オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第10部:バハルス帝国
第86話:言えたじゃねぇか


 

 

青白い巨体――コキュートスと3mほどの距離でブレインは向かい合っていた。

ブレインはポーションを3本飲み干す。強化魔法が発動し、肉体が強化された。

 

以前は分からなかった。

 

ジョンの特訓を受けて地力の上がった今なら分かる。相手は絶対的な強者であり、ブレインがどれだけ努力しても到達できない高みに立つ存在。指一本届いた程度では絶対に勝てない存在だ。

 

それでも――それが分かっても尚、ブレインは立ち続ける。

 

ジョンの共をし、評議国へ赴いた褒美にブレイン自身が望んだのだ。絶対的強者との立ち合いを。

それがどれほど高い壁でも、それが自ら望んだものなら、望んでいたぞと笑って立ち向かう。それが男の浪漫と言うものだ。

ゴ・ギンも言っていたではないか「高い山に挑む喜びがある」と。

 

「――ブレイン・アングラウス」

「至高ナル御方、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下ニ仕エシ者ノ一人。コキュートス」

 

一瞬ブレインは瞠目する。まさか、こんな自分に応えてくれるとは思わなかった。

これが逆だったらブレインはどうしただろう。恐らく子供を相手にするように笑って応えていただろう。一人の戦士としては扱わなかった筈だ。

 

ブレインは背筋を正し、軽く頭を下げる。まるで弟子が師に対するように。

 

「感謝する」

「不要」

 

刀を正眼に構え、神経を張りつめさせる。

 

「――斬神刀皇」

 

コキュートスはブレインの身長を超える巨大な刀を空間から取り出した。そして上段に構える。

ありがたかった。

言葉は不要であり、あとは剣で決着を付けると言ってくれているのだ。

 

ふぅーと息を長く吐き出し、すぅーと長く吸い込む。

 

その間あまりにも無防備だったが、コキュートスは微動だにしない。その姿にブレインは強い敬意を感じる。

ブレインを強敵と見做しての行動ではない。

ブレインの覚悟を理解し、戦士として対峙してくれているのだ。

 

その行為が嬉しい。

 

ブレインはゆっくり腰を落とす。

武技実験で一度はシャルティアの爪を切り飛ばした――秘剣爪切りの構え。

 

いや、それはもう爪切りではない。

ジョンに捕まり、特訓を強制させられ、心を叩き直され、足掻いてきた。(四光連斬)は(六光連斬)に進化した。

爪切りは、絶対必中の(領域)、神速の(神閃)に(六光連斬)を組み合わせる真・爪切りへと進化した。

 

だが、まだまだ足りない。負ける気はない。ならばどうする?戦士がすべきことはなんだ?

 

「――(能力向上)

 

ブレインは武技を発動させる。真・爪切りの構成に集中力の全てを持って行かれている。その他の武技を発動させる余裕は余力は無い。

ブレインの目は徐々に充血し、鼻から血が流れる。毛細血管が破裂した。しかし、ガチンと音を立てて切り替わるように肉体の能力が一段上がった。

 

武技は発動した。肉体能力は高まった。だが、まだだ。まだ足りない。

 

「――(能力超向上)」

 

だが、まだだ。まだ足りない。

 

――(肉体向上)

――(肉体超向上)

――(流水加速)

――(流水超加速)

 

ブレイン・アングラウスは奇跡を起す。

ブレインの異能は武技発動の集中力のキャパシティが増えるものだ。これがあったこそ、コストの重い(領域)(神閃)(六光連斬)を同時発動できたのだ。その限度を超えて、世界のルールを踏み越えて、ブレインは武技を発動したのだ。

 

鼻から大量の血が流れ出す。

 

ルールから外れた影響で、限界を超えての武技の使用で魂が燃え尽き、肉体が崩壊しようとしている。

もう1分もすればブレインは自滅する。

だが、今のこの瞬間の前に1分は長すぎる。

 

コキュートスが踏み込む――

ブレインの間合いへ――

斬神刀皇が上段から――

迎え撃つ抜き放たれた刀が――

そして――――

 

