――『十二月十一日』――
フェイトが蒐集を受け倒れた後、アースラの作戦室では会議が行われていた。
会議に参加しているのはこの作戦の指揮官であるリンディに現場に向かったディルムッド、なのは、アルフ。他に後方の支援を担当したエイミィと本局から駆けつけたクロノと彼の師であるリーゼロッテである。
リーゼロッテを除き、直接この事態に対応した者達のみで行われている。
「フェイトさんはリンカーコアに酷いダメージを受けてるけど、命に別状は無いそうよ」
リンディの言葉で全員がひとまず胸を撫で下ろす。
両手を挙げて喜ぶ事はできないが、最悪の事態は避けられたと言っていいだろう。
「ごめんね……あたしのせいだ……」
俯きながらそう呟いたのはエイミィだった。
フェイトとなのはが出撃した後、駐屯所の管制システムが妨害を受けて、機能を停止したらしい。
そのせいで現場の映像が途絶え、状況がわからなくなってしまい、慌てて復旧作業を行ったのだが、元に戻った時に映ったのは仮面の男に貫かれるフェイトの姿であった。
「フェイトもすぐに回復するのだろう? 他の皆も無事だったのだ……そう己を責めるな」
「いや、あんたが一番酷かった気もするけどねぇ……」
アルフがディルムッドの姿を見ながら呟く。彼の身体には何箇所も包帯が巻かれていた。
ランスロットとの激戦。相手にもそれなりのダメージを与えることはできたが、ディルムッドも無傷とはいかなかった。
帰還した直後の彼は酷い有様であった。
右腕からの滴るほどの出血がアースラの床を濡らし、左の脇腹は裂かれていた。右ふくらはぎに数センチの深さの刺し傷があり、並みの精神力では立つことすらできなかっただろう。
とどめは額スレスレを斬られた事による出血で、彼の美しい顔が紅く染まっていたことだ。それを見た数人のクルーが失神したほどである。
本人としては少し怪我した程度であったが、周囲からすればどう考えても重傷である。
あの惨状を見ずに済んだフェイトは、蒐集を受けて良かったと言ってもいいかもしれない。もし見ていれば確実に彼女も失神していただろう。
も。と言うのは、なのはも彼の姿を見た瞬間に気を失ってしまっていたからで、この会議も彼女が目覚めるのを待ってから行われた。
「それにこちらもやられたんだ。エイミィだけの責任じゃない」
そう答えるのは帰還した直後のディルムッドに即座に応急処置を施したクロノだ。
ディルムッドが砂漠へ転送した直後に、本局の転送システムもエラーを起こし、交戦現場への転送が不可能になってしまったらしい。
本局は勿論、駐屯所の機材も管理局で使っている最新の物なのだが、それが警報も防壁も素通りでやられたらしい。
過去の英雄であるディルムッドだが、聖杯戦争時に呼ばれた際に与えられた現代の知識のおかげで、性能差はあれどそういった物の仕組みは把握している。
なのでそれがどれ程異常な事態であった事かは理解していた。
「それについても一考すべきではあるが……俺からも一つ言っておきたいことがある」
ディルムッドの言葉に全員の視線がこちらに集中する。
「俺が戦った相手……騎士ランスロットはおそらく狂化だけではなく、何らかの精神操作もしくは幻術系の魔術を掛けられている可能性がある」
その結論に至った理由となった戦闘中に感じた違和感を全員に説明する。
まずは白銀の鎖。あんな物は以前の聖杯戦争時には無かった。最初は狂化状態のランスロットを抑える物であると思ったが、破魔の紅薔薇によって鎖が破壊される事に、疑惑を抱いていった。
その確信を持ったのは四つ目の鎖を破壊してからだ。
「最初はただの憎悪の叫びかと思ったのだが……彼の主君、アルトリアの名と慟哭は、俺に向けられていた」
おそらくは全員にではなく、敵対する対象を
もう気がついたのは、狂化がこの世界に来た時、一度解除されていた可能性だ。
そう思った理由は鎖が消失する事にランスロットの力が減衰し、言語能力の回復と動きに人間らしさが戻っていった点だ。
一度目の鎖を破壊で制御能力を破壊し、それ以降の破壊によって狂化ランクの低下を起こしていったとディルムッドは推測していた。
「勿論間違えている可能性もあるが……ランスロット卿は自分の意思で俺達に敵対しているのではないかもしれない」
