罪深き萌えもん世界   作:haruko

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絶望に次ぐ絶望の後。

羽ばたき、もがき、足掻き、あとは堕ちるだけ。


第12話 5 ジョーカー

 

「……意外だったよ。あんた、冗談言えたんだな。笑ってやる余裕がないことが、申し訳ねえよ」

 

既に機能しない右腕をだらりと下げ、時間とともに削れていく体力と戦いながらも気力だけで警戒の姿勢を保っているミズキが、サカキに向かって吐き捨てるように言う。

そんなミズキの様子にサカキは、驚きも、喜びも、哀しみもせずに、ほんの少しだけ笑いながら呟く。

 

「冗談でも戯言でもない。端から決めていたことだ。知っていたのは、エリカだけだがな」

 

その発言を受け、キッとエリカに鋭い目線をぶつけるが、エリカはとぼけた表情を崩さなかった。

 

「聞かれてませんもの」

 

悪びれもせずそんなことを言うエリカにミズキは何を言う事もせず、再びサカキに向き直る。怒りが支配した脳に血が上り、心なしか視界をふさぐ出血は加速していた。

 

「……どういうつもりだ。なぜ貴様らが、今更俺を必要とするんだ!?」

 

「……今更、というのはご挨拶だな。別に我々は、お前が不必要になったことも、お前を切ったこともない。お前が我々の下を、勝手に離れただけだ」

 

 

その言葉に、

ミズキは、思いきり駆け出し、

 

 

 

足を縺れさせ、目の前に崩れ落ちた。

 

 

 

足に力を入れ、駆け出し、拳を作り、突出し、殴る。

 

 

 

そんなミズキの計画は、はじめの一歩で頓挫した。

 

 

 

成功するだなんて微塵も思っていない。

ただ、心が、体が、頭よりも先に無茶を実行していた。

 

 

顔を思い切り床に打ち付け、頭の出血に鼻血まで加えたミズキが、それでもしっかりとサカキを見据え、叫ぶ。

 

 

 

 

「……ふざけるな! 最初から俺を、利用するためだけに“萌えもんハウス”から連れ出したんだろうが! お前たちが……俺を、研究者として育て上げる為に!」

 

 

 

 

 

 

突き刺すような慟哭が、部屋全体を支配する。

 

 

 

止める者は、いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前らが…………俺に、クライを創らせるために!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ、そうだったな」

 

 

 

 

サカキの言葉に、無理やり体を起こし再び駆け出そうとするミズキの背中に、どさりと何かがのしかかる。ほどなくしてそれが、フレイドが自分の背中に全体重を預け、ぼろぼろの体で自分を押さえつけているのだと理解した。

抑えている、というよりも、必死に寄りかかっているだけにさえ見えるフレイドの状態は、体を揺らせばすぐに自分の隣に転がり堕ちそうなほどに最悪であったが、ミズキはそれをすることはせず、再びサカキをにらみつける。

 

「そしてお前は、自分が利用されていることに気が付き、このままでは自分が創ってしまった史上最悪の萌えもんが我々の力になってしまうと気付いたお前は、クライとともに逃亡。それでよかったか?」

 

「……わかっているなら……なんで今更、俺を呼び戻せると思う!? なぜ俺を、呼び戻す必要がある!? なぜ、なぜお前は、そんな言葉が吐ける!? サカキ!」

 

そこにあったのは、

ミズキの叫び。

ミズキの想い。

 

 

フレイドはその姿に、驚いた。

怒る姿。それはこの旅で、幾度となく見てきた。

しかし、今のミズキは、言葉で怒ろうが、行動が怒りに支配されていようが、それだけには見えなかった。ミズキの一つ一つの行動が、辛そうで仕方がなかった。

 

 

そして、そんなミズキと鏡合わせのように、サカキは淡々と言った。。

 

 

 

 

 

「俺は、お前が欲しい。それだけだ」

 

 

 

 

 

義理の父親からの、一言。

 

