フレイド「馬鹿執筆者め」
マリム「呪い殺されたいのかしら?」
「くっそぉ……なんでだよ、なんで俺が……こんな奴に……」
「何でも何もないさ。萌えもんバトルは結果が全て、とは言わないが、それでも結果は正直に、全てを表してくれるものだ」
息切れするユンゲラーと、その奥にいる“サイキッカー”のタクミに対して、ミズキは淡々と現実を投げかける。
「くっそお……この俺が、エスパー萌えもん使いのこの俺が、ユンゲラー対決で負けてたまるかあ!」
声に呼応するように相手のユンゲラーが全力で駆け出す。
が、指示を待っていたユンゲラーよりも一手先に、シークは動き出していた。
駆けだした瞬間に、苦手な懐に潜り込まれたユンゲラーと、今大会、誰よりも近距離戦を戦い続けてきたシーク。
当然、わざを決めるのは、シークが先となる。
「シーク。“ドレインパンチ”」
報告に近いような指示に反応し、シークは自らの拳を突き上げ、
ユンゲラーの“きゅうしょ”を的確に狙い打った。
崩れ落ちるユンゲラーを見つめるシークは、物か無しげな表情を浮かべ、
そんなシークを見つめるミズキは、ぼそりとだれにも聞こえぬ言葉を紡いだ。
「ユンゲラー、戦闘不能。ユンゲラーの勝ち! よって勝者、マサラタウンのミズキ!」
「今回エリカと戦うのは、スー。お前だ」
「わ、わたしですか!?」
「……嫌ならそう言え。正直言って今回の作戦は俺も最善である自信がないからな。お前たち二人が拒絶するなら俺に説得する権利はない」
「いえ、嫌なわけではないんですけど……」
正直に言って意外だった。
ミズキに聞いた話ではエリカはくさタイプの萌えもんのエキスパートであるとの事。カントー地方におけるくさ萌えもんのほとんどは『くさ・どく』の複合タイプであるため、実質ミズキのてもち萌えもんは全員エリカの萌えもんに対して弱点を取る事が出来ることになる。
自分のこおりタイプわざ。
シーク、マリムのエスパーわざ。
フレイドのほのおわざ。
そんな状態で唯一、くさタイプに対し、不利になり得る自分が選出されるとは思っておらず、スーは驚いた。
「なぜ、わざわざわたしを? 遠距離戦闘が得意なシークちゃんや、多少調子は悪くてもあいしょうばつぐんなフレイドさんを出した方が、勝ちやすそうな気がするんですけど……」
スーの至極真っ当なクレームに、ミズキは顔をしかめる。
「……マスター?」
「……ああ、そうだ。くさはほのおに弱く、ほのおはくさに強い。それが常識だ。誰にとってもな」
忌々しげにつぶやくミズキを、スーとシークはじっと見つめた。
「そんな当然の戦略では絶対にあの人は倒せない。99%、なんてぬるいもんじゃない。100%、確実に負ける」
思わずスーは息をのむ。事の深刻さを、ミズキの一挙手一投足が物語っていた。
ミズキは、軽々しく『絶対』や『確実』などという『100%』を意味する言葉を使わない。
その言葉を使うときには『一つの例外の可能性もない』と断言できる時にしか使わない。
可能性を追いかける者として、簡単にそんな言葉を使って、諦めるようなことはしたくない。
それがミズキの研究者としての信条だった。
だからこそミズキは、そのような言葉を一種のタブーとして扱っていた。
「エリカさんは、天才だ」
そんなミズキが、自身のルールの破るかのように、タブーを重ねる。
「ほのおタイプだからとか、弱点を突くからだとか、意表をつくからだとか、そんなものでは一切越えられない壁が、俺とあの人の間にはある。断言しよう、マリムを出しても、シークを出しても、たとえ万全の状態のフレイドを出したとしても、彼女に勝てるわけがない」
拳を握りこみながら語るミズキは、いつものれいせいに作戦を練り上げる頼れるマスターの姿ではなく、憎きR団に向ける爆発前の様なマスターでもない、それまでに見たことの無い表情だった。
「だが、スー。お前ならば、ほんの少し、ほんの少しだけだが、勝てる可能性はあると俺は睨んでいる」
「……わたしが?」
「ああ、そうだ」
ミズキはそういって、スーの腕や足を掴み、軽くもむ。相棒の成長を確信したミズキは、軽く微笑む。
「エリカさんはもう何年もの間、タマムシジムを守り続けている。当然、数多の挑戦者を迎え撃ち続けてきたはずだ。ジムリーダーに挑戦しようという者たちなのだから、前情報を持って、くさタイプの対策をしてきた奴らがほとんどだろう。つまり、お前の言うように、ほのおタイプやエスパータイプの萌えもんで挑戦してきた奴らがほとんどだったはずだ。裏を返せば……」
