オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
第81話:レベルを超えて
/*/ ナザリック地下大墳墓・第6階層《闘技場》 /*/
観客席の上段から見下ろすと、闘技場一面が黒き影で埋め尽くされていた。
そこに並ぶのは骸骨戦士、ゾンビ、ゴースト、果てはスケルトン・ドラゴンに至るまで――
ナザリックの低位シモベたち、数十万の群れである。
「……壮観だな」
ジョンは呟き、手にした宝具を掲げた。
世界級アイテム《強欲と無欲》。
ただひとつの行為――「他者の命を刈り取り、己に還元する」ために造られた禁忌の神器。
その瞬間、彼の周囲に幾重もの魔法陣が展開する。
ナザリックの空気すら揺らす膨大な吸引の力。
――刹那。
ドオオオオオ……ッッッ!!!!
闘技場の大地が震え、無数のシモベたちが次々と崩れ落ちた。
呻きも悲鳴もなく、ただ「存在」という概念ごと奪い尽くされる。
命は霧散し、力は結晶となってジョンの胸中へと還元されていく。
観客席に控えていた守護者たちが一斉に息を呑んだ。
マーレは口を押さえ、アルベドは戦慄を隠さず見つめ、デミウルゴスは眼鏡の奥で瞳を細める。
「……コレガ、《強欲と無欲》」
コキュートスの低い声が響いた。
数万の屍を吸い尽くした直後――
ジョンの体を光の奔流が包み込む。
【レベルアップ】
【レベルアップ】
「……ッ、来たか……!」
ジョンは自分の中に溢れる力を感じ、思わず拳を握る。
数秒後、光が収まったとき――
表示されたステータスは、 103レベル。
闘技場を満たしていた静寂を破るように、守護者たちから歓声が爆発した。
「万歳!」「至高の御方がさらに高みに!」
「理を越え、進化の象徴となられる!」
ただひとり、ティトゥス・アンナエウス・セクンドゥス司書長だけが、低く呟いた。
「……しかし、この方法が繰り返し可能かは未知数。
経験値の供給元が有限である以上、いずれ“代償”が顕れるやもしれませんな」
ジョンは息を吐き、観客席を振り返った。
守護者たちの熱狂を前に、心の奥でひそかに苦笑する。
(……チートじみた実験は、ほどほどにしないとな)
/*/ ナザリック地下大墳墓・第6階層 闘技場 /*/
静寂を切り裂くように、実験場の空気が張り詰めていた。
中央には、硬鋼を幾重にも重ねた巨大な標的――〈魔導強化装甲壁〉。
通常の攻撃ではびくともしない、防御試験用の特注品である。
ジョンは深く息を吐き、両手を胸元で組み合わせる。
「……《天地合一》」
外界から流れ込む気と、自身の体内に巡る気――二つを溶け合わせ、ひとつにする。
途端、空気が重く沈み、彼の背後で光と闇が渦を巻きはじめた。
続いて、静かに足を開き、内なる二極を制御する。
「《静動轟一》」
身体の中で対立する“動の気”と“静の気”が同時に燃え上がり、反発と共鳴が爆発的な推進力を生む。
その力は、まるで全身を二重の雷が走り抜けるかのよう。
「両者、同時運用――実験開始」
ドッ!!
瞬間、地面が沈み込み、ジョンの身体は光の矢のように前方へ。
放たれた拳が標的に突き刺さると――
轟ッ!!!!!!!!