―――――甲高い金属音が響いた。

 

斬神刀皇を一振りし、コキュートスは刀を空間にしまった。

良い――戦士だ。

コキュートスの身体には傷一つついていない。刀は届かなかった。それでも賞賛されるべき戦士だった。

しかし、限界を超え、身体は崩壊しつつある。訓練でなければ刀を折らず、その覚悟を賞賛し、一刀の元に切り捨てるところだった。

 

ジョンとルプスレギナが倒れたブレインに駆け寄り(大回復)を施したようだが、限界を超えた身体は回復しないようだ。

 

「こいつはやべぇ!魂が崩壊してるのか――アウレリアとヘジンマール呼んで来い、大至急だ!」

 

 

/*/ ブレイン治療 /*/

 

 

「こいつ……魂が崩壊してる!」

ジョンの声に応じ、ヘジンマールが駆け寄る。

 

「どどど、どうすれば!?」

「お前の血を飲ませろ!」

「僕の血は人間には毒ですよ!?」

ヘジンマールの顔が蒼白に揺れる。だがジョンの目が射抜いた。

「いいから――やれ!」

一瞬の沈黙。ヘジンマールは震える唇を噛み締め、決意を込めて鱗を裂いた。

「……分かりました。ブレインさんを救えるなら」

 

竜の赤黒い血が滴り落ち、ブレインの口へと注がれる。

 

「ぐ、ああああぁぁッ――!」

次の瞬間、全身の血管が黒く浮かび上がり、肉体が痙攣する。筋肉が膨張し、骨が軋み、竜の咆哮の幻影が広間に響き渡った。

 

「焼ける……! 竜が俺の中で暴れてるッ……!」

ブレインの眼球が血走り、牙のように歯が軋む。魂が肉体から乖離しようと震えだす。

 

ルプスレギナが叫ぶ。

「このままじゃ魂ごと裂けるっすよッ!」

ジョンがブレインの肩を押さえ込み、必死に耐えさせる。

 

「アウレリア! お前の出番だ、魂を共鳴させろ!」

 

「――はい」

アウレリアが静かに進み出た。だがその声は震えていた。

「ブレインさん……あなたを失いたくない。魂を、輝かせて下さい」

 

彼女は膝をつき、ブレインの胸に手を当てる。柔らかな光が脈打ち、魂の震えに寄り添うように響いた。

 

「聴け、ブレイン。魂を抉られるな……呼吸を思い出せ……!」

ジョンの声が雷鳴のように広がり、魂の奥へ染み込む。

 

「……はぁ、はぁっ……!」

ブレインは血にまみれながらも、必死に呼吸を整えた。

魂の中――暗黒の奔流の中で、咆哮する竜影と剣閃が激突していた。

「退け……これは、俺の剣だッ!」

剣閃が竜の影を貫き、白光が広間を覆う。

 

――一閃。

 

暴れ狂う竜血が鎮まり、魂が呼吸と同調して安定していく。

 

「……燃えろ、俺の魂……まだ……立てる……!」

ブレインの瞳が再び力強く輝いた。血に濡れた顔には、生の意思が宿っている。

 

アウレリアは深く息を吐き、ジョンに告げる。

「命は繋げました。けれど……これは賭けです。いずれ竜の血が暴れ、再び命を削ることになるかもしれません」

 

しかし、ブレインは笑った。

「それでも……望んだものを掴めるなら……上等だ」

 

静寂――

 

その場に立つ者全てが、戦士の誓いを刻んだ瞬間だった。

そして、コキュートスの氷の声が低く響く。

 

「――戦士ダ」

 

 

/*/ 竜血の余波 /*/

 

 

静寂が広間を包む。

ブレインの胸はかすかに上下し、生気を取り戻していた。だが、その身体には異様な変化が芽生え始めていた。

 

「……な、なんだ……これは」

ブレインの腕に黒い紋様が浮かび上がる。それは血管のように全身へと広がり、竜の鱗を思わせる質感を帯びていた。

 