優しく、温かく、美しくあるべきその言葉は、穴だらけの心に濁を注ぎ込むかのようにミズキを苦しめた。

手を差し伸べて引き寄せるようなその言葉は、闇の住民に一生ここにいろと肩を組まれたかのようなおぞましさを感じた。

全身の毛孔がきゅっとしまり、こみ上げてきた内容物と口内の血が混ざりあったものを口から吐き出す。

 

「……嫌われてますわね、BOSS」

 

「……ふむ。ならば切り口を変えてみるとしよう」

 

「きさまら、それ以上しゃべるなあ!」

 

 

ミズキの様子に耐えかねたフレイドが、渾身の力で“かえんほうしゃ”を放つ。

 

 

……が、サカキの眼前にたどり着くころには“ひのこ”のそれすらも下回るまで勢いをなくし、サカキが拳を横なぎにふるうだけでほのおは霧散し消えて行った。

 

 

「……無駄なことはやめておけ。確かに、その状態で立ち上がった気概を褒めはしたが、“もえつきる”を使いほのおタイプですらなくなった貴様のこうげきなど、萌えもんに任せることにすら値しない。貴様はもう、戦えないんだよ」

 

その言葉にフレイドは反論しようと掌を握りこむが、うまく力が伝わらず震えるだけの拳とそれに力を伝えるための腕が青白く光り、脱力しているのがわかった瞬間、彼の言い分に間違いはないことが分かる。

 

 

「……だからなんだ! わっちらは、野望の下に集いし仲間だ! 契約者だ! わっちらには、足掻き続ける理由がある!」

 

 

 

 

 

「ほう。ならば、その理由をなくせばいいわけだ?」

 

 

 

 

 

全身を、悪寒がぞくりと駆け抜けた。

 

 

 

瞬間、フレイドは依然ミズキが口にした言葉を思い出す。

 

 

 

 

『深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている』

 

『理から外れた願いを、常識的に叶えられるはずはない』

 

『契約は、守る』

 

 

 

 

『どんな手を使ってもだ』

 

 

 

 

 

フレイドは、思う。

 

あれは、

自分でも戒めでもあり、

 

我々への、忠告の意味もあったのではないかと。

 

 

フレイドは感じた。

 

 

 

今、自分が覗き込んでいるのは、

一寸の光も刺さない、深淵だ。

 

 

 

 

 

「ジョーカー。お前は、なぜ戻ってきた?」

 

サカキは、言った。

 

「……なぜ?」

 

それをミズキは繰り返す。言葉の意味が分からなかったわけではない。質問の意味が分からなかった。

 

「R団をつぶすため、俺を殺すため。お前はそういった。だが、果たしてお前の心のうちは、本当にそうだったのだろうか?」

 

「……あ、たり」

 

「当たり前、か?」

 

息絶え絶えのミズキの意図を読み取ったサカキが先んじて言葉を発すると、ミズキは眉間のしわを深める。より気分が悪くなった、と言わんばかりの表情だった。

 

 

「くっくっく、そうだろうな。それが嘘なわけではないだろう。だが、それだけではない。そうだろう?」

 

「……」

 

「聞いたぞ? お前は、R団にいたという事を、仲間に隠していたらしいな。ならば、言えなかったこともあるはずだ」

 

壁際に詰まるミズキに向かって一歩ずつ逃げ場を消していくような問答の仕方に戸惑うフレイドは、本当にサカキは手を出すつもりがないのか測り兼ねていた。しかしほんの少し後ろを向いた時、ミズキは悔しそうな、かつ諦めたかのような表情で黙り込んでいた。

 

 

「お前の本来の目的、それは……『クライを助ける事』。いや、『クライを探し出すこと』、違うか?」

 

 

「……だったら……なんだ?」

 

 

 

 

 

 

「お前がもう一度R団として我々の軍門に下るというならば、お前とクライの安全は約束してやろう。という事だ」

 

 

 

 

 

 

「っ!!!! ごほっ、ごほっ!」

 

驚きのあまり勢い良く体を起こしたせいで、急な動きに耐えきれずぶり返した体のダメージでむせ返るが、そんなことはどうでもよかった。

 

 

 

「……何だそれは!? どういうつもりだ!?」

 

「……どうもこうもない。今言ったことが全てだ」

 

