そして今回も同じような言葉になりますが、五千字と昔より少なめです。
無限に増幅する悪意の獣はすでに現実の世界への侵食を始めていた。
「AAAALALALALALAIE!!」
「くそ!キリがない・・・!」
群がる悪意の獣をイスカンダルが遥かなる蹂躙制覇が蹴散らし、クロノの砲撃が風穴を開けた。
ビルの影、路地裏、明かりの消えた公園。ありとあらゆる闇から怒濤の勢いで街を埋め尽くさんと現れる悪意の獣をクロノ達は全力で倒していく。
「王の軍勢を使えぬのが口惜しいのぅ・・・」
ゴルディアスホイールで敵を消し炭にしながらイスカンダルが顔をしかめてそう呟く。
結界の再構築の時間稼ぎの為に発動した王の軍勢は既に管制人格によって大多数の英霊が討たれて消失している。
悪意の獣は数と身体能力は凄まじいが個々の守りは脆い。こういう相手にこそ王の軍勢の力を発揮できるのだが、もう一度展開できるだけの魔力は既に無く、神威の車輪で蹂躙していくしかなかった。
現在なのは、フェイトは管制人格の攻撃を抑え、ユーノとアルフはなのは達が全力で戦えるようにと結界の維持に専念している。そして無限に増殖している悪意の獣はイスカンダルとクロノを中心とした武装隊とアースラからの援護によって食い止めていた。
突如として出現した無数の敵に一度は陣形が瓦解しかけたが、イスカンダルが指揮に参加することでスキル『カリスマ』によって武装隊の能力を向上させ、副官に回ったクロノの指揮により陣形を建て直すことができた。
「やはりそうか」
だがそれを考慮したとしても武装隊に一切犠牲者が出ていないのはおかしい。その違和感に気が付いたイスカンダルはその理由を考え、すぐに答えに辿り着いた。
「何かわかったのか!?」
言葉遣いに気を回す余裕のないクロノが高威力の拡散弾で悪意の獣を打ち落としながら尋ねる。
「アレの意識は余と貴様と向こうの小娘にしか向けられておらん」
イスカンダルの言葉にクロノは改めて戦場全体に意識を向ける。すると確かに悪意の獣は回りにいる武装隊には一切目をくれずにクロノがいる場所と管制人格と戦うなのは達に向けて進行しているのが見てとれた。
「一体何故……」
「さてなぁ。だがまずは小娘達に向かう彼奴らを……むっ?!」
クロノがイスカンダルとの会話へと意識が逸れた事によって生まれたほんの僅かな弾幕の隙間を縫って悪意の獣がクロノの元へ飛びかかる。悪意の獣がクロノに喰らいつく直前、咄嗟にイスカンダルが咄嗟にその大きな腕を横に突き出して代わりに受け止める。
「これは……?! まさか余の躯を奪う気か……?!」
「イスカンダル!」
ジワリと何か黒いものが組み付かれた腕から侵食してこようとするのを感じ、悪意の獣の狙いを理解する。
同化を求めてか肉体の支配か。どちらにせよイスカンダルの身を飲み込もうとしていることに変わりはないだろう。悪意の獣はそのままその魂を侵食し、器を得ようと邪気を打ち込まんとする。
「器ヲ……寄越セェェェ!!」
組み付いた悪意の獣が二人の目の前で口を開く。発せられたその声には邪悪な欲と切実な欲望。そして深い悲しみが込められていた。
悪意の獣はこの世全ての悪であるアヴェンジャーの力と負に染まった魂が融合して生み出された存在である。聖杯と高い親和性を持つアウ゛ェンジャーの力は同様に聖杯によって受肉した第四次の英霊と非常に融合しやすい。
つまり掴まれた時点で終わりだと言っても過言ではない。だが――――
「なるほどのぅ……」
「ギッ……ガッ……?!」
悪意の獣はイスカンダルの魂を支配するどころかその魂を汚す事すら叶わなかった。
「その程度で余を喰らおうとするのは無謀であったな」
