天使がダンジョンに堕ちてくるのは間違っているだろうか 作:河灯 泉
欝とかシリアスなものを見たり読んだり書いたりしたらそれに引っ張られちゃうのが私の面倒なところ。
その逆もあるよ。勿論。
楽しいこと、見つけたい。
「オラリオに行こうと思う」
「……それはまた。突然だね」
そう言ったのは生後数週間くらいの時である。
ずっと迷宮内で暮らすと日付と時間がわからなくなるのが難点だ。生まれてこのかた一度も本物の太陽と月を見ていない。
ほぼ人間だから光合成はしないけど日光浴とかしなくて大丈夫なのかな。骨折しやすくなるとか嫌だよ。
マリアローズとアジアンがフレイヤファミリアの面子と深層に向かうと聞いた。
私はまだリヴィラより下の階層へは行ったことがない。恩恵もなしに潜るのは少々リスキーな気がしたからだ。
リヴィラで独立して食っていけるくらいには上で稼いでいるし。
ちなみに。敬語は途中で面倒になってやめた。マリアもアジアンも快くそれを許してくれた。使い分けって大切。流石に目上の人や神相手にこの口調を保つつもりは無い。
「マリアとアジアンがいないのにここにいるのも肩身が狭いからね。そろそろダンジョンにも慣れてきたし、丁度良いからファミリアに入ろうと思って」
「フレイヤファミリアに入る……わけないよね」
「オッタルさんに殺されそうだからやめとく。好かれなかったら断られちゃうし、なにより基準である自分の魂の輝きだとか、そんなの怖くて会えないよ」
もし私の魂というものが見えるのであれば、そこに映るのは歪で醜悪な汚物だろう。
元々の自分なんて統合した際に崩れて混じっちゃったし。混沌の魂などお世辞にも綺麗だとは言えないだろう。それを指摘されるのは避けたい。自分で拒絶するのはいいが誰かに拒絶されるのは嫌なのだ。
てか常時魅了を振り撒いている相手に出遭ったら堕落の対神効果が暴走しそうなのがね。植物と魔法生物と不死の敵と戦った覚えは無いから特効が発動した時にどうなるか未知数なのが厄介だ。
「こないだロキファミリアが地上に引き上げていったからちょっと危ないかもよ?」
「危ないっていうのは上層での話でしょ?」
「まぁ……そうだね。きみに心配することじゃないか」
なんでも一線級の冒険者ともなると見境無く襲い掛かってくるはずのモンスターが我先にと逃げ出す事例が発生するらしい。しかも本来移動しない階層にまで上がっていくこともある。
命が惜しくなるのか、それともなにか別の意思が働くのか。
どれだけ数が減っても無限に補充されるダンジョンの謎である。一個体にそこまで自由意思が与えられるものなのか。非常に非効率的である。無駄な足掻きというものだ。
上のルーキー……後の強敵となるかもしれない雛と卵を始末するのにはいくらか効果がありそうだが。
「食料を持つ余裕がほとんど無いのは不安だけどまぁどうにかなると思うし」
「普通に考えたら問題しかないけど、きみは戻ろうと思えば戻ってこれるからいいよね」
「
頑張れば5階層くらいは一気に飛ばせるはずだ。
距離に応じて魔力の消費が跳ね上がるのでチートと呼ぶには少々使いづらいのが難点か。
しかし、一度に飛ぼうとするとそうなるだけで、複数回に分けて飛べばもっと楽に飛べるので実はあまり問題ではなかったりする。最高で9回も使えるからね。片道20層くらいなら余裕で動けるはず。
一度行ったことのある場所じゃないと飛べないのが欠点と言えば欠点か。
「ま。エルなら大丈夫だとは思うけど、頑張ってね」
「そっちもね」
互いに拳を打ち合い、熱い抱擁を交わす。
最初はハイタッチとかで済ませていたのだがいつの間にかこんなことまでする仲になっていた。
いや、ただのフレンドタッチですからね。いやらしいことなんてお互いになにもないからね?
