オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ 魔導国王都エ・ランテル・冒険者組合 /*/
「……えっ? ア、アダマンタイト級だと……?」
静かな組合の一角に、どよめきが走った。
受付嬢が読み上げた冒険者登録証に刻まれた等級――それは最高位、アダマンタイト。
しかも「特例」と朱書きされ、備考にはこう記されていた。
――史上初の“天位”持ち、帝国闘技場にて立証。
「おい……あれ、“死を恐れぬブレイン・アングラウス”だろう?」
「いや、違う。今は“天位のブレイン”って呼ばれてるらしい」
冒険者たちがざわつき、視線を集める。
本人は真っ青になり、しどろもどろで受付嬢に食ってかかった。
「ま、待て待て! 俺は冒険者になりたいだけで……アダマンタイトなんて、お、恐れ多い……!」
「……しかし、これは魔導国の勅命ですので」
受付嬢は微笑みを崩さず、登録証を差し出す。
「……魔導国王陛下が、ですか……」
ブレインはごくりと唾を飲み込み、硬直した。
/*/
それから数日、ブレインはさらに困惑する羽目になる。
「お願いします、弟子にしてください!」
「一太刀だけでも指南を! 俺は命を賭けてもいい!」
「挑戦だ! あの爪切りを受け止めてみせる!」
冒険者組合の前は、挑戦者や弟子入り希望者でごった返していた。
冒険者のみならず、兵士崩れ、農民の若者、さらには帝国からの使者まで押し寄せる始末。
「……ちょ、ちょっと待て! お前ら、俺は師匠でもなければ道場主でもねぇ! 勝手に列を作るな!」
頭を抱えるブレイン。
しかし群衆は笑みを浮かべ、口々に叫ぶ。
「天位の剣士に挑めるなんて、一生に一度の栄誉だ!」
「ブレイン様に斬られて死ねるなら本望!」
「どうか、俺を鍛えてください……!」
「……こ、これが……アダマンタイトの、いや、“天位”ってやつか……」
呆然と呟くブレインの姿に、組合員たちも苦笑するしかなかった。
/*/ 魔導国王都エ・ランテル・冒険者組合 試合場 /*/
「次! 次の挑戦者!」
立会人の声が響くたびに、組合の臨時闘技場は歓声で震えた。
挑戦者は剣士、槍兵、魔法使い。
剣を構える者、牙を剥く獣人、奇策に頼る盗賊。
だが――
「……はっ!」
ブレインの踏み込み。
――ギィィィンッ!!
一太刀で決着。挑戦者の武器は弾かれ、あるいは突き伏せられ、あるいは気絶して転がった。
「勝者、天位ブレイン!」
その声が三十回繰り返されても、ブレインの呼吸は乱れない。
「……ま、まだ余裕があるのか」
観客席の冒険者たちは驚愕を隠せなかった。
/*/
「次は……パーティでの挑戦だ!」
最後に登場したのは五人組の冒険者パーティ。
盾役、斥候、魔法使い、弓手、剣士。ミスリル級の下位に数えられるチームである。
「いくら天位でも、一人じゃ限界がある!」
「連携で押すぞ!」
彼らは合図一つで同時に動いた。
盾が突進し、弓が矢を放ち、魔法詠唱が響く。
だが――
「……甘い」
ブレインは竜血を制御しつつ、武技を重ねる。
【気合】【斬撃強化】【速度強化】【必中】【貫通】【連撃】――六重の重ね。
――カンッ! バキッ! ドゴォォォッ!
