すぐに消したので問題はなかったかなと思いますが、混乱してしまった方がいた場合は申し訳ございません。
それでは、休止期間を含めると1年近く、話数で言うと5話、投稿数で言うと20近く続いたタマムシシティ編、完結です。
本話で完結させようと思い押し込んだところ13000文字になりました。
……大したバトルもないってのに……
時間に気を付けてお読みください。
―――――――――――――――常闇の間、夢幻の重責―――――――――――――――
「ここは、どこ?」
目を開けたマリムは、常闇の只中にいた。
右も、左も、上も、下も、前も、後ろもわからない。
漆黒の、闇。
「……ミズキ? ガーディ? 誰かいないの?」
答えが返ってくるとは思っていなかった。
ただ、自分の中の不安を消す為に声を上げた。それだけだった。
「…………あんたのせいで、わたしたちは全滅したのよ」
しかし、答えは返ってきた。
マリムは驚き、後ろを振り向く。
「……お、お母様」
そう呼ぶとその姿は、陽炎のように揺らぎ、消え失せた。
さらに両隣から、声が届く。
「なんで貴様なんぞのせいで……俺たちがぁ!」
「憤慨」
「あ……ああ…………」
それは、かつての、仲間。
自分の、罪。
「いや……やめて……」
マリムは思わず、目を閉じ、耳をふさぐ。
しかし、言葉は直接、頭に響いてきた。
「お前に、夢を奪われたんだ」
「お前に、体力を奪われたんだ」
「お前に、喰われたんだ」
それは、マリムが逃げ惑っていた時に、夢を食べてしまった町の人々。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
一人ずつ、一人ずつ、
怨念を、怨恨を、侮蔑を、憤怒を、
様々な負の感情を綯交ぜにした毒のある言葉で、マリムを刺す。
マリムは、逃げた。
どこにでもない。闇の中へ。
誰の声も届かない場所へ、逃げ込んだ。
しかし、
逃げながら涙をぬぐい、前を向こうとすると、
途端に、体が動かなくなった。
身体がひやりと冷たくなり、
恐る恐る振り返ると、
低い声と共に、
大量の腕が、こちらに伸びていた。
『お前の、せいだ』
「いやあああああああああああああああああああああああ!!!!!」
悲鳴と同時に、
全ての影か消える。
浮かび続ける気力を失ったマリムは、ふらふらと漂いながら、闇の真ん中で停止する。
床、ではないが、止まる事が出来た。
ここが、この闇の終着点なのだろうか?
もう、誰も来ないのだろうか?
荒い息を必死に抑えながら、マリムは周りを見渡す。
「……あなたのせいで、逃げ遅れた」
「……お前のために、辛い敵と戦うことになった」
最後に、
背後から響いてきたのは、
一番愛してくれた人と、
一番愛している人の声。
「あなたのせいで、命を落とした」
「お前のせいで、苦しんだ」
あんたなんか、
おまえなんか、
友達に、
仲間に、
「「なるんじゃなかった」」
「……ざけんじゃないわよ」
二つの影に、苦手な拳を振るう。
二人は、闇に溶けるように、消えて行った。
「……わたしの前で、二人を、汚すんじゃないわよ!」
その様子を見て、
夢幻の悪魔は、怪しく微笑む。
……ヤルジャナイカ。
ヨモヤアソコマデヨワッタジョウタイデ、ワガ『夢幻』ヲハラエルトハナ。
「…………誰よあんた?」
ワレノコトナドドウデモヨイコト。シリタイノハソンナコトデハナカロウ。
「……出口はどこ? わたし、こんなところで油売ってる暇は無いのよ」
……ナンノタメニ?
「は?」
ナンノタメニ、ソトヲノゾム?
