「なんで……こんなことに……」
僕は目の前の現実からひたすらに、目を背けたいと思った。目の前の……赤い血の真ん中に力なく横たえる、女の子の姿から。肩を掴んで揺らしてみても、女の子はただ揺れるだけ、重く閉じた瞼が開かれることはなかった。
「まだ……名前も聞いてないんですよ……? 祠の弁償もまだ終わってないんですよ……? それなのに……こんなところで眠ってないでくださいよっ!」
僕は大声で叫んだ、さらに強く女の子の体を揺らした……でもやっぱり瞼は閉じられたままだった。本当はわかっていた、もう手遅れだってことも、もう……死んでいるってことも……わかってはいたけれど、認めたくなかった。あの笑顔がなくなっていいわけがない、それは人間だって神様だって同じだ。
「なんで……なんでなんですかぁ……!!」
土を掘り起こすように地面を抉っていた手のひらからは、少し血が出ていたけれど、痛みは感じなかった。手の痛みなんて気になるはずがなかった。何よりも痛かったのは……心だったから。目を瞑れば思い出す、僕の祠を壊したのに悪びれず、堂々としていたあの姿を、少し変な人だと思ったけど……きっと、なにより真っ直ぐな人だったんだろう……と。そんな存在が、今……目の前で死んでいるんだ。例え出会って時間が経ってなかったとはいえ……誰かの死を悲しまないでいられるほど、僕は冷酷ではいられなかった。
「そんなの……酷すぎる」
「なぁにが酷いんだヨ、当然のことだろうにナ」
「っ……」
不意に声が聞こえた。そのほうを振り向くと、所々がわざとらしく破かれている服を纏い、禍々しい槍……そう、女の子を突き刺していた槍に寄りかかっている、異常なほどに白い色の短髪をした男が立っていた。
「あなた……は」
「あ? 俺か? 俺には名前はねぇナ」
「名前が、ない……まさか……それって」
この時、僕は自然と唾を飲み込み、体が軽く震えていた。この震えは何から来たものなのかはわからなかったけれど、とにかく僕は震えていた。
「その女から聞いていたとは思うけどナァ、俺がその……名前のない神の一人なんだぜェ」
「っ!?」
やっぱりそうだった。あの女の子が言っていた通り、名前のない神様で……そして、あの女の子が狙われたということは、やっぱりあの子と神様だったんだ……ここまでなんとか考えたが、これ以上は冷静に思考することは出来なかった。これを感情に表すなら……怒り、というものだろう。この感情を感じたのも、すごく久々な気がした。
「ん〜? どうしたガキ、怖くて震えてんのかぁ? まぁ、そうだろうナァ! 目の前で死というものを体験して、冷静で言われるわけねぇよなぁ、人神とはいえ、たかがガキなんだからヨォ!」
「うるさい……」
「どうだったヨォ! 血を触る感触、血が広がっていく風景、ぴくりとも動かなくなる体ァ! 最高だよナァ! これこそ至福の時だと思わねぇカァ?」
「だまれ……」
「神とはいえ呆気ねェよなァ、だがぁ……植物を殺すよりも、獣を殺すよりも人を殺すよりもぉ……さいっこうだよなぁ……神を殺すっていうのはよぉ……いやぁ……アイツには感謝しねぇとナァ!」
アイツ……という言葉が少し気になったものの、僕はもうそんなことを気にかけてはいられなかった。そして、もう我慢の限界でもあった。
「黙れって言ってるだろぉぉぉぉ!!」
僕は天に顔を向けて叫んだ。この時の感情は怒りか、憎しみか、相手に向けての嫌悪か、呆れか。もうどうでもよかった……とにかく僕は……この男の口を閉じさせたかったんだ。この男から紡がれる声はとても耳障りで……堪らなかった。
「ホォ……まだそんな声が出せるくらいには元気があったのかァ……少しは骨がある奴みたいだなぁ」
僕が男を睨むと、その男はまるで新しい玩具を見つけた子供のような表情をした。今の僕にとってはその表情までもが憎く、自分を苛立たせるものにしか感じることは出来なかった。
「だがナァ……」
「っ……がっ!?」
突然鳩尾の辺りに衝撃が走り、すごい勢いで吹き飛ばされた。一瞬何が起きたのかわからなかったが、吹き飛ばされた時、僕がいたところには既にあの男がいた。その時、すぐにわかった。あの男は一瞬で距離をつめて僕の鳩尾を殴ったのだ。
「ぐぅ……はっ…」
「覚えておけ……ガキ、喧嘩を売っていいのは……実力が同等か、それ以下の奴だけってことをナァァァ!」
「ぐはっ……ぶっ!?」
今度は額に衝撃が走り、目の前の風景が揺れたそのすぐ後に地面に叩きつけられる。きっと頭を蹴りあげられて、そのまま蹴り落とされたんだろうか……そのせいか頭がぐわんぐわんと揺れているような感覚に苛まれる。
「安心シロ……すぐには殺さねぇヨ、俺にあの状況で俺に喧嘩を売ってきたその無謀な勇気だけは評価してやってんダ……だからよぉ、すぐには死ぬんじゃねぇゾォ!」
その後、まるで永遠の時間と思うくらい、拷問のような時間が続いた。決して大きな怪我はさせずに、ゆっくりと、蛇が獲物を丸呑みにしていくかのように、僕の体は確実に壊されていった。
あの女の子を殺した武器は使わず、ひたすら拳で、足で……肘で、膝で……急所を攻撃される。骨が折れているのは言うまでもなかった。
「はぁ……はぁ……うぐっ」
