罪深き萌えもん世界   作:haruko

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只今スランプ中。
でももう二度と無断で半年もあけたくない。


そう言う思いでモチベーションを上げようとポケモンセンターに行ってみると、なんとラプラスフェアの真っただ中!

大量購入して帰ってきました。


第12話 4 絶望に次ぐ絶望

 

「……主?」

 

フレイドの心配そうな声に振り向くことすらもせずミズキは唇を噛みしめ、正面の大型モニターを見つめる。

モニターには、英語や数字の羅列で埋め尽くされた例の過去のデータから復元したレポートやミズキがプログラムに出す毎秒何十文字という指示を直接受けて実行するためのメッセージウィンドウの中心に、“ひかりのいし”の一部が軽く黒ずんだような画像データが鎮座していて、その脇に大きく表示された180程度と60程度の数字が上下に並び、小刻みに下一桁を変動させていた。

 

どれだけその画面を真剣にみても、根本的な知識が不足しているフレイドやエリカが状況を理解するという事はなかったが、少なくとも芳しい状況ではないという事だけはミズキの表情から察する事が出来た。

当のミズキはキーボードをたたくスピードを速めるが、表示される文字列が増えること以外に変化は見られない。ミズキの頬を嫌な汗が伝うことを除いて、何かが変わることはなかった。

 

 

「……クソっ、何だこれは!?」

 

 

苛立ちに任せ机に拳をたたきつけるミズキをみて、フレイドは焦って駆け寄り服の裾を引きミズキをなだめる。

 

「落ち着け主! 何があった!?」

 

見たことの無いただならぬ雰囲気のミズキにあせるフレイドを見かねてか、はたまた自分が蚊帳の外にいることにしびれを切らしたか、呼吸を乱すミズキとフレイドのやり取りにエリカが入る。

 

「……ムウマちゃんに、石が合いませんでしたの?」

 

エリカは推測できたわずかな場合の数の中で最も大きな可能性を占めた事象を呟いた。

別に正解をするつもりだったわけでもない。ミズキに状況解説をさせるための、いわば話題のつなぎの一言。だからこそ、外れても問題はない。

 

 

ミズキの回答は、そんな風に考えていたエリカの表情さえも驚愕に変えるものだった。

 

 

 

 

「…………()だ」

 

 

 

 

 

「……逆?」

 

そのつぶやきにほんの少しだけエリカの方向に首を傾け頷くことで答えたミズキは、続けて、モニターの中心よりやや右、件の二つの数字を指さす。

 

 

 

 

「……上が、石とマリムの親和性。下が、石に対するマリムの力の浸透率。それぞれ単位は%。要するに、マリムと石の相性レベルが180%(・・・・・・・・・・)そして完成度が60%(・・・・・・・)ってことだ」

 

 

 

 

何だと。とつぶやくフレイドと、黙りこくってモニターを見つめ、今もなおせわしなく指を動かすミズキの表情が、うっすらと重なって見えた。

 

 

「……どういう事なんですの?」

 

「……わからねえ……いったい何が起きてるんだ……」

 

「主! ちゃんと説明しろ!」

 

口から意図せず“ひのこ”を漏らすフレイドの勢いに、言いたくもない、というような態度のミズキもしぶしぶ口を開く。

 

「…………今言ったことが全てだ。親和性が俺の予想以上に高すぎて、マリムの力をもってしても“しんかのいし”は完成できなかった」

 

「だからそれがどういう事だと言っているんだ!? 予想外に相性がいい? それで何で失敗するんだ!?」

 

「……相性がいいことが問題じゃない。相性が、良すぎる(・・・・)のが問題だって言ったんだ」

 

ミズキはそういって今度はマウスを使い、新しい小窓を開きそこにレポートをペースト、さらにものすごい勢いでデータを片っ端から入力していく。ほどなくしてその画面には、漆黒の色に全体を塗りつぶされた、怪しい光沢を浮かべる石の画像が映し出された。

 

