「よーしおまえら。今日はここで野宿だ」
「ああ、とうとうこの時が来てしまったのですね……」
「……?」
「ああ、気にしなくていいぞシーク。そいつは豪華な飯が食えないのが不満なだけだ」
満天の星空に浮かぶ満月に少し足りない月が街灯のない道を照らしている。ある程度の視界は確保できていると言えなくもないが野生萌えもんに奇襲をされることも考えればやはり野宿という選択は妥当と言えるものだろう。
荒らしまくったフィールドをスーとシークに整えさせている間に、テントとたき火の用意を始める。これが自分たちの旅始まって以来、初のキャンプとなる。
ちなみにトキワの森に行くまでの何度かはトキワシティに戻って食事をとっていた。たき火で料理を作ろうとして器具を取り出したミズキに向かってスーがこの世の終わりのような表情で「これだけですか……?」とぬかしたためだ。
幸いトキワの森自体を抜けるのは一日で済ませることができたためテントを拠点としなければならない状況はなかったが、先のことを考えていくにあたって何度も何度も町に戻るわけにもいかない。
「これから最低でもあと何回かは野宿しなきゃいけなくなると思うから、ちゃんとやること覚えておくんだぞ。そのうちお前らにもキャンプの用意をしてもらうんだからな」
「はーい……」
(……こくこく)
まだ少しおびえながらも素直な返事を動きで表してくれるシークに対し、スーは明らかに不満丸出しの態度をとる。
食欲となると相変わらずめんどくさい性格だ……
とりあえずおつきみやままで言ったらふもとの萌えもんセンターでたらふく食わせて機嫌を取ることにしよう。
そう考えながら、ありったけの食材を出して夕飯の準備へと取り掛かる。
「ごちそうさまでした」
「おいしかったです……とてもおいしかったです……でも足らないです……」
(ぱちっ)
シークの小さな手を合わせる音が余計にスーから悲壮感を漂わせる。
お前鍋の中いっぱいのシチューの八割くらい平らげただろうが……とは思わない。さすがに何度も一緒に食事をすればこれでスーが満足するとは到底思えない。
しかし道中で運べる食材の量、翌日も野宿となる可能性も顧みれば一回の食事の量はこれくらいが限界だ。相棒として旅を続けていく以上、さすがにいくらか譲歩してもらわないと困る。だからここくらい我慢してもらおう。
「そら、食ったらもう寝るぞ。明日はさっさと起きて暗くなる前におつきみやままでいくんだからな。ああ、そうだ。お前らどこでねる? テントで寝てもいいし、ボールで寝てもいいぞ」
「今日はボールで寝ることにします……おやすみなさい、マスター……」
山で遭難した被災者か、ってくらいに精神的にボロボロなスーは自らのボールに手をかけておとなしくミズキの腰元へと吸い込まれていく。
そんなに少なかったか、たき火で作った特大鉄なべシチューが。
「シーク。お前はどうする?」
(……ちょいちょい)
シークは自らの黄色くかわいらしさの残る小さな手で真上を指さす。
ミズキは目線を指先の景色へとずらす。自分がテントを張る際に目印として決めたそこそこ太い木の大量の枝葉が生い茂っている。
「もしかして……木の上で寝るって?」
(こくん)
ゆったりと首を動かしてシークがうなづく。
「いいのか? 今はたき火で暖をとれてるから大丈夫だろうけどここから夜は冷えてくるぜ? そりゃテントもそんなに暖かくはないけど外よりはましだ」
そんなミズキの話をしている間も、シークは木々を見つめている。
無視している、というよりは、何かを見据えている。そんな風にすら見える横顔に、ミズキはそれ以上話すことをやめる。
過去にはいろいろあるものじゃろう。人間も、萌えもんもな
久しぶりに頭をよぎるオーキドの声。
そう、あいつもまた、耐え難い何かがあったのだろう。
辛く、切なく、苦しく、触れられたくない、罪の過去。
それに触れないのが俺たちの契約なのだから。
「おやすみ、シーク。また明日な」
軽く振り返ると、シークはいつの間にか五、六メートルほどの位置にある太い枝に腰掛けていた。
自分の位置から月と重なって見える姿が、何とも言えずきれいだった。
「で? なんでお前は起きてるんだ?」
「……」
自分の目線を枝にちょこんと腰掛けながら黄昏ている黄色い子供から自分の作った携帯端末の表面に移すと深夜というより早朝と呼ぶにふさわしい時間が表示されている。あと一時間もしないうちに空は白み始めることだろう。
「まさかお前……全然寝てないわけじゃないだろうな?」
「……」
よくわからん。だが図星っぽい。
「はあぁ。なんだよ、結局外じゃあ眠れなかったのか?」
首を横にふるふると動かす。おびえながら涙目で真下にいる此方を見据えるその姿には何とも言えない黒い感情がこみ上げてくるがそれをぐっと抑え込む。
「じゃあなんだ……やっぱり俺たちについてきたことを後悔してるのか?」
「!」
さっきよりも鋭い動きで首を振る。
なんだこいつ。
スーとは違うジャンルでまたかわいいな。
