罪深き萌えもん世界   作:haruko

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投稿ペースの遅さに一番焦っているのは自分です。


最近書いては消してが増えてきました。
自分に対する要求が高くなってきたのはいいことなのかもしれませんが速度をがんばりたいものです。


第8話 1 ものひろい 別れ 再出発

 

 

 

「……最近多いな。この光景」

 

起きて一番にミズキの瞳に映ったのは寝ている自分の腹辺りに馬乗りになりながらこちらの顔を覗きこんでいるシークの顔。ちらりと見える太腿に見惚れてなどいない、断じてない。

そして右のわきに橙色の毛並みを整えて気にしてない体を装いながらもちらちらと此方の様子をうかがっているフレイド。クチバの時にも思ったことだがとことん素直じゃない奴だ。

そして左のわきにはクチバの時とは違い、怒りを思いっきり露わにするというよりはただただ悔しさを抱え込みながらもこちらを心配しているスー。フレイドもこれぐらい素直に表情に出してくれればいいのにと思ってしまうほどわかりやすい表情で自分のことを見つめていた。

 

 

そしてそっとシークを持ち上げ、膝に抱え込みながら上半身をおこす。抱き心地がいつもと違うと感じてしまったのは体中に巻きつけられたこの包帯のせいらしいが今はそんなことはどうでもいい。

 

 

「いったい今は何日の何時だ? あの後一体どうなった?」

 

 

そう、けんきゅういんにはなった一発を最後にミズキは気絶してしまっていた。

 

元より人間の限界を二個か三個ほど上回った状態で何時間という単位で大暴れしていたのだ。終盤はアドレナリンによって“まひ”した感覚でむりくり体をふるっていたにすぎず、蓄積した疲れが一気に襲ってきたといわれても自分の体に文句をつけることもできない。むしろそれまで動いてくれていたことに感謝すべきなくらいだろう。

 

 

しかし、それを加味しても見過ごせない事態が窓の外にはあった。

 

 

時間はどう見ても夕暮れ。

 

 

自分達がタワーに入ったのが昼の一時か二時くらいだったことと自分の怪我を考えればそれくらい寝てても妥当と考えることもできるが、その現実を素直に受け取るには見過ごせない事実があった。

 

 

 

 

外の住人達は、明らかに自分たちがみた者とは違う。

 

 

 

 

この町の雰囲気を壊すかのように大はしゃぎする馬鹿者どもこそいなかったが、誰もかれも明らかにその身に生気を宿し、活気に満ちた目をしていた。

 

活きた目で、嬉しそうに、萌えもんタワーへ向かっていた。

 

 

 

 

おそらく、マリムが力を垂れ流している間、彼らは塔の中の墓参りすらままならなかったのだろう。だからこそ、問題がなくなり、意気揚々としている。それはわかる。

 

 

 

 

だが、いくらなんでも早すぎる。

 

 

 

 

マリムに奪われたHPを取り戻し、ぼろぼろになった塔を修繕し、R団が起こした事態を終結させ、再び日常へと戻る。

 

 

そんなことが、半日で、二、三日で行えるはずがない。

 

 

つまり……

 

 

 

 

 

「君が寝ていたのは一三日と六時間じゃよ」

 

 

 

 

 

ドアを開けて入ってきた老人が、さらりと衝撃的な事実を告げる。

 

 

「……冗談だろ?」

 

「こんな嘘を言って何になる? まあ、信じる信じないは勝手じゃよ。ほれ、めざめの“チーゴ茶”じゃ。“やけど”にも効くぞ」

 

片手に持っていた盆の上の湯飲みを脇の机に置き、そのまま机に据えられた椅子に腰かける。さすがにコーヒー以外はいらない、というのも失礼な空気だったので一応飲んでみたが意外にうまかったことは伝えておこう。他の誰に飲ませても文字通り“にがい”顔をしていたが。

 

 

 

「さてと、まずはお礼からじゃな。連中から助けてくれたこと、そして……」

 

言いかけたところで老人が横を向いたので、つられてそちらの方を向くと、短く細い骨を抱えた茶色い服に包まれた小さな子ども萌えもんが、頭の骨のメットを深くかぶり、こちらと目を合わせないようにしながら、老人の方までとことこと寄ってくる。

