忠義の騎士の新たなる人生   作:ビーハイブ

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前後に分けようとしたんですが……予想以上に長くなったんで中編に。


悲劇の槍 中編

 

 

 

 

――12月18日――

 

 

 

 なのはとフェイトと共にいる時に唐突に届いた念話。

 それはアサシンの妨害もあり、今まで管理局が捕捉すらできなかった守護騎士達が『話し合い』をしたいと接触を望むものだった。

 

「そちらの望み通り、俺一人で来た訳だが……わざわざ俺を呼び出した理由を聞かせて貰おうか?」

 

 シグナムから届いた念話の望み通り、単独で指定された場所・・・初めてシグナムと戦い、敗れた公園に到着したディルムッドが目の前に立つ四人の騎士に向けて、問いかける。

 

 話し合い、と言っても最初から穏便に済ませられるとは思っていない。

 

「やはり管理局員を呼んだか」

 

 結界に接近する複数の気配を感知したシグナムがディルムッドの問いとは異なる言葉を発する。

 

「純粋な試合が望みであったなら無粋な真似だとは思うが……そうではないだろう?」

 

 一人で誘いに乗ったディルムッドだが、けして無策で来たわけではない。

 なのはとフェイトが結界外に待機し、アースラに連絡して周囲の武装隊がこの地に接近している。

 

 念話を受けたディルムッドは最初にクロノに連絡を取った。

 嘱託魔導師になったディルムッドだが、フェイトと異なり、与えられた任務以外の独断行動を取る許可を与えられていない。

 

 現在受けている任務は守護騎士の探索であり、発見後の行動も命令として新たに受けなければならない。

 

 非常に面倒だが、これを破ると監督役であるクロノ達に影響が出る。武装隊の何人かが監視を行っている以上、無視できないだろう。

 

 このような処置を与えられているのはディルムッドに信頼が無いからではなく、彼の宝具を恐れているからである。

 だから闇の書事件開始前に宝具を封じさせたし、解放後には監視を付けられた。

 

 そういう理由でクロノに指示を仰いだ結果。相手の誘いに乗る事になった。

 

 敵の狙いは読めないが、守護騎士を捕獲する機会を逃すわけには行かないので、この判断は打倒であろう。

 闇の書の力なのか、外部とは連絡がとれないどころかなのは達が結界内に入れないという結果は少々予定外だが、その程度で動揺するほどディルムッドは弱くない。

 

「ディルムッド。こちらの望みは一つだ。この戦いから手を引いて欲しい」

「貴様達が蒐集を止めるならばそれでも構わないがな」

 

 シグナムの提案を斬り捨てる。闇の書が完成してしまえば、蒐集による被害者を越える惨劇が起きる可能性が大きい以上、当然の回答であった。

 

「それはできんな」

 

 彼女達の答えも予想通り。このままでは交渉の余地は無いだろう。膠着した意見を動かすにはそれぞれが有する情報(カード)を切る必要がある。

 

 先に情報(カード)を切ったのは守護騎士だった。

 

「我らが闇の書の完成を求めるのは主の意志ではない。むしろ主はそれを望んでいなかった」

「……リンカーコアの侵食か」

 

 沈黙を破り、シグナムがそう言い、ユーノから聞かされた闇の書の特性を思い出す。一定期間の蒐集を行わなかった主を苦しめる呪縛。

 

 主が完成を望まなくても苦痛から逃れるためには蒐集を行い闇の書を完成させなければならない。

 ユーノの調べた情報によると過去の所有者全てが完成を望んだ訳ではないらしい。しかし、この呪縛によりそれは叶わなかった。

 

 苦痛から逃れようとやむを得ず蒐集を決断した者も、最期まで苦痛に耐えようと足掻いた者も同じ結末を迎えてしまった。

 

 以前に砂漠でアルフがザフィーラから聞いた話と今のシグナムの言葉を合わせて考えるならば、守護騎士達が主への負担を軽減するために独断で行うという、初めての事例なのだろう。

 

「貴様達の主の事情は理解した。だがそれで他者を苦しめる事を正当化することはできん」

 

 主が守護騎士が蒐集を行っていることを知らないという事であるならば、無罪とは言えないが、情状酌量の余地はあるだろう。

 

