合体事故でスライムにならない様頑張ります。
VRの登場は当初その開発に要するスペックの高さと安全性に対する基準の厳しさから、期待されていた娯楽性の高いものは中々発売されず、それでも仮想空間の中でしか不可能、困難な体験から中毒性が既存メディアで声高に叫ばれるほどの「愛好家(フリークス)」を生み出した。
またネットワーク回線が大幅に強化され、SOHOの流れを汲んだVROFFICEの登場は痛勤とまで言われた通勤の負担を減らすと共に、身体的、環境的に就業が困難であった層に対する労働環境の提供にも繋がっていた。
さらに日本独自とも言える二足歩行ロボットの進化とテレイグジスタンスがVRと融合した結果、重労働とされる肉体労働に生身の筋力が不要となった。
こうして懸念されていた労働力不足を移民などの手段を用いずに解決した日本では、時間の圧縮すら可能なVR技術の後押しもあり、ワークシェアが進み、リアルよりも低いコストで充足感の得られ、より娯楽性の高いVRへの欲求が高まっていくこととなった。
そうした中、既存のゲーム企業、エンターテインメント企業も手を拱いていた訳ではない。
まずは膨大なデータストックと資本力を持つ米国企業が、映画と遊園地を融合したVRテーマパークを開業。初年度年間来客者数は500億人を超えた。
日本でも既存のゲームタイトル、映像作品が相次いでVR化され、そして、あのタイトルもVR化されてしまった。
「女神転生」
α、クローズドβ、オープンβを経て、そのそれぞれで「如何にも」な噂を生みつつ、満を持しての本サービス開始。
杉山猛もそんなメガテンVRMMOを本サービススタートからプレイしようと、自分用のVR機器をセットしカウントダウンを待っているメガテニストの一人だ。
「古典」と現在では称される無印から始まって、真、if、ペルソナ、デビルサマナー、デビチル、魔神転生……と一通りはやり尽くし、ハンティング系VRでVRゲームに親しんだ彼に取ってみれば、本当はβ時代から参加したかった。
くじ運の無さは商店街の福引でティッシュ以外、ラップすら当たらないという点で身に染みて感じてはいたものの、それでもかすかな望みをかけて、それこそ「一生分の運を使ってもいいから!」と思って応募したもののβの抽選から外れた。
本プレイでの集中プレイのため、本業(人型作業用ユニットを使った遠隔倉庫作業と倉庫管理)の他にバイト(接客ユニットでのコンビニレジ打ちと商品補充、時間帯によっては一人で複数のユニットを使い分けて作業する)も入れ、本業でのシフトを調整までした。
冷蔵庫の中には栄養補給ゼリーと飲料。
流石に紙オムツは止めた。
トイレにも事前に行ったし、飲料、食糧とも手元に一食分は出しておいた。
あと一分。
ベッドに横になり既に装着していたヘッドフォンと縁日のお面が一体化した様な端末をあらためて確認。
あと三十秒。
お面状の端末の下の鼻がかゆくなったのでかく。
あと二十秒。
友人からメールが来たのをスルー。
あと十秒。
九秒、八秒、七秒、六秒、五秒、四秒、三秒、二秒、一秒……。
電子音と共に回線がオープンされVRへ導入される。
何も無い虚空に上下から砂時計の砂の様に粒子が……。
ドットが見分けが付く古いパソコンの半角英数文字が並び、流れ、また崩れていく。
突如、白いドットが赤く、緋く染まる
スグニケセ、スグニケセ、スグニケセ、スグニケセ、スグニケセ、スグニケセ、スグニケセ、スグニケセ、スグニケセ、スグニケセ、スグニケセ、スグニケセ、スグニケセ、スグニケセ、スグニケセ、スグニケセ、スグニケセ、スグニケセ、スグニケセ………………
「うっわっビビった……、これって真の都市伝説のネタ? 趣味悪いってか、縁起悪いってか……」
視界を塞ぐ赤い文字はまるで何者かに齧られていく様に消えていき、そして元の闇に。
かすかに、空耳かと思える小ささから徐々に大きくなってきた音、いや音楽。
期待にドキドキする気がするが、仮初の仮想体には反映されていない。
水滴の落ちる音。
音の先から水平に波紋が広がり、それを追いかけるように一面に花が生い茂っていく。
