情報の錯綜とは実に面倒な事態であり、その改善・把握を怠れば面白くない結果に遭う。社会の基本である。だが、情報を受け取る側が配慮し、上手く改竄できるのならば事の次第は変わるモノだ。
ジュンとアインズが夜空の下談笑した日。基本的に睡眠が不要の者達だけが動く深夜と早朝の狭間。紫紺の境界に、アインズは独りでソコに訪れていた。誰の目にも留まりたくない。知られたくないと言わんばかりに人目を忍んだ結果だ。
ナザリック地下大墳墓の至宝の数々が眠る宝物殿の、最重要の霊廟へと続く応接室に見える高級な一室。ソコには、一見蛸の魔人に見える、ブレインイーターであるタブラの姿をした者がソファーに腰掛けていた。
ソレは、パンドラズ・アクターは入ってきたアインズが気付けば即座に立ち上がり、元の姿に戻り敬礼した。その挙動の全てが機敏であり、空気を切る音が聴こえる程動作にブレは無い。
「ようこそモモンガ様っ!」
(・・・顔を如何にかすべきだったか)
パンドラズ・アクターはナチスに似た軍服を着こなし姿勢正しく敬礼しているが、ツルツルとした卵頭に、目と口の3つ穴の埴輪顔が全て台無しにしている。
その姿にアインズは内心、ダサいと思いながらも、顔をイケメンにしておけば良かったと考えた。自身のクリエイト能力の欠如の皺寄せの結果に情けなく思う。
だが、埴輪顔であるからこそ侮られ、道化足りえるのではとも考え直す。黒歴史であるがその有用性は彼自身が一番理解しているのだから。
「先のメッセージで伝えた事からして、何か確認出来るモノは有ったか」
「
アインズの言葉に対しパンドラは懐より一冊の、牛革で装飾された本を取り出し、アインズの傍で跪いて差し出してきた。彼としては自身の造物主が満足出来る様にと即座に行動した結果なのだが、アインズは受け取らずパンドラを見ていた。
(駄目だ。うん。アカン・・・あれ?)
アインズはいくら装飾しようとも、目の前の者は完全に、己の黒歴史の集大成である事を自覚した。衝撃的過ぎたからか、精神安定が発動した為、一瞬思考が停止してしまう程だ。
パンドラズ・アクター。宝物殿の俳優。誰の目にも当たらない悲劇の俳優。誰も見ずとも演技し続ける道化。嘗ての、人間であった頃の己を思わせる者に、アインズの思考はジュン相手以外で、人間であった頃のソレを思い出させる。だが、ソレに気付いたアインズはパンドラをつい観察し続けてしまう。
「パンドラズ・アクターよ。私の前で演技は不要だ」
「演技、でしょうか?」
本を奉げる姿勢のまま、パンドラズ・アクターは聞き返す。本来であれば不敬ともとられる行為であるが、アインズはそもそも気にしていない。だが、アインズには埴輪顔のパンドラズ・アクターが焦っているのか、驚愕しているのか分からないが、感情が揺れているとでも表現すべき状態であると感じた。
パンドラズ・アクター。その名前が示す通り、彼は生まれながらの演者、俳優なのだ。演技を止めた俳優は俳優であるのか。聊か疑問ではある。
「そうだ。感情が見えんのが気になる」
アインズは、パンドラズ・アクターの大袈裟な動作がどうも気にかかる。俳優であるのならば、これ程大きな動作が必要なのか分からないのだ。そして、妙に動きに目が行くだろうと計算した動きな気がしてならない。
己が商談の際、敢えて本質を悟らせないように曖昧な笑みを浮かべ続けたのと、本質的には同じような気がして。
「・・・貴方様は私を不要と仰るのか?」
だが、アインズの一言は、何故本を受け取ってくれないのかと、何故己を見続けるのか、何故存在意義を否定する言葉を言うのかと、不安を抱いていたパンドラズ・アクターに絶望を抱かせるに足りた。
彼の智謀はデミウルゴスやアルベドクラス。己の役割である演じる事を不要だと言う御方の言葉は、自身が不要であると思わせるに足りてしまったのだ。コレは、彼がアインズの創造された事もあり、一定の甘えのようなモノが有る為であり、アインズの性格の一部を受け継いでいる事も関係する。
