罪深き萌えもん世界   作:haruko

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第10話 3 表の裏の裏の裏

 

『さあ、長らくお送りしてきましたタマムシシティ開催、「エリカ争奪戦トーナメント」と銘打たれたこの大会。このような盛り上がり方になるとはだれが予想できたでしょうか。方や初戦から5回戦まで圧倒的な強さを見せつけ、怒涛の勢いで勝ち上がってきた強さの男。方や初戦から苦しみ続け、危険な戦いを何度も潜り抜け、気が付けば残った結果は「ユンゲラー一匹で決勝までたどり着いてしまった」という策略の男。力と知恵のぶつかり合い、熱い試合になること間違いなしの決勝戦を前に、コロシアムの熱気は最高潮に達しています!』

 

控室から熱のこもる実況を聞いていた二人から見ても、その実況の表現が比喩でないことが伝わってくる。今もなお熱く語っている実況の後ろから、半ば悲鳴にさえ聞こえる大歓声の波が押し寄せてきていることがその証明だった。解説席のスキゾーさんが解説そっちのけで耳をふさいでしまっていることにくすっと来てしまう。

 

「こんな歓声、ジムリーダーの時にだって浴びたことねえよ……」

 

「安心しろ。今のお前は、ジムリーダーの時よりも数段強くなっているはずだ。歓声にこたえられる力がある」

 

予想だけどな、と付け足して笑うのは、余裕なのかそうでないのか一心不乱に手元のメモ帳に何かを書き込みながらノブヒコの嘆息に答えるミズキだった。

 

「……ずいぶんアナログだな」

 

「昔からの癖だ。便利なものはいくらでも増えていくが、習慣ってのは変わらない。それに、こっちの方がデータが飛ぶ心配がないから好きなんだ」

 

努力が一瞬で消えていくのは、嫌いだからな。

 

憂い交じりの声でそうつぶやく。

 

「……結果が消えてしまっても、努力が消えたことにはならないさ」

 

「……かもな」

 

いいながら一枚紙を千切り、ポケットに入れた後、荷物を一か所にまとめる。準備完了の合図だろう。

 

空気がほんの少しぴりついたその瞬間に、見計らったかのようにドアが開いた。

 

 

「ミズキさん、ノブヒコさん。お時間になりましたので、A会場にスタンバイしてください」

 

 

 

ついに、その時が来たのだ。

 

 

 

「おい」

 

すぐに扉を出ようとしたミズキを、ノブヒコが止める。

 

「……約束は、覚えてるよな?」

 

「ああ……俺は約束にはうるさい男だからな。一言一句、正確に覚えてるよ」

 

それだけ言うと、ミズキは部屋を出てずんずんと進んでいく。それを追いかけるがまだ本調子ではないノブヒコはほんの少し遅れて後ろを歩いていく。

 

それからしばらく無言が続いたが、A会場へと到着し、登場口が分かれたところで再び二人はお互いを向きあう。

 

「じゃあ、俺はこっちだから」

 

「あ、ああ……」

 

結局何を言うわけでもなく自分のスタンバイ場所へ歩いていくミズキの背中を、ノブヒコはほんの数秒だけ見つめた後、ミズキが再び曲がる寸前のところで声を上げた。

 

 

 

「ミズキ!」

 

 

 

ミズキは声に反応し、首だけを向ける。

無表情と言って差支えない程度の表情だった。

 

 

 

「俺とお前は、これから戦う! そしてその戦いには、俺たちの大切なものがかかっている!」

 

 

 

意図が読めないまま、ミズキはその言葉に頷いた。

 

 

 

「俺は……どっちが勝ったとしても、バトルの後で、お前と楽しく話せる自信がない!」

 

 

 

ピクリとだけ表情が動いたようにも見えたが、顔をしかめるほどの驚きはなかったのか、ミズキはそのまま再び頷く。

 

 

 

 

「だから……先に言っておく!

 

 

 

 

 

 

ありがとう!

