戦場においては、いかなることがあっても敵から目を背けることはあってはならない。
これは軍で銃火器の訓練中に上の者たちが口を酸っぱくして言い続けた心がけだった。
高威力のこうげきを繰り出す前は、敵から片時も目を離さない。
必中を狙うため、
そう言われ続けた。
以前ミズキも、音を手放したおにぽんから視覚も奪うことによってほとんど無傷で勝利する、という戦術を取ったことがある。
改めて言うまでもないことかもしれないが、視覚というのはそれほどまでに重要なものだ。
しかし今回に関してはその認識は少しだけ裏目に出た、と痛む目を抑えながらマチスは思った。
相手の作戦はこうだった。
まず本当は素早いはずの自分の萌えもんにあえてハードパワータイプのような真正面からのぶつかり合いを仕掛けさせる。そうして自然にダメージを蓄積させつつ、“ニトロチャージ”で体を温め加速の準備。もっと言えばわざと遅いスピードを見せ、相手の目を慣らさせておくことで後の速攻こうげきの布石を捲いておく。
そうして“こうそくいどう”でこちらの目線を完全に振り切り、渾身の力で、ぼろぼろの体で、“きしかいせい”をぶち込み逆転KO。
というシナリオだと思っていた。
“こうそくいどう”で視界から消えようとするガーディを、無理やりとらえようと、全神経を目に集中させた。
そんなこちらをあざ笑うかのような、爆発。
相手の一挙手一投足を見逃さない。敵の動きを先の先まで予測し、一秒でも早く敵の行動を認識する。
そんな毎日叩き込まれた心得のような習慣化した行動を、逆手に取られた。
結果、視界は奪われた。
目で敵をとらえようとした矢先に目を奪われたマチスは、滑稽にさえ感じる自分の状況に歯噛みする。
しかし、マチスの悪夢はまだ終わらなかった。
「いったいこれは……どういうことだ!?」
怒りを心に無理やり押し込めながらつぶやいた結果、プルプルと震える声が小さく小さく漏れてくる。
そんな自分を無理やり落ち着かせ、状況をなるべくわかりやすく整理する。
目の前に広がる雲の中にのまれたかのような光景。
状況が状況でなければその白と泡が生み出す七つの光色に見惚れていたかもしれないが、そんな心の余裕はなかった。
何をどうしたら、ガーディにこんな状況が作り出せるのか?
もともと多くないガーディの知識を頭の中で無理やりかき集めて整理するが、答えは全く見つからない。
そもそもこの戦闘でガーディはすでにわざを四つみせている。
“ニトロチャージ”
“かえんほうしゃ”
“こうそくいどう”
“はじけるほのお”
これらのわざからこの状況を作り出す方法など、逆立ちしたって出て来やしない。
答えが出ない、という状況から、出て来る答えは一つだった。
だれがどうやったのかは知らないが、自分が最高に昂ぶる舞台は、謎の横やりで台無しにされた。
その現実がマチスの昂ぶった心を触り、さっきとは違う熱が頭の中を支配する。
楽しいバトルを望んでいたのに。
ピリピリとした、熱い戦闘を望んでいたのに。
戦いを求むこの気持ち、分かり合えると思ったのに。
「ライチュウ! 小娘を黒焦げにしてやれ! “10まんボルト”ぉ!」
怒りに任せた乱暴な声がフィールドの中にこだまする。
が、自分の臨む反応が返ってこないという現実についに耐え兼ね、
絶対強者の余裕を持ったマチスの顔から表情が消えた。
「哀れね」
「そうですね。女の子を人質だなんて、絶対に許せません」
「わっちは見事に時間稼ぎに利用されたわけだな。相も変わらず性格の悪い主だ」
そして霧の中から聞こえる何の変哲もない普通の会話に、これ以上ないほど顔をゆがめる。
「……てめえら……いったいそこで何してやがる! ライチュウ! とっととそいつらを黒焦げにしろ! “10まんボル」
と、と言おうと口を動かしていた自分の顔に、むぎゅう、と何かが叩きつけられ、思わず体のバランスを崩す。
下半身に思いっきり力を入れ倒れかけた体を無理やり元の位置に戻すと、自分の下にどさりと音を立てて落下した何かを見る。
霧の立ち込めるその場で目を凝らすと、少し焦げてくすんだ橙と黒の縞模様の毛並みが目に入り、大量の汗がしたたり落ちる。認めたくないが、完全に自分のライチュウだった。
「でもフレイドさん、よく気が付きましたね。誰よりも早くブルーさんの場所に走って行ったじゃないですか」
「“はじけるほのお”なんて、1on1で使う理由なんて何一つないわざを主が選択する理由を考えれば、主がこの勝敗を見ていないことは直ぐにわかる。だったら目的は『ブルー殿の救出』以外にないだろう? 最速状態のわっちが助けに行くのは当然のことだ」
「お見事ね。不安になるくらいの信頼の深さだわ」
「……やっぱりおししょーはすごかったです!」
まるでもうすでに勝利したような雰囲気の会話がさらにマチスの感情を逆撫でする。
ふざけるな、まだこの場所は自分の
人質さえ逃がすことがなければ、まだいくらでも勝機はある!
