忠義の騎士の新たなる人生   作:ビーハイブ

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今回も難産。いつもよりはちょっと短めですかね。


幸福な夢の中で

 

 

 

 

 

 

 

 

 英霊二騎の奮戦によって離脱の猶予を手にしたイスカンダルが結界の外に出る。

 

 撤退には成功したが、こちらが負った損害はあまりにも大きい。

 

 結界内の様子は視認できないが、膨大な魔力の奔流が渦巻く中で滅びを齎す存在(管制人格とビースト)人類の守護者たる英霊(ディルムッドとランスロット)が激突している気配は結界の外まで伝わっていた。

 

 二人を安全な場所に連れ出す事には成功したが、状況は最悪と言ってもいいだろう。

 

 ディルムッドが宣言した時間は三分だが、それはあくまで最大で彼の身体が持ちこたえる事の出来るという意味だ。故に与えられた時間で最大限に思考し、打開策を考えねば二人の犠牲が無駄になる。

 

 イスカンダルはこの三分が絶対時間であると疑っていない。自らが認めた騎士が約束した時間を守らない事などあり得ないと一種の信頼を持っていたからだ。

 

 とはいえ現状の戦力ではこの劣勢を打ち破るのは不可能に近いとイスカンダルは考えていた。

 

 勿論単純な戦力という意味では、自身の率いた最強の兵を顕現させる王の軍勢を持つこちらが圧倒的有利ではあるだろう。

 

 だが、この戦いで求められるのは数の暴力ではなく、必殺の一手を持つ個である。

 

 だから先ほどは固有結界の展開をせず、神威の車輪による援護に徹し、切り札を温存する方向で戦っていた。

 

 それでもあの状態で互角どころか優勢に戦闘を進める事が出来たのは、軍団に匹敵する魂と強さを持つ英霊二人と、強大な魔力を持つなのはとフェイトという軍勢をイスカンダルが指揮をした事で『カリスマ』スキルの恩恵が発動したからである。

 

「ディルムッド……」

 

 フェイトが茫然自失と呟く。ディルムッドが自分を庇って致命傷を負った事でフェイトの精神は何とか崩壊はしていないものの、とても戦闘継続できる状態ではない。

 

 この状態の子供に戦いを強要するような酷な真似はできない。無理に戦わせて死なせる事になれば、それこそディルムッドの行動が無駄になってしまう。

 

「フェイトちゃん……」

 

 反対になのはは戦闘継続の意思を持っていた。これは別に彼女が冷酷なのではない。目の前で友が致命傷を負ったというのに何も出来ずに逃げる事しかできなかったのだ。本当は彼女も泣きたいはずである。だがなのはは彼が最期の力を振り絞って自分達を逃がしてくれた事を無駄にしない為に、折れそうな心を支えて前を見て、折れてしまった友を気遣っているのだ。

 

(小娘……いや、なのはと言ったか。見事な強さである)

 

 イスカンダルは目の前の少女から民草の希望となる者。英雄の資質を感じた。征服王は高町なのはという存在を認めたのだ。年齢などは関係なく、純粋に臣下に欲しいと思えるほどに。

 

 別にフェイトが弱いとは思っていない。今はイスカンダルが生きた常に生死を賭けていた戦乱の世ではないのだ。平和なこの時代では自身や友が死ぬなど常に想像している者はいないだろう。

 

 それを考えれば目の前で親しい者が死んだフェイトの反応はむしろ歳相応の反応であろう。

 

(だがその強さを持つのは早い)

 

 だからイスカンダルは認めると同時に高町なのはを否定した。自己の心を殺し、己を蔑ろにして他人を救う事ばかりを考える。騎士王を思わせる姿に僅かに眉を潜めるが、今はそれを考えている余裕が無いと思考を切り替える。

 

「足りぬな……」

 

 戦力はイスカンダル自身となのはだけ。仮にビーストか管制人格を二人が道連れにしていても厳しいだろう。

 