 しかし主を苦痛から解放する方法は闇の書の完成。破壊と悲しみを撒き散らし、その果てに待つのは同じ結末だ。

 

 まずは闇の書の主を確保し、その上で救済の為の対策を模索しなければ同じ結果を繰り返すだけである。

 

 完成してしまえばそれすら叶わない。闇の書に選ばれた不幸を憐れだと思うし、守護騎士の心情も理解できなくはないが、それを許してやることはできない。

 

「……主は病室で痛みと戦いながらも我々を不安にさせまいと気丈に振る舞っておられる。まだ幼い彼女が苦しむ様をただ黙って見ておくなどできない」

「なん……だと?」

 

 シグナムが決定的な言葉を告げ、流石のディルムッドも動揺を隠せなかった。

 

 病室と少女。そしてこのタイミングで守護騎士全員が接触してきた意味から真実に行き着いてしまった。

 

 ディルムッドと病室の少女が接触する事を恐れたから……出会ってしまえば闇の書の主だと知られてしまうからであったと。

 

「はやてが……闇の書の主だと言うのか……!」

 

 守護騎士は否定も肯定の言葉も口にしない。ただヴィータの肩が僅かに震えたのが全てだった。

 

「そうか……」

 

 動揺してしまったディルムッドだったが、それも一瞬の事。一度目を閉じ、数秒後にその目を開いた時、その瞳に揺らぎはなく、決意の焔が宿っていた。

 

「ならぱ尚更貴様らを止める必要があるな」

 

 破魔の紅薔薇と必滅の黄薔薇を呼び出し、彼らを阻止する道を選ぶ。

 

 助けてやりたいとは思う。知っている相手だからだけではない。目の前に不幸になりそうな罪なき者がいるならば無条件で救いの手を差し出したい。

 

 偽善でもなく見返りを求める訳でもなく、ただディルムッドが紛れもなく英雄であるが故にそう思うだけである。

 

「なんでだよ! お前はやての友達なんじゃねーのか?!」

 

 ヴィータの叫びをただ真っ直ぐに受け止める。

 

 もしも蒐集の果てに彼女に救いがあるのならば、それも一つの選択肢として考えたかもしれない。

 例えばこれから先の蒐集対象を魔法生物だけに限定させるなど、犠牲を抑え、完成させる事も視野に入れてもいいだろう。

 

「ならばこそ。彼女を破滅に追い込むわけにはいかない」

 

 しかし現実は違う。完成と共に迎えるのは絶望の未来。

 

 

 

―――――だからこそ違和感がある

 

 

 

 闇の書が完成した結末を何度も見たはずの守護騎士が同じ悲劇を繰り返そうとしていることに。

 

(守護騎士は完成後の結末を知らない……?)

 

 蒐集に影響が出ないように闇の書が記憶を消すのか、それとも闇の書の完成時に彼女達が存命していなかったのか。

 その理由は不明だが、今の会話から彼女達が打算ではなく純粋にはやてを想って行動しているのは伝わった。

 

「貴様達に聞きたいことがある」

 

 だからこそ問うておかなければならない。そして伝えなければならないだろう。

 

「夜天の魔導書と言う名を覚えているか?」

 

 本当の名とその生まれた理由。そして彼らの行っている事が悲劇しか生まないという悲しい真実を。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

「夜天の魔導書だと?」

 

 ()()()()()()()()()|名にシグナムが訝しげに問いを返す。

 

 ザフィーラとヴィーダも似たような反応を示す中、シャマルだけはそれに反応することができなかった。

 

 

 

―――――アイツノ言葉ニ耳ヲ貸サナクテイイゼ

 

 

 

 まるで深い闇のそこから何かが囁き掛けているかのような感覚がシャマルを蝕んでいく。

 

 ここに来るまではそのような事はなかったのに、ディルムッドと対峙した瞬間、その身に異変が起きたのだ。

 

 それは感覚を失っていた左手からジワリと這いより、少しずつシャマルの感覚と意思を侵食していくようであった。

 

「やはり記憶を失っているのか……それが闇の書の本当の名だ」

 

 そう言って夜天の魔導書が各地の偉大な魔導師の技術を集め、それを研究するために作られた収集蓄積型の巨大ストレージであった事、それが悪意ある物の手によって改竄された事で現在の闇の書になった事を告げる。