「エレブー! 弾幕を吹き飛ばせ! “でんげきは”!」
その瞬間にエレブーの手のひらにすさまじい勢いででんきエネルギーの塊が集まり、先ほどのフレイドと同じように、空中にそのこうげきを打ち上げる。その光球が霧で見えなくなるまで登ったところでマチスは自分の目を伏せる。
本来こんな使い方をするわざではないということ、相手のわざの使い方をまねていること、相手の後の先を取っていること、一度かかった罠を反省した行動をとっていること、その一つ一つの現実をマチスはかみつぶすようにしてこらえる。
やがて“でんげきは”は弾け、その電撃が起こす爆発が霧をはじき、舞い散る閃光が泡を割る。
そしてマチスは何度目かわからない脳内ショートを起こす。
周りのしたっぱが一人残らずやられてしまっているのは仕方ない。“はじけるほのお”による予想外のこうげきでできた隙を突かれ、上の萌えもんたちにやられてしまったのだろう。
萌えもんたちとミズキが人質のそばに合流してしまっているのも仕方ない。相手の作戦にはまってしまったのだ。ある程度は相手に都合のいい陣形が組まれることは予測できた。
なぜ、
所謂お姫様抱っこでブルーを抱えているミズキは、冷え切った目を浮かべながら萌えもんたちの真ん中を進み、少しずつマチスに近づいていく。その歩みに呼応するように後ずさりするマチスの腰は、すでに完全に引けている。エレブーはそんなおやの前に出てミズキを制止させるが、肝心のマチスに指示を出す力がない。
「て、てめえ……どうやって、だ、だってカギはここに」
そう言いながら内ポケットをパンとたたく。掌に何か違和感を感じる事が出来たマチスはすぐさま服の内側に手を突っ込み、違和感の正体を引っ張り出す。
……が、当然そこに自分の望むものはない。
「ス……スプーン……」
手に入る力の強さとは裏腹にマチスの勢いがどんどん小さくなっていくのがミズキにはもちろんみている萌えもんたちにも、悲しいことにエレブーにさえ手に取るように分かった。
「……てめえか! ユンゲラー!」
「大正解。五分前に答えを出してりゃ百点だったな。ま、レポートの期限外提出は一切認めないけど」
そう言いながら肩に乗るシークに軽く微笑む。
「“トリック”……」
もう何度もやられているが、改めてやられたのだと頭を抱えた。
とくしゅへんかわざ、“トリック”。
エスパータイプの萌えもんの多彩さ、へんげんじざいっぷりを体現しているかのようなわざでその効力も普通の戦闘を有利に進める“なきごえ”の様なわざとはまた一つ線を引く特殊なわざのうちの一つ。
『相手と自分がもっているどうぐをを入れ替える』
本来ならば相手萌えもんから有用などうぐを強奪したり、不要な道具を押し付けたりするためのわざなのだが、
当然、人に使えない道理はない。
「返してほしけりゃ返してやるよ。もう必要ないからな」
そういうとシークが手元から“ねんりき”で相手の眼前にカギを差し出す。その気があるのかないのかは不明だが前でふわふわと浮かぶそれはマチスを“ちょうはつ”しているようにしか見えなかった。
それを右手で思いっきり横にはじいた後、しぼるように問いを出す。
「なぜだ……なぜ、そんな連携が出来た……」
もはや座り込んでしまったマチスを見ながらミズキは無言で耳を貸す。
「絶対戦闘を持ちかけたのはここに来てからだ。事前にこんな打ち合わせができるわけねえ。第一打ち合わせできたにしても、ユンゲラーの動きは不自然だった。まるで『人質を連れ去るためにはカギが必要だったことを最初から分かっていたかのような作戦』だった。いったいてめえは何をした?」