 この戦いはイスカンダルに利は無い。

 

 しかし、これは自らの意思で参加した戦い。それに敵だったディルムッドとランスロットが己を信じて剣を託され、止むを得なかったとはいえそんな彼らを死地に残して下がってしまった。

 

 英傑両雄を犠牲にして己だけむざむざと敵に背を向けるほど、征服王イスカンダルの誇りは安いものではない。

 

「フェイトッ! ……ってあんたは?!」

「む?」

 

 そんな事を思っていると第三者の声が響き、そちらに視線を向けるとそこには転移魔法で飛んできたアルフ、ユーノ、クロノの姿があった。

 

「……何があった?」

 

 虚ろな眼……かつて母親にその存在を否定された時と同じ眼をしているフェイトを見て、クロノが尋ねる。

 

 原因がイスカンダルだと思っているのか、アルフは駆け寄ってチャリオットに座っていたフェイトを抱きかかえて離れた後、こちらを睨みつけてきた。

 

 答えようとしたイスカンダルだったが、残酷な事実を告げようとしたところでピタリと止まった。

 

 結界の中に点在していた四つの強靭な魂のうち三つの気配がほぼ同時に消失し、残った一つが膨れ上がったのを感じ取ったのだ。

 

「彼奴め……二人の魂を喰らいおったか!」

「なんだ……! この出鱈目な魔力は!」

 

 イスカンダルが叫んだと同時に結界の中から三つの魂を吸収した存在、管制人格が姿を現す。その存在感、魔力は尋常な物ではなかった。

 

 オーバーSなんて言葉では言い表せない莫大な魔力を感じてクロノが戦慄する。

完成した闇の書に加えて、ランサー、バーサーカー。そしてアヴェンジャーと三騎の英霊の魂を獲得しているのだ。

 

 破滅を撒き散らす存在が人を超えた者を取り込んだ。その結果どうなるかなど嫌でも理解させられてしまう。

 

「ディルムッド達の魂を喰らったのだ。当然であろうな」

「何だと……?」

 

 信じられない事を聞いたという表情を浮かべるクロノ達を無視してイスカンダルは目の前の敵と対峙する。

 

()()()が……! ディルムッドを……!」

 

 するとアルフの腕の中で虚ろな眼をしていたフェイトが明確な感情を浮かべて管制人格を睨み付ける。彼に致命傷を与えたのはビーストであるがそんな事は今のフェイトには関係ない。

 

 管制人格から生まれた存在がディルムッドに死の一撃を齎し、挙句にその魂を飲み込んだ――――その事実だけでフェイト・テスタロッサという純粋な少女の心を憎悪という黒い悪意が穢すには充分だ。

 

 普段の彼女であればここまで心を闇に飲まれる事はなかっただろう。しかし、彼女が憎しみを向けている闇の書はこの世全ての悪を取り込んだ。

 

 人々の悪意、その全ての体現者と化した管制人格はフェイトの憎悪を肯定し受け入れてしまう。

 

 フェイトの心に生まれたビースト(小さな悪意)は八神はやてに感じていた友情をも喰らい膨れ上がっていき、その清廉な心をどす黒く染め上げる。

 

「うあぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 明確な殺意を自覚したフェイトがをアルフの腕から飛び出し、ハーケンフォームに変化させたバルディッシュで管制人格に斬りかかるが、その渾身の一撃を管制人格は呼び出した武器で防ぐ。

 

「あ……」

 

 追撃しようと構えたフェイトだったが、管制人格の手にあった武器を見て動きを止めてしまう。

 

 その僅かな硬直を見逃さず、管制人格が武器の切っ先が向けるが、フェイトは障壁を展開しない。それが無意味だと知っていたからだ。

 

 何故ならその手に在ったのはフェイトがずっと見ていた少年の持つ真紅の魔槍だったのだから。

 

