「全く無茶をするな! 君は!」
「弁明の余地も無いな」
あの後、意識を取り戻したのは、丸々1日経った医務室のベッドの上であった。
「なのはとフェイト達はどうなった?」
「彼女達は逃走。なのはは君が守って無事だ……二人とも心配していたから後で無事なのを見せてあげなよ」
「そうさせてもらう」
現在は一時帰宅を許可され、なのはの両親に近況を報告する為という事でリンディも艦にいないらしい。もっとも、本当の事は言えないので虚偽を伝えなければいけないのだろうが。
「しかし……あの攻撃を受けてこの程度で済むとは思わなかったな」
「充分大怪我だった。ユーノが頑張って治療したからその程度なだけでね」
そのおかげで後遺症は残らず、少し休めば問題なく戦うことはできるとのことだ。破魔の紅薔薇が破壊された事以外は問題はない。
「あの紅い槍はこれからの戦いに必要な物だったというのに……」
「破魔の紅薔薇が無くともやりようはある。宝具だけが俺の取り柄ではないさ」
先日修復を終えた必滅の黄薔薇や大なる激情のように直すことは可能だが、対魔術師に絶大な効果を持つ槍が使えなくなったのは痛いがそれで戦えなくなるわけではない。
「君の強さはわかっているさ。ただあれはこの世界で唯一『魔導師を殺せる力を持った』槍と言っていい代物だ」
「命を奪うだけなら必滅の黄薔薇の方が有効だろう?」
「理屈の上では、というだけで本当にできるかわからないが、あの紅い槍でリンカーコアごと刺せば魔導師生命を絶つ事ができる可能性がある」
「リンカーコア?」
初めて聞く言葉に首を傾げる。クロノの説明によるとディルムッドの世界にとっての魔術回路ような魔法を使うための器官であり、魔導師の力の源であるそうだ。
ある程度の損傷であれば時間経過やリハビリでも修復されるらしいが、治るまではまともに魔法を扱えなくなってしまう。
しかし、刃先に触れている間あらゆる魔力的効果を消す破魔の紅薔薇は再生機能も停止させ、リンカーコアの修復作用を狂わせて永遠に回復できなくする事ができる可能性があるらしい。
「つまり暴走した次元犯罪者を死なさずに永久的に無力化できるということだ」
あくまで仮定であり、実際にできるかはわからないが本局にディルムッドのデータを送った結果、その可能があるという推測が提示されたらしい。
「話はわかった。が、俺がそれを実行することは無い」
「騎士として認められないということか?」
「それもあるが……それは語るのは今は止めておこう」
魔術という己の全てを奪われたケイネス殿の姿。アレを間近に見ていた己には同じ目を他の者に味あわせるなどできない。
「まぁ『最悪の時』にはって話で強制するつもりはない。僕もこんなことさせたくないからね」
「その話が上がったという事はその『最悪の時』があるかもしれないからと言う事か?」
「流石に察しがいいね。君が出会ったプレシア・テスタロッサはこちらの記録の人物本人であることは間違いない。君を落とした雷の魔力波動も本局の登録データと一致した」
クロノがデバイスを操作してディスプレイを呼び出す。そこにはプレシア・テスタロッサの略歴が表示されていた。
彼女は二十六年前に個人的に行った違法実験を行い、暴走事故を起こした彼女は地方に飛ばされた。それから数年間は技術開発に携わりその後行方を眩ませたらしい。
「二十六年…フェイトは十歳ほどだろう? 行方不明になってから産んだということか?」
「その可能性が高い。他の情報はまだ集まっていないから今は何とも言えないけど……」
「クロノ君大変! …っとディルムッド君目が覚めたんだ。良かった~」
二人で思案していると医務室の扉が開き、エイミィが駆け込んできた。
「おかげでな……それでどうかしたのか?」
「ディルムッド君も動けるなら一緒に来た方がいいかも」
エイミィに促され、少々痛むのを堪えてブリッジに向かった。
「アルフ……」
「さっきユーノ君から連絡があってね、なのはちゃんの友達の家に保護されていたの」
ブリッジのディスプレイに映っていたのは包帯を巻かれて檻に入れられたアルフの姿だった。
『ディルムッドさん! 目が覚めたんだね!』
『ディルムッド君! よかった…』
ディルムッドの声に気が付き、なのは達から念話が届く。
「すまないなのは、心配をかけたな」
『ううん! 私こそディルムッド君のおかげで怪我しないでよかったから……』
「ユーノも話は聞いた。おかげで助かった……感謝するぞ」
『そんな! 僕が何も考えずに投げたせいでもあるんだし……』
「騎士として女性を守るのは当然の事。それにユーノがいなければ怪我を負ったのは俺ではなくなのはだったかも知れない」
2人とも目覚めないディルムッドの事がずっと気がかりだっただろう。
