「引っ越し?」
「はい、メシア教団の方からの指示でメシアンの一定以上の者は教団が用意した新宿周辺に」
イベントに備えたレベル上げの合間、久々にブロードウェイに足を運んだタケルアキラたちはそこで出会ったアンデからそんな話を聞いていた。
初台や新宿三丁目、笹塚、南新宿、新宿御苑といった徒歩でも新宿に行ける程度の距離のマンションなどにメシアンたちが引っ越しを斡旋されているのだそうだ。
「まあ、ここからも新宿はさほど遠くは無いし、俺らも最近じゃ都庁とか結構行ってるしな、全く会わなくなるってことはねえだろうけど、次のイベントってもしかして思ってる以上に大事になりそうじゃね?」
「都庁で遭遇する悪魔もなんか意味深なこと言ってるしな。単なる有り勝ちなフレーバー的会話だと思ってたけど、もしかして都庁がホントにイベントのメインになるのか?」
「新宿徒歩圏ってのがちょっと物騒なんですよねぇ、交通機関が使えなくなる様な事態が発生するんじゃないかって」
「あー、俺らはタケルの車とかもあるしなんとかなるけど、自前の乗り物確保してる方が少数派だからな、この中」
「タケル、タケル~、あっちの人が食べてるケーキがおいしそう! 私も頼んでいい?」
シリアス目になりかけた会話をいつもの調子のフィーネの声がぶち壊し、いつも通りの少し緩い空気に戻る。
「フィーネさんも最初に出会った時から随分と強くなっているようですが、変わりませんねぇ……」
「私はいつだって、ハイパーで最強で無敵だよ!」
ピクシーからハイピクシーに進化を遂げて、その後も着実にタケルたちと力を付けて来たフィーネであるが、中身はタケルが望んでいた様に以前のままである。
自我の強さという点では現実の肉体を持つタケル以上の強さ、というかフィーネに限らずムルルもキャロも、そしてアキラやエリリの仲魔たちも強さの変化などはあっても元々の性質にはあまり変化が見られない。
話も一区切りが付き「引っ越しの準備もありますので」とアンデが去って行ってもタケルの仲魔たち、そしてタケルの口利きで召喚されたアキラの仲魔たちは飲み物や食べ物夢中で食べている。
アキラは相変わらずオカンの世話を鬱陶しそうにしながらも召喚を解除したりはしていない。
膝の上に座ったキャロの上にこぼさないよう注意しながら、ぬるくなったアイスコーヒーを飲むタケルであった。
一方のエリリは、今日はくまちゃんと浅めの異界巡りをした後、マロロの神社に顔を出している。
「見た目がおっかない人たちが居るからくまちゃん大丈夫かな?」と最近更に増えたガイアの居候たちを思い浮かべて少しためらったエリリであったが、話して聞かせたクダギツネのクーちゃんに会いたがったため、くまちゃんを伴っての訪問である。
見た目に反して礼儀正しいモヒカンに迎えられ、少し心配しながら横を見るとくまちゃんは普通にお辞儀をして挨拶をしている。
外見的な怖さは全然問題無かったようだ。
実のところ、くまちゃんは同年代、特に普通の外見の相手に対しての方が警戒心が強い。
タケルに関してもタケルだけなら警戒しただろうが、フィーネたち仲魔とのやり取りと見て警戒を緩めたという経緯がある。
どんな外見だろうと、礼儀正しくこちらに接してくる相手には割と普通に対応出来るくまちゃんだった。
そんなくまちゃんは今クダギツネのクーちゃんにメロメロである。
着ぐるみなのに蕩けた表情を見せてクーちゃんと遊んでいる。
一方でエリリはマロロからちょっとした情報をもらっていた。
新宿に引っ越したり、新宿の繁華街などを徘徊するガイアーズが増えているのだそうだ。
「ガイアもウチに出入りしてる連中は話が通じるからいいんだけどな、過激派連中は満月の悪魔より話が通じないからなぁ……だから、新宿に一人や女の子同士で行くのはしばらく控えた方がいいぞ?」
「もともと新宿はあんまり好きじゃないからいいけど……」
「これ始めた頃に半泣きで電話してきたもんなぁ『ここ、どこ?』って」
「ちょ、そ、それは言わないで! だって新宿の地下が分かり辛い上に改札口が多過ぎるんだもん! それに西武のは別の場所に駅があったりとか、南口なんか下手すると代々木の駅からの方が近かったりとか分かる訳ないでしょ!」
「まあ、その辺はお友達やタケルたちの方がしっかりしてそうだからいいけどな。にしても次のイベントはホント洒落にならないことになりそうだぞ? 鍛えてはいるみたいだけど、パトらない様に注意しとけよ?」
「大丈夫よ! 私だって、ウチの子たちだって鍛えてるんだから、最近じゃ都庁とかでも!」