「あぁ~。きゅーとは違ったモフモフ感がこれまたたまらん」
「かなりくすぐったいんだけど同時にちょっと気持ち良いのがこれまた……」
『きゅー』とはマリアの仲間の名だ。種族を訊くと「わかんない」とのこと。ぜひ会ってみたい。
そう言うと少しだけ寂しそうな顔をされた。ホームシックっぽい顔だったのでそれ以上は聞かないでおいた。
……いけないいけない。別れの所為かどこか気が立っちゃう。
手櫛で優しく髪を梳いてくれるマリアのもう片方の手に大人しく翼をモフらせる。
日々の努力によって翼もいくらか自由が利くようになった。
まず稼動域。羽ばたくことができる。それだけで特に意味は無い。
次にサイズ。最大で両腕を伸ばした時よりも少しだけ長く広がる。最小は折りたたんだ状態でランドセルくらい。そう、天使の羽だけにね。
……いや、翼だけど。ランドセルを知る人がいないので誰にも通じないネタである。寂し悲しい。
出立の準備は済んだ。
元々荷物なんてほとんど持たないし。
私の所持金はここリヴィラで世話になった礼としてマリアに全て渡した。
現在の装備はフード付きのローブから買い換えた
持ち物は大きなパンがひとつ、巨大なおにぎりがひとつ、特製おにぎりがひとつ、小さな水筒がひとつ、ポーションがみっつとマジック・ポ-ションがひとつ。雑貨と布類が少し。
うーんこの消耗品の少なさよ。
魔石とかドロップアイテムを持っていかないと地上で餓えることになるから仕方がないことなのだが。
「アジアンには言わなくていいの?」
「今丁度運悪くオッタルさんと打ち合ってるんでしょ? やだよ。会いたくないもん」
「そう。まぁ永遠の別れでもないし、いっか」
「うーん、でもそれをマリアが言うのもなんだかなー……」
「いいのいいの。あいつはそれくらいじゃ凹まないから」
「私じゃなくてマリアだったら号泣しそうだけどね」
「やめて。思い出すことがあるからやめて」
「あ、うん。ごめん」
トラウマの多いマリア。思い出も多いんだろうね。
存分にモフって満足したのかようやく開放される。
「それじゃ、元気でねマリア!」
「そっちもねエル!」
手を振り早速
今は夜……だ。暗いから。
地上も同じように夜なのだろうか。
外へと続く道を見据える。
「……よぅしっ!」
頑張るぞー。
―――――― 数時間後 ――――――
「し、死ぬ……かも」
頑張った結果がこれだよ。
食料は全てなくなり、水筒も空。
アイアンナイフは刃こぼれが酷くてもう使い物にならず、今はダガーでモンスターを突き殺している。威力が低くて一撃で倒せないのがつらい。ダガーって『とともの』では初期装備だからね。攻撃力なんて下手すると素手以下だ。てか素手の方が強い学科とかあったね。
荷物だけはなんとか守れているが、戦利品を全て売り払っても地上で装備を買い揃えるだけで半分は消えてしまうだろう。
ちなみに何度か攻撃を受けているはずの『はねぼうし』は無傷である。恐ろしいことに。
最初は余裕を持って狩りに勤しんでいた。ライガーファングとかミノタウロスとか、地上でお金になるモンスターを集中的にね。
13階層に辿り着く頃には荷物が7割ほど埋まって十分な稼ぎになっていた。
だが、そこで運の悪いことにアクシデントが発生した。
他の冒険者の存在だ。
別に冒険者がダンジョンですれ違うことは珍しくも無い。
ただ、たまたまその冒険者たちの実力が足りず、モンスターから逃げることになっていたとしても、それはまだ彼らの責任だ。それで死ぬのも、ね。
逃げる先に運悪く私がいた。それだけの話だ。
押し付け。トレイン。
えぇっと……ここではたしか、
まぁ、それだけなら私ひとりでも切り抜けられた。
あろうことか冒険者たちは巻き込んだことに責任を感じたのか、それとももう逃げる足がもたなくなったのか、私と共に迎撃をしようとした。
さて。
ソロでなら全体攻撃を連発してさっさと殲滅できるところに第三者がいるとどうなるか。
当然、誤射するので撃てない。
邪魔である。
構わずぶっ放してもいいような気もしたが、結果的に助けるはずの相手を自分から殺しにかかるのもなんだか目覚めが悪くなりそうだったのだ。
おかげで苦手な接近戦と肉弾戦を繰り広げる破目に陥った。
非常に迷惑な話である。
その上、実力不足で勝手にくたばってしまった。四人全員。
いや、くたばってくれたからこそようやく殲滅できたのだが。
で。
自称善属性の私は彼らを放っておけなかった。
慈悲など無い。【KADORTO】が使えるかどうか、試しただけだ。ただの人体実験だ。
蘇生の呪文。
怪我は治せても死んだら終わりなこの世界においての異端魔法。
意識は戻らなかったが、息を吹き返したので満足した。
対価として武具以外の金目の物を頂いておいた。
そして歩き出そうとしたら。
床が崩れ、足場がなくなった。
浮遊があるから地面に叩きつけられることはなかったが、せっかく蘇生した冒険者たちがまた瀕死の状態になってしまった。
なので【MADIAL】で治療しておいた。全体回復だからね。これも私のついでに過ぎない。
はいここで問題。
使用可能回数、所謂スロットと私が呼ぶものに余裕があったとして、魔力も残っているのかというところ。
答え。
ないです。
なくなりました。
蘇生が滅茶苦茶魔力を必要としたのが想定外の出来事だった。
いい加減、冒険者は放置することにした。
十二分に助けはした。これ以上は私の命に関わる。もう知らない。勝手に生きろ。
魔力が心許無いのでもう転移は使えない。
なので、歩いて地上を目指すしかない。
リヴィラに向かうよりも地上を目指した方が楽なはずだと考えたからだ。
そんなわけねぇだろうがよ、とどこかで薄々勘付いてもいたのだが、リヴィラに戻ったところでマリアもアジアンもいない。休むにしても装備を整えるにしても、姿を隠したまま解決するものではない。
であるならばやはり当初の計画通りに多少強引にでも地上を目指すしかあるまい?