 

「そして闇の書の完成がもたらすのは絶対の力を与える物ではない。主を飲み込み暴走し、破壊を撒き散らしてから新たな主の元に転生する存在だ」

「そのような虚言で我らを惑わせる事ができると思っているのか」

 

 ディルムッドの言葉をただの虚言と一蹴するシグナムとザフィーラ。ヴィータはその言葉に同様を見せるがそれを認めようとはしない。

 

 思考能力を奪われていくシャマルもシグナムとザフィーラと同じ考えであった。

 ハサンによりディルムッドが異世界からこの世界にやってきた事は知らされている。闇の書と共にあった守護騎士とこの世界に現れたばかりの異世界の住人。

 

 どちらの方が闇の書のことを理解しているかなど、明白だと思っているからだ。

 

 

―――――アァソウダ。オ前達ハ正シイ

 

 

 自身を侵食している『純粋な悪意』もシャマルの意見を肯定する。

 

「ならば貴様達は歴代の闇の書の主の結末を覚えているのか?」

 

 守護騎士の反応も予想通りであったのか、ディルムッドは冷静に守護騎士に問い続ける。

 

 確かに歴代の主がどうなったのか……それをシャマル達は思い出すことはできない。

 

 しかし、彼女達の奥底にあるナニカが闇の書が完成する事で主が救われると告げているのだ。

 それが闇の書が守護騎士達に蒐集行為を肯定させ、潤滑に行わせる為に無意識に働きかける悪意あるシステムであるとは気付かず、

彼女達はその意思を信じ、はやてを救う為に蒐集を行うとする。

 

「……過去は関係ない。我らは主はやてを救う為に闇の書を完成させなければならないのだ」

「……そうだ! アタシ達ははやてを助けなきゃならねーんだ……過去なんてどうだっていい!」

 

 だからディルムッドの言葉は彼らに届かない。その矛盾に薄々勘付いていたヴィータさえも不自然な程に話題を逸らし、真実から眼を背けてしまう。

 

 不都合な真実を受け入れられないのではない。受け入れるという事その物を拒絶してしまうのだ。

 

 悪意のあるプログラムは、不都合な事実を告げようとするディルムッドを危険なウィルスとして消去させようと守護騎士の無意識に働きかける。

 

 

 

 

―――――エエ。()()ハ正シイワ

 

 

 

 

 『純粋な悪意』の声が少しずつ変化していく。ソレは彼女という殻を被り、この世界に現出しようとしているのだ。

 

 彼女の意思の大半を既に蝕んでいるソレは、闇の書の悪意のプログラムを肯定し、シャマルを介してそれが正しい物であると守護騎士達に受け入れさせた。

 

 それに気付くことはなく、あくまで自分達の意思だと疑うことも無く、三人がディルムッドを排除しようと襲い掛かる。

 

「ちっ! やはり避けられないかっ!」

 

 彼女達の中でそのような事象が起きている事など知らないディルムッドは、やむを得ず紅と黄の槍を持ってそれを迎え撃つ。

 

『シャマル! 我々で奴を押さえ込む! 今のうちに転移の準備をしろ!』

『……わカったワ』

 

 ザフィーラの念話がシャマルへ届き、それに応えて術式の展開を行うと身体が動く。

 

 操られているのではなく、『純粋な悪意』がシャマル自身に宿るだけであり、本物となんら変わらない偽者となるだけである。

 

 故にこの行動は紛れも無くシャマル自身の意思であり、強制された訳でも意思を則られた訳でもない。

 

 彼女が展開した術式は長距離転移魔法。少々時間と魔力が必要である難点があるが、転移の痕跡を完全に消し、現在守護騎士が展開した結界に重ねてかけられている管理局員が展開した結界を越えて指定ポイントに飛ばすことができる。

 闇の書が蒐集した管理局員の中で、転移魔法に優れた者と結界突破に優れた者の魔法を掛け合わせた代物だ。

 

 術式発動までの十五分間という時間を稼ぐ為、守護騎士達は全力で攻撃を行う。しかし、戦いはディルムッド優位に進んでいた。

 

 

 

―――――彼らの攻撃がディルムッドに通らないのだ

 

 

 