征服王イスカンダル。彼は多くの文献でその身には最高神ゼウスの血が受け継がれていると語られており、それにより神の血を引き継ぐ事によって付与されるスキル『神性』を有する。
所詮はこの世全ての悪の分御霊でしかない悪意の獣が神の加護を打ち破る事は不可能なのだ。
「ぬぅんっ!」
それでも諦めずに食らい付く悪意の獣をイスカンダルがその豪腕で引き千切り、さらに迫る悪意の獣の群れを神威の車輪で蹴散らす。
「こりゃあちぃと不味いかものぉ……」
とはいえ『神性』の守りも無制限ではない。一匹や二匹なら脅威ではないが、流石に身動きを取れないほどまで組み付かれればイスカンダルとはいえ無事では済まないだろう。
「貴方は一度下がった方がいい! 相性が悪すぎる!」
クロノはこれ以上の交戦は危険だと考え、イスカンダルに下がるように伝える。
確かに神性の加護は強力だが佩刀キュプリオトの剣による斬撃も神威の車輪の攻撃も接触の可能性が高い。
白兵戦においてもイスカンダルにはディルムッドやランスロットのように多数に囲まれても圧倒できる技量はなく、神威の車輪は停止直後の隙が存在する。
「だが余が抜ければお主の負担が重くなるぞ?」
「今貴方を失えば守りを維持できない!」
この混戦の中でも命令系統が維持できているのもイスカンダルという支柱があるからこそである。
大多数対大多数の戦いにおいては特に絶大な効果を発揮するこのスキルの存在がこの拮抗状態を維持させているのだ。
イスカンダルが離脱すればこちらは一気に劣勢立たされるし、取り込まれて悪意の獣が『カリスマ』の能力を獲得すれば敗北は必須であった。
「ならば余は下がろう」
イスカンダルの姿が光に包まれ、アースラと転送されていった。英霊一騎を前線から下げるのは痛手だが、クロノは最悪のシナリオを避ける方を最優先とした。
「やってやるさ……!」
今まで二人で倒してきた悪意の獣が一斉にクロノに向けて迫る。懐にある切り札ではなく、相棒であるデバイスS4Uを握り締めながら眼下に広がる化け物を睨みつけた。
――――――――――その瞳には悲劇の因果を終わらせるという強い信念が込められていた
―――――――――――――――
クロノが奮戦する傍ら、なのはとフェイトもまた激しい戦いを繰り広げていた。
「シュートッ!」
「ファイヤーーッ!」
なのはのアクセルシューターとフェイトのフォトンランサーが管制人格を挟むように放たれる。
「ハアッ!」
その攻撃を管制人格が持つ必滅の黄薔薇と小なる激情が弾き落とす。管制人格が振るうディルムッドが所持しているはずのその剣と槍は全体が黒く染まり、紅い紋様が浮び上がっている。
取り込んだディルムッドの必滅の黄薔薇と小なる激情を同じく取り込んだランスロットの騎士は徒手にて死せずによって制御下に置いているのだ。
「強い……!」
「全然当たらない……!」
元々有する強力な魔力による守りと魔法攻撃に加え、英霊二騎の武器と力を使い、管制人格は二人の猛攻を退けていく。
「だったらっ……!」
闇の書の暴走のリミットや相手の魔力総量を考えると、持久戦に持ち込めばこちらが負けるのは確実だとフェイトは判断した。
「私が前に出る。なのはは援護をお願いっ!」
「うんっ! 任せてっ!」
このまま撃ち合いしていては埒があかないと思ったフェイトは前衛後衛に分かれての攻撃に切り替える。
不治癒の呪いを与える必滅の黄薔薇は脅威ではあるが単体では簡単にバリアジャケットを突破する事はできず、小なる激情のカウンター攻撃も支配はしていても担い手ではない管制人格には真名解放できないのでそれほどハイリスクな手ではないと考えたのだ。
(理由はわからないけど……破魔の紅薔薇を使ってこない今がチャンス……!)