「……これが俺の理想としていたもの。マリムを進化させるための可能性を秘めた石、“やみのいし”だ。本来俺は、マリムの暴食(夢喰い)の力を利用し別のエネルギーに変換することでこの石を完成させようとしていた。そのためのプログラムを、用意していた」

 

それが先ほどまで羅列していた英数字の山の正体だろう。それをサポートするために、ミズキはずっとキーボードでデータを打ち込み続けていたのだ。

 

「だが、マリムの中にあるエネルギーとしんかのいしがもつエネルギーは本来別のものであると同時に、光と闇、相反する二つのエネルギーでもある。その二つのエネルギーを強引に合わせ、進化の力へと変換し、じっくりといしそのものになじませる。そうする予定だった」

 

 

「っ! まさか!」

 

 

完成予想図とされる画像と現在の石の画像データを見比べ、フレイドはようやく状況を察する。そして同時に、今の状況の異常性を理解した。

 

 

 

そう。エネルギーの変換は、成功した。

マリムのエネルギーは、すべて石へと変換された。

 

 

 

 

「だが、その異常なまでの適合率の高さで、石が完成しきる前に、マリムのエネルギーが全て吸い取られちまった」

 

 

 

 

 

もう、

マリムの力は使えない。

 

 

 

 

 

「……パーセントってのは、高けりゃ高いほど優れてるってわけじゃねえ。100%っていうのは、考えうる事態をすべて考慮したうえですべての条件が合致した時に初めて起こりうる完成形だ。それ以上の値は無駄……いや、過剰な結果を引き出してしまう分、余計とさえも言えるんだよ」

 

「……主」

 

歯がゆい思いが口から零れ落ちたかのようにそう吐き捨てたミズキは、同時にぴたりと手を止め、再び思い切り拳を握り机をたたく。しかし、フレイドはそれをとがめられなかった。

 

 

「……ダメだ。力が、足らない」

 

 

フレイドが絶望しミズキに声を求めようとする前に、ミズキは久方ぶりにキーボードを離れ、エリカに近づきおもむろに団服の胸ぐらをつかんだ。

 

 

 

 

「……何ですの? 乱暴は嫌いではありませんけれど、“やつあたり”はほどほどにしていただかないと……」

 

 

 

 

 

 

 

「データは……クライのデータはどこへやった!?」

 

 

 

 

「……さあ?」

 

 

 

 

怒号と悲鳴の区別がつかなくなったような叫びにもひるまず、エリカはれいせいに答える。

 

 

 

 

「……確かに、あの娘のデータがあれば、あの娘の常識はずれな力が一端でもありさえすれば、石のエネルギー作成の役に立つかもしれませんわね。でもそんな持ち出されたものの行方など、研究者でもないわたくしからすれば知りようもない話。結局のところ、“やつあたり”に過ぎませんことよ?」

 

 

 

 

「……ちっ」

 

 

 

 

「……」

 

 

睨むミズキ。だがエリカの真っ当な言い分に言い返すこともできず、ただただ黙り込む。

 

 

 

 

 

「……それと、これはR団としてではなく、共犯者としての意見ですが……」

 

 

 

 

 

常に危機感は持っておくべきだったかと思いますわ。

 

 

 

 

 

どういう事だ?

 

 

 

ミズキがその言葉を紡ぐ前に、

 

耳に、異音が届いた。

 

 

 

 

金属が何かを削り落とそうとしているような、高く速い音。

 

 

その音に、ミズキの頭から一気に熱を奪い、冷えた頭がその音の正体を冷酷に告げる。

 

 

 

 

 

「……なんで……なんでこんな組織の末端のアジトに、奴が来る?」

 

 

 

 

 

消え入りそうな声に怒りを込めて、ミズキが呟く。

 

エリカは、妖艶な笑みで返した。

 

 

 

 

何を焦る。

分かっていたことだ。

この人が、信用ならないことぐらい。

 

それを承知で無理やり引き入れたんだ。

 

 

 

 

何を驚く。

警戒していたことだ。

 

 

 

 

敵のアジトに潜入。

本部への通信。

 

 

 

 

 

BOSSが。

 

 

 

 

 

奴が。

 