そういうエリリのピクシー、シェーラはくまちゃんと一緒の時はいつもくまちゃんにべったり、今もクダギツネと一緒になって遊んでいる。
これに関してはエリリはすっかり諦め気味だ。
自分だって時々くまちゃんをぎゅーっと抱きしめたりしたくなるんだからと、むしろ似た者主従なのかなとも思っているくらいだ。
結局、エリリとマロロの会話はくまちゃんがクーちゃんとのコミュニケーションにすっかり満足するまで続いたのであった。
「水も滴るいい男ってか?」
「まさか水中戦闘なんてなると思ってなかったよ!」
「海水じゃないのが救いだな……」
タケルたちはイベント本番に備えて、今回は都庁から離れ池袋に来ていた。
池袋の異界、まあ、現実同様人間が作った異界(というか腐界)も存在していたが、そちらではなくサンシャイン60の方だ。
通りを通って建物に入り、都庁とさほど遜色の無いレベル帯の悪魔と戦いながら経験値稼ぎに努める。
順調に攻略は進んでいたのだが、水族館のあるフロアーの一部が水びたしとなっており、そこから出た水棲の悪魔に引きずり込まれたり、追撃の為に水中に入る必要が生じたりしたための現在のタケルたちの有様である。
「これからは現実の延長だけじゃなく、こうした特殊な環境の異界とかも増えそうだね」
「水はまだいいけど、夏場に火山とか砂漠とかはやめて欲しいよな」
「森とかは現実と違って蚊が居ない分マシかもしれない」
「森自体は好きなんだけど、虫はやだよねぇ……あとヒルとか」
「昔、親父の田舎行った時、犬の散歩させられて途中で犬になんかオレンジ色の紐みたいなの付いてたからなんだと思ったらヒルだったな」
「うわぁ、やだやだ」
「タケルー、これ落ちてたよ!」
ムルルが拾ってきたのは「ルービックキューブ?」に良く似た物体。
「これ、メガテンとは全く別ネタだろ?」
「ムルル、今度ちゃんとしたの買ってあげるから、これを揃えるのは諦めような?」
「閣下が喜び勇んで出てきかねないよな、こういうギミック」
取り敢えずは取っておいて、オークションにかけようという話になった。
この手の物は欲しがる者はいくら出しても欲しがる……要らない人間にはゴミ以下なのだが……。
現実と異なり、割とあっさりと乾いた服で、攻略を続ける。
VRの場合、過度に現実に影響を与える効果は、行政によって禁じられているものもあれば、開発側が自主規制しているものもある。
「風邪を引きそう」という感覚は特に現実へ影響を与える可能性が高い。
「引いたかな」とか「引きそうだな」という主観が体調に影響を及ぼし、実際に風邪の症状が出てしまうのはVRに限らず現実でもあることだ。
このVRでもそうした判断は適用されているため、南国リゾート風施設や夏場の海辺やプール、温泉や銭湯などといった場合を除いて、水に濡れてもすぐに乾く。
水族館から離れると悪魔の傾向が変わり、魔獣などといった獣系の悪魔が増えてくる。
「ヘアリージャックはともかくリリムは仲魔にしたかったな……」
アキラのセリフに女性陣からのジト目が降り注ぐ。
「い、いや、ちげえからな? 戦力としてだ、戦力として! んなこといいから先行くぞ、先!」
女性型の悪魔が多いメガテンだが、特に人間にサイズが近い者の場合、男性サマナーはこうした誤解(?)とも戦わなくてはならない。
開き直って「現実では無理だけど、この中ならハーレムも実現可能だろ!」とはっちゃけるというか、そもそもが最初からそれを目的にプレイを始める人間すら居るのだが……。
そんなやり取りを重ねつつも当初の目標スタート階+10階をクリアし、サンシャインを後にする。
池袋はラーメン激戦区、通りを普通に歩いているだけで、わざわざ探さなくてもマニア推薦のお店が簡単に見つかる。
「とは言え並んでまで食いたいとは思わないな」
「げっ、二郎系はパス!」
「あそこ辛そうだよ!」
「麻婆豆腐が乗ってるのか? なぜ蒙古?」
「蒙古とか言うと男塾とか北斗の拳とか思い出すな」
「なんか女の子も並んでるんだね」
「二郎系でマシマシ頼む女も居るって話だな」
「まあ、半端に残す子よりいいけどね、そういう方が」
「あー、居るなぁ、注文しときながらやたら残すの」
「ここはどう?」
「つけ麺か……油そばほどでは無いけど、なんか損した気分になんね?」
「パパ、おっきな人ばっか!」
「キャロ、指さしちゃダメだって……見事に並んでる層が偏ってるな」
話をしながら歩くタケルたちだが、結局「東中野の商店街のいつもの中華屋にしよ」となり、池袋でのラーメンチャレンジはまた別の機会へとなったのであった。
ヘルレイザーも日本の創作、特に漫画への影響が強いですよねぇ
作品の知名度に比べると異様に高い影響力