 一撃一撃が凄まじい破壊力を持ち、高い防御力を有するヴィータ。カートリッジシステム搭載前とは言えななのはの障壁を撃ち抜いたパワーは本物である。その威力ならば、障壁を展開できないディルムッドを一撃死させることもできるだろう。

 

「くっ……当たら……ねぇ!」

 

 ただしそれは当たればの話だ。

 

《グラーフアイゼン》の加速を使えばディルムッドのトップスピードに届くかもしれないが、小回りは比べ物にならず、一定の強さを越えた武人が当然のように有する能力である

『見切り』によってそれらを容易くかわしていく。

 

「うぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 ヴィータの鉄槌を風のように回避するディルムッドへ、獣の咆哮を上げながら突撃してくるザフィーラの攻撃を、二槍を巧みに使いこなし牽制し攻撃を通さない。

 

 槍と拳ではリーチの差が圧倒的に差がある。懐に入ればその差を一気に覆せるのだが、それを許す訳は無く、常にディルムッド優位のリーチを維持している。

 

 術式の展開を行っているシャマルは攻撃に参加する余裕は無く、仮にできたとしても一度蒐集行動を行ったディルムッドにはリンカーコアの蒐集が行えないので決定的なダメージを与えることはできないだろう。

 

「レヴァンティン!」

《Sturmwinde》

 

 そうなると必然的に速度、射程共にバランスが良いシグナムがディルムッドと直接渡り合うのに最も相性が良いと言えるだろう。

 

 しかし相性が良いから勝てる訳ではない。

 

「疾風」の名を持つ具現化した炎を伴った斬撃がディルムッドに向けて放たれるが、それを横に飛ぶ事で回避する。

 反応速度に身体能力が追いつかず、炎が僅かに左腕を焼くがその痛みを強靭な精神はあっさりと無視し、シグナムに向けて駆け距離を詰め、強力な一撃を繰り出す。

 

 ディルムッドの腹部ほどの高さへ横薙ぎに放たれた炎の斬撃。それを跳躍せずに横に走ってかわしたのは判断ミスではない。

 三体一という変則戦闘の中で飛行能力どころか射撃攻撃や防御魔法を持たないディルムッドか空中に身を晒すのはただの自殺行為でしかないからだ。

 

 だから攻撃を受ける可能性があってでも地面から足を離さない方法を選択した。

 この状況の中でも周囲の敵の位置を気配や殺気から正確に把握し、最適な手を選ぶ事でディルムッドは守護騎士の猛攻を凌ぐ。

 

 それだけでも驚異的な物であるが、それ以上に恐ろしいのは、彼はこの戦闘が始まってから一度たりとも彼らに刃を向けていない事である。

 

 ディルムッドはシグナムへの攻撃だけではなくザフィーラの拳を防ぐ事も全て石突のみで行っていた。

 

「ディルムッド……貴様手を抜いているのか?」

「手加減はしていない。これでも全力で戦っているさ」

 

 その天才的な技量への驚愕と、騎士として手を抜かれているという屈辱を言葉に込めてシグナムが問うが、それをディルムッドはあっさり否定する。

 

 ディルムッドは手を抜いている訳ではない。だが、本気を出すことができないのも事実である。その理由は単純明快な物。

 

 

 本気を出せば彼らを殺してしまうからだ。相手が敵ならば破魔の紅薔薇と必滅の黄薔薇を容赦無く振るうのだが、守護騎士ははやての孤独を埋めた彼女にとっての大切な存在である。

 

 故に本気を出せない。ディルムッドが本気を出すということは、彼らを殺すという事に他ならないからだ。

 

「素直に管理局に下れ。これ以上はこちらが持たない……俺を本気にさせないでくれ」

 

 そういってディルムッドが逆手に持っていた槍をくるりと空中で回す。

 

 それは切っ先が守護騎士に向いた事を意味する。これ以上向かってくるなら殺すしかないという意思の現れてもあった。

 

 これまでの攻防は実に僅か五分の出来事である。残り十分間殺意を持ったディルムッドを抑える事は危険である。

 

 撤退するべきか否か……その作戦の指揮を任されているのは参謀であるシャマルだ。残されたシャマル本来の意思が結界破壊と撤退の宣言を告げようとするが―――

 

 

 