ミズキはスーの頭に手を置き、目を合わせた。
「わざわざ陸上個体のみずタイプで戦おうとするようなチャレンジャーはいなかったはずだ」
そう、対戦経験が多いという事は、対応してきた数も多いという事だ。
ましてやエリカはこちらの戦力をすべて把握していた。という事は
という事は逆に、みずタイプである
そしてスーはみずタイプだが、同時にこおりタイプでもある。受ければ不利だが、攻めれば有利を取ることも難しくない。
「……が、当然この前提は間違えている可能性があるし、たとえあっていたとしても先んじて行っていた通り、一回意表をつけば勝てるほどエリカさんは甘くない。たとえ作戦通りに行ったとしても、実際のバトルは針の穴に糸を通すような緻密な戦略を寸分の狂いもなく実行して初めてまともな勝負ができる。それぐらいの勝率だ」
それまでのミズキの発言を総合すれば、その長々とした、戦いたくない子供の言い訳にさえ聞こえる言葉が大げさでないことは直ぐにわかった。
「そのうえで聞くぞ。スー」
「やります」
だからこそ、スーは考えるまでもなく即答した。
何という事はない。
スーが不安に思ったのは、自分がエリカに勝てる実力を本当に持っているのかわからなかったから。
自分の
「……そうか。ま、お前はそういってくれるよな」
そうつぶやいてとっさに顔をそらしたため、ミズキの表情は読み取れなかった。
「さて、シーク。次はお前に聞く番だ」
一呼吸置いた後、そういって今度はシークと向き合う。
射抜くようなミズキの視線に思わずシークは体を震わせるが、ミズキはそれを無視して言葉を続ける。
「今言った通り、エリカさんと戦うのをスーに任せる以上、スーにトーナメントに参加させるわけにはいかない。疲れを残してしまうこともそうだが、これ以上エリカさんにスーの戦い方を見せるわけにはいかないからな」
数日前のエリカの口ぶりを考えれば、エリカがこちらの戦力をある程度把握しているという事は察しが付く。が、エリカがスーの戦い方を完全に理解しているかと言われれば、それもNOだろう。
萌えもんバトルに必要な情報というのは、人からの又聞きで得られるほど簡単なものではない。もちろんその情報が使えないわけではないが、一番重要なことは、その萌えもんの戦い方を生で見て、自分の萌えもんと戦っている様をイメージするという事だ。
あの動きをした際には、こういう動きで返す。
あの動きをするときは遅いから、こういう攻撃で攻め立てよう。
自分の目で見た情報というのは、人が話したことから想像して得られる情報とは違う。
自分の脳内で正しく動かす事が出来る、活きた情報である。
だからこそ、そんな活きた情報を、この大一番の戦闘を控えた時に見せるわけにはいかない。
「だからこそ、シーク。トーナメントの六戦全て、お前一人で突破してもらう必要がある。延いては……
お前に、ノブヒコを倒してもらう必要がある。
聞いた瞬間に、シークはもう一度体を震わせたかと思えば、すぐに固まった。
同じく、スーもその言葉を聞いた瞬間に、思わず目を見開き、ミズキを見たが、ミズキは『わかっている』とでも言いたげな表情をしながら、スーが声を荒らげようとするのを目で制した。
自分達は、互いの
それはスーとミズキが最初に決めた、彼らにとって不可侵の
踏み入られたくない領域がある。触れられたくない過去がある。明かされたくない罪がある。
それをスーとミズキはその身を以て、痛いほどに理解していた。
だからこそ、ミズキは、
しかし、今回のこれはグレーゾーン。
一歩間違えれば、過去をぐちゃぐちゃに掻き回されることになりかねない。
いくらマスターに絶対の信頼を置くスーだとしても、今回のミズキの作戦は納得がいくものではなかった。
シークは口がきけない分、感情を行動で表現する。だからこそ、シークの心持は体が正直に語っていた。
スプーンを握りこむ拳は次第に強くなり、膝を床について、もともとさして大きくないシークの体がさらに小さく縮こまっている。
「スーにも言ったが、今回ばかりは断りたければ断ってもかまわない。その時はまた1%でも勝てる可能性のある作戦を考えるだけだ」
「っ! そんな言い方!」
スーは初めて、ミズキに声を荒らげた。それほどまでに今の発言は、優しすぎるスーにとっては許されざる発言だった。
ミズキは『作戦を考える』と言った。だが、そんなものは嘘だ。それが出来るならば、最初からこんな提案をするはずがない。