やがて足元まで来ると、ミズキがシークにやっているように、膝に乗せて頭をなでながら言う。

 

「この娘の母親の仇を討ってくれたこと。感謝するよ、本当にありがとう」

 

「……礼ならレッドに言ってやってくれ。あいつがいなかったら、俺は何もしなかったし、何もできずにくたばってた」

 

「ほっほっほ。レッド君も君と似たような事を言っておったよ。『礼なら兄さんに言ってくれ。自分はその子に、何もしてやる事が出来なかった』とな。そしてもう一つ、彼のリザードが言っておったよ。『次に会うまで待っていてやる』だそうじゃ」

 

一瞬だけ笑みをこぼしたが、その後すぐに思い出したかのように腰に触れる。自分が普段から着用しているボールホルダー付のベルトがなかった。

 

「俺の、俺のボールは?」

 

「ほれ、ここにあるよ」

 

湯飲みが置いてある自分のわきの机の引き出しを開き、ボールが四つついたホルダーを取り出し、ベルトごとこちらに渡してくれる。その中の一つだけ『入』を表すボールを手に取り、上半身を老人に向ける。

 

「……それが、あの娘のボールかい?」

 

「はい……」

 

その状態から、ミズキはめいっぱいまがるだけ体を曲げ、頭を下げる。何をしているのかわかった順、フレイド、スー、シークの順に、それにならって頭を下げる。

 

 

「ほっほっほ、なんじゃなんじゃ?」

 

 

楽しい声が響き渡っても、ミズキたちは苦しげな表情を一つたりとも崩さない。

今から自分たちが言うことが、どれだけ酷で身勝手なことかは、四人が一番わかっていたからだ。

 

 

 

「許してやってくれなんて、無神経なことを言うつもりはないし、言いたくもない……けど、ほんの少しだけ、こいつを、認めてやってください。こいつを、俺の旅に連れて行かせてください」

 

 

 

 

 

 

マリムが抱えた罪は、簡単に許していいものじゃない。

 

 

 

 

罪滅ぼしと人は言うが、本当に償うべき罪というものは簡単に滅ぼしていいものじゃない。

 

 

 

 

それを誰よりも理解したうえで、彼女を連れていくと言ったのだ。

 

 

 

 

 

 

頭を下ろしてからほんの少しだけ沈黙があった後、少しだけお茶をすする音の後にゆっくりと声が響き渡る。

 

 

 

 

 

 

「……わしからも一つ、頼ませてもらおう」

 

 

 

 

 

その娘を、幸せにしてやってくれ。

 

 

 

 

 

「……いいんですか? そんな簡単に」

 

 

 

 

 

「言いも悪いもない。その娘は、ただ、必死にあがいただけじゃ。こいつと、こいつのお母さんのために、一生懸命もがき、苦しんだんじゃ。それだけで、十分じゃよ。町のみんなには、ほとぼりが冷めてからわしが言っておこう。なあに、全てを受け入れ、そっと美しく溶かし込むのがシオンという町じゃ。お前さんも知っておろう」

 

 

「……覚えていてくれたんですね。俺のことを」

 

 

ひげをいじくりながらほんの少しだけ笑ったじいさんは膝の上のカラカラを椅子に置き直し、お盆を持って部屋を出ていく。

 

ああ、いいなあ。この町は。

 

少しだけ、ほんの少しだけ無茶をして、この町を取り戻せてよかった。そう思う。

 

 

「……何がほんの少しですか……」

 

「俺に無茶をさせたくなきゃあ圧倒的に強くなることだな」

 

「はん、表に出るかクソ主」

 

「捻り潰してやろうかこの駄犬」

 

掴みかかろうとしたところでスーによる拘束とシークによる“ねんりき”が入り、再び仰向けになることを余儀なくされる。二人の目がマジだった……超こええ。

 

正直俺が寝て起きたという事は体が完全である証拠なのだがそんなことこいつらに言っても納得するとは思えないため素直にもう一眠りしようかと思ったその時、

 

 

 

 

「ねえ……お母さんはぁ?」

 

 

 

 

声に反応し左へ顔を向けると、顔を隠している骨の隙間から見える瞳に少しずつ涙がたまっていくのが見えてしまう。

フジろうじんがいなくなったことで、R団に監禁されていた時の様々な恐怖がフラッシュバックしてきたのだろうか。

 