 

 

 

来ることぐらい。

 

 

 

 

 

頭で理解していることを、心で逃げるな。

 

 

抗え。

現実に。運命に。

 

 

 

 

 

 

 

「……フレイド、準備しろ」

 

 

ミズキは思い切り息を吐き、無理やりに呼吸を落ち着かせフレイドに言う。

そのすべてが消え失せた抜け殻のような表情に、フレイドは一瞬戸惑いを隠せなかった。

 

 

 

 

 

 

「……悪夢の、始まりだ」

 

 

 

 

 

 

その一言を待っていたかのように、

天井が、抜けた。

 

 

 

 

 

 

フレイドは砂煙に視界をふさがれるも四肢で地面をしっかりと踏みしめ、体を震わせ毛を逆立たせて敵を“いかく”する。ミズキの指示に忠実に従った、という事もあるがその行動をとらせた根本の要因はフレイドのやせいの本能だった。

 

 

目の前に、強い敵がいる。

 

 

気配が、空気が、感情を高ぶらせる原因不明の雰囲気が、

 

その事実を何よりも雄弁に語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……久しぶりだな。会いたかったぞ」

 

 

 

 

 

 

「……ああ、そうだな。俺は、会いたくなかったよ(俺も、会いたかったぜ)

 

 

 

 

 

 

 

二人の声に、

フレイドは、怯えた。

 

 

 

 

聞きようによっては優しくすら聞こえるはずのその声音。

適度に低く、落ち着かせる二人の声。

 

 

 

 

 

 

 

それが体をなでた瞬間、

 

フレイドの闘争心は恐怖に、

全身の震えは武者震いから慄きへと変わる。

 

 

 

 

 

 

 

なんだ、これは。

 

 

 

 

口から出そうとした言葉が、喉に詰まる。

張り詰めた空気に、呼吸の時さえも奪われる。

 

 

 

 

 

(これが、この男が、)

 

 

 

 

 

我が主の、野望。

 

 

戦うべき、宿敵。

 

 

 

 

 

 

「……四年、だったか? 早いものだ」

 

 

 

 

 

そんなこちらの想いなどお構いなしに、男は言葉を続ける。

 

 

 

 

砂煙で見えないながらも男を必死に警戒し睨み続けていたフレイドは、

 

破壊音に反応し、振り返る。

 

 

 

 

そこには、机を掴み、握りつぶすミズキの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

「俺は……てめえを、罪を、壊すために旅に出たんだ! サカキ!!!」

 

 

 

 

 

「……久しぶりだなあ。ジョーカー(我が息子)よ」

 

 

 

 

 

 

砂が晴れ、スーツの男の優しい笑顔が見えたその瞬間、

 

 

ミズキは走り出した。

 

 

 

 

 

 

「主!?」

 

 

フレイドが手を伸ばす。

しかし、その制止もむなしく、ミズキは一直線にサカキへ駈け出した。

 

 

「俺は、あの日から! あんたを恨み続けた!!! あんたを憎み続けた!!! そして幾年も苦しみ続け、俺は今! この場所に、この舞台にたどり着いた!!!」

 

 

 

 

ミズキは全力で、人の体を超えたその体の全力でもって、スーツに手を入れたまま仁王立ちし全く体制を崩すことの無いサカキに向かって駆けた。

 

 

 

 

 

「すべては、てめえを殺すためだ!!!!!! サカキィィィィィィ!!!!!!」

 

 

 

 

 

ミズキは、サカキの顔にめがけて、

飛びかかった。

 

 

 

 

 

 

 

それを見たサカキが、

ふっと表情を落とし、呟く。

 

 

 

 

「“アームハンマー”」

 

 

 

 

 

サカキに思いきり伸ばした左拳は、視界の脇から滑り込んできたサイドンの拳に阻まれた。

 

 

空中で腹に受けたミズキはその場で吐血をまき散らし、

放物線を描きながらフレイドの元まで吹き飛ばされ、床に強く打ちつけられる。

 

 

 

 

「……弱くはあったが、愚かではないと思っていたのだがな」

 