ミズキにはもう後がない。だからこそ、シークは選ばなくてはならない。
信頼している
信愛している
こんなもの、選択でも何でもない。
どちらから外れるわけにもいかない。どちらからずれても、苦しむことになるのはシークだ。
スーはミズキに抗議をしようと、思い切りミズキを睨みつける。
すると目線の先には、表情を右手で覆い隠している、ミズキの姿があった。
「…………ごめんな、シーク」
ぼそりとこぼれた小さな声は隣にいるスーにだけ届き、シークに届くことなく消えて行った。
普段の気丈な態度からは、信じられないような弱弱しい風体。
あまりに予想外のその様子に、スーは思わず目を見開き、思い切り胸をしめつけられた。
「っ……ます」
たぁ、と言葉をひねり出そうとしたスーの発言を切るように
ミズキのひざ元にシークが“テレポート”し、
ミズキに抱きついた。
「シーク……」
シークは何をするわけでもなく、ミズキの体にしがみ付くように両腕を離さなかった。
シークのその行動に、ミズキはいつもの優しい表情で、抱擁を返す。
「シーク……俺と一緒に、戦ってくれるか?」
答えは、ミズキの胸にずしりと響く、一発の拳だった。
「……」
そんな二人の様子を見ていたスーの表情からは先ほどまでの怒りが消え失せ、
打って変わって悔しそうな想いが支配していた。
『決まったぁ! なんという速さ! なんという強さ! 4回戦までの大接戦が嘘だったかのような完封! 同種族のユンゲラー対決にほぼ無傷の完全勝利! その名は萌えもんトレーナーミズキ! 決勝進出だー!』
『いやあ、大好きですねー』
決勝に進むトレーナーを決める試合で起きた予想外の展開に湧く観客席と実況席とは裏腹に、フィールドの二人は静まり返っていた。
「……嘘だろ……負けた……? エスパー対決で、俺のユンゲラーが……負けた?」
「別にお前のユンゲラーがエスパー対決で負けたわけじゃない。事実、お前のユンゲラーの方がレベルも上で、わざの威力も段違いだった。一発でも直撃を受けたら、負けていたのはこちらの方だった」
うなだれるタクミに対して、強力なエスパーわざの衝撃で凸凹になったフィールドを指さしながらミズキが言う。
「っ! なんだそれは! 慰めのつもりか!? ふざけやがって!!」
今にも殴りかからんとするタクミはミズキの位置まで駆け出そうとしたその瞬間に、タクミの体がぴたりとかたまる。
驚いたタクミが目だけを動かし原因を探ると、正面には先ほど自分のユンゲラーを打撃で圧倒した相手のユンゲラーが、自分にスプーンを向けて立っていた。
その事実に、タクミは怒りを消し去るほどの驚愕を覚えた。
先ほどまで、しつこいほどに物理わざしか使用しなかったユンゲラーに、
強力な“ねんりき”で抑え込まれているという事実。
それが何を意味するのか。
理解した瞬間に、タクミはジワリと目を潤ませた。
「慰め? 別にそんなつもりはないさ」
言いながら、ユンゲラーを持ち上げ、軽くなでながら、そいつは言った。
「ユンゲラーがエスパー対決に負けたんじゃない。俺がシークを勝たせ、お前がユンゲラーを負けさせたんだ」
萌えもんは、必死に戦った。
俺たち萌えもんトレーナーの役目は、勝たせること。
俺たちのために戦ってくれている萌えもんたちの、必死の想いに答える事。
「お前はそれがわかってなかった。俺みたいなトレーナーに、自分が負けるはずはない。そうやって傲り、トレーナーとして、『萌えもんを勝たせる』という使命を怠けた」
弱い偶像の俺を見て、自分の萌えもんを見ていなかった。
だから、負けた。
「それだけだ」
立ち去るミズキの眼差しは、会場モニターを移すカメラを射抜いていた。
「……ついに来たか……」
控室で準備をしていたノブヒコは、モニター越しにミズキと目線を合わせる。
画面が切り替わった後は、手元のボールを強く握りしめ、思いを馳せる。
「絶対に、勝つ」
エリカ争奪戦トーナメント決勝戦
ミズキVSノブヒコ
苦しみ、哀しみ、歯がゆさ、もどかしさ、痛み、憎しみ、妬み、嫉み。
ありとあらゆる感情の列車が、今、誰も知らない終着駅へと向かう。
相変わらず過去の話題に触れる話では細心の注意を払って書いてるので文字数に対しての疲労感が半端じゃないです。
ちなみに次回、ようやくミズキ対ノブヒコになるわけですが、そもそも最後にまともな戦闘描写をしたのはミズキ対マリム戦。萌えもん同士となるとサントアンヌ号までさかのぼります。
……みなさん、こんな小説ですがこれからもよろしくお願いします。