床は白乳色の大理石。それ以外椅子を含めて蒼みを帯びた、まるで水晶で出来た豪華絢爛な高校の教室程の広さを持つ一室。
ごく自然と部屋の中央にある水晶の椅子に、女が悲しげに座っていた。
女は、金板で部分的に補強されてはいるが、正統派っぽい黒と白のコントラストのバランスが良い修道服を身に纏い、腰よりも長い黒髪は艶やかであり、少し垂れ目な為か、優し気な印象を見る者に抱かせる、20代前半程に見える美麗な女である。
彼女はうとうとと、少し船を漕ぎながら眼前にあるディスプレイに表示された時刻を寂しげに見ていた。
(・・・夢みたいな毎日だったなぁ)
DMMO-RPGユグドラシル。
それを始めたのは学生の頃に兄が誘ったのが切欠だった。プレイヤーネームはサービス開始前の登録時に兄が代わりに、正に早業で手続きをした為に、良くある『ジュン』で登録出来た。そして、ビジュアル的に女性を選択した『彼』は兄に爆笑されても少し疑問に思う程度だった。
兎も角彼はスタンダードに人族のファイターでプレイを始めたのだが、このユグドラシルというゲームに圧倒された。現在の世界では見られない。文献等にしか載ってない様な大森林。木々が生い茂る雄大な山。陽光を乱反射し、蒼とも碧とも様々色に見える大海。当時の彼の心に有ったのは正に感嘆だった。
この時代。世界は技術の発展の代償に自然は徹底的に破壊されたのだ。
人口心肺が無く、事故で壁が破壊されるか、特殊な空気清浄機が故障すれば容易く一定時間内で人間を葬る外気は様々な化学薬品で汚れ不気味な紫色を帯び、一定以上濃度が有る地域の木々は枯れ果て、海は人が住む陸地に近いほどコールタールの様な黒に紫が混ざった不気味な色をしているのだ。
現実では薄紫色を帯びた空しか見た事の無いが故に、この自然溢れる世界を1人で色々見たいと思った為ソロでプレイし始めたのだ。
様々な事が有った。武器を扱いがどうにも上手くいかず、思わず無手で殴ったらシックリきた為モンクを目指してクレリックになった。
様々な事が有った。PKを止めようとし、やられかけていた相手を回復しようとしたら対象は骸骨の魔法使いだった為、思わずPKを仕掛けていた人族の集団に飛び蹴りを仕掛けた。
友人が出来た。PvPにハマった。友人が作ったギルドに感動を覚えた。友人のギルドに入ろうとしたら、異形種限定だと思い偶々手に入れた種族変更アイテムで悪魔、異業種になったが、社会人限定と知り入れなかった。昔のアニメ作品通りに色々外装を弄って下手するとR18な外見になり、アカウント休止になりかけながら。ロールプレイしながら、ユグドラシルの9つの世界を廻った。
予想外なのは運営から制限される様な、一見デメリットしかない職業レベルを貰った事だが。
だが、始まりが有れば終わりが有る。
彼のギルドホーム作成に協力してくれた、友人がギルド長を務めるギルド員が一人、また一人と引退していった。その中には彼の兄もいたのだ。一人去る毎に、友人の背中が泣いている様に思えた。
殆ど友人一人の状態が多くなったギルドに、彼は維持の為のアイテムを渡し、友人を連れ出し、一緒にMOB狩りに行けばたった2人なのにワールド・エネミーという運営が用意した、超ハイスペックなボスと遭遇。そしてを撃破に成功した時は思わず抱き合ってしましい、危うく友人共々アカウント休止になりかけた。
そんな様々な至宝の如き思い出を、彼は汚したくなかった。
ユグドラシルのサービス終了の通知が来た頃、彼はやっと社会人になったのだが・・・友人が皆の帰還を望んでいる様に思えた為、ギルド合併の話を言い出せなかったのだ。兄にサービス終了の事を告げるも、忙しいと寂しげに一刀両断された時は悲しく思ったが、仕事が忙しく、とある場所に赴いた上に、満足に自宅に帰れない兄を思うと、それも仕方無しと彼は『純也』は断じた。
純也がユグドラシルで使っているアバター。ジュン・・・ヒーラーorアタッカーで趣味を詰め込んで、バイト代の大半を外装変更に注ぎ込んだの謎仕様の悪魔な修道女。
『彼』にとってユグドラシルとは唯のゲームではなく自身の青春であり、至高の夢だったのだ。
ふと、時間を見ればは23:57・・・サービス終了の3分前。
彼女は散漫な動きでディスプレイを消そうとコンソールに手を伸ばす。すると、友人が少し前にくれた彼のギルドの指輪が目に入った。サービス終了の1週間前に再課金で装備した。右薬指に装備された指輪が、リング・オブ・アインズウールゴウンが寂しげに光を反射していたのだ。まるで、友人が寂しがっている様に感じ、思わず友人にメールを送った。
