母の代わりには成れない。しかし皆が私に期待しているのは、母のような存在だ。いくら私の母だからと言っても、会ったこともないヒトの様に振る舞え、なんて出来る訳がない。それでも私は母の穴埋めをしなければならなかった。だって私は母の代わりに生きているのだから――。
カエデという少女は、はっきり言うとかなり横暴だ。村の子供たちを顎で使い、あたかも自分が絶対とでもいうかのように振る舞う。それが理由でか、本人の居ない所では多くの陰口を耳にした。私が模範とするならば、彼女は異端であった。しかし、陰と陽のような正反対では決してなかったと思う。陽は陰を羨ましがることなんてないはずだからである。私はカエデを心の何処かで羨ましがっていたのかもしれない。誰にも染まること無く、誰の目を気にすること無く、誰かの定めた枠にはまることなく――。
「スズー、早く来なさいよ」
「ちょっと待って」
私はカエデと遊ぶことが多かった。こき使われることばかりだったが、一緒に居ると私まで自由になれた気がしたからだ。
「もー、スズおっそーい」
「ごめんなさい。川を渡るのそんなに上手くないから……」
「子供でしょ?そのくらいしゃきしゃき渡りなさい」
カエデは活発的な少女だった。お金持ちの子というとあまり運動が出来ないと想像しがちだが、カエデちゃんは運動神経が抜群に良かった。
「よーし、今日はあの木に登るわよ!」
「え……あんな高いのに?」
「コツさえ掴めばすぐよ。ほら」
カエデはひょいひょいと登っていく。私も後に続いて幹に腕を回して足を掛けるが、足は木の皮を削る様に地面へと滑り落ちる。
「穴に足を掛けるのよー!」
一番低い位置にある枝の部分に到達していたカエデが声を浴びせる。穴?と幹を観察すると、どうやら木のうろのことらしい。そこに足を掛けるとすいすいと登れた。私も運動は苦手ではない。仕組みさえ分かればどんなことでもそつなくこなせる――と自分では思っている。
ある程度まで登ると枝が足場代わりになり、最初程苦戦することは無かった。しかし葉に視界を遮られ、手で掻き分けながら進むのが大変だった。それでも私はカエデの後を追い続けた。そして一番先の枝まで辿り着くと――。
「凄い……綺麗……!」
20メートルもない木だったが、頂上からの景色は圧巻だった。私たちの村は勿論、遠くの村まで見える。緑が多く見られるが、川や海なんかも見え、拓けた所に村の畑や田が窺える。そこには米粒程の人が居て、一生懸命に作業している。絶景という言葉はまさにこの壮大な光景のことを言うのだとひしひしと感じた。
更に、空気が綺麗だった。下が息苦しい訳ではないが、ここはとても新鮮な空気がある。澄んでいる、というのが適した表現だろうか。柔らかい風が髪をなびかせる。今日の気候にも恵まれていた。雲一つ無い青空、ちょうどの良い気温、どこを切り取っても好条件だったのだ。わざわざこの日を選んでくれたのか、はたまた単なる偶然だったのかはカエデ本人にしか分からないだろう。
「あまり先まで行くと危ないわよ」
「うん、ありがと!」
「な、なにがよ……」
「こんなに良いものを見せてくれて!」
カエデは片手で枝を掴んで安定性を保ちながら、ぷいっと顔を背ける。
「独り占めするには勿体無かったのよ。でも、他の子ではこの木に登れないでしょうからね。仕方無く、貴女を連れてきたの」
「それでも、いいの」
「……馬鹿じゃないの?」
小声で呟いた言葉は決して罵倒ではない。顔は見えないが、微かに笑っていただろう。何となく、雰囲気がそう物語っている気がした。
彼女は周りからあまり好まれていない。しかし、それは彼女の表面しか見られていないからだ。私もまだ全部が見られた訳ではない。それでも、彼女は良い子なのだと確信している。――私の様に取り繕った良い子とは違って。
