園子の口から勇者の真実を告げられた二人は、それに驚きを隠せなかった。それどころか、あまりのことに言葉すら出なかった。
それからも園子は真実を言い続けた。
自分たち勇者が神樹様の供物であること、そして失った部分は戻って来ないこと、全てを語った。
「……望乃ちゃんはこのことを知ってたの?」
友奈からようやく出た言葉がそれだった。
「うん」
「何で、教えてくれなかったの?」
「私は妖狐だからね。人を騙す運命にあるんだよ。たとえそれが、私の意志でなかったとしてもね……」
「どういうこと?」
「私は大赦の監視下にあるからね。基本的に大赦にとって不都合なことは言えないようになってるんだ~。今はご主人様が干渉してるから大丈夫なんだけどね。謝って許されるなんて思ってないけど、ごめんね」
「そんな……そんなの、望乃ちゃんのせいにならないよ」
その言葉に望乃は少し微笑んだ。
「故意であろうと、なかろうと、私がみんなを騙したという事実は変わらない。たとえ許してもらったとしても、その罪が消えるわけじゃないんだよ」
その時、大勢の妙な仮面をつけた怪しげな人たち――大赦の人たちがその場にやってきて、友奈たちを囲むようにして立ち並ぶ。
「彼女たちを傷つけたら許さないよ」
園子がそう言った瞬間、大赦の人たちが一斉にそちらを向く。
「私が呼んだ、大切なお客様だから。あれだけ言ったのに、会わせてくれないんだもん。だから自力で呼んじゃったよ~」
園子がそう言うと、大赦の人たちは跪いた。
その様子に友奈は戸惑いを見せた。園子の隣に立つ望乃はその光景を見て、初めて見たものではなかったのだが、少し複雑な気分になっていた。
「私は、今や半分神様みたいなものだからね。崇められちゃってるんだ~。安心してね。あなたたちも丁重に、元の街に送ってもらえるから。悲しませてごめんね。大赦の人たちも、このシステムを隠すのは一つの思いやりではあると思うんだよ~。でも、私はそういうの、ちゃんと、言ってほしかったから」
園子の失われていない左目から大粒の涙がこぼれた。
「わかってたら、友達と、もっともっと、たくさん遊んで……だから、伝えておきたくて……」
東郷が園子の傍によって涙を拭きとる。
その時に望乃は邪魔にならないように離れて、友奈の隣に移動していた。
東郷の目からも大粒涙が流れる。東郷が大切にしていたリボンが園子のものだったということに気付いたのだ。
二人が涙を流し合っているのを、望乃と友奈は見ていた。友奈の目も涙目になっていたが、望乃は涙を浮かべてすらいなかった。すると望乃が思い立ったように言った。
「ねえ、友奈ちゃん。伝言、頼まれてくれるかな~?」
「……伝言?」
「うん。夏凜ちゃんに――って」
「いいけど、自分で言った方がいいんじゃないかな」
「私はもう勇者部には、みんなのところには戻らないから」
「え? 何で?」
「元々この前の戦いでお別れの予定だったからね。私は勇者どころか人間ですらないし、みんなといるには不適合だったんだよ。勇者と精霊は決して対等ではないからね。だからみんなと夏凜ちゃんに仲良くなってほしかったんだよ~」
「そんな、勇者も精霊も関係ないよ。だって私たちは、勇者部の仲間だもん。だから、一緒に帰ろうよ!」
「大丈夫、今生の別れにはならないだろうから。でも、できれば私が夏凜ちゃんに嫌われる前に伝えてほしいから、お願い」
「夏凜ちゃんは望乃ちゃんを嫌ったりしないよ!」
「……そうだといいね。とにかく私はもう勇者部じゃないから。風ちゃんにも言ったし、みんなにも一応お別れも言ったからさ~」
時は遡って、望乃が友奈たちのところに来る前。
「だってこのことは、勇者には伝えられてないからね」
「何言ってんのよ。望乃だって勇者じゃない!」
突然の望乃の言葉に、夏凜が即座に反応する。
「それは違うんだよ、夏凜ちゃん。私は勇者じゃないんだよ」
「だったら、今まで一緒に戦ってきた望乃は、私と一緒に鍛錬してきた望乃は、一体何だって言うのよ!」
「ただの幻影だよ。だって、小木曽望乃という人間は存在しないんだから」
「望乃、ボカしてないでちゃんと教えなさい」
二人の会話に入っていなかった風が冷静に聞いてくる。隣の樹も風の言葉にコクコクと頷いていた。
「私もそうしたいんだけど、もう行かなくちゃいけないんだ~。ご主人様に呼ばれてるからさ~。でも一つだけ言っておくよ~。私は勇者部のみんなを騙してたんだよ」