ルプスレギナが低く唸る。

「竜の血が……混ざり込んでるっす……」

 

ブレインの背筋からぞわりとした気配が溢れ、空気が重く震える。まるで竜の咆哮が、彼の肉体を通じて滲み出しているかのようだった。

 

「っぐ……! まだ……暴れる……」

ブレインは歯を食いしばり、床に手を突く。血と汗が滴り落ち、床石を赤く染める。

 

アウレリアが手を伸ばそうとするが、ジョンが制した。

「触れるな。今は……こいつ自身の戦いだ」

 

ブレインの瞳が揺らめく。人間の青から、竜を思わせる金色に変化しては戻る。その度に魂の奥で竜影が咆哮し、剣閃が応じる。

 

「退け……俺は……竜じゃない……戦士だッ!」

 

――ドンッ!

広間に重圧が炸裂する。竜と人間、二つの力が軋み合い、共鳴するように収束していく。

 

やがて――黒い紋様は薄れ、呼吸が安定した。

ブレインは膝をつきながらも、ゆっくりと立ち上がった。

 

「……あぁ……まだ、俺は……生きてる」

彼の声は掠れていたが、そこには確かな誇りがあった。

 

ヘジンマールが震える声で呟く。

「信じられない……普通なら竜血は人間の魂を焼き尽くすはずなのに……」

 

ジョンは口元を歪め、にやりと笑った。

「だろ? こいつは、そういう男なんだよ」

 

アウレリアの瞳が潤み、そっと呟いた。

「……あなたはもう、人間の枠を超えてしまったのかもしれませんね」

 

そして――コキュートスが静かに頷いた。

「竜血ヲ受ケ、尚戦士デ在リ続ケル者……興味深イ」

 

ブレインの背に、竜と戦士、二つの運命が重なり始めていた。

 

 

/*/ 竜血適応後 ブレインの新たな道 /*/

 

 

「……ふぅ……」

ブレインは息を吐き、震える腕を見下ろした。黒い紋様は今は消え、ただ人間の肌が残る。しかし、その奥で渦巻く竜の力を確かに感じ取っていた。

 

「今の俺……明らかに“限界”が広がった……」

戦士としての直感が告げる。これまで壁だと思っていたものが打ち砕かれ、伸びる余地が生まれている。

 

ジョンが肩を叩いた。

「竜血を取り込んだ事で、肉体も魂も成長限界が伸びた」

ジョンがスキルで探ったところ現在のレベルは変わってないが、最高到達レベルが伸びている感触があった。

 

「……!」

その言葉にブレインの心臓が大きく跳ねる。

努力の果てにようやく掴んだ「壁の突破」。その先にまた道があるという事実に、震えを抑えられなかった。

 

だが同時に――アウレリアが首を振る。

「ですが、その血を制御できなければ、あなたは自滅します。竜は強すぎる。常に魂を削り、暴れようとするでしょう」

 

ヘジンマールも重く告げる。

「制御の修行は必須ですよ。でなければ、あなたは戦うたびに竜に呑まれる」

 

ブレインは歯を見せて笑った。

「上等だ。そんなもん、抑え込んでこそだろう」

 

その時――コキュートスの瞳がわずかに光る。

「……オ前、魂ノ器ガ拡張シタ……同時ニ“武技ノ重ネ”ニ耐エル余地ガ生マレタ」

 

「……どういうことだ?」

ブレインが問うと、ジョンが代わって説明した。

 

「お前の異能は“武技の同時使用キャパシティ”を増やす力だったな。それが竜血と共鳴して安定し、さらに拡張された。つまり――これまでは無理やり捻じ込んでた三つ四つの武技を、自然に制御できるようになる」

 

「……!」

ブレインの目に雷のような閃きが走る。

「なら……俺は、もっと速く……もっと重く……もっと深く――重ね斬りを磨けるってことか」

 

ジョンは口元を吊り上げた。

「あぁ。そしてな……お前がこれを極めれば、“始原の魔法”すら視野に入る」

 

