ハッタリでもなんでもいい、とにかく堂々と――!)
骸骨の眼窩に赤光が瞬いた。
「我が名を冠するナザリックに集う忠臣たちよ」
「「「はっ!」」」
「進化が更なる進化を呼ぶのならば――それもまた、我らの支配に組み込む。
この理を統べるのは、我が名――アインズ・ウール・ゴウンに他ならぬ!」
雷鳴のごとき声に、守護者たちは感涙をもって応じた。
だがモモンガの内心は、冷や汗でずぶ濡れである。
(あーっ! また格好つけちゃった! これ絶対あとでツケが回ってくるやつだ!)
守護者たちが熱狂の声を上げ、床に伏して歓喜する中――。
モモンガはゆっくりと、まるで全てを見通しているかのように頷いた。
その赤い光が瞬く骸骨の眼窩に、畏敬の念を抱かぬ者は一人もいない。
……だが。
(おいジョンさん!聞こえますか!?)
《メッセージ》
内心は焦りに満ちていた。
(なぁこれ、どういうことだ!? “理の変革”とか“成長の連鎖”とか言ってたけど、俺ホントに何も知らんぞ!? ヤバくないか!? 守護者たち、完全に俺が全部把握してると思ってるぞ!?)
返ってきたジョンの声は落ち着いたものだった。
『落ち着いてください、アインズ様。守護者たちは“理解できないことを理解している風に話す”アインズ様をこそ信じているのです』
(いやいやいや! それ今すごいバッサリ言っただろ!? っていうか、このままじゃ俺、何でも知ってる万能存在扱いなんだけど!? これ以上ハッタリ重ねたら死ぬ! 二回目の死が来る!)
『大丈夫です。
要するに「さらなる進化の可能性を見越していた」と言い切れば、誰も疑いません』
(そんな雑な理屈でいいのか!? ていうか、なんでお前の方が落ち着いてるんだよ!? 私が上司だぞ!?)
ジョンは小さく笑った。
『アインズ様が“上”に立っているからこそです。
部下は、上が揺るがないと信じたいものですから』
(ぐっ……! 妙に説得力あること言いやがって……!)
外側のアインズは――堂々と両手を広げ、声を張り上げる。
「この進化の理を、我らは既に見越していた!
ゆえに恐れる必要はない。すべては――我らの支配のもとにある!」
歓声が爆発した。
その熱気の中、ジョンとのメッセージはまだ続いていた。
(……頼むから次は先に説明してくれよ。心臓に悪すぎる)
『いやーこんな事になってるとは俺も思いもしなかったよ』
骸骨の王の宣告は、黒曜石の壁に反響し、雷鳴のように轟いた。
次の瞬間――。
「おおおおおおおおっ!!!」
守護者たちが一斉に床へ額を叩きつける。
マーレは感極まったように涙を流し、アルベドは恍惚とした顔で両手を胸に当て、デミウルゴスは眼鏡を押さえながら全身を震わせている。
「さすがはモモンガ様……! やはり全てを見通しておられた……!」
「この御方こそが、我らを進化へと導く唯一の支配者……!」
「偉大なる叡智、至高なる支配者、我らがアインズ・ウール・ゴウン様万歳!」
声が渦となり、歓喜が嵐のように吹き荒れる。
床に伏すシャルティアは、頬を赤らめながらうっとりと呟いた。
「モモンガ様の御言葉……骨身に染み入りますぅ……」
コキュートスは氷の顎を震わせ、地を割るような声で叫ぶ。
「モモンガ様ノ威光ニ――死スラモ膝ヲ折ルッ!」
歓呼の連鎖は止まらなかった。
守護者たちは互いの声をかき消すほどに賛美を捧げ。
その全てはただ一点――玉座の王モモンガに集約されていた。
/*/ カルネ・ダーシュ村 /*/
炭焼き小屋の工事が一段落した頃、村の子供たちがわらわらと駆け寄ってきた。
「お、おい! なんで! なんで冬なのに緑があるんだ!?」
「みてみて! トマト! 赤くなってるよ!」
「きゃー! あったかい! ここだけ春みたい!」
南国ハウスの中は小さな楽園のようで、子供たちは土に手を突っ込んで大騒ぎしている。
外では犬が鼻をひくひくさせ、村の猫たちが「むむ、この匂いは……」とガラスの向こうをぐるぐると回っていた。
村人たちも集まり、寒風吹きすさぶ外とは別世界の暖かさに目を丸くする。
「……リーダー、やっぱり変なもん作るなぁ」
と、ヤーマがため息まじりに笑った。
するとコークスが腕を組んで言う。
「でも、これなら冬でも食べられる作物が増える。いや、増えすぎるかもしれん……」
ナーガンは顔をしかめ、頭をかく。
「うちのリーダー、戦場から帰ってきて真っ先にやるのが“農業実験”ってのはどうかと思うんだが……」
「いやいや、もはや恒例行事だろ?」
とマッシュが笑う。
「リーダーが帰ってきたら村がちょっと便利になってる。俺らも慣れたもんだ」
「……まあリーダーだから、しょうがない」
最後にサぺトンが締めくくり、皆が妙に納得してしまった。
その頃、炭焼き小屋では小さな煙が立ちのぼっていた。
窯の排煙口に取り付けられた木酢液の採取装置から、しずくがぽたぽたと垂れ落ちる。
それを手に取ったコークスが、不思議そうに鼻を近づけた。
「……なんだ、この匂いは。酸っぱいような、甘いような……」
「害虫よけに効くらしいぞ」
