罪深き萌えもん世界   作:haruko

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月一ペース位は守り続けたいという意地


第9話 2 横一列

 

 

 

 

 

 

いつもよりも集まる視線が多い、と感じるのは、決して気のせいではないだろうといつものようにスロットへ向かうノブヒコは思っていた。

ふと液晶画面に目線を移すとゴローニャが画面上から落下してきて出ている図柄を一つずつずらしていく、所謂チャンスタイムが発生していた。期待しないながらも画面に集中していると、案の定チャンスタイムは止まり、外れの音が鳴り響く。

くそっ、とつぶやいただけで周り二、三人の目線を集めているのだから先日の騒ぎでいかに悪目立ちしたかがわかる。

 

ベッドで眼を覚ましたノブヒコはまるで何事も起こっていないかのように日常へと戻っていった。

病室を抜け出したことに対して説教をしに来たジョーイさんの態度もいつもと変わらないと言っていいものであったし、話を聞こうとするもただ少し笑いを浮かべるだけではぐらかされてしまっていた。当然病院内を軽く見て回るくらいのことはしたし、外を抜け出し情報を集めたりもしたが、件の男とユンゲラーの姿は影も形もなかった。

 

そのまま数日たった今でも結局もう一度見つけることは叶わず、すでに別の町へ旅立った後だと結論付けたはいいものの、こうして何も考えずにスロットを回し順調に手元のコインを減らしている今も、頭の中ではそのことばかりを考えていた。

 

自分は、

怒っているのか、

悲しんでいるのか、

苛立っているのか、

苦しんでいるのか、

 

彼らを探して、どうするのか、

何を言いたいのか、

何をしたいのか、

何ができるのか、

 

そもそも、なぜ会いたがっているのか?

 

その自問に答える者はいない。

自答さえも、できなかった。

 

 

 

「一枚、もらうぜ」

 

 

 

その思考をかき消したのは、自分の成果であるコインを奪っていった、一人の男にかき消された。

唐突な出来事に驚いたノブヒコは、れいせいになろうと自分を落ち着かせたのち、頭の中で声の主に検索をかけるがヒットしそうでしない聞き覚えがあるか無いかの中間のような声に戸惑い、一瞬メダルが奪われたことに対する怒りも忘れる。

が、次の瞬間には、それとはまた別種の怒りが脳を支配した。

 

「てめえは……」

 

「シークの“おや”だ。ミズキ、そう呼んでくれ」

 

そうして平然と隣に座ってスロットを始めた男を胸ぐらをつかんでやろうと突き出した右拳は軽く手首を掴まれ止められる。さらに怒りを深めたノブヒコは振りほどこうと力を強くするが、ミズキが空いている方の手で真後ろを指さす。そちらを向くと先ほどまで檻の中の動物を見るような目線を向けていた男たちが、今度は明らかに非難を込めた目線をこちらに送っている。さらに遠くには、店員が二人ほどこちらの様子をうかがいながらひそひそと話しているのが見えた。先日の一件を境にかなり警戒されていることは明らかだった。

 

「そう騒ぐなよ、めんどうくさいのが嫌いなのはみんな同じだろう?」

 

どの口が、と騒ぎたかったがそれすらもわかりきっているかのように飄々とスロットを続けるこの男は、もはや何を言っても動揺させることはできないだろうとあきらめたノブヒコはため息をついて自分のスロットへと向き直る。

するとすぐに、自分の目の前に手が伸びてきた。

またコインを、と思って止めかけたが、その手は逆に一掴み分のコインを気持ちいい音を立てて落としていった。隣を見ると小気味よいリズムを刻みながらボタンを押す男の目の前で、“777”がそろっていた。

 

「一枚目のお返しだ」

 

余裕そうにそういうミズキは、何も気にしていないかのように続きを始める。

一度騒ぎたてることをがまんしてしまった以上、どうにかして暴力以外でこいつを見返してやりたいと思ったノブヒコは、いつにもまして真剣に画面に集中する。

 

 

 

「ジョーイさんからだいたいの話は聞かせてもらったよ。治り、悪いんだって」

 

「関係ねえだろ」

 

