新たな生活
私の名前は小木曽望乃。
精霊だった私は一度消滅したんだけど、また戻ってくることができた。
だけど精霊じゃなくなったから大赦にいることもできず、夏凜ちゃんの家に住むことになったの。
そんなわけで、私の新たな生活を紹介しちゃうよ~。
私の一日の始まりは夏凜ちゃんを起こすことから始まります。
それから朝ご飯を作って、お弁当を作ってというように朝から大忙しです。
夏凜ちゃんはすぐには起きないので、何度も起こします。
「起きて、夏凜ちゃん。朝だよ~」
夏凜ちゃんが起きるまで何度も起こします。
「…………なさい。…………遅刻するわよ。望乃!」
「ふえ?」
「やっと起きた。全く、いつまで寝てるのよ」
望乃が気がつくと望乃が布団に入っていて、それを夏凜が起こしていた。
夏凜は安堵したような表情を浮かべていた。
「あれ~? 私今まで夏凜ちゃんを起こそうとしてたと思うんだけど、何で逆になってるの~?」
「はあ? 何寝ぼけてんのよ。望乃が私より先に起きたことなんて一度もないじゃない」
「そうだっけ~?」
望乃が首を傾げる。
今までのは望乃の夢だったのである。
朝食のパンを用意する夏凜に急かされ、望乃はのんびり制服に着替える。そしてのんびりと食卓に着き、朝食を食べ始めた。
そんな望乃を見て、夏凜は大きくため息を吐く。
夏凜は少し憂鬱だった。その原因は紛れもなく望乃だった。
先日転校してきたということになっている望乃の初めの挨拶のことである。
「どうも~。小木曽望乃で~す。よろしくね~」
園子の看病がなくなったため寝不足でなくなった望乃は元気に挨拶していた。
そこで生徒からの質問で趣味・特技を聞かれ、「特にない」と答えた。それを不服に思ったのか、その生徒は好きなこととかはないのか聞いてきた。
そう聞かれた望乃はこう答えてしまったのだ。
「好きなこと? 夏凜ちゃんと一緒にいることかな~」
その答えに驚いた生徒たちは、夏凜とどういう関係なのか聞いた。
「ん~。好き同士かな?」
望乃はそう答えてしまい、それを勘違いされてしまい、『転校初日でできたカップル』として噂されるようになったのである。
ちなみに望乃は精霊だった時の名残なのか、自身を百合の対象として見ないため、そのようには考えていない。
望乃と夏凜は一緒に住んでいるため、いくら弁解しても信じてもらえないのである。
「夏凜ちゃん、学校行こ!」
朝食を食べ終えた望乃が鞄を持って夏凜の手を握る。夏凜はそれを拒むことなく、そのまま学校に向かった。
放課後。
望乃と夏凜が部室に入ると既に全員揃っていた。
「来たわね、転校初日カップル。ちょっとこれ、語呂悪いわね」
「知らないわよ!」
「やっほ~。樹ちゃん」
「おはようございます……じゃなくて、こんにちは」
「ぼたもち食べますか?」
「やったー! 東郷さんのぼたもちだ!」
全員が東郷の近くに集まる。
「夏凜ちゃん。一ついかがですか?」
「いらないわよ」
東郷が例の如く夏凜に食べさせようとするが、断られてしまう。
「夏凜ちゃんが食べないってことは、一つ余るんだよね~? そのぼたもちは私のものだよ~」
「だめだよ! 東郷さんのぼたもちは渡さないよ!」
「いやここは、部長として私が食べるべきだわ」
望乃と友奈と風がにらみ合う。
「友奈ちゃん……」
東郷は友奈の言葉にうっとりしていた。
「と、東郷先輩。早く止めた方がいいんじゃ……」
「待って。もう少し友奈ちゃんの――」
「いいから止めなさいよ」
樹と夏凜に言われ、東郷が止めに入る。
「いっぱいあるから大丈夫よ」
「最初から言いなさいよ!」
その結果ぼたもち争奪戦は起こらずに済んだのであった。
「あれ? これって……」
