天使がダンジョンに堕ちてくるのは間違っているだろうか 作:河灯 泉
偉大なる英雄、その死後星座の一員に加えられたとされるオリオン。
こいつは、その鋭い針の毒を以て彼を殺した。
それは神に認められるほどの偉業であったのだろう。
……いやオリオンを殺せと命じたのが神だったのだが。
まぁこれは諸説ある中の一説で、他にはアルテミスがオリオンだと知らずに射殺したとか、そういう話もあるし、毒じゃなくて純粋な刺殺だったのかもしれない。
今回はただ、神話の英雄が恐れる脅威になり得るほどに厄介な存在であると、私がそう言いたいだけだ。
さぁ困った。
困る暇も無いことに困った。
「きっつぅ――!?」
合図は無く、予備動作もほとんど認められない。
おもむろに振り回された鋏をバックステップで躱す。
すると鋏に引き摺られること無くそのまま直進してくる。構造が虫に近いだけあってその動きはとても軽やかで、いくつもの脚がガサガサと世話しなく働く様は非常に気色悪い。
狭い路地にローリングしつつ飛び込めばそれを追う尻尾の針が身体を掠める。
「いっづぅぅぅ!!」
掠っただけで、針からほんの僅かな毒液が反応する。
服は繊維から溶けて崩れ落ち、それに近い部位の皮膚の色がかなり良くないモノへと急激に変化する。赤になったかと思うと紫色になり壊死したようなグロい惨状に早変わり。
「【
巨体が入ってこれないこの場所だが、いつ壊されるとも知れないのだから長居はできない。
素早く解毒の呪文を唱えた。
肌の色が焼け爛れた赤色……から錆色になり、痛みも少しだけ楽になった。
「【
全力で治療の呪文を唱える。人族になって回復量は減ってしまったが、レベルが下がりHPの最大値も減ったのでそんなに問題ではない。転生ボーナスの影響が大きいのはMPも同じだ。一つの呪文に注ぎ込める魔力を調節すればどうにかなる。ちなみになぜかオーバーフローの失敗はしない。
「武器も防具もないなんて……なんて日だ!」
ぶっちゃけ。堕天使の頃に戦ったミノタウロスなんかよりも強いと思える。
いかんせん毒はまずい。毒だけはどう足掻いても死ねる。
もしもアレが直撃したら……直接アレを身体に打ち込まれたらその瞬間即死すると思われる。
あ、ちょっと言い方がエロいな。
って、それどころじゃないっつーのに。
「封印して数日で解禁かぁ……まいったね【堕天開放】」
全身が熱く痛む。
そういえば骨格とか違ったんだ。そりゃ急に変化させたらそうなるわな。
これはあれだ……身体は子供、頭脳は大人なあれと同じだ。
……これはこれでかなりつらい。
「念には念を入れて……【堕天覚醒】」
自分の意思でこの状態になるのは初めてだ。
しかし、こうでもしなければ装備もないままあんなモンスターと戦うのは無理だ。無謀だ。
私は魔法職だからまだどうにかできる自信があるが、これが武器を使うこと前提でやっている戦士職だったらどうなっていたか。
堕天状態になってテンションが跳ね上がる。全能感が半端無い。
やることはただ一つ。敵(仮名称:アンタレス)の討伐だ。
翼と浮遊飛翔で逃げるのも選択肢としてなくはないが、私の個人的なプライドがそれを許さない。そんなことをするくらいなら、たかが
「さぁさぁ反撃準備のバフターイム!
【
【
【
【
鉄身、守護、鎧衣、増力の呪文を一気に唱え、基本的な能力値を底上げする。
まぁこれでも元々の値が低いから気休めにしかならないのだが。
最後に、まだ試していない種類の呪文を唱える。
できればダンジョン以外で使う気はなかったのだが。今回ばかりは引けないのだ。
「【
召喚――悪魔<グレーターデーモン>!
異界と現世を繋ぐ門が空間を引き裂き、そこから人間を見下す蒼い長身の上位魔族が顕現した。
禍々しく捩れた二対の角。羽ばたけば人間などゴミ屑のように吹き飛ばされそうな程に逞しい翼。ただ振るうだけで空気が引き裂かれる太く雄雄しい尾。
そして、じっとこちらを見つめている紅い瞳。
……実に頼もしい。
怖くなんか無い。
なぜなら、私は契約者で、彼の主人であるのだから。
みっともない姿は晒せない。仕えるに値しないと判断された瞬間、彼は反旗を翻して私を殺そうとするだろう。
逆に言えば、堂々と顎で使ってやればいいのだ。私は使う為に呼び、彼は使われる為に呼ばれたのだから。
「名を聞こう」
≪
……ほぉ?
私に名乗る前に私の名を尋ねるか。
生意気な。何様のつもりだい?