鉄壁が一瞬で砕け散り、破片が嵐のように飛び散った。
衝撃波は実験場全体を揺らし、結界の魔法陣が悲鳴を上げる。
観察席で見守っていた守護者たちも思わず息を呑んだ。
マーレは椅子から転げ落ちそうになり、シャルティアは目を丸くし、デミウルゴスは口元を押さえながら「……理論を超越している」と呟く。
ジョンは砕けた標的の残骸を見下ろし、汗をぬぐった。
拳から立ち上る蒸気が、いまだ力の余韻を物語っている。
「……制御は難しいが、可能だ。
《天地合一》と《静動轟一》――組み合わせれば、破壊力は倍以上。
ただし、身体への反動も……馬鹿にならんな」
彼の足元には、抉れた床とひび割れが蜘蛛の巣のように広がっていた。
砕けた標的の残骸から、まだ白い蒸気が立ち上っている。
実験場の空気は、衝撃の余韻で震えていた。
ジョンは拳を握り直し、ゆっくりと呼吸を整えながら独り言のように口を開いた。
「……威力は文句なしだな。
だが――実戦で使うとなると、問題が多い」
彼は手を胸元に当て、今しがたの工程を振り返る。
《天地合一》――外気と内気を一つに溶かすだけでも、数秒の集中を要する。
そして《静動轟一》――動と静の気をぶつけ合わせ、同時に制御するためにはさらにタメが必要だ。
「二つを合わせると……発動までに、どうしても隙が大きい。
不意打ちや先手を取れる状況ならともかく、正面の戦いで悠長に構えていたら、敵に察知されて終わりだ」
拳を見下ろす。まだ指先が微かに痺れている。
力は強烈だが、その分だけ反動も無視できない。
「それに、身体への負担も大きい。長期戦では致命傷になりかねん。
……つまり――切り札、だな」
彼は砕けた標的の残骸を見やり、静かに頷いた。
「使いどころを誤れば自滅だが、ここぞという場面で叩き込めば……相手を一撃で沈められる。
――問題は、その一撃を“どう通すか”だ」
観察席では、未だ守護者たちがざわめいている。
だがジョンの眼差しは冷静そのもので、次の戦術をすでに思考していた。
/*/ ナザリック地下大墳墓・最古図書館《アッシュールバニパル》 /*/
黒曜石の柱の林立する静謐な大広間。
ジョンは砕けた標的の残骸の記録を携えて、ティトゥスの机へ歩み寄った。
「――発動に時間がかかりすぎる。これでは、使う前に敵に察知される」
「ふむ……《天地合一》と《静動轟一》を二重に重ねるのですから、集中の工程が倍加するのは必然。器の負担も大きい……」
骨の指で羊皮紙をめくりながら、ティトゥスはカラカラと顎を鳴らす。
「……対策としては三つ。
一つ、補助の術式でタメを短縮する。
二つ、前段階を常時維持できるよう肉体を改造する。
三つ、外的要因――つまり他者の支援で発動を補助する」
「三つ目は現実的だな」
ジョンは腕を組んだ。「でも、それだと仲間に依存しすぎる。切り札としての機動性が落ちる」
横から、やたらと誇張した身振りで割り込む声。
「ハハハーッ! Mein Herr! 任せて下さいませ!」
軍服に身を包んだパンドラズ・アクターが、仰々しく指を突き立てた。
「ズバリ! タメを隠せばいいのでございます」
「……隠す?」
「そーデス! 戦場で悠長に気を練っていたら怪しまれる。ならば普段から、軽い呼吸法や動作に“仕込み”を紛れ込ませておくのは如何でしょう」
彼はなぜか舞踏家のように回転しながら説明する。
「例えばMein Herr! 戦闘中のフェイントや回避行動に“静の気”を織り交ぜ、攻撃の構えで“動の気”を込める! 相手から見ればただの戦闘行動、でも内実はタメの工程が進行している――そういう仕掛けでゴザイマス!」
ティトゥスは顎を撫でる仕草をして頷いた。
「……理に適っていますな。つまり、“予備動作を戦闘行動に偽装する”……」
「ふむ……確かに、それなら隙を大幅に減らせるな」
ジョンは考え込む。「ただし――練度が要る。無意識で組み込めるようになるまで、反復訓練だ」
「Mein Herr! その過程こそ芸術!」
パンドラズ・アクターは胸を張り、謎のポーズを決める。
ジョンは額を押さえながらも、わずかに笑みを零した。
「……まぁ、試してみる価値はあるな。実際、呼吸法などは試しているしな」
ティトゥスは首を傾けた。
「呼吸法……なるほど。外気と内気を整合させる工程を“呼吸”に紐づけるのは理に適う。ですが、それを戦闘動作に組み込むとなると……」
「無駄のない動きが求められるな」
ジョンは小さく息を吐いた。「一度でも動きが不自然になれば、敏感な相手には察知される」
パンドラズ・アクターは腕を組み、軍帽を押さえながら芝居がかった口調で言う。
「ならば、Mein Herr! 敢えて“騙し”を演出するのです。戦場での不自然な一呼吸――それが単なる癖なのか、必殺の予備動作なのか、敵には判別できませンぞ!」
ティトゥスは肩をすくめた。
「つまり“虚”と“実”を混ぜるのですな。……クフフ、それならば図書館の戦技記録から、古武術の呼吸法を幾つか参照しましょう」
「俺の役割は、それを体で叩き込むことだな」
ジョンは腕を解き、視線を落とす。「……だが実戦で使うには、少なくとも“静”と“動”を意識せず運用できるようになる必要がある」
「Mein Herr! その暁には! 貴方様の一挙手一投足が、“究極の芸術”と化すのでゴザイマス!」
パンドラズ・アクターは胸を張り、再び意味不明なポーズを取る。
ジョンは深く息を吐き、ティトゥスと視線を交わした。
「……まぁ、研究と訓練の両輪か。しばらくは闘技場に籠ることになるな」
/*/ 第6階層・闘技場 /*/
巨大なドームの中、ジョンは静かに立っていた。
周囲にはアルベド、デミウルゴス、シャルティアら守護者たちが観戦のために陣取っている。
ティトゥスの声が響く。
「――呼吸を乱さず、動作に自然に溶け込ませるのです。目に見える“溜め”を消すのが肝要」
ジョンは目を閉じ、深く息を吸う。
右足をわずかに踏み出すと同時に、“静”の気を巡らせる。
一見すればただの歩法。しかし空気がわずかに揺らぎ、観客席のシャルティアが目を丸くした。
「いまの……ただの一歩に見えたけど、空気の圧が違ったわよ!?」
アルベドは頷き、瞳を細める。
「確かに……彼は一歩ごとに“気”を溜めている。だが、戦闘行動に完全に偽装されているわ」
ジョンは今度は前傾し、回避動作を模した。
左腕を払う――その瞬間に“動”の気が巡り、肩口から熱のような波が奔る。
ドンッ――!