安堵の声を上げる2人に申し訳ない気持ちになりながら、モニターに映るもう一人の人物に視線を向ける。
『ディルムッド……無事だったんだね』
「先程まで寝ていたがな……何があった?」
常にフェイトと共にいるアルフが一人、それに目に見える程の負傷を追っている。ただ事ではない事態があったのは明確だ。
『ディルムッドがやられた後……あたしはジュエルシードを回収してあの鬼ババアの所に逃げたんだ』
「プレシアの…時の庭園にか」
管理局から逃れるのにはあの場所が一番だったのだろう。
「あいつ……フェイトをあんな目に合わせただけじゃなく、帰ってきたあの子にまた……!」
ディルムッドの情報からフェイトの状況を聞かされていたなのは達とアースラの者にはその様子で何をされた理解できた。
母親が娘に対する態度としてはあまりに異常なその行動に、ある者は口を押さえ、ある者は拳を握る。
『お願いだ……! フェイトを助けてやってくれ……!』
「無論だ。彼女を救うことを我が槍に誓おう」
苦しげに頼むアルフの願いに答えるディルムッドの宣誓に異を唱える者は一人もいなかった。
「プレシア・テスタロッサを捕縛する。君には明日の朝、なのはと一緒にアースラに来てもらうよ」
『わかったよ』
アルフがアースラに下る事を了承した。
「フェイトがなのはがアースラから離れていることを気が付いていないとは思えん。おそらく合流する前に一度接触してくるだろう」
「おそらくね。だからなのは、もしもそれまでにフェイトと接触したならば――」
『うん。大丈夫』
フェイトを倒して捕まえる。クロノがその言葉を言う前になのはが意思を示す。
『私はフェイトちゃんを助けたい。フェイトちゃんが悲しんでると私も悲しい……それに友達になりたいって返事を貰ってないから』
だから戦う。全身全霊で戦い思いをぶつけ、そして救うと少女が答えた。
「そうか」
それを聞いたディルムッドはただそれだけ呟いた。
―――全く、敵わないな
素直にそう思った。戦闘能力という意味ではなく、心が、意思が、信念が……誰かの為に全力を賭けるという気持ちである。
だが悔しいという想いは無く、ただ純粋に賛辞を抱かされてしまった。
―――――――――――――――
「目標、出現しました!」
早朝、監視を行っていたアースラのクルーの声でブリッジに緊張が走った。
「本当に君が言ったタイミングで来たな」
「根拠も無く言ったりしないさ」
予想したタイミングで現れたフェイトの姿を捉えたモニターを見てディルムッドとクロノが呟く。
優しいか彼女がなのはの家族を巻き込むはずがなく、接触してくるのはおそらくこのタイミングしかないと考えたのだ。
「さて昨日の『賭け』は俺の勝ちだな」
「この事件が終わったら守るさ。その前にちゃんと君のやるべき事を果たしてくれよ」
「わかっているさ」
あの後二人で取り決めた『賭け』に勝ったディルムッドがクロノと話ながら転送装置に入る。
リンディの命によりこれから二人が対峙しているところに向かい、フェイトへの投降の呼びかけとそれが失敗した時の備えを任されていた。
ゲートが開き、身体が光に包まれる。
次の瞬間には、なのはとフェイトの間……ちょうど三人で線を結ぶと正三角形の形になる位置に現れた。
「ディルムッド……」
「こうしてゆっくり話すのは久しいな、フェイト」
電柱の上で佇む少女を見つめながらも左手に必滅の黄薔薇、右手には大いなる激情と変則的な組み合わせの獲物を呼び出して構える。
無論戦う気はないが、今は敵だということを明確にする為の行動だ。
「俺の投降と協力を条件として君の無罪は保障されている。だからフェイト、素直にこちらに降れ」
「ありがとう……だけどそれはできないよ。私はあの人の娘だから。母さんの為に……ジュエルシードを手に入れないと」
予想通りの回答が返ってきた。
「交渉は決裂か、ならば仕方ない。
形式上の降伏勧告を終えるとディルムッドが下がり、代わりになのはが前に踏み出す。
元よりこれを彼女が受けるとは思っておらず、元からこうするつもりであった。
「フェイトちゃん」
なのはが戦闘体制に入りながらフェイトと向き合う。これまで何度も向き合おうとし、そのたびにすれ違った二人がようやくぶつかり合う時が来た。
「賭けよう!お互いが持ってる、全部のジュエルシードを!」
《Put out.》
お互いのデバイスがジュエルシードを吐き出し、二人の少女の周りに青き宝石が現れる。
「このディルムッド。今度こそ、この一騎撃ちを見届けさせてもらう」
そして辺りに沈黙が降り、黄槍が空を切りながら回る音だけが響く。少女達は立会人が戦いの火蓋を落とすのを静かに待っている。
―――キィン!
