「なん……だ?ここは一体?」
目映い閃光に思わず目を閉じてしまったクロノが目を開くと、信じられない光景が広がっていた
暗い地球の空は跡形もなく消え去り、遮蔽物の一切存在しない一面の大砂漠という悠久の世界に変わっていた。
「これぞ余の最強宝具、王の軍勢。余と臣下の心情景色」
「固有結界か……!」
イスカンダルの力としてその存在をクロノはディルムッドから伝えられていた。
正直クロノは固有結界を幻覚のような物だと思っていたが、いざそれを身を持って体験してみるとそれが間違いであったと知る。
心の風景を展開して相手を引きずり込むなど言われても、
この瞬間までその恐ろしさをディルムッドの世界の魔術を知らないクロノは理解していなかったのだ。
幻覚などではない。今自分がいるのは征服王イスカンダルが支配する世界にいるのだと、はっきりと理解させられる。
「なんて宝具だ・・・」
魔導師を殺す破魔の紅槍、癒しを許さぬ必滅の黄槍といったディルムッドの持つ力とは違った、自身な存在を揺るがすような圧倒的な暴威。
正しい世界をねじ曲げて己の世界を創造する。まさに世界への反逆とも呼べる行為を目の前の男は為したのだ。
「集えぃ!余の朋友達よ!」
イスカンダルの号令が悠久の大地を震わせ、それに呼応し、砂塵の地平線が揺らいだ。
―――――オォォォォォォォォォォッ!!!
王の言葉に呼応して現れたのは無数の軍勢。
それも一人一人が猛者であると肌に伝わってくる。近接戦闘の鍛錬もして少しは自身が付いていたのが馬鹿らしくなるほどである。
「さて坊主。余らが時間を稼いでおる間に策を講じれるか?」
これなら闇の書を倒せるのではないかと思っていたクロノに、イスカンダルがそう尋ねてくる。
「どうしてだ? これだけの英雄がいるならば……」
「世の朋友は確かな強さを持つ。だが余の力の限界として宝具の再現はできん。この意味はわかるな?」
ディルムッドもランスロットも基礎の部分でも一線を画しているがやはりその強さを根幹には宝具が存在している。
それを持たないという事は英雄本来の力を発揮できないという事であり、つまりは決定打を与える事はできないという事だ。
「結界の展開は朋友達が行う故、半数が斃されれば維持できん。アレが相手ではおそらく十分程度が限界であろう」
「いや……充分さ。まずは外の結界を張り直す。僕達を外に出せるか?」
「相分かった。そちらの用意ができたら強く念じてみよ。それに合わせて結界を解く……そこの金色の小娘」
イスカンダルがなのはに気遣われているフェイトに声を掛ける。
「貴様に戦え等とのたまう気は無い……だがな貴様を庇って散った彼奴の意思を無駄にしてやるでないぞ」
それだけ告げるとフェイトが何かを言う前に手を横に振るう。その次の瞬間、クロノ達の前から悠久の荒野は消え、夜の帳が下りた海鳴の空へと投げ出されていた。
「時間が無い。まずは結界を再構築して街を保護するぞ! ユーノ、アルフ! 手伝ってくれ!」
「……わかった」
「う……うん……」
俯いたままのフェイトを気にしていた二人だったが、時間が無い事がわかっているので結界の再展開と強化へと向かい、この場にはフェイトとなのはが残された。
「……なのは」
「うん……」
しばらく沈黙を守っていたフェイトがポツリと言葉を呟く。なのはは急かす事はせず、彼女の次の言葉を待った。
「私……戦うよ」
そう宣言するフェイトの瞳には光が戻っていた。さっきまでは取り落としそうだった程辛うじて掴んでいたバルディッシュを強く握りなおす。
「……闇の書さんが許せないから?」
復讐心に囚われていないのはその様子からわかっていたが、フェイトの意思を確認する意味を込め、なのはがそう尋ねる。
「ううん、違うよ。だってディルムッドはきっと……そんな事望まないから」
そんななのはの想像通りの答えをフェイトは返す。
「友達を……はやてを助けたい。ディルムッドだってそうして欲しいって思っているはずだから……バルディッシュ、アレを使おう」
≪Yes sir. Ahlspeiess form.≫
フェイトがバルディッシュを振るうとカートリッジがリロードされ、その形が変化した。
―――アールシェピースフォーム
