オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第88話:プロジェクトXッ!

 

 

/*/ バハルス帝国 皇帝執務室 /*/

 

 

積み上げられた報告書を片手で払い落とし、ジルクニフは椅子に沈み込んだ。

「……馬鹿な。あれが……魔導国の“次”か」

 

鉄の騎士。

その製造法を得たとき、彼は確信した。帝国の軍事力は数段押し上げられた、と。

だが現実は――魔導国はそのさらに“先”を当然のように隠し持っていた。

 

報告書に記された語句が、赤い目に焼き付いて離れない。

 

『赤金の巨兵、単独でオーガ群を殲滅』

『正体不明の連射兵器――“へびーましんがん”』

『炎の嵐により再生能力を無効化』

 

「……鉄の騎士を餌にして、こちらを“育てる”つもりか? いや……違う」

ジルクニフは額を押さえ、呻くように呟いた。

「最初から……“支配”するつもりだったんだ」

 

背後で控える官僚たちも青ざめている。

「陛下……もし、魔導国があの兵装を帝国に供与しないと告げてきた場合……」

「いや、逆に“代価次第”で供与すると言われれば、我らは抗えませぬ」

 

ジルクニフは黙り込んだ。

鉄の騎士の投入で得られた民心の安定は、もはや帝国の柱の一つになりつつある。

それを超える兵器の存在を、魔導国が“独占”していると知れ渡れば――帝国の威信は、根本から揺らぐ。

 

「……アインズ・ウール・ゴウン。貴様は、どこまで先を見ている……」

 

握り締めた拳が白くなる。

帝国の若き皇帝は、恐怖に震えながらも悟っていた。

――もはや“鉄の騎士”は餌にすぎない。

魔導国は、帝国を泳がせながら首輪を締めているのだ。

 

 

/*/ バハルス帝国・皇帝執務室 /*/

 

 

「……帝国魔法省に命じる。あの“へびーましんがん”とやらを――再現できぬか、検討させろ」

 

ジルクニフの声に、侍従官たちは一瞬息を呑んだ。

魔導国からの報告書に記された、規格外の兵装。

鉄の騎士の重装槍ですら霞む“連射機構”。

 

「陛下……原理が不明にございます。従来の魔弾の杖やクロスボウの延長では……」

「わかっている! だが、だからこそだ!」

 

ジルクニフは机を叩き、血走った目で命じる。

「魔法省、技術省、工房を総動員しろ! 魔導国の施しを待つだけでは、我らの未来はない!」

 

近習が怯えながらも記録を取る。

「は……ははっ。では第一検討会を招集いたします」

 

執務室が静まった後、ジルクニフは低く呟いた。

「……鉄の騎士で満足していたのは、愚かだったな。

 我らが立つべき舞台は、すでに“次”に移っている」

 

 

/*/ 帝国魔法省・第一検討会 /*/

 

 

重厚な魔導書と設計図が散乱する卓を前に、魔法省の学官たちが顔を突き合わせていた。

 

「弾丸を連続して撃ち出す? 魔力炉から魔弾を射出する方式なら……」

「だが、あの速度だ。魔弾の詠唱を省略できても、発射間隔が違いすぎる」

「物理弾丸を“押し出す”仕組みではないか? 魔力で駆動する筒……」

「だが、再装填は? 銃身の耐久は? そもそも、どうやってあの制御を……」

 

議論はすぐに行き詰まった。

誰もが「原理不明」の壁に阻まれ、ただ憶測を並べるしかない。

 

やがて老学官のひとりが溜息をついた。

「……魔導国の技術は、我らの数世紀を超えている。鉄の騎士ですら、我らには“奇跡”であったのだ」

 

会議室に重苦しい沈黙が落ちた。

 

 

/*/ 帝国魔法省・実験工房 /*/

 

 

「魔力炉、安定稼働! 発射筒、固定良し!」

「弾丸、魔力弾装填――」

 

技術官たちが息を詰める。

机上の巨大な金属筒、それは帝国が独自に設計した“模倣兵装”だった。

目標は、魔導国の赤金の巨体が振り撒いた“連射兵器”――ヘビーマシンガン。

 

「……よし。試射開始――!」

 

号令と同時に、炉心が赤く脈動した。

次の瞬間――

 

――ズガァァァンッ!!