やれやれ、といった様子でサカキが続ける。

 

「あの時、お前が予想したとおりだ。我々は、お前に創らせたあの萌えもんの力を利用するつもりだった。奴を利用して、進めるべき計画があった。だからこそ、お前が奴と逃げ出したという判断は間違っていない」

 

 

 

 

 

 

 

だが、お前らは失敗した。

 

 

 

 

 

お前の強欲が生んだ、奴の傲慢によって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その結果、奴はお前を逃がす為に力のほとんどを使い切り、出がらしの様な状態で我々に捕獲され、お前は我々から逃げきるために助けるはずだった大切な仲間を失った。だからこそ、R団が復活した今、クライがまだ生きているかもしれないという可能性が出た今、旅に出たのだろう」

 

 

 

「……その……通りだ……」

 

 

 

重々しく、ぼそりとミズキが呟く。

 

 

 

「ならば、お前がすべきことは一つだ」

 

 

 

 

 

もう一度、R団に戻ればいい。

 

 

 

 

 

罪と向かい合う必要などない。

 

逃げた過去を今一度改め、そのうえで、クライの安全を保障した契約を、我々と結びなおせばいい。

 

 

戦いたければ戦う場を用意しよう。

 

 

研究したければ金の援助をしよう。

 

 

何もしたくなければ場所をくれてやろう。

 

 

 

 

 

お前とクライの力を、我々に利用させる。

 

 

 

 

 

それをお前らが提示する限り、我々はお前らに何も危害を加えないことを約束しよう。

 

 

 

 

 

 

 

「我々がそれを提示した以上、お前がこれ以上旅を続ける必要はなくなったわけだ」

 

 

 

 

 

 

分からないことばかりだった。

分からない言葉が、大量に出てきた。

フレイドはどうすればいいのか、わからなかった。

 

 

 

だが、わかったこともあった。

 

 

 

 

 

 

それは、毒だ。

 

甘い、毒。

 

 

 

優しい言葉で、拳を構える、二重拘束。

 

 

 

 

アメとムチ……じゃない。

アメを与えれば、ムチを振るってもいい。

 

 

 

 

 

そんな愚かで、浅ましい考え。

 

 

 

 

 

 

 

だが、喉まで出かかったその言葉が、出なかった。

 

 

 

 

 

 

何故だか、わからない。

 

 

 

涙が、流れた。

 

 

 

 

 

ミズキが次に発する言葉を、聞きたいと思う自分と、聞きたくないと思う自分が心の中でせめぎ合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……お……れ……を……」

 

 

 

 

 

 

絞るようなミズキの声に、体がはねる。

 

 

 

 

その一瞬で、聞きたくない自分が心を支配し、せりあがってきた。

 

 

 

 

 

(…………もういい)

 

 

 

 

もう、勝てなくてもいい。

 

 

 

もう、やられてしまってもいい。

 

 

 

 

 

 

野望が、契約が、

 

 

 

 

 

 

 

ここで潰えてしまってもいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

だから……もう少しだけでいいから、

 

 

 

わっちを、見捨てないでくれ。

 

 

 

 

 

 

 

どうせなら、

 

 

最後まで、わっちの主でいてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

(だから、その先は言わないでくれ!)

 

 

 

 

 

「お……れ……の……」

 

 

 

 

 

ミズキは、

ふらつきながらも力を振り絞り、立ち上がる。

 

 

 

 

フレイドは、手を伸ばした。

 

 

しかし、足が動かない。

声が出ない。

 

 

 

 

止められない。

 

 

 

 

 

(や……めて……くれ……)

 

 

 

 

 

 

フレイドの想いは、ミズキには届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺を……俺のことを……あんまり……なめんじゃねえよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へっ?」

 

「……ほう」

 

 

 

 

呆けた面を作るフレイドと、半笑いの表情を崩さないサカキの声が重なる。

 

 

 

「……適当な条件整えりゃ、俺が靡くとでも思ってんのか? 最低限の餌をぶら下げりゃ、俺が走るとでも思ってんのか? そんな下らねえ釣糸に、俺がかかると思ってんのか? 仮にも一時俺を傍に置いたあんたが、そんなことで俺を連れ戻せると思ったのか? 俺がいねえ四年間で、そこまでてめえは、耄碌しちまったってのかよ?」