「……まあいいや。とりあえず、俺も今からそっちに行くよ。ちょっと二人で話そうぜ。夜が明けるまでボーイズトークってのもまた乙なもんだろう」
あ、言い忘れてたかもしれませんが、シークは♂ですよ。男の娘です。
きょとんとした顔のシークを尻目に気に手をかけて登ろうとするがなかなか上へと進まない。当然だ。自分たちが上に登れるほどの大木なのであれば枝分かれするのはかなりの高位置となり、下の方は足を引っ掛けることすらままならない直径が自分の腕幅より大きい円柱を登って行かなければならないということだ。人が足をかける場所などどこにもない木を登っていくなど、漫画でもなければできるわけがない。
木を両腕でがっちりつかんだポーズのまま、地面に落下し尻をうちつけた自分の姿はどれほど滑稽だっただろう。
「いったぁ! くっそぉ……ちょっと待ってろよシーク、すぐ行くからな……ってあれ?」
半泣きになりながら顔を上げるとそこにはからからと風で音を鳴らす枯れかけの木の葉しか残っておらず、ミズキの求める新たな愛らしき仲間の姿はどこにもない。
(ちょいちょい)
「っておわあ!」
(びくっ!)
突然の肩の感覚に悲鳴に近い声を上げてしまい、たたいた本人であるシークを驚かせる結果となってしまった。声を出せないからしょうがないと言えばしょうがないのだが、夜中に無音の中肩をたたかれるのはあまりにも心臓に悪い。
「す、すまんシーク。驚かせる気はなかったんだが……」
「……」
謝るミズキに対し、自分を落ち着かせるように深呼吸をした後、右手をこちらに差し出してくる。
「? 握ればいいのか?」
(こくん)
言われるがまま、いや、なされるがままに握りつぶしてしまいそうなほど細くちいさな手を握り締める。
その一瞬で自分の見える景色が一変した。
まず最初に飛び込んできたのは自分たちが昨日の朝出発してきたニビシティ。外から見たその町は中でみていたものとはまるで違う整然たる美しさがあった。灰色の町、とさえ蔑称されるカントーの中でもマサラに並ぶ田舎町だがミズキ個人としてはタマムシのような人の騒がしさに息の詰まりそうな町よりも好みの町だった。
その次に振り返るとこれから超えるべき大きな山、おつきみやまが眼前に立ちふさがる。
その大きさに一瞬圧倒されるも、今いる場所を瞬時に思いだし、先ほどのシークをまねて深呼吸をする。
心を落ち着かせてもう一度灰色の壁を瞳に映す。月が山の頂点より一つ高い場所に位置している。自分は見ることはできないが明日の満月にここにいる事が出来ればさぞかし風流なことだろう。
「美景、とはまさにこのことだな。ありがとな、シーク」
「……」
左手に伝わる体温が少しだけ暖かくなったように感じたのは自分の希望的観測だったのかもわからないが、ほんの少しだけシークのきんちょうかんがとけたように思えた。
“テレポート”
ケーシィの代名詞とすら呼べるわざで、戦闘状態からの離脱が主な効果、そのほかに対人戦においてもかなり応用の効かせる事が出来る技だ。
ケーシィはそのわざで瞬時に天敵から逃げることで小さい力をカバーし、厳しいやせいの世界を生き延びているのだ。
「で、と。なんで起きてたんだ」
木の上での体制のとり方をマスターするまでに四苦八苦した後、ようやく本題へと戻ってくる。位置取りとしてはミズキが木の幹に右腕を捲きつけながら左手でシークと手をつないでいる状態だ。
「……」
シークはこちらを見ながらも何も言わない。正確に言うと言いたくても何も言えないのだろう。
自分に伝えようとしてくれているものの、伝える手段が分からない。そういった表情に見えた。
なぜわかるのかと言われたら、つぶらな瞳がこっちを見続けているからとしか言いようがない。
ただまあ、それなりに自信を持てる推測であることは確かだった。
「わかった。これからお前と会話をしたいときには、俺がお前に質問をする。その質問に対して、YESなら俺の手を一回、NOなら二回たたいてくれ。わかったか?」
つないでいた左手を放して開き、右手を見つめているシークの目の前に出す。
「……」
ぽん。
オッケーだな。
「眠れない、という事ではないんだよな?」
ぽん。
「眠らない……いや、眠りたくないのか?」
「!」
ぱちん、と少しだけ音が強くなる。強くうなづきながら一回たたく、という行為を何度も目の前で続けている。
また珍しい個体のケーシィだな。
ねむっていることが多い、というよりはねむりながら生活している、とさえ称されているのがケーシィという種族である。
そもそもケーシィは、一日十八時間はねむってすごし、寝ている間に体内に力を蓄え、果てにはねむったまま超能力を使う事が出来るとまで言われている。
その凄さは起きているやせいのケーシィを拝む事が出来ればその一年は災厄を避けられるという言い伝えもある地域があるとかないとか。
そんなケーシィのシークがねむりたくないなんて……
「やっぱり、俺たちが信用ならなくて安心して眠る事が出来ないわけじゃあ……」
「!!」
ぱんぱんぱんぱんぱんぱん!!!!
