最終回です。
望乃が消滅したという事実を受け止めきれない勇者部だったが、望乃が帰ってこないということも事実であり、受け止めるほかなかった。
部室の黒板に書かれた『小木曽望乃』という文字も、消さずに残していた。消してしまえばここに望乃がいたという証も消えてしまうように思ったからだった。
そんな中、東郷が園子の携帯に残されているというメッセージを確かめに向かった。その内容は勇者部全員に伝えられた。
『私の部屋に手紙があることを勇者部の人に伝えてほしい』
園子の携帯にはその一文だけが残されていた。それを知った夏凜は『私が取りに行く』と伝えた。部屋が隣同士で、望乃と一番仲の良かった夏凜のその発言に反論を唱えるものはいなかった。
夏凜はすぐさま自分の部屋を飛び出して、隣の望乃の部屋のドアノブに手をかける。鍵はかかっていなく、ドアは簡単に開いた。
忘れていたのか、故意に開けておいたのかはわからないが、そんなことは気にせずに夏凜は中に歩を進める。
「……え? 何よ……これ?」
部屋の構造は自分のところとほぼ同じ。だが、大きな違いがあった。
それは、望乃の部屋には物が全く置いてなかったのだ。片づいているとかそういうレベルではない。テーブルも、イスも、布団でさえも、置いてなかったのだ。キッチンも使った形跡がないどころか、食器が一つもない。引っ越してきたばかりで荷物もまだ届いていない時のような状態だった。
「殺風景なんてもんじゃない……」
その部屋は本当にここで暮らしていたのかを疑うほどだった。大赦が物を全て撤去したんじゃないか、と夏凜も一瞬思った。
しかし、それを否定するかのように部屋の片隅に望乃の鞄や学校指定の服が綺麗に置かれていた。
「これって、望乃の?」
そしてその前には一枚の封筒が置かれていた。その封筒の表には『勇者部のみんなへ』と書かれていて、中に二回折られた紙が入っていた。
「これは部室で読んだ方が良さそうね」
手紙をポケットの中に入れ、出て行こうかと踵を返した夏凜だったが、何を思ったのか望乃の鞄と服を手に取った。
「……ここに置いてても捨てられるだけだし、私の部屋に置いとくことにするわ」
夏凜は言い訳をするように言いながら、鞄と服を自分の部屋に持ち帰った。
「ねえ、夏凜ちゃん。私のこと好き~?」
目の前に望乃が現れる。
「な、何よ、突然」
「あ、安心してね~。百合的な意味じゃないから~」
「そんな心配してないわよ!」
「で、私のこと好き~?」
「き、嫌いじゃないわ」
「そっか。だったら、もう私はいなくても大丈夫かな?」
「え?」
目の前の望乃が消え、真後ろに現れる。
「バイバイ、夏凜ちゃん」
「ちょっと、待ちなさいよ!」
離れていく望乃を必死に追うが、どんどん離されていく。
「私は……あんたが、望乃が――」
望乃をつかまえようと必死に手を伸ばす。そして……。
目の前には見慣れた自宅の天井。夏凜はむくっと起き上がる。背中に大量の汗を掻いていた。
「また、この夢……」
汗の掻いた服から制服に着替える。
夏凜はここ最近ずっとこの夢ばかり見ていたのだ。やり取りに多少違いはあるが、最後は望乃に別れを告げられ、必死に追っても届かない、という夢なのだ。
夏凜は望乃の鞄と服を一瞥すると、自分の鞄に望乃からの手紙が入っていることを確かめてから学校に向かった。
そしてその日の放課後。勇者部全員が部室に集まった。
「……これが望乃の部屋にあった手紙よ」
夏凜が鞄から手紙を取り出しながら言う。
「まだ中は見てないの?」
「ええ。勇者部宛てだったからここで読む方が良いと思ったのよ」
夏凜は封筒の中から文字の書かれている紙を取り出す。そして扉に背を向けた状態で他の四人と向かい合い、折られている紙を広げて読む体制に入る。
『勇者部のみんなへ
この手紙が読まれてるってことは、もう私は消滅しちゃってるのかな。でもそうだとしても悲しむことはないよ。私はみんなを騙してたんだから。それにいつかはそうなる運命だったんだから。もしも私が消滅していることでみんなの後遺症が治ってたら嬉しいな。
それからね、勇者部はすごく楽しかったよ。元々は夏凜ちゃんのために入ったつもりだったんだけど、いつの間にかいるのが当たり前のようになって、少しだけみんなと対等なように感じられたよ。私も人間みたいに思える時があったよ。全部勇者部のみんなのおかげだよ。ありがとう。
それから夏凜ちゃん。私、ずっと言いたいことがあったんだけど、たぶん言えてないと思うから、この手紙で伝えるね。