「フェイトちゃん!」

「フェイト!!」

 

 無情にもその真紅の刃がフェイトの心臓を貫く直前、闇の書の手に魔力弾が着弾、それと同時にフェイトの身体が緑の鎖に捕らえたかと思うと一気に皆の元に引き寄せられた。

 

 なのはがアクセルシューターで管制人格を攻撃し、怯んだ隙にユーノがチェーンバインドでフェイトを攻撃範囲から逃したのだ。

 

 未だに睨んでくるフェイトを無表情に一瞥した管制人格が左手を掲げる。するとその手と周辺に金色の魔力が収束していく。

 

 フォトンランサー・ジェノサイドシフト。フェイトを蒐集した事で手にした魔法を闇の書が自身に合わせて調整した広域拡散射撃魔法である。

 

―――ビキリと嫌な音が周囲に響く。管制人格の周囲に球体が形成されていく事に、街を覆っていた結界がひび割れ、崩壊を始めているのだ。

 

「結界に使っていた魔力まで集めている?!」

「結界も無い状態であんな攻撃を撃ったら……!!」

 

 最悪の予感にユーノとクロノが戦慄する。足元の結界はすでに崩壊寸前で、そんな状態であの攻撃が放たれてしまえばこの街は消滅するだろう。

 

 それを阻止しようとクロノ達が動いたが、それよりも先に管制人格の魔法が完成し、破滅を引き起こす死の一撃が放たれる――――― 

 

「集え! 伝説の勇者達! 王の軍勢!!」 

 

 イスカンダルが英霊の座にいる幾千の朋友に一斉号令をかけた。

 

 その瞬間膨大な魔力の奔流が、泣きそうだったなのは、憎悪に飲まれていたフェイト。そんな二人を援護しようとしていたユーノとアルフ、師から託された切り札を発動しようとしたクロノ。

 

 そして、多くの生命を消し去ろうとした管制人格までもが、晴れ渡る蒼穹と熱風吹き抜ける広大な荒野と大砂漠へと吸い込まれていった。

 

 後に残されたのは結界が失われて動き出した、クリスマスイブの夜を過ごす人々の穏やかな日常の姿だった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

「っ……!」

 

 木漏れ日から溢れる光にディルムッドが目を潜める。

 

 

―――俺は何をしていたのだろう?

 

 

 記憶に霞がかかっているかのように思い出せない。回りの景色もディルムッドの心が反映したかのように朧気で曖昧だった。

 

「どうしたの? ディルムッド?」

 

 隣から聞こえてきた声に振り向くと大切な人の姿があった。

 

「すまないグラニア。少し考え事をしていた」

「疲れているの? 休んだ方が……」

「大丈夫さ。それに折角良い天気だというのに室内に籠るのもな」

 

 そう言って隣に座るグラニアに笑いかける。

 

 なんで忘れていたのだろうか。彼女の顔を見た瞬間、霞がかった景色が晴れ、記憶が戻ってくる。

 

 今日は久々に晴れたのでグラニアと共に近くの森に散歩に出かけたのだ。

 

「多少は疲れているがな。フィンの奴が『グラニアを娶ったのだからこれくらい手伝え』と仕事を押し付けてきたからな」

「まぁ」

 

 フィンの真似をしながらそう言うとグラニアが笑った。

 

 グラニアとディルムッドが駆け落ちした事で最初は色々あったが、フィンも今では祝福してくれている。

 

 先日もフィンとオスカーと共に猪狩りに行ったりと良好な関係を築けている。

 

 ディルムッドはゲッシュによって猪以外を狩っていたが楽しい息抜きになったものである。途中で魔猪に襲われたが三人で討伐して事なきを得た。

 

「そういえば先日は君の忠告を聞いて助かったよ」

「貴方が無事で良かったわ」

 

 グラニアの忠告通りに破魔の紅薔薇と大いなる激情を持っていたお陰で助かったものである。もしも当初の予定通りに必滅の黄薔薇と小なる激情で狩りに向かっていればどうなったか。