「始めよう!最初で最後の本気の勝負を!!」
―――必滅の黄薔薇の刃が地面を打ち鳴らし、その音を合図に二人の少女が大空に飛翔した
―――――――――――――――
上空で二人のデバイスが激突すると、衝撃が魔力を帯びて拡散しながらお互いの身体を弾き飛ばす。純粋な力は互角のようだ。
《Divine Shooter》
「シュ――トッ!!」
なのはの周囲に魔力のスフィアが数個展開され、そこから連射性の優れた魔力弾が同時に放たれた。
自動追尾とバリア貫通効果を有するこの攻撃は全方位への自在な攻撃により死角を無くしており、機動力の低さというなのはの弱点を補っている。
《Photon Lancer》
「ファイヤッ!!」
対するフェイトの周りにも同じく魔力のスフィアが展開され、攻撃が放たれる。
誘導性能はないがこちらは弾速が速く、後出しでも先手を取ることができる。機動力の高く隙が少ないフェイトにとっては死角という弱点が少ないので非常に相性がいい。
両者の魔法が激突し爆発する。
爆煙からフェイトが飛び出す瞬間を狙っていたなのはの誘導弾が襲い掛かるが、それを鎌状に変化させたバルディッシュで斬り伏せて接近する。
「っ?!」
《Round Shield》
元より格闘に優れ、さらには短期間であるがディルムッドから接近戦の手ほどきを受けていた話を聞いていたなのはは応戦するのではなく、守るという選択を取った。
金色の魔力刃を桜色の障壁で防ぎながら、なのはが先程落とされていなかった魔力弾を誘導してフェイトの背後から狙う。
それにすぐさま反応したフェイトは振り返りながら防御するがその隙を突いたなのはは上空に飛翔していた。
「やあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
なのはを見失ったフェイトに向け、加速魔法を使い急降下し、レイジングハートに魔力を込めて叩きつける。
「くっ……!!」
咄嗟にそれをフェイトがバルディッシュに魔力を込めて防ぐと、反発し合ったエネルギーが爆発し、眩い光が二人を包み込んだ。
《Scythe Slash》
光の中でフェイトが背後に回り込み、斬撃を放つがそれをなのはが加速魔法で紙一重でかわし、金色の刃は彼女のリボンを裂く程度であった。
「あっ!?」
しかしなのはが回避することを読んでいたフェイトは彼女が離脱する方向に設置していた魔力弾を射出した。
「攻撃を組み合わせ本命を当てる……教えたことは身に付いていたようだな」
「どっちの味方なのさ! 感心してる場合じゃないでしょっ?!」
「さすがフェイト!」
攻撃は障壁で防がれてしまったがその動きにディルムッドは賛辞を送り、ユーノがそれに突っ込んだ。
二人とも常軌を逸した魔力量ではあるが、その戦い方は大きく異なる。
機動力は低いが堅牢な防御と大火力を有する固定砲台と呼ぶべき後衛型の魔導師であるなのはに対し、防御力の低いが高機動力からの一撃離脱と広範囲魔法を得意とする前衛型の魔導師であるフェイト。
お互いに得意な距離と戦い方は真逆であるが、攻防が目まぐるしく入れ替わる事で、一騎打ちの状態であるのにも関わらず互いの優劣が瞬時に切り替わっていた。
金色の雷光が大気を揺らし、桜色の閃光が辺りを飲み込む。
二人の天才の互いの譲れない信念を賭けた激突はこの戦いを見届けている観客達を魅了する。
しかし、いくら膨大な魔力を有していてもそれは無限ではない。魔力弾の乱発、ギリギリの攻防は疲労を蓄積させていく。
疲労に肩を上下させる二人が距離を取りお互いを睨み合う。
そして数秒の静寂の後―――戦いは終演に向けて動き出した。
「アルカス・クルタス・エイギアス……」
最初に動き出したのはフェイトだった。彼女の口から紡がれる呪文に呼応し、魔法陣が辺りに展開され、膨大な魔力の奔流が発生する。