―――――叶エテヤルヨ。オ前ノ願イ……「闇ノ書ノ完成」ヲ……

 

 

 それは唐突に膨れ上がった『純粋な悪意』に飲み込まれたせいで叶わなかった。

 

 それは本当の願いではなく、手段であると否定する暇も無く、シャマルの意識はソレと一体化した。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

「みんな。もう少しだけ抑えてちょうだい」

 

 戦いの継続。ディルムッドの願いとは真逆の決断が守護騎士の一人から告げられた。

 

(素直に下がる気はない……か)

 

 内心では好ましくない状況に苦い想いを抱いていたがそれを隠し、冷静な表情を保つ。

 

 確かに殺すつもりで行くならばこの状況を突破する事は可能だ。

 

4つの宝具が揃い、身体能力の制限はない現在の状態であれば負ける気はしない。だが――

 

(俺も甘くなったな……)

 

 この状況にあってもディルムッドは守護騎士を殺害するという選択肢を選ぶことを躊躇っていた。

 

 それははやての為という事だけではない。管理局で過ごした穏やかな半年間がディルムッド・オディナの牙を鈍らせてしまった。

 

(奴らに降る意思は無い。ならば降らざるを得ない状況に追い込めばいいだけだ!)

 

 それを自覚していながらも殺害するという選択肢を自ら斬り捨て、再度ディルムッドに襲い掛かる守護騎士を迎え撃つ。

 

 先程の戦いで守護騎士に与えたダメージと疲労はシャマルの回復魔法により消えている。

 彼女達を殺せない以上どれだけダメージを与えても相手は回復してしまうので持久戦になれば回復手段がないこちらが負けるのは確実である。

 

 ならば『回復させなければいい』だけの話であり、ディルムッドにはそれを可能とする手段がある。

 

 それを為すための布石として敵の心理を誘導を行う必要がある。まずは相手の心理に焦りを与える為、踏み込んで加速し、右手の紅槍をザフィーラに向けて突き出す。

 

「破魔の紅薔薇!!」

「むっ!?」

 

 即座に反応し、防御体制に入って障壁を展開していたザフィーラの右腕に深紅の刃が沈み、鮮血を吹き上げる。

 

 魔力攻撃での相殺や、武器で防いだ場合はその限りではないが、この世界の防御魔法は基本的にその場に留まった状態で発動する物だ。

 

 故に防御に特化した者にとって破魔の紅薔薇は天敵となる。

 

 障壁貫通は接近戦を主とする三名には驚異であり、特に武器を持たないザフィーラは攻撃射程の差も大きいので非常に不利になる。

 

「障壁を……!」

「守りに頼れば討たれると思え!」

 

 両槍による乱撃から紅槍による一撃を主体とした形に切り替える。

 

 三人の攻撃を紙一重でかわしながら急所を避けつつも深手といって良いほどの一撃をそれぞれ何度も与え続ける。

 回復魔法があるとはいえ限界はある。しかしそれは回復の担い手の魔力などではない。出血による肉体の限界である。

 

 魔法プログラムである彼女達だが、その身体の構造が人と同じである以上、出血多量による意識の喪失は十分にあり得る。傷をいくら癒しても無尽蔵に血液を精製できるわけではない。

 

 いくら傷を癒しても血がなくなれば生命活動は維持できない。

 

 勿論闇の書の魔力を使えばその限りではないかも知れないが、彼女らとしてもそれは避けたいだろう。使われたらこの持久戦に勝てる見込みは尽きるので闇の書にその力がないのを祈るしかない。

 

 退却が許されるのならばそうするのだが、この結界を抜けるのは不可能に近い。

 

 しかし、敏捷性は緩急で誤魔化せても体力は誤魔化しが効かない。

 

 145㎝の身体で二メートルの紅槍と身の丈よりも少し長い黄槍を振り回しながら三人の猛攻をかわすのは、全盛期の肉体を失ったディルムッドには相当の無茶である。

 

「くっ!?」

 

 それを異様に研ぎ澄ました感性で捌いてきたのだが、デバイスは通常武器や宝具と違い、形態変化で能力が大きく変わる。

 

 突如蛇腹剣に変化したシグナムの《レヴァンティン》を現在の限界を超えた反応速度で回避したが、着地を狙ったザフィーラの打撃を回避しきれずガードしてしまった。

 

