元の町に戻ってきた友奈と東郷は、園子と望乃から聞いた話を話した。そして風は、そのことを樹と夏凜には言わないことを指示した。
望乃から別れを告げられた次の日。
夏凜は普段と同じ時間に学校に登校したが、そこにいつもなら既に来ている望乃の姿はなかった。
その日の授業が始まっても、昼ご飯の時間になっても望乃の席は空席のままだった。
クラスメイトに望乃はどうしたのか聞かれたが、答えることはできなかった。
放課後勇者部の部室に行っても、もちろん望乃はいなかった。
帰宅後の鍛錬も行った。時々来ていた望乃の姿はなく、一人で淡々と鍛錬をしていた。 自分の部屋に帰って、思い切って隣の望乃の部屋のインターホンを鳴らすが、やはり望乃は出ない。携帯から電話をかけても繋がらなかった。
――いつもなら頼まれなくても勝手に近づいてきて、許可なく抱き付いてくるっていうのに、たまに私から話そうとしたらこれよ。
今は勇者部もなぜか少し静かなことも相まって、今日一日がいつになく静かだったように感じた夏凜だった。
部屋の中に戻ると、机の上にいつか望乃が「おいしい」と言った日から大量に用意するようになったにぼしの袋が置いてあった。夏凜はそのにぼしを一つかじって呟いた。
「勝ち逃げなんて、許さないわよ」
夏凜は数日前に望乃と一緒に鍛錬した時のことを昨日のことのように鮮明に覚えていた。
その時のことを思い出して、胸にぽっかり穴が開いたような感じがした夏凜だった。
ある日風が東郷に呼ばれて家に行くと、東郷は先日望乃に聞いたことを実践していた。
東郷が自身の首筋にナイフで切りつけようとすると、それを精霊が止めた。
「何やってんのよ! あんた今、精霊が止めなかったら――」
「止めますよ」
風の叫ぶ声に東郷が冷静に答えた。
「望乃ちゃんが言っていました。勇者を死なせないことは、精霊の絶対的な使命だと。実際、私はこの数日で十回以上自害を試みましたが、全て精霊に止められました」
「何が言いたいのよ」
「望乃ちゃんの言ったとおりでした。精霊は、私たち勇者の意思とは関係なく動いている。それに気付いたら、精霊という存在が違う意味を持っているように思えたんです。精霊は、勇者のお役目を助けるものなんかじゃなく、勇者をお役目に縛り付けるものなんじゃないかって。死なせず、戦わせ続けるための装置なんじゃないかって。精霊である望乃ちゃんも『そういう仕組み』だと言っていました。ほぼ間違いないかと」
そして東郷は園子が言っていたことが本当だということは、後遺症が治らないということも真実だということも友奈と風に告げた。
「乃木園子という前例があり、その事実を知る望乃ちゃんの存在があったのだから、大赦は勇者システムの後遺症を知っていたはず。私たちは何も知らされず、騙されていた」
風は望乃が別れ際に言った「騙していた」と言う言葉を思い出したと同時に、その場に膝から崩れ落ちた。そして失っていない右目から涙を流し、声を失ってしまった樹を勇者部に入れたことを後悔していた。
夏凜が自転車で帰宅していると、大赦からメールが届いた。
大赦は自分や望乃がいた、信頼できるところだと夏凜は思っていたが、何よりも信頼していた望乃が自分を騙していたということを聞いてから何を信じていいのかわからなかった。
それでも望乃が大赦と関係があることには変わりはないのだろうと思っていた夏凜は、そのメールを無下にすることはできなかった。風の自宅前にまで来て、心配していた。
東郷の話を聞いて後悔し続けていた風は樹の部屋で、樹が本などで声を戻そうと頑張っていたり、歌いたがっていることを知り、さらにその時に鳴った電話で樹が言っていた夢についても知った。そして樹がオーディション用に録った音源を聞き、そして知っているはずの大赦が未だに知らないふりをするのを見て激昂した風は、勇者の姿となって外へ飛び出した。