造物主が不要と言えば即座に自害するつもりで、極めて平静を演じ、そう述べるしか、彼にはできなかった。
だが、彼の心中には黒々としたモノが産声を上げている。モモンガへの向ける感情はアルベドよりも複雑であり、他のNPCを凌ぐ忠誠心を持つがゆえに、己が造物主に存在を否定されたと考え、忠誠心が反逆心へ反転しようとしている。思わず作ってしまった握り拳を更に強く握り、人のモノではない血を流しながらも、己を律するしか無い。
「そうではない。お前に嘗ての私を見たのだ。窮屈に思っていた私をな」
アインズは何かに耐えている様子のパンドラに、自身の思い違いではないと分かり、諭すように言葉を紡ぐ。
NPCは造物主である者達の影響を受ける。そして、ソレは子供の様な似方をするのが多いのでは?と。不意に皆を思い出させる仕草は、ここ数日でアインズにその可能性を思い至らせていた。
そして、この不文律がパンドラに与えている影響は大きい。
パンドラズ・アクターはアインズが作ったNPCであり、能力だけで無く、設定文までアインズは覚えている。そして、つい付け足してしまった最後の一文。『世界が彼の舞台であり、演じる事で全てを覆す。道化を演じる者』という一文を。今思えば何とも厨二臭い事かと思いながら。
そして、この一文ゆえに、彼が己の心態を曝け出せないようにしている可能性に思い至ったのだ。
「しかしっ!」
「良いのだ。お前に己の心を、気持ちを上手く出せなくしてしまったのは私のミスだ」
パンドラズ・アクターの心で産声を上げたソレがアインズの言葉を受け付け辛くさせている。曲解するフィルターのような役割をしようとしたのだが、アインズの続けた一言は曲解しようがない程ストレートであり、すんなりと浸透した。
アインズは、己の気持ちを伝えよと。余計な装飾を除き、伝えろと仰っている。
偽者として、慰めの部品として生み出され、終には己を見る度に哀愁や内に秘めた怒りや苛立ちを思い浮かばせるモモンガの姿に、満足に慰める事すら出来なかった己の本当の気持ち。
ソレは彼の心の奥底に眠っていた感情の集大成。ソレを暴発させようとし、パンドラズ・アクターは己の体が震えるのを自覚し、律そうとも出来ない現実に遭った。
「良いのだパンドラズ・アクター」
アインズは、そっとしゃがみ、正面から抱き寄せた。
アインズはパンドラズアクターが己を曝け出す恐怖に震えてる。己を拒絶される事に、我儘に行動する事で嫌われる恐怖に怯えていると考えた。嘗てジュンに言われたように、現実世界で少し己を曝け出し、上司に嫌な顔をされつつも良い結果を出した事で、良い意味で驚愕させた経験が有る為だ。
「モモンガ様っ!私はっ!」
故に、怯えや恐怖と捉えたのだが実態は違う。パンドラズ・アクターは歓喜していた。
満足に結果を出せず、己が反逆の意思を抱いてしまった己を、必要だと。また、己の前では本当の自分を曝け出す事を許された。
パンドラズ・アクターの心には幸福の津波が押し寄せ、産声をあげたばかりの黒々とした感情を流し、乱し、自責の念を抱かせるに値する。
だが刹那の幸福感で、彼の掌にできた傷はキレイに治り、アインズはパンドラズ・アクターの、感情の変異度合は分かりづらい。
「貴方様にミス等御座いません!私は!貴方様の慈悲を勘違いし、貴方様は私の存在を許さない為に、この地より出さないようにしているのだとばかり思っておりました!そして、終に不要になったとっ!私は至高の御方々になれぬ偽者であり、お慰めすら出来ない愚物とばかり思っておりました!貴方様の悲しみを癒す事すら出来ぬモノである私はっ!貴方様を置いていった御方が憎かった!私は貴方様に怒りを向けて頂きたかった!ソレすらもしない貴方様が、その御心を傷ついていく様を見ることしか出来ぬ己が、憎く思っておりましたっ!!!」
(・・・え?)