 

轟音と共に、発射筒は制御を失い、火花を撒き散らして暴れ狂った。

試作機は暴発し、近くにいた助手が吹き飛ばされる。

工房の壁には焼け焦げた穴が穿たれ、室内は悲鳴と煙に包まれた。

 

「止めろ! 魔力を遮断しろッ!!」

「駄目です! 暴走して――」

 

次の瞬間、工房全体が閃光に包まれた。

模倣ヘビーマシンガン計画は、こうして惨憺たる失敗に終わった。

 

 

/*/

 

 

だが、その過程でひとつの“副産物”が生まれた。

 

――魔銃。

 

魔力を込めるだけで「第1位階魔法《魔法の矢》」を撃ち出す簡易兵装。

鉄の騎士に搭載するには威力不足。

オーガやトロール相手では皮膚を掠める程度で止まる。

 

しかし――一般兵が持てば話は別だった。

剣や槍では届かない距離から確実に矢を放てる。

野犬や盗賊、果ては難度15以下の亜人程度なら一発で仕留められる。

改良を進めれば、1発で難度30ほどのビーストマンも仕留められる可能性がある。

 

「……戦場で、我らの槍兵に代わるものになるかもしれん」

「剣士ではなく――銃士、という兵科だな」

 

帝国軍に“銃士”という新たなカテゴリーが生まれた瞬間であった。

 

 

/*/

 

 

そしてジルクニフの執務室。

報告を受けた皇帝は深く椅子に沈み込み、天井を睨んだ。

 

「……魔導国の“兵装”には及びもせん。だが……魔銃は庶民兵に与えるに十分。

 軍の裾野が広がる……これもまた、一歩だ」

 

だが彼の心の奥底には拭えぬ恐怖が渦巻いていた。

――“本物”との差は、あまりにも絶望的である、と。

 

 

/*/ 帝国西辺境・渓谷の砦前 /*/

 

 

ゴブリンとリザードマンの混成盗賊団が、砦の補給路を襲った。

矢を放ち、荷馬車を炎に包もうとしたそのとき――

 

「前列、展開! 銃を構えろ!」

 

砦から飛び出したのは槍兵でも弓兵でもない。

肩に奇妙な金属筒を抱えた男たち――帝国新兵科【銃士】である。

 

「魔力装填、完了!」

「目標、ゴブリン前列!」

 

号令と同時に、金属筒の先端が青く輝く。

兵たちの指が引き金にかかる。

 

「撃てェッ!」

 

――バシュッ! バシュシュッ!

 

光の矢が一斉に放たれた。

音は弓よりも甲高く、矢は魔法陣を描きながら敵陣に突き刺さる。

 

「ギャアッ!」

「が、がはっ……!」

 

最前列のゴブリンが次々に倒れた。

矢の速度も精度も弓矢に勝る。

そして何より――兵士は矢を“引く”必要がない。ただ魔力を込め、引き金を引けばいい。

 

「……や、やるじゃないか!」

側で見ていた槍兵が思わず声を上げた。

 

しかし敵も黙ってはいなかった。

リザードマンの戦士が盾を構え、前進してくる。

鉄の皮膚を思わせる鱗には、魔法の矢程度では致命傷を与えられない。

 

「後列! 狙いを胸に集弾!」

銃士隊長が即座に指示を飛ばす。

 

十数の魔銃が光を帯び――連射!