向かって右に鮮やかな黄色いヒマワリが、向かって左に真っ赤な彼岸花が、それを押しのけるようにさらに中心部からまるで蛇の様にうねりながら木が生え、あっという間に巨木に育つと青々とした葉を茂らせ始める。
「新たなる世界へようこそ」
太い木の根元の洞、周囲とは不釣合いな金属光沢のカウンターがいつの間にか現れ、カウンターを挟んで奥側に座る役人じみた服装の顔色の悪い、実は死人だと言っても信じられる様な不健康そうな男が口を開く。
「人の欲望と言うものには際限が無いものなのだな、この様な世界まで生み出してしまうとは……。ここでは君のこの世界での有り様を決めることになる。体型、性別に関しては別の世界での君とあまり大きな差が無い様にすることが望ましい……などと君が読んだであろう説明には書いてあっただろうがな、まあ、そんなものさほど気にする必要も無い。むしろ魂の有り様と矛盾しないことの方が重要だろう。仮初とは言え、この世界もまたひとつの現実。歪みの果てに待つものは……まあ、門出に送る言葉ではないか。ここは時の狭間であるがゆえ、慎重に検討を重ねてもらっても構わないが、何事にも限度というものはある。君はこの世界に何を望むかね?」
言いながらカウンターの上をタブレットコンピュータの様なものを滑らせてくる。
「名前、タケシ……使われてるか、じゃタケル。性別は男、種族? 種族も選べるの? 人、悪魔人、先祖返り、造魔、へえ、悪魔人は運が悪いと強化・合体時に悪魔に乗っ取られたことになってアカウント消失のリスク、その分、能力、魔法、スキル優遇ね。先祖返りは狼男とか吸血鬼とかの悪魔要素を薄く持つ、言ってみりゃ劣化悪魔人ね。造魔はまあ、それなりにおなじみだよな。月の満ち欠けに影響を受けるっと。また対NPCや対悪魔交渉にマイナス修正を受けるわけね。うーん、悪魔人とかなぁ、でも、やっぱ人かな? 職業はメインとサブで最低でも一つずつは貰えて、イベントなんかで追加も有りと、メインが対悪魔、サブが表の顔って感じか。学生とか会社員とか探偵とか警察官とか自衛官とかでそれぞれステータス修正とスキル追加、メインの方は戦闘スタイルってトコか、サマナー、異能者、ペルソナ使い、バスター。やっぱメガテンだからサマナーかな? 仲魔とかね、ケルベロスとかカーシーとかどのくらいモフモフなのか体験してみたいし。サマナーだとコンピュータ系あると便利かな? サブはSEで、次はステータスとスキルか。ステータス……もうひとつの現実ってなら「運」は必須だな、あっちの現実は運無いし。運と速さ高め、他はそこそこ。スキルは職業で自動的にサマナーとコンピュータが付いたから、後は自分の戦闘用かな? カタナとかうまく使えないだろうし、鈍器とかスキル……あった。乗り物乗るのもスキル要るのか。うーん、建設機械とか、戦闘機や戦車まであるのかよ! とりま最初はいっか、生き残って、レベル上げるのを主に考えて、後回しにしよう……、逃走用にダッシュ、これは攻撃にも使えるだろうし、それと対悪魔用に交渉スキルを……」
タブレットに表示されている項目に入力していく猛。
入力内容を律儀にといっていいくらい口にしているが、なんとか必要とされる要素を入力し終え、向きを逆にして顔色の悪い男へと渡す。
「ふむ、まあ、こんなもんだろうな。タケル:24歳:男:サマナー/SE:属性・N/N:カルマ0:初期スキル・サマナー、コンピュータ(ソフトウェア・プログラミング)、鈍器、交渉、ダッシュ……ステータスとスキルから初期アイテムと装備、所持金が決定される。外見も定着したようだな。」
「え? おお、リーマンっぽいスーツ、多少は防御力ありね。空間投影のキーボードとモニター付いたコンプ、これは優れもの……に鈍器……確かに鈍器だけど、握りやすいけど、ブロンズの花瓶って! 傷薬5つ、これはありがたい! 反魂香、チャクラドロップ一個ずつ。所持金5万2398円、これは多いのか少ないのか? それと……何故に猫餌の缶詰? ポケットに入ってたんですけど? え、サービスですか……ありがとうございます?」
