――12月18日――
「左手の筋をやられたか……。シャマル、治してくれ」
戦闘開始十三分。後二分で転送術式が展開するという状況で、左手の自由を奪われたシグナムが治癒を頼む。
「うそ……回復が効かない?!」
「なんだと?」
「んなっ?! どーいうことだよ!」
回復魔法を施そうとしたシャマルが信じられないといった様子で呟き、負傷した二人が問い返す。
二人が動揺するのは当然だろう。魔力を使って止血はできてもその状態を維持するのに魔力を消費する上、肉体の損傷はそのままである。
シグナムは左腕で剣を強く握る事はできないし、ヴィータは左足の自由を失った状態なのだ。全快の状態で拮抗していたというのに、これでは戦力比が大きく崩れる事になるのだから。
「呪槍、必滅の黄薔薇。この槍で受けた傷は決して癒える事は無い」
対象的にその理由を知るディルムッドは冷静に告げる。必滅の黄薔薇は同じ相手と長期に渡って戦う場合に絶大な威力を発揮する呪いの槍。人間であれば一度食らうだけでも死に至る恐れのある非常に凶悪な宝具である。
「今すぐ結界を解除し、投降するなら呪いを解く」
それを解除するには担い手であるディルムッドの死亡か必滅の黄薔薇の破壊なのだが、それを教えてはならない。
簡単な話、それが知られれば交渉の余地も無く、呪い解除の為にどちらかを狙うはずだからだ。
前者のディルムッドの殺害は負けなければ回避できる。後者は黄槍を霊体に戻せば破壊されないかもしれないが、それができない事がこの半年間で判明している。
黄薔薇の呪いは傷を与えてから槍が現界している間という制約が存在していたのだ。
槍の性質を調べる為と管理局相手に一度黄槍を使わされた事があった。しかし霊体に戻した時、治癒力が大幅に落ちたままではあるのだが呪いが解除され、傷が癒えてしまえばその影響が完全に消えるという結果になったのだ。
原因はわからないが可能性として浮かぶ理由は、実体を損なった瞬間に槍と呪いを与えた相手との縁が途切れるからではないか。と実験を行った管理局の研究員が言っていた。
世界の抑止力か自身の身に起きた変化かはわからないが、自身の切り札に制約がかかるのは余り歓迎できない。
とはいえ文句を言ってもどうしようもない以上、そういうものだと受け入れなければならないだろう。
それはともかくとして、その事実は口に出さなければ相手には伝わらない。守護騎士にとってはディルムッドが呪いを解除する権限を持っており、自分達の明暗を握っているとしか思えないのだから。
予想通り彼女達は止血を施す事はできていた。魔法プログラムによる肉体はサーヴァントを構築していたエーテルと酷似しているのかもしれない。出血死の恐れが無いのならば問題なく、必滅の黄薔薇の呪いを盾に交渉する事ができる。
両者が対峙する事二分が経過した。その瞬間ディルムッドの身体を光が包み込む。
「転移?! くっ……最初からこれが狙いだったか!」
背後でシャマルが術式を展開している事に気がついてはいたが、転移魔法であったとは予想していなかった。
それに気が付いたとしてももう遅い。対魔力Dに堕ちたこの身ではここまで強力な転移魔法に抵抗する術は無く、ディルムッドの身体は守護騎士と共に見知らぬ大地に飛ばされてしまった。
結界が解除されなのは達と武装局員が現場に辿り着いた時目にしたのは、凄まじい破壊の痕跡を残す無人の公園の姿であった。
―――――――――――――――
ザフィーラは最悪の状態に舌を打つ。
確かにディルムッドを予定通り未開惑星に転移する事に成功はした。しかしその結果こちらが負った代償はあまりに大きい。
シグナムとヴィータが回復不能の傷を負わされ、戦闘行動を続行できない状態に追い込まれたのは戦いを始める前よりも厄介な状態といってもいい。
とはいえここまでの戦闘が無駄であったかといえばそうでもない。現状だけを見るならば確かにこちらが痛手を負ったように思える。しかしディルムッドは守護騎士四人と拮抗する代償として、切り札である武器四つのうち三つの特性を晒した。