「……仲間の為……」
いや、違うわね。
己が野望を、達成するためよ。
「……フッ」
夢幻の悪魔は、楽しげに笑い、
扉を、開いた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……わたしは、わたしの野望のために、必死に戦った。それは誰の為でもない。自分の為。そしてミズキは、そんなわたしの願いを、無茶苦茶なわたしの願いを、全力で応援してくれた」
マリムは目を閉じ、思いを馳せる。
思い返した時間は決して長くはない。むしろ他の三人と比べれば、マリムとミズキの想いでと呼べるものなど、萌えもんタワーの一件を除けばほぼゼロと言っても差し支えない。
しかし、そのほんのわずかな想いでは、
確かにマリムに勇気を、気力を、力を与えた。
「ミズキは、契約を守ってくれた。だから今度はわたしが、ミズキの野望の助けになる番。今までわたしをまもってくれたみんなを、今度はわたしが守る番」
マリムは糸が切れたかのように膝から崩れ落ちるミズキを支え、そっと話してからサカキに向き直る。
「ミズキが与えてくれたこの力で、ミズキの想いにこたえる番なのよ!」
「……お手並み拝見と行こうか? サイドン。“ロックブラスト”」
サイドンはすぐさま手を前に突出す構えを取り、初弾を発射する。
「っ! マリム! 気をつけろ! 連続攻撃だ!」
フレイドの声が響き渡るがそれを待つことなどなく、岩の弾丸はマリムへと襲い掛かった。
が、それはなぜか徐々に勢いを失い、マリムの前で制止した。
“サイコキネシス”。
エスパーの力でコントロールされたその岩は、落下することなくふわふわと浮かび上がり、マリムの支配下に置かれる。
「ほう……」
「ほら、連撃なんでしょう? どんどん来なさい」
ちょうはつ的なマリムの顔に二撃目、三撃目と即座にこうげきが飛ぶ。
……が、どれだけ力を込めようが、打ち込む角度や速度を変えようが結果は変わらず、マリムに傷一つつける事無く完全に封殺されていた。
「す、すごい……」
「……これほどとはな」
フレイドとミズキは、言葉を漏らす。
エリカとサカキも顔には出さないものの、ほぼ同じことを思っているであろうという事がわかった。
「……その程度のこうげきが限界なら、わたしに傷はつけられないわよ?」
「……ふむ。では、こうしようか」
言ってサカキは右手を上げる。
それを受けたサイドンは、腕を構える方向をそらした。
そこには、もう倒れ伏せて、動けない状態のフレイド。
「っ! くそぉ!」
フレイドは、避けようと力を入れる。
……が、体はピクリとも動かない。
「……やたらと動くんじゃないわよ、重症患者」
瞬間、ピクリとも動かなかったはずのフレイドの体が浮かび上がり、ミズキのいる位置、つまりマリムの背後まで引き寄せられる。
「うごっ!」
倒れるミズキの上に積み木のごとく詰まれたフレイドが、そんな悲鳴を漏らす。が、その悲鳴も、“ロックブラスト”が地面に着弾した轟音によってかき消される。
「……なかなか精密な操作も可能なようだな」
「余裕ぶっこいてるところ悪いけど、周りは見た方がいいんじゃないかしら?」
マリムの観察を続けていたサカキと、五撃目を構えて待機していたサイドンが、その言葉に反応し周りを見渡すと、
マリムにとめられた三つの岩石が浮遊していた。
「っいつの間に」
「喰らいなさい。これがわたしの新たな力」
マリムが両手を合わせるのと同時に、岩は砕け散り、数多の石礫へと姿を変え、二人へと襲い掛かる。
「……“パワージェム”」
「ムウマには、使えないはずのわざですわね」
砂煙に飲まれるサカキの姿を見ながら、ミズキとエリカは言った。
フレイドは、そんな二人の解説を聞きながら眺めるマリムの背中を頼もしく思い、同時にうらやましくも思っていた。
(……強い。掛け値なしに)
仲間なのだ。素直に喜ぶべきなのだ。
なのに、フレイドの中にある何かが、素直なそれを許さない。
「……その程度で終わると思わないでよね。私の仲間をいじめたツケは、三倍返しで払ってもらうんだから!」
そんなフレイドの葛藤など知るはずもなく、マリムは容赦なく追撃を始める。
両手をパンと合わせると今度は、どこから現れたか七色に光る葉っぱが、ひらりひらりとマリムの周りを舞う。
「これって……」
「“マジカルリーフ”。これも、ムウマが覚えられないわざですわ」
光り輝く葉の連撃は、
たとえ標的が見えなくても、決して外れることはない。
「おりゃああ!!!!」
放たれた刃は砂煙の中へと消え、視界の悪さが勢いを増した。
悲鳴の類は一切聞こえない。
だが、はじかれたり、無効にされたりしていない以上“マジカルリーフ”が外れるはずはない。
しかし、それでもマリムは、安心する事が出来なかった。
(……ミズキの宿敵、これで終わり? いや、そんなはずはない。奴は、ミズキの敵なんだ。最後まで、気は抜かない。こうげきを、し続ける!)