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暫く木の上で雑談して陽が沈み掛かった頃、私たちは漸く地面に降り立った。上よりも暑く感じる。風が吹いていないからだろう。そして歩いて、川を渡って、また歩いて、行き来た道を戻る。村に着く頃には完全に辺りは橙色に染まっていた。私の村はあの特別な場所とは違った、また気持ちの良い空気だった。慣れ親しんでいるからかとても落ち着くのだ。
「あ、スズとカエデだ!どこ行ってたんだよ!」
村で遊んでいた他の子供たちが駆け寄ってくる。
「秘密よ、ひみつ。けど、どうせ教えたところで貴方たちでは行けないでしょうね」
「何だよ!やってみなきゃ分からないだろ!」
早速カエデは子供たちと言い争いを始めた。私は遠目でそれを見て苦笑いをする。
「おかえり。遅かったね、疲れた?」
皆からちょっと離れた位置に居た私へ声を掛けてくる。振り返ると男の子が立っていた。
「ふぇ……!?あ、うん。でも楽しかったよ」
「いいなぁ。僕も行きたかった」
「でも……」
「分かってる。秘密なんでしょ」
「うん、ごめんね」
「いいよ、仕方ない。あ、呼んでるや。じゃあね」
男の子は仲間に呼ばれて走り去ってしまった。私は心臓が高鳴るのを必死に抑える。動揺を上手く隠せただろうか。深呼吸をして平静を取り戻そうとする。
「ケンノスケと何話してたの?」
「え!!?」
真後ろからの声に驚いて向くと、さっきまで口喧嘩をしていたカエデが直ぐ側に居た。どことなく不機嫌そうな顔をしている。
「どこ行ってたの、って。あ、大丈夫。喋ってないから」
「ふーん……ま、いいわ」
カエデは一人で頷くとそのまま皆の所へ歩き始めた。私も慌てて後をついていく。
輪の中へ戻ると、他の子たちからどこへ出掛けていたのかという質問責めに遭った。私は苦笑いをしながらはぐらかしていたが、カエデは耐えられなくなったのだろう。踵を返して脱兎の如く逃げ出した。それから追及という本来の目的を忘れて、鬼ごっこが始まったのは言うまでもない。私は直ぐに捕まってしまったが、カエデは村中を所狭しと駆け巡る。昼間あんな運動したのに疲れを全く感じさせない走りっぷりだった。もしかしたら体力が無尽蔵なのではないか。私は取り調べに、「カエデちゃんが捕まったら話す」と一点張りを続けていたが、結局話すことは無かった。辺りが暗くなってお開きになるまでカエデは逃げ切ったのである。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「おぅ、スズ。遅いぞ、父ちゃんもう飯食っちまってるからな」
「え、ずるい!私も食べる」
「こら、手ぇ洗ってからだ」
「はーい!」
家に帰って父とご飯を食べながら今日の出来事を話した。父には飯食ってる時に喋るな、なんて怒られたけど構わず話し続けた。父も口では怒っていたが、ずっと笑顔で私の話を聞いてくれていた。村から出た事、川を渡った事、大きな木に登った事、そこからの眺めが絶景だった事――。話しても話しても語り尽くせない程だった。それだけ楽しかったのである。
「スズ、お前は変わったな」
一通り話し終わると、突然父がそう告げた。どういうことだか分からない私はただ父を見つめることしかできなかった。
「近頃、ちゃあんと笑うようになった」
「何言ってるの、いつも笑ってるでしょ?」
「いっつも笑ってるな、顔だけは」
その言葉に思わず息が止まる。
「……お前がかかあを気にする必要は無い。だって、どんなに頑張ってもかかあの代わりには絶対なれないからな。それ以前にお前はお前だ。スズ、意味が分かるか?やりたいように生きなきゃあ疲れるだけだろ」
