天使がダンジョンに堕ちてくるのは間違っているだろうか 作:河灯 泉
まず見えてきたのは櫓。いわゆる見張り台というやつだ。
次に目に付くのは柵。木製だけど高かったり低かったり、鉄混じりだったりボロだったりと統一感が一切ない。ついでに風情もない。
柵から見える建造物はテントや小屋など、あまり手間が掛からない物ばかりだ。
「もしも透明化を見破る者がいたら、やっぱり痴女に認定されちゃうのかなぁ……」
それだけはなんとしても避けたい。
いざとなれば、
私は慎ましく、静かに楽しく暮らしたいのだ。
肉欲に溺れた怠惰で猥らな生活なんて死んでもごめんだ。
堕天使が何を言うのかと。自分でもそう思うが。
それはそれ、これはこれ。
堕ちるのは自らの信念と欲望によってであり、環境に振り回されてなって善いモノではない。
先天性の堕ちた状態で生まれた存在のくせに後天性の何を語るのかと思われても仕方がない考えだが。
少しくらいは傲慢に生きたっていいじゃない。
だって堕天使だもの。
……。
さて。
気を取り直して。
いかにも「冒険者!」という雰囲気を放つ人々を眺める。
武器、防具、種族。
どれもこれも、結構カオスな模様。
銃とか竜とか妖精とか悪魔といった要素が不足しているが、それはそれほど問題ではない。銃は弓や魔法で事足りるから見かけないだけなのかもしれないし、ただ単に火薬か製鉄技術がないだけかもしれない。鉄製の武具を見る限り技術的には十分だと思うから、微妙な推測だが。
竜人種も妖精種も悪魔種も天使種と同じように数は少なかったし、元々存在しないとか、そんな非情な話でなければこの私が姿を現しても「物珍しい」で済むだろう。
天使種が一般的じゃない、もしくは存在しない種族だった場合?
……あー。
頭の羽は兜……じゃ窮屈でダメだから帽子かフードで隠して、翼は……リュック? うんいいね。なんか大きな荷物を背負った人もちらほら見えるからそれでいってみよう。
要は見つからなければいいだけの話なのだ。
完全に社会性を捨てるのは無理があるのでやっぱりどうにかしてこの世界に馴染まないと生存すら危ういが。売り物見世物嬲り者。碌な未来が思い浮かばない。
ドワーフ……ではない犬っぽい種族の人はいる。あと狼っぽいのもいる。それとは別に巌のような大きくて逞しいドワーフっぽい種族もいるにはいる。
……どうやらここのドワーフという種族はファンタジーにおける多数派に属するようだ。所謂、鍛冶や力仕事に向いた、犬系の獣でない人型種族のことだ。
まぁ、ととものは割と例外的な種族にしていたからね。互換性がないのは薄々勘付いていた。
精霊はいるのだろうか……エルフでない私にはよくわからない。もしかしたら目視できない精神界や精霊界ではなく、我々が通常指す物理界にいるのかもしれない。
この世界に精神界も精霊界もない場合? どのみちあんまり関係ないので割とどうでもいい。
移動、観察、思考、思案、計算、演算、予測。
一片に色々なことを考えてもちゃんと個別に答えを出せる。
知恵か精神が高いのか、それともセレスティアの脳にとってこの程度は片手間で済ませられることなのか。
まぁ、なんだっていいけど。
便利なことだ。自分自身の感想なんて、それに尽きる。
透明+浮遊状態の私を感知するのは割と困難だと思う。
厳重に警戒でもされていたらもう少し難易度は上がっていただろうが、ここが安全地帯だと思っているのか視線の先にいる人々はとてもリラックスしている。
――といっても、完全に力を抜いているわけではない。当然、ここでも弱肉強食ゴロツキばりの男臭い諍いがあるのだろう。
女の自分には関係のないことさ。
筋肉もりもりマッチョレディな冒険者がいたが、あんな男勝りな女は別物だ。アレは生物学上♀であるかもしれないが私のような淑女ではない。少女でもない。
淑女≠(生物学上の)♀≠少女=雌=(生物学上の)♀=女=淑女=少女
理解してもしなくても納得しなさい。OK?
OK!(ズドン)という幻聴は聞こえない。聞こえないったら聞こえない。
……自分が淑女であるのかという疑問もついでに湧き上がってきたが、これから淑女を心がければいいだけの話だ。
ちなみに。雌だと認めるのは仄かに香る女の子の匂いのためである。
自分が男だったら食いつく。確実に。襲い掛かることも吝かではないフェロモンオーラだ。
裸だからこんなに欲情させそうな雰囲気を出しているのか?