そうしてマリムは、再び“マジカルリーフ”を構える。
ミズキの敵が弱いはずがない。
そのミズキの強さへの絶対的な信頼だけが、マリムのサカキへの評価を構成していた。
その考えは、正しい。
しかし、その行動は、間違いだった。
「っ! わざを止めろ! マリム!」
ミズキの叫びに反応できたその瞬間、マリムは天井を見ていた。
「……な……に……?」
脳を揺らされぐらつくものの、宙返りをしながら体勢を立て直しながらミズキの下へ戻ってくる。
頭を抑えながら視界が広がった正面を見ると、サイドンはすでに姿をけし、同じく大きな体躯と角が特徴的な紫色の萌えもんが大穴から顔を覗かせている。
その肩に担がれるサカキは、スーツに多少の切り傷は有れど、ミズキやフレイドほど致命傷であるとは思えない。
状況が、何が起こったのかを雄弁に語っていた。
「ニドキング……“あなをほる”と“ふいうち”の、複合わざかっ!」
「これがトレーナー。これが、萌えもんバトルだ」
「ごほっ……こうかはばつぐんだ! ってやつね」
「っマリム!」
「そんな顔しないの……ちょっとくらっただけじゃないの」
ミズキの声掛けに、血を唾に混ぜて吐き出しながらマリムが返す。
今この場には自分しかいない。
自分がどうにかするしかない。
今こそ、ミズキに、自分をしんかさせてくれたミズキに、恩を返すチャンスじゃないか。
弱音は吐けない。
戦うしかない。
倒すしかない。
「“にげる”方法はあるか?」
ミズキが小声でそう言うまでは、マリムはその思いでいっぱいだった。
「……何言ってんのよ? そんなセリフ、あんたの口から聞きたくないっ!」
マリムは声を荒らげる。しかしその声は、ミズキのちいさな、それでいて確信めいた力強い声に阻まれる。
「勝てない。お前一人じゃな」
その言葉に、マリムはハッとする。
弱弱しい声で言うミズキの口調は、少なくとも、臆病風に吹かれる人間のそれではなかった。
「あの一瞬で、サイドンを交代し、ニドキングに切り替え、“あなをほる”で“マジカルリーフ”を躱し、ふいうちを決める。あれはすべて、サカキの指示だ。すべては、サカキの判断能力のなせるわざ」
ミズキの冷静すぎる状況判断に、マリムは思わず息をのむ。
「……奴の言うとおりだ。トレーナーがいる萌えもんと、いない萌えもんとが戦って、まともなバトルになるはずはない。ましてや奴に……サカキには、百戦やっても勝てることはない……」
だから、逃げろ。
今は、逃げる時だ。
「目的は……達成した。お前を強くする……すべきことは、成し遂げた。なら、今ここで、奴らと戦う理由はない。こんなところで、お前を失うわけにはいかない」
「……ミズキ」
苦しげにミズキはそういった。
それは、体の痛みに耐えながらしゃべっていたから……だけではないことを、マリムは察していた。
(野望は……目の前にある。なのに……)
口まで出かけたその言葉を、ミズキが遮る。
「マリム。俺には……俺の野望を達成するには、お前の力が必要だ……そして……」
一呼吸置き、確信めいた口調で言う。
「お前が、奴に勝つためには、俺の力が必要なんだ」
「……わかった」
マリムは、それ以上何も言わない。
ミズキの想いは、それだけで十分に伝わった。
「逃げられると、思っているのか?」
声に反応しマリムとミズキが振り向くとそこには、眼前まで接近し、ニドキングをすぐ横に、エリカを後ろに据えたサカキの姿があった。
「……おいたの時間は強制終了、と言ったところでしょうか?」
心底残念そうな表情と仕草で、エリカが言う。
「その通り。もうお遊びはここまでだ。お前らが我々に立ち向かうだけなら戯れてやっても良かったのだが抗おうとするなら話は別だ。逃げられるとなると面倒なんでな」
サカキの声を合図に、ニドキングがこちらに“どくばり”を構える。少しでも動いたら、というセリフが、脳をよぎる。
しかし、ムウマは表情一つ変えなかった。
「なんででしょうね。あんたたちの方が強い。わたしはまだまだ……それは、十分わかった。なのに、わたしはあなたたちが、ちっともこわくない」
そう言いながらマリムは腕を突出し、ニドキングに向ける。
一瞬ニドキングが、集中をその手に逸らした瞬間、指を鳴らすと同時に音が鳴り、小さく爆ぜる。
「っ!」
「“おどろかす”だ! 怯むな!」
サカキの声はすでに遅く、ニドキングがたたらを踏んだところで、マリムは“サイコキネシス”を使い、ミズキとフレイドを持ち上げてながら、今度は空中に手をかざす。
するとマリムの手の先には、深く、黒く、邪悪な穴がゆっくりと姿を現した。
「っ! このわざは!?」
