彼は天才だった。
科学者となった彼は、美しい世界を望んだ。

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第1話

 突飛な話というのは実のところそんなに突飛な話でなかったりする。某猫型ロボットが持つ四次元ポケットから出て来るひみつ道具が、形と名前を変えて実現されていたり、未来に戻る感じのタイムスリップの映画に出て来る宙に浮くスケートボードが作られたり、時間の経過と科学者の努力と偶然と運の重なりによって架空の物と思っていたものがいつの間にか現実的な物になることがある。

 そして、とある天才科学者も我々の知らない間に努力と偶然と運の重なりによってとある物を作り上げていた。天才科学者は自らのプライドの為に「並行世界追体験装置」と名付けたが、要するに「もしもボックス」である。

 この世界とは何かが違う世界。それが並行世界であり、その並行世界にいるであろう自分、もしくは自分に等しい存在に憑依することでその並行世界を体験する。それが「並行世界追体験装置」である。とある天才科学者はまず手始めに、最もこの世界に類似した世界。つまり並行世界の中でも最もこの世界と変わらない世界に移動することにした。

「まずは簡単なところから実験していく。そしてゆっくりと多くの実験を繰り返し、目的の並行世界へと移動する」

 それが科学者の実験のやり方だった。天才であるその科学者は自らの立てた仮説とそれを実行するための条件、計算式、その他諸々は完全なる正解、最適解であると分かってはいるが、天才とはいえ神ではない。もしかすれば何か、くだらないミスや根本的なミスを犯しているかもしれない。天才としての才能とヒューマンエラーが別であることを理解し、だからこそ手堅く、非効率的な方法を自らのやり方としていた。

 実験。とはいえ、その装置の中に入ってあとは設定した時間を待つだけ。そして今回は最も近い並行世界に移動し、ある種のデータを自らの脳内に叩き込んで現実世界に戻り、そしてデータを自らのノートに保存する。たったそれだけだ。そしてそれだけだからこそ、難しいのである。

そうして科学者が追体験した並行世界は、当然ながらこの世界とほとんど変らなかった。科学者が気付いた現実世界との相違点は、追体験した際の自分が女であったことくらいだった。自分が女だった、それには物凄く違和感があったが、並行世界としての可能性或いは可能性の世界としての可能性としては十分にありえる可能性だ。だから科学者は全くもって驚かなかった。

 そうして次の世界、次の世界、次の世界、と、科学者はどんどん世界を移動していった。例えば第二次世界大戦で勝者が逆転していた世界、日本が世界を統べていた世界、核戦争によって世界が崩壊した後の世界、科学技術の発展に衰えがなかった世界、魔法や魔術が存在していた世界、空想上の生き物がありふれ共存する世界やそんな生き物を駆逐しようとする世界、そして駆逐されつつある世界。

 多くの時間を、具体的には十年以上の時間を掛けて、科学者はようやく、目的の世界への順路を開拓することが出来た。

 科学者が目指していた理想とされる世界。それは「欠点なき穢れ無き綺麗な世界」だ。つまりは差別も虐殺も独裁もイジメも事件も何もない、ただひたすらに美しい世界だ。誰もが望む理想郷。それを科学者は望んだ。

 これまで通り、科学者は並行世界を移動し――そしてそれで終わった。

 科学者は帰って来なかった。

 

 果たしてそれは、科学者が帰って来なかったのか、それとも帰るつもりなど初めからなかったのか。

 或いは、そんな並行世界は、可能性の世界はどこにもなかったのか。

 

 その答えを誰も知らない。誰も知らず、科学者は行方不明扱いとなり、その画期的な発明は誰にも理解されないまま破棄されてしまった。




この世界は、綺麗な世界ですか? 美しい世界ですか? それとも、穢れきった醜い世界ですか? どちらにせよ、私達はこの世界で生きていくしかないのです。


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