「でもあくまで可能性でしょ? 実際にそうとは限らない訳だし……」
「確かにな。だが鎖を全て破壊する事で、やつの暴走を止める事ができるかもしれん。うまくいけば味方に引き込める可能性もあるぞ?」
その推測を聞いて全員が沈痛な面持ちになる中、冷静にそう聞き返してきたリーゼロッテに対して答える。
彼を捕える事の難しさは己が一番よくわかっている。本気で
「まぁ、本来のやつと騎士として手合わせしたいとも思っているがな」
ディルムッドは語り継がれる英雄であるが、本人は決してそのような者を目指したのではない。
ただ無辜の民を守ることは当然と疑わず、真っ直ぐで高潔な精神を持っていた。彼にとっては当然の生き方をした結果である。
彼は英雄である以前に、ただ主君に殉じようとした騎士であり、強者との戦いに心躍らせる一介の武人だ。
最強の騎士にアルトリアの幻影としてではなく、ディルムッド・オディナとして挑み、勝利したいと思うのは当然の感情であった。
「何よりも、かの者程の騎士をこのような事に利用する。というのが許せん」
彼の尊厳を踏みにじる行為を行う者も許せない。救い出し、騎士の誇りを穢す者を突き止めたいとも思っている。
己の手で制裁を与えたい気持ちもあるが、今は管理局にいる身である。それは局員がしかるべき措置を下すだろう。
「……なる程ね。それじゃあ私は海鳴市周辺を探ってみようかな。何かわかるかもしれないしね」
「頼む。リーゼロッテ、何か掴めたら連絡をくれ」
ディルムッドの答えを聞いて少し何かを思案していた様子のリーゼロッテだったが、納得したのだろう。
自身が散策を行う事を提案し、クロノがそれを了解した。簡単に見つかるとは思えないが、何らかの接触が行える可能性があるかもしれない。
「俺も別行動で探索に回ろう。それくらいしかできんからな」
アースラにいても鍛錬か休養以外にすることは無いし、クロノの素早い処置で傷は塞がっているので、戦闘が起きても問題ない。
それならばここで何もしないよりも守護騎士達とランスロットの探索を行う方が有意義である。
(それに……彼女
手紙だけで一方的に別れることになったすずかに直接、今までのお礼と突如姿を消したことの謝罪もしなければならない。
それに、色々忙しかった事もあったが、あの時から会っていない少女もいる。
あれから連絡を一切取れなかったので忘れられているかもしれないが、一度会いに行ってもいいだろう。
「わかりました……それでは、これより少し早いですが、司令部をアースラに戻します」
リンディがそう宣言し、それぞれが自身の役職に戻っていく。
詳しく聞いていないが、アースラは整備だけではなく、対闇の書の切り札となる装備を搭載していたらしい。
クロノはあまり使いたくは無いと言っていたので、おそらくは最悪の事態が起きた時の苦肉の策、といったものなのだろうとディルムッドは考えていた。
「ところでランスロット……だっけ? 調べたけどその人が仕えてた人ってアーサー王って男性なんだけど……」
「その人物であってはいるが、騎士王は女性だ……真名はアルトリア。外見はエイミィと同じ歳ほどの清廉で麗しい女性であったよ」
彼女との騎士道精神に則った胸躍る一騎打ちを思い出しながら、ディルムッドが答える。
最期は不本意な結末であったが、また相見える事が叶うならば、今度こそは納得のいく決着を付けたいと、今は思えるようになった。
(ディルムッド君がそんな風に女の人を褒めるの初めて聞いたかも……)
話を黙って聞いていたなのははそう思った。
同時に彼の表情を見て、この事は絶対にフェイトに黙っておこうと密かに心に決めたのであった。
そんなやり取りの後、会議は終了した。
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――『十二月十二日』――
早朝。八神家に帰還した守護騎士達は先ほど起きた予想外の事態と今後についての話し合いを行っていた。
バーサーカー……ランスロットが突如単独行動に走り、こちらの静止を無視して闇の中へと消えていったのだ。
シグナム達は知らぬ事だが、鎖が四つ破壊されたことによって、彼の狂化スキルはDまで低下していた。
Dランクであれば言語能力は不自由であるがある程度戻り、複雑な物は無理だが簡単な思考能力は取り戻す。