今回守護騎士が押されたのはディルムッドの強さによるところだけではなく、彼の強力な武器の能力が殆ど初見であった事が一番である。黄槍の能力を知らなかったが故に紅槍を警戒し過ぎた事が今回の結果を招いたと言っていい。
それを理解していたからこそディルムッドは黄槍の能力を直前まで隠し、必殺の瞬間までそれを温存していた。
そうして守護騎士に最大の損失を与えることに成功したが、ディルムッドは情報というアドバンテージを殆ど失った上、ここまでの戦闘によるかなりの疲労、さらには先ほどのヴィータへの攻撃の反動によるダメージを負ったのか、左足を庇うような様子もあった。
『シグナムとヴィータは先に戻れ。私とシャマルでどうにかする』
ディルムッドに伝わらないよう、念話で二人に呼びかける。負傷した二人では満足な戦闘は行えないだろう。ならば黄槍の呪いを受けていない自分と回復を施せるシャマル二人で戦った方が良いと考えた。
こう言った呪術の類を解除する方法は術者が自ら解除する以外に、術者の撃破か呪物の破壊が考えられる。
解除の条件である投降を受けるわけにはいかない以上、どちらかを実行する以外にてはないだろう。
『大丈夫だ! あたしはまだ戦える……!』
『無茶をするな……それに主の方も気がかりだ』
ディルムッドの阻止に成功したとはいえ見舞いになのはとフェイトが来るのだ。油断する訳にはいかない。目の前の男と一対一を行う危険性は十分に理解した上での判断だった。
『……すまない』
『……やられんじゃねーぞ!』
万全に戦えないことは怪我を負った本人が一番理解している。だから二人はザフィーラの言葉を受け入れ、転移魔法を使い地球へ帰還した。
「ただ俺を転移させたかった……という訳ではないだろうな……管理局の眼の届かぬ地に俺を隔離しようとしたのか?」
僅かに思案した後、ディルムッドはすぐに守護騎士達の狙いを看破した。肉体がダメージを負っていても思考に歪みは無い。
「流石というべきか。すぐ理解したか」
「だが必滅の黄薔薇の呪縛がある以上、引く訳には行かぬといったところか……こちらもこのような手は使いたくない。管理局に降ってはくれないか?」
「断る。我ら主の為にここで立ち止まる訳にはいかんのだ」
「はやての為にも引け。貴様らが進んでいるのは破滅の道だ」
「それを我らが信じると?」
相容れない二人。同じ者を想いながらも、それぞれが信じる物が異なる故にその道が交わることが無い。そして同時に飛び出し、互いに譲れない意思を賭けて蒼い拳と紅と黄の槍が交差する。
「改めて名乗らせて貰おう!フィオナ騎士団の輝く貌のディルムッド! 民の為にもこの勝負勝たせてもらう!」
「ヴォルケンリッター、盾の守護獣ザフィーラ! 主の為にこの命を捧げる!」
互いが己の誇りと名を賭けてぶつかり合う。
「くっ! 容易く攻めさせてはくれぬか……!」
攻撃を回避しながらザフィーラが呻いた。ディルムッドは迫り来る拳を驚異的な動体視力で見切り回避する。だが先ほどの戦闘で脚を負傷しているのもあり、スピードで翻弄するという得意戦術を封じられている。
その為その場に留まりながら二槍を操り、回避が難しい攻撃や懐に入られる瞬間だけバックステップして体制を立て直しながら追撃を行うというスタイルに切り替えている。
「そちらも決め手を入れさせてくれんな!」
ギリギリの勝負に高揚感を抱きながらディルムッドが愉しげに笑いながら攻撃を繰り出す。
対するザフィーラは二槍の効果範囲が切っ先だけであるという事を見抜き、太刀打の部分を手甲で弾く事でダメージを防ぎながら黄槍の破壊を狙っていた。
とはいえ必滅の黄薔薇を一撃でも浴びればそれが決定的なダメージになる危険性を考え、迂闊な攻撃を行えない上に障壁無視の紅槍の警戒も同時に行っている為、決定打を打ち込めない。
「守護獣の誇りにかけて主の為に勝たねばならないのだ!」
「真の忠義が主君を殺すなどあってはならない!」
二人の騎士の戦いは熾烈を極める。