訓練用の標的が一つ、風圧だけで崩れ落ちた。
デミウルゴスが眼鏡を押し上げる。
「……素晴らしい。敵はただの回避行動に見せかけられた“呼吸”に気付けまい」
「Mein Herr! まさに“演技”と“戦闘”の融合ッ!」
パンドラズ・アクターは観客席で椅子から立ち上がり、両手を天に掲げて叫んだ。
ジョンは額に汗を浮かべつつ、吐息を整えた。
「……確かに、タメは隠せる。だが――」
彼は拳を握り込み、標的の残骸を見つめる。
「“静動轟一”の爆発力を、この流れの中で完全に出せるか……まだ不安定だな」
ティトゥスは満足げに頷いた。
「それで良いのです。まずは隙を減らすこと。次は“威力を落とさず、自然に組み込む”段階に移りましょう」
アルベドは目を細め、低く呟いた。
「……ジョン様がここまで磨かれれば……戦場において、もはや誰一人として止められませんわ」
/*/ 第6階層・闘技場 /*/
闘技場に重い沈黙が落ちる。
ジョンは呼吸を整え、再び構えを取った。
「……次は威力を保ったまま、隠し動作に組み込む」
低く呟き、両の掌を胸前で合わせる。
静の気が内に満ち、冷気のような感覚が骨の髄を伝っていく。
同時に、動の気が脈動し、血流と共に全身を駆け巡る。
――天地合一。
――静動轟一。
二つの術式が重なり合い、身体の内側で膨張していく。
「……ッ」
ジョンは奥歯を噛み締める。
気の奔流は制御を逸し、皮膚の下で火花が散るように暴れ始めた。
「ジョン様!」
アルベドが身を乗り出す。
次の瞬間――。
ドゴォォンッ!!
周囲の標的群が爆風に巻き込まれ、木端微塵に砕け散った。
闘技場の石床に放射状の亀裂が走り、砂塵が舞い上がる。
ジョンは膝をつき、荒い呼吸を吐き出した。
胸の奥が焼けるように痛い。内外の気がぶつかり合い、体内で暴発しかけたのだ。
「……くっ……まだ制御が追いつかない」
額から滴る汗を拭うこともできず、ジョンは拳を床に突いた。
ティトゥスが歩み寄り、落ち着いた声で告げる。
「やはり……融合は不安定。静と動の均衡が僅かに崩れるだけで、暴走へと傾く。
しかし――威力は本物。今の一撃ならば、竜種でさえ無傷では済みますまい」
デミウルゴスが静かに眼鏡を押し上げた。
「つまり、“命を賭ける技”……。制御法を確立せねば、自らを削る刃にしかならない」
砂塵の中で立ち上がり、ジョンは鋭く息を吐いた。
「……まだだ。必ず使いこなしてみせる。
この技は……“切り札”に足る」
闘技場を覆う沈黙は、緊張と畏怖の色を濃くしていった。
/*/ 第6階層・闘技場 /*/
円形の闘技場はびっしりとシモベで埋め尽くされていた。
ガイコツ兵、低級の悪魔、無数の獣型の使い魔――すべてナザリックでノーコスト召喚が可能な雑兵だ。
その光景に、ルプスレギナは嬉々とした笑みを浮かべる。
「うっひひひ……こーんなにいっぱい♪ いいの? ホントにいいの? これ全部、あたしの糧にしちゃって♪」
ジョンは「強欲と無欲」を片手に掲げた。
「実験だ。心配するな。……一気に終わらせる」
次の瞬間、闘技場全体に冷たい光の奔流が広がった。
無数のシモベが呻き声をあげる間もなく崩れ落ち、黒い灰となって消えていく。
ルプスの身体が淡く輝き、内部から力が満ち溢れていく。
「……きゃっ……! あっ、あははははっ!」
彼女は声をあげて笑った。
まるで体内に迸る炎をそのまま喜びとして吐き出すように。
/*/
「60……61……63……66……!」
ティトゥスが手元の記録に走り書きしながら、カラカラと顎を鳴らす。
「――69。到達しましたな」
ルプスは頬を赤らめ、尻尾をぶんぶんと振った。
「すっごーい! 身体の奥がぜーんぶ満ちてる……。