なら、なおのこと早く服を手に入れなければ。このままでは立派な淑女になれない。
――だから善属性の淑女が盗みなんてするのかと(略)
脳内論戦が勃発しているが、身体は構わず門っぽい所を通過した。
誰も気付いた様子は見せない。
適当な無人のテントに入る。
なんだか空き巣になったみたいだ。
みたい、ではなくそうなのだが。
武具の類は見当たらないが、着替えや大道具などは放置してあった。
消耗品っぽいのは……置いておこう。そこまで盗むのは良心が咎める。
嘘だけど。追われる要素を減らしたいだけだけど。
とりあえず。漁る。
がさごそがさごそ。
男物はパス。無理。耐えられない。
女物は……ムッキムキのガッチガチやな。肩幅広すぎない?
……。
うん。
ここはダメだ。他を当たろう。
急がなければ。
透明化の制限時間にはまだ余裕があるはずだが、一度でも切れてしまったら多分見つかってしまう。
私の微かな気配だけでなにか勘付いた怖い人たちがピリピリとした近寄りがたいオーラを発しているのだ。ちょっとした違和感だけでこうも警戒するのは流石冒険者といたところか。隠れているだけに余計重苦しく感じる。
たとえそれがほんの僅かな数だとしても。
0から1になった瞬間、詰む。最早母数の問題ではない。
――お。
いい感じのシャツがあった。
折りたたんだ翼で胸元が苦しいが、妥協しよう。
セレスティアって実は結構胸があるはずなんだがな……なんかちょっと寂しくない?
翼で詰まる割には余裕があるんじゃない?
いや本当に苦しいけど。
トランクス派がブリーフやボクサーパンツを履いた時のような……ってわかるかボケぇ! 今は女じゃ!
じゃあスパッツ派がブルマを履いた時のような感覚とでも例えればいいのか。
……んー、なんか違うな。
スカートから短パン、っていうのもずれてるし。
しっくりくる言葉が思い浮かばない。
んー。
……くんかくんか。
良い香りだなー。
って変態かっ! 変態だわこれ!?
なんとなく落ち着くために嗅いだだけなんだけど!
いやそれはそれで問題なんだけど自分の匂いって精神を安定させるよね?
こんなところをシャツの持ち主に見られたら……、
……。
うわぁぁぁ誤解だー!!
べ、別にあんたのことが好きだとかそういうことじゃないんだからねぇぇぇ!?
「おーいアイズー? どうかしたー?」
「……風を感じる」
やべっ。
誰か来る……っていうか早い!?
天幕を揺らさないよう慎重に、それでいて素早く出る。
その瞬間、金髪の少女とすれ違った。
「ッ!? ――――――………………?」
なにかを感じたものの、その姿が見えずに困惑している少女。
その隙に私は浮遊して極力人を避けて逃げる。
町から出ても安心はできない。
近くの森へ逃げ込む。
「……ふぅ」
周囲に人の姿はない。
息を整える。浮遊するのだって速度によってはただ走るよりも疲れる。
まぁしかし。
これでようやく、痴女じゃなくなっ……てない?
……全裸よりマシにはなったけど足りてないよこれ。
下着ないじゃん!
スカートもズボンもないよ! なにこれ超萌える!!
ちょっとサイズが合わなくてだぶついてるのがエクセレント!
彼氏のなんだーお風呂上りにこれだけ借りちゃったーテヘ、みたいな状態でマァァヴェラスッ!!
……。
すー、はー。
すぅぅぅ、はぁぁぁ。
深呼吸して。
よし。
落ち着いた。
色町なら目立たずに済んだかもね。
って、違う違う。
違わないけどそういう話じゃなくて。
より一層エキセントリックな痴女にレベルアップしたような気がしてならない。
解決してないどころか時間を無駄にした。
しかももう戻れない。戻ったら今度こそ捕捉されそうで怖い。
かといってこのまま地上に向かったところで進めるのかどうかもわからず、出られたところで頼れる相手もいない。そもそも生活基盤がない。そして服がないまま動くのは危険すぎる。
どこにも戻れず、どこにも進めず。
逃げられない現実。
うあー。
やべー……。
なお作者の普段の執筆速度は一話書くのに一週間~半月程である。
ほんと、毎日とか毎週安定して書ける人ってすごいよねぇ。