他にも言いたい愚痴など山ほどあったが、なるべく会話をしたくないという想いがその一言で終わらせた。

まだ会うのは二度目、まともな会話に至っては今日が初めての男だが、こいつが来てから自分の生活はかき乱されている、と感じているノブヒコは、自分の心の中にこの男を一歩たりともいれたくないと考え始めていた。

だからこそ、彼の言動にも平静を保ち、素気ない対応を心がけていた。

 

「何が原因か、自分ではわかっているのか?」

 

「……」

 

答えない。もちろん、いかにゲームセンターがうるさく会話に向かない場所であるとしても、隣の席の発言が聞こえないはずはないため、意図的な無視。

ここから先は、触れられたくない心の空間(パーソナルスペース)であると言わんばかりだ。

 

それが察せないほど、ミズキは心に疎くない。

 

 

が、それを尊重するかは別の話。

 

 

 

「じゃあ、親切な俺がその原因をわかりやすく解説してやるよ」

 

 

 

理性を忘れて暴れまわりたくなる衝動をぐっとこらえる。それを実行してしまうには場所が悪いという事もあったが、何より本気で喧嘩をするならば車椅子の自分が勝てる道理はないことはわかっていた。

だが、それを理解していても、ノブヒコの堪忍袋は破裂の一歩手前だった。

 

この嫌味で偏屈な男の端正な横顔を思い切りぶん殴ってやりたい。

心の底からそう思っていた。

 

 

 

「『病は気から』って言葉がある。気持ちの持ちようで病気にかかったり治ったり、重くなったり軽くなったりするっていう諺だ。聞いていりゃあほみたいな話だと思うやつもいるが、実は医学的に証明されている話なんだ」

 

知っている。わかっている。

思わずそう言いそうになる口をつぐむ。

 

「俗にいう『プラシーボ効果』だ。脳が勘違いを起こし、それが直接体に影響を齎しちまう。真っ赤に燃えているように見えるが実はまったく熱くない物体に触れた時、その思い込みだけで“やけど”になってしまうってやつだな」

 

それだろ? という言葉を最後に、隣の男が嫌な笑顔を見せつける。

無意識のうちに自分の拳は殴りつける準備を整えていた。

 

「知識自慢ならよそでやれ。俺には関係ない」

 

強気に振る舞おうとしたせいか、はたまた図星をつかれた同様からか、突っぱねるための声がふるえる。しかし、それにすらミズキは反応せず、話を続けていた。

 

「ならば、骨折の完治が遅れているお前は、負の感情に脳が引っ張られているんだろう」

 

そういうとミズキは、自分の腰から一つボールを抜き、指先でくるくるとまわし始める。

 

自分では顔色一つ変えていないつもりだったのだが、ミズキからは少なくとも真顔には見えなかったらしく、こちらの顔を見るや否や表情を一気に暗く落とした。

 

 

「……こいつが俺のもとに来たのは、今からほんの数か月前の話だ」

 

 

その瞬間にノブヒコは自分の表情が完全に崩されてしまったことを自覚する。自分の掌を頬につけると、少し痙攣しているのを感じた。

その反応を見て、ミズキは自分の推測が正しかったことを確信する。

 

「ナツメがジムリーダーに就任したのは、年単位で前の出来事だ。という事はお前のその怪我の原因となった事件は、少なく見積もっても一年より前のはず。ジョーイさんが何も知らない以上、治療期間が遅れる原因は、その時期の出来事に少なからず関連しているはず。つまり……」

 

軽くボールを宙に投げ、戻ってきたところをパシッと取る。

 

 

 

「こいつがお前のところを去ってから、少なくとも一年以上は経過しているってことだ」

 

 

 

何もかもを見通されたノブヒコは、握っていた拳をそっと話し、苦しそうな顔を見せる。まるで推理で追い詰められた犯人が、投降するような素振りだった。

 

 

「ジョーイさんに聞いた事故の現場はヤマブキシティ。そこからタマムシ病院に運び込まれたと仮定したならば、こいつがお前のもとを離れたのもそのどちらかの場所のはず。だが……」

 

今度は回していたボールを小さくし、指と指の隙間におさめ、そのまま同じ手で黄色い端末、ポケナビを片手だけでいじり始める。器用さに感心したが、それは決して心に余裕があったからではなく、心の中が空っぽで何も考えられなかったからに他ならない。