支援や補助の呪文は使わない。
魔力の消耗に伴って疲れが目立つようになってきた。
これ以上は単純な戦闘行動にも支障をきたす。
使うのは最低限の治癒呪文だけ。
それでも結構危なくなってきた。
ポーションはとっくの昔に飲み干した。
弱った私を見て好機と捉えたのか、モンスターがいつも以上に湧いてくる。
無論、殲滅する。
銀色の巨大な猿……シルバーバックの懐に飛び込み胸元を一閃。怯んだ隙に飛び上がり眼を潰し、浅い攻撃を連続で繰り出して削り殺す。
数えるのも嫌になるほど大量のアルミラージが四方八方から襲い掛かってくる。
小さい奴の相手は楽だ。魔石を一突きするだけで消えてくれる。
弱点の位置さえ知っていればあとは簡単だ。そこを衝く。
魔石を砕いてしまっては稼ぎにならないからいつもならやらない行為だが、状況が状況なだけに躊躇うことはない。そもそもすでに荷物一杯に戦利品があるのでもうこれ以上は持てない。
「はぁ……そろそろ、限界かも」
大きなパンが焼けてこげパンになってしまったのは痛かった。こげパンでは半分しかお腹が膨らまない。
巨大なおにぎりは冒険者と出遭う前に食べて、特製おにぎりは落ちた後に食べた。
運動するとお腹が空く。
燃費の悪い身体なのが痛い。
いや、いっぱい食べる女の子は好きなんだけど、エンゲル係数がとんでもないことになるのはちょっといきすぎじゃないかと。それが自分のことなら尚更だ。
「あいむはんぐりーぃ……あ、ダメだ。かなりつらい」
無駄口叩ける余裕はあるのかと。
ないよ。
……あー。
もう、むりぽ。
<生存力の低下を確認――堕天が発動されます>
浮遊するのも疲れて、足で歩いていたはずなのだが。
いつの間にか浮いている。
意識が薄れ、視界がぼやける。
歩調も崩れ、思考が纏まらない。いや、浮いているのに歩調とはこれいかに。
「ぁー……」
アルミラージってウサギだよね。
ウサギって、食べられるんだよね。
鳥に似ているから
……なら、
「――くふっ♪」
ずちゅ。
ぐちゃ。
ぶしゅ。
ばしゅ。
<吸血は発動しています――対象が消滅します>
<残存物を確認――血液に類似……許諾>
血の匂い。
鼻に付く。喉に絡む。胃にもたれそう。
臭い。苦い。芳しい。美味しい。甘い。不味い。酸っぱい。
……まだ、足りない。
もっともっと、欲しい。
……広い場所に出た。
なぜだか、食指が反応する。
なにかある。
なにがある?
そこにはモンスターがいたから、
邪魔だ。
「【
凍れ。
後に残ったのは白銀のオブジェクトと、
水晶。
樹液のような?
それは、
美味しそうだ。
ウサギなんかよりもよっぽど。猿や犬なんか目じゃない。
それはとても。
我慢なんてできなくて。
私は。
「――あはっ」
ようやく次話で原作ベル君に会えるよ!
エルも作者も正気じゃなくなってきたけどね!
もういい、言葉など既に意味を成さない。
恒例の。呪文紹介と解説。
KADORTO【カドルト】:蘇生。僧侶スロットレベル7。ダンまち世界では消費魔力が本来の十数倍くらいにはなっているそうな。カドルト神という存在に祈って死者の魂を呼び戻すらしい。詳しいことは
ちなみに。いちおう耐久=生命力扱いとしている。蘇生の際に基礎アビリティ二桁ダウンなんて普通。命と比べりゃその程度の対価は安いし軽い。
MADIAL【マディアル】:活生。僧侶スロットレベル7。全体回復呪文。ベホマラー・ケアルガ・リザレクション的な。
LADALTO【ラダルト】:氷嵐。魔法使いスロットレベル6。氷の全体攻撃。マヒャド・ブリザガ・インブレイスエンド的なもの。