パンドラズ・アクターの魂の絶叫はアインズの思考を一時停止させた。
パンドラズ・アクターは己がドッペルゲンガーとして生み出された真意に、アインズの寂しさや、憎悪、憤怒が有ると考えていた。ソレは、アインズがモモンガでもなく、嘗て鈴木悟であった頃に確かに心の底に有った感情である。皆の都合も考え、心の底で少しだけ蠢いた感情であり、不快感と誤認する程度のモノだ。
鈴木悟という人間は、皆が引退していった経緯千差万別だが理解していた。だが、生活面で己の生活もあり、自由とは程遠い社会に対して、行き場のない憎悪と怒りは自覚しており、ソレがパンドラズ・アクターへ曲解して伝わっているとは、アインズには思い至らないのだ。
パンドラズ・アクターは泣けぬ己を更に責めた。情けなくとも、嬉しくとも泣けぬ己は、アインズの代わりに泣く事すら出来ぬのだと分かっているのだ。
嘗て、一人、また一人とアインズ・ウール・ゴウンから御隠れになった方々は、揃いも揃ってモモンガへ装備やアイテムを渡し、奥の間へと、独り寂しげに歩むモモンガの背中を見届け続けたのだから。ただ見る事しか、命令が無ければ、中途半端な慰めすら出来なかったのは、パンドラズ・アクターなのだから。
(本当に・・・俺の影だったのか)
アインズは何気なく言った言葉がこれ程意味の有る事だとは思わなかったのだ。故に、言葉が出ず、パンドラズ・アクターの埴輪顔を見る事しかできない。
パンドラズ・アクターには、本当の性格の記載は少ない。故に、アインズの性格の影響が大きく、先の激情の発露は正に己のモノだと。そして、感情を溜め込む性質も己のモノだと悟った。
故に涙もなく、哭くパンドラの背を、今は無き心臓のテンポで軽く叩き続けた。落ち着くように、安らげるように。
嘗て人間であった頃の感情を、それも、封じてきたソレをパンドラズ・アクターが持っていた。知っていた。この事実により、アインズは己の心の底に、同じものが有ったのだと思ってしまう。
嘗ての仲間たちへ黒い感情を抱いていた事を、一瞬嘘だと思いたかった。だが、己は聖人君子でもなんでも無いと考えれば、と自己完結してしまうものだ。
「お前の全てを許そう。そして、その感情を抱かせてしまった私を許してほしい」
「モモンガ様っ!!!」
アインズはパンドラズ・アクターに許しを与え、己も求めた。
彼は今、正に、己の存在が認められた気がした。そして、慈悲深い造物主に、気持ちを伝えられるようになったこの世界に感謝したのだ。
アインズがパンドラズ・アクターを作った際に、皆がいた事を忘れないために、自身の薄れるかもしれない記憶を鮮明なモノにする為に作ったのも事実である。
ゲームであった時は、エクスチェンジ・ボックスを使う為や、少しでも高い価値で金貨に換える為と、様々な意味でパンドラズ・アクターを活用してきた。だが、ゲームである。パンドラズ・アクターはゴーレムではなく、NPCだ。嘗て自分を置いていった彼等の、物言わぬ動く姿を見ることに、反意が無かったと言えば嘘になる。ゆえに、パンドラズアクターを追い詰めていたのは己だと理解したのだ。
だが、それ故にパンドラズ・アクターの勘違いは方向修正しなければならない事である。任そうとしている事が、自身の予想が真実であるのならば、パンドラズ・アクターが皆を『殺す』可能性が有るのは、都合が悪いのだから。
把握した情報が誤ったモノであり、受け取る側も曲解している可能性に気づかないで、アインズは行動する。
「パンドラズ・アクター。嘗ての私を、弱い私を思い出させる者よ。お前がいるからこそ、私は慈悲を忘れる事が無いのだ。故に、私の前では過剰な仕草や言い回しは必要無い。ドイツ語も・・・な」
アインズは慰めるように言葉を紡ぐ。己の創造の不備を認めるように。
かつての己の性格の影響が大きいのであれば、一番有効なのは『存在』を認めて貰う事だと熟知している。そして、存在意義を簡潔に伝え、さり気無く自身に精神的ダメージを与える内容を、パンドラズ・アクターに余計な誤解を生まぬように述べた。
「私は彼等に怒りを抱いている。だが、許しもしているのだ。私はギルドマスターなのだから」
(モモンガ様!貴方はどれ程御優しいのですかっ!)