 

「バシュッ! バシュバシュッ!」

「ぐ……が……ッ!」

 

小さな傷でも、同じ場所に十数発。

盾の隙間から胸を撃ち抜かれたリザードマンは、呻き声を上げて倒れた。

 

「突破したぞ! 銃士、続け!」

 

兵士たちの顔に、驚きと興奮が混じる。

剣も槍も届かない距離から、亜人を撃ち倒せる――それは彼らの戦場経験からすれば「ありえない光景」だった。

 

やがて盗賊団は隊列を崩し、散り散りに逃げていった。

砦の将校は銃士たちを見回し、唇を噛みしめて言った。

 

「……これが新兵科か。

 たしかに威力は対人レベルにすぎん。だが……士気を崩すには十分すぎる。

 剣士や弓兵と並べて運用すれば、戦場が変わる……!」

 

兵士たちは肩で息をしながら、自分の抱く新兵装を誇らしげに見つめていた。

その瞳には、初めて「魔導国に劣らぬものを手にした」という自負の光が宿っていた。

 

 

/*/ 帝国軍訓練場 /*/

 

 

広大な演習場。列を成すのは、昨日まで農具を振るっていた農民あがりの若者たち。

彼らの手には、鉄と木で組まれた奇妙な器具――新兵器「魔銃」が握られている。

 

「……標的は前方三十歩。構え!」

教官役の兵士が声を張り上げる。

 

ぎこちない動作で魔銃を肩に当てる農民兵たち。だが次の瞬間――

 

「発射!」

 

――バシュッ、バシュッ!

火花と共に光の矢が放たれ、木製の標的を容易く貫いた。

 

「おぉぉ……!」

列にざわめきが走る。昨日まで鋤を握っていた手が、たった一日の訓練で敵兵を殺しうる力を得たのだ。

 

横で見守っていた古参兵たちは顔を曇らせていた。

「俺たちが十年かけて身につけた剣技より……あいつらの方がよっぽど人を殺せる」

「しかも魔法使いじゃなくても撃てるんだぞ……」

 

その光景を、玉座の支配者ジルクニフが冷たい眼差しで見つめていた。

赤い外套の裾を翻し、彼はゆっくりと歩みながら呟く。

 

「……強兵策の一環としては、確かに歓迎すべき発明だ。

 昨日まで農民だった者が、今日から兵士となる。徴兵の効率化にもつながる」

 

彼の口元は笑みを形作っていたが、その目には鋭い影が宿っている。

 

(だが同時に……これは帝国そのものに突きつけられた刃だ。

 銃士が普及すれば、反乱の火は容易に燃え上がる。

 いや、そもそも……魔導国がこれを我らに“意図的に”流したとしたら?)

 

ジルクニフはわずかに眉を寄せ、視線を空に向けた。

そこには、見えざる支配者の影――魔導国の存在が重くのしかかっているように感じられた。

 

「……利用するか、利用されるか。選択を誤れば、帝国の命運すら尽きるかもしれんな」

 

風が吹き抜け、訓練場に並ぶ魔銃の閃光を揺らした。

その眩しさは、未来を照らす光か、それとも破滅への火花か――誰もまだ答えを知らなかった。

 

 

/*/ 帝国西辺境・山岳地帯 /*/

 

 

村を蹂躙していたオーガの群れを討伐すべく、帝国は新設の「銃士部隊」を送り込んだ。

列を成すのは粗末な鎧に身を包んだ農民兵たち。彼らの手には例の「魔銃」。

 

「目標、前方! 構え!」

指揮官の叫びに、農民兵たちは一斉に魔銃を構える。

 

――バシュッ! バシュッ!

 

矢のような光が雨のように飛び、前衛のゴブリンや小型の魔獣が次々と倒れ伏す。

その光景に、彼らは歓声を上げた。

 

「すげぇ! 俺たちでも魔物を殺せる!」

「こんな楽な戦いは初めてだ!」

 

初陣は順調そのものに見えた。

 

だが――

 

「グォオオオオオッ!!」

 

咆哮と共に、巨躯の影が現れる。

三メートルを超える筋肉の塊、棍棒を振りかざすオーガ。

 

「撃て! 撃ち続けろッ!」

指揮官の声に、光弾が浴びせられる。だが――

 

バシュッ、バシュッ! 