 

 

 

 

 

 

「…………バーカ」

 

 

 

そう言って曲がり角に消えていくミズキは、ほんの少しだけ笑っているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『それでは皆さん、お待たせしました。両選手の、入場です!』

 

実況のその声を皮切りに、観客席の盛り上がりがさらにボルテージを上げる。悲鳴のようだった歓声は一体感という力を得て、一つの塊のような轟音を生み出していた。別に自分の応援で集まったわけでもないはずなのに一斉に自分の名前をコールする観客たちに気恥ずかしさを覚えつつも、感謝する。

 

『東口より入場するは、元ジムリーダーという肩書をひっさげ第一戦へ舞い戻ってきたその男。今日、我らがエリカ様に挑戦し、かつての栄光を取り戻さんという気迫は決勝までの5戦をほぼ完封という結果からも見て取れます。圧倒的速さ、圧倒的強さ、はたして決勝では何を見せてくれるのか。“からておう”、ノブヒコー!』

 

『いやあ、好きですねー』

 

「「「「「「ノッブヒコ! ノッブヒコ! ノッブヒコ! ノッブヒコ!」」」」」」

 

苦笑いして応援のコールが聞こえる方向に手を振ると、野太い歓声が力を持って帰ってきた。喜ぶべきか悲しむべきかはわからないが、自分の戦闘スタイルは男のファンに受けがいいらしかった。

 

『続きましては西口。もはや彼を新人と呼ぶのは彼のバトルへの冒涜でしょう。決勝までの5回戦。こちらはそれをユンゲラー一匹で戦い続け、見事勝利を収めてきた彼の実力は、もはや疑う余地はありません。今日、カントーのトレーナーたちは、萌えもんバトルの世界に超新星が姿を現したという事を確信したことでしょう。“かけだしトレーナー”、いや“エリートトレーナー”、ミズキー!』

 

『いやあ、好きですねー』

 

「「「「「「ミズキくーん! がんばれー!」」」」」」

 

それに対して対面の相手は、どうにも“おとなのおねえさん”受けがいいらしく、自分と同様に苦い顔を作っていた。しかし、自分とは違い、うれしいながらも恥ずかしいという感じよりも、本当に困っているような印象だった。

 

「……あんまり慣れねえな。歓迎ムードってのは」

 

「いいじゃねえか。応援してくれてんだからよ」

 

「完全アウェイなことが多い旅路だったもんでな……」

 

どんな旅路だ、という言葉でからかう前に、ミズキがボールを前に放った。

 

 

 

「さあ、行くぜ。シーク、GO!」

 

 

 

『き、きたー! 何という事でしょう、ミズキ選手! これは勇気か? 誇りか? 意地か? 決勝戦までもあのユンゲラーで戦うつもりだー!』

 

『いやあ、大好きですねー』

 

身体の傷がかなり目立つ小さな体を少し曲げながらストレッチをすることで戦う意思を表していたシークを見て、バケツをひっくり返したようなテンションに変化する会場とは裏腹に、ノブヒコの心は水をうったように落ち着いていた。

 

予想が出来ていたからではない。

予想を放棄したからこその落ち着き。

 

相手がユンゲラー(ケーシィ)であろうとも。

相手が別の萌えもんであろうとも。

 

相手が奇策を仕掛けようとも。

相手が珍策を練ろうとも。

 

 

 

「真正面からぶっ飛ばす! 行くぞ!」

 

 

 

そうして構えたボールをほおる。

 

 

「勝負だ、ケーシィ」

 

 

出てきた萌えもんは直ぐにファイティングポーズをとり、左の拳をシークに突き出す。

 

それにこたえるように、スプーンを握る右手を突き出した。

 

 

『対するノブヒコ選手はエビワラーです! “あいしょう的”には、ユンゲラーの方が圧倒的に有利ですが、接近戦のスキルとしてはエビワラーが圧倒的に有利だと言えるこの対面。一体、どんなバトルになるのでしょうかー!』

 

 

 

「さあ、行くぜ! ノブヒコ」

 

「勝負だ! ミズキ!」

 

 

 

 

              ミズキ VS ノブヒコ

                決勝戦 開始

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

シーク。今回お前には、接近戦を軸に戦ってもらう。

 

 