椅子からこちらのベッドに飛び乗ってきたカラカラは半身を起こしたミズキの横まで来て、すがりつくようにして声を上げる。

 

 

 

「お母さんは……どこに行ったのぉ?」

 

 

目をそらしたり、歯を食いしばったり、涙をこらえたり。

 

その場にいる者たちが三者三様の対応を取ったその時、

 

 

 

 

ミズキは、

 

笑っていた。

 

 

 

 

 

「……お母さんはな、いま、お友達のところにいるんだ」

 

 

 

 

 

優しく微笑み、優しくなでながら発した言葉に、

嘘はなかった。

 

 

お母さんは、いる。彼女の、心に。

 

 

 

 

 

「……お友達って……マーちゃん?」

 

 

 

「……ああ」

 

 

 

 

「なんでマーちゃんのところにいるの……? マーちゃんはどこ?」

 

 

 

 

 

「……マーちゃんは今、ちょっと暗い所にいるんだ」

 

 

「暗いところ?」

 

 

「ああ……暗くて、遠くて、寒くて、苦しくて、一人じゃあとてもこらえられないような、辛い場所にいるんだ。だから、お母さんは、マーちゃんについて行ってあげたんだ」

 

 

「……なんでマーちゃんはそんなところにいるの?」

 

 

「……出たくても出られないんだ。出口がどこにあるかもわからないような……辛いところなんだよ」

 

 

それまで同情の眼差しを向けていた三人が、一斉に目を背ける。

分かっている。これがどれだけ酷なことなのかということぐらい。

 

 

「……だから、待っててやってほしいんだ。マーちゃんのことを。今はとっても無理だけど、きっと、君が待っててくれればきっと、マーちゃんはお母さんと一緒に、君の元に戻ってくるから。もっともっと強くなって、戻ってくるから」

 

 

歯を食いしばりながら、最後の一言を紡ぎ切り、その後に三人を目で制する。

絶対に、泣くな、と。

 

 

 

 

 

 

 

「僕ね……お母さんが、大好きだったんだ」

 

 

 

 

 

 

泣くな、泣くな、泣くな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でもね、それとおんなじくらい、マーちゃんも大好きなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ああ」

 

 

 

 

 

あー、こりゃ無理だな。三人はボールに戻しておいてやりゃあよかった。

 

 

 

 

 

 

「マーちゃんはね。僕が嫌いな怖い夢を、食べてくれたんだって。だから僕、マーちゃんのこと、大好きなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

「……………………そうか」

 

 

 

 

 

 

 

「だから、僕、マーちゃんのこと、待ってるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

いつの間にか、抱きしめていた。

優しい、この子を。

罪を知らない、まっさらなこの子を。

 

 

 

 

関わって欲しくなかった。自分たちの旅に。

会いたくなかった。自分たちの旅では。

 

 

 

 

 

 

「…………R団!」

 

 

 

 

 

 

だからこそ、より一層、許せなくなった。

 

 

 

 

R団も………………自分の罪も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………少々辛い役をやらせたかな。すまん。そして、もう一度言おう。ありがとう、ジョウ」

 

「やめてくださいよ。自分の行いの後始末です。礼なんて言われる立場じゃない」

 

辺りは暗くなり倒れてから十四回目の夜に突入し、自分の萌えもんが寝静まった頃合いを知ってか知らずか、フジろうじんが部屋に入ってくる。が、そちらに目も移さずに萌えもんの入ったボールを磨き、月明かりに照らし輝きを確かめるその姿にフジは思わず苦笑を漏らす。

 

「……そして、今の俺はミズキです。世界で一番偉大な博士から授かった、大事な名前です」

 

「……そうかい」

 

ミズキは机にボールを並べ、四つ目のボールに手をかける。

 

「……いかに力を抑えられないと言っても、ボールの中から力が漏れるわけではないのか。それならばまずは一安心じゃな」

 

「ああ……しかし、いつまでもこのままでいるわけにはいかない。それじゃあ俺がこいつを連れていく意味はないし、何より、こいつが前に進めない。こいつ自身が強くならない限り、こいつは一歩を踏み出せない」

 

ボールを握り締める力が少しだけ強くなる。

 

「当てはあるのか? 強くする当ては」

 

「……一つだけ」

 

 