「……始原の……魔法?」

ブレインは首を傾げるが、ジョンは多くを語らなかった。

「詳しくはまだ言えん。ただ覚えとけ。武技と魔法は本来別物だが……極まれば同じ“世界の理”を掴む。お前には、その片鱗がある」

 

沈黙の後、ブレインはニヤリと笑った。

「面白ぇ……だったら、死ぬまでに必ず掴んでやる」

 

竜血の制御という枷と、新たに開かれた成長の扉。

その二つを抱えたブレイン・アングラウスの修行が――今、始まろうとしていた。

 

 

/*/ ナザリック・玉座の間 /*/

 

 

玉座に腰かけるモモンガの骸骨の顔に、苦悩の影が差していた。

 

「……ジョンさん。正直に言おう。ジョンさんの弟子たち、ブレインも、漆黒の剣も……そしてルプスレギナすら、どんどん強くなっている」

「……」

 

ジョンは黙って聞いていた。

 

「シモベたちが強化されていくのは良いことだ。だが……統べる者である私が、取り残されるわけにはいかない」

モモンガの声には、支配者としての責任と同時に、一人の“戦士”としての焦燥がにじんでいた。ジョンは口角を上げ、あっさりと答えた。

 

「じゃあ〈星に願いを〉を使えばよいよ、モモンガさん」

「……なんだと?」

 

モモンガの赤い瞳が僅かに明滅した。

 

「アレは超位階魔法だぞ? 一回の使用で“レベル上限”を突破できるのは前回の使用で理解ったが……代償は大きすぎる。経験値5レベル分の喪失だ」

モモンガの声は冷静を装っていたが、実際には心が大きく揺れていた。ジョンは肩を竦め、あっけらかんと言った。

 

「痛いよな。だけど、今回ルプスレギナがレベル100に到達したろ?」

「……あぁ」

「ルプーが使える。ルプーに使わせればいい。ルプーの下がったレベルとステータスの割り振りは、またノーコストで生み出したシモベを経験値に還元すれば取り戻せる」

 

「……っ!」

モモンガは一瞬、絶句した。そんな発想はなかった。まさに悪魔的発想!

「つまり……レベル100に到達したシモベを素材にして、〈星に願いを〉で私の上限を上げる……か」

ジョンはニヤリと笑った。

「そういうこった。プレイヤーであるモモンガさん自身が限界突破すれば、ナザリック全体の戦略も一段上に行く。シモベの強化ばかりじゃなく、主も強化しなきゃな」

 

沈黙の後――モモンガは、骨の指を玉座の肘掛に強く押し当てた。

 

「……その方法、真剣に検討しよう」

 

玉座の間に重い静寂が落ちる。支配者の決断。それはナザリックの未来に、新たな道を切り開くものとなるだろう。

 

 

/*/ 第4階層・地底湖 /*/

 

 

ナザリック第4階層。

その荒野は漆黒の天蓋に星が瞬き、床には白金の環が同心に並ぶ。環の要所ごとに、星を模した宝珠と触媒が据えられ、空気には甘やかな魔力の匂いが満ちていた。

 

魔法陣の内外にはノーコストで召喚されたシモベたちでごった返している。

 

今回はシモベの犠牲を最大効率で経験値に還元する為の儀式魔法陣まで用意されていた。

 

「儀式陣、全環同期。星位、第二等級まで下降完了」

ティトゥスが骨指で羅針を回す。

「供物導路、清浄。遮断結界、三重。干渉要因なし――」

 

「Mein Herr! 式次第、最終確認デス!」

パンドラズ・アクターが煌びやかな儀礼軍装で直立する。

「主賓:アインズ・ウール・ゴウン陛下。媒介:ルプスレギナ・ベータ。願意:レベル上限の恒久的上昇【+5】。代償:媒介の経験値【5レベル】」

 

アインズが一歩、星光の輪の中心へ進む。

骸骨の掌が静かに掲げられ、玉座の魔王は短く告げた。

「始めよ」

 

ルプスレギナは隣の小環に膝をつき、祈るように胸に手を当てる。

「……承りました、アインズ様」

 