 

そんなことを考えていると、ミズキはその機械を自分の目の前に差し出した。

ポケナビを見たことが無いノブヒコだったが、その画面が、自分の知っている萌えもんのデータを表していることは直ぐにわかった。

 

そして、ミズキが何を言いたいのかを理解し、思わず涙をこぼしかける。

 

 

「俺が“ケーシィ”と出会ったのは、“3ばんどうろ”。まあ正確に言うと、こいつを見つけたのは俺の弟分で、見つけた場所は“トキワのもり”なんだが、それは今回どうでもいい。重要なのは……

 

 

 

“ケーシィ”がお前のもとを離れ、“シーク”になるまでには空白の数か月が存在するってことだ。

 

 

 

 

 

何が原因でノブヒコの下を去ったのか、彼がノブヒコに対し今何を思っているのか。

 

そのすべてがわかることはない。

 

 

しかし、理由もなく、数か月、自分のボールを持って(・・・・・・・・・・)、ずたぼろになりながら自分の足で歩き回ったシークに、野望(もくてき)がないはずがない。

 

 

 

 

彼は、必死に、探していたのだ。

 

 

 

 

ノブヒコを、探していたのだ。

 

 

 

 

 

「……シークは、口がきけない」

 

 

「!!!! 何だって!」

 

 

うなだれていたノブヒコの体に、衝撃が走りぬける。

 

「……やっぱり後天的なものだったのか」

 

ノブヒコの反応で確信したミズキは、即座にその原因を想像し、一つの仮説にたどり着く。

 

「人間の唖者と同一に考えるのなら、心因的な原因。極度のストレスによる自閉症の一種か……」

 

「じ、自閉症って……それじゃあまさか……」

 

皮肉にも自分がその状態に陥りつつあったノブヒコは、ミズキの仮説を即座に理解し、顔をぞっと青くする。

 

 

「俺と離れたことが原因で……」

 

 

ミズキはそれを聞き、否定するわけでも、フォローするわけでも、激昂するわけでもなくただただ一つの情報として頭に入れる。

冷静な判断であり、冷徹な判断でもあるが、それでもミズキは話を進める。

 

「シークは、一人を怖がっていた。一人の夜を、一人で見る夢に震えていた」

 

一体、どんな夢を見ていたんだろうな、と言って、ミズキは話を締めくくり、席を立つために荷物をまとめ始める。

立ち上がる際に隣を見ると、数秒前まで呆けた顔を浮かべていたノブヒコが、決意の表情を作っている。

 

 

おそらく、何か言う覚悟を決めたのだろう。

 

立ち上がっているミズキに対し、熱い目線を送っていた。

 

 

 

 

 

その熱くまっすぐな視線の先のミズキは、

冷ややかな目線を作っていた。

 

 

 

 

 

何だそれは?

 

 

 

 

まさか、お前は、それでシークに並んだつもりでいるのか?

 

 

 

 

ミズキ(自分)という何物かもわからないトレーナーを頼り、

旅を続けるために必死に戦い、

強くなるために必死に努力し、

 

野望のために死に物狂いで苦しむ毎日を選択した、シークの覚悟に。

 

 

 

 

たった数秒の覚悟で、並んだつもりか?

 

 

 

一度心を折ったお前が、今の数秒の心変わりで、シークを理解したつもりか?

 

 

 

この前シークに言ったあの一言をなかったことにするつもりか?

 

 

 

なめるな。

 

 

 

 

「お前にシークは渡さない」

 

「なっ!?」

 

口を開けようとしたノブヒコを封じ込めるようにミズキが言い放つ。

ノブヒコは、自分が発言する前に、発言に対する答えが返ってきたことに驚愕するが、お構いなしにミズキは続ける。

 

「今のお前に、シークはふさわしくねえんだよ」

 

言うだけ言ったミズキは稼いだコインを入れ物に入れて積み重ね、すべて持ち上げたままジャラジャラと音を立てその場所から離れていく。

一瞬固まっていたノブヒコが自分も同様に席を離れようとし、コインをしまおうと出した右手は手元のコイン入れの中で空を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

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