そして己が気づかなかった事を認めた上で、己の寛大さを、傲慢さを演じる。小声で伝えるのは気恥ずかしい為だが、内容は絶対的支配者であるのだと言わんばかりだ。
抱きしめられている上に小声で伝えられる。己だけに伝えられていると思わせえる行為はパンドラズ・アクターに、この地を、ナザリック地下大墳墓を去った彼等へ更なる怒りを抱かせる。だが、ソレを表には出せない。アインズが直接、許していると仰られているのだから。
「故に勝手は許さん。彼等が苦しんでいるのならば、私は行動せねばならぬ。死んでいるならば、その死すら覆せねばならん。直接言わねばならん事が山ほど有るからな」
(おぉ・・・偉大なる御方)
抱きしめるのを止め、立ち上がり厳命するアインズ。此れだけはハッキリと伝えなければならない。故に、絶望のオーラⅤを発動させた。
凶悪な威圧感がパンドラの心を縛る。アインズの眼窩に宿る深紅の鬼火が、己の心中すら見透かしているとパンドラズ・アクターに思わせる。
漆黒の気炎を纏い、王である姿を見せてまでの命令は魂すら縛るモノだと思わせる程だ。
だからこそ、パンドラズ・アクターは狂喜する。己が他の御方を殺害する可能性を見ても、見つけても殺さない。己の前へ確実に連れてくると信頼していると、言外に仰っている。ナザリック地下大墳墓の者で、造物主に、直に命令を受け、信頼されていると言われる。何たる甘美なる事だろうか。
「・・・他の御方々がこの地に?」
「可能性だ。そして、お前は彼等の姿を取れる。お前一人で、どれ程多くの事が出来ると思う」
だが、いつまでも絶頂すら覚える狂喜に身を任せられない。
跪いた姿勢を正し、パンドラズ・アクターは己への使命が何であるのか。その命令を受けるべく、確認するために問う。
己の希望であるその可能性。それを熱弁するのは今ではないとアインズは考えている。故に、パンドラの有用性を説く事にした。
「・・・最低でも41の役割が出来る。どんな状況であろうともお前は対処できる。違うか?」
パンドラズ・アクターの清聴する姿にアインズは、己がどんな認識を持っているのか伝える。確認するかのような口調であるのは、自尊心を刺激する為だ。
「お前は、確かに影だったのかもしれぬ。だが、お前は我等の集大成でもあり、私の最高傑作だ」
(モモンガ様っ!)
