罪深き萌えもん世界   作:haruko

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お待たせして大変申し訳ございませんでした。


第7話 1 異端の町の異変

 

 

 

 

 

ぷっ、と口の中から液体を吐き出す。あまり見たくはなかったが、吐き捨てた方向を見ると赤い唾液が木製の橋に付着していた。その後ほほを触るとまた、手が赤く染まる。

 

足が動くだけ幾分ましだろうかと思っていたが、この出血ではすぐに力尽きるだろうなと思ったレッドは背後の柵に背中を任せ寄りかかる。

 

「カゲ……大丈夫か?」

 

「ケッ……こんなダメージ、屁でもねえよ」

 

そういう相棒の体を見る。どれだけいいように考えたとしても、絶好調の体とは思えなかった。

標準の萌えもんより一回り大きくしっかりとした体格に、敵を食らいつくさんとする鋭い瞳、ごうごうと燃え盛るしっぽのほのお、そのすべてがいつもより小さく見えた。

 

体は震え、瞳は濁り、ほのおはどんどんと勢いを失っていく。レッドは彼との長い付き合いから、これは恐怖のサインではなく、純粋な疲れによる限界なのだと悟る。

 

 

 

「……くそ」

 

 

 

いくられいせいを装って状況を分析したとしても、打開策は一向に思いつかない。

 

どれだけ力が劣っていても、どれだけ体格が劣っていようとも、瞬時に驚愕のウルトラCなプランで敵をぶち破る、自分の尊敬する兄貴分を思い出す。

 

 

 

そうだ、俺は格下だ。なりふり構ってなんかいられない。

 

 

 

痛みをぐっとこらえ体を起こし、顔を上げる。目の前にはいら立ちの表情を前面に押し出した、怒れる強大な萌えもんの姿があった。

 

 

 

 

 

いねむり萌えもん、カビゴン。

 

 

 

 

 

力で真っ向勝負したって、勝ち目がないのは十分にわかった。

 

 

 

だったら!

 

 

 

「カゲ、“ほのおのうず”!」

 

 

指示を受けたカゲはしっぽで自分の尻を思いっきりひっぱたき、どう見ても無理やりに体を起こして臨戦態勢に移る。

再度燃え上がるしっぽから放たれた炎は直線を描きカビゴンの周囲を足元から焼き、動きを封じる。

カビゴンは顔の前に腕を交差させ頭を炎による熱から守る。しかし、“ほのおのうず”の真骨頂はそこにはない。

 

 

「くぉおおおおおおおおおおおおお!」

 

 

ほのおの渦中のカビゴンから悲鳴のような声が漏れる。

 

そう、“ほのおのうず”の最大の特徴、『持続ダメージ』と『萌えもん拘束』だ。

 

単純な性能、こうげきりょくや飛距離、命中率を考えるのであれば断然“かえんほうしゃ”や、“だいもんじ”を使用すべきである。しかし、萌えもんバトル。特にルールのない野戦においてはそれだけを使っていても勝てない。

 

カントー地方の萌えもん屈指の体力、ぼうぎょりょくを誇るカビゴンからすれば、削りダメージは大した痛手にならないことはレッドもわかっている。大切なのはもう一方だ。

 

「よし、これでしばらく動けない!」

 

もともとカビゴンは素早くない。しかし、機動力が『1』から『0』になるのはえらい違いだ。もはやカビゴンはこちらの位置さえ認識できずに身に降り注ぐ渦からの火の粉を払うのに必死になっている。

 

 

 

今しかない!

 

 

 

 

 

 

「行くぞ! カゲ!」

 

「おう! こっから逆転」

 

 

 

 

 

 

カゲが言い切る前に首根っこをつかみ、走り出す。

 

 

 

 

 

 

「はっ?」

 

 

 

 

 

 

「にげるんだよぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 

 

 

 

 

 

戦いの後遺症である、ところどころ焦げ付いた木製の橋を思いっきり蹴り飛ばしながら全力で走る。

 

 

 

……が、ある程度の距離を離したところで膝が砕け、思わず地面に片手をつける。息切れをどうにか整えながら、後ろを見る。“ほのおのうず”の効力が切れ、自由となったカビゴンと目があった。

 

 

「おい! レッド、どういうことだ! 俺は戦うぞ! あんな野郎絶対ぶっとばして」

 

 

「勝てないよ。今のカゲと俺じゃあ勝てない。俺だって気づいたんだ。お前はもうとっくにわかってただろ」

 