……ああ、そうだ。しかも少し前のハナダ戦でやった、呼び水にするための接近戦じゃない。お前が苦手な、超接近戦。少なくとも4回戦。出来るなら5回戦までは、遠距離わざの発動は禁止。このルールで戦ってもらう。これが今回の作戦の第一段階だ。

 

 

……ありがとよ。それじゃあ理由を説明する。今回、お前のバトルで鍵となるわざは二つ。

そのひとつ目が、“ドレインパンチ”だ。

 

 

そう。ケーシィ種にとっては特殊おしえわざに分類されるわざで、相手をぶん殴りながら拳を通して相手の体力を横取りするっていう、近接版“すいとる”みたいなわざだ。

 

 

はっきり言って今のシークの実力じゃあ、トーナメントを一人で勝ち上がることなんざ到底できない。シークの成長はそりゃあ著しいが、それでも一人で6連戦を勝ち上がる実力者になれたかと言われれば答えはノーだ。ジムリーダーへの挑戦権をかけた大会である以上、敵もそこそこの腕であることは間違いない。だからこそ、勝ち残るためにはわなを仕掛ける必要がある。そのための接近戦、そしてドレインパンチだ。

 

 

ユンゲラーに接近戦なんて、本当なら適切な戦い方じゃない。そりゃそうだ。エスパータイプにはそんなことをしなくても戦う方法はごまんとあるし、何よりこうげきりょくが高くないユンゲラーという種族が近接わざで戦うメリットは皆無であると言っていい。そんな戦い方じゃあ、いくら俺が最善の指示をしたところで、勝つ確率は下がるだろう。

 

 

 

だからこそ、敵の本当の油断を誘える。

 

 

 

この作戦のメリットは大きく分けて2つ。

 

1つ目は、本気で苦戦できること。

 

 

ある程度のトレーナーになれば、本気で戦っているのか、そうでないのかなんて言うのは、戦い方を見ていればわかる。だったら俺たちは、接近戦に全力を尽くすことによって、あたかも全力で戦い、苦戦しているかのように演出する事が出来る。そうすれば俺たちがトーナメントを勝ち上がるなんてことは誰も思わなくなるし、そうすれば俺たちを対策するという優先順位も下がる。

幸いにも俺はまだ萌えもんトレーナーになってからほんの数か月ほどの“かけだしトレーナー”だ。ちょっと勝ち残ってたところで、素人のまぐれぐらいに思ってくれる可能性は高い。

 

 

そして2つ目、これが“ドレインパンチ”だ。

 

 

さっきも言ったが、シーク一人でトーナメントを勝ち抜くにはまだまだ実力が足らない。だから敵を油断させるために接近戦だけで戦うわけだが、もともと苦手な戦い方で複数回戦闘するんだ。結局決勝に行くまでには、ダメージも疲れもたまりきる。

そんな状態じゃあ、勝ち抜くことはできない。

 

だからこその接近戦、だからこその、“ドレインパンチ”だ。

 

 

 

 

シーク、お前が5回戦までやることは、

 

接近戦を仕掛けて、“ドレインパンチ”を多用することで敵を油断させつつ、決勝戦まで勝ち上がることだ。

 

 

 

 

そこまで進めば、

そうして決勝まで進める事さえできれば、

 

 

 

 

 

 

2つ目のわざが生きてくる。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

まず仕掛けたのはなんとシーク。

開始の宣言と同時に全力で自分の下へ突っ込んでくるシークの姿に、エビは思わず尻込みする。

確かに、シークは物理攻撃で戦っていた。それはモニターでずっと見続けていた。

しかし実際にそれを目の当たりにすると、やはり信じられないという思いがエビの脳をよぎり、瞬間の判断を鈍らせる。

 

「“ドレインパンチ”!」

 

「かわせ!」

 

声に反応し我に返ると、自分より一回りは小さいシークが眼前に迫る。寸でのところで顔をそらし、直撃は避けたものの、掠った拳の痕が頬に残る。

 

「もう一発! “ドレインパンチ”!」

 

「エビっ! 距離を取れ! “こうそくいどう”!」

 

「っ!」

 