 

「主!!!!!?」

 

 

 

 

サカキの捨て台詞を聞くことさえもせずにフレイドは床に倒れ伏し口から血をこぼすミズキに近寄る。見た目通り特攻失敗のダメージは大きかったようで、うつ伏せから腕を使って起き上がることもままならない状態だったもののサカキを睨むその鋭い視線からは闘志は微塵も消えてはいなかった。

 

「……何度も挑み続けるゴキブリ並みの根性だけは忘れてはいなかったか」

 

「かはっ! はぁ……おかげさまでな」

 

「……肩、貸しましょうか? 一応今は共犯者なわけですし」

 

「……いらねえよ。奴は、俺が戦わなきゃならねえんだ。俺一人で、戦わなけりゃあならねえんだよ!」

 

「……威勢はいいが、だけで終わりではあるまいな」

 

挑発をする時でさえ、何も思わぬような声でしゃべるサカキに、フレイドは再び寒気を覚える。

戦う相手から、敵う、敵わないではなく、逃げ出したいと思ったのは、生まれて初めてだった。

 

 

 

 

「……それで、エリカ。お前はいったい何をしている?」

 

サカキは少しだけ視線を横にそらし、エリカへと向けて質問をぶつける。

 

「何をしている、とは?」

 

「何のつもりでR団のアジトに潜入、などという馬鹿なことをしている、という事だ。謀反のつもりか?」

 

「ちょっと童心を取り戻して、ジョーカーと遊んでいるだけですわ。ご心配なく。これが終わればすぐに戻ります」

 

「おー、サカキ。私たち、楽しかったよ。だから、エリカ許してあげて?」

 

モンジャラのひどく的外れな発言に苦笑しながらも、すぐに表情を戻して言う。

 

「……任務は?」

 

「問題なく。まあ、任務の後はあまり考えていませんでしたので、その辺はお任せいたしますわ」

 

「……ふむ、ならまあいいだろう。反抗期を正すのも親の務めか」

 

「……ごほっ、親……だと……?」

 

その一言に反応したミズキは腕に力を籠め、体を半分だけ起こし、叫ぶ。

 

 

 

「……うるせえ、てめえが、施設から俺を拾っただけのてめえが、俺を利用して育てただけのてめえなんかが、親を名乗ってんじゃねえ! 俺の親は、『ジョウ』をくれたフジろうじんと、『ミズキ』をくれたオーキド博士だけだ!」

 

 

 

 

ミズキがそう叫んだ瞬間、

一つの影が、駆け出した。

 

 

 

 

「……怒りに狂い、馬鹿の一つ覚えか」

 

 

 

 

 

その影の正体、フレイドを見て、サカキはそう呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そのまま聞け、フレイド。俺は、まだ立てる」

 

サカキがエリカとやり取りをし始めたころ、駆け寄ってきたフレイドにミズキが小声で話しかける。

 

「っ! 主?」

 

「反応するな。そのまま、俺の言葉だけを聞いていろ」

 

背を向けたサカキ、そしてエリカにばれないように、ほんの少しだけフレイドは頷く。

 

「吹き飛ばされたのはわざとだ。お前に指示を出す隙を作るため。立てないと思い込ませるため。敵に、油断させるため……」

 

血走りながらも空ろな目や今もなお“アームハンマー”を受けた腹部の出血の状態を見てもとてもそうとは思えなかったが、ミズキの口調は有無を言わせぬ確固たる強さがあった。

 

 

 

 

「俺が次に声を荒らげたら、それを合図にサカキに突っ込め」

 

 

 

 

「……無理だ。わっちの力では、奴には勝てないっ」

 

「ああ……わかってる」

 

フレイドの弱気な発言にも動じず、ミズキは言った。

 

 

「大丈夫だ……お前には、俺がついてる」

 

 

それでも、フレイドは頷かない。

恐れていることもある。が、それよりももっと、本質的なこと。

やせいを生きたフレイドの、やせいを生きたが故の弱さ。

 

 

敵と戦い、敵を知った百戦錬磨の肉体が、この場での戦闘を拒絶していた。

 