直撃しても、オーガは怯むだけで倒れない。皮膚が焦げる程度で致命傷には至らない。

 

「な、なんで効かねぇんだ!? 当たってるのに!」

「弾が……効かねぇ!」

 

次の瞬間、オーガの棍棒が振り下ろされ、列の一角が潰された。

土と血の匂いが混じり、農民兵たちの顔から血の気が引いていく。

 

「ひぃぃっ!」

「も、もう撃てない……!」

 

銃士たちは恐怖に駆られ、後退を始めた。

 

その背を守るように、古参の兵士たちが前に出る。

鎧をまとい、盾を構え、剣を抜き放つ。

 

「退くなッ! 俺たちが押さえる!」

「矢が効かねぇなら、剣でぶち殺すまでだ!」

 

熟練兵たちが突撃し、オーガの足を狙って斬りつける。

棍棒を盾で受け流し、隙を見て腹に槍を突き立てる。

 

「ぐぉおおおっ!」

膝をついたオーガに止めを刺したのは、白髪交じりのベテラン兵だった。

 

彼は肩で息をしながら、恐怖に震える銃士たちを振り返った。

「……覚えとけ。銃が効かねぇ相手は必ずいる。

 最後に戦場で立つのは、血を浴びても剣を振れる奴らだ」

 

銃士たちはうなずくことしかできなかった。

彼らの瞳には、便利な兵器の先に潜む現実――戦場の恐怖が深く刻まれていた。

 

 

/*/ バハルス帝国・皇帝執務室 /*/

 

 

報告書を閉じたジルクニフの表情は、苦々しさと驚愕の入り混じったものだった。

「……ゴブリン、コボルド相手には圧倒的な戦果。

 だが、オーガには通じず、結局はベテラン兵が救った……か」

 

銃士部隊の戦果は、功績と危うさを同時に示していた。

農民が一夜にして兵士に化ける。だが、強大な魔獣には歯が立たず、恐怖に呑まれれば崩れる。

 

「強兵策の一環としては歓迎すべきだ。

 ……だが、いずれ矛先が帝国そのものに向く日が来るやもしれん」

 

ジルクニフは机に肘をつき、深くため息を吐いた。

「魔導国が……この技術を意図的に流した可能性は、捨てきれんな」

 

彼の脳裏に浮かんだのは、あの赤金の巨兵が振るった“圧倒的な火力”。

銃士どころではない。あれこそが、本物の脅威だ。

 

ジルクニフは椅子から立ち上がった。

「……直接確かめるしかあるまい」

 

 

/*/ 帝都・魔導国大使館 /*/

 

 

応接室には、ジョンがいつものように落ち着いた態度で待っていた。

彼の前に座るジルクニフは、珍しく言葉を選びながら切り出した。

 

「……銃士部隊は確かに成果を上げた。だが、同時に限界も見えた。

 魔導国の技術がなければ、帝国の防衛はもはや立ち行かぬ……そう思わされたよ」

 

ジョンは口角を上げる。

「今までもやってきたんだ。立ち行かないって事はないと思うぞ」

 

ジルクニフは苦渋の表情で続けた。

「そこでだ。……“あの武装”を、たとえ一丁だけでも構わん。

 魔導国が使った――“へびーましんがん”とやらを、譲ってはもらえぬか?」

 

ジョンの目が細められる。

「そんなにか…… だが、アレは“便利すぎる”ぞ」

 

ジルクニフは拳を握り、真正面から言った。

「承知の上だ。だが、辺境は魔獣の脅威に晒されている。

 銃士の矢弾では届かぬ敵がいるのだ。……あれがあれば、救える民の数も違う」

 

一瞬の沈黙。

やがてジョンは、ふっと笑みを浮かべる。

 

「一丁だけ、か。……なるほど、面白い交渉だ」

 

赤い瞳の奥には、試すような光が宿っていた。

 

 

/*/ ナザリック大墳墓・会議室 /*/

 

 

漆黒の円卓の上に、赤金の機兵が振るった“ヘビーマシンガン”の縮小模型が置かれていた。

 

アインズ(モモンガ)が重々しく口を開く。

「……ジルクニフから正式に要請が来た。“ヘビーマシンガンを一丁だけでも譲ってほしい”とな」

 

沈黙。

最初に応じたのはジョンだった。

「一丁だけならいいんじゃないか? あいつ、真剣に民を救おうとしてるし。俺はジルクニフを友達だと思ってる。……だから渡してやりたい」

 