 

 多少は負傷したものの、フィンの治癒によってそれも直ぐに癒えたので問題ない。

 

 色々あったがそれを乗り越え、かけがえのない友と大切な妻を手に入れた。

 

 ディルムッドは幸せだった。だが幸せである筈なのにどこか矛盾を感じていた。

 

 何か大切な事を忘れている。そんな違和感ディルムッドの中にはあった。

 

「ぐっ……!?」

 

 忘れては行けない何か。それを思い出そうと意識した瞬間、痛みが走った。

 

「そろそろ行きましょう。今日はオスカーと会うんでしょう?」

「……あぁ」

 

 キオクが思い出してはいけないと警告するがココロがその失われた何かを求めていた。

 

 

―――俺は何を忘れている?

 

 

 まるで夢のような幸福の中で、ディルムッドは現実を探す。

 

「……っ?!」

 

 唐突にその脳裏には浮かんだのは、茶色い髪の足の不自由な少女と涙を浮かべて此方を見ている金色の髪の少女。

 

 二人を知っているという確信はディルムッドの中にあった。同時に何か守らなければいけない大切な『約束』をしたという事も。

 

 だがまるで何かが邪魔しているかのようにその顔も、約束も思い出すことができなかった。 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 荘厳なる雰囲気の部屋。その中央に置かれた円卓の席では壮絶なる意見の激突が行われていた。

 

「いい加減にしなさい」

「うるせぇ! 父上のバーカ!」

「なっ! 親に向かって何て口を聞くのですか! あっ! クラレントは返しておきなさい!」

 

 円卓の騎士を束ねる王、アルトリア・ペンドラゴンとその血を引くモードレットの親子喧嘩である。

 

 会議に参加できないモードレットが乱入する事で巻き起こるのだが、もう慣れたのか他の騎士達は温かい目で見ていた。

 

「モードレットは相変わらずですね」

「そう……だな」

 

 隣に座るガウェインが走り去っていくモードレットの後ろ姿を眺めながら苦笑している。それをランスロットも目で追いかけながら相槌を返した。

 

 怒りながらもどこか楽しそうなアルトリア―――

 

 真面目で誠実だが時にズレた行動をとるガウェイン―――

 

 子と認められた喜びを表現できずにいるモードレット―――

 

 他にも回りを見るとトリスタン、ベディヴィア、ガレス、パーシヴァル……他にも沢山の共に戦った円卓の朋友の姿があり、皆満ち足りた表情をしていた。

 

 

――――理想の王の元に集う誇り高き騎士達

 

 

 この光景が夢であると気が付いていた。自らが壊してしまった理想を体現した幸福な夢だと。己には為すべき事があり、目覚めなければならないのだと。

 

現実の自身がどうなっているかは思い出せなくともそれだけははっきりと理解していた。

 

 だがそれを果す為にはこの奇跡の光景を捨てなければならない。ランスロットはそれを躊躇ってしまった。

 

 彼だって英雄である以前に人である。目の前に二度と得る事が出来ない景色があり、ここにいればその幸福を享受できるのだ。

 

 それを姿も思い出せない相手の為に切り捨てる事を躊躇ってしまったとしても罪ではない。だが、同時にその相手を救いたいと決意した事も彼の心は覚えており、それが騎士の心を惑わせていた。

 

 









アルトリア「Fate/stay night出てます」
ガウェイン「Fate/EXTRAに出ております」
モードレッド「俺はFate/Apocryphaだ」
ランスロット「Fate/Zeroに出させて貰いました」

ディルムッド「出過ぎではないか円卓の騎士よ」


公式ではモードレッドはアルトリアに対して敬語だったそうですが。アポクリみたら私にはこんな愛しい子にしか見えなくなりました。

モードレッドがFateキャラでぶっちぎりに好きです。

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