あはっ! これで、第七階位魔法まで使えるんだよね?」
「正確には……」ティトゥスは指を組む。
「あなたは死の宝珠のに使わせる〈叡者の額冠〉のスキル《魔法上昇》により、階位の上限を押し上げた結果――第九位階魔法にまで到達可能。
理論上は、《朱の明星》すら発動できるはず」
「え、マジ? うっひっひっ! あたしが、あんなの撃てるの?」
ルプスは肩をすくめ、わざと大袈裟に驚いてみせた。
ジョンが低く頷く。
「……なら、次はその確認だな。
“朱の明星”――悪魔をも焼き尽くす魔法。制御を誤れば、この闘技場ごと吹き飛ぶだろう」
デミウルゴスが静かに眼鏡を押し上げた。
「素晴らしい。これでナザリックに新たな“大規模殲滅兵器”が加わる……。
ただし、暴走の危険も大きい。制御訓練は必須です」
ルプスはにやにやと牙を見せる。
「ふふーん♪ わかってるって。でもぉ……試し撃ち、一発くらいなら……いーんじゃないかなぁ?」
闘技場に重い沈黙が落ちた。
ジョンの表情は険しいままだったが、その口元には僅かな期待の色が浮かんでいた。
/*/ 第6階層・闘技場 /*/
闘技場の空気は凍りついたように静まり返っていた。
観覧席にはモモンガをはじめ、ナザリックの重鎮たち。
視線のすべてが、闘技場の中心に立つルプスレギナへ注がれている。
彼女は小首をかしげ、いつもの無邪気な笑みを浮かべた。
だがその背後で渦巻く魔力は、もはや冗談めいた軽さとは無縁の圧。
「……じゃあ、いくっすよぉ♪」
両の手が掲げられると同時に、大気が震えた。
聖杖に仕込まれた【死の宝珠】が【魔法上昇】を行い。
さらに彼女自身の【魔法二重化】【魔法最強化】が重なる。
――天蓋が軋み、虚空が裂ける。
本来岩盤に覆われた天井は、幻のごとく消え去り。
赤黒き“異界の空”が姿を現した。
その虚空に、燃え盛る双つの星が浮かび上がる。
それはまるで創世の火、あるいは終焉の太陽。
赤き輝きは闘技場全体を紅に染め、誰もが言葉を失った。
ティトゥスが、骸骨の顎を震わせて呻く。
「……第九位階魔法《朱の明星》……これほどの魔力圧……!」
赤星が、降り落ちる。
天地を裂く轟音。
灼熱の奔流が闘技場の一角を呑み込み。
石床は白熱し、溶け、火焔の河となった。
観覧席にまで押し寄せる熱波に、守護者たちでさえ身を硬くする。
その光景は神の審判であり、破滅の啓示であった。
やがて光は収まり――
そこには深々と抉れたクレーターが残されていた。
黒煙と灼光が立ち昇り、まるで大地がなお脈動しているかのようだ。
静寂の中で、ルプスは頬を紅潮させ、尻尾を震わせて声を上げた。
「……あははっ! すっごーい! これがあたしの力なんだぁ!」
その無邪気な歓喜の声に、
ジョンはただ一言、冷徹に告げた。
「……威力は申し分ない。だが制御が荒い。仲間ごと焼き尽くすぞ」
一瞬だけ、彼女の瞳が獣のように揺れた。
だがすぐに、忠実な従者の笑みへと戻る。
「……えへへ♪ 大丈夫、もっと練習する! ジョン様のために、完璧にするから!」
アインズが立ち上がる。
その声は、玉座の王の宣告のように響いた。
「よい。ルプスレギナ、その力を磨け。
お前が真に使いこなした時、それはナザリックの新たな切り札となるだろう」
その言葉に、ルプスは胸を張り、犬のように尻尾をぶんぶん振った。
「わんっ♪ お任せあれぇ!」
灼き焦がされた闘技場には、なお神話の残滓のような熱と光が揺らめいていた。
それは、彼女が一歩、神話の領域へと足を踏み入れた証であった。
モモンガさんってチートって言うよりマンチキンだよね。
え?マンチキン知らない?古のチートみたいなものだよ。
次回!
第82話:チートを躊躇う人ではない!
よろしく!