「Mein Herr……!」

パンドラズ・アクターが感動したように身を震わせた。

 

だが、すぐにデミウルゴスの低い声が割り込む。

「御身。軽々しく与えるべきではありません。たとえ一丁でも、帝国は必ずリバースエンジニアリングを試みるでしょう。完全コピーは不可能でも、そこから派生技術が生まれ、やがては脅威に変わり得ます」

 

アルベドが頷いた。

「同感です。外部への秘匿こそ、ナザリックの安全を守る第一条件。我らが持つ技術的優位をみすみす崩す必要はありません」

 

アインズも、骸骨の顎をわずかに動かした。

「……私も、統治者としては反対だ。軍事技術は均衡を崩す。友誼のために渡すのは……軽率かもしれん」

 

しかしジョンはあっさりと肩を竦め、言葉を返した。

「だからこそ渡すんだよ。完全にコピーできないなら、帝国は“追いかけるしかない”。そうすれば“技術開発競争”が生まれる。魔導国と帝国が互いに進化し続ければ――結果的にどっちも強くなる」

 

その場に、一瞬の沈黙が落ちる。

デミウルゴスの赤い瞳が細まり、アルベドが不快そうに眉を寄せる。

だが、アインズは静かに、骨の手を顎に当てた。

 

「……なるほど。技術競争、か」

 

円卓に緊張が走る。

友としての贈与か、覇者としての秘匿か。

ナザリックの方針を決めるのは、この一言にかかっていた。

 

 

/*/ ナザリック大墳墓・会議室 /*/

 

 

アインズは悩むように顎に手を当てていた。

アルベドとデミウルゴスは、依然として反対の立場を崩さない。

 

「……やはり、軍事技術を外部へ渡すのは危険だ。統治者としては、断るべき――」

 

その言葉を、ジョンが遮った。

「モモンガさん」

 

静かな呼びかけ。

骸骨の瞳に赤い光が瞬いた。

 

「帝国の技術から、何が生まれるか分からない。けどさ――未知こそ、俺たちが求めてきたものじゃないのか?」

 

「……!」

アインズの心が揺れる。

 

ジョンは続ける。

「俺たちプレイヤーは、見知らぬ土地で新しいアイテム、新しいモンスター、新しい戦術……そういう“未知”に心躍らせてきただろ? それが俺たちの本質だ。もし帝国が銃一つから技術を広げ、新しい文化や兵装を生み出すなら――それは俺たちがこの世界に来た意味の一部になるんじゃないか?」

 

円卓に重い沈黙が落ちる。

デミウルゴスは瞳を細め、アルベドは苦々しい顔をする。

だがアインズの胸の奥には、かつて仲間たちと“未知を切り拓いた日々”の記憶が甦っていた。

 

「未知……」

 

ジョンは畳みかける。

「ナザリックの外に、“俺たちの知らないもの”が育つかもしれない。危険もあるさ。でも、それ以上に価値がある。未知を前にして立ち止まるなんて、モモンガさんらしくないだろ?」

 

骸骨の赤い瞳が、僅かに強く灯る。

「……そう、か。未知を……求める、か」

 

心に響くのは、かつての冒険者としての衝動。

支配者としての冷徹な計算と、一人のゲーマーとしての好奇心が交錯する。

 

やがてアインズは深く息を吐くように言った。

「……一丁だけだ。条件付きで譲渡する。だが、徹底的に監視と制御を行う。それならば……良いだろう」

 

ジョンが口角を上げた。

「そうこなくっちゃ」

 

アルベドとデミウルゴスは不満を隠さなかったが――

その決断は、ナザリックが“未知”に手を伸ばす大きな一歩となるのだった。

 

 

/*/ バハルス帝国・皇帝執務室 /*/

 

 

「……これは……」

ジルクニフは机の上に置かれた漆黒の長筒を凝視した。

無骨な鋼鉄ではなく、異様に滑らかな加工が施された金属。側面に走る刻印は魔術的な封印陣。

 

――ヘビーマシンガン。

 