すぐに二発目の行動に転じたミズキたちをみて、ノブヒコは一度距離を取らせる。ステップを踏みながら加速して逃げていくエビをシークが追い、二発目の拳をふるう。それが当たらなかったことを確認した後、仕切り直しのためにシークはミズキの下へ戻っていった。

 

「エビ、大丈夫か?」

 

わざが当たっているわけではないためノブヒコが言ったその言葉に確認以上の意味はない。しかし、エビはほんの少しだけ乱れた呼吸を整え重々しく口を開く。

 

 

「……あいつ、本気だった……本気で、俺の顔を殴ろうとしてたよ」

 

 

交錯の時に自分の目に飛び込んできた瞳を見て、エビはれいせいにそうつぶやいた。

あれは、身内に遠慮して、尻込みしている奴の目じゃなかった。

 

「……いいぜ。それでこそ勝負だ!」

 

自分の両拳を胸の前でぶつけ、鈍い音を二回ならしシークとじっと目を合わせる。

 

 

「行くぞノブ! ケーシィ……いや、ユンゲラーに勝つ!」

 

 

「いけっ、エビ! “れんぞくパンチ”!」

 

 

指示を聞くや否やエビは姿勢を低く構え、弾丸のような速度でストレートに突っ込んでくる。速度の地力こそシークの方が上ではあるものの“こうそくいどう”ですばやさが上がったうえに戦闘慣れしているおかげで目が慣れているエビの方が攻めに関しては一枚上手だろう。そう判断したミズキはノブヒコの指示に合わせるように指示を出す。

 

「かわせ、シーク! 一発も受けるな!」

 

散弾銃のようなエビの“れんぞくパンチ”を紙一重でかわしていくシークの姿に、大声で応援していた会場全体がいつの間にか食い入るように戦闘を見つめていた。

 

シークはこれまでのミズキとの旅で、一対一の経験もさることながら、多対一の経験も少なからず積んでいたことによって、もともとのエスパーの力も相まって『敵の行動を先読みする』という技術を大きく向上させていた。加えて今大会において接近戦での戦いを強いられたシークは、接近戦を得意と言えるようになったとまではいかないものの、肉弾戦を得意とする萌えもんとの戦い方を学びつつあった。

 

躱せるこうげきは動きを最小限にして躱し、躱しきれないこうげきは自分から“ドレインパンチ”を合わせて相殺し、いなす。

 

そんな完璧な対処を続けていたシークの振る舞いに、止まっていた会場の時間が再び動き出し、塞き止めていた何かが壊れたかのように大歓声が巻き起こる。

 

『もっ、申し訳ありません皆さま! 戦闘のレベルがあまりにも高くわたくし、思わず実況を忘れてしまいましたー! 素晴らしいバトル! 何というバトル! 息もつかせぬ攻防とはまさにこのことか!? 攻めるエビワラー! 守るユンゲラー! なんという互角の大接戦! 勝敗が全く分からなくなってきましたー!』

 

『いやあ、好きですねー』

 

「「「「「「ノッブヒコっ! ノッブヒコっ!」」」」」」

 

 

「「「「「「ミッズッキ! ミッズッキ!」」」」」」

 

 

再び大騒ぎする観客をよそに、エビとシークの攻防を見て苦い顔をしたのは意外にもミズキの方だった。

それは決してシークのふがいなさによるものではない。シークが必死に自分の指示に従い、忠実に自分の作戦を実行してくれていることはミズキが一番よく分かっていた。

しかし、そんなシークでも覆せない状況が出来つつあるという事も、ミズキはすでに理解していた。

 

 

 

(……まずい)

 

 

このままでは、第二のわざに行く前にシークは潰れる。

 

 

「エビ! “ばくれつパンチ”!」

 

 

「っ! シーク! 受けるな! 後ろに跳べ!」

 

 

 

“れんぞくパンチ”の弾幕の一発として放たれた一撃はしかし、そのほかのパンチとは一線を画す破壊力を持っていた。

いなすための“ドレインパンチ”を用意していたシークだったがその手を引き、思い切り足を突き出して真後ろにジャンプする。指示からの行動が一手遅れた為完全に回避することはできなかったものの、自分から下がったことによってパンチによる衝撃を半減させる。自分で無理やり飛んだ勢いのままパンチを受けたシークは着地に失敗しゴロゴロと転がりながらミズキの下へと戻ってくる。