生まれた要因がどうであれ、その能力は特筆すべきもの。更にパンドラズ・アクターを持ち上げるアインズ。
パンドラズ・アクターのアインズに対する思いは天井知らずだ。顔がドッペルゲンガーである故に、アインズにニヤケ面を見せる醜態を曝さずに済んでいる現状は、双方にとっても幸運だろうか。
「お前ならば、皆に知られず行動が出来るだろう。期待しているぞ」
「―――必ずや結果を!」
アインズは止めに期待していると明言する。これによりパンドラズ・アクターの忠誠心は破壊され、狂信すらも凌駕するナニカへと変貌させてしまった。
だが、確りと跪き、気合が入っている声のみしかアインズの判断材料は無い。ゆえに彼の心中は分かり様も無い。
「受け取れ。お前に許可を与える。時が来れば、改めて他の守護者やジュン達にも紹介しなければな」
故に、アインズは許可を与えた。渡すのはリング・オブ・アインズウールゴウン。この宝物殿より出る事を許可したのだ。
歓喜に震えそうになりがらも、その言葉から今が、己が表舞台に出る時ではないと悟るパンドラズ・アクター。己に下される命令が何であるのか待ち遠しく思い、つい気になった事を述べてみる事にした。
「畏まりました。ところで、ジュン様の攻略は如何なのですか?」
「・・・まだ子供だ。急いではならん」
アインズにとってある意味重要課題である。アインズは、突然パンドラズ・アクターから言われたという事実に、己の方針を暈して言うくらいしか出来ない。
アインズはハッキリとは覚えていないがパンドラズ・アクターが完成した時にジュンへ見せた事がある。ジュンは、その無加工の埴輪顔とドイツ風の軍服に、趣味全開だが加工技術の無さを晒している姿に苦笑いしていたのだが、いい思い出は美化されるモノ。パンドラズ・アクターは、その時の楽しそうな2人の様子からして、当時の関係・感情を度外視し、一番始めに己を紹介した者であり、己の誕生を祝福してくれた相手であると、ジュンを認識していた。
アインズの隣にいるのが自然であるが、男女の関係ではないと感じていた故の疑問だった。
「然様で御座いますか。てっきり、母君等と御呼びすべきだと思っていたのですが」
(母親、か・・・都合が良いがな。オレは父親って認識なのか?)
パンドラズ・アクターは、アインズの言葉に対し、意外だと言わんばかりの様子であり、冗談めかして述べる。アインズには、何故彼がそういった認識であるとは理解できなかったが、面倒な懐柔をせずに済んだと思う。
パンドラズ・アクターは、ジュンが未成熟の悪魔なのかと疑問に思うが、悪魔は外見で成熟しているかどうか分からない種族だ。ならば、外見がグラマラスな美女であろうと、幼女だろうと、アインズがそう言うのであれば援護射撃は軽めなモノが良いのだと判断した。
余計なお世話かもしれないが、着実にジュンへの包囲網は強化されている。知らぬは本人ばかりである。
「まぁ、追々だ。そして、今私はアインズ・ウール・ゴウンと名乗っている。アインズでよい」
「畏まりました。ン~・・・アインズ様っ!」
(修正が必要か?)
