オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第84話:アーグランド評議国

 

 

/*/ 評議国国境・黒き関所 /*/

 

 

霧に包まれた渓谷の奥、巨大な頭蓋骨が並べられた門が現れる。

それは人間のものではない――竜の頭骨。何十、何百という顎骨が積まれ、訪れる者に威圧を与えていた。

 

「……これは、歓迎って雰囲気ではないであるな」

ダインが呟き、背負ったバックパックの肩紐を握り直す。

人の姿をとっているジョンも竜の頭蓋を眺め見て「これは……八欲王との戦いで犠牲になった竜か……?」と思わず零した。

 

関所には屈強な兵が並んでいた。

鱗に覆われ、尾を揺らす竜人(ドラゴニュート)たち。

人間の二倍はあろうかという巨躯の戦士が、槍を突き立てて行く手を塞ぐ。

 

「止まれ、旅人ども」

中央に立つ一人が進み出た。

緋色のマントを纏い、片目には宝石の義眼をはめた竜人官僚――カストゥール。

声は鋼を擦るように低く、冷たい。

 

「ここは評議国の門だ。通る者は身分を明かし、目的を述べよ」

 

ルクルットが慌てて言葉を探す前に、ジョンが一歩前へ。

「我らは異国よりの客人。旅の一座にして護衛団。評議国の文化と市場を学びに参った」

いつも通りの落ち着いた声で答える。

 

カストゥールの視線が鋭く動く。

ルプスレギナに止まり、にやりと口角を上げた。

「ふむ……珍しい。人間の娘が群れの前に立つか」

 

「へへっ♪ 歌と踊りで竜様を楽しませるのが、あたしのお仕事っすよ」

ルプスはわざと明るく返し、緊張を誤魔化す。

 

「芸能……か。竜王たちがお気に召すやもしれんな」

 

今度はペテルに視線が移る。

「その筋肉……ただの兵ではないな。何者だ?」

 

泥臭く立つペテルは背筋を伸ばし、言葉を選ぶ。

「カルネ村の……剣士ペテル・モーク。ジョン様の弟子として、ここまで鍛えられました」

 

竜人官僚は一瞬、眉を動かす。

「人間が……弟子、だと? 奇妙な師弟関係だな」

 

最後にカストゥールの目が、ニニャへ。

学者風の装束に身を包む少女を見て、嘲るように笑った。

「小娘……お前は何だ? 学者の真似事か」

 

「はいっ! 評議国の書庫に眠る知識を学びたくて……!」

ニニャは勇気を振り絞り、はっきりと答えた。

 

……沈黙。

数秒後、カストゥールは尾を一度叩き、背後の兵に命じる。

 

「――通せ。ただし、ここから先は一挙手一投足、竜の目にさらされていると思え」

 

重い門が軋み、竜の頭蓋骨の影の中へ道が開いた。

人間の一行は、ついに“竜の国”へ足を踏み入れたのだった。

 

 

/*/ アーグランド評議国・首都ドラクリア /*/

 

 

門をくぐった瞬間、一行の目に飛び込んできたのは――人の街ではなかった。

 

広大な大通りを埋め尽くすのは、鱗に覆われた竜人、甲殻を持つ昆人(インセクトイド)、角のある獣人。

二階建ての建物の屋根には翼竜やグリフォンが繋がれ、空路には巨躯の竜が悠然と飛翔している。

人間の姿は……数百人に一人ほど。

 

「……少なっ」

思わずルクルットが口を開けた。

隣を歩く人間の商人が肩をすくめる。

「ここで人間なんて珍しいもんですよ。だいたい下働きか、学者見習いか、客人か……」

 

ブレインが腕を組んで呟いた。

「人の街じゃねぇな。いや……俺たちが少数派か」

 

市場を歩けば、見慣れぬ品々が並ぶ。

竜の牙でできた剣、亜人向けに巨大な鎧、魔獣の肉の燻製。

ペテルが野菜売り場を見て思わず口を挟む。

「こ、こんなにでっかいカボチャ……! これ一個で村人全員腹いっぱいだ……!」

 

ルプスレギナは目を輝かせ、屋台の串焼きを頬張る。

「んっふふ~! 竜人の肉団子、めっちゃジューシーっすよジョン様♪」

 

しかし、亜人たちの視線は冷たい。

人間の一行を見て、あからさまに尾を振り、爪を鳴らし、鼻を鳴らす。

子供の竜人が母親に手を引かれ、こう囁くのが耳に届いた。

 

「ねえ、なんで人間が……?」

「しっ、見ちゃいけません」

 

その一言に、ニニャは小さく肩を震わせる。

ジョンは黙って歩きながら、内心で観察を続けていた。

――なるほど、人間は“好奇の対象”どころか“下等な存在”として扱われている。

この国では完全に少数派、弱者なのだ。

 