『寂しいね・・・けど、ありがとうモモンガさん。ありがとうユグドラシル』
ジュンは深く水晶の椅子に腰かけた状態のまま、現実世界の純也は目を閉じた。
姿勢も態度も良くは無いだろう。方やタレ目を開いたままの女のアバター。方やゴーグル的な物を付けた一見女に見間違う青年。だが、もしその姿を見る者がいれば、まるで神に祈っている様に見えただろう。
そして、ふと思うのだ。
(結局検証とか出来なかったなぁ・・・)
豪華且強力な装備を身にまとった骸骨の魔法使い。漆黒のアカデミックガウンを纏う玉座に座る死の支配者モモンガは最後の刻をココで迎えると決めていた。
最後という事で、己専用に作成された黄金のスタッフ、ギルド武器スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを円卓の間より持ち出し、結局その役目を遂げられなかったNPC達。最終防衛ラインの時間稼ぎになる執事セバスと、6体の戦闘メイドプレアデス達を連れ出したのだ。
久しく見なかった守護者統括と設定された美しい悪魔、アルべドの手に、製作者が独断で持ち出したワールドアイテムには不快感を覚えたが、最後という事で流し、ふとアルべドの設定を見れば余りにもの長い設定に軽い目眩を覚え、最後の一文『ちなみにビッチである』にその製作者の趣向に思わずため息をついてしまった。製作者の愛を思わせるNPCアルベド。美しい容姿をしている事も有り、最後の一文が余りにも不憫に思えたモモンガは、悪戯心もあり、『モモンガを愛している』と書き換え、玉座の間を見渡した。
数百のNPCが入れるほど広く、ギルドメンバーを意味する紋章が描かれた41の旗と、玉座の後ろに有るギルド旗は偉大さを見る者に思わせ、淡く7色に輝くシャンデリアはその威厳を強調する正に謁見するに相応しい王の間。そんな玉座に座るモモンガはこのアインズ・ウール・ゴウンが己の輝かしい全てであると、満足感を得ていた。
だが、仲間たちの事を、旗を見ながら一つずつ数える毎に思い出し、己の心を蹂躙する不快さを噛みしめる事となった。彼にとって最高の友である41人と共に作り上げたナザリック大地下墳墓が失われる哀愁。最後の最後迄まるで『過去の事』と断じているへろへろを代表とした友達・・・と感じてしまった己に対する憤怒。この二つが鬩ぎ合い、感情の吐露は知らず内に現実の肉体から涙を流させた。
モモンガ自身分かっているのだ。時には家族サービスを返上した者も、ゲームをする為だけに有給を取った者もいたのだ。そんな者達が辞めた。もしかしたら病気になったのか、純粋に仕事が忙しいのか、夢を叶えて日々躍進し続けているのか・・・
どうせなら、明るい方だと良い。物言わぬ骸骨のアバターだと言うのに、誰かがその姿を見れば、何時溜息をつくのかと、思わず見入ってしまう程、深みを思わせただろう。
そんな中、軽快な電子音と共にメールが届いた。その宛名にモモンガの意識は過去へ飛んだ。
モモンガにとって『ジュン』は特別な人物だった。
『現実世界では男』であるのに『人族の女性』をアバターとし、異形種狩りに遭っていた弱かった己を助けようと、修道女が赤い鎧を着た人族のファイターと思われるPKに飛び蹴りをかまし、共に逃げようとした所で共にたっち・みーに助けられた。そして助けた相手である、たっち・みーとPvPをする。実に変に思えた。
たっち・みーが異業種救済の為のギルドを作成しようと言えば、人族プレイヤーである為、自身は不適切と判断したのか、異形種でプレイ中の己の兄を紹介した。紹介された相手が厨二病で少し笑えた。
友達と満足するギルドホーム。ナザリック大地下墳墓を作成しようとすれば、素材集めに参加して共に楽しんだ。
1500人の軍勢がナザリックに攻め入る情報を密告し、共に防衛させて欲しいと頭を下げられた時は思わず微笑ましく思えた。そしてそのまま種族変更アイテムで己の種族を悪魔に変更する堕落の種子を使い、仕様上回復魔法等が使えなくなると思えば、まさかの隠し種族が発現。唖然としていると、そのままこの、『アインズ・ウール・ゴウン』に加入したいと言い出せば、兄であるウルベルトさんが呆れ口調でリアルにまだ早いと断じ、社会人ギルドだと知らなかったのが声だけで驚愕しているのが分かり、皆と爆笑した。