ディルムッドから学んだ槍術を活かす為にバルディッシュが改修時に設計を依頼したフォームで。刺突に特化した独特な形状を持つ。
柄が短く魔力を放出する杖先の部分も小型化され、穂先となる魔力刃が全体の半分の長さもある。最大の特徴として槍にしては珍しく柄と魔力刃の間に鍔が存在し、槍でありながら懐に入られても競り合えるという特徴を持っている。
これはディルムッドのように通常の槍でも防御も攻撃も完璧に切り替える事ができなかったフェイトに合わせて調整された物だ。
直後、先ほどよりも強力な結界が海鳴市を覆う。するとそれに合わせた様にイスカンダルと管制人格が再び姿を現した。
「ほう……」
先ほどとは打って変わった様子のフェイトを見てイスカンダルがニヤリと笑みを浮かべる。
「意思は固まったようだな」
「はいっ!」
イスカンダルの問いかけにフェイトが力強く応じる。
――――そして再び戦いが始まった
―――――――――――――――
グラニアと一度別れた後、ディルムッドは新緑に包まれた森の中で友を待っていた。
「思い出せん……」
夢と現―――まるで自分がその境界にいるような曖昧さがずっとその身を蝕んでいる。まるで自分が心地良い夢の仲にいるような――――
「っ?! フェ―――」
その瞬間、自己が揺らぐような恐ろしさがディルムッドを襲い、同時に何かを思い出すかのように――――の名前を口に仕掛けた。
「……今……のは?」
先ほどグラニアといた時いた少女の姿が浮かんだ。今度はその名前と共にである。
――――――思い出す必要はありません
掴みかけた消えた記憶の手がかりとなる名を掴もうとしたが、脳裏に響く声がそれを阻む。
「……そうだな……別に思い出す必要も――――」
「何が必要無いんだい?」
声を受け入れ、思い出すことを止めようとしたディルムッドに後ろから懐かしい声が聞こえた。
声に反応し振り返るとそこには待ち人であった親友のオスカの姿があった。
(懐かしい?)
自身の抱いた感情に戸惑う。懐かしいという程会っていなかった訳ではないはずだというのに。
「君はもう気が付いているんじゃないのか? ここが
「
オスカの言葉が記憶を覆っていた霞を払っていく。
「あぁ……そうか……」
思い出した。
かつてこの時代に生きたディルムッド・オディナは死に、聖杯戦争に参加するサーヴァントとして現界した事を。
そしてそこで敗れた後、何故か異なる世界に飛ばされた自分がその先で戦っていた事。そして闇の書から現れた黒い獣の槍に穿たれた事を。
「ここは英霊の座か?」
槍に穿たれた後の記憶が曖昧であったが、受けた傷は確実に致命傷であった。
ディルムッドは死に、英霊の本体が眠り写し身となっていたサーヴァントが戻る場所である座に戻ったのではないか。
「正確には現世と英霊の座の境界だよ。致命傷を負った君はあの闇の書という存在に肉体を吸収された。
普通ならば器を失った英霊は座に戻るんだが、君の魂は闇の書に囚われてしまった状態なんだ」
座に戻ろうとする力と魂を捕らようとする闇の書の力。二つの大きな力に引き寄せられあった結果、ディルムッドの魂はどちらでも無い狭間に捕らえられているのだと。
「お前は……オスカではないのか?」
「どちらとも言えないね。僕は君の中の記憶にあるオスカを闇の書が再現した存在。だけど同時に英霊の座にいる僕の本体ともリンクしている。サーヴァントに近い存在と言っていいかもしれないね」
ディルムッド・オディナの親友という側面から召喚されたサーヴァントと言ったところかなとオスカが笑いながら言った。
「英雄ディルムッド。君はこのまま心地よい
オスカが問いかけにはすでにディルムッドの答えを確信している響きがあった。だからディルムッドはそれに応じる。
「戻るさ。為さねばならない事が残っているからな」
「流石は僕の親友。君ならそう言ってくれると信じていたよ。再び旅立つ君に力を渡したい」
「……力?」
「ここは英霊の座と繋がっている。だから君の宝具の力を戻す事ができるのさ」
いつの間にかディルムッドの周りに破魔の紅薔薇、必滅の黄薔薇、大いなる激情、小なる激情が地面に刺さっている。その光景は初めてあの世界に来た時の事を思い出させた。
四つの宝具が眩く輝き、すぐに光が収縮する。形状に変化は無いが、放つ力は今までと比べ物にならなかった。