私みたいなのとお友達になってくれて、ありがとうね。夏凜ちゃんが私のことを嫌いになっても、私は夏凜ちゃんのこと大好きだから。誰よりも夏凜ちゃんの笑う顔が大好きだから。
だから、だから、勇者部のみんなと、元気な友奈ちゃんと、しっかり者の美森ちゃんと、おもしろい風ちゃんと、かわいい樹ちゃんと、絶対幸せになってね。約束だよ、夏凜ちゃん。
勇者部部員 小木曽望乃より』
夏凜は手紙を読み終えると、両手に力を入れて持っていた手紙ごと握る。その手はわずかに震えていた。
「ホント、ばっかじゃないの!」
夏凜が大きな声で叫んだ後、部室内はしんと静まる。
遺書なのであろう手紙を黙って聞いていた勇者部は、望乃の最期の言葉に涙を流さずにはいられなかった。
「夏凜ちゃ……!」
夏凜に声をかけようとした友奈だったが、手紙にぽとりと涙を落とすのを見て言葉を止めてしまう。
やがて夏凜は膝から崩れ落ちて、手紙を握りしめたまま再び叫んだ。
「何勝手にわかってる気になってるのよ。私のこと、何もわかってないじゃない! 私があんたのこと、嫌うわけないじゃない。むしろ、感謝したいのは私だっていうのに……。言ったじゃない! またみんなで海に行きたいって。言ったじゃない! 私が嫌うまで一緒にいるって……約束したじゃない! 私は……あんたが、望乃が一緒じゃないと幸せになんかなれないわよ!」
夏凜が大粒の涙を流しながら叫んだ。その夏凜の悲痛な叫びが部室の中で響きわたる。それを聞くべき相手の耳には通ることなく……。
夏凜の元に友奈が近付いて優しく抱きしめる。まるで望乃の代わりをするかのように……。
しかしその瞬間、ガラッと部室のドアが開く音がして、夏凜以外の四人がそちらに目を向ける。
その犯人は黒髪でおかっぱ頭の少女だった。
「あれ? タイミング悪かったかな?」
その少女は適当に見繕ったような服装を着ており、来客用のスリッパを履いていた。
「えっと、私ここに転校してくる予定で、その手続きに来て、それで面白そうな部活があったから覗いてみたんだけど……ちょっと今はやめといた方がいいかな?」
「そうねえ……」
それまでただ一人その少女に目を向けていなかった夏凜が振り返る。そしてその少女を見て大きく目を見開いた。
「望乃!」
そして大きく叫んだ。
それを聞いて望乃を想いすぎて見間違えていると思った勇者部は、夏凜にそれを教えた。
「ち、違いますよ。夏凜さん。あの人は望乃さんじゃないです」
「なんか望乃ちゃんに似てるけど……」
「それでも別人なのよ、友奈ちゃん」
「だって、望乃はもう……」
話についていけないのか、少女はきょとんとした顔をしていた。そして首を少し傾げながら言った。
「あれ~? 何で夏凜ちゃんわかったの? 見た目とか変わってると――」
望乃の言葉が途中で切れる。なぜなら夏凜が勢いよく望乃に抱きついたからだった。その反動で望乃は尻餅をついた。
「いたた。珍しいね、夏凜ちゃんから抱きついてくれるなんてさ~」
「うるさいわよ、ばか」
夏凜は上体を起こして望乃の手を『右手』でしっかりと掴んだ。
「……つかまえた。もう二度と離してやらないんだから」
「ん~? ずっと手を離さなかったら不便じゃないかな~?」
「言葉の綾に決まってるでしょ!」
望乃は手も体も離そうとしない夏凜から、消滅したと聞いていて今の状況に理解が追いついていない勇者部に視線を向ける。そして四人の上から下まで見回すとにこりと笑った。
「良かった~。みんな治ったんだね~」
「本当に望乃ちゃんなの?」
「望乃ちゃんは消滅したと聞いたのだけれど、どういうことなのかしら?」
友奈と東郷が望乃に聞いてくる。
「うん、私は正真正銘の小木曽望乃だよ~。それで、私が消滅したのは事実のはずだよ。そして何で消滅したはずの私がこの場にいるのかは、よくわからないんだ~。私もこうなるとは思ってなかったしね~」
「でも、髪の毛とかは変わってますよね?」
「うん、なんかね~、精霊じゃなくなったみたいなの。先にご主人様のところに行ってきたんだけど、ご主人様が言うには、消滅したのは『精霊』の私で、勇者部のみんなと過ごして生まれた『人間』としての私がこの私なんじゃないかって」
その推測は間違いではなかったが、それが理由というわけではなかった。
神樹はあくまで望乃の頼みを聞いただけだったのだ。
望乃が最後に頼んだことは戦い続けた勇者たちに幸福を与えてほしい、というものだった。その言葉を望乃は勇者部五人のことを言っていたのだが、神樹は望乃も勇者の一人だと捉えていた。