ジョンは二人の背に立ち、低く囁いた。

「迷うな。星は“代償を秤にかける”。――出す価値のある一手だ」

 

10メートルはある立体魔法陣が展開し、術式が開始される。

立体魔法陣が一際強く輝くと星々が、落ちた。

 

光は花弁のようにほどけ、環は歌い、魔力は潮のように満ち引きする。

ティトゥスの詠唱が静かに重なり、ルプスレギナがその中心で片手を握りしめた。

 

「――《星に願いを》」

 

星光が一挙に収束。

ルプスの胸元の宝珠が鈴の音のように鳴り、ふっと影が差す。彼女のステータスに灯っていた百の光が、わずかに五つ、星屑となって散った。

 

同時に――アインズの周囲の空間がわずかに“きしむ”。

見えない天井が押し拡げられるような、奇妙な圧力の変化。

それは“器そのもの”の拡張――上限という名の檻が、一段分、外へずれた証。

 

「……来た、か」

アインズが掌を見つめる。

赤い光がいつもより深く、重い。

「枠が……増えている。詰め込める“容量”が違う。これは――確かに、上限上昇だ」

 

ルプスは大きく息を吐き、ぺたりと座り込んだ。

「ふぅぅ~……ちょっと抜けた感じっすけど、問題なし! ジョン様、補給お願いしまーす♪」

 

ジョンは頷く。

「段取り通りだ。――魔法陣を還元炉へ。『強欲と無欲』で経験値循環、ルプーの欠落分を即時復旧する」

 

魔法陣を覆う結界が閉じ、数千体のシモベが一斉に光となって散った。

悲鳴はなかった。プログラムされた存在たちは、消滅の瞬間すら「主への奉納」として捧げる。

 

白金の環を伝って奔流する光は、ルプスの胸へと注ぎ込み、欠落していた五つの光点が瞬時に戻る。

「んっ……戻ったっす。うん、完全回復!」

 

アインズは静かにその様を見つめ、心の奥にわずかな感情の揺らぎを覚える。

――我がために、我が眷属は命を差し出す。それを誇りとする。

支配者としての矜持と、かつて人であった名残が、刹那交錯した。

 

「よし。還元炉の循環効率、記録を残せ。これより……“階段を登る”準備は整った」

 

その声は、冷ややかでありながらも、確かな昂揚を帯びていた。

 

アルベドが一歩進み、儀場の封印を確かめてから恭しく一礼した。

「陛下。儀礼記録、保全済み。以後、同手順で【+5】を積み増すことが可能と判断します」

 

「ふむ……連続は避ける。副作用の検証を挟み、段階的にだ」

アインズは冷静に頷くと、わずかに愉悦をにじませる。

「しかし――これで“上”が見えた。あとは登るのみ、か」

 

ジョンが口角を上げる。

「“主も強化”――それがナザリックの新ルーチンだ。取るべき山は、全部取る」

 

星々は再び静寂を取り戻し、天蓋の闇は深く澄んだ。

その闇の下、支配者と狼と戦士は、次なる作業のため歩みだす。

――ナザリックは、また一段、天井を押し上げた。

 

 

/*/ 第4階層・地底湖 /*/

 

 

再び地底湖に、幾千のシモベが並ぶ。

星環の儀式陣はすでに再調整され、先ほどの【+5】上限上昇の再現が可能となっていた。

 

「供物群、展開完了。還元炉、前回比99.87%の効率維持確認」

ティトゥスが骨指で水晶を弾く。

「誤差範囲、許容内。副作用検知――なし」

 

アインズがゆっくりと玉座の代わりに据えられた儀式座へ歩む。

ルプスレギナが膝をつき、再び媒介の位置に入る。

「も~、またっすかぁ? でも……モモンガ様のためなら、喜んでぇ♪」

 

「……始めよ」

 

詠唱が重なる。

――《星に願いを》。

 

星光が再び奔流し、ルプスのステータスが瞬時に削られる。

だが還元炉に吸い込まれた数千のシモベが光となって崩れ、その力が逆流する。

 