盾は弾き飛ばされ、矢は叩き落とされ、魔法は斬り裂かれた。
斥候が背後に回ろうとした瞬間には既に柄で顎を打たれ、剣士が渾身の一撃を繰り出した時には、その剣が宙を舞っていた。
五人は次々に転がり、立ち上がれない。
沈黙。
観衆は言葉を失い、やがて地鳴りのような歓声が湧いた。
「ひとりで……パーティを……!」
「本物だ! あれが“天位”だ!」
ブレインは剣を収め、額の汗を拭った。
「……いや、そんな大げさなものじゃない。ただ、日頃の鍛錬の差ってだけだ」
その言葉に、周囲の冒険者たちは息を呑んだ。
鍛錬。積み重ね。
それを極めれば、ここまで届くのか――。
ブレイン自身も内心で苦笑していた。
「……いや、俺自身も、もう“普通の剣士”じゃないんだよな」
観客の熱狂と畏怖は、さらに膨れ上がっていった。
/*/ エ・ランテル・冒険者組合 特設闘技場 /*/
観客がざわめく中、漆黒の鎧を纏った巨躯が歩み出る。
その両腕には禍々しい大剣が二振り。
「モ、モモン殿……!」
「アダマンタイト級の……いや、“漆黒の英雄”!」
ブレインの前に立ったその男は、兜の奥から静かな声を響かせた。
「ウォームアップは済んだようだね。私と一手……手合わせ願おうか」
「……!」
ブレインは一瞬息を呑んだ。
この圧、重厚な武威。間違いない――アダマンタイト冒険者、モモンその人。
「……光栄だ」
ブレインは剣を抜き、居合の姿勢を取る。
観衆は息を詰めた。
“人間初の天位”と“漆黒の英雄”。
冒険者社会の二大象徴が、今、対峙している。
/*/
「はぁッ!」
モモンが先んじて踏み込み、大剣二本が唸りを上げる。
速い。重い。
剛剣の連撃は大地を揺らすような威圧を伴い、まさに百戦錬磨の巨人そのものだった。
「……!」
ブレインは竜血の制御を意識し、六重武技を同時展開。
【気合】【速度強化】【斬撃強化】【必中】【連撃】【剛力】。
――カァァンッ!!
剣と剣が衝突するたび、雷鳴のような音が広場を揺らす。
観客の誰一人として瞬きすらできない。
「な、なんだこの速さ……! 二人とも、人間の域を超えている……!」
「これが……アダマンタイトと天位……!」
ブレインは剛剣を受け流し、隙を突いて剣を振るう。
だがモモンは二刀流の妙で死角を潰し、刃を交錯させて攻撃を殺す。
――これが基礎を積み上げた力……!
対して――
――これが竜血で押し広げた限界の先……!
両者の刃は交差し、交わり、弾かれ、再び火花を散らす。
やがて、互いの剣がほんの僅かに止まった。
互いの胸を狙える距離、互いに勝機を掴める距離。
……沈黙。
そして――
「ここまでにしておこう」
モモンが静かに剣を収めた。
ブレインも一拍遅れて剣を下ろす。
「……お見事」
「いや、君こそ……さすがは天位だ」
二人は互いを称え合い、観客席からは轟音のような歓声が巻き起こった。
/*/
こうして、“漆黒の英雄モモン”と“天位の剣士ブレイン”の名声は、同時に爆発的に広まっていく。
誰もが悟った。
――この二人が並び立つ限り、魔導国の威光は揺るがない。
/*/ エ・ランテル・冒険者組合・会議室 /*/
人だかりを抜けた後、ブレインは組合長アインザックに呼び出されていた。
机の上には積まれた申請書の山。すべてが「弟子入り志願」である。
「……参ったな。これほどの熱狂は正直、俺も想定外だったよ」
アインザックは苦笑しながら山を指さす。
「このままでは君の家の前に行列ができるのも時間の問題だ」
「は、はぁ……俺に師匠の真似事なんて務まるわけが……」
ブレインは額を押さえた。
だがアインザックは首を横に振る。
「いや、務まる。むしろ今の君にしかできんことだ。――提案がある」
ブレインが視線を上げると、組合長は身を乗り出して言った。
「組合の訓練施設を使って、週に数回“剣の教導”を担当してもらえないか?
弟子入りという形ではなく、誰でも参加できる公開の修練場だ」
「公開……修練場……」
「そうすれば君は個人に縛られず、多くの冒険者を一度に鍛えられる。
組合としても、冒険者全体の底上げになる。なにより――君の名声をさらに確かなものにする」
ブレインはしばらく沈黙した。
目を閉じ、己の過去を思い返す。
誰にも認められず、無力を噛みしめた日々。
それが今、誰かを導ける立場にある。
「……俺にできるかどうかは分からん」
「だが……求められているのなら、応えよう」