私事であろうと答えたアインズに、パンドラズ・アクターのテンションは上がっていた。
正に至高の頂点に在り、その名が唯一相応しい己の創造主を称えるべく、胸に手を当て、アインズの顔を見上げた際に、つい芝居が加わった声音で名を呼び返す。
コレで薔薇の花束でもあれば、求婚を申し込む男にも見えなくもないのが残念だが。
アインズには空洞である筈のパンドラの目が輝いたと幻視してしまい、適時指摘すべきだと判断した。テンションが高い芝居臭いのは彼の素の一部と認識して。
アインズにとって、黒歴史はやはり黒歴史だったのだ。
「もう少し自然だと嬉しい。さて、お前に命じることだが・・・」
だが、時間も差し迫っていると感じている。故に、手短に行動する事にした。
何故そういった考えを持ち、検証するアイテムとしてソレを探し出させたのかを分かりやすいように背景も付け加えて。その内容は、パンドラズ・アクターの心を燃え上がらせる。まさか、この地へ転移してきて1週間もしない内に、かなり重要な役目を、直接、己だけに命じるとは思いもしなかった故に。
至高の存在のみが使えていたアイテム(課金系)と、希少性の大きいアイテム以外の使用も許可されたのが大きい。希少でなければ、各部屋に残されているであろう、至高の御方と呼ばれた者達の私物である本(圧縮データ系)の閲覧等も許可された程なのだ。人材としては極秘な面もあり、アインズの指定した人物のみしか許されはしなかったが。
だが、最も重要なのはワールドアイテムの貸し出しを許可された事だ。
アインズを含め、やっと手に入れた、9つしかないナザリック地下大墳墓の至宝。その一つを預けられる信頼感。身が砕け、四肢を投げ出したくなるほどだ。
更に、捜索に関してはついで、ですら無い。無用な現地の接触を控える事からして、目視・感知しなければ捨て置けと仰られるアインズの、いっそ冷酷とも言える慎重性の一面。
色々な条件が揃い、パンドラズ・アクターは幸福の絶頂を覚える。
「Au・・・この一命に代えましても」
「では、くれぐれも不在を悟られぬようにな」
「はっ!」
ついドイツ語で言いそうになるほど昂る心を抑え、本を懐へ収め、確りと礼をするパンドラズ・アクターに対し、アインズは振り返り様に、一瞥しながら述べ、その返事を聴けばすぐさま転移してこの場を去った。
一人残されたパンドラズ・アクターは音もなく立ち上がり、最奥を一瞥してリングオブ・アインズウールゴウンを右手薬指に該当する箇所に装備する。
(必ずや見つけ出し、懺悔させて差し上げます。Mein Gott)
パンドラズ・アクターは最奥に眠る像が何であるのか知っている。彼にとっては忌々しく思う。アインズの輝かしい栄光と、凍える寂寥。故に、パンドラズ・アクターは己に宣言した。
アインズの今回の命令では見つかる可能性は低いだろう。しかし、存在する可能性が有るのならば、様々な手段を用いてでもと、彼は誓う。
業火の如く燃え盛る感情と絶対零度の理性が噛み合う。コレだけは如何に、造物主が許そうとも求めなければと考えている。その結果、アインズの不評を買い、処分されようとも。
最高の装備がこの地に眠っているのならば、装備が少々劣っているのであれば可能であると推察済みだ。
もし、していないのあれば、その機会を作ってもなお、行わないのであればナザリックの王座の間を汚そう。そう決心した。
パンドラズ・アクターの、空洞の目に深紅の光が一瞬だけ灯る。帽子の鍔を掴み位置を修正し、ネクタイや襟まで身嗜みを整え、アイテムボックスより、一見肉の塊に見える物を取り出し、下賜されたリング・オブ・アインズウールゴウンで第五階層へと転移した。
この一幕を見ていた者はいた。2人が気付かなかったのは、彼等はアインズにしか見えない上に、最奥の像を、それに飾られた己の、最高の装備を見て驚愕と共に唖然としていたのだ。そして、パンドラズ・アクターの、アインズの来訪を歓迎する様子に咄嗟に隠れた為、アインズも気づけなかった。
彼らにしてみれば、アインズにアイテムを渡したのは、残してしまったアインズ、否。モモンガがユグドラシルを少しでも楽しむ事が出来るようにと思い、渡したに過ぎなかった。
彼等の大半の考えとして、ナザリックが残っているだけでも驚愕する上に、渡したアイテムに一切手を付けてないのは脱帽するしかないレベル。ナザリックの維持は、それ程容易い内容では無いのだから。
そして、もう戻る気がなく、無用であるため、残った者がどう扱おうとも関係ないと考えていたアイテムが、完全に残っているとは思っていなかった。と言えば、嘘になるだろう。
故に、精神的な疲れが酷く、アインズ達の会話内容を確りと把握してるメンツは少ない。
『モモンガさんの愛が重い』
『やっぱり、最終日に会った人がいなかったのかな?』
『分からん。だが、そうとなれば、な・・・』
沈黙の後に、ペロロンチーノは重い口を開けた。いつもは多少弄る、ぶくぶく茶釜ですら茶化す事もしないため、事態を重く見ているのかもしれない。
彼等には問題が有った。ユグドラシルのサービス終了日辺りからの記憶が無いのだ。
故に、武人建御雷は何らかの弁解もできはしない。彼の言葉に同意するのか、ぷにっと萌えも大きく頷く。一見植物の塊にしか見えなくも無いので、そんな気がする程度だが、彼も事態は重く見ているのは良く分かる。
『まぁ、本当に俺等がいるか分からないけどさ・・・』
ペロロンチーノは、羽毛に覆われた体を寒そうに擦る。ある意味、一同の考えは、この言葉に集約されているだろう。ナザリックで気が付けば、まだ何とかなる。かもしれない。
だが、この像や装備を見てしまった以上、感謝と謝罪が必須な気もしなくはない。パンドラズ・アクター相手に言った内容は、説得の為に述べたのだろうというのが彼等の見解ではあるが、一片の感情も無いのか。とは判断できないのだ。
そして、彼等が実際に、この世界にいればどうなるだろう?