「回復確認。媒介レベル、完全復帰」

アルベドの声が響いた。

 

アインズの赤い瞳が淡く明滅する。

「……上限は、さらに広がった。前回と同じだ。……副作用は――無い、のか?」

 

パンドラズ・アクターが軍帽を正す。

「Mein Herr! 検証三回目終了。副作用の兆候ゼロ! これは……“無限階梯”デス!」

 

ティトゥスが骨顎を鳴らす。

「理論上、媒介と供物が揃い続ける限り、【+5】を積み重ねることが可能……この効率、この安全性……異常ですらありますな」

 

ジョンは鼻で笑い、軽く肩を竦めた。

「なに言ってんだ。元から《星に願いを》はチート級の魔法だろ。正しい運用すりゃ、こうなるに決まってる」

 

闘技場に重苦しい沈黙が落ちる。

全員が理解していた。

これは――世界のバランスを崩しかねない、絶対の切り札だ。

 

アインズはゆっくりと掌を見つめる。

器は拡張され、詰め込める力は際限なく広がっていく。

 

「……なるほど。これが――チートというものか」

 

骸骨の顔に笑みは浮かばぬ。

だがその声には、確かな愉悦が混じっていた。

 

 

/*/ 第9階層・会議室 /*/

 

 

黒曜石の長卓に、守護者たちが居並んでいた。

壁面に設置された結界石が淡く輝き、空間全体が完全秘匿の領域と化す。

 

アインズが卓上に骨の指を置き、低く告げた。

「……今回の件、《星に願いを》によるレベル上限突破についてだ」

 

守護者たちが一斉に姿勢を正す。

アルベドが深く頭を下げた。

「陛下。外部はもちろん、内部の一般シモベにも一切伏せるべきと考えます。知れば必ず波紋を呼び、外に流れる危険がございます」

 

デミウルゴスが片眼鏡を押し上げ、言葉を継ぐ。

「同感です、アルベド。そもそもこれは、この世界の“理”そのものを逸脱した行為。竜王級や未知のプレイヤーが知れば、必ず対抗策を講じてくるでしょう。……隠蔽こそ最大の防御でございます」

 

シャルティアが唇を舐め、妖艶に微笑む。

「外の雑魚どもに知られたら、絶対に狙ってくるでありんす。血の雨が降るでありんすよ……」

 

「報告は最小限に。記録は暗号化し、ティトゥスの管理下に置く」

アインズは即断した。

「闘技場での儀式に関わったノーコストシモベは全て還元済み、痕跡は残さない。ルプスレギナの一時的なレベル低下は“訓練実験の一環”として処理する」

 

「Mein Herr!」

パンドラズ・アクターが軍帽を押さえて立ち上がる。

「つまり、ナザリック外部へは“儀式魔法の副産物”として偽装報告を……」

 

「その通りだ」

アインズの瞳が赤く光る。

「外部へ渡す情報は、あくまで“魔導王がシモベを鍛えた”という体裁に留める。レベル上限突破など、決して知られてはならん」

 

コキュートスが静かに頷いた。

「――命ニ従ウ。沈黙ヲ守ル」

 

アウラとマーレも顔を引き締めて声を揃える。

「はい! 外には絶対に漏らしません!」

 

最後にアルベドが、女王のように宣言した。

「これ以後、当件を“漆黒級秘匿情報”と定義します。陛下と私、そしてデミウルゴス以外は、一切の情報開示を禁止。従わぬ者は……粛清対象と致します」

 

冷たい沈黙が落ちる。

しかしそれは、ナザリックが一枚岩であることの証でもあった。

 

アインズはゆっくりと立ち上がる。

「――よい。ならばこの件は封印だ。私が“限界を超えた”など、外界には一片たりとも伝わらせるな」

 

そして低く、誰にも聞き逃させぬ声で告げた。

「この秘密は……ナザリックの、未来を賭けた刃である」

 

 





当方は持続可能な話を通じて社会貢献したいと思っております。

次回!
第87話:リサイクル!

ナザリックは循環可能な社会構築を目指しています。
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