戦いの経験はザフィーラが上回るが、過去の記憶を継承していない事もあり、依然ダメージを負ったディルムッドが優勢を保っている。
迂闊に手を出せばどう均衡が崩れるかわからないので、シャマルは迂闊に手を出せず回復に専念しており、事実上一対一のまま戦いは続く。
しかしそれは唐突に終わりを迎える事となる。
(……覚悟を決めねばならぬ……か)
黄槍の破壊を狙いながら攻撃を行っていたザフィーラが内心で一つの決意を決めた。
ディルムッドはこちらの狙いをわかっているのだろう。黄槍による攻撃を繰り出しながらもザフィーラが破壊しようと僅かにでも動けばそれを見抜き、黄槍を引き、紅槍による攻撃を行ってそれをさせない。
黄槍の破壊を狙っていることに気が付きながらも先程の剣のように姿を消さない事から、それが呪いを継続させる条件である事もわかる。
とはいえザフィーラの拳を何度も受けながらも砕けぬ紅槍の様子から、黄槍が生半可な攻撃では破壊できないことも理解に難くない。事実黄槍に何度か攻撃を撃ち込んだが、呪いの槍は傷一つ付かず、ディルムッドの手に握られている。
だがディルムッドの破壊を警戒した様子からそれが破壊不可能な代物ではない事もまた事実なのだろう。
最大の一撃を打ち込む。それこそが簡潔にして唯一、ザフィーラにできる破壊する手段。
それを成すにはこちらの間合いにディルムッドを引き込まなければならないが、それを許すほど彼は甘くはない。だが一つだけその距離に引き込む手段をザフィーラは思い付いていた。
ディルムッドはこちらが回避せざるを得ない攻撃を繰り出す時がある。その一撃が向かうのは人体急所。受ければ回復しても助からない致命的な部分への刺突だ。
破魔の紅薔薇は障壁を貫くのでガードという選択肢は選べない。しかし攻撃を通せば命が危うい。つまりザフィーラが回避する事を前提においた物だ。
回避不可能なタイミングではけして放たない攻撃を撃つ理由は牽制と体勢を崩す事を狙った物。ディルムッドはザフィーラが回避すると信じている。それはザフィーラが死に怯えているからと考えての物では決してない。主の元に生きて帰るという守護騎士の決意を信じての行動だ。
それが唯一の打開点を生む。そしてザフィーラは動いた。
――――――仲間を生かす為に
―――――――――――――――
(ちっ! やはり殺さないというのは厳しいな……!)
ザフィーラの猛攻を凌ぎながら内心で呟く。生死を賭けた戦いは否応無くディルムッドの闘争心を震わせ精神を高揚させるが、楽しんでばかりもいられない。
殺意を込めた一撃を放ちつつも致命傷を与えないように立ち回るのはかなり困難を極める。殺さないというのは下手な戦いよりも難しいのだ。
実際、最初から殺すつもりでいたならば、誇張表現でも見栄でもなく転移魔法で飛ばされる前に戦いは終わっている。
すでに数え切れない程に殺す機会はあったのだ。それを理解し、こうなる事を覚悟した上で全て見逃した。
その場合は必滅の黄薔薇ではなく破魔の紅薔薇と大いなる激情の組み合わせが理想であり、黄槍を維持するという面倒を負う必要も無かったのにも関わらず。
「破魔の……!」
ザフィーラが黄槍を狙うモーションを見せたので、右手の紅槍の切っ先を相手の心臓に向ける。
回避しやすい一撃だが相手は回避せざるを得ない。神秘による特殊な守りか堅牢な城壁のごとく硬い鎧が無ければ止める事ができないからだ。
「紅薔薇!!」
それをわかっているからディルムッドは大振りに必殺の攻撃を放つ。真紅の刃がザフィーラの心臓を穿とうと伸びていき――――
「ごふっ……!」
「なっ?!」
それをザフィーラは回避することなく受け入れ、それどころかそのまま心臓を穿った刃を無視して踏み込むとディルムッドの懐まで潜り込むと黄槍を左手で掴み取る。
「―――ようやく掴んだぞ……ディルムッド・オディナよっ!!」
「しまっ――――」
そう叫ぶとザフィーラは己の命の力を込めた渾身の力を左手に込める。
――――キィンッ!!