「それはそうなんだけど……でもやっぱり無理だよ。代わりになれないことなんて分かってる!それでも……」
「カエデちゃんだっけ?あの子のお陰だな」
「え……?」
父は話している最中にころころと話題を変える。ちゃんと聞いていないと何を話しているかが分からなくなる。
「あの子が来てから本当に笑うことが多くなった。……友達は大切にしろよ?」
「分かってるよ。……分かってる」
私はこの時何故、2回同じ言葉を繰り返したのだろう。自分で言ったことなのに分からない。分かれば今、こんなに苦しむことはないだろう――。
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そして今年の春、またカエデと二人で村を抜け出して遊んでいた。カエデが先行して山道をぐんぐんと上がっていく。私は遅れないように必死について行っていた。今考えると、護魂の森で人並みに歩ける理由はカエデのお陰かもしれない。最初に抜け出して木に登ってから、他の子供たちに見つからないように何度か二人で遊んでいた。今日もまた違う山を訪れ、そして絶好の登りがいのある木を見つけていた。いつも通りカエデが先に登り、後から私がついていく。慣れたもんで、今ではカエデと同じくらいの速さで登れるようになっていた。この木は幹が太くがっしりしていた。元気に葉も生い茂っていた為、頂上近くでも周りの景色を眺めることは出来なかった。視界いっぱいに枝と葉で埋め尽くされてしまっていたからだ。カエデは何も言わず枝に座り、足をぶらぶらと揺らしていた。私もカエデに倣い枝に座る。とても丈夫で、跳んでも跳ねてもきっと折れないだろう。勿論そんな命知らずの事はしないが。ここは地上からざっと10メートル以上ある。誤って落ちたら只では済まないだろう。枝が衝撃を和らげてくれるとしてもそれ自体は誤差でしかない。
「……ねぇ」
「何、どうしたの?」
地面を見下ろしていると唐突にカエデが話し掛けてきた。カエデに視線を移すと、声を掛けてきたにも関わらず、ぼんやりと前を眺めている。
「スズはさ……好きな人って居るの?」
「なっ、何言ってるの!!?」
思いがけなかった質問に声が上ずる。もう出会ってから3年近いが、今までこの手の会話をしたことはなかったからだ。それに、ふと反射的に頭に浮かんだ男の子で酷く動揺したことも理由の一つだった。
「私は真面目に聞いているのよ?」
「い、居ないよ……」
「……本当に?」
「う、うん」
「そっか……」
そしてカエデは黙り込んだ。依然として前を向いたままである。なんとも言えない沈黙だった。私が何か話したらいいのだが、今のカエデにはどこか話し掛けるのを躊躇わせる雰囲気があった。ぼんやりとしてはいるのだが、思い詰めているかのように口をきゅっと閉じ、両手を顎に当てている。この木の何処かに巣でもあるのだろう、鳥の鳴き声が喧しく辺りに反響する。普段ならば鳥が居たとしても特に気にすることはなく、カエデとの会話を楽しんでいる。カエデはおしゃべりだから、殆ど会話が途切れることはなかった。そのカエデとの会話が無くなった途端に、世界の音が私の耳に潜り込んでくる。それは心地のよいものではなく、私の冷静さを奪っていく。何に焦っているのかは分からない。私はただ黙殺しているカエデを注視することしか許されないかの様に、全身の筋肉を緊張させていた。
どれくらいの時間が経っただろうか。とても長い沈黙。しかしもしかしたら、この時間はほんの一瞬だったかもしれない。感覚が狂う程、私は緊張していたのだろう。だからこそ彼女が重い口を開く瞬間を見逃さなかった。
「……私はね、好きな人が居る」
「そうなんだ。……誰?」