「条件は三つだけだ」

ジョンは椅子に深く座りながら、軽く指を立てた。

 

「ひとつ。使用の際には、必ず魔導国から派遣された“監視者”の目の下で行うこと」

「……監視者?」

「形式上のものさ。帝国の国力を信じているからな」

 

「ふたつめ。帝国内での改造・分解は禁止。ただし、帝国自身の技術で“模倣”することまでは妨げない」

 

ジルクニフの瞳が鋭く光る。

禁止と許可――それを同時に突きつけてくる狡猾さ。

 

「最後にみっつめ。兵器の運用記録は、定期的に魔導国へ提出すること。戦果でも、失敗でもだ」

 

ジョンはこともなげに言ったが、それが意味するところは重い。

――帝国の最新の軍事運用が、逐一ナザリックに吸い上げられる。

 

「……なるほどな」

ジルクニフは深く息を吐いた。

与えられた条件は、いずれも“完全封鎖”ではない。

努力すれば、帝国の知恵で回避できる。

だが同時に、魔導国の視線を常に意識させられる仕組み。

 

「それにしても……君は随分と気前がいい」

「友達だからな」

ジョンは軽く笑って答えた。

 

ジルクニフは口元をひきつらせた。

――友。そう呼ばれることに、妙な居心地の悪さを覚える。

(だが……利用できるものは利用する。帝国にとって、これは転機となる)

 

彼は両手で慎重にヘビーマシンガンに触れた。

その重量感はただの鉄塊ではなく、未来そのもののように思えた。

 

「……帝国は、この贈り物に見合うだけの答えを出そう」

「楽しみにしてるぜ、ジルクニフ」

 

ジョンは肩を竦め、気楽に笑った。

だがその眼差しの奥には――“帝国の未来を観察する研究者の光”が、赤々と宿っていた。

 

 

/*/ 帝国軍・演習場 /*/

 

 

轟音。

火花の奔流が射線上の木製標的を粉砕する。

土煙の中、兵士たちは目を見開いていた。

 

「な、なんだこの威力は……!」

「剣で数分かかる稽古標が、一瞬で木っ端微塵に……!」

 

試射に用いられていたのは、魔導国から譲渡された“ヘビーマシンガン”。

火薬を用いず、魔力変換式で弾丸を射出するため、反動は極めて軽い。

兵士の一人が恐る恐る引き金を絞ると、肩を叩かれるようなわずかな振動だけで、連続射撃が可能だった。

 

「……扱いやすい。だが……」

視線を逸らす教導官の顔には苦悩が刻まれていた。

 

彼は剣の達人として名を馳せ、今は教練を任される立場だ。

剣を握り、盾を構え、己の肉体と魂を鍛え上げてきた。

だが――この鉄の武器の前では、その努力が霞んで見える。

 

「報告します、教導官殿!」

副官が駆け寄る。

「農兵上がりの者でも一日で扱えるようになります! 反動が軽いため、女や老人でも射撃可能かと」

 

「……そうか」

教導官は重い声を漏らした。

 

一方で別の報告が上がる。

「ですが、剣術の訓練に割ける時間が減っております。銃の操法に慣れた兵は、剣を取れば凡庸以下に……」

 

教導官は目を閉じた。

銃の火力は兵士の命を救う。

だが、基礎をおろそかにすれば、銃を失ったとき全く戦えなくなる。

 

「剣を捨て、銃を取るのか……」

呟きが漏れた。

 

彼の前で、兵士たちが歓声をあげながら試射を繰り返す。

その眼差しは、剣を鍛える苦行よりも、即効の火力に魅了されていた。

 

「……いずれ答えを出さねばならぬな」

教導官は天を仰ぎ、冷たい風に顔を晒した。

銃が軍を変える。

だが、それが“強化”なのか“弱体”なのか――まだ誰にも分からない。

 

 

/*/ 帝国魔法省・研究棟 /*/

 

 

「……これが“へびーましんがん”か」

魔法省の技術官僚たちが、厳重な結界の中に置かれた赤黒の鉄塊を取り囲む。

魔導国から譲渡された“試作兵装”――ただ一丁の銃。

 