言葉の内容とは裏腹に陰りのある顔を見せるミズキに対し、フジはそれ以上の言及を避ける。

その気遣いにミズキは痛いほど心の中で感謝をするがそれを読み取るものはここにはいなかった。

 

 

 

「……それで? いったいシオンへは何をしに来たんじゃ?」

 

「……フジろうじんの顔を見に、ご健康ご多幸の確認に……という答えでは不満ですか?」

 

「ほっほっほ。いくらでも拝むがいい、こんな顔がみたければな」

 

 

そういいながら窓際へと移動し月明かりを眺めるその横顔に、ミズキは先ほどまで感じていたものとはまた違う懐かしさを覚える。

 

 

 

(……ああ、そういえば、オーキド博士もこんな感じだったっけ)

 

 

 

そしてこういう時の博士がやることは決まっている。

 

 

 

一気に、こちらに踏み込んでくるんだ。

 

 

 

 

「じゃが、それが目的ではないんじゃろ? 八年もここを開けておいて、いきなり来て何も用がないは通らんよ」

 

 

「……なるほど。ごもっともです」

 

 

そうか……もう八年になるのか。

 

 

 

 

俺がここを出て、そして……

 

 

 

 

クライを…………

 

 

 

 

「……? どうした?」

 

 

「いえ……何でも」

 

 

馬鹿か俺は。

 

ここで感傷に浸ってどうするんだ。

 

 

 

ブルーから言われたんだろ。

 

 

 

 

逃げるなよ。

 

 

 

 

過去から、罪から。

 

 

 

 

向き合うんだろ。

 

 

 

 

 

 

「……失った記憶を、拾いに来ました」

 

 

 

 

 

 

「ほう…………」

 

「……驚かないんですね。我ながら、少し突拍子もないことを言ったと自負していますが?」

 

「長く生きた爺を見縊るもんじゃない。今の君を見て異変に気付けんほど耄碌はしとらんつもりじゃよ」

 

戸惑いもあったが受け入れてくれたことはすなおにありがたく受け取り、早速本題に入る。

 

 

 

「記憶喪失……という事かい?」

 

「いえ、すこし違います。現に俺は、フジろうじんのことを覚えているし、この町のことも覚えていました。ここを出てから何があったかも覚えていますし、己が罪を忘れたことなどありません」

 

右の掌を左胸に当て、握りこみながら呟き、続ける。

 

 

「俺のこれは……記憶破壊……いえ、記憶損傷、ってところでしょうか」

 

 

「ほお……」

 

興味深そうな声を上げた後、ほんの少し申し訳なさそうにしたフジに気にするなという合図の手を振る。不謹慎な考え方をしてしまうのはミズキ自身もよくやることであるため責めるつもりはなかった。

 

 

「ちょっとした……本当に、ちょっとした不幸がありましてね」

 

自分の頭を触りながら嘲るように言う。

 

「俺の頭に別のデータが無理やりインストール(・・・・・・・・・・・・・・・・)されちゃいましてね……記憶が部分的に焼けきれちまっている、とでもいいましょうか」

 

「なるほどのう……それで当時の言葉づかいも忘れておるというわけじゃ」

 

その一言に、ミズキの顔が少し呆けた顔を作るが、それを見てフジろうじんはまた楽しそうに笑う。

 

「よいよい。気にするな。言葉遣いが丁寧になったんじゃ。成長を喜ぶべきじゃろう。礼儀正しくて何を考えているのやらとも思ったが、これで納得がいったわい」

 

その一言に少し恥ずかしくなり顔を伏せたミズキを見ながらひとしきり笑ったあと、部屋を出て行ったフジろうじんは、少しして、またチーゴ茶を持ってきてくれた。

 

 

「聞きたいことは多かろう? 何でも話すさ。聞いてみなさい」

 

 

「……ありがとうございます。フジろうじん」

 

 

 

 

 

「俺は……どんな子どもでしたか?」

 

「ふむ……というのはどういう事じゃ?」

 

「今の自分と、どこが違って見えますか、という質問です」

 

少しだけお茶を飲み、頭を覚醒させてから話し始める。自分が聞き、フジが返す、という形式の為、必然的に静かな語り合いとなる。その無音は不思議と心地よかったため答えを待っている時間は苦ではなかったが、ない記憶を聞こうとしているため、殊更発言には気を使い失礼のないように言葉を選んでいた。