異形種の姿で、ナザリック内部で気付けば良い。だが、異形種の姿ではなく、リアルの、人間の姿であれば?現在の己等の記憶が有ったとしても、人間の姿であれば黒棺行きで済めば御の字だろうか?
ナザリック地下大墳墓は、その思想からして、人間の侵入者には厳しい気がしてならないのだ。
(って、さっき本を持ち出してたよな?あと、ギルメンの部屋にも入る的な・・・)
背筋に氷を入れられたような寒気を覚えていたペロロンチーノは、ふと、気付いてしまった。本来であれば、プレイヤーを含めNPCの、ギルドホームの各自室への侵入は原則ブロックされるモノだった。だが、現在はどうなのだろうと。
そして、ユグドラシルにおいて本はデータ媒体が殆どである。著作権がきれた本以外にも、各自私物として持ち込まれている。
問題は、ペロロンチーノが持ち込んだモノに有った。
『やべぇ。部屋の本はやべぇ・・・』
『おいおい。まさか、趣味のアレが有るとか言わないよな?』
思わず頭を抱え、しゃがみ込んだペロロンチーノは、壊れたレコーダーの如く言葉を垂れ流す。その様子が疎ましいのか、ぶくぶく茶釜は舌打ちをし、見かねた武人健御雷が、嫌な予感を感じながらも聞いてみた。
本来、ユグドラシルは健全なゲームであり、そんなモノが入り込む余地は無い。だがジュン等、ネタとして認められれば事実は異なる為だ。
『・・・うん。運営の条件付きで許可されて、シャルティアの、NPCの作成用の資料として認められた』
『このっ!』
『ま、まぁまぁ。茶釜さんも落ち着いて下さい』
言いにくそうに、姉の前で白状したペロロンチーノ。即座に荒ぶるピンクの粘体。触手を数本生やして揺らめかせる姿は、襲うタイミングを計っているように見える。
たっち・みーも、触れたらセクハラになりそうなので言葉だけであり、かなり頭にきているのが分かるため、少し引き気味だ。
『基本は源次郎さんやブルー・プラネットさんの私物でしょうから大丈夫でしょう』
アインズがパンドラズ・アクターへ命じた内容を把握している、数少ない一人。ぷにっと萌えはそう判断した。
自然に関する内容であれば、私物として持ち込んでいるのはこの二人くらいなのだ。
先の会話で、ギルメンの部屋を漁る行為を許可したのは不快感が無いと言えば嘘になる。だが、現在ナザリック地下大墳墓支配しているのはアインズなのだ。しかも、検証に必要な物が私物であれば、情報の確定化目的ならば仕方が無い。
ぷにっと萌えの言葉は、ペロロンチーノ程ヤバイ物が有るとは考えられないが、本の私物で、拙いモノを持ち込んでいる面子をある意味安心させるに足りた。
特に安堵したのか、部屋の隅で五体投地状態になっている蛸と山羊がいるが、触れないのが正しいと思われる。
『あ、図書館とかにも有るけど大丈夫だよね』
ペロロンチーノの業は深い。
思い出した様子で言った事だが、元陽光聖典の隊員の一人が懐へ隠し、司書長に生温かく見られている事など知る由もない。のちに、お仕置きで黒棺行きを言い渡されたりしている。悪魔と××系だったのが災いした。