そこに近くに張っていた夏凜が風を止めに入る。
「あんた、何するつもり?」
「大赦を……潰してやる!」
風の言葉に夏凜は驚く。
「大赦は私たちを騙してた。満開の、後遺症は治らない!」
「なっ!」
「大赦は初めから後遺症のことを知ってた。なのに、何も報せないで、私たちを生贄にしたんだ!」
「そんな適当なこと……」
「適当じゃない! 犠牲になった勇者がいたんだ! 勇者は私たち以前にもいた。何度も満開して、ボロボロになった勇者が……」
そうしてやってきたのは数日前に、友奈と東郷が園子と望乃から真実を聞いた大橋だった。
そこで二人は間合いを開けて向かい合う。
「望乃も、そのことを全て知ってて黙ってた! 別れ際の言ってた『私たちを騙してた』って言葉、忘れたとは言わせないわよ! 望乃も大赦も、私たちを騙してたのよ!」
「え……?」
風の言葉を聞いて、夏凜の動きが止まる。
勇者部の中で望乃とも大赦とも一番交流があったのは夏凜だった。その双方に騙されていたと聞き、あまりの驚きに動きが止まったのだ。
特に望乃が自分たちを騙していたということは信じたくなかったが、望乃自身がそう言っていたことは事実であるため、信じざるを得なかった。
――本当にそうだったとしたら、望乃は何のために私と一緒にいたっていうの?
大赦のため? 利用するため?
勇者候補の私と仲良くなって、他の勇者から信頼を得るため?
そうだとしたら、私たちの時間は偽物だったの?
『それは幻影だよ』
――望乃はそう言っていた。
だったら、本当に望乃は私を利用するために近付いたっていうの?
そこに友奈が現れて風を止める。
風が攻撃を仕掛け、友奈が説得しながら全力で止める。そして友奈の満開ゲージが溜まってしまったが、全力で攻撃する。
「風先輩を止められるのならこれくらい。だって私は、勇者だから」
そこで後ろから樹が抱きついて止められた風は泣き崩れた。
そして樹が一枚の紙を見せる。それは歌のテストの時にみんなで書いた紙だった。それには新たに言葉が書き足されていた。
『勇者部のみんなと出会わなかったら、きっと歌いたいって夢も持てなかった。勇者部に入って本当によかったよ 樹』
それを見た風は、樹の胸の中で泣き続けた。
そんな中、夏凜は望乃の真意を考えていた。それに気付いた友奈が声をかけた。
「夏凜ちゃん。望乃ちゃんの正体って精霊なんだって」
「え? 精……霊?」
「なんか人の姿になれる精霊で、一人で動くことができるんだって。でも望乃ちゃんの自身の正体とか後遺症のこととかは言えないようになってるらしいよ」
「言えないように……」
夏凜は七体のバーテックスが一斉に来た時の直前に、望乃が何か大事なことでも言おうとしていた時のことを思い出した。よく考えてみれば、あれは声が出なかったようにも見える、と今さらながら夏凜は思った。
それがわかると、夏凜は少し笑みを浮かべた。
「ホント、私バカみたい。よく考えればわかる話だったのよ。あのお人よしが故意に騙すなんてこと、できるわけがないじゃない。望乃のことなら何でもわかってるつもりでいたけど、全然わかってなかったのね」
「……それと、望乃ちゃんから伝言。『私、夏凜ちゃんといた日々、忘れないからね。大好きだよ、夏凜ちゃん』って」
――私を利用するために近付いてたんじゃないかって疑ってたさっきまでの自分が嫌になるわね。もしそうだったとしたら、こんなこと言うわけがないわ。私たちの日々を幻影だって言ったのも、勇者と精霊だからって理由でしょうしね。
「全く、望乃に教えないといけないわね。勝手に別れた気になってんじゃないわよってね。やっと互いの秘密もなくなったっていうのに、これで終わりなんて私が許さないわ!」
「やっと夏凜ちゃんらしくなったね!」
「う、うるさいわね」
何が何でももう一度望乃に会ってやるわ、と再度決意した夏凜だった。
次回から過去編に入っていきます。