 

口を少し抑え、深呼吸しながら再び前に歩きはじめる。急いでいるつもりではあったが体が全くついてきていない。足の遅いカビゴンにどんどん差を詰められていることからもそれは明らかだった。

 

 

「! っちい! やっぱり追っかけてきてるじゃねえか! ここはやっぱり俺が戦うしか」

 

 

「いや、カゲ。下だ! カビゴンの足元を見ろ! “かえんほうしゃ”!」

 

 

カビゴンに向かって走り出そうとしていたカゲは無理やり一歩目を抑え込み、困惑した表情のまま言われるがままに“かえんほうしゃ”を放つ。

 

 

それをカビゴンは煩わしいものを振りほどくが如く、ほのおを大きな足で払いのけ進んでくる。

ずん、ずんと一歩一歩の力強い足音が“かえんほうしゃ”をうち続けるカゲの心の不安を煽る。

 

 

「がああああっ!」

 

 

口から放たれるほのおの威力が上がる。文字通り、最後の力を振り絞り命の炎を燃やしているのだ。

 

 

 

 

しかしそんなことお構いなしと言わんばかりにカビゴンは歩みを止めない。

 

 

 

 

一メートルずつ迫る巨体の重圧から、熱いカゲの体から冷や汗が垂れる。

 

 

 

 

 

 

 

(も、もう、げんかい……!)

 

 

 

 

 

 

口から出ていたほのおは途切れ、そのままカゲは前へと突っ伏す。

 

 

 

 

「く、そ……が」

 

 

 

 

咳き込んだ時に思わず口から炎が漏れる。完全に自分の中の力は空っぽになった。

 

 

 

脱力した体を必死に動かし、ほんの少しだけ顔を上げて前を見る、

 

 

 

 

 

何かされたのか、とでも言いたげな表情のカビゴンがドシン、ドシンと迫ってきていた。

 

 

 

 

 

くそ……倒せなかったか。

 

 

 

 

もう声を出すこともままならないため、心の中で吐き捨てる。

 

 

 

まずい。完全に状況が悪化した。これじゃあレッドを逃がすこともできやしない。

 

 

 

……やられる!

 

 

 

 

 

「カゲ。ご苦労さん」

 

 

 

 

 

背後からそんな落ち着いた声が聞こえる。

 

 

 

 

 

 

馬鹿野郎。

何してるんだ。

早く逃げろ。

 

 

 

 

 

 

口の動きだけで自分の意志を伝えようとしたカゲだったが……

 

 

 

 

 

 

そんなカゲの行動より先に、事態は動いた。

 

 

 

 

 

 

 

「ぬぉおおおおおおお!!」

 

 

 

 

 

 

 

響き渡ったのはカビゴンの悲鳴と、ばきべきと崩れる墨化したカビゴンの足元の橋だった。

 

 

 

 

 

 

 

音が完全に途絶えるころには、カゲはのどの状態を回復し、レッドは力を抜きその場に座り込んでいた。

 

「そういう……ことかよ」

 

「これしか……浮かばなかったんだ。奴からにげる方法は」

 

力なく笑うレッドに対し、先に言え、と悪態をつく。

 

「ほら、早いとこ萌えもんセンターに戻ろう。残念だけど、捕獲失敗だな」

 

「ああ。でも、あいつの言ってること、本当だったな」

 

「……その話も含めて、萌えもんセンターで状況を整理しよう」

 

よっこらせと立ち上がり、ずたぼろのレッドに肩を貸し、元来た橋の道を戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐわああああああおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

 

 

 

 

 

背後から聞こえた咆哮が、すぐに足を止めることになったのだが。

 

 

 

 

レッドとカゲはお互いにお互いの青い顔を見合わせ、油が切れたロボットのようにぎこちない動作で後ろを向く。

 

 

 

 

水の中を器用に泳ぎながら、橋に上がりなおすカビゴンの姿がそこにあった。

 

 

 

 

「…………嘘……だろ?」

 

「泳げんのかよ……あの体で」

 

 

 

 

そのつぶやきを最後に、レッドはその場にへたり込む。完全に脱力してしまった。

そんなレッドを背中に守るようにカゲがカビゴンに相対する。

 

「カゲ……逃げろ……もうほのおわざも使えないんだろ」

 

「見縊るな。たとえほのおがなくたって、俺にはまだまだわざがある!」

 

しかし、そう強がるカゲも、もう限界なのは火を見るより明らかだった。

 

 