実は最初管制人格は二槍を使った攻撃をしてきていた。だが悪意の獣が出現した瞬間、その手にあった破魔の紅薔薇が消失したのだ。それ以降相手はずっと必滅の黄薔薇と小なる激情しか使ってきていなかった。
管制人格がこの二つの宝具を選んでいるのは打算や意味があってではない。ただ単純に使わないのではなく使えないだけなのだ。
伝承によって派生が存在する事があるが、大原則として宝具は1つしか存在しない。
管制人格の使用できる宝具は二種類。アヴェンジャーを介して生み出した
今管制人格が使っているのは後者であり、ディルムッドとランスロットの宝具を代わりに使っている状態である。
悪意の獣が出る前。即ち二人が目覚める前まではその力を自在に振るうことができた。だが、内側の世界で目覚めた二人が宝具を展開した時点で状況は大きく変化する。
宝具の所有権は担い手にあり、担い手が望めばその手に優先して現れる。そして前述の通り宝具は世界に一つしか存在しない。ディルムッドの手に紅槍が現れれば管制人格の手から破魔の紅薔薇が消えるのは当然の事であった。
ディルムッドが主力武器である紅槍を手にするのは当然の選択であったのかも知れない。しかし、その行動が結果としてフェイト達を救う結果に繋がったのだ。
「はぁっ!」
「くっ……!」
アールシェピースフォームによる雷撃を纏った強力な刺突を管制人格に放つ。それを管制人格は
「……! もしかして……!」
その動きを見たフェイトは一見隙のない無敵の存在に見えた管制人格に二つの大きな弱点が存在する事に気が付く。
まず一つは英霊の戦闘の経験や技の継承はできていない点である。それらを引き継いでいたならば今の攻撃をギリギリのタイミングで防ぐ訳がない。ディルムッドの弟子としてその技術を学んだフェイトにはそれがわかったのだ。今のがディルムッドならばこの程度の攻撃を簡単に防いで返しの一撃を与えてこれるはずだと。
二つ目は管制人格の器では英霊の能力を引き出すには身体能力に限界がある点である。これは管制人格が攻撃に反応してから防御に移るまでの反応が遅い事から推測できる。
(いけるっ!)
勿論管制人格の反応速度も常人を上回るものではあるが、ディルムッドよりは確実に遅い。膠着を打破する可能性を見出だしたフェイトがその身に魔力を纏わせて再び突撃する。魔力変換資質『雷気』という特殊な性質の魔力の効果によって魔力を電撃に変えて纏うその姿は雷神というイメージを周囲に与えた。
管制人格では反応できない必殺の威力を持つ雷光が敵を穿とうと迫るが、ただ一つだけフェイトには過ちがあった。相手が英霊二騎の宝具だけではなく、スキルまで手にしている可能性を彼女は失念してしまっていたのだ。
ディルムッドの持つ『心眼』スキルは絶望的な状況下でこそ真価を発揮する。窮地において活路を見出だすこのスキルを管制人格も手にしていたのだ。
雷光の一撃を回避できないと判断した管制人格はコンマ一秒という刹那の時間で思考し、この状況を打ち破る手段を選択する。
そして自らの能力では回避できないと分析した彼女は『フェイトが攻撃を止めるか外す』ように誘導すべきだと考え、それには心を揺さぶるのが一番有効であると結論を出した。
その結果、フェイトに心の弱さがある事を知る管制人格が選んだのはランスロットの宝具を使う事であった。
「フェイト」
「あ・・・」
その声を聞いた瞬間、雷光が敵を穿つ直前にピタリと静止する。止めてはならないと分かっているのにも関わらず、それでもフェイトは必殺の一撃を止めてしまった。
「流石私の娘。止めてくれると信じていたわ」
何故なら撃つべき敵は愛する母の姿をしていたのだから。
―――――――――――ランスロットの宝具、己が栄光の為でなく
伝承において他人の代わりに漆黒の鎧を纏って馬上試合に出た際、ガウェインやアルトリアさえ騙したという逸話によって生まれたこの宝具は、気配、雰囲気、声、性格。全てをそのままコピーする完全偽装能力であり、その効果は変化魔法や幻覚を大きく上回る。
バーサーカーの状態でもアルトリアを騙したこの宝具は完全な状態で発動した場合、理屈や事実は関係なく見た相手に変化した人物本人であると認識させる事ができる。
その為母は死んだと理解している筈のフェイトも目の前にいるのが本物の母だと思い込まされてしまったのだ。
「ありがとうフェイト」
「……っ?! がっ……あ……?!」
硬直したフェイトにプレシア・テスタロッサへと化けた管制人格は優しい声と共に腹部に魔力弾を叩きつける。膨大な魔力の一撃を至近距離で受けたフェイトのバリアジャケットが壊され、腹部の守りが失われる。そしてその無防備な場所へ必滅の黄薔薇の切っ先が向けられた。
「愛しいフェイト。母さんの為に死んでね」
「フェイトちゃんっ!」
そしてなのはの悲痛な叫びが響く中、黄槍の一撃が無情にも放たれた。
今回はキリがいい場所だったからここで止めたのであって決して妥協したのではありません。ディルムッドとランスロットの女性関係くらい誠実な気持ちであります。
この話投稿直前の時点でUA87585、お気に入り790、感想97。ビックリです。嬉しくてスランプから抜け出せたのでガンガン書けました。
感想とかどんどん書いてくれたら嬉しいです。