まずは外装を外す作業から始まった。

だが、その瞬間から衝撃は走った。

 

「な、なんだこの精度は……!」

部品を外した工匠が呻く。

「削り出しの痕がない……どれほど高度な加工を施せば、この平滑さが出せるというのだ……」

 

別の魔導士が覗き込み、声を震わせる。

「見ろ、この封入式の魔力導管……。こんな薄さの線材に、どうやって均一に魔力を流せる? 通常なら暴発するはずだ……」

 

解析班の長が首を振る。

「外装ひとつ取っても、我らの技術は数百年後でも届かぬだろう……」

 

沈黙が広がる研究棟。

重苦しい空気の中で、一人の若い研究員がぽつりと呟いた。

 

「……だが、完全な理解は無理でも……模倣はできるかもしれません」

 

全員の目が彼に集まる。

彼は机に積み上げられた部品を指差した。

「例えば、銃身構造は分からなくとも、“魔力を一点に圧縮して放出する仕組み”は魔法省でも再現可能です。威力は落ちましょうが、形だけなら――」

 

「なるほど……。ならば我らの手で“帝国式”の銃を作ろうではないか」

 

技術者たちの目が熱を帯びる。

それは嫉妬か、羨望か、それとも征服欲か。

目の前に広がる“未知の技術”。

理解不能であっても、それを模倣し、自分たちのものにする――その衝動が彼らを突き動かしていた。

 

部屋の隅で、記録をつけていた老魔導士が静かに呟いた。

「これは……未知の技術の宝庫よ。だが、触れてはならぬ禁忌の果実かもしれん」

 

 

/*/ バハルス帝国・皇帝執務室 /*/

 

 

分厚い扉が開かれ、魔法省の高官たちがずらりと並んだ。

最奥の玉座に腰かけるジルクニフは、冷ややかな視線を彼らに注ぐ。

 

「……で? “へびーましんがん”の解析は、どこまで進んだ」

 

長髪の魔導士長が一歩進み、深く頭を垂れた。

「陛下。完全な複製は到底不可能――これは前提でございます。

しかし……我らは“模倣”の道を見出しました」

 

ジルクニフの目がわずかに細められる。

「申せ」

 

「魔力を一点に圧縮し、瞬時に放出する仕組み。

圧縮率は比較にもなりませぬが……“魔法の矢”を圧縮して射出する《魔銃》の試作に成功しました」

 

ざわ、と周囲の官僚が息を呑む。

 

「通常の《魔法の矢》では、オーガの皮膚すら掠らぬ。

ですが、圧縮してチャージした魔銃弾は――オーガの皮を貫通することを確認しております」

 

「……ほぅ」

ジルクニフの声にわずかな熱が混じる。

 

魔導士長はさらに続けた。

「加えて……銃の外装に用いられていた“仕上げ”の技術。

研磨と表面加工の模倣に成功したことで――帝国騎士の装備全般の防御力、そして美観が飛躍的に向上いたしました」

 

彼の横にいた軍務卿が、誇らしげに銀鎧を掲げる。

従来のものより鈍い光を反射し、まるで宝飾品のような輝きを放っていた。

 

「防御力は従来比で一割増。さらに腐食や摩耗に強い加工となっております」

 

ジルクニフは立ち上がり、ゆっくりと歩み寄ってその鎧に触れる。

指先に伝わる硬さと滑らかさ。

――これが、魔導国の“残滓”にすぎぬものか。

 

「……ふふ」

笑みが漏れる。

「まるで、神から投げ与えられた玩具よな。

掴み取れるものは掴め、ということか」

 

しかし、瞳の奥では別の色が揺らめいていた。

恐怖と、焦燥と、そして……狂おしいまでの期待。

 

「魔導国め……どこまで先を見て、我らに“餌”を投げている……?」

 

ジルクニフは心の奥底で呟いた。

 

 





自分が苦しい時には過去の自分の行いが巡り巡って帰ってくるものです。

次回!
第89話:苦しい時に帰ってくるもの!

自分がやった覚えのない事で評価されるって怖いよね。
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