 

 

 

 

 

そして、当然ここにきて、カビゴンが情けをかけてくれるはずもない。

 

 

 

 

 

 

「けっ! 上等だ! 最後の最後まであがいてやるよ!」

 

 

 

 

 

 

そうだ。こんなところでへたってたら、あいつにきっと笑われる。

 

 

 

 

 

「奇跡の一個でも起こすまで、あきらめてたまるかってんだ!」

 

 

 

 

 

カゲは走りだし、腕を突き出す。自分が最も自信を持つ、腕力だけのはがねわざ。

 

 

 

 

“メタルクロー”

 

 

 

 

聞くわけがない。わかっている。

しかし、それでも、カゲは全力で腕を振りかぶり、自分より二回りも大きい山のような体格のカビゴンに突っ込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うがあああああああああああありゃあああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カゲ! 顎だ! 顎をうちぬけ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

突如、声が響き渡る。

 

 

 

レッドの声ではない。そもそもレッドは真後ろにいる。カビゴンの後ろから指示を出せるわけがない。

 

 

 

しかし、瞬時に、その声が信用できる声だと判断する。

 

 

 

 

 

 

 

そしてカゲは、軽くしびれる足で無理やり体を浮かせ、一撃を放り込む。

 

 

 

 

 

どごっ、という鈍い音が鳴り響くと、

 

 

 

 

ほのおこうげきでは一度もびくつか無かったカビゴンの体が、ずれた。

 

 

 

 

「! こ、これって!」

 

 

 

 

どういうことだ、という前に、目の前の状況が一気に変わる。

 

 

 

 

 

 

 

正面からカビゴンの顔に一撃いれて空中にいた自分の体が、なぜかカビゴンの背中を見ながら座り込んでいた。

 

 

 

 

 

 

「ナイスファイトだったぜ」

 

 

 

 

 

自分と位置が入れ替わった男の優しい声が耳に届く。

その声を聴くや否や、アドレナリンによる感覚麻痺のみで動いていたカゲはふっと力を抜き、意識を手放す。

カゲの耳に最後に飛び込んできたのは、カビゴンの悲鳴と、カビゴンが倒れこんだ時の爆音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は移り変わって萌えもんセンター。トレーナー用開放スペースの片隅で、ミズキと包帯まみれのレッドは反省会を開いていた。

 

「今回のお前の失敗は、圧倒的な勉強不足だ。カビゴンには『あついしぼう』っていうとくせいがある。身に覆われた大量の脂肪が、温度変化から守ってくれるから、ほのおタイプやこおりタイプのわざにめっぽう強くなるっていうとくせいだ」

 

「……だからカゲがいくら攻撃してもダメージを負わせられなかったんだ……」

 

「それに攻撃方法もまずかった。カビゴンは体重が重い。体重が重いってことは重心が座ってるってことだ。そんな相手の重心の近く、今回で言うとカビゴンの胴体部分か、をたたいても重たい感触を感じるだけで大きいダメージを与えることはできない」

 

備え付けられたホワイトボードにペンを走らせながら大きい黒丸を書き、その上に小さい黒丸を乗せたような図を描く。

 

「それ……何?」

 

「カビゴン」

 

「……」

 

「主の弱点をようやく一つ見つけたな」

 

フレイドに拳骨を一発いれて話に戻る。

 

「そういう時はなるべく重心から離れた場所を狙う。俺がカゲに指示したのは、頭にこうげきすることだったな。そうすれば重心が下にあるカビゴンは回転による勢いを抑えきれずに体制を崩す。こういうのを力学の用語で『モーメント』っていうんだが、まあ知るわけもないよな」

 

最後にちょんちょん、と証明終了のしるしを書き入れ、ホワイトボードを消す。

 

「まあそういうことだ。お前は最初っからあそこにカビゴンがいることはわかっていた。だったならば突っ込む前にカビゴンの情報を調べておくべきだった。『彼を知り己を知れば百戦殆うからず』。情報ってのは大きな武器だ。今回偶然俺が通りかからなかったら危険だったというのを認識して、しっかり反省しておくことだな」

 

「はい……」

 

膝の上に置いたカゲの入った萌えもんボールを握り締めながらレッドが悔しそうに返事をする。

 

「……まあ、そう落ち込むな。確かに反省点はあったが、褒めるべき点も山ほどあった」

 

「えっ?」

 