彼女の言葉を聞いて一番強く感じたのは安堵であった。これまでの沈黙を破ってくれたことに対する感情が最もだった。"好きな人"という重要な言葉よりも、だ。――結局は他人より自分なのだ。作り物の良い子は所詮こんなものなのだ。
カエデは目を細めてまた黙っていた。しかし先程のような思い詰めた表情ではなく、単純に声が口から零れないだけらしかった。柔らかい風が私たちの髪をなびかせる。風が通り過ぎるのとほぼ同時にカエデは目を見開き、私へ向き直る。真っ直ぐ、真剣そのものの目だった。
「……ケンノスケよ」
「あ……」
羽音を立てて、鳥が木から飛び立つ。私は彼女の告白に反応が出来なかった。応援することも、驚くことも。頭の中が真っ白になってしまっていたからだ。……いや、真っ白というのは間違っている。先程からずっと一人の男の子が頭に浮かんでいるからだ。"ケンノスケ"が――。
ケンノスケと話している時、心臓が跳ね上がるくらい鼓動が騒ぎ出す。好きな人と言われ、頭に真っ先に浮かび上がる。思う程、胸が裂かれるように痛む。――それでも、私はケンノスケが好きなのかは分からない。この感情は恋なのか、それとも違うものなのか。私には分からなかった。これがきちんとした所に収まるまで私には答えられない。
しかしカエデは声に出して私に告げた。どれくらい迷ったのだろう。私に言ったところで恋が成就する訳ではない。それでも自分の気持ちを整理して言葉を紡いだ。これは並々ならぬ感情であることだけは確かだ。私には到底真似出来ないだろう。継ぎ接ぎだらけの心では一生掛かっても無理な話である。
「がっ……頑張ってね」
その一言しか出なかった。私は逃げたのだ。カエデから。自分自身から――。
――――――――――――――――――――――――――――――――
カエデの心を知った数日後、私は水汲みに村の井戸へ桶を持って歩いていた。そこ角を左に曲がれば井戸が見えてくる。曲がって、ふと前を向くと子どもが二人立っていた。私は思わず後退して角に隠れた。どうして隠れたのかは分からない。堂々と出ていけばいいのだが、私にはそれが出来なかった。その二人というのが、カエデとケンノスケであったからだ。
「どうしたの?急に、呼び出したりして」
「ごめんなさいね」
「カエデちゃんが謝るだなんて、珍しいね」
「別に……私だって謝るわよ」
珍しいと思っていたのはケンノスケだけではない。私だってそう思った。普段ならば、「私に呼び出されたんだからいいでしょ?」なんて言うに違いない。
「それで、何か用?」
「えっとね……」
カエデは何とか言葉を紡ごうとしているが、口をぱくぱくさせるだけで、声は出ない。その為、沈黙が続いているがケンノスケもじっとカエデの言葉を待ってあげている。
ぐっ、と拳を握り締めるとカエデはやっとの思いで言葉を吐き出した。
「私、貴方が好きなの!」
言った、言ってしまった。……言ってしまった?彼女は想いを告げたのだ。それだけで称賛に値する。なのに何故私は震えているのだろう。いつもにこにこしているケンノスケもこの時ばかりはとても真剣な表情をしている。ケンノスケも色々と考えているのだろう。そしてゆっくりと口を開く。
「気持ちは、嬉しいよ。……でも、急だからまだ、気持ちの整理が出来ない。答えは、もうちょっと待って」
「……何で…………。何でよ!」
ケンノスケの返答に対してカエデは大声を上げた。少し涙目になっている。
「私が嫌われてるから?私が嫌いだから?」
「ううん、そうじゃない。カエデちゃんは、魅力的だよ」
「だったら何で頷いてくれないの!?」
「それは……」
「他に好きな人が居るの?」
「……」
「……スズでしょ」
「…………」
突然自分の名前が挙げられて、びくっと肩を震わせる。この修羅場で一体何故私の名前が出てくるのか。
「何でいっつもあの子なのよ!そんなに良い子がいいの!?人の顔色窺ってご機嫌取っているだけじゃない!!」
