小木曽望乃は勇者である?   作:桃の山

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望みを待つ日々

 東郷の暴走による戦いは終わった。

 しかしこの戦いで多くの傷跡が残った。

 一つは満開による後遺症。一つはあの戦い以来意識が戻らない友奈。そして、望乃の消滅。

 何度も満開した夏凜を始めとして、満開の後遺症が勇者部の面々に残った。この後遺症は治らないものだと半ば諦めていた勇者部だったが、ある日を境に後遺症が治り始めた。

 東郷の耳や足も、風の目も、樹の声も、理由はわからないけど治ったのである。しかし友奈の意識は未だに戻らず、大いに喜ぶことはできなかった。そしてこの後遺症が治った裏には、一人の少女の静かな願いと犠牲があったことは、まだ誰も知らない。

 夏凜も少しずつ後遺症が治ってきていて、右目・右腕・右足以外は治っていた。

 松葉杖をついていつも夏凜が鍛錬を行っていた浜辺へと足を踏み入れる。もちろん今は鍛錬なんてできるわけもないので、腰を下ろして海を眺める。

 夏凜の頭の中にあったことは、望乃のことだった。

 夏凜は目が見えるようになった時に、望乃がいないか探していた。自分が満開を何度もして何も見えなく、何も聞こえなくなった時に望乃と再会できた感じがしていたからだった。

 望乃と同じ感触をした人に抱かれ、望乃と思われる人に手を引っ張られたことは覚えている。あれが望乃なのだろうとほぼ確信していても、姿も声も聞いていない状態で百パーセントそうとは言い切れない。

 それにそこで会っていたとしても、夏凜から見れば、望乃と屋上で別れた時から会っていないも同然なのである。それ故に夏凜は望乃に会いたくなっていたのだ。

 夏凜は携帯を取り出して大赦宛に『望乃がもう一度こちらに来ることはできないでしょうか?』と送った。それを送ると再び海を眺める。

 

「やっぱりここにいたのね」

 

 そこに風が現れる。そして夏凜の隣に腰を下ろす。

 

「別に、私の勝手でしょ」

 

 その時、先ほどの返信かと思われるメールの着信音が鳴る。夏凜は慌てて携帯の中身を確認する。しかし届いたメールは、夏凜の質問には答えず、『精霊も勇者の力も失ったので学生としての生活を続けろ』というようなものだった。

 夏凜はそのメールの内容を風に簡潔に伝えた。

 それから少し勇者のことを話すと、夏凜は口を閉じて考えるような素振りを見せる。

 

「……ねえ、風。あの時、望乃がいたような気がするのよ」

 

 風には夏凜がこの前の戦いのことを言っているのだと瞬時に理解することができた。

 

「ええ。望乃はあの場にいたわ。だけど、私たちみんな気絶しちゃって、それからは見てないわ。多分、大赦に帰ったんだと思うけど……」

 

「ちゃんと、生きてるわよね?」

 

「な、何言ってんのよ! 当たり前でしょ……」

 

「私、嫌な予感がするのよ。先代の勇者ってのは今まで後遺症が治らなかったんでしょ? なのに何で今、後遺症が治っていってるの?」

 

「それは……あれよ! 神樹様が気を利かせてくれたのよ!」

 

「私には、望乃が関係してそうな気がしてならないのよ……」

 

「大丈夫よ。きっと望乃も大赦にいるし、友奈もちゃんと戻ってくる。私たちがそう信じないでどうするのよ」

 

 風も夏凜と同じような予感はしていた。

 先代の時と今回の時の一番の違いはおそらく、自我を持つ精霊、小木曽望乃の存在だろう。そしてこの二つで違う結果になった、その理由として一番可能性があるのが――望乃が何かをした、なのである。

 しかし二人は望乃が生きていると信じて、また笑顔で帰ってくるのを待つことにした。

 

 

 

 

 

 

 その同時期、学校内でも不可解な出来事が起こっていた。

 望乃と関わりのあったクラスメイトや料理部の部員などがまとめて望乃のことを忘れていたのである。いや、忘れていたというより、望乃の存在がなかったことになっていたのである。

 しかし、なくなっていたのは、勇者部以外の関わりのあった人の記憶だけで、望乃が使用していた物などは残っていた。

 そのことが判明した放課後、勇者部の部室では現在集まれるメンバーでそのことを話し合った。

 

「――というわけなのよ」

 

 夏凜が起こった出来事を他の三人に説明する。

 今は文化祭のことや、友奈のことで忙しかったりするのだが、望乃に関する出来事なので、優先して話し合うことになった。

 

「なるほどねー。それは確かに妙ね」

 

「おそらく、望乃ちゃんが行った満開らしきものの影響か、望乃ちゃん自身が故意に記憶を消したか、もしくはこれはあまり考えたくはありませんが、望乃ちゃんが死亡したか……」

 

「ば、馬鹿言わないでよ」

 

 東郷が三つ目の可能性を言った瞬間夏凜が反応する。

 

「あくまで可能性の話です」

 

「何で私たちは望乃さんのことを覚えているんでしょう?」

 