「かなわないと判断して、捕獲をあきらめ逃走を選んだこと。カビゴンの体重を利用して、橋を焼いて水に落とすという搦め手を扱ったこと。どっちも以前のお前だったなら想像もつかなかったような作戦だよ。お前は気づいていないだろうけどな」

 

さらに言えばこいつらはシオンタウンから南下してきた。ということはあの過去の遺産とまで称されているイワヤマトンネルを通過してきたという事なのだろう。その事実だけで自分の中のレッドの評価はうなぎのぼりである。あそこはただただ突っ込むしか能のないバカが通れるほど楽な道じゃあない。ニビであったレッドと比べれば今のレッドは月とすっぽん。日進月歩。男子三日会わざれば刮目して見よだ。立派なトレーナーの顔になっている。

 

「それにカゲも成長している。リザードになっていたのは当然だが、技のキレも、地力も以前見た時とは段違いだ。お前もトレーナーとして成長しているあかしだよ。ほれ」

 

そう言ってレッドの目の前に、萌えもんボールを一つ置く。レッドはそれがいったい何のことか把握できずにきょとんとしている。

 

「頑張ったご褒美だ。欲しかったんだろ? カビゴン」

 

「!? い、いいの!?」

 

「ああ、俺には必要ないからな。その代り、代わりの萌えもんボールを一つもらうぜ。もともと必要な分しか持ち歩いてねーからな」

 

そういうミズキは自分の腰についている空のボールを一つ持っていくが、レッドはそれも聞かず、ミズキに褒められたことと、カビゴンを手に入れた喜びで今にも飛び上がりそうなほど喜んでいる。

 

「ありがとう! ミズキ兄さん!」

 

「お、おお……」

 

ああ、そういえば、そんな呼び方に代わってたっけ……

 

今まで小生意気な弟のように接してきた分、久しぶりの反応に少し戸惑う。

 

「ああ、そうだ。おい、レッド。その代わりといっちゃあなんだが、いくつか聞きたいことがある」

 

「聞きたいこと? ミズキ兄さん以上に俺が知ってることなんてほとんどないと思うよ?」

 

「知識はな」

 

言う人が言えば嫌味全開な発言だが、ミズキが萌えもんやそれに沿う知識に関してはカントー随一のトレーナーであるということを理解しているレッドやスーたちは苦笑いだけで済ませてくれる。

 

「俺が欲しいのは情報だ。この町に入ってからまっすぐ萌えもんセンターに来れたんだから、少なくとも何日かはここにいたんだろ? お前がこの町で得た情報を俺にもくれって言う話だ」

 

「ああ、なるほどね。いいよ、何?」

 

 

 

 

 

この町、いったい何があった?

 

 

 

 

 

「……やっぱり気づいてたんだ」

 

「気づかない方がどうかしてる。町の入口に差し掛かってからずっとだ。ストレートに言うなら、気持ち悪いんだよ、この町のすべてが」

 

シャツの襟もとに人差し指を引っ掛けはたはたと揺らしながら言う。

 

「そりゃあ、シオンタウンはタマムシシティやセキチクシティみたくでかく発展した都市じゃないし、萌えもんの魂が眠る街と言われることもある。カントーの中でもあまりいいイメージを持たない人たちは山ほどいるだろう。だが、少なくとも、俺が知っているこの町の住人達は、この尊い紫苑の町柄を愛している。一見すると薄気味悪いこの町の瘴気を、この町の住人達は受け入れている」

 

「詳しいね、ミズキ兄さん」

 

「まあ、昔な」

 

ともかくそんな奴らが、と言いながら、ミズキは萌えもんセンターの窓の外を見る。

 

「あんな姿でうろちょろしてて、不思議に思わないわけがないだろう」

 

ミズキが背中越しに親指で指差す方向を、スーとフレイドは窓枠に手をかけよじ登りながら見る。

そこに広がる景色を見れば、ミズキが、あんな姿、と称したくなることも納得だった。

 

 

ゾンビが街を徘徊しているかのようだ、と形容しても大方差支えない……いや、もう言ってしまおうか。そう言い表すのが一番適格だと思えるほど、その光景は異質だった。

 

 

「うろちょろしている住民の目に光がない。まるで生気とか、魂とかを奪われたかのような顔だ」

 

 

妙に実感のこもった声で、それでいてれいせいに分析する。

 

「そしてもう一つ。別件か同件かは定かじゃないがずっと気になっていることがある。お前がよーく知っているであろうことだ」

 

「……? 何の話?」

 

 

「さっきのカビゴン。いったいお前はそいつに何をした?」

 