アインザックは満足げに頷いた。
「決まりだな。週に二回――いや、三回でもいいかもしれん。すぐに準備を進めよう」
こうして、魔導国冒険者組合の訓練施設に“天位剣士ブレイン”の教導日が設けられることとなった。
その報せは瞬く間に冒険者社会に広まり、次の熱狂を呼び起こすのであった。
/*/ 魔導国冒険者組合・訓練施設 初回教導日 /*/
広い訓練場に、老若男女さまざまな冒険者がひしめいていた。
木製の模擬武器を抱え、息巻く者、緊張で固くなる者。
その視線を一身に受けながら、ブレインは前に立つ。
「……俺が教えることは、特別な技でも秘奥でもない」
「ただの基礎だ。だが、それを積み重ねることでしか強さには届かない」
冒険者たちがざわつく。
“天位”の剣士がどんな秘技を披露するのかと思っていたが、返ってきた言葉は“基礎”。
だが、かえって期待は高まっていた。
ブレインは肩を回し、呼吸を整える。
「今日は軽く……ジョジョン殿がペテルにやらせていた基礎の……まぁ、甘口バージョンだ」
そう前置きして、模範を示す。
――腰を深く落とし、剣を真横に構え、足運びを繰り返す。
一見、単純な反復動作。
「……さぁ、やってみろ」
冒険者たちは一斉に真似をする――が。
「ぐっ……っ!? 腰が……!」
「な、なんだこれ、足が攣る……!」
「一分も持たねぇぞ!? 動きは簡単なのに!」
次々と崩れ落ちる。
呼吸は乱れ、汗が噴き出し、足腰は悲鳴をあげた。
ブレインは目を瞬いた。
「……え? おかしいな……これ、甘口の基礎だぞ? 間違ってはいないはず……」
訝しむように首を傾げる。
だが冒険者たちは違った。
「……これが……“伝説の剣士”の基礎……!」
「たった一分で立っていられなくなる……どれだけ練り込まれてるんだ……!」
「ぱねぇ……! これを続ければ、俺たちもいつか……!」
眼差しは熱狂に変わり、誰もが必死に立ち上がろうとする。
震える足を叱咤し、歯を食いしばりながら――。
ブレインは頭を掻いた。
「……俺、何か間違ってないか?」
独りごちる声は誰にも届かず、訓練場は熱に包まれていた。
――そう。
木刀とはいえ首に虎落笛を喰らって倒れないペテルを基準にしてしまった時点で、すでに“人外基準”だったのである。
/*/ 魔導国冒険者組合・訓練施設 数回目の教導日 /*/
ブレインが模範動作をとると、訓練場に並んだ冒険者たちもすぐに構えを取る。
初回のときは一分も保たなかった姿勢――だが今日は違った。
「……ふんっ……!」
「まだ……まだ立てる……っ!」
汗を滴らせ、膝を震わせながらも、多くの冒険者が踏ん張っていた。
中には五分近く耐える者まで現れている。
「……なるほどな」
ブレインは腕を組み、黙って一人ひとりの足腰を観察する。
わずか数回の稽古で、確かに土台が変わり始めていた。
冒険者の一人が歯を食いしばりながら声をあげた。
「ブレイン様……! たしかに基礎は……辛いが……強さが足元から……染み込んでくるのを感じます!」
「俺もだ……! 剣の振りが前よりも軽い……!」
「こんなの、今までの訓練じゃ分からなかった……!」
熱を帯びた言葉が次々に漏れる。
最初は半信半疑だった者たちも、今は確かな手応えに夢中になっていた。
ブレインはほんのわずかに口元を緩めた。
「……そうか。なら続けろ。積み重ねれば、必ず壁を越えられる」
冒険者たちは歓声をあげるようにして再び姿勢を整える。
揺らぐ足を叱咤し、何度も立ち上がり、倒れてはまた立つ。
その光景を見つめながら、ブレインは内心で呟いた。
(……これが“人を育てる”ということか……)
かつてはただ強さだけを追い、孤独に剣を振るってきた。
だが今、彼の足元には未来を背負う者たちが必死に食らいついている。
「……悪くない」
ブレインは木刀を握り直し、次の動作を示した。
訓練場の熱気はさらに高まり、冒険者組合の新たな伝統が芽吹こうとしていた。
/*/ 魔導国冒険者組合・組合長室 /*/
組合長アインザックは机の上の報告書を閉じ、深く頷いた。
そこには、訓練に参加した冒険者たちの記録が綴られている。
「基礎訓練によって持久力が向上した」
「戦闘で足が止まらなくなった」
「斬撃がぶれなくなった」
どれも小さな変化ではあるが、確かな成果だ。
しかも短期間でこれほどの改善が見られるとは、前代未聞だった。
執務室の扉が叩かれる。
「ブレイン殿をお連れしました」