「後はこれは僕個人の手向け……どうか受け取って欲しい」
「っ!! この槍は……!!」
「『破滅の蒼薔薇』……祖父から託されていた神槍だ。僕はもう君を助けて上げられないけど、
君が本当に危険になった時、その槍が必ず僕の変わりに君を救ってくれるはずだよ。祖父も君を見殺しにした事をずっと悔いていたんだから」
「フィンが……」
受け取った蒼く輝く槍を見つめながらディルムッドは呟く。その瞬間槍は消失し、姿を消したが、その存在が己の中に在る事は実感できる。
「恨んでいたのも事実だけどね。君が死んだ後ずっと後悔してた。……僕はそれでも祖父を最期の時まで許せなかった。それが僕の後悔だよ」
「オスカ……」
「……さて! 名残惜しいけど時間が無い。お別れだよディルムッド」
オスカがそう言うと周囲の風景が崩壊を始めた。まるで鏡が割れるように、空に湖に地面に亀裂が走る。
色々話したい事はたくさんあったが、その全てを一言に込める事にした。
「また会おう。我が生涯の友よ」
「待っているよ。僕の最高の親友」
―――――そして
―――――――――――――――
「――――サー・ランスロット」
葛藤するランスロットに優しく声が掛けられる。顔を上げるとアルトリアが穏やかな表情で此方を見つめてる。
「貴方が守った者は
「……そう……ですか」
その言葉を聞いた瞬間、ランスロットは全てを思い出す。既に円卓の騎士達の姿は無く、
荘厳な広間にはアルトリアとランスロットの姿しかなかった。
「私には夢から覚めないという選択は選べないのでしょうか」
「ここにいては貴方が消えてしまいます。私はそのような事を望みません」
「厳しいお方だ」
思わず笑みが浮かんでしまう。
目の前にいる王がランスロットが自身の記憶から再現しただけの模倣なのか、それとも本物なのかどうかは判断できない。
だがそれでも―――目の前にいる王は今のランスロットにとっては確かに己が心から敬愛した御仁であった。
「アーサー王。再び貴方の騎士となる事を認めてください」
ランスロットはかつて苦悩から逃れるために捨ててしまった騎士の誇りをもう一度求めた。
「その願いを受け入れましょう」
アルトリアの元に歩み寄り、魔剣と化した己の剣を差し出すとそれをアルトリアは拒むことなく受け取る。
騎士叙任式――――騎士になるに相応しいと認められた者に行う儀式である。
王の前に跪くと、アルトリアは受け取った漆黒に染まった無毀なる湖光とランスロット自身に祝別の言葉を送る。
宝具化した無毀なる湖光には鞘が無く、佩剣はできないので、そのまま刀身で軽く肩と首を三度打ち、ランスロットの手の甲に接吻を与える。
再び無毀なる湖光を受け取り、眼を閉じてランスロットが誓いの言葉を唱える。
「これは……」
儀礼が終わり眼を開くと、黒く禍々しかった刀身は、在りし日の美しい白い輝きを取り戻していた。
「行って参ります」
聖剣へと戻った無毀なる湖光を携え、アルトリアに背を向ける。この夢から醒めれば王と巡り合える事はおそらくはもう叶わないだろう。だが、もしも奇跡が起きて再び謁見が叶うことがあるのならば。
「貴方の騎士で在ったという誉れに恥じない者となる事をお約束致します」
―――――そう誓いを立て、ランスロットは
英雄は民を救う為に戦場に舞い戻る。
オスカとはフィンの孫でディルムッドの親友です。
常に彼の味方であり、ディルムッドが瀕死になった時は彼を助けようとしないフィンに「ディルムッドを助けないならば俺かあんたが死ぬことになる」と決闘も辞さないと怒り、ディルが死んでからは自身が戦死する直前までフィンに対して怒りを抱き続けました。
かっこいいですねー。できたら彼の宝具を託したかったのですが、残念ながら武器の逸話を持たないので、フィンの槍を受け継いでいた事にしました。
後、以前感想で突っ込まれましたが、魂の概念を組み込んだのにはこんな理由があったりしたのです。
基礎能力が元々高い二人をするには宝具のパワーアップが一番熱いと思い、こうなりました。
フェイトのフォーム名は語呂悪いですが実在の槍です。アールシェピースで検索すると出ると思いますのでご覧になりましたら脳内イメージが掴みやすいと思います。