 

「な、何もしてないさ。俺は、普通にカビゴンと戦っただけだ」

 

「じゃあなんでカビゴンがあれだけ暴れることになるんだ?」

 

そう、ミズキの一番の謎。萌えもんセンターまでレッドと同行し、あまり好まないご高説をたれてまで時間を取った理由だ。

 

食事をしていないときはほぼ寝ているとまで言われる野生のカビゴンは一日のほとんど、いや、一生のほとんどを寝て過ごすといっても過言ではない。

まあ、それ故に育てればもっととんでもないポテンシャルが文字通りねむっているという事の裏付けでもあるのだがまあそれは今回どうでもいい。

 

「カビゴンは本来腹の上を子供たちの遊び場にされても怒らないといわれるほど温厚な萌えもんだ。野戦においても、戦う事より逃げることよりまず眠ることを優先する。それぐらい怒りという感情に縁遠い萌えもんだ。そんなカビゴンが怒り狂ってお前たちを積極的に襲っていた。その理由が全く分からない」

 

まあ、カビゴンの琴線に触れる事が出来ないわけでもないのだが、少なくとも今のレッドにそれが出来るとは思えない。ここにいてそれができるのはせいぜい俺とシークぐらいだろう。

 

 

 

 

「……実は、カビゴンが暴れまわってたのは、今日始まったことじゃないらしいんだ」

 

 

 

 

「……何?」

 

横目で窓の外を見ながら、いやそうに口を開き始めるレッド。それを見て、件の二つのことは無関係でないことを確信する。

 

「実は……この町に来てすぐに……」

 

 

 

 

 

 

 

「……もう、なんだよこの薄気味悪い街ぃ……」

 

「もうとっととこんな町出ようぜ。なんだかこええよ、ここのやつら」

 

レッドとカゲはそういいながらタウンマップで逃げ道を探すように進路を考える。

一心不乱に地図を見ているが、実のところあまり集中できておらず、周りのゾンビもどきたちと目を合わせたくないだけだった。

 

「でもどうするよ、町のやつらがみんなこんな状態じゃあまともに話も聞けねえぜ?」

 

「うーん。そうだなあ……仕方ない、あてずっぽうでいいからとりあえず南の方からこの町を出て……」

 

 

 

 

「やめなよ」

 

 

 

 

軽く丸まった背中をピシッと伸ばし、思いっきり前にステップした。臨戦態勢を取った、というよりはほぼ反射的なものだったが、とりあえず背後の何かから距離を取る。

 

「ちょっと、女の子に対してそんな態度はないんじゃないの」

 

声の主は自分よりもやや小さな少女だった。

全身薄い茶色のワンピースを着て、肩辺りまで伸びたこれまた茶色の髪をたなびかせ、くすくすと笑うその笑顔は何処か妖艶で、それでいて儚げな雰囲気を感じさせる

 

本来なら見惚れるようなその光景に、レッドはガチガチに体が固まり冷や汗を垂らす。

 

「まあいいわ。あなたたち、旅の人なんでしょ? おいでよ、お茶ぐらいなら出すわ」

 

その女は振り返り、すたすたと歩いていく。わけもわからず呆然と立ち尽くしているレッドたちを、ドアを開けながら手招きし、誘っている。

 

「……どうすんだよ、レッド?」

 

「……行きたくないけど、ようやくまともに話せる第一村人なんだ。ぜひとも話は聞きたいところだ」

 

「うへえ……あの得体のしれない女から話を聞くのかよお」

 

あからさまに嫌そうな声を上げるカゲ。だがレッドもそれを否定しない。

 

 

『異常な状況で一番怖いのは異常な状況の中に整然と存在する正常である』

 

 

ミズキに無理やり読まされた小難しい本の中に、そんな話が有ったのを思い出した

 

 

 

 

 

「紅茶とコーヒーのどっちがいい? お砂糖は自分で取っていいわよ」

 

「……じゃあ、紅茶を」

 

応接室みたいな場所のソファーにかけるレッドは借りてきた猫のように固まっていたが、彼女はそんなレッドを見ながらも楽しそうに紅茶を注ぐ。

 

「はい、どうぞ。熱いから気を付けてね」

 

「……ありがとう」

 

カップを手に取り口にそそぐ。もともとミズキほどこういったものに入れ込まないレッドは善し悪しがわかるわけでもないが、それでもなんとなく、いい匂いだなあ、位は感じた。というよりも、味はほとんど覚えていなかった。