ぼたもちを食べ終わり、部室内で雑談したりしていると、望乃が壁に貼られている勇者部新聞を見て声を上げた。
その新聞は文化祭で勇者部がやった劇の衣装の写真が貼ってあった。もちろん、望乃は写っていない。
「あっ、それ文化祭の時の……」
友奈がそれに反応した。
「友奈ちゃん。文化祭成功したの?」
「うん。みんな楽しんでくれたよ」
「できれば部員全員でやりたかったんだけど」
望乃と友奈の会話に東郷が割って入る。
「まあ、それは仕方ないよ~。最初から参加できないってわかってたからね」
「そうだ! もう一度文化祭をやるのはできないけど、せめてもう一回みんなで写真撮らない? 望乃ちゃんも入れてさ!」
「でも悪いよ~」
「でも望乃ちゃんも仲間だから、一緒に撮りたいんだ! どうですか? 風先輩」
「撮りたいです!」
そう勢いよく言ったのは樹。風は仕方ないと言ったような表情で了承した。東郷と夏凜も賛成した。
「みんな賛成みたいだけど、まだ悪いと思う?」
風が望乃に聞いた。しかし望乃はそれに答えず、ぶるっと体を震わせた。
「夏凜ちゃ~ん……」
名前を呼ばれ何かに気付いた夏凜は望乃の手を引っ張っていく。
「ったく、仕方ないわね」
そのまま二人は慌てて部室を出て行き、数分後に戻ってきた。
「急にどうしたのよ」
「おといれに行ってたんだよ~」
「え? いや、それくらい一人で行きなさいよ」
それを聞いて夏凜が大きくため息を吐く。
「あのね、風。それができるんならわざわざ私がついて行ったりしないわよ」
「何か理由があるんですか?」
樹の質問に夏凜が答えた。
「なんかね、今まではトイレに行ってなかったらしいのよ。ていうか、精霊にはそれが必要なかった」
「精霊は食べたものは全て体内に吸収されるからね」
「だから人間になったばかりの今は、トイレの使い方もわからないってわけ」
夏凜と望乃で説明をする。
「へえー。なんか勇者だった時は何とも思わなかったけど、精霊っていいわね。トイレに行かなくていいし、外敵から身を守れるんでしょ?」
「うん。それから、食べなかったり寝なかったりしても影響ないし~、病気とかにもならないよ。体重も変わらないしね~」
「最高じゃない!」
「でも、見た目とか全く変わらないし、元々は感情なんてなくて使命のために存在してるからね~。人じゃないからいつかは消えるし、みんなと同じ時間を過ごすこともできない。だから私は人の方がいいなって思うよ」
望乃は嬉しそうに笑った。望乃のその顔を見て、風は精霊も良いってわけじゃないのね、と思い直した。
「あっ、みんながいいんだったら、私も入るよ~」
「え? 何の話?」
風が聞き返すと望乃はきょとんとした顔になった。
「みんなで写真撮るんでしょ~?」
「あ、そうね。わかったわ」
望乃に振り回されっぱなしの風だった。
その後、友奈の携帯で六人が写った写真を撮った。写真の中の望乃は夏凜に抱きつきながら楽しそうに笑っていた。
その日は依頼もなかったため、早めに終わることになった。
そして忙しくてできていなかった望乃の歓迎会と称した望乃のおかえり会としてうどん屋に向かった。
「久しぶりだな〜」
望乃は二学期が始まった頃くらいから来ていないので、かなり久しぶりなのである。
「あまり食べ過ぎないでよ。前までとは違って望乃の分も私が出すんだから」
「は〜い」
「本当にわかってるの?」
「とにかく中に入ろ!」
望乃と夏凜は友奈に背中をぐいぐいと押されながらうどん屋に入った。
「……よくもまあ、部室であれだけ食べてたのにそんなに食べれるわね」
六人でうどんを食べていると、夏凜が呆れた顔でそう言った。
夏凜以外は先にぼたもちを食べていたからである。