 敏捷性においては守護騎士を上回るディルムッドだが、現状の筋力はザフィーラに及ばない。それを正面から受ければ当然弾き飛ばされてしまい、完全に脚が止まってしまう。

 

《Raketenform.》

「でぇぇやぁっ!!」

 

 その完全な無防備な状況を逃す守護騎士ではなく、一撃でディルムッドを撃破できるヴィータの攻撃が迫る。

 

 回避は不可能。両槍を交差させてガードを行えば槍ごと倒されるだけだろう。

 

 そう判断したディルムッドは賭けに出た。この状況を覆せる唯一の手にして使えるか不確かな手段。

 

 使えなければ負け。しかしなにもしなければ倒されるのは確実である以上使わない手はない。右手の紅槍を躊躇いなく手放し、その手に新たな武器を顕現させる。

 

 自身の弱体化により封じられていた全てを一太刀の元に斬り伏せる宝具を。

 

 その真名を叫び、その眠りを醒ます。

 

「大いなる激情!!」

 

 ディルムッドの声に応えたのか、刀身に輝きが灯る。

 

 真名解放によりその力を発揮するディルムッドの剣の切っ先とヴィータの《グラーフアイゼン》の先端がぶつかり合う。

 

「なぁ?!」

 

 閃光と共に砕けたのは《グラーフアイゼン》。光彩を失いディルムッドの手から弾かれる大いなる激情だったが、その刃に損傷は無い。

 

 反発しあう衝撃に小柄なヴィータの身体が飛ばされるが、ディルムッドはありったけの魔力を脚部に回してその場に踏み留まると、そこから強引に踏み込んでヴィータとの距離を詰める。ミシリと嫌な音が聞こえたがそれを無視して左手の槍を突き出した。

 

「必滅の……黄薔薇!!」

「うぁっ?!」

 

 黄色の刃がヴィータの右太股に吸い込まれた。そこは予め破魔の紅薔薇の力で破壊していたバリアジャケットの隙間―――

 

「ヴィータ!!」

 

 デバイスを砕かれたヴィータを援護しようとこちらに駆け寄ってくるシグナム。ディルムッドが破魔の紅薔薇を手放した事で接近することに警戒が無くなったのだろう。

 

 この瞬間こそディルムッドの狙っていた時。紅槍の強力な効果に気を取られ過ぎた彼女は生命に取って本当に恐ろしい存在は、その左手の黄槍である事にまだ気が付いていない。

 

 小なる激情を開いた右手に呼び出してその攻撃を受け止めるのではなく、受け流す。加速をつけたまま攻撃を流されたシグナムはバランスを崩すがすぐに体制を立て直す。

 

 普通なら隙にもならぬ刹那の時間。そこに生まれた僅かな身体の反応のズレは百戦錬磨の英霊にとっては十分に付け入る隙となる。

 

 かつてのアルトリアと同じようにシグナムも迫りくる黄槍の刃に反応し、回避に移っていたが間に合わず、呪いの一撃が左腕を貫いた。

 

「――――ようやく通したぞ……守護騎士よ」

 

 シグナムが後退したタイミングを見計らい、小なる激情を虚空に戻し、その手から離れた破魔の紅薔薇と大いなる激情を回収し、再度紅槍を握り締めて高らかに宣言する。

 

 戦闘開始から十三分。この瞬間追う者と追われる者の立場が一転したのだった。

 

 

 




ディル君大活躍。

さてアンケートにご協力願いたいのですが。

このSS、ストライカーズ編に入った時の展開ですが、二つ考えがあります。
とある二名の原作キャラを介入させるつもりなのですが、その時期を

1・三期開始時もしくはその最中か
2・三期終了後にオリジナル話でも考えてそこに出すか

の二択です。誰を出すかはあえて言いませんが、第四次聖杯戦争にゆかりある敵味方の男女です。

1の場合はオリジナル的の登場もありえます。パワーバランスが崩壊する恐れがあるので。

バレバレの気がしますが、謎の二人をいつ出すか悩んでますので、一言評価もしくは感想でお願いします。

いらないって方もいるかもしれませんが、作者的には出したいのですよ。

期間は一週間で締め切ります。

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