近い未来、一人の漢が遭う災難の種になるが、今回に限っては荒ぶるイソギンチャク的なナニかに変貌したぶくぶく茶釜と、金色のオーラを纏った、やまいこ女史の姿から、ペロロンチーノの未来は決まった。
『ペロさん。流石に庇えんぞ』
『まぁ、お姉ちゃん達に怒られたら~』
『み、皆っ!?』
ゆっくりと距離を開ける二人以外。武人健御雷とるし☆ふぁーの言葉でペロロンチーノは現状を把握。
だが、誰も視線を合わせようとしない。執行人の2人以外は。
無言で近づいているだけなのだが、無言が故に圧力が増している気がしないでもない。
やまいこは、単純に図書館に卑猥な蔵書を追加した、ゲームとはいえ、著しくTPOを弁えない件で教育者として。
ぶくぶく茶釜は、単純に、馬鹿な弟の行動にプッツン。
2人の心は激怒で燃え盛る。馬鹿なバードマンに慈悲はない。といった状態だ。
『って、るし☆ふぁーさんの提案でしょ!?』
『実行したのはペロロンだし。俺はネタとして言ってみただけ~ m9(^Д^) うごっ!?』
原案者をあげたペロロンチーノだが、るし☆ふぁーの言うように、実際に行動したのはペロロンチーノである。
大きく仰け反り、ペロロンチーノを指さするし☆ふぁーの姿は、正に見下しているかのようで、有罪だと言わんばかりだ。
だが、この愉快犯に言われるのは納得がいかないモノ。武人健御雷が溜息混じりで腹へ肘を振り下ろし、体重の加わったエルボードロップを貰った、るし☆ふぁーは潰れたカエルに似た声を漏らした。地味に地面で痙攣しているのがカエルっぽさを強調している。
『姉ぇちゃん?やまいこさん?ひ、非常に反省してるので、許して?』
ペロロンチーノ的には、裏切り者が制裁され、いい気味だと思うが危機は去っていない。咄嗟に姿勢を正し、土下座して見せた。
だが、女性2人にとって、これ程安い土下座も無いのだろうか。只管無言である現状から、どれだけ頭にきているのか推察するのは容易い。
よって、ペロロンチーノの末路は決まったようなモノ。以心伝心なのか、倒れている3人以外は一斉にペロロンチーノから背を向けた。
『えっ?ちょっ!?あーーーーーーーっ!!!』
絞め殺された鶏に似た悲鳴と、鈍い殴打音が嫌に耳に残る。
何人かが、作業着姿でベンチに座る彼を思い浮かべたが、因果関係は無い。ぶくぶく茶釜女史の姿からの邪推である事を此処に記す。
パンドラ「パパを泣かす奴等はボクがブッコロしてやるー!」
アイパパ「( ̄∇ ̄;)ハッハッハ。お父さんが直接お話しするからダメだよー」
パンドラ「わかったー。あとね、ボクね。ママが欲しいの」
アイパパ「うーん。まだ学生さんだから、また今度だね」
パンドラ「うー・・・わかったー」
パンドラ「あの○○野郎共がっ。親父に謝れねぇなら、どうなるか、思い知らせてやるっ!」
うーん。てな感じです。
少し錆びついたなぁ・・・
なお、至高の御方への感情の度合。この作品では
パンドラズ・アクター>アルベド
で、お願いします。