「いたたたたたた!! わかった!! わかった!! 意地悪して悪かったから! 泣くなたたくな! 二回でいいんだよ!!」
ひりひりする手をひっこめてべそをかいている少年の頭を優しくなでる
臆病者のくせに案外アグレッシブな奴だ……
「ええと、じゃあ……なんでねむらないんだよ?」
一瞬戸惑うようなしぐさを見せたので、もしかしたら過去の話題に触れてしまったのかと思った。だとしたらそれはとんでもない契約違反だ、と少し冷や汗をかくが、どうやら様子を見ているとそういうわけではないらしい。
単純にYES,NOで答えられない質問が来たので戸惑っているだけのようだ。
少し安心するものの、今更ながらかなり無神経な質問であったことを反省する。
しかし、このままでは先に進まない、どうしたものか……
その時、左側の体に違和感を覚える。
目線を落とすとシークがしがみついていた。先ほどまではかなり落ち着いていた震えも再発していた。
わけもわからないがとりあえず落ち着かせるためにシークを膝の上に載せて後ろから抱きしめる。その表情は、何かから一心不乱に逃げようとしているようにさえ見えた。
「おちつけ、シーク。大丈夫だ。俺はここにいる。ここにいるぞ」
乱れた呼吸が少しずつ安定したテンポに戻っていく。
自分の腕の中で力を抜いていくその姿は夜を恐れて眠れない子供そのものだった。
ああ、懐かしいな。旅に出る前はグリーンも、眠れないのなんのとどたばた騒いで研究所の俺の部屋に駆け込んできたりしてたっけ。
あいつはああ見えて結構怖がりだからな、そういう時はいつもこうやって……
ん?
シーク……もしかしてお前……
夢が怖いのか?
「!!!」
いきなり振り向き、自分の腰にあるミズキの左手の指を一本ずつつかんでパーの形に開き、一発だけ、ぱあん、と小気味いい音を鳴らす。
なあんだ。そういうことだったのか。
悪夢に夜を支配される。
過去にとらわれた者ならば、一度や二度は経験したことがあるだろう。
こいつも同じだ。
それこそさっきの印象通り、
こいつは夜を恐れる子供そのものだったのだろう。
だったのならば、
やはり俺はこいつを連れてきて正解だった。
ほかのだれにもできないことを、俺はこいつにしてやれる。
『み、ミズキさんの部屋に来るとなんだかよく眠れるんですよ……ほ、ほんとですよ! 別に俺が怖くてここにきてるわけじゃあ……』
少し前のことを思い出して軽く吹き出してしまったのをシークが不思議そうに見ている。
ありがとな、グリーン。お前のおかげで何をすればいいのか分かったのかもしれない。
なるべく優しく、傷物を壊さないように、ぼろぼろと崩れ落ちることがないように、そっとシークの体をなでる。
「……?」
大丈夫だ、シーク。安心しろ。
悪夢なんか俺がみさせない。
俺とともに歩いてくれる仲間の夜を、夢なんかには崩させない。
全部まとめて食ってやるから。
いい夢見ろよ。おやすみなさい。
「しまった……」
シークをここで寝かせたら、俺はどうやって下りればいいんだ?
ジャケットにしがみついたままのかわいらしい仲間をはたき起こすことなどできるはずもなく、ミズキは人生で初めて、木の上で夜明けを迎えたのであった。
あー。日の出がきれいだなー。
自分がシークを好きになるための回です