「そんな言い方、酷いんじゃない」
「貴方だっていつも真っ先にスズに話し掛けにいくじゃない。いつもじっと見ていたりもするわよね」
「……気のせいだよ」
「けれど残念ね。スズは貴方のことは好きじゃないみたい」
「なんで?」
「前に聞いたら好きな人なんて居ないって。貴方だってどうでもいいって言ってたわ」
「そんな、嘘だよ」
「嘘じゃないわ。二人で隠れて出掛けるような仲ですもの。そういった話だってするのよ」
確かに、した。けれども、どうでもいいだなんて言ってない。でも、好きな人が居ないと言ったのは確かだ。ならば、どうでもいいと言ったことになるのだろうか。
「……やっぱり、もうちょっと時間をちょうだい」
「あ、ちょっと!?」
ケンノスケは走ってその場から去ってしまった。追い掛ければ運動神経の良いカエデならすぐに追い付くだろうが、へたりこんでしまって動かなかった。
「なんでよ……なんで……!!」
目から落ちた滴が地面を濡らす。砂を抉るように掴むとさっきケンノスケが居た方向へがむしゃらに投げる。さらさらの砂は多くが空中で舞って風に流され、小石などはそのまま地面へ叩きつけられる。カエデはそのまま動かなかったが、私も出ていくことなど出来る筈もなかった。
私は角の家の壁に寄り掛かったまま、空を見上げていた。風が強い為か天上の雲の動きも速い。でも世界は止まっていた。……止まっているのは世界なのか、自分なのか。
「……聞いてたの?」
視線を落とすと、目の前にカエデが居た。さっきまで泣いていたからか、目の周りが赤くなっている。
「えっと……水を汲みに来て……それで……うん」
「最低」
それだけ告げるとふいっと顔を逸らして歩き始める。
「ちょ、ちょっと待って!!」
少し歩いたカエデを呼び止める。何故呼び止めたのかは分からないが、このまま去られてしまうと、私の所へ戻ってきてくれない気がしたからだ。カエデは立ち止まったが、こちらを向いてはくれない。
「……」
「あ、えっと、あのね!えーっと……」
呼び止めたはいいものの、何を話していいのか分からない。何と声を掛けていいのか分からないのだ。そんな私の声を遮るようにカエデが呟いた。
「……もう私に話し掛けないで」
「え……」
カエデはそのまま歩いていく。私からどんどん遠ざかっていく。もう私も呼び止めることは出来ずに、カエデの小さくなっていく後ろ姿をただ眺めるだけだった。私の手から桶が離れる。からんころんと地面の上で転がった。呆然と見えなくなった彼女の姿を思い返す。いつも前を進んでいたカエデ。勇敢なのか好奇心なのか、山道も木もどんどん登っていく。その姿は自信に満ち溢れていた。けれどもさっきの彼女の背中はとても小さかった。哀しみ、憤り、躊躇い。様々な感情が見え隠れしていた。
私は再び空を見上げる。気が付くと空全体を雲が覆っていて、風が雲を流してもその隙間にまた雲が雪崩れ込む。――私の心みたいだった。全体が翳っていて、洗い流そうにも汚れた感情では何も綺麗に出来ない。
それからカエデと遊ぶことはなかった。前のように二人で出掛けることはおろか、村で出会っても避けるようにすれ違うだけだ。カエデは何も話すつもりはないらしく、私もどうしていいか分からずじまいだった。そんな時だ、父が不治の病に侵されてしまったのは。一体どうしてこんなことになってしまったのだろうか。私は模範のような良い子として振る舞ってきた。それが自分の感情もあやふやなまま護魂の森へ飛び込んだ。そして当たり前の結果だが、悪霊にからめとられて命を落とそうとしている。どこで歯車が狂ったのか。カエデとちゃんと仲直りすればよかったのか。私が謝ればよかったのか。
――どうして私が謝らなくちゃいけないの?