 

震える声は、怯えか、怒りか、誰にもわからない。

 

「てめえは……契約ってものを、何もわかってねえ。俺たちのことを、何もわかっちゃいねえ! てめえの言いなりになって下について、自由気ままな生活を送れ? そんなの、どこぞの常闇以上の地獄だぜ!」

 

「……そこまで言うならば、何か策があるんだろうな。この状況を、交渉以外の方法でいなすような、ウルトラCな大作戦が」

 

 

 

 

 

 

 

「あるわけねえだろ。そんなもんがよ」

 

 

 

 

 

 

額に流れる汗と血をぬぐい、視界を広げ正面をしっかりと見据えたミズキが、当たり前のようにそう吐き捨てる。

 

「……そうさ、策なんかありゃしねえ。だがな、たとえ今が崖っぷちだとしても、俺の辞書に、『妥協』なんて言う文字はねえんだ。俺は、契約は死んでも守る。野望は死んでも達成する。フレイドがちゃんと言っただろうが! 勝ち目がない敵が現れても、とんでもない壁にぶち当たっても、俺たちには、足掻き続ける理由がある! 俺たちには、足掻きつづけて、野望をつかみ、手に入れるまで、戦い続ける事が出来る! 過去に、罪に打ち克つ力がある! 何が壊れても、何にあたっても、どれだけ遠くても、どれだけ見えなくても、この手でつかむまでもがき続ける!」

 

 

左拳をぎゅっと握りこみ、そのままそれをサカキへ突き出す。

 

 

 

 

 

今可能性がない程度(・・・・・・・・・)で、俺は絶対に諦めはしない!」

 

 

 

 

 

ミズキの叫びに、サカキは大きく笑った。

 

 

 

 

 

「……くっくっくっくっ! ハァーッハッハッハッハッハッ! 懐かしい言葉だな!」

 

 

 

 

 

サカキの高笑いに動じることもなく、ミズキは冷静だった。

 

 

心が落ち着いたからではない。むしろ心は、とびかかってしまいそうなほどに今もぐつぐつと煮えたぎっていた。

 

 

 

 

 

れいせいなのは、頭。

 

自分の発言を反芻する脳が、何かをミズキに告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

(……打ち勝つ……力?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『エネルギーが全てすいとられちまった』

 

 

『力が、足らない』

 

 

『クライのデータはどこへやった!?」

 

 

 

 

 

『確かに』

 

 

『あの娘のデータがあれば』

 

 

 

 

あの娘の常識はずれな力が、

一端でもありさえすれば、

 

 

 

 

 

 

 

『石のエネルギー作成の役に立つかもしれませんわね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……あった。力の、一端)

 

 

 

つぶされ、力の伝達すらうまく行かない右手を、左手で無理やり目の前に引き上げ見つめる。

 

 

 

しかし、それを見つめたミズキの表情は、曇ったままだった。

 

 

ちらりと後ろを振り返る。

 

幸いにも起きてしまうことなくベッドに横になっているマリムの姿と、ほとんど値が変化していない無情な現実を示すモニターが見えた。

 

 

 

 

 

 

(……撃つのか? マリムに)

 

 

 

 

 

 

これを。

この、力を。

 

 

 

最悪の、闇の力を。

 

 

 

 

 

 

マリムを、見る。

 

 

モンジャラ式の麻酔が効いた状態で眠っているマリムは、

 

 

一瞬、笑ったように見えた。

 

 

 

 

 

 

(……そうだよな)

 

 

 

 

 

 

『わたしは、あなたを信じてる』

 

 

『わたしは、あなたを信じられるの』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミズキは、笑いを収めたサカキに背を向け、

 

 

 

左手で右手を持ち上げ、薬指をマリムに向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ほう、なるほど」

 

 

ミズキの動きに警戒し、腕を前に構えるサイドンをサカキが片手をあげ、制止する。

 

 

「いい。面白そうだ。放っておけ」

 

