目覚めたディルムッドは混乱していた。
「ここは……俺は一体……?」
自分がここにいる原因を思い出そうと記憶を探る。
セイバーと戦いの最中に主に令呪によって自害させられ、慟哭を上げながら聖杯の中に飲み込まれた。
しかしそこから先の記憶がなく、再び死んだはずの己が何故ここにいるのか全くわからない。
周りを見渡す。最初はアインツベルンの森かとも思ったが魔力を感じないのでおそらくは違うだろう。
そして自身を取り巻くように地面に刺さっていた物に気が付いた。
聖杯戦争で自らの心臓を貫いた紅い長槍と己が砕き失われた黄色の短槍・・・
それだけではなく、ランサーとして呼ばれ失っていた二本の剣、
立ち上がり破魔の紅薔薇を掴んで引き抜くと違和感を感じた。
「槍が長い……?」
使い慣れたはずの紅い槍がイメージよりも長い。それだけではなく座っていた時には気が付かなかったが周りの木々が大きい。そして身体を見るとその違和感の正体がわかった。
「この姿は……」
驚いたディルムッドは確認するために傍を流れる川の水面に自身の姿を映すとそこには少年の頃の己の姿があった。
「身体が小さく……いや、戻っているのか?」
元々高くない魔力も水面に映る姿・・・生まれてから十年ほど経った時のものとなっている。破魔の紅薔薇を振るうと筋力も戻っているようた。
魔力で補助すれば問題なく扱えるが間合いも変わっているので慣らさなければならないだろう。
「霊体化できない……受肉しているのか?」
受肉したことで、マスターからの魔力供給無しでこの世に留まる事ができるようになったが喜んでいるばかりではいられない。
破魔の紅薔薇を振るった時にわかったのだが、肉体の退化と共に下がった自身の魔力のせいか、宝具の能力も大きく失われている。
おそらくは肉体が全盛期に戻れば自身の能力も宝具の力も戻るだろうが、そんな事よりもディルムッドは二度目の生で果たせなかった願いに想いを馳せる。
「我が主はご無事なのだろうか……」
新たな主君、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトに想いを馳せる。
騎士の誇りを奪われたと、最期は己を蝕む激しい憎悪にのまま怨嗟の言葉をぶつけてしまった。
「我が主よ・・・どうかご無事で……」
主の期待を裏切った自分にはあの方を責める資格などない。
再び静寂を取り戻した心で、今はその存在を認識できない主の無事を祈った。
「とりあえずはこの地について調べなければな」
肉体は霊体化できないが4つの宝具は不可視にする事が可能だったので宝具と気配を隠し、森の中を進む。
途中に大きな屋敷もあったが、情報収集するならば街の方がいいだろうと判断し通り過ぎた。
しかしディルムッドは街に出ることに不安もあった。それはわが身に宿る忌まわしき呪い……頬にあるホクロによる魅了の力を持つ『愛の黒子』がどのような影響を与えてしまうかにあった。
力を失い威力は落ちているとはいえ、御することの出来ないこの力が街でどのような影響を及ぼすかわからない。
この力により二度も破滅しているディルムッドとしては無視できない問題である。
「何もなければいいのだが……」
一抹の不安を抱えながら、街に出たのだった。
―――――――――――――――
「ふぅ……」
昼間目覚めた森の中に戻ったディルムッドが彼にしては珍しくため息をついた。
疲れた。それはもう尋常ではないほどに。
結論から言えば問題はなかったのだが、『愛の黒子』の力は残念ながら消えてはいなかった。
商店街で通りすぎる女性全てにその効果を発揮したが、異常なまでに優しくされた程度で済んだ。
全ステータスダウンによる影響かこの身の幼さ故かはわからないが、グラニアやソラウ様の時のような事態は起きなかった。
犬を餌付けするかのように物をプレゼントされ、手ぶらで街に来たはずなのに今ディルムッドの手には大量の食料や衣服、果てはそれらを仕舞うカバンまで持っていた。
最後にどこから来たのかと聞かれた時に、思わず「一人、旅をしている」と答えたら多くの女性に養子にすると言われ連れて行かれそうになったので慌てて逃げ出した。
それはもうフィンからグラニアと共に逃げる時くらいの必死さで。
ただ、聞けば何でも答えてもらえたので、この街……いや世界の事は知ることが出来た。
