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「いい加減にしなさいって!!」
衛宮春人は母、衛宮――旧姓遠坂凛の叫び声によって、目を覚ました。どうやら、居間で誰かと言い争っているらしい。春人は、徐に動きだし少々鈍い動きで、寝間着から普段着に着替えた。そして襖を開け廊下に出て、二部屋向こうの居間に向かった。
「おはよ…母さ――」
「だから!!私は姉さんと、先輩の結婚を認めたことはありませんっ!!」
「桜、あなたが認めなくても国が私たちの結婚を認めているの!!」
「そんなものは知りません!先輩はわたしの物ですっ!!」
「あなた、そんなこと言ってるから3―」
「ね、年齢なんて関係ありませんっ!!」
衛宮邸の居間の襖を開けてみると案の定、凛とその妹である間桐桜が言い争っていた。朝っぱらから聞くには堪えがたい姉妹喧嘩を聞きながら、春人はその様子を苦笑気味に見守って(?)いる父衛宮士郎の隣りに座った。
「おはよう。父さん」
「ああ…」
「…」
「…」
「朝御飯作ろっか?」
「そうだな」
*
台所、士郎と春人は並んで朝食を作っていた。
「いったい何があったの? どうせ、また他愛もない事で言い争ってるうちに、ああなったんだろうけど。」
春人がイワシを引っ繰り返しながら訊く。
「…どうしてああなったかな…」
士郎は味噌汁の味を確認して呟く。その眼は遠くどこかの理想郷を見つめているかのようだった。
*
「朝御飯出来たよ~」
士郎と春人が卓袱台に運んだ朝食は5食分。食べるのは士郎と春人、凛に桜、そして…
「うわぁぁっ今日もおいしそう…」
藤村大河である。大河は、春人の通う穂群原学園の教師である。ちなみに、担当クラスは春人が在籍する2年C組である。
「「「「「いたただきます」」」」」
その一言を駆け声にして、全員が朝食を取り出す。だがしかし、桜は明らかにいつもの食べる量からして一口の量が少なすぎた。
「ど、どうしたの桜さん…」
「…」
「凛、どうだ味は?」
「いつも通り美味しいわ」
「…っ」
「さ、桜さん?」
「士郎君、おかわり」
「ふ、藤ねえ…その歳でよく食うね…」
「なんか言った?」
「いえ…」
「…っ」
「さ、桜さん?」
「母さん大人気ないよ」
桜のことを「母」と呼んだこのショートカットの少女は間桐椿。桜が12年前に引き取った養子である。
「あ、椿、朝御飯食べるか?」
「うん、春君お願い」
春人は、大河のために多めに用意していた朝食を椿のために温めなおし始めた。
*
「イタッ――!!」
それは、春人と椿が登校しようと居間の襖に春人が手を掛けた時だった。春人の右手が焼けたような痛みを発したのだ。
「どうしたの?」
痛みのあまり思わず手を放した春人の様子を見た凛が心配そうに春人を覗きこむ。
「こ、これって…士郎!!」
「どうした?ってこれは…!!」
「どうしたんです?姉さん、先輩?ってなんで…!!!」
その手の甲には赤く鋭い文様が浮かび上がっていた。その画数、三画。
「…令呪…」
*
「令呪って…まさか」
「冬木の地の地下にあった聖杯は10年前、お前がロード・エルメロイⅡ世と二人で破壊したじゃないか!!」
「そうよ!!その…はずよ…」
「あ、あの~母さん?」
大の大人3人が揃いも揃ってパニックになりかけているのを見て、春人は気遣わし気に言葉を作った。
「とにかく!!今日は学校休みなさい」
「ああ、藤ねえには俺から連絡しておく」
「椿は学校に行きなさい。遅れちゃうわよ」
「「は、はい…」」春人と椿はそう答えるしかなかった。
*
「…と、父さんどういうこと?説明してよ」
「春人、俺と母さんが高二の時に聖杯戦争に参加したっていうのは知ってるな?」
「ああ、でも、その聖杯は母さんが破壊したんじゃ…」
「そのはずだったのよ…でも、こうして令呪が現れたってことは…」
「聖杯が復活した…」
「そうしか考えられないですね…でも…」
「桜、分かってる。聖杯が復活したってことは」
「どこのどいつかが聖杯をこの地に持ってきたってことね…しかも飛び切り厄介なやつを」