私がいつ悪い事をした。悪いのは全部カエデじゃないか。私に非があるとするならば、カエデと出会った事だろうか。恨めしい、憎い。何故私がこんな苦しいおもいをしなければならないの。こんなにもがんばってきたわたしがどうしてくるしいおもいをしなければならないの。がんばっていたちちがどうしてやまいなんかにかかるの。がんばっているにんげんがくるしいおもいをするせかいなんてまちがっている。だったらいっそ――――。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「ぐあっ!!?」
俺はスズを包んでいる悪霊の塊から吐き出されて、木にぶつかる。確かに掴んだ。スズの手を握った筈だった。それが思い切り振りほどかれたのだ。悪霊の妨害ではない。おそらくスズの意識で、だ。
「どうした、不浄。やっぱり駄目だったのか」
ウツボがけらけらと笑っている。腕を引き抜かれた悪霊たちは既に体勢を整えてウツボの後ろで待機している。
「黙って見てろ。どうせお前は悪霊の力を借りなければ何も出来ないだろう」
俺は咄嗟に横へ転がる。受け身も出来ずに身体を強打したが、ましな方だ。さっきまで俺が立っていた所に鋭く尖った形に変化した悪霊が突き刺さっていたからだ。振り返ると悪霊の山が出来ていた。その天辺にはスズが居た。正確にはスズの腰から上が山から突き出ている。
「スズ!!……くっそ!!」
呼び声とほぼ同時に悪霊の棘が俺を狙って飛んでくる。
「あはははははは!!ヒトとは弱きものよ。簡単に恨みや憎しみに溺れていく」
「くるしいおもいはしたくない……。だったらこんなせかい、いらない!!」
俺はゆっくりと立ち上がりウツボとスズを交互に見る。
「……俺も世界なんてどうでもいい。世界を守るなんて馬鹿げたことは考えない。……村一つさえ守り切れなかったからな。だが、誰かを守るくらいのことは俺にだって出来る」
「はっ!貴様だけで何が出来るというのだ」
「そうだな。悪霊たちとウツボにスズ。数じゃ勝てないだろうさ。"俺だけ"ならな」
「何を……。おおっ!?な、何だこの揺れは!!」
森全体が震えている。夜中だというのにとても騒がしい。俺は思わず笑みが溢れる。
俺はこんなに森が好きだったか?好きじゃなかったとしても、今この瞬間好きになった。
揺れが止まったと同時に、俺たちを囲む様に木々の隙間から動物たち、妖怪たちが現れる。一匹や二匹ではない。この森――護魂の森に住む全ての異物たちが集まったのだ。
「ウツボ、よく見ろ。――これが森の意思だ」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
はじめましての方ははじめまして。
お久しぶりの方は大変お久しぶりでございます。
碓氷です。
まずは謝罪を。
前回から一ヶ月以上も空いてしまって申し訳ありません。なんとか10月中にあげたので勘弁して下さい。かなりぎりぎりですが。誤字脱字もかなりあるかとは思いますが多目に見ていただけると幸いでございます。
さて、今作についてですが、前回同様あまり気持ちのよい話ではありませんね。それが遅くなった原因の一つでもありまして、重たい話を書く時はテンションが余程高い所にないと気分が落ち込んでしまって中々執筆作業が進まないのです。まぁ、言い訳でしかありませんが。一番進まなかった理由としては、スズたちという子供がメインということです。子供たちのドロドロした話は難しいというのがぶっちゃけた感想です。大人のドロドロならばある程度予想が出来るのですが、子供となると思春期真っ盛りですから、大人とはまた違ったベクトルのドロドロした話になるのです。何度も書いているとは思いますが、ここまで『月影テールライト』を連載するつもりはなかったものですから、ここに来てスズをもう少し年齢を上げてもよかったかな、と思う所存です。……全然、十一歳らしくないですが。
そして次回で『月影テールライト』は大詰めです。堂々の完結!……かどうかは分かりませんが、いよいよ最終回になります。どんな結末になりますかね?私自身も書いてみなければ分かりません。書きながら考えていますので。きちんとプロットから制作出来る方は本当に尊敬の念でいっぱいです。プロット考えると納得出来るまで進まなくなってしまうのです。えー、少し話が逸れましたね。残り僅かではありますが、今後も『月影テールライト』を宜しくお願い致します。同時進行で『勇者と魔娘の3年間』も執筆していますので、そちらも是非。
次回は早めにあげられるように頑張ります……。
それでは改めて、ここまでお読みいただきありがとうございました。
追記
サブタイトル忘れてました。失礼しました。