まず、ここは日本でありこの街は海鳴市ということ。そしてディルムッドが二度目の生を生き、死を迎えた地である冬木市が存在していないことがわかった。
年は己が戦った第四次聖杯戦争の頃より十年ほど先のようであるようだがそれほど差異は感じなかった。
霊脈は感じず、昼間の様子から冬木のように殆どの者が魔力を持っていないのがわかる。
しかし、街中の所々に強力な魔力を感じるので、隠されているだけで魔術は存在するのだろう。
これらの事からディルムッドはここが己の生きた世界と限りなく近いが異なる世界であると・・・つまり俺は我が主ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが仰っていた魔術の極地である平行世界の移動を行ってしまったのだと判断した。
「信じられないが……認めるしかなさそうだな……」
もう暗くなった空を見上げ、ディルムッドはため息をついた。
『聞こえますか……僕の声が聞こえますか……』
その時、直接脳に声が響いた。念話・・・つまり魔術を行使する者がいるということだ。
それと同時に感じたのは戦闘の気配・・・それもただの戦いではなく、魔力が込められている。
先ほどの切羽詰まった声・・・声色からして、おそらく今のディルムッドと同じ年頃の者だろう。
「騎士として助けないわけには行くまいっ!!」
迷うことなくディルムッドは駆け出した。
全盛期の力を出せないとはいえ、それでも並みの人間以上の脚力を持って駆け、辿り着くと市街地で魔獣が杖を持った少女に襲い掛かっているところだった。
「穿て、破魔の紅薔薇!!」
飛び出したディルムッド突き出した紅の長槍が魔獣の身体に突き刺さり、咆哮を上げながら後退する。
「やはり威力が落ちている……!」
貫いてわかったがあれは魔力で形成された物体であることがわかった。
しかし、本来であれば刃が触れた対象の魔力的効果を触れている間だけとはいえ完全に無効化することができる破魔の紅薔薇。
その一撃を受けたはずの魔獣は、かなりのダメージを負っているようだが消滅せず、そこに存在したままだ。
「無事か?」
黄の短槍も現界させ、目の前の魔獣に槍を突きつけながら後ろにいる少女に尋ねる。
「あ……ありがとうございますっ!」
フェレットを抱えた少女が礼を言った。その声は先ほどの念話のものとは違う。
「あなたは……」
すると今度は念話の主の声が聞こえた・・・少女が抱えたフェレットから。
「……なるほど。念話を飛ばしていたのは君の使い魔か」
「ぼっ!……僕は使い魔じゃ……」
何かを言いかけた使い魔を無視し、魔獣に向けて駆け出す。
「貫け、必滅の黄薔薇!!」
今度は対象に治癒不能の呪いを掛ける黄の短槍を繰り出す。単調な動きしかしない魔獣は今のディルムッドでも余裕で対処できる。
紅槍に貫かれ、弱った身体に必滅の黄薔薇による呪いを受けた魔獣に抵抗する力など無く、破魔の紅薔薇によってその身を守ることすら許されないまま青い宝石を残して消えていった。
「これが原因か……」
残された宝石が強力な魔力を放っていた。
その魔力はA+と言ったところだろうか。Bランク宝具である破魔の紅薔薇で破壊できるかはわからないが放置する訳にはいかないと紅槍を振り上げる。
「まっ……待ってください!」
破壊しようとしたら使い魔が慌てた声を上げ、駆け寄ってきた少女が呪文のような言葉を紡ぐと、青い宝石が杖の中に消えていった。
「封印したのか?」
「はい。僕はこれを集めるためにこの世界に来たんです」
「……この世界という事は他の世界もあるということか?」
彼(?)に聞けば今の状況がわかるかもしれない魔術の知識を持つ者に出会えたとは我が身にしては幸運だ。
「あなたは管理局の人ではないのですか?」
「管理局?……この世界とやらには今日来たばかりのようでな。目覚めたらここにいたのだ」
周囲の惨状が酷いので、落ち着いた場所に移って話をすることにした。
「私は高町なのは。家族とか友達には、なのはって呼ばれてるよ」
「僕はユーノ・スクライア。スクライアは部族名だからユーノが名前です」
「我が名はディルムッド・オディナだ」
公園に辿り着くと二人(?)に自己紹介された。
真名を伝えていいのか迷ったが、異世界の生物と幼い少女が英霊の名を知っているとは思えなかったので正直に答えた。