遠坂邸、凛が所有する魔術工房。二十年前に使用された魔法陣は多少の修復が必要だが未だに残っている。今、凛と士郎がチョークで以ってその修復を行っていた。
「本当にやるのか?」
「やるしかないじゃない」
どのようなクラスが当たるか分からない。それが二人にとって不安の種だった。
「
「そうね…」
春人は衛宮士郎の息子であるということは、二十年前凛が召喚した英霊エミヤが召喚されるリスクは高い。それだけは避けたい。あの皮肉屋な現実主義者である自分と顔合わせするのはあの一回で十分だというのが士郎の本音だった。
「なあ、あれなんだ」
修復が一段落したところで、士郎は凛に魔術工房の隅に立て掛けられている。布に包まれた1メートル半ほどの長さの何かについて訊いた。
「ああ…あれね。ロード・エルメロイⅡ世が押し付けてきたのよ。7年位前に」
「へえ…で、なんなんだ…あれ?」
「さあ?中身は木の棒きれだったけど………春人」
修復を完了させ、召喚の準備を整えた凛は桜から聖杯戦争に関するレクチャーを受けていた春人を呼んだ。
「召喚の準備は整ったわ…春人、ここからはあなた次第。聖杯戦争に参加する?」
「もし、ここで俺がしないって言ったらどうする?」
「それでも構わない。俺と母さんと桜は聖杯を探して破壊する。それはお前が参戦してもしなくても変わらない」
「俺が参戦したらやっぱり聖杯を探し出しやすいよね?」
「ああ、確かに探し出しやすい」
「なら――」
「でも、参戦したら春人君は今まで経験したことがないほどの暴力に出会うと思う。聖杯戦争は7人のマスターとそのサーヴァントによる命を懸けた抗争。殺し合いだから…それでも…」
参戦するのか?聖杯戦争に?
誰もそうは問わなかったが、確かに三人の眼にはそんな春人への問いが宿っていた。
「………するよ」
春人は三人を見渡しながら、再びはっきりと言った。
「俺は聖杯戦争に参戦する。」
*
「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師シュバインオーグ。降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
魔法陣は春人が紡ぐ呪文に呼応するかのように眩い輝きを放ち始めた。春人の体を貫く痛みがその魔術回路が正常に起動していることを、示していた。
「
体中から魔力が抜かれていく感覚を春人を襲う。放たれる幾条の光芒が春人を襲う。室内なのに吹き荒れる風が春人を襲う。
「―――
有らん限りの力を込めて春人は叫んだ。魔力を抜こうとする力に、目を貫く光に、体を芯から揺さぶる風に、抗うように。
「―――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。」
眼を閉じる。届け!この願いを聞き届けよ!!
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
魔法陣から放たれる光が爆ぜ、煙が噴き上がった。だがすぐに光は収まり煙は晴れて行った。
そしてそこには、春人の要請に応じたサーバントが立っている…
はずだった。
「…いない…」
「失敗したの?」
「…春人君は無事そうですが…」
その場にいた皆の頭蓋の奥に疑問符が現れだした時、閉まっていたはずの魔術工房の扉が開かれていることに春人が気が付いた。遅れて、三人も扉の方に視線を向ける。そこには一人の少女が立っていた。髪の色は白銀。瞳は透き通った空色だ。着ているのは白いワンピース。だがしかし少女が右腕を自らの体を撫でていくように振り上げていくと、身に着けていた衣服は変貌を遂げていった。靴は革の色から彼女の髪よりも濃い銀色に染まりジャランッと鋼鉄の音を上げる。白いワンピースは白く裾の長いコートと赤いワンピースに変貌した。胸は可憐な姿には似つかわしくない鋼鉄の鎧を纏い。細い両の手は籠手に包まれていた。背中には一振りの長剣がその握りを左側から突き出している。
そして、徐に彼女は口を開いた。
「お聞きしましょう。貴方が私のマスターですか」