 

 

その二人の様子を見ていたエリカは、微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マリム……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢幻の悪魔に、打ち勝てよ。

 

 

 

 

 

俺は……俺も……

 

 

 

 

 

お前を信じてるぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っぐっ!」

 

「……まあ、骨折している腕を無理やり持ち上げて、構えを取れば当然そうなるだろうな」

 

「はあっ、はあっ」

 

右手を降ろしたミズキは、再びサカキに向き直る。

体を支える力よりも蓄積した疲労とダメージが勝り、立っていることすらままならない状態ではあるが、それでもねむるマリムをまもるようにベッドの前に立ちふさがる。

 

しかし、体の中でも数少ない機能している左手を、立つための支えとしてベッドについてしまっている以上、お世辞にもそれはしっかり守り人を務めている状況であるとは言えなかった。

 

 

 

 

「それで? 諦めない男、ミズキ君は、一体今からどうするつもりなんだ?」

 

 

 

 

「……」

 

無言のにらみをぶつける。しかし下から見上げるフレイドには、『それが精いっぱいである』と言っているように見えてしまった。

 

「言っておくが、今お前を見逃してやったのは『おもしろそうだった』からだ。策がなくなったようならば、契約破棄したお前を活かしておくような理由はない」

 

「……俺がいなけりゃ、クライの力を利用することはできねえぜ?」

 

「別に殺すとは言ってない。無理やり、捕獲するだけだ」

 

その一言を合図に、待機していたサイドンがゆっくりとにじり寄ってくる。

 

 

 

(……考えろ。一分だ。一分稼ぐ方法を!)

 

 

 

しかし、それがどれだけ無茶苦茶な注文であるかという事は、ミズキとフレイドが一番理解していた。

 

 

ミズキの右腕。体の疲れ。

フレイドのほのお。全身のダメージ。

 

 

これをすべて捧げても、二人は、二秒稼げなかった。

 

 

 

フレイドは、構えを取っている。が、不可能だ。

あいしょうの差を消したとはいえ、今のフレイドにサイドンと戦う力も、気力も、残っているわけがない。

 

 

そして、ミズキ自身も、もう前に一歩足を踏み出すことすら叶わないような状態だった。

 

 

 

 

「……お手伝い、しましょうか?」

 

「っ!」

 

エリカの声に一瞬胸の跳ねるミズキだったが、すぐに切り替え首を振る。

 

「……あんたが本気でも、奴には勝てない」

 

「ええ、そうですわね。でも、時間稼ぎくらいならできるかもしれませんわよ」

 

「……笑わせんな。ミラもいねえ状態で、何秒も持つわけねえだろうが」

 

「どうせあなたにとって、わたくしは落としてもいい捨て駒でしょう? だったら」

 

 

 

 

 

 

「うるせえ! そんなことできるか! 黙ってろ!」

 

 

 

 

 

 

ミズキの、その叫び。

 

何を意識したわけでもない。

事実、ミズキはその言葉の後、一歩ずつ迫るサイドンを見据え、再度思考を回し始めた。

 

 

 

 

 

だからこそ、

エリカの平手を、躱せなかった。

 

 

 

 

 

乾いた音が、部屋にこだまする。

 

 

 

 

驚いたサイドンは、結果的に足を止めた。

しかし、それも気にならないほどに、ミズキは動揺していた。

 

 

 

「……何を」

 

 

 

 

 

 

「あなたのセリフを、お借りしますわ。あなた、“なにがしたい”んですの?」

 

 

「……なにが、したい?」

 

 

「足掻くんじゃなかったんですか? もがくんじゃなかったんですか? 罪を背負って、過去を壊して、野望を掴みとるまであきらめない。それは、嘘ですか」

 

 

 

口調はそのままにしかし、荒々しく胸元を掴み、怒りの表情を見せつける。

目線だけをちらりとサカキに移し、言った。

 

 

 

 

 

「あなたには、ジョーカーには、まだできることがあるでしょう!」

 

 

 

 

 

 

ミズキは、一瞬で理解する。

 

 

そして、顔を青くした。

 

 

 