 

「ふむ。とりあえず……その時から成長した部分……というわけではないだろうね……人間的に全く別人に代わってしまったところ……と捉えればいいかな?」

 

確認のようなつぶやきに、ミズキが無言でうなづく。

 

 

 

「そうさな……昔の君は……もう少し我が儘だったというように思うよ」

 

 

 

「……」

 

思い切り息をつきたかったところを、すんでのところで飲み込み、続きを促す。

 

「もちろん、これは子どもだから、というような理由のものじゃない。もっと、君の本質的なものだったと思うよ。はっきり言って、わしは君があの黒い男たちを倒し、わしらのことを助けてくれた時、わしは目を疑ったよ。あのジョウが、とな」

 

「……さっき言った通りですよ。俺は、俺のためにやったんです。フジろうじんに用があった、R団をつぶしたかった、マリムを仲間にしたかった。それだけです」

 

「その考え方が、もうわしの知っているジョウとは似ても似つかない思想じゃよ。人の精神がどれだけ成長したとしても、思想の本質が変わることなどありえない。おそらく、その失った記憶に影響されるものじゃろう」

 

言われてミズキは歯噛みする。

 

正直に言って、ミズキは自分の記憶の状態がどれだけひどいものなのか、測り兼ねていた。

 

自分の過去を知っている者がいないのだからそれも当然なのだが、最大の要因は、単純な『記憶喪失』との相違点だった。

 

 

何を忘れているのかがわからない。

 

 

これが最大の問題だった。

 

 

記憶喪失ならば、思い出そうとして思い出せないものが忘れていることだとわかる。

 

しかし、ミズキのそれは、わけが違う。

たとえば、今回のようにシオンタウンのことを思い出そうと思えば思い出せるし、フジろうじんのことも、この施設の場所も寸分たがわず思い出せる。

 

しかし、この施設での、自分の振る舞い方さえも忘れていて、それを思い出す事さえかなわない。

 

記憶喪失がタンスの引き出しがなくなることだとするならば、記憶損傷は引出しの中の小物の一部が盗まれてしまったようなものだった。

 

 

(しかもどうやら、無くなった小物はかなり多いみたいだな……)

 

 

目をそらしてきた現実と向き合い、今まで逃げていたことに後悔を覚えるミズキだった。

 

 

「ふむ……ならばこの施設での思い出を、一つ一つ振り返っていくとしようかの」

 

 

そういうとフジろうじんは部屋の隅の棚の奥から一冊の本を取り出し、ミズキの目の前に持ってきた。古く煤けてはいたが埃かぶってはいなかったため、よく取り出していることがわかる。

 

表紙には掠れかけた文字で、『想いで』と綴られていた。

 

「アルバム……」

 

「ああ、君が子供のころの写真じゃよ」

 

そうしてフジろうじんは、少しずつ、ゆっくりと、一枚一枚写真の想いでを語ってくれた。

 

 

「これはみんなで西までピクニックに出かけた時の話じゃよ。君は一番後ろで不機嫌そうについてきておった」

 

「こっちはみんなでお誕生日会をした時かね。君は甘いものは好きじゃないと一人で拗ねておったよ」

 

「今度はみんなで買い物じゃな。欲しいものでいっぱいだった君がいっつも真っ先にはしって言っておったよ」

 

 

時には楽しそうに、時には悔しそうに、時には嬉しそうに、一つ一つの想いでをかみしめるように教えてくれるフジろうじんを見ながら温かい気持ちになりながらも、自分の状態の深刻さにシーツの上の拳を軽く握りしめる。

 

 

 

覚えていることも、確かにあった。

 

間違いなく、そこにいたのは自分であるはずだった。

 

 

しかし、その想いでのほとんどは、自分が行ったものであるという事が信じられないようなものばかりだった。

 

まるで他人の日記を見返しているような気分。

 

フジろうじんが自分を見て、『本質が違う』と表現するのも納得だった。

 

それを見ているミズキですら、この写真に写っているのが本当に自分なのかを疑いたくなるような話だった。

 

 

 

「……どうやらわしと同じ感情にはならなかったようじゃな」

 

はっとミズキが顔を上げると、フジろうじんは話をやめ、こちらの顔をうかがっていた。

 

「……すみません」

 