 

『おーっとここで“ばくれつパンチ”がさくれつぅ! “こうかはいまひとつ”とはいえ、これはきいてしまったかー!?』

 

「シーク! 大丈夫か!?」

 

「(……)」

 

答えはしない。が、無言で立ち上がり敵を見据えるその姿から、闘志が折れていないことを察する。

 

 

(考えろ……次の攻め手を……)

 

時間はない。試合開始の合図から、もうすぐ一分は立とうとしてる。

 

 

 

(時間がない……勝つためには、残り一分だ……)

 

 

考えろ……。黙想だ。一秒でも早く思考をまとめ上げろ。

 

 

 

 

 

 

想定外なのは、エビワラーの攻撃スピード。

そして、わざ選択。

かくとうタイプのわざで特攻ではなく、“れんぞくパンチ”という、ミズキにとって予想外な、効果的なわざ選択。

勿論、ノブヒコがこちらのプランをすべて理解してわざを選んだわけではないだろう。

偶然による産物。いや、違う。ノブヒコがもっている(・・・・・)ことの証明か。

 

体力を少量でも削られるわけにはいかないこの状況で、ずいぶんと厳しいわざを選んでくれたものだ。

 

シークは良くやっている。俺の細かい指示なしに、自分の判断であの攻撃を捌いてくれている。あの防御力の向上は、数少ないうれしい誤算だった。

しかしもう二度とぼうぎょに回ることはできない。

一度守りの体制に入ったならば、“れんぞくパンチ”で攻め立てられ、隙を見せれば“ばくれつパンチ”で一発KO。

 

 

あのわざを使うチャンスがない。

 

 

ならどうする? 策を変えるか?

 

 

……ダメだ。策の変更をシークに伝える手段がない。

仮に伝えられたとしても、戦闘中にそんなことをすればシークはこんらんしてしまう。

 

 

それに仕込みはもう終わった。これをものにしない限り、俺たちに勝利はない。

 

 

 

選択は二つ。

 

 

攻めるか、守るか。

 

 

 

 

 

 

 

「エビ! 大丈夫か!?」

 

数十秒前に同じ質問をしたノブヒコだったが、今度のは鬼気迫る声色だった。それは主導権をつかんでいるはずのエビが攻めあぐねている様子を心配しての言葉だった。

 

「……大丈夫だ、多少の打ち疲れはあるが、ダメージじゃない」

 

深呼吸をして落ち着くエビの姿に、その言葉が強がりでないことを理解し胸をなでおろす。

 

 

「俺には何の問題もないさ。ユンゲラーが強い、それだけだ」

 

「……ああ、そうだな」

 

 

そう言った二人は、まっすぐに正面を見る。まだまだやる気の目を向けた、ミズキとユンゲラーがそこに立っていた。

 

 

「……様子をうかがっているのか?」

 

 

エビのつぶやきにノブは同意し、そのうえで別の可能性を探る。

 

 

まず考えられるのは、罠。こちらがこうげきを仕掛けてくることを誘っている状態。

これの可能性は高い。相手はあのミズキなのだ。無策で固まってしまっているとは考えづらい。

そして対処の方法もわかっている。牽制のわざを選ぶか、何もしないかだ。

 

 

次に、時間稼ぎ。これは様子をうかがっていることに近いが、少し違う。

 

無策か、計画か。この違いだ。

 

時間稼ぎの場合は無策だ。今も彼の頭の中では、この時間をフルに使い、とんでもない作戦が寝られているという可能性が、低いとはいえある。

そしてその場合の対処も単純だ。即座にこうげき。考える暇を与えない。

 

 

 

つまり、自分の選択は二つだ。

 

 

攻めるか、守るか。

 

 

 

(どうする……)

 

 

 

 

 

「何悩んでるんだ?」

 

ほんの数秒ノブヒコが黙りこくった後、エビの声と拳を打ち鳴らす音で覚醒する。

 

「……エビ?」

 

「お前が言ったんだろ? 『余計なことは考えなくていい』って」

 