「わたしは、大切にしなきゃいけない仲間がいる。わたしには、仲間という力がある。だからあんたたちを、わたしが恐れることはない。覚悟しておきなさい、次会うときは、必ずわたしたちが、あんたたちを倒す!」
そう言ってマリムは、
ミズキたちを連れ、闇の穴へと消えて行った。
「……“ゴーストダイブ”……逃げられたか」
ポツリとそう漏らした後、サカキは顔を手で覆いながらそのまま少しの間固まっている。
「……ボス? 追わなくても……」
そう言いかけたエリカだったが、サカキの口元がほんの少し見えたところで口をつぐみ、何事もなかったかのようにその場から少し距離を取る。
「……別に、隠す必要ないんじゃありませんの……いい笑顔なんですから」
呟きは、誰が聞くこともなく、溶けていった。
次にミズキたちの視界に入ってきたのは、マサラで見ていたものよりも幾分か輝きが遠のいたように見える夜空の星々だった。
「……タマムシの、郊外……大きなマンションや住宅地の、裏側か……」
横たわったまま左手で地面を握り締め、その感触からそこが土やアスファルトの地面ではなく、芝生が植えられ整備された場所であるという事を確認したミズキは、ゆっくりと体を起こして周りを確認する。自分たち以外の姿はそこにはなく、ほんの少し離れたところにフレイドが倒れていることも確認できた。
「新しい力にはまだ慣れていないから、そんなに長距離の移動はできてないわ。さっさと移動する必要はあるわよ」
安心したところに頭上にいたマリムが声をかける。
「服の下、見えるぞ」
「見たければどうぞ?」
「隠せっつってんだよ」
パタパタと服をたたきながら、マリムがゆっくりとミズキの目線まで下りてくる。
「ありがとよ、マリム。お前がいてくれて、本当に良かった」
「礼なんか言わないで。わたしのために必死に戦ってくれたあんたに礼言われるのなんか、情けなくてつらいんだから」
「いや、言わせてくれ。打ち克ってくれて、本当にありがとう」
ミズキは左手をマリムに差出し、優しく笑う。
「……まったく。さっさと行くわよ。あんたたち、ぼろぼろなんだからね」
照れ隠しにミズキへ伸ばした左手を、
白い炎弾が遮った。
「っ!」
マリムはとっさに手を引き、炎弾を飛ばした主を確認する。
いや……確認するまでもなく、わかっていた。
しかし、その行動をとる理由が全く分からず、驚きが理解の邪魔をしている。
なぜ……なぜ……。
「ちょっとあんた!? 何やってんのよ!?」
なぜ、フレイドがこうげきしてくるのか?
彼女には、わからなかった。
「……どけ……マリム。わっちは、その男に用があるんだ」
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 今あなたはぼろぼろなのよ!? 早く萌えもんセンターに行かないと……」
「ぼろぼろなのはお互い様。条件は同じだ」
「だからそう言う事じゃなくて……早くしないと、R団が探しに来ているかも!」
「マリム、いい」
マリムの決死の説得を遮ったのは、ミズキだった。
「……お前は知らないだろうけどな……いつものことだ」
ミズキはフレイドに向かって立つマリムの前に立ち、フレイドに向き直る。
「……一つ、確認させろ」
「いらない。お前の思うように、想うがままに動け。すべてに答え、全てを受け止めてやる」
その言葉を言い終わるや否や、
フレイドは駆け出し、
全力の拳をミズキの顔面へ向けた。
ミズキはそれを、そのまま受ける。
全力と言ってもそれは、今のフレイドの持ちうる全力であり、その左拳はミズキの顔にぺチンという音を響かせただけで、まともなこうげきであるとはお世辞にも言えないものだった。
しかし、その一撃でさえ、ミズキにとってはくぐもった声をあげてしまうものだった。
すでにガタがきている体は、軽く傾いただけのその衝撃に耐えられず、体を起こそうとするだけで直撃したことによるダメージの二倍、三倍のダメージを受けている。
そしてそれは勿論、フレイドも同じだった。
フレイドも突っ込んだ勢いを殺し、揺らめいたミズキに追加の一撃を加えようと切り返すものの、踏ん張った足に激痛が走りそのまま地面を転がってしまう。
着地の際にけがをしこたま地面に打ち付け、結果的にこうげきを繰り出したフレイドの方が、大きなダメージを受ける始末。
殴り合いのケンカをただの暴力であると形容するならば、二人のやり取りはそれにすら達していない、ただの小競り合いだった。
しかし、それも当然のこと。
二人のダメージは、ほぼ同条件だ。
互いに拳は片方潰れ、互いにサイドンの“アームハンマー”を一撃受け、そのままに動き回ろうとしている。
二人が、限界である状況での、ケンカ。
それがまともなケンカにならないことなど、道理であると言えるだろう。