ゆっくりとたどたどしく話す。煩わしい英語が挟まらないのが本当に追い詰められている証拠なのか、とミズキは勝手に解釈する。
「当たり前だろ。事前に打ち合わせなんかしてねえよ。戦いながら考えた作戦だ」
「……
ありえない。
萌えもんにあれだけの指示を出しながら、
他に、戦闘外で、相手を出し抜く事が出来るなんて。
いや、そんなことよりも、
「……たとえ、たとえてめえが、ガーディに指示を出しながら、ガーディのための戦略を考えながら、俺様を出し抜くプランを立てる事が出来たとしても! それが伝わるわけがねえ! 声も出さず! 合図も送らず! てめえの仲間はてめえの作戦を全部理解できたってのか!」
「その荒唐無稽な話を現実にする切り札を、渡してくれたのはお前だぜ」
言ってミズキはゼニにブルーをいったん任せ、シークをおろした後、懐に手を突っ込み、引き出す。
二つの指でプラプラとぶら下げるそれを見て、青ざめるマチスの顔は悲惨だった。
「ポ……ケ……ギア」
対戦の時の正面の景色がリフレインする。
その景色の隅に映っていたのは、ずっと
「わたしがミズキのポケナビを持ってたのは、完全に偶然だったんだけどね」
「ブルーをさらったことを知らしめるための演出として使ったんだろうが、完全に墓穴を掘ったな」
ゼニとミズキが笑い、答える。
「腕の中で……メールを」
「
口角を釣り上げたその表情の後ろに、大きな大きな影を見たのは自分だけだったということをマチスは知らない。
「え、エレブー! 突っ込んで“フラッシュ”だ! 俺が逃げるための時間を稼ぐんだ! 早くしろ!」
目の前にいるエレブーの背中越しに心の底から声をだし、叫ぶ。
しかし、エレブーは動かない。
「え、エレブー?」
恐怖のあまりに思わず声が裏返る。泣きかけているのは明白だった。
「エレブー? どうしたんだエレブー!?」
エレブーは何も言わず、振り向き、マチスの腰に手をかける。
すなわち、自分のボールに手をかける。
マチスが声を上げるまもなく、エレブーはボールに戻っていった。
「……な……なんで?」
「お前に愛想を尽かせたんだよ」
再び冷たい目に戻し、残酷な現実を無機質に伝える。
「ば、ばかな。だって、エレブーは俺の……俺の……」
「道具か?」
続けようとした言葉を思わず飲みこむ。
「エレブーは別に、お前を認めて従っていたわけじゃなかった、ってことだな」
強いお前を恐れ、強いお前と一緒にいれば、自分も強くなれると判断した。
「弱者に成り下がったお前に、付いていく意味はなくなったんだ」
「ばかな……ばかな……そんな」
絶望するマチスを上から見下ろしながら、ミズキは声を投げ下ろす。
「お前、言ったよな。俺とお前は似ているって。俺とお前は、目的のために手段を選ばない孤高の強者だって」
一緒にすんな。
お前は、孤高の強者なんかじゃない。
どんな手段でも使う事しかしかできない、底辺の弱者だ。
「戦闘狂と、勝つことだけ事しか能のないクズと、俺を一緒にした時点で、お前の負けは決まってたんだよ」
脱力したマチスが落とした、まがったスプーンのきんぞくおんがひびきわたった。
「……これは、返してもらうぜ。シークの大切なものなんでな」
拾うついでにマチスの顔を覗き込む。
「……嘘だ……嘘だ……こんなの……これは夢だ……悪夢だ」
「おい、あんた。何言ってんだ」
ホントウノ悪夢ハココカラダヨ?