美しい音色が周囲に響き渡り、呪いの黄槍が砕け散った。
「お前……!」
「槍の呪縛……断ち切らせて貰ったぞ……フィオナの騎士よ……」
どれ程の治癒魔法があっても、心臓を穿たれては回復は間に合わない。助からない致命傷を負ったザフィーラだが、その眼の光は消えていなかった。
「……その覚悟、見事であった。気高き盾の守護獣よ」
彼の覚悟を見誤った己の行動が引き起こした悲劇。だが仲間の為に己の命を賭けたその高潔な魂にディルムッドは敬意を払う。
そしてそれに応えようとザフィーラが口を開いた瞬間―――彼の胸を何かが貫いた。
驚き、反射的に後ろに下がったディルムッドが見たのが、ザフィーラの身体を貫き、その身からリンカーコアを抉り出した禍々しい生体装甲に包まれた左腕だった。
それはなんの慈悲もためらいも無く魔力を蒐集していき、リンカーコアの輝きを奪う。そして声を発することも無く……誇り高き獣はディルムッドの前から姿を消した。
「蒐集完了。闇の書の完成に近づいたわね」
そしてディルムッドの視線の先にはザフィーラの命を喰らった腕の持ち主が呟いた。
「……誰だ。貴様は」
そこにいるのはここに来てから守護騎士達と共にいた女性シャマル。しかし身に纏う気配は全く異なる存在だった。
「私は貴方にとって現在であり未来であり過去の存在。アヴェンジャーのクラスのサーヴァント」
「ふざけているのか? サーヴァントは七騎のみ。それ以外のクラスは―――」
「ふざけていないわ。貴方にとって過去と未来の聖杯戦争に私は召喚されました」
その目は嘘をついているようには見えない。
アヴェンジャーと名乗る女性……シャマルの持つ武器と気配はデバイスは大きく変貌していた。
金色の指輪の面影はなく、禍々しく獣のそれを思わせる鋭利な爪と一体化した褐色の手甲がその両手を覆っている。
第八のクラスなど聖杯の知識には無い。それ以前に守護騎士である彼女がサーヴァントであるなど素直に信じる事などできないだろう。
「本来なら殻を被った私の意思は表に出る事はできないのですが……仲間の死によって動じた隙を突いてこのように意思を表出させました」
「殻……? どういう意味だ? 貴様は彼女の人格を乗っ取った訳ではないのか?」
「同化というのが近いですね。元々私は虚無。故に私自身の意思は無く、殻の人格の暗黒面が表出した……と言う具合です」
冷酷な感情を感じさせない声でアヴェんジャーはそう告げる。召喚されたサーヴァントには語られない真実があるのかもしれない。
聖杯戦争に関してそこまで詳しい知識を持っている訳ではない己がそれをあり得ないと断じる事はできないだろう。
「……貴様が未来のサーヴァントと言うならば問いたい事がある……我がマスターと……ソラウ殿はどうなった……聖杯は誰の手に渡った?」
己を捨て、忠義を汚した相手でも槍を捧げた彼らは主である。その生死は気がかりであった。願わくば生きていて欲しいと。
「死んだわ。そして聖杯はセイバーが破壊し、第四次聖杯戦争は勝者なき戦いになりました」
しかし、アヴェンジャーは慈悲もなく、冷たい真実を告げる。それを聞いた瞬間、ガクリとこれまで守護騎士との戦いでも決して付くことがなかった膝を付いた。
また……守れなかった。その真実は騎士の心を切り刻む。
「その手の外装は宝具なのか?」
だが、失意に沈む暇はない。敵は目の前にいるのだ。死ぬ訳にはいかない。フェイトに与えられた聖誓がディルムッドの心を絶望の闇から救い上げ、立ち上がらせる。
「いいえ。これはただの武器です。『
「その名……アヴェンジャー、まさか貴様の真名は!」