「っ!」

 

そう。言った。

彼は自分より賢い。だからこそ、自分はそれに惑わされず、自分の戦いをするのだと。

 

「おら、もう一回言ってやれよ。相手が何をしてこようが、俺たちにできる事なんて一つしかないだろうがよ」

 

「……ああ、そうだな!」

 

俺たちは、俺たちにできることは。

 

 

 

 

 

 

「「真正面からぶっ飛ばす!」」

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり、攻めか。

 

 

 

「そう来なくっちゃな。行くぞ、シーク!」

 

 

 

 

 

 

 

勝負はここから、40秒だ

 

 

 

 

 

 

『な、なんと! にらみ合いの時間を切り裂くかのようにユンゲラーとエビワラーがほぼ同時に走り出しましたあ! これは再び、先ほどの息をのむような接近戦の幕開けかあ!?』

 

実況はここが佳境と判断したのか、一気に声を張り上げて観客たちの熱を煽る。

そしてその判断は正しい。当事者の二人も、それを感じていた。

 

 

この交錯は、この戦いのターニングポイントだ。

 

 

「エビ、“れんぞくパンチ”!」

 

 

「ひきつけろ!」

 

 

エビは先ほど同様、いや、同様では耐えきられると判断したのだろう、それ以上の速さでシークへとこうげきを仕掛ける。それに対しシークはスピードをほんの少しだけ緩め、再び受けの体制に回ろうとしていた。

それを理解したエビはさらに足に力を入れ、“こうそくいどう”の要領で爆発的にスピードを上げ、シークに突っ込む。シークが受け止める体制を整えきる前に一撃を加えようという判断だった。

 

そう考えたエビの思考に合わせるかのように、エビの耳に指示が届く。

 

 

「“ドレインパンチ”!」

 

 

シークが、一転して拳を突き出し、攻めに転じてきた。

勢いづいた“れんぞくパンチ”を止めることは叶わず左手で放った初撃を空かされ、シークがこうげきの射程内へと忍び込む。

 

が、ノブヒコは狼狽えない。

予想通りだったから、ではない。

予想など、何もしていなかったからだ。

 

 

相手が何をして来ようが、関係ない。

何が来たとしても、対応してみせる。

 

 

そんな気概が、心構えが、バトル中の瞬時の判断を生む。

 

 

 

「合わせろ! “ばくれつパンチ”!」

 

 

 

それは、先ほどシークが行った対処法。“れんぞくパンチ”に対し、“ドレインパンチ”をぶつけることで相殺する、シークが今日の経験から生み出した戦い方。

わざを盗んだ、という意識はノブヒコにはなかった。彼の経験からくる最適解が、それだっただけ。

 

しかし、それは完璧だった。

 

 

シークが思いっきり振り抜いた“ドレインパンチ”に、重ねるようにして“ばくれつパンチ”をつなげる。

 

右手と右手。

力と力。

 

 

わざとわざのエネルギーのぶつかり合いにより、爆音が発生し、

 

 

競り負けた一方は、体勢を崩して吹き飛んだ。

 

 

 

 

『“ばくれつパンチ”が決まったー! 先ほどは透かされた形になりましたが今度はクリティカルヒットぉ! ユンゲラーたまらず自陣まで後退! これは効いているぞー!』

 

 

「畳み掛けろ! もう一度“ばくれつパンチ”!」

 

 

競り勝ったエビを止めることなく、力のこもった指示を出す。

吹き飛ばされ、ふらつきながらもまだ立っているシークを確認し、追撃を仕掛ける。

細かい指示はなかったが、ノブヒコの意図を感じ取ったエビは、自ら“こうそくいどう”でシークの下へ全力で駆けた。

 

 

 

 

 

 

それを見て、ミズキは、笑った。

 

 

 

 

 

それは当然、喜びの笑みだ。

 

 

 

 

 

「シーク! “サイコキネシス”!」

 

 

 

シークはその場に思いっきり自分の足をたたきつけ、踏ん張ったのちにスプーンを前に構え、力を込める。

スプーンから放たれる七色の念波、念の力の塊は豪快にうねる波のように進み、エビを飲み込まんとした。

 