このご時世では珍しく10代後半だが政府からの援助金で学生が出来るほど優秀なのだと彼の兄、ウルベルトが様々な感情が籠った溜息をついたのが印象的で、良く意見の対立からPvPしていた、たっち・みーが妙に優しくしたのは他のギルドメンバーと共に驚いたものだ。
オフ会を企画し、会えばリアルのウルベルトとたっち・みーは、ゲームでは本気で罵り合い、憎んでいる様子だったのだが、実際は気の置けぬ友人だったのには、皆は驚きを隠せなかった。尚、ジュンの現実の姿が、『女に見える』事実はモモンガも含めて、多くのギルメンを落胆させた。喜んだのは女性3人だけである。実に闇が深い。
ナザリックに入れないと知った彼はソロでギルドを作り、その製作に皆が手を貸した。気が付けば彼のギルドホームは空飛ぶ直径30メートル程の水晶ドクロが外見で、唖然とした。
また、悪魔族になったからと、昔のアニメのキャラ設定や古い画像データを駆使し、自身のアバター所かNPCまで丹念に作り上げ、設定魔でホラーとギャップ萌なタブラを始めとした特にクセが強い仲間達が弟・・・アバター的には女性な為、妹として可愛がった。ウルベルトが一言『人タラシ・・・』ともらし、ジュンを可愛がる仲間達を羨ましそうに見ていたのが何所か気になりもした。
ジュンが趣味全開で作成したアバターは有名になった。元ネタになったモノから、全力戦闘時は視覚的に下手するとR18・・・運営側は数か月の協議の末に認めた。当時の大型掲示板は『サキュバスよりエロイwww』『歳幾つだよw』『エロこそ最強w』等々書き込まれ大いに盛り上がった。しかもジュンは合計レベル95でワールドチャンピオンの栄光を勝ち取った為、間違いでは無いと皆と大笑いしたのはモモンガにとって実に良い思い出だ。
モモンガは当時思っていた。このまま続けば良い。この幸せが、続けば。と・・・だが、終わりは有った。
1人、また1人とナザリックを去る仲間達・・・皆が戻るまでナザリックを、アインズ・ウール・ゴウンを守らなければと、意気込んでいる己をサポートしてくれた。
2人でワールドエネミーとエンカウントし、それを『ジュン』が巨大化するわ、怪獣大決戦に巻き込まれながらも、死に戻り覚悟で援護し、何とか撃破すれば『抱き合った関係』で、運営から15禁に抵触との事でイエローカードを貰う。また、地味に運営からジュンのアカウント停止処分まで、残りイエローカード1枚と聞いた時は冷や汗モノだったが。
そして、彼は己を気遣い、己を含めた41人との思い出を汚したくないと思ったのか、ギルドの合併を言わなかった。彼のギルドホームとナザリックの天井がドッキング出来る仕様なので、実質合併したも同然なのだろうが。この仕様はサービス終了の1週間前に判明したギミックだった。何所か仲間達は彼を42人目として認めている。そうモモンガは思い、彼にリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを渡したのだった。何よりモモンガを驚かせたのは、彼はすぐに再課金し、右手の薬指に装備した姿を見せに来た事だ。
モモンガ自身、一週間後にサービス終了するゲームに課金してまでも、己が渡したギルドの指輪を装備し、声だけで分かるほど喜色円満な様子は思わず目頭が熱くなった程だ。
モモンガはユグドラシルにより友を得、友愛を知った。
ジュンの巻き起こす様々なトラブルに驚き、心配し、我が事の様に喜び、同じ時を楽しんだ。久しく感じてはいない家族へ向けていた感情を呼び覚ましてくれた事に感謝したのだった。
モモンガは徐に彼のメールを読んだ。
短いながらも嬉しく思えた。故にモモンガはコンソールを叩く。ただ、彼に自身の心情が届くように。
『ジュンさん。ありがとうございました。貴方のおかげで孤独にはなりませんでした』
メールの着信を知らせる軽快な電子音に純也はゆっくりと目を開ける。先ず入ったのは時間。残り・・・1分も無いだろう。手早く見れば、嬉しい一言が添えられていた。そして、流石は上位ギルド。アインズ・ウール・ゴウンのギルド長であると思った。
そして、最後という事で有給を取り、ソロで2轍でMOB狩りをした反動なのか、心地よい睡魔に襲われる。まるで、楽しい夢が終わり、起きなければなら無い。そう思わせるに足りる事だ。
奇しくも2人は異なる場所だが、似たような姿勢で、己のギルドの玉座で思う。
((あぁ・・・楽しかったなぁ・・・))
少しは読みやすくなったかな?