告げられた武具の名からディルムッドはアヴェンジャーに辿り着く。その名はゾロアスター教にて語られる対となる悪神の名。そこから導き出される名は一つしかない。
「
絶対悪の象徴たる名を持つサーヴァントが宿った女性はそうやって静かに名乗った。
「五つの分霊……?」
「これ以上語ることも無いでしょう。それでは失礼します」
そう言って話を切り上げるとアヴェンジャーの足元に魔方陣が展開される。それが転移魔法だと気が付いたディルムッドはそれを阻止しようと破魔の紅薔薇を構えて駆け出す。
ここで取り残されてしまったらどうしようもない。
アヴェンジャーは迫るディルムッドの槍を右歯噛咬に守られた右掌で防ごうとして―――そのまま武器ごと彼女の手を貫いた。
苦痛に表情を歪ませながら突き出された左手の左歯噛咬の爪先が、ディルムッドの喉を貫こうと迫り、ディルムッドが反射的に後ろに飛んでそれをかわす。
その際に右手を貫いていた紅槍が引き抜かれる。しかし、それこそがアヴェンジャーの狙いだった。
「―――
アヴェンジャーがそう呟いた瞬間、ディルムッドは破魔の紅薔薇を取り落とした。
宝具『偽り写し記す万象』は「報復」という原初の呪いを宝具化したその力は、自分の傷を傷を負わせた相手の魂に写し共有する事ができる。
傷の再現はできないがアヴェンジャーと痛みを直接魂に刻み込むこの宝具はどれ程の対魔力を持ったサーヴァントでも防ぐことはできない。
突然掌を貫かれた痛みが突然襲ってくれば流石に耐えるのは難しい。左手で取り落とした破魔の紅薔薇を掴んだディルムッドだったが、その隙を突いてアヴェンジャーは転移していった。
「くっ……そ……!」
右手の激痛と身体中の傷……そして極限の緊張状態から解放されたディルムッドはその場で意識を手放した。
―――――――――――――――
アヴェンジャーは八神家に転移した直後、その意識を深層に隠した。
「―――あ……」
その瞬間シャマルからはアヴェンジャーとしての記憶が消え、ザフィーラを失った悲しみが優しい彼女を襲った。
ザフィーラが紅い槍に貫かれた瞬間からの記憶が曖昧だったが、おぼろげながら覚えている……致命傷を負ったザフィーラのリンカーコアを蒐集したことも。
「……シャマル」
そしてそれは待っていた二人にもその事実が伝わっていた。
沈痛な面持ちでこちらを見るシグナムと俯いたまま一言も発さないヴィータを前にしてシャマルは何も言うことができない。
沈黙が周囲を包む中、彼女達の心理を映したようにポツリポツリと雨が降り出し、それは大雨に変わる。
降り注ぐ雨は彼女達の頬を伝う水滴も流す。
「ザフィーラのリンカーコアは蒐集されている……ならば闇の書が完成すれば奴を元に戻すことも可能なはずだ」
守護騎士が斃された時に備えて闇の書にはバックアップシステムも存在している。本来ならば記憶を受け継ぐ事はできないのだが、こうして撃破される前に蒐集を行っていた場合は直前の記憶を持ったまま復活させる事も可能だ。
「闇の書を完成させる……そうすりゃザフィーラも帰ってくるし、はやても助かる……!」
俯いていたヴィータがそう決意を表し、二人もそれに応じる。
―――――冷たい雨が降り頻る寒い冬の空
守護騎士の心に何人たりとも揺らがせる事のできない決意が生まれてしまった。
―――――――――――――――
「ふっ……くっ……!」
その日の夜。一人きりの病室ではやては自身を蝕む痛みに一人で耐えていた。
今日はすずかとアリサが尋ねてきてくれたお見舞いに尋ねてきてくれた。なのはとフェイトが急用で来られなくなかったのは残念だったが、それでも友達が見舞いに来てくれるのはとても嬉しく、はやて達は楽しく談笑していた。