 

『こ、ここで“サイコキネシス”! ここでエスパーわざ! 何という事だー!』

 

 

それは盛り上げるための実況には聞こえず、本音が思わず漏れてしまったような叫び声だった。しかし、それも無理はなかった。

 

 

トーナメントで、6戦をも行って、ずっと、頑なに使わなかったわざ。

使えばもっと楽に勝てたはずの試合でさえ、まったく使わずに終わらせたわざ。

 

おぼえていない。得意じゃない。使いたくない。

 

所詮は個人の感情の問題だ。ここまで使わない理由などは、いくらでも思いつくだろう。

 

 

 

 

 

しかし、ここにきて、この決勝の舞台の大一番で、ようやく初めて使うなど、会場のだれも予測することはできていなかった。

 

 

 

 

 

 

「エビ! “みきり”だぁ!」

 

 

 

 

 

 

が、しかし、エビは、発生から着弾までのその刹那の瞬間にこうげきを“みきり”、わざを外させた。

 

 

 

対象を外した虎の子のエスパーわざはドームの壁に激突し破壊する、という無残な結果に溶けた。

 

 

 

 

 

『よ、避けたー! 何という事! 何という事!? 信じられません! ノブヒコ選手はあの攻撃を予知していたとでもいうのかー!?』

 

 

 

 

 

 

無論、そんなはずはない。

それどころかノブヒコは、ミズキの行動など一つも読むことはできていなかった。

 

だが、ノブヒコは予測を諦め、対策を練った。

 

 

 

『まだ、何かあるかもしれない』

 

 

 

ノブヒコはミズキに対して、そう思い続けることにした。

 

それが、ノブヒコの、作戦とも呼べない作戦。

 

 

 

 

しかし、それがはまり、結果、とっさの“みきり”というわざ選択を生んだ。

 

 

 

 

「決めろエビ! ばくれつパンチ!」

 

 

 

 

 

そう、思った。

 

その瞬間にノブヒコの背筋に、何かが走った。

 

それは、強者特有の悪寒。

 

 

 

 

 

ノブヒコの策は完璧だった。

後はノブヒコは、その策に徹底すべきだった。

 

 

ノブヒコの失敗はただ一つ。

 

 

安心したこと。

 

 

ミズキの策の、一つ裏をかいて、ほっとしたこと。

 

 

接近戦と見せかけて、遠距離戦。

この策を、突破して喜んだこと。

 

 

 

 

 

「“みきり”は連続じゃ使えない。集中力を必要とするからな」

 

 

 

 

 

ノブヒコは知らなかった事。

 

それは、ミズキが、過程をひっくり返して綯交ぜにしても、勝利を求める男であるという事。

 

 

裏を書かれても、最後に表に戻せる男であるという事。

 

 

接近戦(ドレインパンチ)と見せかけて、遠距離戦(サイコキネシス)

 

 

表と見せかけて、裏。

 

 

 

 

そしてさらに、

 

 

 

 

「“カウンター”!」

 

 

 

 

 

表。

 

 

 

 

 

 

 

 

わざが決まった瞬間だというのに、観客も、実況も、ノブヒコでさえも言葉を発さない。

 

 

 

 

頭蓋骨を直接ハンマーで殴られたかのような、とんでもない衝撃。

 

 

 

 

それが、全員の時を止めた。

 

 

 

 

しかし、ミズキは、時間は、止まらない。

 

 

 

「あと、3秒」

 

 

 

「うっ……かはっ……」

 

 

「! エビっ!」

 

 

 

 

“カウンター”を完璧にくらい、ダメージを隠しきれないエビ。

 

 

 

 

退け。ノブヒコがそう指示を出そうとした瞬間。

 

 

 

 

シークがエビを弾き飛ばした。

 

 

 

 

そして、弾き飛ばされたエビを、

 

 

 

 

まばゆい光の塊が包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

2つ目の鍵となるわざは、

 

 

 

 

特殊こうげきわざ。

 

 

 

 

“みらいよち”だ。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

最後に、裏。

 

 

 

 

 

 




戦闘終了じゃないぞよ


もうちっとだけ続くんじゃ
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