魔力を更に高めて召喚の呪文に繋がっている契約を強める。
そっちがその気なら、こっちにも考えがある。
「堕天使――セレスティアのエルが名付ける。名を――『フルーレティ』」
≪
名乗らないなら、名付けてしまえばいい。
フルーレティと名付けた悪魔は即座に跪き、私へ向けて忠誠を誓う。
これで変に逆らうような愚かな真似はしないだろう。私が余程のミスをしない限り。
「命ずる。敵を排除する……役立て」
≪
と。
かっこつけたのはいいが。
ここまでの流れは悪くなかったはずなのだが。
路地裏は狭いので。その……
窮屈そうにしているのを見ていると、申し訳なくなってくる。
とりあえずフルーレティを後ろに従えて路地裏を出る。
遠くには行っていないはずだが、細かい位置が把握できない。
反応は……近付いてきているようだ。
「こういう時は後ろにぬっと現れるか……」
――上から来るか。
「【
鉄槌の呪文。
不可視の衝撃波が建物を跳び越えてきたアンタレスを打ち据える。
奴が見た目以上に軽いのか、違法建築物はどれも崩れていない。天井がなくなっているものはあるが。
「追撃する――! 【
≪【
ひっくり返り、無防備となったどてっ腹に火花と凍結の呪文を浴びせる。
弾ける炎が天然の装甲を焦がし、続く氷の急激な温度変化によって脆く破壊する。
――ギギギギギ!
苦しみの悲鳴を上げ、もがく。
ただ振り回されただけの手足……鋏や尻尾が周囲の建物を抉り壊す。
「その身を縛る重力の楔を解き放て【
無力の呪文を作成。無力は無力でもただの範囲無重力化なので根本的な破壊行為は止められない。
被害が拡大する前に、周囲へ配慮しつつ片付けなければならない。
余りに強すぎる呪文は使えない。地上でティルトウェイトなんかぶっ放したらオラリオが消滅してしまう。
フルーレティにマダルトを使わせた時点で見渡す限りのダイヤモンドダスト……修繕費とか怖いのでさっさと逃げたい。
「抑えてろ」
そう言い残して、建物の壁を蹴って飛翔。
可能な限り勢いをつけて、飛び上がる。
もっと高く、もっともっと速く。もっともっともっと強く。
フルーレティは物理攻撃にも強く、麻痺かなんかの追加効果があったので足止めくらいはできるだろう。てか本来のレベルはラスボス並みだったはずだし。群れならラスボス以上の脅威だった。
……オラリオの街が一望できるくらいの高度まで来た。
十分だ。
ありったけの魔力を使う。
どうせもうすぐ人間の童女に戻るのだ。余剰魔力なんか出したら勿体無い。出せるだけ、使えるだけ使っておこうじゃないか。
【魔力変換】……いや、違う。
今こそ【一撃必殺】の出番だ。
私の全ての魔力を、この一蹴に賭けよう。
「フォーリンエンジェルメテオキィイイイイイイイイイイイイイック!!!」
全力全壊……もとい、全力全開。
急降下。飛翔を最大限活用して更に加速。
「こ、れ、で――!」
フィニッシュだ!!
――この勢いで落ちた場合の、街と自分の安全は?
「……あ」
まるで走馬灯のように。
ゆっくりと流れる視界で。
呆れたように、しかし確かな尊敬の念を抱いた紅い瞳を見て。
そこで私の記憶は途切れた。
……。
今回は呪文多いなー……。
てかせっかく名前付けたのにあんま描写してねぇなぁ……。
LATUMOFIS【ラツモフィス】:解毒。僧侶スロットレベル4。どんな毒でも、毒であるのならどうにかできる。
DIAL【ディアル】:治療。僧侶スロットレベル4。骨折や重傷未満ならこれでなんとかなる。
MOGREF【モグレフ】:鉄身。魔法使いスロットレベル1。身体の防御力が上がる。
POFIC【ポーフィック】:守護。僧侶スロットレベル1。なんだかよくわからないが防御力が上がる。致命傷や有効打の回避率が上がると考えてもいいのかもしれない。
BAMATU【バマツ】:鎧衣。僧侶スロットレベル3。上のやつとどう区別していいのかわからなくなってきた。
OSLO【オスロ】:増力。錬金術師スロットレベル1。これで細腕怪力も可能に。
SOCORDI【ソコルディ】:召喚。魔法使いスロットレベル5。悪魔系の味方モンスターを召喚し使役することができる。作者の勝手な自己解釈が強め。
TZALIK【ツザリク】:鉄槌。魔法使いスロットレベル4。天の怒りを具現化した魔法。槌よりも太くて刺さらない杭のイメージがある。
MADALTO【マダルト】:凍結。魔法使いスロットレベル5。複数に乱発されたら全滅を覚悟する。やめてください死んでしまいます。
FEQUREAPICTIIT【フェクレピクティート】:無力。魔法使いスロットレベル6。「頑張った結果がこれだよ!」なオリジナル呪文。無重力空間を生み出す。凄いっちゃ凄いけど戦いならその分の魔力で殴った方が良い。
――モンスター紹介――
アンタレス:つい最近20層で発見された巨大な蠍。その尻尾の毒は発展アビリティ【対異常】を有す又はレベル3以上の者でなければ僅か数秒で呼吸困難に陥り、間も無く死に至るだろう。そしてそれ以上の
(ちなみに正式名称は別にあったりなかったり)
グレーターデーモン:上位魔族で上級悪魔。将軍級である。弱点という弱点も無く、状態異常を引き起こし魔法を連発し仲間を呼び――冒険者達を全滅される。
(作者は初代Wizやったことないから強さや怖さがわからないのだ)
フルーレティ:雹を降らせる程度の能力。元ネタは悪魔。有名な蠅の王ベルゼビュートの部下を纏める上位精霊。精霊の大軍団を指揮する中将らしい。仕事を命じると夜のうちにやっておいてくれるとか。