その最中に突如襲い掛かってきた喪失感と痛み。彼女はそれらを気丈に振舞う事で周囲に悟らせなかった。しかし徐々に痛みは増大していき、とうとう堪え切れなくなってしまったのだ。
それでも周囲を心配させまいと耐えていたはやてだったが、ふと傍に誰かが立っている事に気が付き、そちらに視線を向ける。
「クロ……?」
そこにいたのは漆黒の鎧を纏った騎士。先日姿を消してシグナム達が探していると言っていた人物だった。
漆黒の騎士は無言ではやての傍に歩み寄ると、左手の鎧を消失させ、薬指に付いていた指輪を抜き取ると、それをはやての指に通した。
「あ……」
その瞬間、先程まではやてを蝕んでいた苦痛が消える。
「……ギネヴィア様より賜った魔除けの指輪だ。その身を蝕む呪いを消す事は叶わないが苦痛を和らげる事はできる。常にこれを身に付けていれば当面は耐えられるはずだ」
「え? クロ、喋って……」
左手の鎧を戻しながら漆黒の騎士がそう言い、初めて聞く声にはやてが戸惑いを見せるが、彼はそれに応じずクルリと背を向けた。
彼がここに来たのはこの指輪を渡す為であり、それ以上の理由はない。彼に対魔力Cを付与していたこの指輪は宝具とまでは行かないがかなりの力を持っており、これがあればある程度の魔力によるダメージを軽減できる。
愛する人との唯一の絆を手放す事に抵抗は無かった―――といえば嘘になるが、これで少女が苦しみから逃れられるなら安いものだろうと漆黒の騎士は考えていた。
いつか彼女が闇の……いや。夜天の魔導書の呪いから解放されてこの指輪が不要になった時にでも返して貰えばいい――と。
「まっ……待って!」
去ろうとする騎士をはやては呼び止めると彼は足を止めてくれた。しかし何を話せばいいのかわからない。
「名前……本当の名前教えてくれへん?」
必死に考えて思いついた言葉はそれだった。彼女は知りたいと思っていた。彼の口から本当の名前が知りたいと。
僅かな逡巡を見せた黒騎士だったが、はやてに背を向けたまま自身の名を口にする。
「……ランスロット。王も、愛する人も、友も……全て失った愚か者だ」
そう答えると制止するまもなく、漆黒の騎士ランスロットは闇へと解けて込み消えていった。まるでこの出会いが幻であったかのように。
残されたはやての指には今の出来事が幻ではないと告げるように、月の光を浴びて指輪が輝いていた。
アヴェンジャー(シャマル)のイメージ補足
・手甲は.hack//G.U.のハセヲ3rdの手をイメージしてください。
・喋り方はサウンドステージの昔のシャマルな感じでどうか。
・アヴェンジャーは三次の時は宝具なし、四次の時はただの泥だったのでディルの時には本当は宝具持ってませんが、この設定により持たせてます。
・アヴェンジャー本来の人格はかなーーーーり下品ですが、あんな美人にあんな口調させたくないのでこうしました。
・アヴェンジャーの意思が潜んでいる間はいつものクラールヴィントを使う素敵なシャマルさんです。
はい。ザッフィー一足先に脱落です。蒐集されてるので死んではいないのです。
正直言いますと、シャマルの聖杯の泥の汚染設定をどうしようか悩んでまして、それでこんな感じにしました。アヴェンジャーの設定理解するためにわざわざホロウ買ってプレイしたのです。
……まぁ前々からやりたかったのでこのSSの為って言うと嘘になりますが。
最終決戦まで登場機会が消えた主人公。そしてクールに去るランスロット。どうしてこうなった。