フォトンランサー・ファランクスシフト―――30発以上のフォトンスフィアから同時に放たれる魔力弾を一転集中して目標に叩き込むフェイトの必殺の一撃である。
「疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ……」
アルフ以外はその威力を知らなかったが収束している魔力の勢いからその威力は充分伝わってきており、なのはは回避しようとしたがそれは叶わなかった。
ライトニングバインド――触れたものを拘束する不可視の設置型の捕縛トラップがなのはの両腕を捕らえていたからだ。
「マズイ…! フェイト本気だ!」
「なのはっ! 今助けにっ!」
飛び出そうとしたユーノだったが、目の前に突き出された刃に足を止める。
「邪魔は認めんぞ」
大いなる激情を下ろしたディルムッドが鋭い視線をユーノに向ける。
刀身はすでにこちらに向けられていないのにも関わらず、その眼光に足が地面に縫い付けられたように動けなくなった。
「ディルムッド! フェイトのあの技は本当にマズイんだよ!」
「それでもだ。この勝負は勝利が目的ではない。互いの全力を出す事に意義がある」
勿論なのはが勝つのが一番理想的な結果であるが、過程を蔑ろにしては意味がない。
互いの全てを出し切る一世一代の大勝負。それを第三者が介入し邪魔すれば、これまでの二人のぶつかり合いが全て無駄になってしまう。
「それに、なのはを信じてやれ。あの眼はまだ諦めていないぞ?」
そう言うディルムッドの視線の先を見ると、フェイトを力強い視線で見つめるなのはの姿があった。
「邪魔はさせん。両者共に想いの全てをぶつけ合うがいい」
「ありがとう! ディルムッド君っ!」
なのはのその言葉を聞き、ユーノとアルフもこの戦いを見届ける覚悟を決めた。
「バルエル・ザルエル・ブラウゼル! フォトンランサー・ファランクスシフト……!」
そしてフェイトの術は完成する。彼女の周りを漂う電撃を纏った38基のスフィア全てが放電し、一体が雷に包まれていた。
「撃ち砕け! ファイヤ――!!!」
号令と共にそれら全てが一斉に発射される。それら全てが動けないなのはを正確に襲い、その姿を飲み込んだ。
「なのは――!!」
「フェイトッ!!」
「ほう……」
その惨状に叫び声を上げる二人とは異なりディルムッドが感嘆の声を上げた。
「たははは……撃ち終わると、バインドってのも解けちゃうんだね」
爆煙が晴れるとそこにいたのは無傷でその場に佇むなのはの姿があった。ディルムッドの眼は、砲撃が当たる直前、バインドが解けたなのはが障壁を展開する瞬間を捕らえていたのだ。
―――無傷で済むとは思っていなかったのだがな……
せいぜい致命傷を避ける程度であると思っていたが、平然としているなのはの姿に驚きを隠せない。
「今度は……こっちの番だよ!!」
《Divine Buster》
「っ?!」
間髪入れず桜色の魔力が収束され放たれた。
それを止めようとフェイトも魔力を収束した攻撃を放つがなのはの砲撃はそれを飲み込み、速度を落とさずに迫る。
直撃を避けられないと判断したフェイトが全力で障壁を展開し防ぐ中、ディルムッドは信じられない光景を見てしまった。
「受けて見て…ディバインバスターのバリエーションッ!!」
《Starlight Breaker》
先日のジュエルシードの封印の際、二人の砲撃を見て
そう――思っていたのだが……
「
「一応聞くけど……それってどれくらいの威力?」
「……アースラより巨大な魔獣を一撃で葬り去る程であったな」
それを聞いたアルフが飛び出そうとしたのをディルムッドが押さえ込み、彼女をユーノがバインドで拘束した。