「ひっ!?」
後ろ姿を見た三人は嫌なものを察し、三人は吹き出す謎の妖気に体を震わせていた。
「ゼニさん、先に出ていましょう」
「りゅう殿。貴殿は見なくていい」
(ぽんぽんぽんぽん)
スー、フレイド、シークはそれぞれ、三人の手を引き、三人が何かを言う前に、空間を後にする。
もう、今の彼に対して、何をすることもできやしない。それがわかってしまったから。
彼は、おにぽんに、言っていたのだから。
『俺は、ブチ切れてるよ』
最後にスーが少し振り向いた時、右手の小指を差し出す姿が目に入った。
夢のような
お前が本当に強ければ、帰ってこれるかもしれないぜ。
死にたくなけりゃあ頑張るんだな。
―――――――――――――――常闇の間、夢幻の戦場―――――――――――――――
「こ、ここは?」
暗い。どこだ?
ガキやガーディがいない。他に誰もいない。
逃げ切れたのか?
「ふ、ふは、はは」
HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!
やった、やったぞ!?
「俺は、俺は、俺様は、あの悪魔からにげきっ
ブシュ。
「……った?」
What? Why?
どうして? なぜ?
なぜ自分の体から刃物が突き出している?
「戦場においては、いかなることがあっても敵から目を背けることはあってはならない」
最後の力で後ろに首を回すと、軍時代の、大嫌いな上官がそこに立っていた。
「はっ!」
起き上がり、腹を触る。何もない。
「……夢?」
そう思った瞬間に、視界がズレる。
そしてズレたのは視界ではなく自分の顔の方であるということに気付く前に、
「刀は近づかれる前に銃で制せよ」
べシャリという体が崩れる音を聞いて意識を手放す。
起きる。
死ぬ。
起きる。
死ぬ。
十を超えたあたりで腰に手をかけるも、萌えもんボールはそこにはなく、その隙をつかれ死んだ。
二十を超えたあたりで対抗しようと思い至り、拳をふるうも相手が萌えもんを繰り出し、なすすべもなく死んだ。
百にさしかかろうというときに、自分に死を運ぶその者たちが、自分が利用し、使い、殺めた者たちであることに気づいてから死んだ。
死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。
数えるのをやめてから数百の死が訪れ、戻った体を持ち上げるための心がなくなりかけたころだった。
……ココカラデタイノカ?
……てめえは誰だ?
トウテルノハワレダ。ココカラデタイカ?
……出してくれ。ここから出るためなら何でもする。たのむ、出してくれ。
……ナンデモ、ダナ?
……ああ、何でもする。
……デハ、コレガ、
Last firld ダ。
うつぶせの状態から、首にだけ力を入れ、無理やり頭を前に向ける。
黄と橙のきれいな脚が、二本ずつ見えた。
……エレブーと……ライチュウ?
「た、たのむお前ら! 俺はお前らに勝てば助かるんだ! たのむ、負けてくれ! お前らを育ててやった恩を忘れたのか!?」
起きることのできない体で吐いたそのセリフに、どれだけの力があっただろうか?
「……あなたを信じて、ついて行ったのに」
「……あなたが強いから、従っていたのに」
傍観している悪魔は思う。
ナカッタノダロウ、と。
「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!」
ワレハカレラニショウリスレバヨイトハイッテイナイノダガナ……
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緊急事態発生、緊急事態発生。
ターゲット拘束失敗。ターゲット、萌えもんトレーナーミズキ。
サントアンヌ号を早急に出向させ、下船を阻止せよ。
マチス様は意識不明。原因の究明を急ぐ。
マチスのメンタルが豆腐すぎるような気がしますが
・最高に楽しい戦闘を望んだのに裏切られたこと
・戦闘の戦略、戦闘以外での計画、二つで完全に上をいかれたこと
・絶対強者としてのプライドをズタズタにされたこと
この辺を考えれば戦闘狂の精神が壊れるのも妥当かなと思いこうなりました。
マチスファンのみなさんごめんなさい。