「何を謝る? それを確かめるためにここに来たのじゃろう。だったのならば謝るでない。自分を下げることになるぞ」

 

言うとろうじんは持っていたアルバムをそっと閉じミズキに預けて、交換にからになった湯飲みを持って立ち上がった。

 

「もう遅くなってしまったな。そのアルバムは君に預けよう。もはやそのアルバムに写っている子供たちはここにはおらんしの。記憶の足しにしなさい」

 

最後におやすみ、と一言添えて、部屋を出て行ったフジろうじんの背中を見ながら、もらったアルバムを握り締め、布団に倒れこむ。

 

 

 

シオンに来たのは、正解だった。

 

マリムを仲間にし、R団にダメージを残し、記憶の一片を拾い上げることもできた。

 

少しだけ危ない目にあいもしたが、得られた結果はほぼ百点だったと言えるだろう。

 

 

 

 

……ほぼ。

 

 

 

 

『君が寝ていたのは一三日と六時間じゃよ』

 

 

 

(……いくらなんでも時間をかけすぎた)

 

仰向けの状態で両掌を目の前にだし、三つ指を織り込んだ手を眺める。

 

(時間と、力。失ったものも、でかい)

 

 

 

 

「もっと、もっと強く……」

 

 

 

 

 

 

「呆れた。まだ強くなるつもりなのね」

 

 

 

 

 

 

「……よお、まだいってなかったのか」

 

寝る体制のまま顔も動かさずに答えるミズキに、声の主は顔をゆがめる。

 

「ひどい反応ね、驚いてもくれないなんて」

 

「アルバムも見たばかりなんだ。お前が何者だったかなんか、馬鹿でも気づくさ」

 

「……そっか」

 

少しだけ笑ったその娘は窓枠の部分に腰掛け、無理やりミズキの目線に入ろうとするが、身長の高くない彼女が頑張ってもかすかに茶色い肌が視界の隅に移るだけだった。

 

「これでも、大きくなったんだけどね、あなたと遊んでた時に比べたら」

 

自分の目を見て馬鹿にされていると感じたのか、ふてくされたように返す。その言い方にミズキも思わず笑い、目線だけすっと横にずらす。

 

 

「……約束は、きっちり守ったぜ」

 

 

「ええ、信じてたわ。あなたなら、マーちゃんを助けてくれるって」

 

 

声の主、ガラガラは、月明かりを見ながら笑っていた。

 

 

 

身体を起こし、受け取ったアルバムの最後のページを開く。

 

そこに入っていた写真は、同じような背丈の子どもと、萌えもんたち。

この施設にいる者たちの、集合写真。

 

そしてそこに写る、笑うミズキと、腕の中のカラカラ。

 

「……そっくりだよ。お前の息子と」

 

「ええ、マーちゃんが守ってくれた、私の自慢の息子だもの」

 

最高に楽しそうな笑顔を作り、ミズキの言葉に全力の肯定を見せる。

 

「……悪かったな。お前のことを忘れちまって」

 

「……気味が悪いからそういうのやめてくれない? 私の知っているジョウと違いすぎてね。助けてやった、感謝しろ。ぐらい言ってくれないと」

 

その言葉を聞き、最近自分が、自分の片割れ(・・・・・・)に言ったことと、ほぼ同じことを言われ思わず嘲り笑う。

 

「そうかい。だったら、やっぱり『ジョウ』と『(ミズキ)』は別人なんだな」

 

「……どうかしらね。私はそうは思わなかったけど」

 

否定的なミズキをさらに否定すると、窓のふちから思いきりジャンプしたガラガラが自分の手元にダイブする。

 

「おっと……怪我人に何しやがる」

 

「治ってるんでしょ。どんな体してるのか知らないけど」

 

そういってガラガラは力を抜き、ミズキに体をゆだねる。

 

「わたしは、一目であなただってわかったわよ。たとえ何が変わっても、あなたはあなた、ジョウはジョウ、そして、ミズキはミズキなのよ」

 

 

 

そういって下から自分のことをまっすぐに見つめるガラガラを、

抱きしめようとした腕が、虚しくも空を切る。

 

 

 

「……限界かしらね」

 

「……いくのか?」

 

「ええ。もともとここにいるべきじゃないのよ。未練残して去りたくなかったからここで誰かを待っていただけ。それもなくなったからね」

 