出来ない。

 

それは、それだけは、出来ない。

 

 

 

 

それをやってしまえば、俺は……。

 

 

 

 

「……理解しなさい。今を。そして、選びなさい。次を」

 

 

 

 

 

何を殺し、

 

そして、

 

 

 

 

何を残すべきなのかを。

 

 

 

 

 

 

「崖っぷちから生き残る方法じゃない。崖の下から這い上がるために、捨てるものを考えるのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ、そうだ。その通りだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フレイドは、見た。

ミズキが表情を消した、その瞬間を。

 

 

 

 

 

 

 

フレイドは、力が入らない拳を握り、力を入れて唇を噛み、

ぬぐえない涙を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こいつが惜しけりゃ俺たちを逃がせ」

 

 

 

 

 

フレイドの歪む視線に移ったのは、

左腕でエリカを抱き寄せ、

 

 

 

 

左親指を、首元に突きつけるミズキの姿だった。

 

 

 

 

 

「……一応聞くが、お前は、本気でその選択をしたんだろうな?」

 

「サイドンを一歩たりとも動かすな。こいつが堕ちるぜ」

 

サカキの言葉を無視したミズキが、そのまま続ける。

エリカは楽しくもあり、苦しくもあるような不思議な顔でそれを受け入れていた。

 

 

 

「……それで、俺が止まると本気で思っているのか?」

 

 

 

「止まるさ。他でもない、あんたならな」

 

 

 

ほんの一瞬だけ、沈黙が支配する。

 

 

 

「俺が、本当にそれをするかどうか。じゃない。あんたは、止まらざるを得ない」

 

 

 

 

 

 

「……それを理解したうえで、それを選択したという事だな?」

 

 

 

 

 

 

 

「……どうかな?」

 

 

苦しげに返した。それを読み取ったサカキは、また笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやく、すべて剥がれたな。お帰り、ジョーカー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い、長い沈黙を経て、ミズキが重々しく口を開く。

 

 

 

 

 

「……俺は、ミズキだ……俺は、これからも、ミズキであり続ける」

 

「それは無理だ」

 

 

 

 

ミズキのセリフを、食い気味にバッサリと切り捨てる。

 

 

 

 

 

 

「お前が閉じていた蓋は、空いた。もう、くだらない時間とぬるい仲間の外堀に埋め尽くされたお前のあく(・・)は、浮き彫りになったんだよ。お前は、もう、戻れない」

 

 

 

「……余計なことは言うな」

 

 

 

「その行動は正解だ。お前には、それしかなかった。だが同時にその行動は、お前のトリガーでもあったはずだ。お前がミズキを名乗る以上、開いてはいけない、パンドラの箱」

 

 

 

「……黙れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は、そのミズキ(おまえ)の仲間たちと、旅を続けることはできない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黙れって言ってんでしょうが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優しい怒りの声が、響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたしの知らないところで、わたしの“おや”を、悪く言ってんじゃないわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆらりと起き上がったその娘は、光り輝く体のままに、蒼白の顔のミズキに寄り添い、エリカから引きはがし、抱きしめる。

 

 

 

 

 

「……ありがとう。ミズキ」

 

 

 

 

 

光は次第に勢いを収め、体の変貌は完了しようとしていた。

丸く、小さな体躯は大きく、しなやかな人型へと変貌し、黒くかすれたローブは、深く美しい紫色の、長くきれいな全身を覆うローブへと変化した。

 

その大人びた体は、抱きしめたミズキの心を、不思議なほどに落ち着かせる。

 

 

 

 

 

 

「私は、ミズキ(・・・)を忘れない。私はあなたのために、これから、全てに抗い続ける。だから……あなたはそのまま、わたしの好きなあなたでいてね」

 

 

 

 

 

そして、彼女は、敵を見据えた。

 

 

 

 

 

 

「……あんた、許さないから」

 

 

 

 

 

 

 

 

ムウマージ。降臨。

 

 

 

 

 

 

 




ラプラスのピアスを買ったのですが自分の耳にピアス穴は開いていないのでぬいぐるみにつけたらぎゃんかわになりました。
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