「それでは扉を開こう。二度と会うことはあるまいが、たとえこの世界での君に最後の時が訪れたとしても、その魂の安らかなることを……」
「えっ! てか、これってVRゲームのスタートってより、転生もののお約束じゃあー!?」
ぽっかりと足元に開いた穴に落ちていく猛ことタケル。
無表情であった顔色の悪い男の口元が微かに歪んだ。
「「ふう酷い目にあった……え?」」
同時に落ちて来たその男と全く同じセリフを口にしてしまったタケルは男と互いに顔を見合わせる。
「やはり足元に穴が開いて落とされたんですか?」
「いきなりでビビった、死ぬかと思った、これだからVRは洒落にならない」
「飛べば良かったんじゃ?」
「あ……」
腕の下に伸びた皮膜を見て男が肩を落とす。
「鏡無い、鏡?」
「そこの家電店でテレビ画面に……」
「あちゃぁ、背中に生えるんじゃ無かったのかよ」
「悪魔人選んだんですか、チャレンジャーですねぇ」
「デ○ルマンと呼んでくれ! コウモリの悪魔人でいけると思ったんだけどなぁ……」
メガテニストの中でも他の創作に出てきた特定の悪魔に強い執着を見せる人間は居るし、『if』では、おそらくこの男が目指した方向性も、あまりにも捻って無さ過ぎてそのまんまの形で出てくる。
「アキラだ、この名前が取られて無かったことに運命を感じた結果がご覧の有様だ」
「普通の人、タケルです。サマナー/SEのN/Nです。仮面ライダーの怪人みたいですねぇ」
「バスター/学生のC/N、悪魔人で動物二種混合でコウモリ、オオカミで行けると思ったんだがなぁ、やっぱコウモリ、ヤギが正しかったんかなぁ……」
「これも何かの縁なんでフレお願いできますか?」
「ああ、こっちこそよろしく」
フレ登録は握手、拳を軽くぶつけ合う、コンプ、スマホなどの端末を使うなど色々ある。
拳を軽く合わせ、フレ承認。
手を上げてお互いのホームスペースへ向かうため別れる。
このVRMMOの場合、表の顔がある為、スタート時点から個人の拠点は存在する。
自身の行動やイベントの進行などでそれが失われることもあり、場合によっては表の職業・肩書すら失われることがあるという話だ。
ポケットの中には財布とスマホ偽装のコンプ、そしてホームスペースであろう部屋のカギが入っている。
コンプを起動し、百太郎とMr.サプライズを動かしておく。
幸いホームは近くにあるようなのでコンビニに入り赤飯のおにぎりと生クリームとカスタードのちょっとリッチなシュークリーム、そしてウーロン茶を買う。
目的地らしい低層マンション近く、「気になる」雰囲気を感じ路地に入る。
廃屋らしい蜘蛛の巣だらけの平屋建ての一軒屋。
蜘蛛の巣がおかしな揺れ方をしている。
近付き目を凝らすタケル。
「こんなパターンアリかよ?」と内心がっくり。
蜘蛛の巣にはメガテンレギュラー悪魔であるピクシーが引っかかっていた。
「助けてあげるから仲魔になってくんない?」
「ムキー、ちょっと今、大変なんだから黙って……助けてくれるの? 貴方、サマナーね?」
「うん、取り敢えずじっとしてて、動くと余計絡まってるみたいだから……、取れた、契約して一旦コンプに入ってからまた召喚すればベタベタとかも取れるだろうし、契約よろしく?」
「私は安くはないわよ、他のピクシー仲間よりちょっとだけお高いんだから!」
「今ならシュークリームも付けるよ?」
「シュークリームって、あの甘くてふわふわのよね! 一個丸ごとくれるのよね、誰かと分けろとか言わないわよね!? 私は妖精ピクシー、今後ともよろしくね!」
言うが早いかコンプに飛び込むピクシー。
「定番」「王道」とも言えるピクシーの仲魔入りにタケルのテンションも上がる。
こうしてタケルのDD(デジタルデビル)VRMMO生活は始まったのであった。
かなり以前に、にじファンで書いてました
なろうには今でも書いてますが、久々に二次ネタが浮かんだんで^^
冒頭の顔色の悪い男は「閣下」じゃありません、ロフォカレさんです
閣下が入り込んで遊ばない様、下位分体置いて監視してます
【挿絵表示】