「アルフ、落ち着け。手を出せば全てが無駄になる」
「というかあの間に入ったら無事じゃすまないよ!」
「離してくれ! フェイトが死んじまうだろ?!」
強固な魔力の鎖を引きちぎって飛び出そうとしているアルフを落ち着けようとするが、全く効果がない。
「これが私の全力全開ッ!! スターライト――」
そんなやり取りの間も、魔力が収束していく。
フェイトは先ほどのなのはと同じようにバインドで両手足を固定されており、直撃は避けられそうになかった。
「クロノから聞いたが、なのは達の魔法には非殺傷設定というのがあるのだろう。ならば大丈夫さ…………おそらくな」
「フェイトォォォォォォッ?!」
ボソリと最後に呟いたディルムッドの不吉な言葉を聞き、アルフが叫んだ。
「ブレイカ―――――――!!」
そんなアルフの叫びをかき消すように必殺の一撃がフェイトに向けて莫大な魔力が放たれた。
真下に向けて放たれた桜色の極光はフェイトを飲み込み、大気を震わせ海面に直撃して水飛沫を吹き上げる。
それが収まると、魔力を出し切って疲弊したなのはと、意識を失って落ちていくフェイトの姿があった。
「終わったな。アルフ、フェイトを回収するから手伝ってくれ」
「わ……わかったよ」
一度宝具を仕舞い、拘束を解除したアルフに跨って墜落していくフェイトの元に駆ける。海面に激突する前に掴むことができた。
「……ディル…ムッド」
「よく頑張ったな。今はゆっくり休め」
フェイトが母に言って貰いたかっただろう言葉を代わりに伝えた。
そこにフラフラになりながらもなのはが近づいてくる。いくら本気を出すと言ってもやり過ぎてあったことは自覚しているのだろう。
「フェイトちゃん……大丈夫?」
「うん……」
《Put out.》
主の敗北と判断したバルディッシュがジュエルシードを排出し、それを見届けたフェイトが今度こそ意識を手放した。
バリアジャケットに損傷はあるが身体に怪我はない。とはいえ、過労や栄養不足によって体調は良くなかったのだろう。そこにあれだけの攻撃を受けたので限界が来た。といった様子である。
「見事でしたな高町殿。このディルムッド、かの騎士王と相対したような想いです」
「なんでそんなに余所余所しいの?!」
子供が放つ物とは思えない一撃に対して賛辞と畏怖を込めて言葉を贈る。
あれはおそらく非殺傷でなければ全盛期の己でも一撃でも消し飛ばせるだろう。
「……さて、そろそろ来るか。高町殿、急ぎジュエルシードの回収を」
「無視しないでよっ?! というかお願いだから敬語止めて!」
叫ぶ高町殿の声をスルーして上空を見上げる。
ここに来たのはこの後の動きに対するフォローを任されていたからであった。
『ディルムッド! 次元攻撃が来る!』
上空から紫電の一撃が降り注ぎ、抱えていたフェイトに向けて襲い掛かる。
「二度目は無い!」
即座に大なる激情と小なる激情を展開し交差させる。
破魔の紅薔薇は破壊された一撃だが、対の宝具はそれを受け切りディルムッドとフェイトを守った。
しかし余波を相殺しきれず、バルディッシュがダメージを受け、その間にフェイトの所持していたジュエルシードが虚空に消える。
「ちっ! 奪われたか…エイミィ! まだか?!」
『ディルムッド君への攻撃から座標割り出し成功! 全員アースラに転送するね!』
可能であればジュエルシードも回収しておきたかったが、位置を特定できただけでも充分な成果と言っていいだろう。
居場所さえわかれば、直接奪還に向かえば問題はない。わざと初撃を受けた甲斐があっただろう。
転移魔法の光に包まれながらディルムッドは腕の中で眠る少女を強く抱えていた。
一時的に敬語になるディルムッド。後のなのはさんである。
あんな化け物染みた砲撃を目の前で見たら腰が抜ける自信がある。