「二人とも……なんで……」
涙を流すマリムが、言う。
しかし、二人は止まらない。
足を振るう。
“ずつき”を決める。
“インファイト”を当てる。
はんどうを受ける。
何度も何度もそれを繰り返す二人の体は次第に変色し、見るに堪えないものへと変わっていった。
しかし、マリムは目をそらさない。
それは偏に、ある一つのことに気が付いたからだった。
(二人とも……避けない)
もはやまともに『こうげきである』と判断できるようなものすら少なくなってきたころ、明らかに最初よりもスピードが落ちているはずの二人のこうげきが、まったくもって外れることがなかった。
いや、外れることがない、というよりも、二人の挙動はむしろ、あたりに行っているかのようだった。
“サイコキネシス”を使えば……いや、別に使わなくとも今の二人を止めることなど、マリムにとっては造作もないことだ。
しかし、マリムはそれをしなかった。
いつの間にかマリムの目からは違う涙が流れ始めた。
「貴様! なぜあんな行動をとったぁ!!?」
「ぐがぁ!」
フレイドの左拳が、ミズキの腹に突き刺さる。
「なぜ、わっちの前で、あんな行動をとったぁ!!?」
「がはあ!!」
フレイドの“ひのこ”が、動かない左腕を焼き払う。
「なぜ……なぜ……なぜだああああああああああ!!!!!!!!?」
腹、左腕、腿、頭部。
フレイドのこうげきは、ミズキの弱った場所を的確についていく。ダメージが蓄積され、まともに動かすこともままならない場所を、一つ、また一つと、見ているこちらが痛々しく感じるほどのこうげきをミズキにたたきこんでいく。
しかし、マリムには見えていた。
こうげきを繰りだし、きゅうしょをねらい、ダメージをあたえ、絶対的優位になっているはずなのに、
こうげきの度に顔をゆがめていくのは、フレイドの方だった。
「なぜ…………なぜだ…………なぜだ…………」
フレイドは俯き、ミズキは天を仰ぎ、二人が止まった。
フレイドはそのまま膝をつき、項垂れ、次第に声は小さくなっていった。
「……お……い、フレイド……お前は……何を……やってんだよ……」
そんなフレイドにミズキは、絶え絶えの声を絞りながら言う。
「…………お前が……狙うのは……これだろうが!」
フレイドはその言葉に、顔を上げ、瞳に写りこんだ景色に絶句した。
ミズキは、左手の爪を、
首に食い込ませ、
思い切り、ひっかいた。
「がはぁ! はぁ、はぁ……」
「き、貴様!? 何をっ」
「はぁ、はぁ、過程はどうあれ……俺は、エリカを、人質にとった……」
「っ!!!」
首から滴る血もそのままに、ミズキが言いながら近づいてくる。
フレイドは思わず耳をふさぎ、目を背けたくなる衝動に駆られるが、ミズキが自分の頭をがっしりとつかみ動かさないことで、その選択肢が消えていった。
「はぁ……その、行為は……お前の、言う、『腑抜けた行為』であり、お前の、一番、嫌いなものでもあるはずだ……なら……ごほっ!!!」
「っ! 主!?」
言い切る前にミズキは血を吐きだし、前のめりに倒れかかる。正面にいたフレイドは血を体に受けながらもミズキを支える。
ミズキの顔が肩に乗り、ミズキの体温が、質量が伝わってくる。
冷たく……そして、軽かった。
「なら、お前のやることは、一つだろうが……! 俺の首を、とるんじゃなかったのか!」
「っ!!!!!」
乱れた息遣いが、すぐ近くで聞こえる。
脱色してしまった白い毛並みにミズキの血がしみこみ、赤黒い色に染まっていく。
手を伸ばし、絞める。
それだけで、終わる。
しかし、腕はピクリとも動かない。
「……甘えてんじゃ……ねえぞ。野望を求めて走るのと……理想に縋って引き摺られるのじゃあ……わけが違うんだ! 俺
自分にしか聞こえないその声は、確かに、自分に向けられたものだった。
フレイドが、望んだ言葉だった。
「あの時……俺がサカキに立ち向かうと決めた時、俺がマリムを信じ、エリカを人質に時間稼ぎをするという選択をしたとき、お前は……何を想った? 常に勝利のために、野望のために、邁進したと言えるのか!? 片時も、諦めることなく進み続けたか!? 持ちうるすべてを出し尽くしたと、俺の目を見て言えるのか!?」
フレイドは、固まった。
この男には、心が見えるのかと思った。
「……言えるわけ、ねえよな。だからお前は俺に、俺の首に手を伸ばせない」
その通りだ。
フレイドは、諦めた。
奇しくもそれは、フレイドが信じたミズキと、
フレイドが嫌う『ジョーカー』ではなく、フレイドが信じた『ミズキ』と、
エリカたちが言う、弱い『ミズキ』と、
同じ選択だった。
「そんなに俺の言葉が欲しいんだったらな……はっきりいってやるよ……!」
いいか?