記憶の操作は解けていないとはいえ、自我をある程度取り戻したランスロットは闇の書との魔力パスを自ら切ってしまい、魔力の流れでは追跡できなくなってしまっている。
何を想ってそのような行動を取っているのか……それを知る者は彼以外にいない。
「これはある意味好都合かもしれん。バーサーカー……ランスロットだったか。奴を捜索している事にすれば、我らが家を離れている理由にもなる」
ザフィーラがそう提案し、シグナムとシャマルも同意する。
ランスロットの不在を隠すよりも、突如行方を眩ませてしまった彼を捜索している事にした方が行動しやすいと考えたのだ。
魔力パス切断時に、蒐集した魔力を数ページ分ほど奪われてはいたが、ランスロットが回収した分を考えればそれほど問題となる量でもない。
ディルムッドの全力を遠見の魔法で見ていたシャマルとしては、その彼と拮抗していたランスロットの離脱は痛い。
かといってランスロットを探す事に時間を掛けて蒐集が遅れては意味がないので、捜索とはやての護衛はシャマルが行い、残り三人は蒐集を継続する方針となった。
対応が決まった所で話し合われるのは、もう一つの懸念……彼らにランスロットを齎した仮面の男についてだ。
ランスロットを支配する強力な魔法と、鎖が破壊され暴走状態の彼を魔方陣まで引きずり込む腕力。
そんな力を持つ人物が自分達に協力する理由が彼らにはわからない。
唯一接触してきたのはランスロットを連れて来た時だけで、後は戦闘中以外にこちらを援護してくるだけなのだ。
「あれだけの力を持つ者が何故、我らに手を貸すのか……」
「敵ではないと思うけど……」
考えられる理由としては完成した闇の書の力、もしくはその物を手に入れる。またはその力を利用して何かを為そうとしていると考えられる。
「……ありえんな」
そこまで考えたシグナムが自らの考えを否定する。闇の書の力を行使する事ができるのは、主であるはやてだけだからだ。
もしかすれば闇の書を得た主を捕え、傀儡にしようと企んでいるのかもしれないが、完成した闇の書の力を持つはやてに
、ランスロットを封じた鎖も洗脳のも効果は無いだろう。
もっとも、守護騎士達がいる以上、そう易々と手を出すことなどできないはずであるが、いずれにせよ仮面の男が動くのは闇の書が完成してからだろう。
「……ねぇ」
不意にヴィータが呟いた。
闇の書の主は大いなる力を得る。それは守護騎士であるヴィータ達が誰よりも『理解』している事だ。
だが彼女は……彼女だけが胸に違和感を抱いていた。思い出さなければならない、何か大事なことを忘れている……そんな違和感を。
それを他の三人に伝えようとしたが、二階からの聞こえてきた大きな音によって中断された。
守護騎士全員が居間にいて、ランスロットが不在の現在、二階にいるのはこの家でただ一人しかいない。
「はやてっ!!」
ヴィータが真っ先に駆け出し、残りの三人もその後に続くように二階のはやての部屋に向かう。
たどり着いた四人がそこで見たものは、倒れた車椅子と床にうずくまり、苦しげな表情を浮かべるはやての姿だった。
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はやてが病院に搬送された頃、アースラではディルムッド、クロノ、リーゼロッテ、エイミィの四人と、闇の書について探っていたユーノとリーゼアリアと通信をおこなっていた。
ディルムッドも先ほどまでフェイトの傍にいたのだが、容態の安定を確認できたので、交代に来たリンディと頑としてその場から動かないアルフに看病を任せてこちらに来た。
現在ユーノ達がいる場所は無限書庫と呼ばれる場所で、管理世界の書籍やデータが全て収められた超巨大データベースである。
探せば見つからない情報は無いと言われる程の膨大な資料がここにはあるそうだ。
もっとも整理されていないせいで、探す事その事が非常に困難であるのだが。
「夜天の魔導書?」
それが闇の書のかつての……本来の名だそうだ。
現在の闇の書は蒐集を行わなければ所有者の魔力を侵食し、完成すれば持ち主の魔力を際限なく使って、差別破壊のために命を奪い、無理に外部から改変を加えれば、主を喰らって転生し、新しい主の元に現れてしまう。