「こいつに、会わなくていいのか?」

 

先ほど磨いていたボールをひとつつかみ、掲げながら言う。

誰のボールかは言うまでもなかった。

 

「……いいのよ。もう、いいの」

 

 

 

 

 

なぜ、とは聞かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう。ミズキ。これからも、マリムをお願いね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

起きた時には、まるで夢なんじゃないだろうかという気分だったが、

 

 

手元に残ったマリムのボールがそれを否定するかのように輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行くのか?」

 

「はい。少しここに止まり過ぎました。俺たちは、進みます」

 

翌朝早くにこっそり抜けてしまおうとしたミズキを目ざとく見つけたフジろうじんによって振る舞われた朝食をスーが申し訳ないくらい流し込みいただいた後、必要な荷物をいくつか用意してもらった挙句外に出るときっちり見送ってもらっていた。

 

「……西かい?」

 

「はい。少し予定を変えて、マリムを強くすることにします」

 

 

目指すは、タマムシシティ。

個人的な感情としては、行きたくないがそんなことを言っている場合じゃない。

 

 

「そうか。それじゃあ、これは新しく旅立つ『ミズキ』への餞別じゃ」

 

 

そういうとフジろうじんは少し大きめのアタッシュケースの様な鞄を取り出すが、ミズキはそれをすぐに抑える。

 

「もう十分すぎるくらいご迷惑をおかけしました。これ以上は……」

 

「何を言う。君はわしらを救ってくれたんじゃ。感謝してもしきれん位なんじゃよ。気を使うくらいならもらっておくれ。それがわしらは一番うれしい」

 

ほほを少し掻くミズキに、変わらぬ笑顔でフジろうじんはケースを開ける。

 

 

「……これは」

 

 

「ほっほっほ。性は隠せんのう。ニャースも殺す好奇心を孕んだ目をしとる。さすがは研究者じゃな」

 

そういわれて少し恥ずかしくなるが、その気持ちを差し引いても目の前のそれは驚愕するものだった。

 

 

 

 

 

「……キーストーン」

 

 

 

 

 

「知っておるか。さすがじゃな」

 

笑うフジの声すらも届かないほどに、今のミズキは興奮の坩堝にいた。

 

黒いリストバンドの様な器具にはめられたその石は、遺伝子を思わせるような柄に幻想的な光を放ち、ゆらゆらと揺れているように見える。

 

思わず何の気なしに出してしまおうとしたその手を寸前で理性がセーブする。

 

「う、受け取れませんよ! こんなとんでもないものを!」

 

ひっこめようとしたその手をそっと手で包んだフジろうじんは、軽くミズキの腕を引き、リストバンドをはめてやる。

 

「いいんじゃよ。もはやわしはこれを研究する気力もない。ならばお前さんの様な未来を見据える若者の糧になるのが一番じゃ。それに本当は欲しいんじゃろ。顔に出とるぞ、オーキド研究所所属研究員」

 

反論しようとすることすらできなかった。

全てその通りだった。

 

いまだかつて世界の名だたる研究者が束になってかかっても完全に解明することのできていない未開発の分野。

萌えもんの進化の可能性を抱えた、萌えもん界のパンドラの箱。

 

 

 

メガ進化。

 

 

 

いらないわけがない。

調べたくないわけがない。

使いたくない、わけがない。

 

 

 

欲には、逆らえなかった。

 

 

 

「ありがとう……ございます!」

 

 

「ふむ……ようやく素直になったの。少しだけジョウに戻ったわい」

 

 

 

そういうとフジろうじんは、ケースを持って振り返り、自分の家へ戻っていく。

 

 

 

 

 

「結局、世話になってばっかりになっちまったなあ」

 

情けないと思うのは勿論だが、そんなことをいっている間にも、時間はどんどん過ぎていく。

 

 

 

 

フジろうじんの為にも。

 

ガラガラの為にも。

 

マリムの為にも。

 

そして、

 

フレイドの為にも。

 

シークの為にも。

 

スーの為にも。

 

 

 

 

 

「進もう。次へ」

 

 

 

 

 

残された時間は…………もう、長くないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

契約1、2、3、4   瞬間凍結

 

タマムシ 瞬間契約 マリムの野望を優先解決する

 

 

 

 

 

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