 

 

 

それを知ってか知らずか、ミズキの血塗れの右手がそっと頬を撫でる。

 

 

 

 

「勝たなくてもいい。5秒……いや、2秒でもいい。サカキと、サイドンを足止めしてくれ」

 

 

 

 

 

 

そうしてくれれば、俺が決める。

 

 

 

 

 

俺が奴らを全力で、常闇の中へ引きずり込む。

 

 

 

 

 

 

そうしてミズキは、声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

フレイドは、指示通りに走り出した。

 

恐怖に打ち勝ったわけではない。

むしろ、一歩、また一歩と近づくごとに強く感じる相手の圧に、自分との格の違いをまざまざと見せつけられるような思いだった。

 

フレイドが走り出す事が出来たのは、ミズキの為。

 

 

ミズキのために、戦いたい。

ミズキの優しさに、報いたい。

ミズキに対するこれまでの非礼を詫びたい。

 

 

その想いは当然あった。

しかし、走り出す事が出来たのは、別の理由だった。

 

 

 

 

(……主の手は、震えていた)

 

 

 

 

ミズキは、肉体も、精神も強かった。

ミズキは、理想のトレーナーだった。

 

 

だが、ミズキと深くかかわれば関わるほど、ミズキは自分の理想からかけ離れていった。

 

フレイドは、それが辛かった。

 

 

だが、

ミズキをちゃんと見る事が出来るようになった今ならわかる。

ミズキと向かい合う事が出来るようになった今ならわかる。

 

 

 

 

 

強いミズキを、弱くしたのは、自分だ。

 

 

 

 

 

情けなかった。

消えたかった。

顔を伏せて、駆け出したかった。

 

 

 

 

 

(わっちは……大馬鹿者だ!!!!)

 

 

 

 

 

だからこそ、駆けた。

渾身の力を、足に込めた。

 

戦いに、踏み切った。

 

 

 

 

 

自分が惚れた、強い(ミズキ)を取り戻す為に。

 

 

 

 

 

 

 

「ほう……早いな。“こうそくいどう”か」

 

サカキは素直に関心の声を上げるも、特段ぼうぎょの体制を取ることはない。フレイドの動きは捕らえつつも、ミズキへの視線も外すことはなく、隙というには程遠い反応しか見せなかった。

 

(関係ない……もとよりわっちにできることは、主のために走ることだけ!)

 

「サイドン。“ロックブラスト”」

 

「ぐぅっ! ふ、フレイド! 飛べ!」

 

腹痛とこみ上げる吐き気を噛みしめ半身だけ起こしたミズキの全力の指示を聞き、フレイドがノータイムでジャンプすると、即座に大きな鈍い音が足元に響く。転がり逃げながら着地したフレイドは元いた位置を見ると砕けた岩とコンクリートの残骸と、大きな穴がそこにはあった。

 

 

「気を抜くな! くるぞ!」

 

 

はっとしたフレイドは前を向く。

眼前に迫った岩の塊が、視界をすでにふさいでいた。

 

「首を捻れ! ダメージを落とせ!」

 

「くっ!」

 

フレイドは間一髪でダメージをいなし、再び前を向くと、すでにサイドンは次弾を手元に用意していた。ほほを伝う一筋の流血で、熱くなっていた頭が冷える。

 

(“ロックブラスト”……連続攻撃か!)

 

 

フレイドが考えたのは、その一瞬。

 

 

考え事ともいえない、わざを認識したというだけ。

 

 

しかし、その一瞬の隙に、サイドンはすでに三発目の発射と、次弾の装填を同時に行っていた。

 

(っ! はやっ)

 

 

 

 

「フレイド! 撃ち抜け! “インファイト”!」

 

 

 

 

「っ! うおらあ!」

 

逃げ足をその場で踏みしめたフレイドは、渾身の右拳を前へ突き出す。

轟音と激痛を伴った拳は、弾けるように血を噴き出したが、その代償に岩の弾丸は石の礫に成り下がった。

続けて四発目も飛んできたが、その球をフレイドは余裕をもって前に進み出ながらも躱す。

 