俺が汚い手を使ったのは、俺が弱いからだ。
だがな、
俺が、
汚い手しか使う事が出来なかったのは、
お前が、
いや、
お前らが、
「弱いせいだろうが」
シークが、スーが、フレイドが、
もっと、もっと強ければ良かったんだ。
そうすれば、自分が汚い手を使わなくてもよかったんだ。
「……どうだ。これで……満足か。馬鹿…………い…………ぬ…………が」
そう言ってミズキは、フレイドの方から滑り落ち、地面に倒れこんだ。
「っ! ミズキ!!?」
マリムは直ぐに近づき、ミズキを抱え込む。持ち上げた時に地面にできた血だまりが、現状の危険を明確に語っていた。
マリムは涙目でフレイドを睨む、が、すぐに表情を消した。
フレイドの顔は、
自分よりも遥かに、
亡霊のごとく色あせていた。
「……あ、あなた……」
声をかける。しかし、反応はない。
ふらふらと、意識があるのかも疑わしい足取りで歩くフレイドは、
夜の闇へと、消えていく。
フレイドのがらんどうになった頭の中には、
ミズキの声が
『こいつが惜しけりゃ俺たちを逃がせ』
言葉が、
『お前らが……弱いせいだろうが』
響いていた。
「……知らねえ天井だ、ってやつかね……まあ、よくあることか」
「ねえよ」
どうやら眠ってしまっていたという事を毛布の感触で理解したミズキの呟きに、冷たい一言が帰ってくる。身体を起こし声の方向に顔を向けると、呆れ顔をしたノブヒコがコーヒーを淹れながらこちらを見ていた。
「……お前が俺を?」
「礼ならシークと、お前のラプラスに言うんだな。萌えもんセンターで目を覚ましたその二人が直ぐに俺のところにきて、『マスターを探してくれ』って頼み込んできたんだからよ」
「……そうか」
机の上に置かれたコーヒーに口をつけながら、その奥にたたまれた自分の服と、ボールホルダーに目をやり、顔をしかめる。
「……うまくねえな」
「文句言ってんじゃねえ」
笑いながら言うノブヒコだったが、対照的にミズキの表情は苦い顔のままだった。
「……俺は、どれぐらい寝ていた?」
「……その質問をするってことは、ある程度察してるってことか。二週間だよ。二週間寝っぱなしだ」
「そうか……二週間も」
「一応ジョーイさんを呼んで往診とかしてもらってたけどよ、もうお前の怪我はほとんど治ってるそうだ。起きてから一日、二日おとなしくしてりゃあ、問題なしだとさ」
「ああ、ありがとう。後もう一つ。俺が寝てる間に、何か変わったことはあったか? この町で、何かおかしなこととか」
「? 別に何もなかったぜ?」
「……ジムは今、どうしてる?」
「……要領を得ない質問だな。何も起こってねえよ。トーナメントが終わってからは、いつも通り、通常営業だ」
「……そうか」
疑問符を浮かべたままのノブヒコを尻目に、ミズキは少し考え込む。
「……悪い。疲れているみたいだ。もう少し、眠らせてもらってもいいか?」
「あ、ああ。そうだよな。しっかり休んでいけ」
「……悪いな」
「……『バトルの後で、お前と楽しく話せる自信がない』なんて言い方したが、負けたバトルで逆恨みなんかしねえし、お前には大きめの借りもある。気にすんな」
そう言って、ノブヒコは部屋を後にした。
なぜ、R団は動いていないのか?
なぜ、エリカはお咎めがないままなのか?
なぜ、俺を探し出そうとする動きがみられないのか?