とナーガンが横から口を挟む。
「それに……薬や保存料にもなる。将来は、村の強みになるかもしれん」
さらに、ハウスの端に並ぶ植物は、ユグドラシル由来の品種と、この世界の在来種が混植されていた。
それは単なる“趣味の園芸”ではなく、やがて来る大きな需要に備えた――食糧供給の切り札。
ジョンが夢見る「ほのぼのファンタジーライフ」の中に、密やかな未来の布石が埋め込まれていた。
/*/ カルネ・ダーシュ村・ほのぼの続き /*/
「今日はトマト祭りだー!」
子供たちの叫び声とともに、村の広場に人が集まってきた。
南国ハウスで最初に実った真っ赤なトマトが収穫され、村をあげてのお披露目会である。
「おお……こんなに甘いとは!」
「冬なのに水々しいぞ!」
「これは……酒に合う!」
試食した村人たちは一斉に歓声をあげ、早くも加工品の案が飛び交い始める。
「干して保存できんか?」
「いや、ジュースにしたらどうだ!」
「いやいや、トマト鍋だろ!」
──気づけば村の主婦たちが火を起こし始め、鍋が並び、まるでお祭りのような賑わいとなった。
そんな中、ナーガンは真剣な表情でスパイスの壺を抱えていた。
「……ついに来たな、トマトカレー計画」
「また始まった」
とマッシュが呆れる。
「カレーさえあればこの村は無敵になる。俺はそう信じてるんだ」
「信じるのは勝手だが、胃袋を実験台にされる村人の気持ちも考えろよ」
一方、炭焼き小屋の方では、コークスが立ち昇る煙をじっと見守っていた。
「……うむ、いい炭が出来そうだ」
「コークス、真剣だなぁ」
とヤーマが笑う。
「村の仕事を任されたんだ。手を抜けるか」
「その割には未亡人さんと手を取り合ってる姿を、昨日見たけど?」
「な、なんで知ってる!」
「村は狭いんだよ!」
二人のやり取りに周囲の子供たちが笑い転げる。
そこにサぺトンが本を片手に現れた。
「……皆、のんびりしているな」
「サぺトン、お前も食えよ。ほら、トマト」
差し出された真っ赤な果実をじっと見つめたサぺトンは、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「……いただこう」
その瞬間――どこからともなくリーダー、ジョン・カルバインの声が響いた。
〈おお! 初収穫か! おめでとう!〉
メッセージ魔法を通じた声に、村人たちは空を仰ぎながら笑顔で手を振った。
「リーダーがまた遠くに行ってても、俺たちはやっていけるな」
「……ああ。戻ってきたときに、もっと大きな村を見せてやろうぜ」
村の人々の声は、冬の空に白い息となって立ちのぼり、どこまでも広がっていった。
/*/ カルネ・ダーシュ村の小さな事件簿 /*/
1.子供たちのイタズラ騒動
村の広場に、怪しい張り紙が貼られていた。
【本日午後、村長の家の前に金貨が落ちています。拾った人は自由に使ってよし!】
「な、なんだこれは!?」
朝からざわつく村人たち。
けれど実際に出てきたのは――藁で作った偽物の金貨。
「また子供たちの仕業か!」
ヤーマが眉をひそめ、子供たちは隅で「きゃー!」と笑い転げていた。
「……まあ、戦もない村じゃ、こういう騒ぎも必要かもしれん」
とサぺトンが本を閉じながら苦笑する。
「でもさぁ、村長の家の前に置くのは悪質だろ。……俺が見に行ったら、金貨どころか泥団子を踏んじまったんだぞ!」
コークスが靴を見せると、子供たちはさらに大爆笑。
結局、子供たちは罰として「一週間、南国ハウスの水やり係」に任命された。
皆さんは気づいているだろうか?子供たちが読み書きが出来るようになっている事に。
2.動物たちと南国ハウス攻防戦
その日の夕方。
水やりのためにハウスへ向かった子供たちが、悲鳴をあげて戻ってきた。
「だ、誰かー! ハウスがヤバい!」
駆けつけてみれば――
野良のヤギや、なぜか村の犬や猫までが、南国ハウスの周りに集まってガラス越しに中を覗いていた。
真っ赤に実ったトマトや青々とした葉物が、彼らのよだれを誘っているらしい。
「おい! ヤギが屋根に登ってるぞ!」
「猫まで! お前ら、トマト食う気か!?」
「やめろー! ハウスは村の命なんだぞ!」
村人と動物たちの攻防戦が始まった。
コークスが大声をあげて追い払うも、ヤギは器用にビニールを噛もうとする。
マッシュは水堀から網を持ってきてバタバタ振り回し、ナーガンはスパイスを撒いて「動物避けだ!」と叫ぶ。
「おい! カレー粉撒くな! 畑がカレー臭になるだろ!」
「香りで防げるかもしれんだろ!」
結局、リーダーに報告される前に、皆で必死に追い払い、ハウスは無事守られた。
最後に子供たちがきちんと水やりを済ませると、村人たちから拍手が送られた。
「今日からお前たちは“ハウス防衛隊”だ!」
ヤーマがそう宣言すると、子供たちは胸を張って「はーい!」と答える。
村は再び笑い声に包まれた。
第8部完!
人を超え、獣を超え、そしてレベルも超える。
獣神変!連載再開はいつだ!
次回より第9部
第81話:レベルを超えて!