三人とも望乃のその言葉に驚いた表情を見せた。
「騙してたってどういうこと?」
「そのままの意味だよ。さっきも言ったように、今の私にはそれを説明してあげるだけの時間はないの。元々みんなにお別れの挨拶をするだけの時間をもらっただけだからね~」
「お別れ? お別れって何よ?」
「え~、夏凜ちゃん知らないの~? 別れっていうのはね~、人と離れて別々になるこというんだよ~」
「そういう意味で聞いたんじゃないわよ! 何で別れなきゃいけないのよ」
「私が勇者部にいる必要性がなくなった、それだけだよ。夏凜ちゃんもみんなと仲良くなったしね~」
「そんなの、私が許さないわよ」
「残念だけど、もう決まったことだから。というわけで、そういうことで風ちゃん、私退部するから~」
「ちょっと、急にそんなこと言われても困るわよ」
風が困ったような顔をしている隣で樹が寂しそうな顔をしていた。
『ののさん、辞めちゃうんですか?』
「うん。そんな悲しそうな顔しないで。私はみんなを騙してたんだから」
「……ふざけんじゃ、ないわよ」
夏凜が小さな声でボソッとそう言うと、距離を離していた望乃の元に一歩踏み出す。
「風ちゃん、樹ちゃん、それとここにはいないけど友奈ちゃん、美森ちゃん。今まで仲良くしてくれてありがとね。それでこれはお願いなんだけど、これからも夏凜ちゃんと仲良くしてね」
望乃が風と樹に向かって笑顔でそう言うと、今度は少しずつ近づいて来ている夏凜の方を向いた。
「夏凜ちゃんも、今までありがとね。夏凜ちゃんは、大赦にいる時から仲良くしてくれて、すごく楽しかった。だから夏凜ちゃん、勇者部のみんなと仲良くね」
「……嫌よ。別れなんて、嫌よ!」
夏凜の歩調が少し速くなる。
「ごめんね。それには応えられないんだ~。じゃあもう、行くね」
「待ち、なさいよ……」
夏凜が駆け出して、優しい笑みを浮かべている望乃の腕を掴もうと、右手を伸ばす。
「バイバイ、夏凜ちゃん」
夏凜の手が望乃の腕を今掴もうとした瞬間、望乃の体は突然消え、夏凜の手は空を掴んだ。
今まで望乃がいた場所には望乃の姿はなく、周りにもいない。
望乃は本当にどこかに消えてしまったのだ。
望乃の消え方は精霊と同じような消え方であった。
「夏凜……」
望乃が消えてからずっと自分の手を眺めている夏凜に、風が遠慮がちに声をかける。しかし聞こえてないらしく、夏凜からの返答はない。
『かりんさん、大丈夫かな?』
風の隣の樹も心配そうに夏凜を見ていた。
夏凜はやがて眺めていた手をギュッと握りしめて、ポツリと嘆いた。
「……次は絶対、この右手でつかまえてやるんだから」
場面は戻って友奈たちへ。
望乃が友奈に伝言を頼み、友奈はそれを渋々承諾した。
そして園子の命により、友奈と東郷は大赦の車で元の街へと帰された。
二人がその場を去った後、望乃は園子の傍に近付いた。
「さて、私たちも帰りましょう。ご主人様」
「二人がいなくなった瞬間敬語に戻るんだね~。だからいつまでも私になり切れないんじゃない?」
「主人に敬語を使うのは当たり前ですよ~。それに、勇者部のみんなが知る『小木曽望乃』をあまり壊したくなくて……。すみません」
軽く頭を下げて謝る望乃に、園子は首を大きく横に振る。
「ううん。むしろその方が私はいいと思うけどな~。それより、本当によかったの~?」
「何がですか?」
「お別れしたことだよ~」
「いいんですよ。私は精霊ですから、みんなと同じ道を歩むことはできない。いつか訪れるんだから、真実がわかるこのタイミングが一番いいんです。初めは慣れないかもしれないけど、勇者部が本来の形に変わっただけだから、きっと大丈夫です」
「どうでもいいけど、話し方がバラバラだよ~」
望乃は園子の言葉に返答はせず、軽く微笑んだ。
「それに、みんなは勇者だから、これくらいのことは乗り越えられるはずだよ」
「……あなたの言うそれは、乗り越えるものじゃないと、私は思うな~」
望乃には今の園子の言葉の意図が理解できなかった。
自分は精霊で、勇者であるみんなとは決して対等になることなんてできない。それが全てだと思い込んでいたからだった。
勇者の真実が明らかになったこの日、勇者部から部員が一人いなくなった。
まさかの主人公の望乃、退場!
でも安心してください。またちゃんと登場しますから。