謎は山ほどある。
しかし、それを解き明かす力も、時間も、今の自分にはない。
今は、進む。
「出てこい」
ミズキの声で、放られた三つの萌えもんボールが弾け、三人の萌えもんが姿を現す。
「っ! マスター、起きたんですね!」
「……めちゃくちゃするから、そんなことになるのよ」
「……」
三者三様の反応ではあるが、“おや”の体を気遣ってくれる愛らしき契約者たち。
しかしミズキの目線は、その三人以外の場所へと注がれていた。
三人は、ミズキの目線をそのまま追い、理解したところで眼を伏せる。
部屋の隅まで転がった一つの萌えもんボールが、口を開けて『空』を表していた。
「……マリム。フレイドは?」
首を抑えながら、言う。
「……それは……」
「……いや、いい。十分だ」
そう言ったミズキは布団から起き上がり、寝巻として着せられていた病院服を脱いで着替えを始める。
「マスター……まだ寝てないと……」
「見ての通りだ。もう治ってる。時間がない」
すぐにいつもの格好に戻ったミズキは、最後にボールホルダーを腰につけ、ボールを一個手に持って言う。
「去るものを追う気はない……が、何も言わずに消えるのは、立派な契約違反だ。あいつの言葉で直接聞かない以上、俺には、あいつを追いかける義務がある」
ミズキのその言葉を最後に、スーたちは反論をやめ、押し黙る。
実際、早々にここを立ち去ること自体は間違っていない。今は何も起きていないがここにミズキが留まるという事は、R団がこの場所に気が付き、襲撃される可能性……ひいては、ノブヒコ達を危険にさらす可能性が出るという事である。
だが、ミズキが出ていこうとするのは、そんな理屈の問題ではない。
何を言おうが、止まる気はない。
それを、三人は感じ取っていた。
「だから、シーク。お別れだ」
ミズキは、静かに言い放った。
「……?」
声は、出ない。
しかし、明らかに困惑の表情だった。
「俺たちは、もうここを離れなければならない。だから、お別れだ」
当たり前のことのようにつづけるミズキに思わずマリムは声をかけようとするが、それを無言でスーが制す。しかしスーの瞳も、すでに潤み始めていた。
「……」
シークはミズキに近寄り、足を掴む。
しかしミズキはシークの背中を掴み、そのまま引きはがす。
「契約2『我々は互いの野望のために尽力し、中断およびそれに準ずる行為のすべてを禁ずる』。お前はここで、野望を達成する必要がある」
「……」
シークは再びミズキの足元にしがみ付き、スプーンで足を二回叩く。
そのシークがしがみついている足を、ミズキは思い切り振り抜く。
「っ!」
壁にたたきつけられ肺の空気をはじき出されたシークは、息を吸い込もうと咳き込みながら涙ながらにミズキを睨む。
しかしそんなシークを見つめるミズキの表情には罪悪感の類などは一切見られず、怒りの形相が支配していた。
「何だよそれは……何だよ、それは!?」
萌えもんボールを握りこみ怒気を飛ばすミズキに、シークは思わず体を震わせる。
「お前のそれはなんだ、シーク!? 野望の絶念か!? 俺たちへの同情か!? だとするならば俺は、一生お前を許すことはできない!!」
違う。
シークは、そんな奴じゃない。
そんなことは、ミズキが一番わかっている。
本当は、うれしかった。シークが、こんな情けない自分を選んでくれたことが。
怒りを表面に押し出したミズキの中に渦巻くのは、シークへの想い。
愛らしかった。
愛おしかった。
狂おしかった。
『ありがとう』と言って、思いっきり抱きしめたかった。
しかし、出来ない。
それをすれば、ミズキは二度と戻れない。
だからこそ、ミズキは怒った。
俺だって我慢しているのに、それはなんだ。と、理不尽な怒りをぶつけることで、あふれる想いを隠し通した。
『契約』を守る。
それは、ミズキの心に残された、最後の砦であり、楔だった。
エリカの、ミラの言うとおりだった。
ミズキの弱さは、タマムシで、多くの負け筋を生んだ。
サカキの言うとおりだった。
『ミズキ』の負けは、『ジョーカー』の蓋を外してしまった。
ミズキは、フレイドに言ってやれなかった。
すまなかった、と。
言うのは簡単だった。
それを言えば、元の関係には戻れた。
しかし、それを言えば、
もう二度とミズキは『ミズキ』になれない。
それが分かった。
だからこそ、ミズキは『ミズキ』に徹した。