 

「……砕くことで拳を犠牲に回避時間を短縮したか……」

 

 

 

「行けえ! フレイド!」

 

 

 

フレイドは最後の五発目をジャンプでかわし、左拳を振りかぶり、飛びかかるようにサイドンへと向かう。

 

 

 

 

先ほどのミズキと、同じように。

 

 

 

 

「……“アームハンマー”」

 

 

 

 

来た。

 

 

先ほどと、同様のわざ。

 

 

 

 

だが、ミズキの心境は、先ほどとは全く違っていた。

 

 

 

 

(“アームハンマー”は、もろ刃の剣。次の行動のためのすばやさを犠牲に、相手に全体重をたたきつけるわざ)

 

 

 

 

そして、二発目。

 

フレイドは、それにあたるより先に行動できる!

 

 

 

 

サイドンの拳が構えられ、フレイドに届くまでのその一瞬。

 

 

ミズキが待ち望んだ、一瞬が訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

「フレイド! “もえつきる”!」

 

 

 

 

 

 

ミズキに呼応するように、フレイドが叫び、

 

 

 

 

サイドンの目の前に、

ほのおの壁が立ちふさがる。

 

 

 

 

それは、一瞬だった。

 

 

ほのおタイプのわざの中でも最上級の火力わざ。

 

その一撃で、体内のすべてを出しつくし、目の前のすべてを燃やし尽くすおおわざ。

 

 

 

 

 

しかし、その一撃ですら、サイドンをひるませることもかなわない。

 

 

 

 

 

分かっている。

 

 

 

 

必要なことは、

サイドンの動きを制限すること。

サイドンに、サカキのことを守らせないこと。

 

 

サイドンの視界を奪うこと。

 

 

 

そして、フィールドを埋め尽くす圧倒的ほのおで、敵の視界を、ほんの数秒奪うこと!

 

 

 

 

立ち上がる。

狙いを定める。

撃つ。

当てる。

 

 

 

 

これだけの作業。

奴に気付かれたら、成功できるわけがない。

 

 

 

 

 

だが、

奴がこちらを見えていなければ、

奴のサイドンが動けなければ!

 

 

 

 

ミズキは立ち上がり、血が滴る右手を左手に添えて正面に構える。

 

 

 

そして同時に、

 

鈍い音とともに、ほのおの壁が薄れていく。

 

 

 

 

フレイドのくぐもった声が聞こえたが、今は気にしない。

 

 

 

 

 

ひたすら、待った。

頬が完全に消え去り、眼前にサカキが再び現れるのを、待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

それはミズキにとって、永遠とすら感じる時間。

自分の呼吸と同時に、世界が止まってしまったのではないかと思うような、錯覚。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、

 

 

 

 

サカキが目の前から消えた最後の景色に、ミズキの時間は完全に止まった。

 

 

 

 

 

「ば……か…………な……」

 

 

 

「やはり、まだ立てたか」

 

 

 

 

 

その声は、部屋の中で、静かに響き渡った。

 

 

 

 

こつ、こつと二つほど、どこからとも判断の付かない足音が耳に届き、

 

 

 

 

それが、サイドンの後ろから聞こえてきていたのだという事がわかったのは、

サカキの姿が見えてからだった。

 

 

 

 

「……ごほっ! かあっ!」

 

体内のすべてのほのおを使い果たし、橙色の艶やかな毛並みを煤けた灰色に変え、“アームハンマー”を受けたであろう腹を抑えながら苦しむ自分の足元まで飛ばされたフレイドに労いの言葉をかけてやる余裕すら、ミズキにはなかった。

 

 

「悪くない選択だった。いや、むしろ最良の選択であった。愚かであった。と言ったことは訂正しよう……いや、それも違うな。エリカの仕事ぶりを褒めるべきかな?」

 

 

「お褒めに預かり光栄ですわ」

 

「……熱い」

 

どこから取り出したか扇子で仰ぎながら受け答えするエリカとモンジャラを余所に、ミズキは現状に絶望する。

理解した、理解できてしまった。

 