先に釘を刺していたにも関わらず5杯目に突入していた望乃の箸が突然ピタリと止まった。
「どうしよう、夏凜ちゃん」
信じられないと言ったような顔で夏凜にその理由を言った。
「もうお腹いっぱいになっちゃった」
「5杯も食べてるじゃない」
「でも、望乃さんにしては少ないです」
「あれだけぼたもちを食べればそうもなるわよ」
「望乃ちゃんは前に料理部で食べてからでもこれ以上食べてたよ!」
友奈が夏凜の言葉に反論する。
勇者部全員でその理由を考える。
「体調不良とかじゃないの? この間人間になったばかりだし」
「それです!」
風の言葉を聞いて東郷が何かに気づいたような声を上げる。
「東郷さんわかったの?」
「それって、体調不良のこと?」
「違います。望乃ちゃんは精霊から人間になったんです」
「そんなこと知ってるわよ」
「あ〜、なるほど〜」
これだけで望乃はわかったみたいだったが、他の四人への説明のために東郷は言葉を続けた。
「つまり、精霊から人間になったことで食べられる量も人間並みになったんです。まあ、それでも一般的な人間の食べる量を超えてはいますが」
「精霊には食べられる限界なんてなかったからね~。その限界がある人間になったんだから、仕方ないことだね」
望乃が東郷の説明に付け加えた。
結局それ以外に理由が見つからなかったため、そういうことなのだという結論に至った。
うどんを全員が食べ終わり、うどん屋を出て帰路に着く。
「夏凜ちゃん、帰ろ~」
そう望乃がいつもの如く夏凜に抱きつこうとするが、何もないところでつまずき、頭から豪快に転ぶ。
「ちょっ、望乃大丈夫!?」
頭から転んだ望乃に勇者部五人が心配して近寄る。だが望乃はすぐに起きあがって笑顔を見せた。
「えへへ。精霊の時のクセで、ガードで身を守ろうとしちゃった~」
「えへへじゃないです! 額から血が出てるじゃないですか!」
樹が慌てながら叫ぶ。
「大丈夫? 望乃ちゃん」
友奈が望乃の手を握ると、望乃がぴくんと体を動かした。それが気になった友奈は望乃の手を握った手を確認してみた。すると、友奈の手には血がついていた。
「望乃ちゃん、手にも怪我してるよ!」
「あらら~」
手が擦りむいていることを確認した望乃は他人事のようだった。
しかしそれを周りが放っておくわけもなく、東郷が冷静に傷の手当てを始めた。
夏凜は望乃の脳天気さに、ため息を吐きながら頭を抱えていた。
望乃が人間になったことでそれまでの生活から変化が生じた。
学校での生活徐々に以前に戻りつつあった。しかし一緒に住み始めた望乃と夏凜の生活は大きく変わっていた。
家での基本的な家事は望乃が行っていた。
朝に弱いため、朝食は夏凜が適当に用意するが、夕食は望乃が持ち前の器用さを使って作っていた。現在、望乃は風や東郷に料理を教えてもらってレパートリーを少しずつ増やしていた。
そして、就寝時は二人で同じ布団に入っていた。
夏凜の部屋にはベッドが一つしかなく、他に布団を置けるスペースもない。そのため、それほど大きくもない一人用のベッドでくっついて寝る以外になかったのだ。
望乃は嬉しそうにしていたが、夏凜は恥ずかしがって、望乃に背中を向けて眠っていた。
この日も二人は同じ布団に入っていた。
「ねえ、夏凜ちゃん。起きてる~?」
「……何よ」
「手、繋がない?」
「何でよ」
「……なんとなく」
「……」
望乃は未だにこれが夢なのではないかという不安があった。だからこれが夢でない証拠として夏凜に手を繋いでほしかったのだ。
その意図に気付いたのか、夏凜が望乃の方に向き直し、手を握った。
「仕方ないわね、今日だけよ」
「うん」
そう言って望乃と夏凜は笑い合ったのだった。
望乃を中心とした日常の話を書いていこうと思っています。