だからこそ、
ミズキは『ミズキ』として、
『契約』を、
約束を、
曲げるわけにはいかなかった。
「いいかシーク。野望を曲げる契約者など、俺は仲間と呼ぶことはできない」
『契約など、どうでもいい』
「己が野望に突き進め。何を、失うことになろうともだ」
『俺たちに、ついてきてくれ』
『俺には、お前が必要だ』
『お前と一緒に、旅がしたいだけなんだよ』
『シーク、行こう』
「だから……さよならだ」
全ての言葉を飲み込んだミズキは、
ボールを前に突き出した。
シークは、ミズキに近づき、
ボールを、三回たたき、
最後に一回、ボタンをたたいた。
『ありがとう』
その声が聞こえた時、
ミズキは、崩れ落ちた。
必死に、最後まで気丈な姿であろうとした一人の男の、限界だった。
「……いいのかよ、これで? 第一俺、お前に負けたんだぜ?」
「……最初っから勝ち負けは見てないさ。言ったろ。俺はお前が、シークにふさわしいトレーナーかどうかを確かめるために戦ったんだ。俺の想像を超える、理論を超えたキズナのバトル。しっかり見せてもらったよ。お前には、シークを連れて行く資格がある」
「……本当に、いいんだな」
「……ああ、いいんだ。シークを、たのむ」
「……必ず、幸せにするさ」
「……へっ。当然だろ」
ミズキたちは、ノブヒコに礼を言い、家を出た。
逃げるように出て行ったミズキの目を、
ノブヒコは、見ないようにした。
「本当に、良かったの?」
自分の前を歩く二人に、マリムが聞いた。
「しつけえぞ、マリム。良かったって言ってんだろ」
「……そうですよ」
後ろを向くこともせずに、二人が答える。
「それよりお前ら、気を引き締めなおせよ。シークが抜けて、フレイドもいないんだ。しばらくは、過酷な旅が続くぞ」
隣のスーの頭をなでながら、ミズキは言った。
「……わかったわよ。わたしは、契約を全うする。野望を叶えてくれたあなたたちのために、二人の分まで戦い抜いてみせる。わたしは、ずっとここにいる」
「だから、泣くんじゃないわよ」
マリムのその一言を皮切りに、
二人のダムは決壊し、壊れたかのように
声を上げて、
泣いた。
戦って、負けて、倒れて、泣いた。
タマムシは、彼らにとって悲痛な出来事の連続だった。
しかし、ミズキは問うた。
タマムシに来たことに、後悔はあるか? と。
二人は答えた。
無い。と。
『契約』したわけではない。
しかし、その時彼らは、同時に誓った。
もう、泣かない。
もう、負けない。
彼らは、言った。
誰も辛い思いをしなくて済むために、
「俺は」
「わたしは」
「わたしたちは」
「「「もっともっと強くなる」」」
彼らの弱さは、彼らを苦しめ、
彼らの弱さは、彼らの強さへの道標となった。
全ては、壊れた。
しかし、彼らに憂いはなかった。
自分達の関係は、きれいな表装を保った、紛い物だった。
壊れるべくして壊れたのだ。
ならば、今から作り直すんだ。
もっと強く、もっと優しく、
もっと楽しい、最高のチームを。
タマムシ 瞬間契約 マリムの野望を優先解決する CLEAR
シーク 野望達成? 契約解除
フレイド 契約離脱
非常にタイトルに悩みました。
というのも今回は大きなイベントが三つも起こった回でしたので、どれをフューチャーすべきかかなり悩んだからです。
でも最終的に決まった時にはこれしかないと思いました。
前書きを書いていて気が付いたのですが
タマムシ編は20個近く投稿してきたわけですけれども、自分が投稿してきた話は今話で60話に到達しました。
……という事は、このタマムシ編一つの完結までに、これまでの話の三分の一を使ってきたという事で……
正直どうかなと思いました。
いつか60000UA記念の時が来たら詳しく話すかもしれませんが、タマムシ編が長引いた一番の要因は、
・全員の話を一気に盛り込んだから
これに尽きると思います。
思いついた話を全て書きまくればいいというわけではない、という事が今回の一件でよーくわかりましたし、半年休止してしまった原因の一端もタマムシ編のストーリーを凝りすぎたという事がありましたので、反省に値する結果かなと思いました。
勿論、書いたことを後悔しているわけではないのですが、もう少し、先見性を持って書いていきたいと反省して、これからもがんばっていきたいと思います。
どうか皆さん、これからもよろしくお願いします。