そして、望乃にとっての幸福は勇者部の五人が幸せであること。勇者部にとっての幸福は勇者部の六人が一緒にいることで、少し時間はかかったものの、それを叶えたに過ぎなかったのだ。
それも望乃がずっと願っていた勇者部と対等になれる『人間』の姿で。
「勇者部以外の人から望乃の記憶がなくなってたりしてたけど、それは?」
風が望乃に尋ねる。
「えっと~、私の存在が消滅したのは確かだからじゃないかな? 存在が消えたら関係者以外の人からその者の記憶が消えたりするものでしょ?」
「そういうものなの?」
「そうだと思うよ~」
「えっと、望乃ちゃん」
東郷が言い出しづらそうに切り出す。
「どうかしたの? 美森ちゃん」
「ごめんなさい!」
東郷が深々と頭を下げた。しかし望乃はその意味がわかっていないようだった。
「止めようとしていた望乃ちゃんの言うことを聞かないどころか、傷つけてしまって……」
「それなら、気にしなくていいよ~。美森ちゃんも助けようと必死だったんだから、仕方ないよ~」
望乃がにこりと笑う。
「それにそれだったら私も美森ちゃんに本気で攻撃しちゃったことに謝らないといけないことになっちゃうよ」
「で、でも」
「だから、おあいこだよ~」
「望乃ちゃん……うん、そうね」
東郷は涙を拭いながら笑った。
それを見て納得すると、望乃は風の方に視線を向ける。
「それでね、悪いんだけど~、また勇者部に入部できないかな~って思うんだけど、ダメかな?」
「ん? 無理ね」
望乃の問いに風がきっぱりと答える。
それに他の勇者部が驚きを見せる。
「そっか。そうだよね。一度辞めておいてまた入部したいなんておこがましいよね」
望乃が寂しげに笑いながらそう言う。
「当たり前でしょ? もう部員なのにまた入部するなんてできるわけないでしょ」
「へ? だって私辞めるって言ったはずだよ~?」
「私はそれを受理してないから、望乃は部員のままよ。その証拠にそこの黒板に名前があるでしょ?」
勇者部の黒板に書いてある勇者部のメンバーの中に『小木曽望乃』の名前も書かれたままになっていた。
「だから……」
風が言葉を止めて望乃に抱き付いている夏凜の傍に寄る。
「ほら、夏凜もいつまで泣いてるのよ」
「な、泣いてないわよ!」
「はいはい」
風は夏凜の手を引いて、望乃の目の前まで連れて行く。他の勇者部も望乃と向かい合って横一直線に並ぶ。そして初めに口を開いたのは友奈である。
「だから、私たちの言うことは一つだけだよ! 望乃ちゃん!」
「望乃!」
「望乃さん」
「望乃ちゃん」
「……望乃」
「せーの……おかえり!」
五人が声を揃えて笑顔でそう言った。
それに少し困惑した望乃だったが、五人の言葉に答えるように笑った。
「うん……ただいま、みんな~」
そう言いながら望乃はいつもと同じように、五人に抱きついた。
そして望乃の二度目の転校初日。
望乃と夏凜は肩を並べて学校に向かっていた。望乃は他に住むところがなく、本人の希望も含めて夏凜と一緒に住むことになった。
今までのような園子の看病がなくなったため、朝早くに学校に着くこともなくなった。
「それにしても、夏凜ちゃんが私の服を部屋に置いてるとは思わなかったよ~」
「別に……たまたまよ」
夏凜が恥ずかし気にそっぽを向く。
「夏凜ちゃんと二人で学校行くの、初めてだね~」
「そうね」
すると突然夏凜が足を止める。それにつられて望乃も足を止める。
「どうかしたの?」
「望乃。一つあんたに言ってなかったことがあったわ」
「何~?」
「私は、何があっても望乃のこと大好きだから! それだけは忘れないでいなさいよね!」
望乃に指を差しながらそう断言する。望乃は少し考えるような素振りをする。
「ん~? 私とも百合的な関係になりたいの~?」
「なっ! そ、そういう意味じゃないわよ! バカ!」
夏凜は顔を赤くしたまま望乃を抜き去ってしまう。
先に行こうと歩く夏凜の背中に、望乃が呼びかける。
「夏凜ちゃん! 私も、だ~い好きだよ!」
それを聞くと足を止めて振り返る。
追いついてきた望乃がぎゅっと抱きつくと、夏凜は嬉しそうに笑みを浮かべた。そして望乃を引きはがしてその手を握り、望乃を引っ張っていく。
「ほら、わかったからさっさと行くわよ! 一緒にね」
「うん! 夏凜ちゃん!」
学校に向かう望乃と夏凜の手は繋がれたままだった。
小木曽望乃は勇者である? 完
最終回の話は二つ考えていて、どちらにするか考えた結果、ハッピーエンドがいいかなと思い、今回の形になりました。
それから最終回と言いましたが、番外編という名の後日談を何話か書く予定です。あまり書けなかった日常の話を書こうと思っています。