「入れ」
扉が開くと、ブレインが現れる。
普段通りの無骨な立ち姿――だが、どこか落ち着いた雰囲気を漂わせていた。
「呼び出しとは……何か用か」
アインザックは立ち上がり、真っ直ぐに彼を見据えた。
「ブレイン殿。結論から申し上げよう」
一拍置き、重みのある声で続ける。
「冒険者組合の“正式教導官”になっていただきたい」
「……教導官?」
ブレインの眉が動く。
「そうだ。君が行ってきた稽古は、すでに街で大きな評判を呼んでいる。若手はもちろん、熟練の冒険者ですら“足元を見直さねばならん”と騒いでいる」
「……」
「彼らは君の教えを求めている。魔導国の冒険者の底力を底上げするには、君の存在が必要だ」
ブレインはしばし黙した。
かつての彼なら「自分には関係ない」と突っぱねていただろう。
だが今は――あの訓練場で必死に立ち上がる冒険者たちの姿が脳裏に浮かぶ。
「……俺に務まるかどうかは分からん」
「務まるかどうかは関係ない。君だからこそ、皆がついてくるのだ」
アインザックは机越しに深く頭を下げた。
沈黙ののち、ブレインは短く息を吐く。
「……分かった。だが俺は“剣士”だ。飾りではなく、本気で叩き込むぞ」
「望むところだ」
アインザックの顔に安堵と期待が広がった。
こうして、史上初の“天位”を持つ剣士は、冒険者組合の正式な教導官として迎えられることとなった。
/*/ 魔導国冒険者組合・訓練施設 /*/
ブレインが正式に教導官となった――その知らせは瞬く間に広がり、訓練施設は連日、人で溢れ返った。
若手冒険者はもちろん、熟練のベテランまでが「弟子にしてくれ」と押し寄せる。
「……俺は師匠じゃない。ただの教導官だ」
ブレインが何度否定しても、熱狂は止まらない。
ついには苦し紛れに、彼は口を滑らせてしまった。
「……弟子入りしたいなら、まず漆黒の剣のペテル・モークを倒してみろ」
その瞬間、ざわめきが爆発する。
「なるほど、門弟試験か!」
「ペテルならプラチナ級だろ? 俺たちでもワンチャンある!」
ブレインは思わず天を仰いだ。
(……しまった。軽口のつもりが……!)
かくして、挑戦者たちの矛先はペテルへと向かう。
/*/ 訓練場・模擬戦スペース /*/
「さあ来い! 遠慮なくやってやる!」
「俺たちの実力を見せてやるぜ!」
数組の冒険者パーティが次々とペテルに挑む。
しかし――
「……っ!? 速い……!」
「ぐああっ!」
「な、なんで……俺たちが……!」
次の瞬間、冒険者たちは地面に転がっていた。
木刀を持ったまま、膝をつく者。
痛みに顔を歪めながら、立ち上がれない者。
観衆の冒険者が息を呑む。
「ま、待て……あれ、本当にプラチナ級か?」
「強すぎる……! 一瞬で捌かれたぞ……」
ペテルは息一つ乱さず、冷ややかに言った。
「……甘く見すぎだ。プラチナ級だからって、なめてかかるな」
実際のところ、彼の実力はすでにオリハルコン級に達していた。
冒険としての“ランク”はプラチナでも、実力はアダマンタイトに次ぐ領域にある。
「つ、次こそ!」
「まだだ! 俺たちのパーティで!」
挑戦者は尽きない。だが挑むたびに、泣かされて帰っていく。
訓練場の片隅で頭を抱えるブレイン。
「……あれじゃ弟子どころか、ペテルの道場じゃないか……」
そしてアインザックが横で苦笑する。
「まぁ、いいじゃないか。魔導国の冒険者の底上げにはなる」
こうして、弟子入り志願者の行列は“ブレイン道場”ではなく、実質“ペテル道場”へと変貌していったのであった。
/*/ 魔導国冒険者組合・訓練場 /*/
連日の“弟子入り志願”騒動は収まらなかった。
ペテルは今日も挑戦者を相手にしては泣かされ、汗と涙でぐったりしていた。
「……ブレインさん、酷いですよ……!」
半泣きで駆け寄る。
「なんで俺ばっかり弟子志願者の相手させられるんですか! 皆、ブレインさんの弟子になりたいんでしょ!? 俺じゃないですよ!」
ブレインは腕を組み、妙に偉そうに答える。
「いや、カルバイン様に弟子入りした順番では……お前が先だったよな?」
「……は?」
「つまり、弟弟子の窮状を兄弟子が助けるのは当たり前だ。なぁ、ペテル!」
「ちょっと待ってください! 俺が兄弟子!? それ暴論でしょ!」
ブレインは真顔で言い放った。
「――武術家は己の生命を狙う敵をもって一人前!」
「ええーーーっ!!?」
ペテルの絶叫。