今の僕はどうなっているのか、わからなかった。僕にわかるのは、今……うつ伏せになって頭を踏まれているというだけ。それ以上のことは、今の僕には知ることも出来なかったが、とにかく……痛い。そして、自分の体を満足に動かすことが出来なかった、ただそれだけ。
「結構頑丈だナァ、オイ。 まぁ、俺としては楽しみが増えるから嬉しいんだがナァ」
男の声が所々途切れて聞こえてくる。意識も疎らで、正直これ以上意識を保っているのも限界だった。今更だけど……本音を言えば、この男に勝てるとは思っていなかった。ただ……この男は許せなかった、例え勝てなかったとしても、この男に、命を奪うことがいけないことだと、身をもって知ってもらいたかったから……。
「だけどマァ、それなりに楽しめたしヨォ……そろそろ死ねヤ」
だけど……やっぱりダメなのかもしれない。いくらなんでも、人神が神様に勝とうって言うのが間違いだったんだ。そもそも、何の力も持ってない僕が……神様と戦うっていうことがまずおかしい。無謀だ……無茶だ。あまりにもふざけた話だ……。
「んじゃア……ガキ、また人間にでも生まれ変われることを祈ってくんダナ」
僕の頭上で大きな力が集まっていくのを感じる。あぁ……ここで僕は殺されるのか……志半ば? いや、まだ始まってもいないのに。あの女の子との約束も果たせてない……それに、あの泣いている声の子にまだ会えてない……。
それなのに……こんなところで死ぬのだろうか……。
「人神の魂がちゃんと生まれ変われるのかは知らねェけどなァ…ギャハハハっ!」
あ〜……それは……とても……
「じゃあ、終わりダ。 滑稽で楽しかったゼェ!」
嫌だな……
**
リンっと鈴の音が響く。
『あなたの……あなたのために捧げる力』
『それはわたしの魂の分身……』
『わたしはあなたの中で、外で……ずっとあなたを見ている』
『そして……あなたは今、物凄く危険な目にあっている』
『あなたは全てを忘れてしまっていて、あなたはあなたを使いこなせていない』
『見ていてとても歯がゆい……手を伸ばせば届くのに、触れることが出来ない……もどかしい』
『でも、きっとあなたなら大丈夫……』
『ただ願うの……あなたの目的のために、突き通したい道のために』
『わたしは、見ているから……あなたのことを……』
『だから、思いっきり、全力で……』
そしてもう一度、リンっと鈴の音が鳴った。
**
「ナッ!?」
記憶にはないけれど、何故か懐かしいような……そんな声を聞いた気がした。幻聴か、なんなのか、僕にはわからなかったけれど、それでも……今の僕の諦めていた心を奮起されるのには十分だった。
そして……僕は一つの記憶を思い出していた。自分の名前でもない。過去のことでもない……懐かしい声のことでもない。自分に与えられていた力のこと。理解はしていない。でもなぜかそこにあることを知っていた。不気味? 不思議? そんなことはわかっているし、理解している。 けど今はこの力が必要だ……目の前の、この男を倒すためには。
「俺の槍を吹き飛ばした……ダト。 お、オマエ……なんだソレハ!!」
「それ……? あぁ……これは……」
僕の右手を包み込むようにそこに存在する、天色のなにか。それはまるで燃え上がる炎のようにも感じるし、全てを包み込む水のようにも感じた。そして……これから感じられるのはとてつもないほどの神力。神の格を、それを一目で理解させることが出来る、神の力。
これのせいなのか、先程まで感じていた痛みも、すっかり感じなくなっていた。回復したのか、感覚がなくなってしまったのか、そんなのは正直今はどうでもいいけど、この際、とても好都合だった。
そして僕は少し、あの女の子の姿を見る。地面に横たわったまま、やはり動く事は無い……本当は目を背けたい現実、そして……僕が無力だったがために失ってしまったということ。この戦いが終わったら……お墓でもたててあげよう。
そのためにはまず、この男を倒さないといけない……自分のしたことの罪を……その重さを受け止めさせるために……そう……この力は
「神様を裁く力……そんなところですよ」
……ここから先は、背負わなければならない罪への一本道、たとえ神様であろうと、引き返すことは許されない。
はい、ついに3話投稿しました。
一言で言うならば……戦闘描写難しすぎでしょ!?
という感じです、いや、まだ戦闘っていう戦闘してないし、今回主人公が一方的にやられてただけだし……というツッコミは全スルーしたいと思いますが……どうしても説明口調になる違和感はどうしようもないんですよね
というわけでですね、今回も言いたいことを最初にぶっこむあとがきの時間がやってきたんですが、正直それ以外に語ることとか特にありませんっ!
と、いうことはなく、主人公の能力が、ここまで書いておいて少しまだ未定なことがいくつかあったりしますが、のちのちわかっていけるとは思いますので、そこはこうご期待ということにしておいていただけたら嬉しいです
さて、ここではお願いをいいます。
感想やお気に入り登録など……してもいいよっ、という心優しい方々はばば〜んっと書いちゃって欲しいのです、質問やこういう話をやってほしいという要望を募集しますので、宜しくお願いします。
というわけで、4話でまた会いましょう
今回も読んでいただきありがとうございましたっ!