 

 

「それで、なんで俺たちを呼んだのさ?」

 

 

レッドは早速本題に切り込む。本音を言えば、話を聞けたら後は早々に立ち去ってしまいたかった。

 

「うーん。その前に、先にあなたたちからの質問を聞いておこうかしら」

 

そういいながら少女はソファーに深々と座り込む。長い話になることを想定しての者だろう。

 

「……この町の人たちはいったいなんなんだ? ずっとあんな状態で生活しているのか?」

 

「そうね。みんなずっとあんな状態よ。一週間前位からね」

 

「一週間前?」

 

「ええ、そう。ちょうど一週間前。変な男たちがこの町に来たのとほぼ同時期よ」

 

「変な男たち? なんだそれ、誰だよ?」

 

「知らないわよ。私、この町からあんまり出たことないんだもの。外のことなんて知らないわ。私が知ってるのは、この町のことだけ。その男たちがあそこに入って行ってからというもの、この町の人たちと、この町の周りの萌えもんたちが、おかしなことになったってことよ」

 

レッドは冷や汗をぬぐい、ふう、とひとつ息を吐く。ここの住民がもともとあんな風だったわけではないことに安堵すると同時に、新たな謎が大量に現れ、一気に不安が押し寄せてくる。

 

「なんだよ、それ。結局何もわかってないんじゃねえか」

 

思わず悪態で動揺をごまかす。が、いつの間にか少女の顔は真剣な顔に代わっていた。

 

「わたしは町の外のことは何も知らない、って言ったのよ。逆を言えば、町のことなら何でも知ってる」

 

自分の紅茶が入ったカップを優雅にすすり、言う。

 

 

 

 

 

「この町の状況は、その男たちのせいじゃないわ。私の友達が作り出したものよ」

 

 

 

 

 

「……何?」

 

 

 

 

 

「まあ、その男たちも原因の一端ではあるんだけどね。男たちはあくまで引き金にすぎないの。今シオンタウンを脅かしているのは、私の親友なのよ」

 

 

 

 

 

 

「……ずいぶん話が飛躍したな」

 

「俺だってわけがわからなかったさ。だから話半分で切り上げて、とっととこの町を出ていくつもりだったんだけど……」

 

「なぜか暴れまわってるカビゴンに返り討ちにあったっていうわけだ」

 

ミズキの発言で絵に描いたように肩を落とすレッド。全く、考えなしではなくなったもののまだまだ思慮深さのようなものは足りてないようだ。

 

「で? お前、これからどうするんだ? 俺がカビゴンを捕獲したから、一応12ばんどうろは開けた。もうこの町にとどまる必要もないんだろ?」

 

にやにやと笑いながら意地悪く尋ねるミズキに対し、レッドはその名のように赤くした顔をぷいと横に逸らす。

 

「……仮にも、危険を先に知らせてくれたんだ。お礼はするさ」

 

「素直じゃないねえ。グリーンやブルーにそっくりだ」

 

「誰が!」

 

かっかっか、と明らかに馬鹿にした笑い声をあげるミズキに対し、レッドは再び赤面しながらぎゃあぎゃあと騒ぐ。

 

「ていうか、ミズキ兄さんこそどうすんだよ。兄さんはこの件、本当に無関係だろ。わざわざ首を突っ込む必要もないじゃん」

 

「ああ、まあ、そうだなあ」

 

無理やり話題をそらしたことは明らかだったが、話も進めたいため茶化さず答えることにする。

 

「まあ、正直お前の言う通りではあるんだが、この事件は、俺個人としても興味がある。そして何よりこの事件、俺が片付けなきゃいけない事件である可能性がある」

 

きょとん、とした顔を浮かべるレッドに対し、ミズキは少し顔をゆがめ、ため息をつく。

 

「ま、その前に、話を最後まで聞きに行こうか」

 

そういうとミズキは久方ぶりに席を立ち、入り口の方へ歩いていく。

 

「ちょ、ちょっと兄さん! いったいどこ行くのさ!?」

 

「この町で情報収集するんだったら、行けるところは一つしかないだろ? ちょうど俺もそこに用があったんだ」

 

「……ま、まさか……」

 

顔を青ざめさせるレッド。そんなにその女が怖かったのだろうか。

 

 

 

 

 

「あってみようじゃねえか、その儚げな幽霊もどきちゃんにさ」

 

 

 

 

 

 




次回は早めに投稿できるかと思います。たぶん。
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