ルクルットが顔を寄せ、小声で言う。

「ジョン様……この雰囲気、やばくないっすか? 俺ら、完全に浮いてる……」

 

ジョンは唇の端をわずかに上げる。

「だからこそ、情報を拾う価値がある。竜の国で、人間はどう生きているか――な」

 

その時、甲殻に覆われた役人風の昆人が近づいてきた。

「……客人方、評議会より召喚がありました。宮廷にて面会の用意を」

 

一行の緊張が走る。

ついに――竜たちの支配する“評議会”の場へ足を踏み入れることになる。

 

 

/*/ 評議国・宮廷謁見の間 /*/

 

 

漆黒の大理石で組まれた広間。

その奥には七つの巨大な玉座が並び、それぞれに“竜王の気配”が漂っていた。

 

しかし、姿を見せている竜は一体もいない。

そこにあるのは――声だけ。

 

「……人間の来訪、久しいものだな」

低く、響き渡る声。

胸を圧迫する重圧、空気を震わせる咆哮のような響き。

ペテルもルクルットも思わず膝をつきそうになり、ニニャは息を呑む。

 

「ぐっ……なんだ、この威圧……!」

ブレインは歯を食いしばり、刀の柄に手をかける。

彼の額に浮かぶ冷や汗は、己の意思ではどうにも止められなかった。

 

その時――ジョンの目が鋭く細められる。

ただの威圧ではない。声の響きの奥に、独特の“意志”を感じたからだ。

人間であるがゆえに混じる微妙な呼吸の揺らぎ。

 

(……この声……知っている。いや――聞いたことがある)

 

記憶の底に呼びかけるような響き。

ナザリックにとって最も重要な“竜王級存在”の一角。

 

ジョンはゆっくりと前へ歩み出て、声の主に直接語りかける。

 

「……リク・アガネイア。――いや、“ツアー”と呼ぶべきか?」

 

空気が変わった。

広間に走る静寂。

玉座の奥から、わずかにためらうような吐息が聞こえた。

 

「……その名を、何処で知った?」

 

その瞬間、漆黒の剣たちとブレインは悟った。

今、目の前にあるのは――単なる亜人の国の官僚ではない。

竜王級の、しかも世界を知る“本物”だ。

 

ルプスレギナは楽しげに笑いながらも、爪を伸ばして警戒する。

「んふふ~、ジョン様ったら、また危ないお名前呼んじゃいましたねぇ♪」

 

ジョンの瞳は、決して逸らさなかった。

彼は知っている――この存在が、未来を大きく左右することを。

 

 

/*/ 評議国・謁見の間 /*/

 

 

「……その名を、何処で知った?」

竜王の声が低く響き渡る。

 

ペテルやルクルットは膝をつき、ルプスレギナでさえ背筋に冷たい感覚を覚える。

その重圧の中、ただ一人――ジョンだけが口元に薄い笑みを浮かべていた。

 

「そんなに身構えるな。……俺だ」

 

静かに呟くと、ジョンの体表を覆う影が揺らぎ始めた。

筋肉が膨張し、骨格が軋み、牙と爪が伸びる。

人間の姿から――“人狼”へ。

 

闘気の奔流が噴き上がり、青白の毛並みが光を反射する。

その雄姿に、漆黒の剣たちは息を呑んだ。

 

ジョンは威圧に揺らがぬ声音で、堂々と玉座の奥へ呼びかけた。

 

「――聖王国で友となっただろう? ツアー」

 

広間が静まり返る。

次の瞬間、奥から聞こえた竜王の声は、わずかに揺らいでいた。

 

「……人狼……あの時の……!」

 

ほんの一瞬、重圧が緩む。

竜王の声に込められた驚愕と、微かな懐かしさ。

 

ジョンは腕を組み、鋭い牙を覗かせながら笑った。

「俺は忘れていない。あの戦場で肩を並べた時間を。――お前も同じはずだ」

 

ツアー=リク・アガネイアの威圧が、初めてほんの僅かに色を変えた。

敵意と警戒の中に――友情という懐かしい感情が混じった瞬間だった。

 

 

/*/ 評議国・謁見の間 続き /*/

 

 

「……口先だけで、私を欺けると思うか?」

ツアーの声は冷徹だった。

竜王級の重圧が再び押し寄せ、石造りの広間が軋む。

 

ペテルは歯を食いしばりながら盾を構えた。

「ぐっ……! な、なんて力だ……!」

ルクルットも顔を青くし、ニニャは両手で耳を塞ぎながらしゃがみ込む。

ブレインすら、剣に手を添えて必死に耐えていた。

 

だが――ただ一人、ジョンは微動だにせず。

人狼の瞳を鋭く光らせ、ゆっくりと口を開いた。

 