ユーノと名乗ったフェレットによるとディルムッドのような異世界から自分の意思と関係なく飛ばされた者を次元漂流者と呼ぶと言った。
A+相当の魔力を持つ青い宝石……ジュエルシードと呼ばれる魔石は彼が発掘作業の指揮を取っていた遺跡から発掘された物で
輸送中に起きた原因不明の事故によって二十一個すべてがここ海鳴市近辺に落ちてしまった。
ジュエルシードには『願いを叶える』力があるが、単体で暴走し、使用者を求めて危害を加えてしまう危険な代物であり、
責任を感じた彼は独力で全て回収しようとするも、暴走したジュエルシードは手に負えず、負傷し襲われていた所をなのはと名乗った少女に助けられたらしい。
(願いを叶える……まるで聖杯のようだ)
暴走の危険はあるが、あの程度のものであるならば7人の英霊の魂をかけた殺し合いをしなければならない聖杯よりは安全に感じるが、魔力を持たない民にとっては充分な脅威である。
「今日はもう遅い。君達を家まで送り届けよう。案内は任せたぞ」
「ありがとう、ディルムッド君」
「気にするな。これくらいは当然だ」
初めて呼ばれた呼び名に強烈な違和感を感じながらもそれを表情に出さないようにしながら夜道を歩く。
なのはの家の前に着くと男女が待っていた。話を聞いていると彼女の兄と姉のようだ。
「ディムルッド君、送ってくれてありが……」
説教が終わり、謝ったなのはが振り返ると先ほどまでいたはずのディルムッドの姿は無かった。
「あ……あれ?」
「なのはを送った後すぐに気配を消して去って行ったよ」
慌てて姿を探すなのはに恭也が教えた。彼の実力を持ってしても神話の英霊の姿を追う事はできなかった。
「お礼をしたかったんだけどなぁ……」
今日この世界に来たばかりだと言っていたので、色々と助けになりたいと思っていたなのははがっかりとうな垂れた。
―――――――――――――――
「あの者……かなりの武人であったな」
再び森に戻ったディルムッドが呟く。
一目見た瞬間、彼が人間としてはかなりの域に達していることを見抜いており、武で劣るとは思っていないが余計な接触は避けたほうがいいと判断した。
姉の方に挨拶をしなかったのは、魅了の呪いがかかってしまわないようにと気が付く前に去ろうと思ったからだ。
「ジュエルシードか……」
今見つかっているのは彼が回収した物と先ほどの分で二つだと言っていた。
残り十九個もあのような危険な物が放置されている。下手をすればキャスターの起こした惨劇に劣らない被害を及ぼすかも知れないものを放置する事はできない。
「彼には悪いが、そのような危険な物は破壊した方がいいだろうな」
しかし、封印する力を持たないディルムッドがあれを止めるには、破壊するか封印可能な者に頼るしかない。
破壊するにしても弱体化した己がそれが可能であるという保障はなく、仮に宝具の性能を最大限に引き出せるようになったとしても、刃の触れている間だけしか魔力を無効にできない破魔の紅薔薇がジュエルシードを砕けるとは限らない。
もしジュエルシード本体が破魔の紅薔薇で砕けないほど物理的な防御力が高ければ破壊することは不可能だろう。そして何よりも
「予想以上に身体が動かないな……」
先ほどの交戦時は現在のディルムッドがどれだけ弱くなっているかを実感させるには充分であった。
低下した筋力は、槍を振るう分の筋力は問題ないが、打ち合いになれば確実に影響を与える。
子供の身では耐久も下がり、己の武器である敏捷も低下し、魔力に至っては最低レベルにまで落ちており、宝具無しではあの化け物に対処できないだろう。
この世界の恩恵なのか幸運のステータスだけは上がっていることを実感できる。
スキルも心眼以外は下がっている。魅了の呪いが低下しているのは喜ばしいが。
暴走したジュエルシードの化身を倒すことはできても本体を破壊できなければ意味が無い。まずは鍛錬し自身の能力を戻す必要がある。
「しばらくは鍛錬とこの街以外の地理を把握することに努めるか……」
そう決意し、眠りに落ちる。
ディルムッドの第97管理外世界『地球』に来た最初の一日はこうして幕を閉じた。
ディルムッドのイメージCVはリトバスの恭介の少年時代です。
こう、中の人つながり的な感じで。10歳で緑川さんボイスだとちょっと渋すぎますからね。