「……勇者だったから、という理由が妥当かと思われます」

 

「どれにしろ、大赦が答えてくれるまで待つしかないわね。正直、大赦のことは信用ならないけど、こればっかりはね……」

 

 望乃の主人、乃木園子に聞くという方法もあったが、おそらくそれが可能である東郷は今はほとんど友奈のことで頭がいっぱいいっぱいの状態で、望乃のことまで任せるわけにはいかず、その方法は断念するしかなかった。

 この不可解な出来事のせいで、勇者部の嫌な予感は募るばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、文化祭本番まで差し迫った頃、友奈が無事に意識を取り戻し、車椅子という姿ではあるものの、勇者部に帰還してくることができた。みんなで喜び合った後、部室内は静寂の渦に包まれた。

 そして風がぽつりと呟いた。

 

「友奈も戻ってきた。じゃあ……」

 

 それに他の四人も続いて一言ずつ呟く。

 

「あと、戻ってきていないのは……」

 

「一人……だけですね」

 

「いつまで待たせるのよ……」

 

「望乃ちゃん……」

 

 五人が一斉に、数日誰も座っていなくて少しだけ埃が乗ってしまっている椅子に目を向ける。望乃がいつも座っていた席である。

 その前には、双子座のバーテックスの片割れが現れた直前に、望乃が食べるために置いていたスナック菓子が置かれたままになっていた。そこだけ時間が止まっているかのようにその時のままだった。

 その後、友奈の復帰祝いとしてうどん屋に向かった。

 友奈の味覚も治っていたらしく、うどんを口に入れた瞬間笑みがこぼれる。しかし、少しするとその笑みも曇ってしまう。

 

「どうしたの? 友奈ちゃん? もしかして、まだ味覚が……?」

 

 東郷が心配して声をかけてくる。

 

「ううん。うどんはおいしいよ。……でも、おいしそうに食べてる望乃ちゃんがいた方がもっとおいしかったんだろうなって」

 

「望乃さん、すごくおいしそうに食べますもんね」

 

「そりゃあ、料理部の味見担当として呼ばれるくらいだからね!」

 

「食べるだけの風とは大違いね」

 

「何ですってー」

 

「何よ! 望乃より食べられないくせに!」

 

「望乃の食べる量が異常なのよ!」

 

「ふ、二人とも落ち着いて」

 

 口喧嘩を始める風と夏凜を樹があわあわと止めに入る。その光景を見て東郷がクスッと笑う。

 

「友奈ちゃん。望乃ちゃんが戻ってきたらまたみんなでここに来ましょう? そしたらまた、こんな風に――前みたいに過ごせるから」

 

「うん、そうだね!」

 

 しかしそんな勇者部の思いとは裏腹に、文化祭当日になっても望乃が帰ってくることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 そして文化祭が終わり、勇者部が部室に集まっている時、夏凜の携帯がメールの着信音を鳴らす。

 夏凜が確認すると、案の定大赦からだった。件名には『小木曽望乃について』と書かれていて、その中身を他の四人にもわかるように読み上げる。

 

「……小木曽望乃は消息不明となっていた。しかし、他の精霊も消息不明となり、園子様の体が全て戻ってきたことから、小木曽望乃を含む全ての精霊が……消滅した、のだろうと考えられる。さらに、園子様の携帯にメッセージを残しているところを見る限り、自身の意志で消滅した可能性が高いと思われる。小木曽望乃に関しては以上である。」

 

 途中からは夏凜の携帯を持つ手や声が震えていた。

 

「嘘でしょ?」

 

 初めに反応を見せたのは信じられないといったような表情の風だった。

 

「望乃さん……」

 

 その次に、目にいっぱいの涙を溜めている樹が望乃の名前を言う。

 その後にほぼ硬直状態となっていた東郷が口を開く。

 

「……何で? 私、まだ望乃ちゃんに謝ってないの。暴走した私を必死に止めようとしてた望乃ちゃんに……。本当はやりたくないことまでさせて、ひどい目にも合わせたのに……」

 

 叫ぶようにそう言う東郷を友奈が優しく抱きしめる。そんな友奈の目にも涙が浮かんでいた。

 

「何で? そんなの、決まってるじゃない……」

 

 夏凜が東郷の疑問に答える。

 

「私たちの後遺症を全て返させるためよ。どんな方法だったかは知らないけど、それをするためには望乃が消滅する必要があった。人一倍他人を大切にするお人好しだもの。それくらいはするわよ」

 

 夏凜はいつか望乃が自分のことを「勇者じゃない」と言っていた時のことを思い出して、かすかに笑みをこぼす。

 

「……何が勇者じゃない、よ。自分を犠牲にして、仲間を救ったあんたは……誰よりも、勇者じゃない!」

 

 望乃の消滅。それは望乃の死を意味していた。

 勇者部はこの日、大切な仲間に救われたことをようやく知った。そして、その仲間がもう二度と帰ってこないという事実だけが残り、文化祭の劇で得た高揚感はどこかへ飛んで行ってしまったようだった。

 




次回、最終回です。
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