だが周囲の冒険者たちは感涙し、拳を握りしめていた。
「やっぱり“天位の剣士”の弟子は言うことが違う!」
「命を懸けてこそ強さを掴む……! これぞ至言!」
場の空気が熱狂に包まれていく。
当のペテルは涙目でブレインの袖を掴み、必死に抗議する。
「師匠! 弟子! 順番! 俺の知ってる武術論と違うんですけどーー!!」
そこに遅れてやってきた冒険者組合長アインザックと、“漆黒のモモン”が視察に入った。
アインザックは額を押さえ、低く唸った。
「……あれは暴論だろ」
モモンも鎧の下でため息をつく。
「同感だ。だが……妙に説得力があるのが困りものだな」
ペテルの叫びも、二人のツッコミも、結局冒険者たちの熱狂にかき消され――今日も訓練場は混乱と歓声で揺れ続けるのであった。
/*/ 魔導国冒険者組合・訓練場 数日後 /*/
「武術家は己の生命を狙う敵をもって一人前!」
訓練場の壁に、墨痕鮮やかにその言葉が大書されていた。
書いたのは誰でもない、冒険者組合の熱心な若者たちである。
「これが“天位剣士ブレイン様の教え”だ!」
「命を懸ける覚悟こそ、強さの証!」
冒険者たちは声を揃えて復唱し、気炎を上げる。
ブレインはその様子を眺めながら、頭を抱えた。
「……あれは、その場のノリで言っただけなんだが……」
横で木刀を抱えたペテルが涙目で睨んでくる。
「……ブレインさんのせいですよ! 俺、昨日“お前の命を狙うぞ!”って決闘を二十回挑まれたんですから!」
「お、おぉ……すまん」
謝りながらも、ブレインの口元は苦笑している。
そのやり取りを見ていたアインザックは深々とため息をついた。
「……おいブレイン。お前な、軽口で言ったことが帝国に伝わったらどうなると思う?」
「さ、さすがにそこまでは……」
だがアインザックの読みは正しかった。
数日も経たぬうちに――
「“命を狙う敵こそ糧”という至言が魔導国の新しい武の教えだ」との噂が広がり、
冒険者の街エ・ランテルはもちろん、帝国や王国の闘技場剣士たちにまで広まっていった。
「……なんか、俺、武道の祖みたいに扱われてないか……?」
ブレインは遠い目で呟いた。
ペテルは机に突っ伏し、顔を両手で覆いながら呻く。
「師匠……俺、もう命いくつあっても足りません……」
その横で、モモン(=モモンガ)は漆黒の鎧の中でひそかに笑んでいた。
「(うむ、偶然とはいえブレインの求心力は強まっている。これは利用できる……)」
ブレイン本人の苦悩をよそに、“天位剣士の教え”は魔導国全土に浸透しつつあった。
/*/ 帝国宮廷・皇帝執務室 /*/
ジルクニフは机の上に投げ出された書状の山を見つめ、深いため息をついた。
「……またか。どれもこれも、“天位を求める挑戦”だと?」
側近のロウネが静かに頷く。
「はい。陛下の御名を騙る偽物が闘技場で天位を授与した……という噂が尾ひれをつけ、いまや“挑めば天位を得られる”と信じる剣士や武人が押し寄せております」
ジルクニフは額を押さえる。
「誰が言い出した……!?」
ロウネは書状の一枚をめくり、眉をひそめた。
「発端は……魔導国のブレイン殿ですな。“武術家は己の生命を狙う敵をもって一人前”と語ったとか。その言葉が『天位を得るには命懸けの挑戦こそ必要』と解釈され……」
「……あの馬鹿……!」
ジルクニフは椅子から立ち上がり、苛立ちを隠さずに吐き捨てた。
だが現実は現実。
挑戦者たちは止むことを知らず、帝都の治安を乱しかねない勢いだった。
「……仕方あるまい」
しばし沈黙したのち、ジルクニフは決意を込めて言った。
「私の名を騙る者に挑みたいのならば――まず帝国闘技場のチャンピオンになり、“武王”の座を掴んでからにせよ。そう布告しろ」
ロウネは目を丸くする。
「陛下、それは……」
「どの道、止められぬ潮流だ。ならば、せめて帝国の制度に組み込む。挑戦を受けるまでの条件を課せば、少しは間引けるだろう」
ロウネはしばし逡巡したのち、深く頷いた。
「御意」
ジルクニフは机に両肘を突き、顔を覆った。
「……ブレインの名声が、まさかここまで箔を付けるとは……。天位を欲する者どもが爆発的に増えている……。どうしてこうなった……」
その吐息は、帝国の未来を思うがゆえの重苦しさに満ちていた。
どうして人はエキサイトすると暴動とか起すんでしょう。
いや、球技だなんて言ってませんよ?
次回!
第91話:猛者帰り!
猛者とは何処から来て、何処へ帰るのか?