そんなとり憑かれた時点でどう足掻いても救いがなく、おまけに破壊不可能という非常に悪質な物になっているが、元々はそのような物ではなかったらしい。
本来の夜天の魔導書は、主と共に旅をして、各地の偉大な魔導師の技術を収集し、その研究成果を次代に伝えるという非常に健全な存在であったのだが、歴代の主がプログラムを何度も改竄した結果、現在の姿になったそうだ。
「ディルムッドの槍で闇の書のシステムその物を破壊できないのか?」
「破魔の紅薔薇は過去に交わされた契約や呪いを覆す事はできない。ジュエルシードに効果があったのは、あくまで『発動中』であったからだろう」
「主のリンカーコアを直接槍で突き刺して破壊するってのは?」
『蒐集不可のダメージを負ったと認識して転移するだけだと思うわ』
「以前にクロノには言ったが、そんな事は最初からするつもりは無い」
闇の書に有効な破魔の紅薔薇ではダメージを与え過ぎてしまい、必滅の黄薔薇は無生物にダメージを与えられないので無意味。
純粋な攻撃力しか持たない大なる激情と小なる激情では解決策にはならない。
「ダメじゃん君」
「否定はせんが、俺の武器は対人宝具。人外相手では限界はあるさ」
ディルムッドの宝具は圧倒的破壊力を持たない代わりに、同じ相手と長期に渡って戦うことに長けるという代物だ。
白兵戦であれば、相手が強力な魔装備を持った集団であっても、フィオナ騎士団でも上位の実力を誇っていたディルムッドが、簡単に遅れを取ることは無いだろう。
しかし、大規模な魔術を行使された場合や、間合いを詰められない距離からの攻撃には対処できない。
実際に聖杯戦争時には大型海魔相手にはディルムッドは決定打を与えることができず、アルトリアとイスカンダルの戦いを見ていることしかできなかった。
英霊の中に一人くらいは、『あらゆる魔術を初期化する宝具』などを所持する者も存在するだろうが、残念ながらディルムッドはそのような物を持っていない。
数多の英霊の中では、有用なスキルが心眼と何故か固有スキルに組み込まれた対魔力のみのディルムッドは平凡な方だろう。……もっとも、通常の人間からすればスキルと宝具を有しているだけでも十分に強力であるのだが。
「闇の書自体に関してはどうする事もできんが、守護騎士や現界している他のサーヴァントに対してならば対処は可能だ。俺はそちらに専念しよう」
「私とアリアも交代で見回りしてみるよ」
「なら、ディルムッドはなのは達の護衛を兼ねて二人の家の周辺の警戒を。ロッテ達はそれ以外の箇所を頼む」
クロノがディルムッドとリーゼロッテにそう指示を出し、二人と画面の中のリーゼアリアが了解の意思を頷いて示した。
「イスカンダルとランスロットを発見しても交戦はするな。必ずアースラか俺に伝えろ」
「大丈夫だよ。私もロッテも強いし、切り札があるからね」
転送ゲートに共に向かうリーゼロッテに忠告するが、『切り札』とやらに相当自信があるのかサラリと流す。
いくら霊体で無くなった事で物理的なダメージも受けるようになったとはいえ、相手は英霊である。
今この身体は常に神秘の加護で守られており、生半可な通常攻撃では傷を負わせることはできないのだ。
「ま、危なくなったらすぐに逃げるから大丈夫だよ」
「……承知した」
引き際を見極める力はあるだろうし、英霊は強大だが無敵ではない。
切り札が何かはわからないが、撃破はできなくとも撤退させる事も不可能とは言い切れない。
そして二人が転送ゲートに入ると身体が光に包まれ、海鳴の別々の地点に転送されていった。
神秘の加護は書いてる時に思いついたオリ設定です。
よくよく考えたらサーヴァントに近代兵器効かないのは霊体だったからであって受肉してたら効くやん。と気がついたからです。だってディルムッドが遠距離からライフルで撃たれて死ぬとかだったら嫌じゃないですか?
以下設定↓
『神秘の加護』
宝具や魔力を介さない攻撃によるダメージを無効化する物。
この半年の間にディルムッドを検査した事で、発見された解析不可能な魔法とは異なる不思議な守り。これにより質量兵器の攻撃や通常の炎などによる火傷などを負う事は無い。
その正体は本人も知らない事だが、英霊である彼らをこの世界に留めている『ある物』により付加された特殊防御である。