「なら――聖王国の“神殿”での戦いを覚えているか?」

 

その言葉に、ツアーの気配がわずかに揺らぐ。

 

「……ジョン。君は"ぷれいやー"でありながら、えぬぴーしーや人間と手を携えた。八欲王の誰一人として、それをした者はいない」

 

ジョンの低い声が、まるであの戦場を再現するように広間に響いた。

 

 

「……なるほど。怪物ではあるが、君は――『守護者』でもあるのかもしれないな」

 

 

ツアーの瞳に宿る光が、冷たいものから、確かめるような色へと変わる。

 

「……その言葉を覚えているのは、確かに……」

声に揺らぎが混じった。

 

ジョンは一歩、前へ踏み出す。

「俺は嘘をつかん。あの時の約束を今も胸に刻んでいる。

 ツアー――リク・アガネイア。お前は俺の友だ」

 

長い沈黙。

やがて竜王の威圧が、ふっと解けるように薄れていった。

 

「……フッ。まさか、この地でその名を聞くとは」

声にはもう先ほどまでの殺気はなく、代わりにわずかな安堵と驚きが混じっていた。

 

ペテルたちは肩で息をしながら顔を見合わせる。

「し、師匠……あの時の……」

 

ルプスレギナだけはケラケラ笑いながら、

「いや~、ジョン様の交友関係、マジで規格外っすねぇ♪」

と肩を揺らした。

 

ツアーは改めて玉座から身を乗り出し、人狼の姿のジョンを見据える。

「……いいだろう。話を聞こう、新しき友よ」

 

こうして――ジョン一行は評議国の“竜王級”に直接接触する道を開いたのだった。

 

 

/*/ 評議国・謁見の間 交渉開始 /*/

 

 

「……では、我らに何を望む? ジョンよ」

「魔導国は、アーグランド評議国との国交を樹立したい。交易、情報交換、そして互いの存在を認め合う関係を築きたい」

 

ここで玉座の間に同席していた官僚クラスの竜人や亜人がざわめく。

「魔導国……? あのアンデッド王が支配する国と……?」

「奴らは人間を食料とするという噂もあるぞ……!」

 

ツアーは沈黙し、しばしジョンを見据える。

やがて低く言う。

「……アインズ・ウール・ゴウン。彼を王とする国が、我らに“国交”を求めるか」

 

ジョンはうなずく。

「そうだ。力を示すことなら俺たちもできる。だが力だけでは、この世界は変えられん。

 互いに信じ、交わることでしか未来は開けない」

 

ルクルットやニニャはその言葉に目を丸くする。

ブレインは「……こんな言葉を、この怪物の口から聞くとはな」と呟き、ルプスレギナは「さっすがジョン様ぁ♪」とニヤつく。

 

ツアーは静かに目を閉じ、言葉を選ぶように続ける。

「……だが評議国は“竜王”たちの合議制。私一人の意志では決まらぬ。

 五つの竜王の同意を得ねばならない」

 

「ならば、俺たちを会議の場に立ち会わせてくれ」

 

ツアーの瞳に、再び試すような光が宿る。

「……面白い。だがその前に、示してもらう必要がある。

 魔導国が“信義”を重んじる国であると――」

 

場に緊張が走る。

交渉は成立しつつあるが、その前に“試練”が課されることが示唆される。

 

 

/*/ 評議国・謁見の間 交渉 続き /*/

 

 

ツアーの声が重く響いた。

「……我ら竜王は、言葉を疑う。だが血と力で交わした契約は決して裏切らない。

 それが、この評議国における“真の信義”だ」

 

沈黙ののち――ジョンが口を開く。

「……結局は、そうか。

 言葉を尽くしても、最後は肉体言語でなければ信を得られない。

 ……血を流す覚悟が必要だってことだな」

 

その声音に、ペテルやルクルットは息を呑む。

ニニャは思わず「え、血を流すって……まさか、試合……?」と呟き、

ブレインは静かに腕を組む。

「フッ……俺も似たような生き方しかしてこれなかったからな。妙に納得するぜ」

 

ルプスレギナだけはケラケラ笑いながら、

「いや~、ジョン様ってば血の契約とか似合いすぎっすよ♪」と無邪気に言う。

 

ツアーはわずかに笑みを浮かべた。

「……よい覚悟だ。ならば“試練”を受ける資格はある」

 

その言葉に広間の竜人官僚たちがざわめき始める。

「試練……?」「まさか、彼らを……」

 

ツアーは告げる。

「――我ら竜王の信を得たくば、試練の場にて血をもって示せ」

 

石造りの広間に響くその宣告は、交渉が“言葉”から“力”の領域に移ることを告げていた。

 

 






ちくしょうめーもっと竜王の情報が欲しかったぜ!

次回!
第85話:5つの試練
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