サカキの取った行動も、そして、

 

自分の策が、読まれていたという事も。

 

 

 

 

「貴様の考えることなど、すべてお見通しだ」

 

 

 

 

なあ、ジョーカー。

 

ミズキの思考に合わせるように添えられたその言葉に、ミズキは強く下唇を噛んだ。

 

 

 

 

「……右腕を犠牲に、“アームハンマー”のダメージを軽減したな。腹についている血も、腕からのものがメインだろう。肋骨二本と言ったところか。まあ、立てないことはあるまい」

 

 

 

エリカの時とも、違う。

 

エリカには、戦略家として、やられた。

自分の先述の上を行く戦術に、追い詰められた。

 

 

 

しかし、今は。

この瞬間は。

 

 

 

 

相手の、

 

圧倒的な、

 

 

 

 

悪に、負けた。

 

 

 

 

ミズキという一人の男が、サカキという一人の男に、負けた。

 

 

 

 

「……その指は、確かに切り札だ。“いちげきひっさつ”、と称したとしても、間違いではないだろう。あたれば、の話だがな」

 

 

 

 

右手、左手、合わせて十発。

指先を向ける。

直線に飛ぶ。

使いきりである。

 

 

 

 

「これだけわかっているのなら、対処はそう難しくはない」

 

 

 

 

軽々という。しかし、エリカは内心、ぞっとしていた。

 

 

 

(……直線的なこうげきを避けるために、サイドンの後ろに隠れた)

 

 

 

フレイドの、“もえつきる”こうげきに飲まれた、サイドンの後ろに。

 

 

 

確かに、サイドンは熱に強い。

その分厚く固い鎧のような皮膚は、二千度のマグマの中を悠々と歩きまわる事が出来るとさえも言われている。その体を壁にするという事は、理にかなっていると言えるかもしれない。

 

 

しかし、だからと言って、あの全身全霊の“もえつきる”をみて、それを受ける萌えもんの後ろに隠れるだなんて……そんな……そんな馬鹿なこと……

 

 

 

 

(……そっくりじゃないですの)

 

 

 

 

最初に自らの体を使って餌巻きを行い、ずたぼろとなったミズキと、自慢の黒いスーツにところどころ穴が開き、炎症を起こしているサカキ。

 

 

 

 

二人を見て、エリカは軽く笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが現実だ。お前が俺の下を離れ、必死に重ねた想いの末路だ。お前は、弱くなった」

 

「……うるせえ」

 

 

 

 

 

 

もはや、意味をなさないただの悪態。

ミズキには、この圧倒的実力差を埋めうる策は残されていないという事を、もはやほのおを履く力もないフレイドは察した。

 

 

 

 

 

 

(わっちは……わっちは……たった二秒の隙を作ることすらできなかったっ……)

 

 

 

 

悔しさの涙を飲み込み、真白に燃え尽きた体を無理やり起こし、フレイドは立ち上がった。しかし、潰れた拳を構え主の前に立ちふさがるその姿は、悲しくも敵をけん制する事すら叶わない。

ゆっくりと近づき、一発殴る。

それだけで、何の危険もなく倒せる。一目見て、それがわかる状態だった。

 

 

 

しかしサカキはそれをせず、その場で一人、雨だれのような拍手を送った。

 

 

 

 

 

 

 

「……はっはっは。素晴らしい気概だ。それでこそ、俺が待っていた甲斐があったというもの」

 

 

 

 

 

 

「……待っていた、だと?」

 

サカキの言葉にミズキは違和感を覚え、時間稼ぎの意を込めて呟く。

 

「む? エリカ、言っていなかったのか?」

 

「……ああ、そういえば。言ってなかったような気がしますわね」

 

ぽんっ、と手をたたきそうなおっとりとした勢いで、エリカが言う。

 

「ふむ、なるほど。ならば改めて、言わせてもらおう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰ってこい、ジョーカー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何?」

 

 

 




ポケスぺの話ですけど、


ポケモンずかんの説明文まで有効活用してるの本当にすごいと思う。
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